銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
双子の誕生によって公王家の騒動もひとまず収まり、キルヒアイス公国は新たな一年を迎えた。
年頭の軍事評議で語られるのは、帝国・共和国との今後、そして三国すべてへ根を張る地球教への対策だった。
【キルヒアイス公国・フェザーン公王府】
公国歴三年、宇宙暦八〇一年、帝国歴四九二年一月。新年を迎えたフェザーンでは、年始の祝祭に昨年末の慶事が重なり、街角の挨拶までが公王家の双子の話で持ちきりだった。
二人の夫との間に、同時に二人の男児を出産。
少し前ならば、王家の権威も国家の制度も揺るがしかねない醜聞だったはずが、母子ともに健やかと知れた途端、巷では神の奇跡ということになっていた。
「お二人の夫君に、そろって御子がお生まれになるとは」
「跡取りが無事なら結構じゃないか。足りない法律があるなら、そこを整えれば済む」
祝福と勘定の早さが同居するあたり、いかにもフェザーンらしい。
旧同盟市民の間でも、実際に生まれた子供を既存の制度に押し込めるより、制度のほうを合わせればよいという声が強かった。
侍女たちの助けを借りて双子の世話をこなし、政務も滞らせず、そのうえ軍事評議にまで出席するのだから、マルガレータの回復ぶりには周囲がついていけない。
以前よりも張りの増した軍服の胸元へ、つい視線を寄せてしまう男性将兵も少なくなく、敬礼の列を通り過ぎるたびに公王人気が上がっていった。
「で、現状において、帝国と共和国の二国に目立った動きはなしか。まあ、仕方ないのう。我が公国も今年で建国三年目。ようやく内政も軍備も安定してきた時期じゃ。ここで自分から大きく動こうなど、己の首を絞める愚行にすぎんからの」
手元に並ぶ報告は、おおむね想定の範囲内だった。
ただラインハルトには、片づかない疑問があった。
「うむ……。だが、前年に兄上がイゼルローンへ大兵を動かした意図が、どうにも腑に落ちん。そもそも、あの局面で必要な出兵だったのか、と疑問に思わんではないがな」
円卓にはメルカッツ元帥をはじめ、オーベルシュタイン、ビッテンフェルト、ミュラー、ファーレンハイトと、公国の軍事を担う顔ぶれが揃っていた。
「イゼルローンの件か。結果論ではあるが、あの戦場でラインハルト、お主が乱入したのも極めて効果的だったと思うがの。帝国と共和国、双方の心胆を寒からしめたであろうよ。トールハンマーがすでに発射態勢に入ったのを見てから、射線を躱すなど、常人にはできん芸当じゃ」
「あれは艦の機関性能によるものだ。俺個人の戦果などではない」
素っ気ない否定も、メルカッツには謙遜としか聞こえなかったらしい。
「はっはっは! 司令官閣下は相変わらずご謙遜がお上手ですな」
「メルカッツ元帥……!」
抗議が続く前に、公王の咳払いで笑い話には区切りがついた。
「昨年の帝国の動きは、戦略的な観点においては全く意味のない戦いであった。しかし、政略的には絶対に外せない戦いであったのじゃ」
「なるほど。帝国本国の大貴族や民衆に対し、『反乱軍に不法占領された領土を取り返す』という大義名分を掲げ、皇帝の権威を示す必要がありましたからね」
ミュラーの補足にも、ビッテンフェルトにはなお納得できない点があった。
皇帝の体面が出兵の理由だったとしても、あの要塞を奪う軍事上の利益までなくなるわけではない。
「しかし戦略的に意味がないとまでは言い切れないのではないか? もしあの時、帝国が要塞を取り戻せていれば、全銀河の覇権を一気に握って優位に立てたはずだ!」
「ビッテンフェルト、そこがこの三すくみの厄介な力学なのだよ」
ファーレンハイトの指摘は、イゼルローンそのものではなく、帝国軍がそこへ向かうために残してきた背後にあった。
「帝国側は我ら公国を一応の従属勢力と見なしてはいるが、本国を留守にして隙を見せすぎれば、背後から我らに突かれかねない。そんな綱渡りの状態で出陣する以上、皇帝アルブレヒト陛下自らが出張るしかなかったのだ」
「そうじゃな。ヤンを相手にするというのに、帝国最強の武人であるオスカー父様を伴えない時点で勝負にならん。その点を見ても、戦力面・兵站面において、戦略上必要な条件を満たした戦いでは断じてなかった。そういうことよ」
ロイエンタールまで連れていけば、本国の備えが薄くなる。残せば、ヤンを相手に決定的な勝利を求めるには足りない。要塞を奪った後の利益がどれほど大きくとも、そこに至るまでの条件が揃わないというのが、公王の見立てだった。
「では、アルブレヒト皇帝も国内政治に縛られ、軍事的には自由に動けていないと?」
議論を整理するミュラーへの返答には、今度は少し間があった。
「……いや、結果論を検証すると、そうとも言い切れんのう。帝国軍はイゼルローンの外壁に物理的な大穴を穿ち、共和国の防衛計画を根本から狂わせた。事実、旧同盟領側に展開していた艦隊が要塞の防衛に引き戻されたことで、共和国によるハイネセン奪還作戦は延期、あるいは無期限中止へと追い込まれたのは明白じゃ」
