銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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マルガレータの懐妊をめぐる疑惑は、ついに公国全体へ広がり始めた。

父親は公王配キルヒアイスか、軍務尚書オーベルシュタインか。

王位継承と国家の安定を守るため、リヒテンラーデは常識も倫理も踏み越えた解決策を提示する。



公王の首輪、国家の鎖

【キルヒアイス公国 公王私邸】

 

寝室で、この国の頂点に立つ女性が惨めな姿で一人震えていた。

公王マルガレータ

 

あの病院での自白、そして強制的な確定診断以降、彼女は「産休」という名目ですべての政務から解放されていた。

 

普通であれば激務から離れ至れり尽くせりの世話を受けるリラックスした時間であるはずだ。体調を考慮し身体的な負担は軽くされている。

 

しかし。

現在の彼女にとって寝室は安らぎの場所などではなく、一秒たりとも気の休まることのない針の筵と化していた。

 

その首元には冷たい光を放つ、頑丈に作られた金の首輪が嵌められていた。

そしてその首輪には純金製の鎖が繋がれており、太い柱に外れないように南京錠で固定されている。

 

動ける範囲はベッドの周囲とソファ、隣接するバスルームのみ。

物理的な軟禁状態。いや、首輪で繋がれているという事実を考えれば、軟禁というよりは飼育という言葉の方が正確かもしれない。

 

倫理観を根底から破壊するような真似をしでかした彼女に対する、夫からの分かりやすい逃亡と徘徊の防止策であった。

 

「……あの、のう、ジーク」

 

傲岸不遜な態度は消え失せ、弱々しい上目遣いで見上げる。

 

キルヒアイスはすぐには答えず、ソファーの前のテーブルに持っていたデータパッドといくつかの書類を冷たい手つきで置いた。

 

「なんだい?マルガレータ」

 

声のトーンもまた氷のように冷え切っている。

 

「あのな……妾、もうどこにも逃げないし海より深く反省もしておるから……その………」

 

顔色を伺いながら言葉を濁す。

 

「この首輪で繋がれておるのは、少し……その、犬みたいで流石に一国の王としての威厳が保てぬというか……その、外してはくれぬか?」

 

しかしその言葉を聞いた瞬間キルヒアイスはゆっくりと機械仕掛けのように首だけを動かして、マルガレータへと視線を向けた。

 

「ひっ……」

 

向けられたキルヒアイスの瞳からは、温厚で優しい光が欠片も残さずに消え失せていた。

そこにあるのは光を一切反射しない漆黒の闇。

ハイライトがオフになっている状態の瞳。

 

「……何か言ったかな?マルガレータ」

 

声はひどく優しい。

優しすぎるがゆえに背筋が凍りつくほどに恐ろしいトーンであった。

 

「僕の耳には今君の言葉が何も聞こえなかったんだけど」

 

「えっ、あ、いや……」

 

「『盛りのついた犬』はね、しっかりと繋いでおかないとまた誰のベッドに潜り込むかわからないだろう?そうなれば周囲の皆にこれ以上ないほど迷惑がかかるんだよ。……わかるよね?」

 

その圧倒的な威圧感と夫の静かなる激怒の前に、マルガレータは戦意を喪失する。

 

「……いえ………何でもありません。妾が出過ぎたことを申しました……」

 

「このままで……このままで結構じゃ……ワン……」

 

 

 

◇◇

 

 

 

マルガレータ・フォン・キルヒアイス公王の懐妊の報。

それは最初は公国の未来を明るく照らす慶事として国民に歓迎され喜ばれた。

 

建国間もない公国にとって跡継ぎの誕生は、国家の安定と繁栄を約束する最も確実な材料であったからだ。

 

しかし。

その歓喜のムードは長くは続かなかった。

 

彼女が日頃から軍務尚書であるオーベルシュタイン元帥のことを愛人として公言して憚らず、あまつさえオーベルシュタインと頻繁に酒盛りを行っていたという、だらしなく不道徳な私生活の噂はフェザーンの中枢では既に有名な話であった。

