銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
集まった海賊船は六千隻を突破し、さらにランズベルク伯による英雄譚まで刊行される。
そしてついに、一万隻へ膨れ上がった海賊艦隊の前へ、三国の正規艦隊が姿を現す。
深緑色の船体が、星明かりの届かない宙域を滑っていた。
海賊旗艦《アルカディア》。その周囲には、武装商船、旧式駆逐艦、改造貨物船、出所の知れない私掠船までが群れを成している。船体の規格も塗装もばらばらで、遠目には無秩序な漂流船団にしか見えない。
だが、すべての船が《アルカディア》を中心として速度をそろえ、ひとつの艦隊として進んでいた。
その光景をメインスクリーンで眺めながら、キャプテン・ハーロックは指揮座で頭を抱えていた。
眼帯に黒いマント。銀河をまたにかける大海賊の装いは、いまやすっかり板についている。しかし、その正体であるアルフレッド・グリルパルツァー大将の顔色は、海賊旗よりもよほど暗かった。
「トチロー……。今、我々に従っている船は、全部で何隻いる……?」
副官のトチローは集計画面を開き、表示された数字を一度閉じた。もう一度開き直しても、数は減ってくれない。
「やばいぜ、ハーロック……。今、ついに六千隻を超えたところだ……」
正規軍の一個艦隊は、およそ一万五千隻。それに比べれば六千隻は半数にも満たない。
だから安心できるという話ではなかった。そもそもこの作戦は、皇帝アルブレヒトの命を受け、海賊に扮して共和国の補給線を荒らす極秘のゲリラ戦だったのである。
彼自身は、今もその命令に従っている。少なくとも、そのつもりだった。
ところが、キャプテン・ハーロックの名だけが勝手に銀河を駆け巡り、国家に屈しない伝説の義賊という虚像に育ってしまった。その旗に本物の海賊や私掠船、食い詰めた傭兵までが吸い寄せられ、気づけば思いつき同然だった海賊ごっこは、正規軍に無視できない規模へ膨れ上がっている。
ブリッジの扉が勢いよく開き、筋骨隆々の海賊頭が満面の笑みで駆け込んできた。その顔を見ただけで、グリルパルツァーの胸に嫌な予感が生まれる。
「お頭ーっ!」
「ご命令どおり、帝国の第四兵站補給基地を鮮やかに攻略してきましたぜ!」
「な、なんだと……!? 味方の基地を落としたのか!?」
思わず指揮座から立ち上がると、海賊頭は褒められた子供のように胸を張った。
「へへっ! お頭の仰せのとおり、守備兵はなるべく殺さず、特製の冷凍ガスでぐっすり凍らせて無力化するだけに抑えときやした! それから食糧と酒を俺たちで美味しく飲み食いして、残りの財宝や物資は辺境の貧民街へ、ぜーんぶ施してきましたぜ!」
味方の補給基地を襲撃し、軍需物資を略奪した。帝国軍人として考えれば、軍規違反どころでは済まない。
即刻処刑を言い渡したい。だが、殺人を避け、奪った富を貧民に施した行いは、義賊ハーロックの名にあまりにも忠実だった。ここで叱り飛ばせば、今度は海賊の頭として筋が通らない。
帝国軍大将と宇宙海賊の間でしばらく苦悶した末、グリルパルツァーの口から出たのは、ひどく力のない言葉だった。
「……う、うむ。ご苦労だったな……」
「へい!」
海賊頭が意気揚々と敬礼する。そこへ艦隊通信が割り込んだ。
『お頭! こっちは公国の定期輸送船団を脅かして、度肝を抜いてやりやしたぜ!』
キルヒアイス公国まで襲ったらしい。グリルパルツァーは天井を仰いだ。皇帝から与えられた作戦を忠実に遂行しているだけなのに、いつの間にか帝国も公国も共和国も平等に敵へ回している。
全銀河をまたにかける大海賊とは、そういう意味ではないはずだった。
◇◇
自由惑星共和国では、その虚名をさらに巨大化させる催しが開かれていた。
記者会見場を埋め尽くした撮影機材が、一斉に閃光を放つ。
「ランズベルク先生、こちらへ!」
「先生、新作について一言お願いします!」
呼びかけに応じ、アルフレット・フォン・ランズベルクは胸に片手を添えた。門閥貴族らしい優雅さと、舞台俳優のような過剰な身振りを兼ね備えた一礼に、記者たちが拍手を送る。
