銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国軍が共和国との戦端を開き、銀河の情勢は大きく動き始める。

その報告を受けたキルヒアイス公国でも、新たな一手が検討されるが……。

今回は公国政庁での一幕です。



公王陛下、出征できません

【キルヒアイス公国政庁 公王執務室】

 

「なんと!!」

 

「帝国軍がヤン・ウェンリーの共和国と戦端を開いたじゃと!?平和交渉の最中に!?」

 

「はい、間違いありません。帝国軍最高司令官ミッターマイヤー元帥が、シャンタウ星域にてレンネンカンプ提督とグリルパルツァー提督を率いて開戦に及んだとのことです」

 

「奇襲……!まったく、ファルケンハインめ、皇帝になってもやることは相変わらず底意地が悪い」

 

「うむ。で、戦況は?ミッターマイヤーならば共和国軍など一網打尽にされたのではないか?」

 

「いえ、それが」

 

タブレットの画面をスワイプする。

 

「帝国軍は砲撃戦艦《ブリトマート》を中心とした特攻部隊を前面に押し出し苛烈な砲撃戦を仕掛けたようですが……それを迎え撃ったアッテンボロー艦隊の防御と偽装後退の罠を崩しきれず、現在戦線は膠着しているとの報告が入っております」

 

「ほう……」

 

報告を聞いて、オーベルシュタインも少々驚いた様子だ。

 

「アナスタシアの旗艦をわざわざ持ち出すとは……。なかなか面白い手を打ちますな。単なる火力を求めただけでなく、心理的な圧力を期待してのことですかな」

 

キルヒアイスが苦笑交じりに頷く。

 

「そうですね……。実際に相手にした身としてはその威圧感はよくわかります。プレッシャーはデータ以上のものがありましたから」

 

「さらに続報です」

 

「その膠着状態に業を煮やし、……帝国皇帝アルブレヒトは、本国からの大規模な増援部隊の派遣を決定いたしました。そしてその遠征軍は自身を総大将とした『皇帝親征』であると発表されました」

 

「皇帝親征……!本人が出てくるのか!」

 

マルガレータの顔が驚きから少しずつ好戦的な笑みへと変わっていく。

 

「さらに」

 

「帝都オーディンの留守を預かる帝国宰相ロイエンタール元帥には、旗艦《トリスタン》にかわり、あの《ロンゴミニアド》級の二番艦、超戦艦《ゲイ・ボルク》が下賜されたとのことです」

 

「ゲイ・ボルクじゃと!?」

 

「あの、アホみたいに予算をつぎ込んだ超兵器を一介の臣下に与えるとは……思い切った真似をするのう。父様への信頼の証か、あるいは反乱を抑え込むための毒饅頭か。……で、その親征軍の規模と顔ぶれはどうなっておる?」

 

「遠征軍はアウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将、コルネリアス・ルッツ上級大将、エルネスト・メックリンガー上級大将といった主力級を動員し、計四個艦隊、およそ六万隻の大軍を率いて出撃するとのことです。先鋒のミッターマイヤーたちと合わせれば帝国の全兵力のほぼ三分の二が共和国に向けて動くことになります」

 

「ほう……」

 

「それでは……」

 

まるで獲物を見つけた肉食獣のような瞳でホログラムの星図を睨みつけた。

 

「現在の帝国本土は防衛網がひどく手薄になっているということじゃな。残っている主だった将帥といえば帝都を守るオスカー父様と、あとはシュタインメッツにケスラー、ケンプといったところか」

 

「クナップシュタイン提督も残っているはずだよ、マルガレータ。彼は若いが極めて優秀な用兵をする男だ」

 

「ふん」

 

「そんなもん、全く問題にもならんわ!ケスラーは憲兵隊で宇宙戦には不慣れじゃし、ケンプやクナップシュタインなどは我が公国軍が誇る『桃色竜騎兵』の機動力と土星エンジンの前にはただの止まっている的も同然よ。……オスカー父様だけは少々厄介じゃが、それとて正面から当たらず機動力で翻弄すれば良いだけのこと!」

 

瞳には野心という名の炎が赤々と燃え盛っていた。

 

「よし!!共和国軍に釘付けになっている今こそが、我がキルヒアイス公国の領土拡大の千載一遇の好機ぞ!!直ちに全軍に出撃命令を下し、帝国側のフェザーン回廊出口の周辺地域を押さえるの……」

 

急にその言葉が途切れた。

 

