銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国軍大将グリルパルツァーに下された極秘命令。

それは、正体を隠して共和国の補給線を荒らす「宇宙海賊」になることだった。

皇帝夫妻から支給された衣装と特殊戦艦《アルカディア》を受け取り、探検家提督はキャプテン・ハーロックとして銀河へ旅立つ。


海賊の誕生と、親友の追撃

【銀河帝国首都オーディン 極秘軍港】

 

宇宙暦八〇〇年九月。アルフレッド・グリルパルツァー大将は、帝国軍の次代を担う俊英の一人と目されていた。

 

同年輩のクナップシュタイン大将とは親友であり、競争相手でもある。

精緻な用兵と揺るぎない規律を重んじるクナップシュタインに対し、グリルパルツァーは星図の外側へ関心を向ける男だった。

軍人でありながら地理学と地質学を修め、艦隊の通り道にならない暗礁宙域や、資源探査船さえ避ける塵の海を好んで調べていた。

 

そのためについた異名が、探検家提督である。

 

帝国軍の将官としては頭が柔らかく、未知の状況にもよく適応する。

皇后は、先のシャンタウ星域における彼の働きをそう評した。

 

そして皇帝アルブレヒトは、その柔軟性を試すように命じた。

 

共和国領へ侵入し、物流、通信、行政を攪乱せよ。人命をむやみに奪わず、戦果に欲を出さず、敵が集まる前に消えろ。正体を知られたなら帝国政府は一切の関与を否定する。

 

つまり、海賊になれという命令だった。

 

グリルパルツァーは任務の必要性を理解していた。大軍を動かさずに共和国へ圧力を加え、補給線の護衛へ艦艇を分散させる。成功すれば帝国の国境防備は楽になり、共和国軍の作戦速度は落ちる。しかも皇帝は、成功すれば一気に昇進させると約束した。

 

野心の強い彼にとって、拒むという選択肢は最初から存在しない。

 

ただし、作戦内容を理解することと、軍港で待っていた現実を受け入れることは別問題だった。

 

「……共和国の補給線を荒らす海賊か」

 

まだ照明の落ちた区画に、新しい艦が横たわっている。その輪郭は見えるものの、艦首までは闇に沈んでいた。

 

隣では副官が、両腕で大きな黒い箱を抱えている。普段なら必要な報告を簡潔に済ませる男が、箱を開けることをためらっていた。

 

「閣下。皇帝陛下と皇后陛下から、作戦用の支給品が届いております。とくに衣装については、皇后陛下が細部まで監修なさったとのことです」

 

「衣装?」と聞き返すグリルパルツァーへ、副官は説明書を差し出した。

 

「心理的威圧と、偽装身分への没入を目的とした装備である、と説明書には記載されております」

 

言葉だけを聞けば、軍務省の特殊作戦部が作成した立派な装備に思えた。

 

グリルパルツァーが蓋を開けると、最初に現れたのは上質な黒絹だった。持ち上げれば、銀糸で刺繍された巨大な髑髏が広がる。下からはつばの広い帽子、片目を覆う眼帯、膝まである軍靴、装飾過多な腰帯が次々に出てきた。

 

最後に残った薄い台紙には、頬へ貼る傷が並んでいる。

 

「これは何だ」

 

グリルパルツァーが台紙をつまみ上げると、副官は目を逸らさずに答えた。

 

「傷の貼付用擬装材だそうです。汗、放射線、急減圧に耐え、三週間は剥がれないと」

 

どうやら副官は、笑えば自分も同じ物を貼らされると理解しているらしい。

 

「性能を聞いているのではない。なぜ私の顔に傷を足す必要がある」

 

問い詰められても、副官は説明書の文面を読み上げるほかなかった。

 

「皇后陛下の添え書きには、『海賊の船長には、人生の重みを感じさせる傷が必要です』と」

 

「私は、そんな古傷を背負うような人生は送っていないぞ」

 

抗議してみたところで、箱の中身が変わるわけではない。

 

「ですから、貼るだけで重みを足せるようにしたのでしょう」

 

副官の答えは正しかったが、慰めにはならなかった。

箱の底には、アルブレヒトの署名が入った短い書状もあった。

 

