銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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イゼルローン回廊に迫るアルブレヒト親征艦隊。

ヤンは敵の大火力と高機動に対抗するため、散開と集中を組み合わせた防衛戦術を展開する。

だが、アルブレヒトはその策を真正面から食い破ろうとしていた。



クアッド・クリームパン・アンダンテ

「……敵の総大将は、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインだ」

 

「……彼の用兵の持ち味は堅実な陣形で隙を見せないかと思えば、次の瞬間には常識外れの奇策を仕掛けてくる。二つの異なる戦術を、秒単位で切り替えながら敵の思考を翻弄する高機動戦法だ。……あれに正面から付き合えば、こちらの指揮官は神経をすり減らされ陣形を崩されて食い破られることになる」

 

正確な分析に、ウランフ大将が力強く頷いた。

 

「うむ、総統の仰る通りだ。……それに加えて厄介なのが、旗艦《ロンゴミニアド》から放たれる規格外の超弩級重粒子砲だな」

 

「あの主砲はイゼルローン要塞の雷神の槌の四割に相当する威力があると聞く。たかが一隻の戦艦に積む火力ではない。もしあの砲撃をまともに直撃で食らえば、我が方の艦隊は数千隻単位で一瞬にして防御シールドごと蒸発するぞ」

 

「ええ。その通りです、ウランフ提督」

 

「そして、である以上……横への展開が極端に制限されるイゼルローン回廊は、アルブレヒトにとって戦いやすい場所であると言える。彼らはただ回廊の正面に向かってその大砲をぶっ放し続けるだけで我々に甚大な被害を与えることができるのだからね」

 

「我々は艦隊を一つの場所に密集させてはいけない。常に散開し的を絞らせないようにしなければならない。……しかし、敵が数で我々に勝っている以上、こちらが分散しすぎれば今度は局地的な突撃によってバラバラに壊滅させられる危険性が跳ね上がる。密集すれば蒸発し、分散すれば各個撃破される。……我々は今、そういう最悪の二択の真っ只中にいると言うわけさ」

 

状況分析を聞いて、傍らで副官として控えているユリアン・ミンツが眉間に深い皺を寄せる。

ユリアンは共和国の暗部である特別高等警察のトップとして裏で血を流す汚れ仕事を引き受けている身である。しかしヤンはその事実を一切知らず、ユリアンもまたヤンの前では副官としての顔を保ち続けていた。

 

「では、総統閣下。いかがなさいますか?」

 

「相手の火力を避けつつ各個撃破も防ぐ。そのような都合の良い陣形など軍事学の教本には存在しませんが……何か、秘策がおありなのですか?」

 

「秘策というほど大層なものじゃないさ。実に単純なことだ。敵の大火力を封じるためにはまず敵と組み合い乱戦に持ち込む。味方と敵が入り乱れれば、自軍の艦艇を巻き込むことを恐れて主砲を迂闊には撃てなくなるからね」

 

「……もしくは、敵に対して『こちらは射程外で安全に戦うつもりだ』と思わせながら、こちらも決して相手に的を絞らせないように小集団の部隊に細かく分け、絶えず動き続ける。そして動き続けながらも、攻撃の瞬間だけは各小集団からの火線を敵の弱点となる『一点』にだけ集中させるんだ」

 

「防御は散開して回避を優先し、攻撃は集中して貫通力を高める。……帝国軍の陣形の隙間を縫うように一撃離脱を繰り返し、相手の自滅を誘う。これで行こう」

 

 

「……さあそういうわけだから、各部隊の艦長たちにはこの複雑な機動を同期させるための計算処理と操艦が要求される。しばらくは我々も不眠不休になる。気合を入れて頑張ろうじゃないか」

 

どこまでもマイペースで一切の妥協を許さない指示の前に、ユリアンもウランフも深いため息をつきながら自らの部署へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

イゼルローン回廊の帝国軍前衛。

 

親征部隊のなんと一番先頭、最も敵の砲火に晒される危険な位置に皇帝アルブレヒトの乗る超大型旗艦《ロンゴミニアド》が陣取っている。

 