「…………?」

 

そして彼女の顔から、一瞬にして血の気が引き土気色へと変わっていく。

伸びていた背筋が崩れ、膝が震え始めた。

 

「マルガレータ……?」

 

異変に気づいたキルヒアイスが怪訝な顔で声をかける。

マルガレータは指差していた右手を震えながら口元へと持っていき強く押さえる。

額には異常な量の冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

 

「…………、…………!!」

 

「お、おろ……おろろろろろろろろろっ!!!」

 

「またですか」

 

その様子を真横で見ていた侍従の反応は、およそ主君を心配する人間のそれではない。

全く動じることなく、冷ややかな目で微塵も心配する素振りを見せずにただ一つ大きなため息をつく。

 

「公王陛下。……いい加減に観念して検査を受けてください」

 

その目はもはや主君を見る目ではない。ゴミを見るような、侮蔑と呆れが混じり合った絶対零度の冷たさである。

 

「う、ううぅ……」

 

「……嫌じゃ!嫌じゃ!病院など絶対に行かぬ!!注射は嫌なのじゃ!!検査ということは絶対に血を取るのじゃぞ!!針が腕に刺さることを想像しただけで気分が悪くなる!!痛いのは絶対に嫌じゃあああ!!」

 

彼女は本来、敵の斧で肩を斬り裂かれても平気な顔をしているほど痛みには強いタイプなのだ。しかしなぜか最近は注射に対して病的なまで恐怖心を訴えているのである。

 

最近、度重なるめまいや吐き気、そして酸っぱいものが食べたいという明確な妊娠の初期症状が出ているにもかかわらず、彼女が頑なに病院での血液検査やエコー検査を受けようとしないのだ。

 

「いい加減にしてください」

 

「どう見ても症状と経過からしてご懐妊であることは九十九・九パーセント間違いないのです。さっさと確定させて、国民に祝い金の一つでも配ったらいかがですか。そうすれば公国の株も上がり民衆の支持もさらに強固なものになります。これは立派な政治的アピールであり公王としての義務ですよ」

 

いつも通りぐうの音も出ない正論である。

 

「ち、違う!妾は妊娠などしておらん!!しておらんのじゃ………ただちょっと、最近脂っこいものを食べすぎただけじゃ!!」

 

「お、おええええええっ……」

 

再び強烈な吐き気に襲われ、口を押さえたまま執務室のドアの方へダッシュしようとする。

 

「マルガレータ」

 

「ジーク……」

 

「不安なのはわかるよ。女性にとって身体が大きく変化していくというのは僕ら男には想像もつかないほどの恐怖があるのだろう」

 

「でも……僕は君の夫としてとても心配なんだ。万が一病気だったりしたら大変だ。……それに、僕と君の二人の大切な子供なのだから。ね?一緒に診察を受けよう?」

 

「注射が怖いのなら、僕が君の隣に座ってずっと君の手を強く握っているからさ。僕の顔を見ていれば痛みなんてすぐに終わるよ」

 

キルヒアイスの優しさはまさに底なしである。

 

しかし。

その優しい顔を見てもマルガレータの顔が先ほどの土気色から、今度は真っ白な灰のようにさらに尋常ではない色へと変貌したのだ。

 

「ジーク………!!」

 

「いや!!!嫌じゃ!!お前と一緒になんて、絶対に嫌じゃああああ!!!!」

 

「えっ……マルガレータ?」

 

「どうして……僕が一緒だと何か問題があるのかい?」

 

その疑問に対し、執務室の空気を全く読まない、あるいはわざと空気を凍らせる天才であるオーベルシュタインが極めて不穏な爆弾を投下した。

 

「陛下………」

 

「何をそんなに怯えていらっしゃるのです?検査などすぐに終わるものです。……陛下は『私の子』も産んでいただけるおつもりなのでしょう?そんなに検査を嫌がっておられては私の順番がいつまで経っても回ってきません」

 

「………………」

 

「オーベルシュタイン元帥」

 

声は静かだが明確な怒りを含んでいる。

 

「不謹慎な冗談は控えてください。マルガレータは私の妻です」

 

「おっと……これは失言でしたな。公王配殿下は愛妻家でいらっしゃる」

 

「まあまあ、お二人とも。今はそのような下世話な冗談で揉めている場合ではありません」

 

侍従が冷静に間に割って入る。

 