――やるなら徹底的にやれ。中途半端が一番恥ずかしい。

 

皇帝らしい豪快な激励だった。その下には別の筆跡で、衣装を着用しなかった場合は任務放棄と見なす、というアナスタシアの追記がある。

 

「陛下はともかく、皇后陛下は最初から冗談ではなかったのだな」

 

「恐らく、陛下よりも楽しんでおられます」

 

その時、ドックの照明が端から順に点灯した。

黒い天井から白光が降り、闇の中にあった艦体を艦尾から艦首へと浮かび上がらせていく。帝国軍の標準塗装から外れた、苔を思わせる深緑色の装甲。長大な艦体の左右には砲塔群が並び、船腹には物資を移送するための大型接舷設備が組み込まれていた。

 

そして艦首には、装甲と一体化した巨大な髑髏が彫り込まれている。

 

眼窩にあたる部分が観測装置となり、口元から衝角が突き出していた。威圧という目的だけは、疑う余地なく達成されている。

 

グリルパルツァーも副官も、しばらく何も言えなかった。

先に立ち直った副官が、手元の仕様書へ目を落とす。

 

「艦名は《アルカディア》この作戦のために建造された特殊戦艦です。独自型の高出力ジェネレーターを搭載し、短時間の加速力に限れば、公国の土星エンジン搭載艦を上回る可能性がある、と」

 

副官が仕様書の末尾を曖昧にしたため、グリルパルツァーは聞き咎めた。

 

「可能性?」

 

「最大出力を二十分以上維持すれば、冷却系が焼きつく可能性もあります。通常航行でも一度の出撃ごとに全面整備が必要です。出力を得るために、燃料効率と整備性を犠牲にしておりますな」

 

速いことは速い。ただし、逃げた先で動けなくなる危険まで抱えている。

 

「そこまで似せなくても、海賊船は逃げ足が速いものだという結論だけで造ったのか」

 

「設計局には、陛下から『敵が見た瞬間に海賊と分かり、追いつけず、忘れられない船』という要求が出されたそうです」

 

無茶な発注に応じた設計者たちには感心するしかない。

火力も装甲も一線級であり、艦首下部には装甲を貫いて固定する巨大なワイヤーアンカーまで備えられていた。

単艦で輸送船団へ接近し、護衛を無力化して物資を奪い、敵の増援が到着する前に離脱する。その目的に限れば、異様な外見を含めて合理的に作られている。

 

「陛下の御心だ」

 

黒いマントを手に取った。肩へ掛けると、見た目に反して重くはない。帽子をかぶり、眼帯を右目へ合わせ、傷を貼る。

 

副官は正面から彼を見て、何度か口を開きかけた。

 

「どうだ」と尋ねる声には、半ば諦めが混じっていた。

 

「驚くほど似合っております。長年その格好で略奪してきたと言われても、私は信じます」

 

「褒めているのか?」

 

「全力でお仕えする覚悟を決めております」

 

肯定も否定もしない返答を残し、副官は自分用の箱へ視線を落とした。

 

艦首の髑髏を見上げた。

 

帝国軍大将の名を名乗ることはできない。乗員も互いを偽名で呼び、帝国の階級章を外す。もし通信を傍受されても、正規軍の作戦と悟られない船長名が必要だった。

 

「この艦に乗っている間、私はグリルパルツァーではない」

 

マントを翻し、彼は乗艦用の通路へ足を向けた。

 

「キャプテン・ハーロックだ。出港するぞ」

 

「それでは私は、トチローと呼ばれることになっております。皇后陛下の命令書に、そう明記されておりました」

 

副官は箱の中から、自分用に用意されていた、くたびれた帽子と茶色いマントを取り出した。

 

「……なぜ私より先に偽名が決まっている」

 

「私にも分かりません。ただ、反論できる方がいるとも思えません」

 

その点では、二人の意見は完全に一致していた。

 

二人が《アルカディア》の艦橋へ入ると、細身の女が指揮座の横に立っていた。アナスタシアから貸与された皇后付の侍女で、通称をラ・ミーメという。口数は少ないが砲術と通信処理を叩き込まれており、片手にはなぜかワイングラスを持っている。

 