いまや全銀河に名を知られる国民的大小説家だった。『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』をはじめ、発表する歴史絵巻はいずれも大ヒットしている。
本人だけは、今も純粋な詩人として評価される日を待ち続けていたが、その日はなかなか訪れなかった。
「皆様、静粛に」
静まるまで十分に間を取り、ランズベルク伯は熱のこもった声で告げた。
「このたび、私は新作として、これまでの重厚な歴史小説から一歩進み、今もっとも銀河を騒がせている『キャプテン・ハーロック』を題材にした冒険譚を執筆することにいたしました」
思いがけない題材に会場がどよめき、最前列の記者が身を乗り出した。
「現在、辺境宙域で暴虐の限りを尽くしているという、あの悪辣なる大海賊ですか!?」
ランズベルク伯はゆっくりと首を横へ振った。
「もちろん、略奪という海賊行為そのものは、決して肯定されるべきではありません。……しかし!」
そこで片手を大きく掲げると、背後の幕に、髑髏の旗を背負った隻眼の海賊が映し出された。
「国家の枠組みに縛られず、己の信念の旗の下にのみ生きる彼の魂には、私の創作意欲を激しく刺激する崇高な情熱を感じるのです! このランズベルク伯アルフレット、新たな物語に全霊の魂を込めましょう!」
言い終えるや、大歓声と拍手が会見場を揺らした。
その宣言から間もなく、新作『我が青春のアルカディア』は帝国、共和国、公国で同時刊行された。重厚な歴史小説で磨かれた筆は、実在する海賊を恐ろしく魅力的な英雄へ変えた。
圧政を憎み、弱者を守り、国家の艦隊を嘲笑いながら星の海をゆく孤高の義賊。
現実の本人が胃を押さえて命令書を読み返していることなど、もちろん一行も書かれていない。
小説は爆発的に売れた。凛々しい横顔が描かれた指名手配書は、犯罪者を捕らえるための告知よりも、書店や酒場を飾るファングッズとして求められた。
そして、虚像に憧れた者たちは、本物の《アルカディア》を目指して宇宙へ出たのである。
◇◇
宇宙暦八〇〇年十二月末。
トチローは《アルカディア》のブリッジで集計画面を指さしたまま、しばらく声を失っていた。
「ハーロック……。ついに、配下の船が一万隻を超えたぞ……」
「うう……。もう正規軍の大艦隊と変わらないではないか……」
グリルパルツァーは腹を押さえた。六千隻の時点で悪夢だったものが、数か月もたたないうちに一万隻へ達している。
しかも、大半はキャプテン・ハーロックという名前にだけ従う者たちだった。
「キャプテン。これをご覧ください」
ラ・ミーメが表示したのは、一枚の三か国合同指名手配書だった。中央には眼帯と黒マントを実物以上に凛々しく描いた似顔絵があり、その下には桁を疑う数字が並んでいる。
「懸賞金が……一億ディナールを超えている……!?」
軍人として積み上げた俸給を、何度生まれ変わって受け取れば届くのか。
思わず自分の首に値段がついた感慨へ沈みかけたところで、警報が鳴り響いた。
「浸ってる場合じゃねえ! 追手だ! またクナップシュタインの正規艦隊だ! あいつ、本当にしつこいな!」
スクリーンに、整然と戦列を組む帝国艦隊が映し出された。
士官学校以来の親友であり、競争相手でもあるクナップシュタインは、その親友が眼帯の下にいるとは知らないまま、キャプテン・ハーロックを誰より執拗に追っている。
正体を知らない以上、手加減を期待できる相手ではなかった。
「おのれクナップシュタイン! 全艦、一撃を加えたのちに全速で離脱するぞ!」
命令を発した直後、ラ・ミーメが別の反応を捉えた。
「後方より急速接近する熱源を確認。識別信号を照合……キルヒアイス公国軍、ビッテンフェルト上級大将麾下、黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)です」
後方の宇宙を切り裂き、黒塗りの艦艇群が押し寄せてくる。先頭をゆく旗艦《ケーニヒス・ティーゲル》では、ビッテンフェルトが猛虎のような笑声を上げていた。
「ハハハハ! これ以上戦わないと腕がなまってしまうわ! キャプテン・ハーロックとやら、我が槍の錆にしてくれる!」
豪快に言い放ったあとで、ビッテンフェルトは慌てたように付け加えた。
「……あ、ラインハルト様の命令だから、なるべく慎重にお縄につけよ!」