「あの時点でハイネセンへ本腰を入れて攻め込まれていれば、我々は極めて苦しい防衛戦を強いられていたでしょうからな」
「うむ! 何せその時、総大将たる妾が産休でおらんかったからの!」
「まあ、俺と……いざとなればキルヒアイスが再び指揮を執れば、何とかなるとは思うがな」
「ジークは公王配として、軍人としては実質的に引退状態じゃ。いくら天才肌とはいえ、実戦の勘も鈍っておろう」
「陛下も、産後で少々勘が鈍っておられるのではありませんかな?」
「ふふん、よくぞ言うではないか老将! 妾はそういう歯に衣着せぬ物言いが大好きじゃぞ。次の戦場で、まるまるその台詞を戦果で返してやるとしよう!」
「これは手厳しい。怖い怖い」
まるで怖がっていない声音に、緊張もいくらか和らいだ。
「で、本年における我ら公国軍の基本方針はどうなる?」
「無論、このまま平穏を決め込んで静観……というわけにはいかんな。三国のどこかで、いずれ必ず戦端は開く。その突発的な変化に即応し、最小の損害で最大の果実を得るのが我々の基本戦略じゃ。そのためにも、まずは地球教の完全なる取り込みを最優先させる」
「地球教……ですか」
「そうじゃ。今や地球教のネットワークは、帝国、共和国、公国の三国全てに深く根を張っていると聞く。これは本来であれば、国家を蝕む危険極まりない事態じゃ。しかし、ドヴィリエ大主教がフェザーンの我が公国にいる以上、あの聖人を何としても総大主教の座に押し上げるのじゃ」
「トップに据えた上で、各国から吸い上げた情報を全て我が公国へと流させる。それをもって、軍を有利に動かす絶対の材料とする」
「……一宗教組織の思惑に、国家の軍事の帰趨を委ねるというのは、いささか危険が大きすぎるのではないですか? 奴らに操られかねませんぞ」
ビッテンフェルトの懸念には、もっともなところがあった。
どの情報を渡すかを教団が選べるなら、その情報を信じて出撃する軍を、教団の都合のよい方向へ向かわせることもできる。
「神権政治とは、常にそういう毒を呑むことよ。だがビッテンフェルト、この妾が出し抜かれるとでも思うのか?」
正面から見据えられては、それでも危険です、とは続かなかった。
「……! め、滅相もございません! 失礼致しました!」
「じゃからこそ、ドヴィリエの娘の処遇は何としても盤石にしておかねばならん」
「ライヒハート中尉には、もう会ったのか?」
「明日、正式に引見する予定じゃな。流石に妾と同い年の娘を、生まれたばかりの子らに娶わせるわけにもいかぬからの」
大主教との結びつきを強めるには、双子はまだ生まれたばかりだった。
そこで別の相手を探すらしく、上座からの視線がラインハルトのところで止まった。
「……そうじゃ、良いことを思いついたぞ、ラインハルト」
「……何だ?」
「そのヴァレリアとやらが近衛武官として十分な武勲を立てた暁には、妾直々に推挙してやるゆえ、お主の側室に迎えよ」
「……はあぁぁっ!?」
椅子が大きく軋むほどの驚愕にも、公王からは不思議そうな顔が返るだけだった。
名案に対して、なぜそれほど驚く必要があるのか。
「お主の身分であれば、側室の一人や二人持ったところで誰も文句は言うまい。ヒルダとて、大主教と親戚関係を結べるのであれば、政治的に大歓迎するであろうよ」
この場にいないヒルダの賛意まで、すでに勘定に入っていた。
「何なら、お主のお眼鏡に叶うなら、あの銀髪の小娘もついでにつけてやってもよいぞ? 近衛兵による身元調査でも、特に危険は出なかったと聞いておるしな」
「馬鹿を言うな! そのような不純かつふしだらな真似など、天地が引っくり返っても俺にはできん! 俺にはヒルダ一人で十分だ!」
「ちっ、堅物めが。まあよい、お主が嫌だと言うのなら、その場合はジークかオーベルシュタインのどちらかに娶わせるとしようかの」
「オーベルシュタインにしろ! 絶対にキルヒアイスを汚すな! あいつには姉上と卿の二人だけで十分手一杯だろうがぁっ!」
名指しされたオーベルシュタインの席からは、承諾も拒絶も聞こえない。
無表情のまま公王を向く義眼にも、少なくとも新年の慶事を喜ぶような色はなかった。
「ふふん、そこはまあ、明日会う相手の出方次第じゃがな……」
明日の引見が、若い近衛武官にとっても悪い話になるはずがない。
まして、その娘の胸にあるのが出世や縁談への期待ではなく、公王暗殺の算段だとは思いもよらなかった。
激動の公国歴三年は、当人不在の賑やかな縁談話から始まったのである。
お読みいただきありがとうございました。
今回は公国歴三年最初の軍事評議と、今後の地球教をめぐる公国の方針を描きました。
前年のイゼルローン戦の評価や、マルガレータによる突然の縁談について感想をいただけると嬉しいです。