「皇后陛下より、船長の雰囲気作りを補佐するよう命じられました」

 

「用意がよすぎるな」

 

「陛下方は、この日のために何日議論したのでしょうな」

 

副官の問いへ答えられる者はいなかった。

 

やがて軍港の隔壁が開き、星々の光が差し込んだ。《アルカディア》の艦尾で緑白色の光が膨らむ。帝国の紋章を消した一隻の戦艦は、髑髏の旗を掲げ、誰にも見送られずオーディンを発った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【自由惑星共和国領・旧帝国辺境星域】

 

輸送船団は、十二隻の大型輸送艦と五隻の護衛艦で構成されていた。

 

積荷は、編入された旧帝国領へ送られる食料、医薬品、発電設備、通信機器である。

帝国の支配を離れて共和国へ加わった惑星の中には、戦争によって物流網を失い、食料の自給体制さえ崩した地域が少なくなかった。

 

ヤン政権は市民権を認める代わりに、旧帝国領にも共和国と同じ税制、通貨、行政手続きを急速に導入している。その変化へ適応できない住民を支えるため、イゼルローンから大量の物資が送り込まれていた。

 

理屈は正しい。

だが、その理屈を支える輸送兵が、いつでも立派な思想を抱いているとは限らない。

 

「せっかくの休暇が潰れたと思ったら、こんな辺境まで缶詰と薬を運べだ。共和国軍は輸送兵を、荷物と一緒に積める部品だと思っているんじゃないか」

 

一人が吐き捨てると、もう一人は苦笑した。

 

「向こうじゃ子供まで腹を空かせてるらしい。運ばなきゃ死人が出る。総統の人道支援というやつだよ」

 

「何百年も皇帝と貴族の言うことだけ聞いてきた連中だぞ。畑を立て直すのも、配給所を回すのも、共和国の役人が指示しなきゃ始められない。そんな連中が、昨日から俺たちと同じ市民だと言われてもな」

 

「それは俺も思う。こっちは選挙も税金も兵役も、ずっと背負ってきたんだからな。もっとも、あいつらに言わせれば、自分たちは貴族の税と戦争を何百年も背負ってきた、となるんだろうが」

 

不満があるからといって、飢えた住民を見捨てたいわけではない。ただ、自分たちの暮らしにも余裕がない時、見知らぬ人間へ配られる物資はひどく重く見える。

 

次の言葉を探していた二人の頭上で、緊急警報が鳴り響いた。

輸送船の艦橋では、レーダー員が急速に接近する反応を追っていた。

 

「未確認艦、一隻! 十四時方向より接近。識別信号に応答ありません!」

 

「一隻だと?」

 

帝国軍の奇襲なら、後続艦がいるはずだった。しかしレーダーには他の反応がなく、正面から一隻だけが速度を上げてくる。

 

光学映像へ切り替わった瞬間、艦橋の全員が言葉を失った。

 

深緑色の装甲。艦首の髑髏。その上には、真空の宇宙で見えるよう投影処理を施された黒旗が翻り、銀色の髑髏がこちらを見ている。

 

「海賊船……?」

 

船団指揮官は我に返り、護衛艦へ迎撃を命じた。同時に全輸送船を反転させ、最寄りの警備基地へ救援要請を送る。

 

だが、通信は届かなかった。

 

未確認艦が姿を現す直前、船団後方の通信中継器へ小型の妨害装置が貼りついていた。

警戒範囲の外から放出され、貨物用コンテナを装って漂流していたものである。

輸送船団が近づいた時だけ起動し、救援信号を偽の中継点へ流していた。

 

《アルカディア》は偶然この船団を見つけたのではない。

 

グリルパルツァーは辺境星域の地質調査記録から、微細な金属塵がセンサーを乱す帯を探し出し、三日前から航路を監視していた。

船団の速度、護衛艦の交代時刻、通信中継器の位置を確認した上で、最も逃げにくい場所を選んで襲撃したのである。

 

「護衛艦五。軽巡二、駆逐艦三。予測と一致しております」

 

「今の私は誰だ、トチロー」

 

「敵の護衛艦は五隻ですぜ、ハーロック。あれなら《アルカディア》の相手じゃありません」

 