 

そして人の口に戸は立てられない。醜聞はまたたく間に一般市民の間へと漏れ伝わってしまったのだ。

 

『お腹の子供の父親は果たして公王配であるキルヒアイス様なのか?それともオーベルシュタイン元帥なのか?』

 

国家の根幹を揺るがす野次馬にとってはこれ以上なく面白いスキャンダルは爆発的な勢いでフェザーンから全宇宙へと広がっていった。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【公国政庁 秘密会議室】

 

その頃。

マルガレータのやらかした不始末の後始末と今後の対応を協議するための緊急会議が開かれていた。

 

円卓の席に座っているのは、ヒルデガルド・フォン・ローエングラム公爵夫人。

そしてその向かいに座るのは、このスキャンダルの当事者の一人である軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥である。

 

「オーベルシュタイン元帥!あなたという人は……!」

 

「実際のところどうなのです!?あなたご自身に……その、お腹の子供の父親であるという心当たりはあるのですか!?」

 

一国の元帥に対してこのような質問を投げかけるのは本来であればあり得ないことである。しかし事態はもはやそんな体裁を気にしているレベルを超えているのだ。

 

「…………それが、ですな。ローエングラム夫人」

 

「……陛下は私のもとを訪れる際、いつも『私はちゃんと避妊薬を飲んでいるから今日は絶対に大丈夫だ。安心して私を抱け』と、毎回強い自信を持って仰られまして……。私はその言葉をそのまま信じておりました」

 

言葉を聞いてヒルダは頬を赤らめる。

いくら同性とはいえ、他人の情事の報告を聞かされるのは気まずいものがある。

 

「それは……あなたが、あなたの目で彼女が薬を飲んでいるところを確認できたのですか!?」

 

「いえ…………」

 

少し視線を逸らし、事務的に答える。

 

「そこまでは……。それに、服薬の管理にまで一介の臣下が口を出すのは越権行為かと思いまして」

 

「…………確かにあなたのその言い分も理解できなくはありません。元帥の完全な落ち度……とだけ言い切ることはできませんわね」

 

「いくら愛人関係にあるとはいえ、『本当に薬を飲んでいるのか?証拠を見せろ』としつこく問い詰めるのはベッドの上でのエチケット違反どころではありませんから。そこを遠慮してしまうのは臣下としての性が働いたのでしょう」

 

「ですが元帥!あなたの立場というものがあるでしょう!!一国の元帥が、いくら相手が望んだからといって公王を妊娠させてどうするのですか!あなたのその計算はベッドの上では機能しなかったのですか!?」

 

オーベルシュタインは反論する言葉を持たなかった。

己の人生においてこれほどまでに致命的で非論理的な失敗を犯したことに、内心で深く打ちのめされていた。

 

「……面目ない」

 

絞り出したのはその一言だけであった。

これもまた銀河の歴史に残る珍事であった。

 

ヒルダとオーベルシュタインの視線がドアの方へと向いた。

そこには、先ほどマルガレータの部屋で見せたのと同じハイライトの一切ない漆黒の瞳を持つ男、ジークフリード・キルヒアイスが立っていた。

 

「……公王配殿下」

 

「……オーベルシュタイン元帥」

 

「はい、殿下」

 

「……貴方は」

 

言葉を一つ一つ噛みしめるように紡ぎ出す。

 

「貴方は、マルガレータを……女性として愛していますか?」

 

空気が張り詰める。傍らで聞いていたヒルダが思わず息を呑む。

夫が妻の浮気相手に対して愛情の有無を問いただしているのだ。これ以上の修羅場があるだろうか。

 

「……………………はい」

 

「私はマルガレータ様を愛しております。……私は閣下よりも長い時間、彼女をお支えしてきたという自負があります」

 

「出会った時期、そして夫としての立場を得たのは殿下の方が先かもしれません。……しかし私が彼女と共に過ごした時間の密度は決して殿下に劣るものではないと、私はそう確信しております」

 

