銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
互いに譲らぬ名将たちの戦いの中、かつて銀河を震わせた戦艦が再びその牙を見せる。
【シャンタウ星域】
壮絶な艦隊同士の激突の最中、銀河帝国軍の陣形の中央に位置する戦艦のブリッジに一人の男が立っていた。
「疾風ウォルフ」の異名で宇宙全土に名を轟かせる帝国軍最高司令官、ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥である。
「ふむ……」
「敵はなかなかやる。アッテンボローめ、魔術師の戦術を実によく咀嚼し自らのものとしているな。我が軍の機動にギリギリのタイミングで対応し、立ち回るその手腕、見事というほかない」
「ミッターマイヤー元帥。敵の粘り強さは確かに評価に値しますが……。ヤン・ウェンリー本人出てこないというのは、事前に予測していたとはいえやはり少々寂しいものですな。あの魔術師の首を討ち取る絶好の機会だと思っていたのですが」
「まあそう言うな、レンネンカンプ。アッテンボローも決して侮れない相手であることは間違いない。ヤンがいないからと油断してかかれば、カウンターを食らってこちらが足をすくわれるぞ。気を引き締めろ」
それまで中央突破を図るかのように尖っていた陣形が突如としてる中央部を後退させ、同時に両翼を左右に大きく広げ、横長の陣形へと変化していくのである。
それは機動力と突撃力を身上とする「疾風ウォルフ」の戦術とは対極にある、受け身の防御と消耗を前提とした陣形変化であった。
◇
【第十三艦隊旗艦《トリグラフ》】
「……んん?」
「……おいおい、連中、どういう風の吹き回しだ?」
傍らで戦況を分析しているラオも、怪訝な顔をした。
「横陣を展開しこちらを包み込もうとしているのか、あるいは防衛線を引いているように見えます。しかしこれだとお互いに消耗戦になりますが」
「そうなんだよな」
指揮席の肘掛けに肘をつき、考え込む。消耗戦は望むところではあるが…。
「『疾風ウォルフ』と恐れられる司令官の狙いとしては、いくらなんでも消極的すぎやしないか?高機動戦を仕掛けてくるのがアイツの得意技だろうに」
「各艦、敵の動きに惑わされるな!陣形を防御陣形に切り替えろ!敵が消耗戦を望むならこちらも付き合ってやる。自軍の被害を最小限に抑えつつ、弾幕を張って牽制を続けろ!」
指示により第十三艦隊は滑らかな動きで防御の姿勢を固める。
「……やはり、帝国軍の本命はこのシャンタウ星域じゃないな。どう考えてもおかしい。ただの陽動、俺たちをここに釘付けにするための時間稼ぎと見るのが妥当だ」
「閣下!もしこれが陽動だとすれば極めてまずいですよ!もし我々が足止めされている隙に、別動隊がイゼルローン要塞にでも回られたら……!補給線を断たれて我々は完全に孤立します!」
「いや……心配するな、ラオ。仮に帝国軍がここで俺たちを釘付けにして別動隊を要塞に向けたとしてもだ。まだイゼルローンにはヤン先輩と、ホーランド元帥がお留守番をしているんだ」
「あの二人が守っている要塞を、いくら帝国軍とはいえそう簡単に落とせるはずがない。俺たちは俺たちの仕事に集中すればいい。ヤン先輩が撤退しろと命令してくるまでは、ここで花火大会に付き合ってやろうじゃないか。……そうそう簡単に崩される俺たちじゃないってことを見せつけてやる」
次の瞬間には砲撃振動が《トリグラフ》のブリッジを強烈に揺るがした。
「うおっ!?」
体勢を崩しかける。
「な、なんだ!?何が起きた!?」
「報告します!!」
「敵の中央後方、先ほど横陣に開いて空いたスペースの奥底より艦隊が突如として突出!砲撃艦群です!その中央を突き進む旗艦は……識別信号、砲撃戦艦《ブリトマート》!!陣形の中央へ向かって突撃してきます!!」
