銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国と共和国の外交交渉が続く中、ヤン・ウェンリーは帝国の奇襲を警戒していた。

その頃、共和国占領統治下のネオ・フリー特区では、アッテンボローたちが束の間の平穏を過ごしていた。

だが、帝国軍はすでに動き出していた。



第2次シャンタウ星域会戦、開幕

【自由惑星共和国占領統治下 ネオ・フリー特区】

 

ここは、かつて銀河帝国の辺境として位置づけられ、現在は自由惑星共和国の占領・統治下にある星域である。

 

ヤン・ウェンリー率いる共和国軍にとって帝国側へと食い込む最大の楔であり、同時に最も帝国軍と物理的な距離が近い最前線の防衛拠点である。

 

星域を統括する方面軍司令官室に三人の男たちが顔を揃えていた。

 

方面軍司令官であるダスティ・アッテンボロー元帥。

副将格であり、第十一艦隊を率いるジャン・ロベール・ラップ大将。

そして首都イゼルローンからこの前線基地への視察という名目の観光に訪れていた、共和国高等参事官ヨブ・トリューニヒトである。

 

「それで?」

 

アッテンボローは司令官としての威厳など微塵も感じさせず、デスクの上に両足を乗せ、ベレー帽を指先で弄りながら口を開いた。

 

「ヤン総統の読みでは、アルブレヒトが奇襲をかけてくるかもしれないって言うんですか??」

 

ヤンのことを信頼してはいるものの、どこか半信半疑といったところか。現在、中立星域において両国は領土返還に関する外交交渉の真っ最中なのだ。常識的に考えればそんな時期に大規模な軍事行動を起こすなどあり得ない。

 

「うむ、油断大敵というやつだよ、アッテンボロー元帥。アルブレヒトの思考を読むなら『相手が油断している時にこそ全力で顔面を殴り飛ばせ』という、チンピラのような戦法を好むというわけらしい」

 

「なるほど……」

 

「ヤンも、権力者の心の機微というか、要するに腹の黒さというものがわかるようになってきたと言うことかな。昔はあんなに政治を嫌っていたのに」

 

「我らがヤン総統閣下は元々戦争を読むことに関してはめっぽう強いからな」

 

ニヤニヤと笑いながら会話に加わってきたのはオリビエ・ポプラン大佐である。

 

「そのあたりは朴念仁のままさ。敵の悪意を嗅ぎ取る嗅覚だけは鋭いからな。……それより、トリューニヒトのおっさん。ヤン夫人の出産はもうすぐなんだろう?予定日は今週中だって聞いてるぜ」

 

「ああ、その件だがね。実は昨日連絡があったよ。……無事に産まれたそうだ」

 

「えっ!」

 

「女の子だそうだ。母子ともに極めて健康とのことだよ」

 

「おおっ!!」

 

「それはめでたい!いやあ、先輩が父親か!どうにも想像がつかないが、めでたいことには変わりない!では、先輩の娘が父親に似ないことを祈って、今夜は盛大に乾杯としますかね!」

 

提案に、ポプランも大げさに肩をすくめて同調する。

 

「そりゃあ良い。女の子がよりにもよって父親に似てしまったら悲惨だからな。首から下は全く使い物にならず、首から上しかいらなくなってしまう。せっかく女に生まれたなら首から下も……まあ色々と有効活用してもらいたいもんだからな。スタイル抜群に育つことを祈ろうじゃないか」

 

「ポプラン大佐。……お前のそのセクハラ発言、もしユリアンに聞かれたら国家反逆罪で拘束されるぞ?あいつはヤンと夫人のことになると過保護すぎるくらいだからな」

 

「ハハハ、まあ大丈夫さ!」

 

「ユリアンは俺の可愛い不肖の弟子だからな。師匠の洗練されたジョークにいちいち目くじらを立てるような融通の利かない堅物には育ててないぜ。あいつも男だ、いずれ俺の言葉の深さが分かるようになるさ」

 

「やれやれ……」

 

「お前の不真面目菌が、我が国のプリンセスに感染しないことを祈るばかりだよ」

 

彼らはヤンの奇襲があるかもしれないという警告を受け止めてはいたものの、心のどこかでは「まさか本当にこんなタイミングで攻めてくるはずがない」という一抹の希望的観測を抱いていたのだ。

 

しかし。

彼らのそのささやかな平和と油断は次の瞬間に物理的に引き裂かれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

けたたましい緊急アラートが鳴り響いた。

 

「なんだ!?」

 

デスクの上に置かれた通信機のボタンを強く押し込んだ。

 

「管制!どうした、何があった!!」

 

『巡回部隊より緊急入電です!!帝国領より……こちらのレーダーの死角となっていた宙域より帝国軍の大規模艦隊の接近を認む!!敵は既に戦闘態勢に入っており、直ちに来援を乞うとのことです!!』

 

「敵の規模はどのくらいだ!?」

 

『艦数……きわめて多数!レーダーの解析では少なくとも三個艦隊規模!推定で四万五千隻の大艦隊とのことです!!』

 

「四万五千、だと……!」

 

ラップが顔色を変える。ただの国境警備の小競り合いなどではない。本気の全面戦争を仕掛けるレベルの大軍である。

 

「へえ……。皇帝さんも本気ってわけか。いやはや、先輩の読みが当たったわけだ。さすがは魔術師、大した先見の明といったところかな。……こうなっちゃあのんきに乾杯なんてしている暇はない。行きますかね……!」

 

「第十三艦隊、直ちに出撃準備!各艦エネルギー充填百パーセントで全艦発進だ!ラップ提督、貴官も頼む」

 