「よし。初仕事にはちょうどいい」

 

そう答えた声は、普段より一段低い。

 

ラ・ミーメが細い指で砲撃管制を開き、静かに告げた。

 

「敵、正面。武器管制を照合。動力部の非致死射撃解、算出済みです」

 

低い声を保ったまま、主砲全門へ照準を命じた。

 

護衛艦隊は、輸送船を背にして横陣を組んでいる。海賊船一隻に対する陣形としては正しい。火力を正面へ集め、数で押し潰すつもりだった。

 

《アルカディア》が先に動いた。

 

ジェネレーターの出力が上がり、巨体が左へ滑る。

護衛艦の砲火は直前まで艦がいた空間を貫いた。

深緑色の戦艦は旋回を続けながら敵の左翼へ回り込み、主砲を放つ。

 

白い光が駆逐艦の機関部を正確に射抜いた。爆発は起きない。

 

続く二射は軽巡洋艦の砲撃管制と送電路を破壊した。撃沈するより狭い場所を狙い、乗員区画へ熱が回らない角度を選んでいる。

アナスタシアの砲撃艦群を動かした時に学んだ精密射撃を、グリルパルツァーは略奪のため惜しみなく使った。

 

二隻が左右へ分かれ、《アルカディア》を挟もうとする。最後の一隻は輸送船団の前へ下がり、退路を開けようとした。護衛指揮官は短い時間で役割を分け、単艦の敵に照準を絞らせないよう動いている。

 

「右から来る二隻は引きつけろ。正面の一隻を先に止める。輸送船へ攻撃を通すな」

 

《アルカディア》の上を二条の砲火が通過する。その間に放たれた主砲が、正面の護衛艦の推進器を貫いた。直後に右舷の副砲が連続して火を噴き、回り込んできた二隻の艦首砲を沈黙させる。

 

最初の斉射から四分十七秒。

 

護衛艦五隻は一隻も沈んでいなかったが、戦闘を続けられる艦も残っていなかった。

 

「左舷砲塔は護衛艦を監視。全速前進し、第三輸送船へ横づけする。接舷区画を外してアンカーを打ち込め」

 

艦首下部が開き、巨大なワイヤーアンカーが射出された。

 

輸送船の居住区を避け、無人の貨物区画へ鋼鉄の爪が突き刺さる。装甲を貫いた衝撃が船体全体を揺らし、悲鳴と警報が重なった。

《アルカディア》はワイヤーを巻き取りながら距離を詰め、輸送船の横腹へ接舷設備を固定する。

 

全艦の通信回線へ映像が割り込んだ。

黒いマントと眼帯、背後には髑髏の旗が映っている。

 

「我が名はキャプテン・ハーロック。この宙域と、そこを流れる物は、今から我が《アルカディア》のものだ」

 

乗員へ退艦を要求せず、武器を捨てて貨物区画から離れるよう命じる。

最後に、指揮座から立ち上がってマントを払った。

 

「震えて眠れ。これが海賊のやり方だ!」

 

通信が切れる。

副官はしばらく無言で彼を見ていた。

 

「何だ、トチロー」

 

「いえ。最初はあれほど嫌がっておられたのに、完全に役へ入ったものだと」

 

「敵へ強い印象を残すことも任務だ。私は陛下の命令へ忠実なだけだ」

 

「そのうち、普段の会議でもその声になりそうですな」

 

「余計な心配をする暇があるなら、移送班を急がせろ」

 

図星を突かれた船長は、それ以上の会話を打ち切った。

 

武装した乗員が接舷路を渡り、貨物区画を制圧した。抵抗した輸送兵は衝撃弾で気絶させたものの、実弾は使わない。奪ったのは高密度燃料、軍用通信機器、艦艇用交換部品、共和国軍の認証鍵である。

 

護衛艦は大破五、輸送船一隻の貨物区画が損傷し、二十七名が負傷した。軍用物資を失ったため、周辺基地の整備計画は少なくとも十日は遅れる。

 

《アルカディア》は二十分足らずで接舷を解いた。

 

共和国の警備艦隊が到着した時には、通信妨害装置も回収され、金属塵の海にはワープの痕跡さえほとんど残っていなかった。

 