キルヒアイスはその言葉を黙って聞き遂げる。

漆黒の瞳の奥でどのような感情が渦巻いているのか、誰にも読み取ることはできない。

 

「……………ふう」

 

ゆっくりと顔を上げ、再びオーベルシュタインを見つめる。

顔には怒りも憎しみも浮かんでいなかった。

 

「……分かりました。貴方の覚悟はしかと受け止めました」

 

「私から今この場で貴方に対して何を言うということは一切ありません。責めることも罰することも今はしません」

 

「……よろしいので?」

 

「ええ。私たちの個人的な感情の対立など、今この情勢下においては些末な問題に過ぎません」

 

ヒルダの方を向き、再びオーベルシュタインに向き直った。

 

「現在、帝国軍と共和国軍がイゼルローンで激戦を繰り広げ、そこにラインハルトも参戦しています。この戦の最中に我が公国の中枢が痴話喧嘩で分裂している場合ではないのです。……今は国の行く末を案じ、この国を守り抜くことが先決です」

 

高潔で公人としての鑑のような言葉であった。

 

「……寛大なご処置、感謝いたします」

 

「ただし」

 

「この戦争が終わった後……そして彼女が無事に子供を産み、その子供の本当の父親が誰であるかが明確になった時。……その時にはまた改めて三人でゆっくりと『話し合い』の場を設けさせてもらいますからね。……その時まではどうか首を洗って待っていてください」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「何を皆様、お通夜のような暗い顔をしておいでかな」

 

「廊下の外まで皆様の重い溜め息が漏れ聞こえておりますぞ。まったく、血気盛んな若者たちがたかだか女一人の色恋沙汰の不始末で、これほどまでに深く悩む必要はどこにもあるまい」

 

空いている椅子にゆっくりと腰を下ろし、杖を両手で支えるようにして周囲を見渡した。

 

「そう深く悩む必要はあるまい、若者たちよ。政治というものは、どんなに歪な泥水であろうとも濾過して綺麗な飲み水に見せかけることができる魔法なのだからな」

 

「リヒテンラーデ公……」

 

ヒルダが憔悴しきった顔を上げ、すがるような、しかし警戒を解かない目で老人を見る。

 

「解決策が何かおありだと言うのですか?事態は単なる色恋沙汰では済まされません。国家の存亡に関わる重大な危機なのです。これをどうやって揉み消すと言うのですか」

 

「揉み消す必要などどこにもない。事実を隠そうとするから後でほころびが生じて足元をすくわれるのじゃ。……逆転の発想を持たれよ。事実を隠すのではなく、その事実そのものを『正当化』する枠組みを作り上げてしまえばよいのだ」

 

怪訝な顔で首を傾げる。

 

「そもそもじゃな……」

 

「そもそも、公王配であらせられるジークフリード・キルヒアイス殿下は表向きはマルガレータ陛下を正妻としておられるが。……かの美しきアンネローゼ・フォン・グリューネワルト様も妻として囲っておられるではないか」

 

「殿下はアンネローゼ様を心から愛しておられる。そして公王であるマルガレータ陛下もまたその事実を黙認している。……つまり、我がキルヒアイス公国において国家のトップである公王配殿下は、すでに『一夫多妻』を実践しそれを許容される立場にあるということじゃ」

 

論理展開にヒルダの眉間が険しくなる。

 

「……?それがどうしたと言うのです。どういう意味ですか、リヒテンラーデ公。殿下の事情と、今回のマルガレータ陛下の不始末は全く次元の違う問題です」

 

反論しようとするが、杖で床を叩いてそれを制止する。

 

「いや、同じことじゃよ、ローエングラム夫人。……要するにだ」

 

「国民たちが、『夫婦でない男との間にできた子供だから血統に問題がある』と騒ぎ立てるというのであれば。……我が国の法律を書き換えてしまえばよいだけのこと。マルガレータ陛下もまた、殿下と同じように『夫を二人』持てば良いのだ。つまり、殿下とオーベルシュタイン元帥の二人をな」

 