その直後、妨害電波を切り裂いて強引に開かれた全方位のオープン通信回線から肉声がブリッジ中に響き渡った。
『攻撃こそ武門の誉れである!!』
『敵が長射程に切り替えた今この瞬間こそが我が軍にとって最大の好機!!全艦、これより一歩も退くことは許さん!勇敢に前に出て近接戦をもって敵を粉砕するのだ!!我に続けぇぇぇっ!!』
号令とともに味方の陣形をすり抜けて共和国軍の防御網へと肉薄してくる。
まるで古代の騎馬隊が槍を構えて突撃してくるような、あまりにも野蛮でリスクを度外視した戦法だ。
その蛮勇とも言える突撃を真正面から受け止める位置にいるのが共和国軍第十一艦隊である。
「おっと……!!これは予想外だ。膠着状態の中で、恐れずに真正面から前に出てくる馬鹿がいるとは……!」
「だがただの猪武者ならいくらでもいなしてみせる。全艦、防御の網をさらに広く展開しろ!敵の突撃のエネルギーを網に絡めとるように吸収して、包み込んでから一斉射撃を浴びせるのだ!」
しかしその対応を後方から冷徹な目で見つめている男がいた。
帝国軍の貴族直轄軍副司令官、レンネンカンプである。
「……ふん。愚かな共和国のネズミどもめ。罠に誘い込めたな。あの御方の突撃をいなそうとして、自ら防御の陣形を薄く広げおったわ」
右手を高く振り上げる。
「ここだ!敵第十一艦隊の防御が薄くなった一点に対し主砲!三連斉射!敵の網を粉砕し、あの方の進む道を血の絨毯で作ってやるのだ!!撃てぇぇぇっ!!」
無数のエネルギービームが第十一艦隊の先陣へと直撃する。
防御網を広げていたが故に装甲の集中を欠いていた共和国軍の巡航艦や駆逐艦が次々と爆発の閃光に飲み込まれ、宇宙空間に無数の爆炎が咲き乱れる。
「ぐっ……!しまった、読まれていたか!」
その光景を後方から見ていたアッテンボローは、《トリグラフ》のブリッジで焦るどころか不敵な苦笑いを浮かべた。
「ありゃりゃ、と。やられたな。どうやら敵の指揮官はただの命知らずの馬鹿じゃない、後ろの味方との連携を計算しているらしい。……となればどうやらわが艦隊の得意技を見せるときが来たようだな、ラオ」
「一点集中砲撃で応戦しますか!?」
しかしアッテンボローは悪戯っ子のような、あるいは詐欺師のような笑みを浮かべて首を横に振った。
「……逃げる……フリだ!!」
◇◇
【砲撃戦艦《ブリトマート》】
その頃。
ブリトマートに緊迫した報告が響く。
「報告します!前方の第十三艦隊の動きに変化!彼らはこちらとの正面からの交戦を完全に避け、自軍の陣形を崩しながら後退していきます!」
報告を聞いて指揮官は、小馬鹿にするような笑い声を漏らした。
『フン、浅はかですね。あれは敗走ではありません。敵の狙いは我々を深く誘い込むための見え透いた偽装後退です』
『我々が突出したところを後方で待機しているであろう別の部隊と連携して我々を挟撃しようという、古典的な罠でしょう。実にヤン・ウェンリーの弟子らしい小賢しい戦法です』
「では突撃を中止し後退しますか?」
グリルパルツァーが指示を仰ぐ。
『中止?なぜですか。罠の意図を見抜いてしまえば恐れることなど何もありません。我々を誘い込むまではあちらも反転して攻勢に移りづらいということ。つまり今この瞬間は敵は背中を晒しているに等しいのです。……ここは構わず限界まで突撃を継続!敵が挟撃のタイミングを計っている間に、火力を存分にご馳走してあげなさい!!』
強気な決断により巨大砲撃艦群はさらに推進器の出力を上げ、凄まじい勢いで突出していく。
そして逃げる第十三艦隊の最後尾に向かって嵐のようなビームを叩き込んだ。
「おいおいおいおい!」
「罠ごと俺たちを食い破るつもりでアクセルをベタ踏みしてきやがったぞ!入れ食いどころか竿ごと湖に引きずり込もうって勢いじゃないか……!」
このままでは本当に背後から撃ち抜かれて大打撃を受けてしまう。
「……ええい、こうなったら仕方がない!ならくだらないプライドなんか全部かなぐり捨てて全力で逃げるしかない!ラオ!」