貨物区画の壁に、銀色の髑髏だけが描かれていた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

最初の襲撃から十二日間で、《アルカディア》は四度現れた。

 

通信中継所の交換部品を奪い、燃料集積所から高密度燃料を抜き取り、行政輸送船から認証鍵を持ち去った。いずれも周辺の地形と航路を調べ尽くした上での襲撃であり、救援に到着する前に消えている。

 

死者は一人も出なかった。

その事実は、共和国側に安心より不気味さを与えた。

 

偶然や気まぐれでは説明できない。襲撃者は、略奪と逃走を一つの技術として磨き上げた海賊だった。共和国側では、無用な殺しを嫌う独自の掟を持ち、軍隊よりも厳しい統制で結ばれた一団だと考えられた。

 

しかも、襲われた者の証言は一致している。

深緑色の巨大戦艦。髑髏の旗。黒いマントをまとった隻眼の船長。

 

キャプテン・ハーロック。

 

共和国の報道機関がその名を流すと、噂は事件より速く広がった。

複数宙域で昔から活動していた小規模な海賊まで、ハーロックの配下だと語られ始める。実際には《アルカディア》一隻しか存在しないにもかかわらず、数百隻の海賊艦隊を率いるという記事まで現れた。

 

当初、衣装を着ることさえ嫌がっていた乗員たちも、成果が上がるにつれて役へ馴染んだ。副官は戦闘中にグリルパルツァーを閣下と呼ばなくなり、砲術員たちは発射命令を待つ間、低い声で海賊らしい台詞を考えるようになった。

 

そしてグリルパルツァー自身も、艦橋へ入る前に眼帯とマントを身につけなければ落ち着かなくなりつつあった。

 

海賊という身分は不自由である。

補給基地へ堂々と入れず、損傷しても正規軍の工廠を使えない。

燃料と交換部品を奪い続けなければ、最新鋭の《アルカディア》はすぐに動けなくなる。

 

だが同時に、奇妙な自由もあった。

 

軍服も勲章も階級章もない。軍務省の形式や貴族社会の作法も、艦の外へ置いていける。必要なのは、どこから襲い、何を奪い、どう逃げるかという判断だけだった。

 

探検家提督にとって、それは予想以上に性に合っていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

【自由惑星共和国 ネオ・フリー特区司令部】

 

集められた報告書は、すでに一冊の戦闘記録では収まらなくなっていた。

アッテンボローは被害一覧を机へ置き、ベレー帽を外した。

 

「たった一隻の海賊船に、護衛計画を根本から変えさせられるとはな。そこらの追い剥ぎとは違う。本物の海賊というものが、これほど厄介だとは思わなかった」

 

向かいに座るラオは、襲撃地点を立体星図へ重ねた。

 

四つの光点に規則性はないように見える。だが、共和国の物流網と通信範囲を重ねれば、どれも救援艦隊が到着するまで最短でも一時間以上かかる場所だった。

 

「海賊討伐で名を上げたウッド提督の再来を期待したいところですが、今回は相手が違います」

 

「しかも、こちらの死人を出さない。おかげで世論も割れている。凶悪な海賊だから討伐しろという声と、殺さない義賊を敵視する必要はないという声だ。軍用物資を盗まれて義賊も何もあるものか」

 

「ヤン総統へ大艦隊の派遣を求めるつもりはない。ただでさえ行政と議会への対応で身動きが取れなくなっている。ここは我々で止めるぞ」

 

護衛艦をすべての輸送船団へ増派すれば、ハーロックの狙い通りになる。そこでアッテンボローは、船団からの定時連絡を短くし、連絡が一度途絶えただけで高速の即応隊を出す方式へ切り替えた。ラオはさらに、軍用貨物の一部へ追跡装置を埋め込む案を示した。

 

「奪われることを前提に、帰る場所を探るのか」

 

「相手が物資を選んで奪うなら、その選択そのものを罠にできます。ただし、並の発信器では荷揚げの時点で見つけられるでしょう。共和国軍の正規認証鍵に信号を混ぜます」

 

次の船団にも同じ護衛と同じ積荷を用意し、海賊に自分で選ばせなければならない。

 