「それよりも公王陛下。仮にご懐妊であるとすれば、安定期に入るまではそう無理な運動や強いストレスを受けることは胎児に悪影響を及ぼします。……まさか」

 

「まさかとは思いますが……自分が自慢の『桃色竜騎兵』を率いて出征できなくなるから、それが悔しくて意地を張って妊娠を隠しているとか、そういうくだらない理由ではありませんよね??」

 

「なっ……!」

 

「そうか……!まったく気が回らなかった」

 

キルヒアイスは自分の浅慮を恥じるように額に手を当てる。

 

「ワープが胎児に与える影響は、かなりのリスクがあると言われている……。マルガレータ、君が妊娠しているのなら前線に出るなど論外だ」

 

夫としての、そして父親としての極めて真っ当なドクターストップである。

 

「であれば」

 

オーベルシュタインがすかさず政治的な代案を提示する。

 

「今回の帝国領への親征および領土拡大の野望は、ひとまずお控えいただくしかありませんな。……代わりに公王配殿下。先日見事に全快されたローエングラム公爵の完全復活を強くアピールするためにも、彼にご出馬頂くのはどうでしょう?」

 

「今すぐに出征し短期決戦で戻ってくれば、婦人の出産には十分間に合う計算です。何より彼の武名を再び宇宙に轟かせる絶好の機会です」

 

「そうですね……」

 

「ラインハルトも体力的にも問題ない状態です。あの人にはやはり戦場が似合う。……ですが」

 

「今このタイミングで我々から帝国領へ侵攻して、彼がこれまで保ってきた『家族に対する友好関係』を意図的に崩すような真似をするのは、時期尚早ではないでしょうか?相手にこちらを攻撃する大義名分を与えてしまいます」

 

「確かにその通りですな」

 

「ならばアルブレヒトと事を構えるのは後回しにして。ヤン・ウェンリーの主力艦隊がイゼルローン要塞や前線で釘付けになっているこの隙を突き、我々は逆方向……背後から急襲し、価値の高い星系をいくつか切り取るほうがまだ現実的か……」

 

「お主ら!!!」

 

「当人の、この公国のトップである妾の目の前で勝手に軍を動かす話を進めるでない!!妾は公王なる……ぞおおおおおおおおっ!!!」

 

再び強烈な吐き気に襲われ、言葉が途切れる。

 

「おえええええええっ……!!」

 

「まったく、うるさい公王ですね」

 

「さっさとその見苦しいものを吐き出してしまってください。そして今すぐ首に縄をつけてでも病院の検査室へ引きずり行きますよ。ほら、立ちなさい」

 

しかしキルヒアイスは、マルガレータのあまりにも異常な拒絶反応を見て不思議そうに首を傾げた。

 

「いったいどうしたというんだい、マルガレータ?前に風邪を引いた時や怪我の治療の時は注射なんて何の気にもしてなかったじゃないか。いくら痛いのが嫌だからってちょっと異常な怯え方だ」

 

「……確かに」

 

「陛下。あなたは先ほどから、殿下が『一緒に行く』と言った瞬間にパニックを起こした。……痛みが怖いというのはただの建前ではありませんか?何か『別のこと』が発覚するのを恐れ隠しておられるのではありませんか??」

 

「なっ……!?」

 

図星を突かれた彼女の顔からさらに血の気が引き、冷や汗が床に滴り落ちる。

 

「……………………。そ……それは………!!」

 

キルヒアイスとオーベルシュタインの顔を交互に見比べ、パニック状態で後ずさりをした。

 

「まさか……マルガレータ。君……」

 

「言えぬ!!!」

 

「絶っっっ対に言えぬのじゃ〜!!!」

 

ヒールを脱ぎ捨てると、ものすごい瞬発力でドアに向かって突進しそれを蹴破る。

そしてそのまま廊下を猛ダッシュで逃亡を図った。

 

「あ、お待ちください!陛下!!」

 

侍従は額に青筋を立てながら落ちているヒールを拾い上げ、深いため息をついた。

 

「まったく……あのクソガキは。隠し事があるならさっさと白状すればいいものを……。近衛兵に連絡して各出口を封鎖させます」

 

タブレットを取り出し淡々と包囲網の手配を始める。

 

「ううう………。来ないでえええええ!!妾の血を抜かないでくれえええええ!!」

 

政庁の奥深くから、情けない悲鳴がいつまでも虚しく響き渡り続けていた。

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

銀河規模の戦略会議のはずが、なぜか公王陛下の検査問題に発展しました。

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