ワーレンもルッツもメックリンガーも、全幕僚が「どうか後方で安全に指揮をお執りください!」と必死に制止した。しかしアルブレヒトは「後ろでふんぞり返っている暇なんてないんだよ」と臣下たちの泣き落としを無視して最前線へと出てきているのだ。

 

「うん……。なるほどな」

 

「敵は一つの場所に密集しようとしない。的を絞らせないように小集団の部隊に分かれて……こちらの陣形の隙間やシールドの薄い点に向けて、攻撃の瞬間にだけ火線を集中してきやがる……ね」

 

「何ともひどく既視感のある戦法だな、おい」

 

リューネブルクは愚痴を聞いて、皮肉に満ちた冷たい笑みをこぼした。

 

「それは当然でしょう、陛下。何しろその戦法は、かつて陛下がまだ一介の提督であった頃に少数の兵力で多数の敵を相手に戦いを強いられた時に多用して敵をすり潰してきた、十八番の戦法そのものですからな。……どうやらヤン・ウェンリーは、陛下の過去の戦歴を自分のものとしているようです」

 

事実であると同時に主君に対する強烈な煽りでもある。

 

「チッ」

 

「あの魔術師め、プライドってもんがないのか。人の特許というかオリジナル戦法を勝手にパクりやがって。……著作権侵害で訴えてやりたい気分だぜ」

 

自分がやられるとこれほどまでにウザい戦法はないと身をもって実感し苛立ちを隠せない。

 

「いかがですか、陛下。ヤン・ウェンリーの模倣は確かに見事ですが所詮はパクリに過ぎません。……いっそここからは陛下ご自身が、千隻だけを引き連れて敵陣のど真ん中に突っ込んでいき、お手本を直々に見せてやるというのは。彼もさぞかし良い勉強になると思いますがね」

 

極度の皮肉と煽りを込めた進言だが、彼は半眼になり、完全に感情の抜け落ちた冷え切った視線を彼に向ける。

 

「………お前、臣下としての忠誠心や実務能力は買っているが。本気で俺を殺す気か?それとも俺が名誉の戦死でも遂げて、残してきたロイエンタールが新しい王朝を打ち立てるのを待ち望んでいるのか?」

 

「いえいえ。滅相もございません。『不滅の伏龍』という大仰な二つ名であらせられる陛下のことでございます。千隻で囲まれて袋叩きにされたくらいで死ぬような柔な御方ではないでしょう。きっと、多分、おそらく大丈夫でしょう。……凡人で無能な私にはとても恐ろしくて真似できる芸当ではありませんが、陛下ならば必ず奇跡を起こされると信じておりますよ」

 

「…………お前、今、言ったな?」

 

「誰が千隻で死地に突っ込むか!俺はもう平の提督じゃない、この銀河帝国の皇帝なんだぞ!なんで皇帝がそんな真似をしなきゃならんのだ!」

 

「敵が今やっている戦法は確かに強力だ。だがそれが効果を発揮するためには相手が真面目に『付き合ってくれる』からこそ成り立つ戦術なんだよ!」

 

「相手の動きに合わせてこちらが陣形を変えようとしたり、迎撃しようとしたりするから神経をすり減らされるんだ。……だったら答えは簡単だろうが。相手のペースに付き合わなきゃいいだけの話だ!」

 

右手を高く掲げ、前方に向かって突き出した。

 

「我が艦隊はこれより敵の部隊との交戦を一切無視する!!陣形もクソもない、ただ真っ直ぐに全艦、機関出力最大で全速前進だ!!」

 

「なっ……!?」

 

「敵部隊の対応や回り込まれた時の防御は全部後ろにいる第二陣のワーレンとルッツに丸投げしろ!あいつらに任せておけばよい!」

 

常軌を逸した命令だった。前衛である彼らが敵を無視して突っ走れば、後方の部隊にすべての負担がのしかかる。まさに究極の丸投げである。

 