「よし。次は逃がさん。海賊船を沈める必要はない。正体と補給拠点を暴けば、あとは首を絞められる」

 

怒りに任せて追いかけるのではなく、出口を塞ぐ。

それはヤンの下で戦い続けた者たちが、嫌というほど学んだ方法だった。

 

ハーロックの襲撃は共和国を混乱させたが、同時に共和国軍へ学習の時間も与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【銀河帝国首都オーディン 皇帝執務室】

 

アルブレヒトは司法尚書ブルックドルフから提出された報告書を読み、表情を動かさないために相当な努力を必要とした。

 

「キャプテン・ハーロック?」

 

「はい、陛下。現在、共和国領から帝国辺境にかけて活動していると見られる海賊集団の頭目です」

 

国境付近の帝国商船が深緑色の不審艦を目撃し、航路を変更させられた。

さらに、別の宙域で活動していた海賊がハーロックの名を騙り始めたため、帝国領内でも被害の訴えが増えているという。

 

「自らを宇宙海賊と称し、髑髏の旗を掲げているとか。司法省としては、帝国の法秩序に対する公然たる挑戦を看過できません。現在の帝国軍には、広域の海賊取締りを専門とする部隊がありません。被害が拡大する前に、討伐隊を編成すべきです」

 

――グリルパルツァーの奴、名前まで変えたのか。しかも、他の海賊まで勝手に増えているじゃないか。

 

ここで討伐を拒めば、司法尚書は理由を問う。

 

適当な提督へ形だけの追跡を命じれば、海賊と帝国政府の関係を疑われる。

作戦の秘匿を守るには、本当に正体を知らない者が、本気で追う必要がある。

自分で始めた作戦ながら、ひどい理屈だった。

 

「分かった。討伐部隊を編成させよう」

 

「司令官の候補はございますか」

 

最も海賊の行動を読める者は誰か。

答えは一人しかいない。

 

「クナップシュタイン大将に任せる。規律を重んじ、追跡にも粘り強い。適任だろう」

 

「まさしく適材適所かと存じます」

 

ブルックドルフは深く敬礼した。

アルブレヒトは念のため、海賊船は情報価値が高いため撃沈より拿捕を優先すること、投降の意思を示した場合は攻撃を停止することも命令へ加えた。

 

それ以上は説明できない。

 

司法尚書が退出し、扉が閉まる。

 

「グリルパルツァー。作戦としては、うまくいきすぎているぞ。親友に殺されるところまで、俺は命じていないからな……」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【キルヒアイス公国首都フェザーン 軍務省】

 

公国の情報部も、キャプテン・ハーロックに関する報告を集めていた。

 

メルカッツは星図へ記された襲撃地点を見つめ、白い眉を寄せた。隣ではミュラーが、帝国と共和国の双方から得た目撃記録を照合している。

 

「帝国辺境にも姿を現したというが、同一の海賊であろうか」

 

「確証はありません。共和国で軍用物資を狙っている者と、帝国商船を襲っている者では手口が違いすぎます。ただ、噂を利用して別の海賊が動いている可能性は高いでしょう」

 

ミュラーは《アルカディア》の推定速度を表示した。

 

観測値には大きな幅がある。それでも、一部の記録は土星エンジン搭載艦に匹敵する加速を示していた。

 

「この数字が正しいなら、通常の警備艦では追いつけません。公国の流通網へ侵入された場合、被害が出てから追うのでは遅い」

 

ミュラーが警備艦の増派案を表示すると、メルカッツはすぐには頷かなかった。

 

「海賊一隻を恐れて全航路へ艦を散らせば、相手の思うつぼであろう」

 

「はい。主要なワープ出口と燃料拠点に監視を絞ります。商船には、異常を認めた時点で抵抗せず退避するよう通達しましょう。積荷より人命です」

 

「それがよい。しかし、厄介な海賊が現れたものだ。共和国の補給線だけを狙っているのは、国家への忠誠ではなく、今の三国で最も広く、守りの薄い獲物がそこにあるからであろう。いずれ共和国で稼げなくなれば、帝国にも公国にも来る」

 

アルブレヒトが望んだ攪乱は、本人の予想を越えて銀河へ広がっていた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【帝国・共和国国境付近】

 