「なっ……!?」

 

「公王という立場において、一人の妻が複数の夫を持つことを合法とする。すなわち『一妻多夫制』の国家的な承認じゃ。……殿下がアンネローゼ様を愛しているという事実を、逆手に取って利用するのだ。『複数の女性を愛することが許される自由で進歩的な国家なのだから、当然、複数の男性を愛することも等しく認められるべきである』と。フェミニズムや男女平等の最先端を行く政策であると美辞麗句で飾り立てて発表すればよい」

 

「馬鹿な……!」

 

絶句する中、その提案を聞いた瞬間に誰よりも早く法的・政治的なメリットを計算し尽くした男がいた。

公国の実務をすべて取り仕切る有能な侍従である。

 

「……なるほど」

 

「リヒテンラーデ公の仰る通りです。これは法務的にも広報戦略的にも理にかなった一手と言えるかもしれません」

 

「フェザーンはもともと自由商人の星であり、多様性を重んじる気風があります。「国法として第一夫たる殿下と、第二夫たるオーベルシュタイン元帥。法的な枠組みさえ完成してしまえば、子供が医学的にどちらの遺伝子を受け継いでいようとも、法律上は『合法的な婚姻関係にある夫との間に生まれた子供』として扱われます。不倫でも不義でもなく、単なる『どちらの夫との子供か』というトピックへと矮小化される」

 

「反対する保守的な勢力がいれば、私が別件で社会的に抹殺しますので法案の可決は一週間もあれば十分に可能です」

 

「お言葉ですが、リヒテンラーデ公!そして君!」

 

声は怒りで震えている。

 

「法的な体裁をいくら取り繕ったところで生物学的な真実は隠せません!それではお腹の子供の血統の問題は、一体どうされるおつもりなのですか!?」

 

「キルヒアイス公国は殿下という人格者であり、建国の英雄である彼を中心にまとまっている国家です。もし子供の父親がオーベルシュタイン元帥であった場合、正統性が失われ、将来必ずや後継者争いの火種となります!法律で誤魔化せるような浅い問題ではないのです!」

 

血統の正統性がない指導者は専制国家において必ず反乱の口実とされるのだから。

 

「血統の問題じゃと?そのようなもの裏でこっそりと処理すればよいだけの話ではないか」

 

「陛下が無事にご出産された直後。秘密裏に赤子の遺伝子検査を行い、父親が誰であるかを確かめればよい」

 

「そして殿下の子であった場合。それは何の問題もない。そのまま『第一夫である殿下との間に生まれた正当なる世継ぎ』として国民に発表すれば良し」

 

「……では万が一、その赤子がオーベルシュタイン元帥の子であった場合はどうすると言うのですか?」

 

「万が一、オーベルシュタイン元帥の子であった場合じゃな……」

 

「その場合でも表向きの発表は全く同じじゃ。国民には『この子は殿下の子である』と発表する。そして事実を知る医療関係者は事故に見せかけて処理する」

 

「なっ……!」

 

「そしてただちに陛下には、今度こそ殿下との間で本当の殿下の子供をすぐにもう一人大急ぎで作っていただく」

 

人間を繁殖の道具としてしか見ていない非道な提案だ。

 

「最初の子はあくまで殿下の長子として育て、しかし適当な理由をつけて継承権を剥奪するか病弱であるとして表舞台から遠ざける。そして次に生まれてくる子を真の世継ぎとして据え置く。……そうすれば一妻多夫制という体裁を保ちつつ、血統の正統性も維持することができる。これが政治というものじゃよ」

 

「…………!」

 

「そんな……!そんなふざけた話がありますか!!」

 

「女の体はあなたたちの都合で子供を産み分けるための道具ではありません!!あまりに非人道的です!マルガレータ陛下の尊厳を、そして産まれてくる子供の命を一体なんだと思っているのですか!!」

 

「非人道的、じゃと?」

 

「ローエングラム夫人。甘い、甘すぎる。お主は本当に一国の工部尚書たる器か?政治の世界に個人の尊厳だの人道だのという綺麗事を持ち込んでどうする」

 