それは戦術も何もない、ただの質量の暴力であった。

この常識外れの暴走に対し、ヤンの戦法は完全に裏目に出ることとなる。

 

なまじ敵の砲火を避けるために部隊を散開させ流動的に動き回っていた共和国軍は、目の前に突如として迫り来る一点突破に全振りを絞った巨大な質量を止めるだけの壁を構築することができなかったのだ。

 

「敵旗艦、突進してきます!止められません!!」

 

《ヒューベリオン》でオペレーターが悲鳴を上げる。

散開していた共和国軍の艦艇は突っ込んでくる帝国艦隊の速度と質量に弾き飛ばされ、あるいは衝突を避けるために自ら道を譲るしかなく。

 

アルブレヒトの艦隊はヤンが構築した網の目を障子紙を破るように、いともあっさりと背後へとすり抜けてしまったのである。

 

「見たかヤン・ウェンリー!口ほどにもない!お前の小細工など俺の圧倒的なパワーの前には無意味だ!いや!やっぱり俺が宇宙で最強!!」

 

「行くぞお前ら!!このままイゼルローン要塞本体の攻略だ!!!」

 

「『無人艦』を最前面に出して展開しておけよ!!そのまま無人艦を要塞の流体金属の壁に突撃させて張り付かせてやる!!撃ちたきゃ自分たちの要塞ごと撃ち抜くんだな!!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「敵旗艦《ロンゴミニアド》及びその直属の皇帝親衛艦隊、我が軍の防衛網を完全に突破!!」

 

「阻止できません!敵の推進力、異常な数値を示しています!敵艦隊、そのまま真っ直ぐにイゼルローン要塞へと向かっています!!」

 

「そ、総統!!」

 

ユリアンは冷静さを失い、思わず声を荒げた。

 

「このままでは超火力を持つ《ロンゴミニアド》がイゼルローン要塞に迫ってしまいます!!今すぐ全艦隊を反転させ、追撃しなければ要塞が陥落します!!」

 

しかし。

絶体絶命の危機的状況にあって、当のヤン・ウェンリー本人はというと。

指揮席に深く腰掛けたまま、文字通り一ミリメートルも慌てる様子を見せていない。

 

「……ん、今日の紅茶は少し渋みが出すぎているかな。もう少し蒸らす時間を短くした方が好みなんだけどね」

 

カップをソーサーに置き、ベレー帽のツバを少し指で押し上げながら、戦術ディスプレイに映し出される敵艦隊の突出した光点を見て、不敵な笑みを口元に浮かべた。

 

「はい、お一人様ご案内、ってね」

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

【イゼルローン回廊 帝国軍最前衛】

 

 

 

「へ、陛下!!緊急事態です!!」

 

「あん?なんだ、騒々しい。今いいところなんだから水差すなよ」

 

「前方のイゼルローン要塞から大規模な伏兵が飛び出してきます!!その数、およそ三万隻!!」

 

「な、なんだと!?」

 

「こんなところに三万隻もの大艦隊を隠していたというのか!?」

 

「識別信号、確認しました!!」

 

「戦艦《エピメテウス》!!さらに戦艦《リオ・グランデ》!!共和国の宇宙艦隊司令長官ホーランド元帥と、ビュコック元帥の艦隊です!!!!」

 

「チッ……!!罠か!!あの魔術師め、わざと俺の突撃を通しやがったな!!」

 

「ふざけるなよ、おい!!」

 

指揮卓を乱暴に叩きながら毒づく。

 

「……さらにホーランドとビュコックまで伏兵として温存していただと!?全く……!奴らの手札はどうなってんだ!!どんだけカードが余ってるんだよ、あの魔術師は!!」

 

帝国軍の層の厚さも相当なものだが、共和国軍もまた有能な将官たちが綺羅星のごとく揃っているのだ。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

そしてそのアルブレヒトの嘆きを他所に、イゼルローンから飛び出してきた伏兵部隊はすでに陣形展開を開始している。

 

先陣を切る、戦艦《エピメテウス》。

 

「来たな!来たぞ、皇帝アルブレヒト!!まんまとヤンの仕掛けた舞台に踊り出てきおったわ!!」

 