十一月下旬。

 

《アルカディア》は、次の襲撃に備えて無人星系の外縁を航行していた。

 

艦橋には、どこから持ち込まれたのか分からないオカリナの音と、古い演歌を思わせる伴奏が流れている。グリルパルツァーは指揮座で足を組み、ワイングラスを揺らしていた。

 

中身が葡萄果汁であることを知る者は、艦橋の乗員だけである。

 

「宇宙の海は俺の海――」

 

古代地球の歌を低く口ずさみ、星図の向こうにある暗礁宙域へ目を細める。

初めは命令に従って作っていた低い声も、今では意識しなくとも出るようになっていた。

 

「ハーロック、歌っている場合じゃありません。左舷後方に多数のワープアウト反応。帝国軍です!」

 

その報告と同時に、艦体が激しく揺れた。

 

主砲の一斉射が《アルカディア》の後方をかすめ、左舷シールドの出力が低下する。

 

帝国軍艦三千二百隻。

 

正面だけではない。左右のワープ可能域にも小規模部隊が先回りし、共和国領へ戻る経路を狭めている。こちらが暗礁宙域を使って逃げることまで読んだ配置だった。

 

ラ・ミーメが艦型と識別信号を照合する。

 

「旗艦《ウールヴールン》クナップシュタイン大将の艦隊です」

 

「クナップシュタインだと?」

 

なぜ、よりによって彼なのか。

 

演習で互いの手を読み合い、辺境勤務では同じ食卓を囲み、帝国軍の未来を二人で背負うと言われてきた親友である。

グリルパルツァーが未知の航路を見つければ、クナップシュタインはそこを軍用航路として守る方法を考えた。

 

つまり、この銀河で《アルカディア》の逃げ道を最もよく読める男だった。

 

「仕方ありません。作戦を知る者は、陛下と皇后陛下を含めてもごく少数です。クナップシュタイン閣下は、我々を本物の海賊だと思っております」

 

副官の声にも余裕がない。

帝国軍から通信要求が入った。

 

《ウールヴールン》の艦橋に立つクナップシュタインが、正面モニターへ映る。

 

「辺境を荒らす悪辣なる海賊に告ぐ。直ちに機関を停止し、武装を解除せよ。大人しく投降するなら、処刑の際はギロチンではなく電気椅子を用いるよう、私から司法省へ温情ある上申をしてやる」

 

艦橋が静まり返った。

副官が小声で呟く。

 

「どちらにしても処刑ですな」

 

「あいつは昔から、冗談の基準がおかしい」

 

「本気で言っているように見えますが」

 

グリルパルツァーは通信を開こうとして、手を止めた。

 

正体を明かせば、クナップシュタインは攻撃を止めるだろう。だが通信は全艦へ記録され、討伐艦隊の何千人もの乗員が知ることになる。帝国政府が海賊を送り込んでいた証拠を、共和国の情報部がいつか手に入れる。

 

皇帝の作戦を、自分の命惜しさで壊すわけにはいかない。

 

「通信を返す。ただし映像は海賊用のものだ」

 

「帝国の犬よ。我が船を止めたければ、力で止めてみせろ。この宇宙に、ハーロックを縛る鎖はない」

 

「法も国家も恐れぬ賊に、これ以上の言葉は不要だ。全艦、攻撃を再開せよ!」

 

帝国軍の砲列が光った。

 

《アルカディア》は最大加速で艦首を上げ、砲火の薄い上方へ逃れた。しかしそこには駆逐艦群が待っている。クナップシュタインはこれまでの襲撃記録からハーロックの立体機動を分析し、平面の包囲に見せかけて、その出口へ先に戦力を置いていた。

 

「上方を塞いだか。私ならそこへ出ると、最初から読んでいたな」

 

「感心している場合ではありませんぞ!」

 

《アルカディア》は反転し、後方へ下がる。追撃してきた帝国軍前衛が速度を上げた瞬間、再び艦首を左へ振った。慣性制御装置が悲鳴を上げ、巨体がほとんど直角に進路を変える。

 

通常の海賊船なら、そこで船体が耐えられない。

 