「は、はい!」
「全艦、機関出力最大!最大戦速で離脱しろ!!後ろを振り向くな、みっともなく全力で逃げろ!!!」
悲鳴のような号令により、第十三艦隊は予定していた罠を放棄し、ただひたすらに生き残るためだけに宇宙空間を逃げ惑うこととなった。
『………なるほど。プライドを捨てて自軍の生存のみを優先した思い切った後退です。流石はアッテンボロー。見事な判断力です』
『逃げの態勢に入った以上、これ以上の深追いは禁物です。……こちらも一度定位置まで下がりなさい。レンネンカンプの艦隊と合流し、陣形を整えてから確実に敵の体力を削ります』
後方でその戦いぶりを見つめていたミッターマイヤーは小さく笑みをこぼし、誰に聞こえるでもなく静かに呟いた。
「なるほど……。あの方も久しぶりの戦場に少しばかり昂ぶっておられるようだな。無理もない。艦隊戦の指揮を執るなど……内戦の時以来なのだからな」
戦いの火蓋はまだ切られたばかりである。
◇◇
第十三艦隊が後方へと大きく下がり、パエッタ中将が率いる第二艦隊の来援を見越して敵を深く誘い込もうとした策は戦術の教科書に載せてもいいほどに見事な偽装後退であった。
しかしその目論見は不発に終わる。
結果として共和国軍の陣形には致命的な断裂が生まれた。前衛と後衛が分断され、艦隊を合流させて陣形を移行するためのわずかな隙が口を開けたのである。
現在、前線に取り残されている共和国軍の戦力は、ジャン・ロベール・ラップ大将が率いる第十一艦隊ただ一つとなっていた。
そのほころびを、ミッターマイヤーが見逃すはずがない。
「今だ!」
「我々が一気に前進し、孤立した第十一艦隊と他の部隊との連携を絶ち切りながら、そのまま敵領内の奥深くへとなだれ込むぞ!」
「全艦隊、直ちに陣形を再編しろ!目標は敵第十一艦隊の側面突破!紡錘陣形をとれ!!突撃!!!」
三つの艦隊が一気に巨大な質量弾となって、圧倒的なスピードで突き進んでくる。
その巨大な暴走列車を真正面から迎え撃つことになったのがラップの第十一艦隊である。
凄まじい衝撃音が艦全体を激しく揺るがした。帝国軍の先端から放たれたビームが装甲をかすめ、電磁シールドと衝突して火花を散らしたのだ。
「うおっ!?」
「シールド出力低下!敵の推進力、異常な数値です!このままでは突破されます!!」
ブリッジの床が激しく揺れ立っていることすら困難な状況の中、出される指示は冷静の極みであった。
「怯むな!落ち着いて対処しろ!」
「いいか、真正面から無理に止めようとするな!!」
「全艦、推力ベクトルを変更しろ!敵の圧力の正面に立つのではなく、自艦のシールドを傾け敵の突撃のエネルギーを『二時方向』へと受け流すように誘導するんだ!」
まるで合気道のような極めて高度な艦隊機動である。
「正面から反発するのではなく斜めに滑らせろ!それだけで奴らを我が軍の縦深陣に取り込むことができる!!」
少しずつ突撃のベクトルを斜め方向へと逸らされていくのである。
「……ふん、小賢しい真似を。あれはよくある誘引の手なのだ」
「乗るか、そのような見え透いた罠に。我々はここで足を止め、第十一艦隊に近接戦を仕掛ける!」
重装甲艦隊の利点を最大限に生かす乱戦を思考する。
「乱戦に持ち込めば敵は同士討ちを恐れて砲撃網を展開できなくなる!装甲で押し潰してやるのだ!後背を撃たせぬためにも、今は敵と組み合うのが最善の策だ!」
『レンネンカンプ提督………あなたの意見は戦術論としては決して悪くない考えですが。しかし、ここで戦力を分散させるのは、いささか困ったものですね』
激戦の最中であるというのに、宮廷のお茶会で冗談を聞いた貴婦人のようにどこまでも冷ややかで落ち着き払っていた。
『乱戦となれば火力を生かすことができなくなります。味方を巻き込む危険がありますから。それに時間をかければかけるほど、アッテンボローの艦隊が体勢を立て直して戻ってくる可能性が高まります。……ミッターマイヤー提督、あなたはどう思われます?』