テンションはアルブレヒト以上に限界突破している。

 

「今回こそは!この俺の論理と芸術が融合した至高の用兵で討ち取り、この宇宙に俺の芸術を完成させてやるぞ!!ハァーッハッハッハ!!」

 

高笑いが響き渡る。オペレーターたちはいつものことだと完全にスルーして無言で計器の操作を続けている。

 

一方、《エピメテウス》の隣を併走するように進む戦艦《リオ・グランデ》

 

「……ヤンめ。敵の性格を読み切り、あやつらしい見事な盤面操作は素直に褒めてやるが」

 

「よりによってなんで『この男』と一緒にわしを伏兵の部隊に置くのかね。ただでさえ血圧が高めじゃというのに、あんなやかましい高笑いを聞かされ続けていたら敵と交戦する前に血管が切れてしまいそうじゃわい」

 

長年ヤンの無茶振りに付き合わされてきた老将ならではの愛のある文句である。

 

「全艦、よく聞け!!獲物は完全に我々の網の中にある!!」

 

「これより我が艦隊は第五艦隊と連動し、宇宙で最も美しく最も残酷な『究極の包囲陣形』へと移行する!!」

 

その言葉に両艦隊の将兵たちは一気に緊張感を高める。どんな過酷な命令が下されるのかと固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 

「作戦名、『クアッド・クリームパン・アンダンテ』の準備だ!!!全艦、この甘美な旋律に乗って踊れ!!」

 

「………………」

 

ビュコックは天を仰いだ。

 

「……またその、訳の分からんパンの名前か」

 

「クアッド・クリームパン・アンダンテ……?四方上下からの包囲網で敵を逃げ場なく包み込む。そして焦らずゆっくりと歩くような速度で敵を締め付けていく……とでも言いたいんじゃろうが。頼むからもう少し軍隊らしい名前をつけてくれんか。なんで毎回毎回菓子パンの名前なんじゃ……」

 

嘆きは全将兵の心の声を完璧に代弁している。

 

しかし直属の部下たちはそんな奇癖にもはや完全に慣れきっている。

 

沈黙の後、通信回線には一切の覇気も高揚感もない、ただ淡々とした悟りを開いた僧侶のような声が次々と返ってきた。

 

『……………第一戦隊、了解。クリームパン、包囲軌道に入ります』

 

『第二戦隊、(またかよ……)了解。アンダンテの速度で前進します』

 

『第三戦隊、クアッドの陣形、準備完了です……。はあ……』

 

彼らの声には「作戦名はともかく言われた通りの完璧な機動をしてやるから早く終わらせてくれ」とある種のプロフェッショナルなヤケクソ感が漂っている。

 

そしてその諦めの境地にある将兵たちの操艦技術は、皮肉なことに極めて高いレベルにあるのだ。

 

上下左右の全方位から迫る立体的な四重包囲網……通称クアッド・クリームパンを芸術的なまでの滑らかさと正確さで形成していく。

それは敵の退路を完全に塞ぎゆっくりと確実に絞り上げる恐るべき陣形である。

 

「チィィィッ!!」

 

「何がクアッド・クリームパンだ!!変な名前の陣形しやがって……!!」

 

「だが、こんなふざけたパンの生地なんかに包み込まれてたまるかよ!!俺たちは最強の帝国軍だ!!」

 

「全艦、防御シールド最大!周囲の敵に向かって一切の出し惜しみなしで応戦しろ!!」

 

皇帝の絶叫に応え、《ロンゴミニアド》をはじめとする帝国軍の艦艇から四方の包囲網に向かって決死の反撃のビームが放たれる。

 

勝敗の行方は、いまだ漆黒の闇の中である。




お読みいただきありがとうございました。

今回はヤンとアルブレヒトの戦術の読み合い、そしてホーランドとビュコックの伏兵を描きました。

アルブレヒトの突破、ヤンの罠、そして作戦名「クアッド・クリームパン・アンダンテ」について感想をいただけると嬉しいです。
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