だがクナップシュタインは驚かなかった。高速戦艦を左へ回し、遅い艦を後方へ残して第二の壁を作る。速力の差を恐れず、役割を分けて逃げ道を狭めてきた。

 

「おのれ、ハーロック。逃げることだけは一流だな」

 

《ウールヴールン》からの公開通信が届く。

 

「主砲を《ウールヴールン》へ向けろ」

 

副官が振り返る。

 

「撃つのですか?」

 

「撃ち合うつもりはない。左舷前方、シールドの境界へ一発だけだ。奴なら防ぐ」

 

ラ・ミーメは一度もためらわず、照準を合わせた。

 

《アルカディア》のカノン砲が火を噴く。

 

光条は《ウールヴールン》の左舷をかすめ、シールドへ衝突した。防御へ出力を回さなければ、後続艦へ砲撃が抜ける角度である。

 

クナップシュタインは即座に艦列をずらし、旗艦のシールドで砲撃を受け止めた。追撃陣の速度が、わずかに落ちる。

 

「今だ。前方の重力乱流へ突っ込む。ジェネレーターを限界出力、二十三秒。乱流の内側から緊急ワープする」

 

「計算上の安全限界を越えます!」

 

「ここで止まれば電気椅子だ。焼けるのが機関部だけなら、安いものだろう」

 

《アルカディア》は星系外縁の重力乱流へ飛び込んだ。

 

帝国軍の砲火が背後へ迫る。

それでも《アルカディア》は加速を続けた。

 

二十一秒。

 

乱流の渦が開く。

 

二十二秒。

 

ワープ座標が一瞬だけ固定される。

 

二十三秒。

 

深緑色の巨艦は、帝国軍の主砲が装甲へ届く直前、虚空から姿を消した。

 

「ワープ先を追跡できません。乱流で航跡が分断されています」

 

「逃げ道を塞いだはずだ。あの瞬間だけ乱流が弱まると、最初から知っていたのか」

 

地理と重力周期を利用し、追跡者の配置を読み、必要な一発だけを撃って消える。

 

クナップシュタインは、海賊の船長が地理と重力周期に通じた航海者であることを認めた。

 

軍の補給も国家の保護も受けず、辺境を根城に生き延びてきた海賊ならば、正規軍が見落とす逃げ道を知っていても不思議ではない。

ハーロックは、長い略奪の経験から独自の用兵を完成させた本物の海賊だった。

 

「次のワープ可能域へ偵察艦を出せ。帝国領、共和国領を問わず、補給可能な無人星系を洗い直す」

 

「おのれ、ハーロック!この私がいる限り、銀河のどこにも貴様の逃げ場はないと思え」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

《アルカディア》が通常空間へ戻った時、艦内の半分は停電していた。

 

負傷者は十七名。幸い死者はいなかったが、次の襲撃を行う前に、少なくとも一週間の修理が必要だった。

 

「親友というものは、もう少し手加減してくれてもよいと思うがな」

 

「あちらは、我々が親友だと知りませんからな」

 

「どうなさいます、閣下。陛下へ作戦中止を進言しますか」

 

グリルパルツァーは答えず、正面窓の向こうに広がる星々を見た。

 

共和国は対策を始めた。帝国は親友を討伐へ差し向け、公国も警戒を強めている。続ければ、次は今回以上に危険になる。

 

それでも、ここで終わればクナップシュタインから逃げ切っただけだ。皇帝が約束した昇進も、共和国の補給網を崩すという任務も、まだ途中だった。

 

何より、一方的に海賊呼ばわりされたままでは終われない。

 

「中止はしない。修理が終わり次第、次の海へ出る」

 

「では、陛下への報告はグリルパルツァー大将名義で?」

 

黒いマントを拾い、肩へ掛け直す。

 

「この艦に大将はいないと言ったはずだ。ハーロックと書け」

 

こうして、皇帝の命令によって生まれた偽装海賊は、共和国の補給線だけでなく、帝国と公国の警戒網まで揺らす存在となった。




お読みいただきありがとうございました。

今回はグリルパルツァーがキャプテン・ハーロックとなり、共和国領で海賊活動を開始するまでを描きました。

海賊へ順応していくグリルパルツァーや、本気で追撃する親友クナップシュタインについて感想をいただけると嬉しいです。
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