慎重に突撃する方法を、黒色槍騎兵の誰ひとりとして知らなかった。
「ぐっ……黒色槍騎兵に背後を取られたか! ならば右舷へ全軍転進を――」
「駄目だ!」
トチローの悲鳴が命令を遮り、レーダー画面の一点を大きく拡大した。
「転進予定の宙域に、さらに大艦隊がワープアウトしてきた! 自由惑星共和国第十二艦隊……ボロディン大将だ!」
光の波紋を押し広げ、共和国艦隊が通常空間へ姿を現す。
「まったく、キャプテン・ハーロック……。あの公国の小娘といい、計算の成り立たない厄介な相手ばかりが敵に回る……。全艦、包囲陣を狭めろ」
互いに牽制し合う三国の正規艦隊が、ひとりの海賊を捕らえるため、同じ宙域にそろっていた。
「完全に詰んだぜ、ハーロック! 四面楚歌ならぬ三面包囲だ!」
叫ぶトチローの歯が、声の合間にもかすかに鳴っている。
一万隻の配下は大艦隊と呼べるまでに増えたが、寄せ集めであることに変わりはない。
三方から精鋭の正規艦隊に攻められれば、正面から勝てるはずがなかった。
グリルパルツァーは返事をせず、三つの艦隊の位置、速度、艦首方向を追った。モニターを流れる数値が急速に意味を持ちはじめ、逃げ道を探していた視線が、クナップシュタイン艦隊とボロディン艦隊の間で止まる。
両艦隊の射線は、海賊艦隊を貫いた先で互いに重なる。
帝国、公国、共和国は休戦中にすぎず、友軍ではない。ここで主砲を放ち、流れ弾が他国の艦隊を直撃すれば、海賊討伐では済まない国際問題になる。包囲する側が増えたことで、各艦隊はかえって自由に撃てなくなっていた。
その事実を認識した瞬間、グリルパルツァーの表情から焦りが消えた。
マントを翻して全艦通信を開くと、先ほどまで胃を押さえていた男と同一人物とは思えない声が、一万隻の海賊船へ響き渡った。
「我が信ずる、我が友よ!」
「髑髏の旗のもとに集いし誇りを胸に刻め! 敵中央のわずかな間隙を強引に突破する! 我が《アルカディア》号に続けええええええ!」
号令と同時に《アルカディア》が加速した。
向かう先は、クナップシュタイン艦隊とボロディン艦隊が最も近く接する宙域だった。回廊と呼ぶには狭すぎる。わずかでも針路を誤れば、どちらかの砲列へ自ら突っ込む。
それでも旗艦がためらわない以上、配下の船も続くしかなかった。
「撃つな! 共和国艦隊に誤射するぞ!」
クナップシュタイン艦隊の砲口から、発射直前の光が消えた。
「待て! 帝国軍を刺激するな!」
ほぼ同時に、共和国艦隊も主砲の発射準備を解除した。
二人の判断が生んだ数秒の空白へ、《アルカディア》が深緑の船体を滑り込ませる。続く船は旗艦の軌跡だけを頼りに、敵艦隊の砲口が並ぶすれすれを駆け抜けた。
「ぬおおっ!? 奴ら、すれすれを抜けていきおったぞ!?」
後方から追いついたビッテンフェルトの砲火は、すでに先頭集団を捉えきれない。無理に撃てば、その先には帝国か共和国の艦隊がいる。
一万隻の海賊船が、無数の光跡を引いて三国艦隊の間を疾走した。
測距誤差ひとつで艦隊同士を衝突させかねない進路を、グリルパルツァーは寸分違わず選び続けた。
《アルカディア》が作った一本の細い道を、雑多な船団がひとつの生き物のように通過していった。
三国が国際的な配慮を捨てきれずにいる間に、最後尾の船も包囲網を抜ける。
撃沈、あるいは航行不能となった船は数十隻。正規艦隊三個に囲まれた結果としては、奇跡と呼ぶほかない損害だった。
やがて三国艦隊の砲火も届かなくなると、《アルカディア》は一万隻の仲間を率い、悠然と虚空の彼方へ消えていった。
その翌日には、ランズベルク伯の号外が三国を駆け巡った。
三国の大艦隊を手玉に取り、包囲を無傷で突破した無敵の宇宙海賊――。
キャプテン・ハーロックの懸賞金と配下は、こうしてそろって増え続けた。
本人の願いとは無関係に、その名声はいよいよ英雄譚を越え、神話の領域へ踏み込みつつあった。
お読みいただきありがとうございました。
今回は本人の意思とは無関係に巨大化していくハーロック伝説と、三国艦隊による包囲戦を描きました。
グリルパルツァーの海賊生活やランズベルクによる英雄化、三面包囲からの突破について感想をいただけると嬉しいです。