「御意。仰る通りです、レンネンカンプ提督。ここは深追いはせず、ただちに近接戦の構えを解き砲撃戦に切り替えろ!」
判断は風のように速く、そして正確である。
「後方からのアッテンボローの接近を索敵レーダーで牽制しつつ、まずは眼前に孤立している第十一艦隊を確実に仕留める!!」
『よし……良い判断です。全艦回頭』
『三方向からの十字砲火をもってあの目障りな敵艦隊を包囲殲滅するのだ。塵一つ残すな』
深く入り込むことを避け、ギリギリの距離で半月型の包囲網を形成し、第十一艦隊を完全に射程圏内に捉えるのである。
「ぐ……これは厳しいな……!」
あらゆる角度から、帝国軍の猛烈な集中砲火が容赦なく降り注いでくる。
光の雨という生易しい表現では足りない。それは文字通りの光の洪水であり、巡航艦や駆逐艦のシールドが次々と限界を超えて飽和し、装甲が溶け、爆発の閃光が絶え間なく暗黒の宇宙を明るく照らし出している。
「被害拡大!第四戦隊、第五戦隊、シールド消失!被弾多数です!!」
「機関部に応急処置を回せ!沈むな、持ち堪えろ!」
「前線の艦艇を下げろ!装甲の厚い艦と標準型戦艦を前面に押し出し、全艦で防御陣形を取れ!!シールドに回すエネルギーをケチるなよ!!」
「パエッタ提督の第二艦隊が来るまで……今はただひたすらに耐え抜くんだ!共和国の意地を見せてやれ!!」
絶体絶命の危機に陥った第十一艦隊の背後、大きく後方に下がっていたはずの宙域から推進光の束が突如として出現した。
一度は戦場から完全に離脱したかのように見せかけていた、第十三艦隊である。
「おいおい、いくらなんでも苛めすぎじゃないか、帝国の野蛮人ども!!」
「いいかお前ら!ここで仲間を見捨てて自分たちだけ逃げ切ったら第十三艦隊の名が泣くんだよ!!死んでもラップを死なせるな!!」
「第十一艦隊を救出する!!全艦、エネルギー充填百二十パーセント!主砲一斉斉射!!敵の側面に火力を叩きつけろ!!!」
ラップを包囲することに完全に集中していた帝国軍の陣形はこの強烈な物理的打撃をまともに食らい、右翼の艦艇群が次々と爆散し、完璧だったはずの包囲網が激しく穿たれ引き裂かれていく。
「チッ、足の速い奴らだ!」
二つの敵の間に挟まれる形になるのは、艦隊戦における絶対の禁忌である。
「これまでだ!全艦後退!」
「これ以上深追いして横腹を突かれるな!攻撃を直ちに中止し全艦後方へと反転しろ!一時艦隊を再編し体制を立て直す!!」
命令は帝国軍の驚異的な練度によって、文字通り一糸乱れぬ完璧な機動で実行される。
それは撤退という無様な言葉が全く似合わない、ある種の芸術的な美しさすら感じさせる引き際であった。
『……ミッターマイヤー提督。実に見事な引き際、そして素晴らしい指揮です。自軍の被害を最小限に抑えつつ敵の勢いを空回りさせる。その判断の速さ、まさに帝国軍最高司令官の称号にふさわしい武勲です』
その言葉に対し、ミッターマイヤーは指揮座から立ち上がり、通信モニターの向こう側にいるであろう「あの方」に向かって深く、極めて恭しく一礼をした。
「恐縮に存じます。しかし此度の後退も、すべてはあなたの我々を導く知恵があってこその戦果です。私はただ盤面の整理をしたに過ぎません」
シャンタウ星域の戦闘はにわかに決定打を欠いた膠着状態へと陥ることとなった。
共和国軍はラップの第十一艦隊の損害を修復しながらパエッタの第二艦隊の到着を待ち、帝国軍は安全な距離で陣形を再編しつつ次なる一手のタイミングを慎重に計っている。
歴史の歯車は後戻りできない破滅の方向へと回転を始めていた。
お読みいただきありがとうございました。
今回はシャンタウ星域での本格的な艦隊戦を描きました。
アッテンボロー、ミッターマイヤーの活躍について感想をいただけると嬉しいです。