「了解した。第十一艦隊もすぐにお前の後に続く。……だが、四万五千隻となると数ではこちらが少し劣るか?我々の艦隊を合わせても三万隻と少しといったところだぞ」

 

「心配するな」

 

「パエッタの親父さんにもすぐに連絡を入れておこう。あの艦隊が合流すれば数ではほぼ互角にそろうさ。それまでは俺たちが時間を稼ぐ」

 

「久しぶりに腕が鳴るぜ」

 

彼にとって空戦のない平和な日々はただ退屈なだけなのだ。

 

「……で、場所はどこだ?どこでドンパチやるんだ?」

 

『敵の進路予測から、現在我々が駐留しているネオ・フリー特区の最前縁、『シャンタウ星域』近辺で会敵する見込みです!!到達まであと2日!!』

 

「シャンタウ星域か。分かった!」

 

通信を切ると、すぐさま司令部全体に矢継ぎ早に指示を出し始めた。

 

ダスティ・アッテンボローは普段の軽口や不真面目な態度とは裏腹に、戦場においては極めて冷静で的確な判断力を持つ元帥である。

 

大軍の接近という急報を受けても決して慌てることなく、見事な手腕を発揮した。

 

この攻撃が陽動である可能性を疑い、辺境星域全体、特に後方への警戒レベルを高く維持するよう各所に命じ、他方面への備えの部隊をある程度残したまま、シャンタウ星域に精鋭艦隊を的確に急行させたのである。

 

魔術師ヤン・ウェンリーの直弟子としての、そしてイゼルローン方面軍司令官としての面目躍如たる素早い対応であった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

急行し迎撃の布陣を敷いた共和国軍。

その中央に位置するアッテンボローの旗艦、「トリグラフ」のブリッジは緊張感に包まれていた。

 

「敵艦隊の先鋒、艦型称号、照合完了しました!」

 

「……高速戦艦『ベイオウルフ』です!帝国軍最高司令官、ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥の艦隊です!!」

 

「あの疾風ウォルフか!帝国軍の機動戦の最強カードじゃねえか。初っ端からとんでもない大物が来やがったな」

 

「続いて後続の部隊の識別、完了しました!旗艦『ガルガ・ファルムル』!貴族直轄軍副司令官、レンネンカンプ上級大将の艦隊です!!」

 

ラップも顔をしかめる。

 

「ミッターマイヤーにレンネンカンプか。スピードに特化したミッターマイヤーの遊撃部隊と、堅実で重厚なレンネンカンプの本隊。攻守のバランスが完璧に取れた極めて強力な布陣だ。……ん?」

 

「……あ、あれは………!?」

 

「どうした!何が見える!」

 

「『ブリトマート』……!戦艦ブリトマートです!!識別信号、間違いありません!皇后アナスタシアの旗艦が確認されました!!」

 

「な、なんだと!?」

 

目を見開いてメインモニターの映像を凝視する。

そして手元のコンソールを強く押し込んだ。

 

画面の奥、帝国軍の陣形の中央奥深くに、ひときわ巨大な砲撃戦艦『ブリトマート』が圧倒的な存在感を放って浮遊しているのが確認できたのだ。

 

「へえ……。あいつはアルブレヒトが皇帝に即位した時に軍籍から抹消されたんじゃなかったのか……?後宮の飾りになったはずだろう。なぜその皇后がこんな最前線にいるんだ?」

 

「単なる同型艦の見間違いか、それともヤン総統の気を引くための囮か??」

 

空戦の合図を待つパイロットルームからポプランが通信で口を挟む。

 

「皇后が乗っていると思わせれば、こちらが捕獲を狙って無理な突撃を仕掛けてくると、そう読んだのかもしれねえぜ」

 

「だが……。よく考えてみろ。今回出撃してきているミッターマイヤーもレンネンカンプも元を正せば貴族直轄軍として、かつてアナスタシアの下で勇名を鳴らした者達だ。彼女との繋がりは極めて深い」

 

「……つまり?」

 

「皇帝が自らの妻を囮として前線に出すなどあり得ない。……あるいは、彼女自身が復権を果たし、この艦隊の総司令官として指揮を執っている可能性も十分に考えられるということだ」

 

かつて銀河の毒蛇と恐れられ、敵をすり潰す非情の用兵を見せたアナスタシア。

彼女がもし指揮を執っているとすれば、この戦いは凄惨を極めるものになる。

 

「チッ!」

 

「相手が皇后本人だろうが、ただの囮だろうが関係ない!相手が俺たちの領土に攻めてくる以上は……」

 

「我々共和国軍の取るべき行動は一つだ!迎撃してケツの毛まで毟り取って追い払うしかない!」

 

「全艦隊へ告ぐ!目標、眼前の帝国軍艦隊!これは総統閣下に無事誕生したプリンセスの誕生祝いだ!帝国軍の野蛮人どもに宇宙一派手な花火を打ち上げてやれ!!ファイア!!!」

 

ミッターマイヤーの高速艦隊が生き物のような滑らかな機動で共和国軍の砲火を躱し接近してくる。

 

それを迎え撃つアッテンボローの第十三艦隊は絶妙な距離感を保ちながら、相手の突撃のタイミングをずらすように後退しつつ集中的な十字砲火を浴びせる。

 

宇宙空間で圧倒的な質量と熱量のぶつかり合いが始まった。




お読みいただきありがとうございました。

今回は共和国前線での迎撃開始と、帝国軍の大規模侵攻を描きました。

アッテンボロー、ラップ、ポプランのやり取りや、アナスタシア旗艦《ブリトマート》の登場について感想をいただけると嬉しいです。
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