「よいか、よく考えよ。国家の安定のためにはそれしかあるまい。……もしお主が私のこの『偽装工作と次子出産』という提案を非人道的だと拒否するのであればじゃ」

 

「もし検査の結果がオーベルシュタイン元帥の子であった場合。……我々は公国の血統を守るためにどのような手段に出なければならんかお主に分かるか?」

 

ヒルダが息を呑む。

 

「その時は産まれてきたその赤子を……『悲しいことではあるが死産であった』として闇に葬らねばならんのだよ。それが国家の正統性を守るための最も確実で古いやり方じゃ」

 

「赤子を……殺すというのですか!?」

 

「そうじゃ。母親の尊厳を守るために罪のない赤子の首を絞める。……そちらの方が、提案した偽装工作よりもよほど非人道的で残酷だとは思わんかね?」

 

「そんな……そんなこと……」

 

そして。

命の選択の議論が交わされている間。

最も当事者であり最も発言権を持つべき男。

公王配ジークフリード・キルヒアイスは。

腕を固く組んだままじっと床の一点を見つめ続けていた。

 

「………………」

 

彼が「そんな残酷なことは許さない」と否定しなかったというその事実こそが。

この会議室の中で最も恐ろしく真実を物語っていた。

 

重苦しい沈黙を破ったのはやはり実務を最優先する侍従であった。

 

「……政治的な解決策および血統問題の裏処理については、リヒテンラーデ公の提案をベースとして私が法制化の準備を進めるということで良いとしましょう」

 

「……しかし、皆様。問題は内政だけではありません。我々は今現在進行形で、もう一つの危機に直面しているのです。……それは外敵に対する軍事バランスの崩壊です」

 

円卓の中央に設置されたホログラムプロジェクターを操作し、戦術パネルを空中に投影する。

現在激戦が繰り広げられているイゼルローン回廊周辺の星図が、赤と青の光点で描き出されている。

 

「……公王陛下が長期間軍事の現場から離れてしまうというのは、我が公国にとって由々しき事態です」

 

「皆様もご存知の通り彼女はただのワガママな公王というだけではありません。彼女は我がキルヒアイス公国における軍事の最高司令官の一人であり、戦場における無類の突破力を誇るジョーカーです。ラインハルト・フォン・ローエングラム閣下と並び称される公国軍の象徴そのものなのです」

 

「……本来の我々の基本戦略であれば。ラインハルト閣下が敵を牽制している間に、マルガレータ陛下自らが率いる『桃色竜騎兵』が出撃し、敵の死角から急襲して脅かすはずだったのです」

 

「彼女の直感と突撃力。それこそが敵の陣形を粉砕する最大の矛となるはずでした。……しかし現在彼女はあの体たらくで柱に繋がれて一歩も出られない。彼女が出撃できないというただそれだけの理由で、公国軍の全体の戦力と戦略的な機動力は劇的に落ち込んでいます」

 

「今、前線のラインハルト閣下は本来であれば陛下が担うはずだった役割まで一人で背負わされています。いくら天才とはいえ彼一人にかかる負担は限界を超えています。……このままではラインハルト閣下の戦術が破綻するか、あるいは彼自身が過労で倒れるか。いずれにせよ時間の問題です」

 

「……」

 

キルヒアイスもまた沈黙を保っている。彼が今どのような決断を下すべきか。妻を解放して前線に送るべきか、それとも国家の醜聞を抑え込むためにこのまま軟禁を続けるべきか。だが妊娠中のワープもまた危険だ。

 

どちらの選択も致命的なリスクを孕んでいる。

 

その残酷な真理を彼らは身をもって証明しようとしていた。




お読みいただきありがとうございました。

今回はマルガレータの懐妊問題をめぐる、公国首脳部の政治的・法的な対応を描きました。

一妻多夫制という解決策や、キルヒアイス、オーベルシュタイン、ヒルダそれぞれの判断について感想をいただけると嬉しいです。
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