銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
アルブレヒトの私邸では、将官や重臣たちを招いた新年会が開かれていた。
臣下たちと酒を酌み交わす皇帝だったが、その裏では三国へ広がる地球教をめぐり、新たな一手が動き始める。
【帝都オーディン・アルブレヒト私邸】
帝国歴四九二年一月。アルブレヒトの私邸には、新年を祝う将官や重臣が集まっていた。料理を取り分けながら近況を尋ね合い、皇帝を交えて酒を酌み交わす。
その中で、ゴドウィン主教の法衣は目立っていた。誰に話しかけてよいかも分からずにいるところへ、皇帝から声がかかった。
「ゴドウィン主教、楽しんでおられるかな?」
「へ……陛下! 私のような一介の宗教者をこのような内輪の席にお招きいただき、身に余る光栄でございます……」
「なに、メックリンガーとゼーフェルトが卿の教養と芸術への造詣をしきりに褒めていてな。俺もこう見えて、芸術や音楽には一家言あると自負しているのだ。今度ぜひ、ゆっくりと話を聞かせてほしいものだな」
「は、はい! 喜んでお相手を務めさせていただきます!」
「ワーレン、今度はぜひお前も俺のサロンに来るといいぞ。日頃の軍務の合間に高尚な芸術へ触れるのは、人生にとって得難い彩りになるぞ」
「ありがたき仰せにございます。しかしながら陛下、小官は先年妻を亡くしておりまして……非番の日は、まだ幼い息子との時間に充ててやりたいと考えておりますゆえ」
「……そうであったな。それは無神経なことを言った、すまない。家庭の温もり、子供と過ごす時間は何よりも大切にするべきだ。アナ!」
「はい、アル。何かしら?」
「ワーレン提督の息子に、新年のプレゼントを手配してやってくれ」
「承知いたしました。ワーレン提督、坊ちゃんはどのようなおもちゃや本がお好きかしら?」
「も、勿体なきお言葉……! ありがたき幸せに存じます!」
「なにを水臭い。お前の子供なら、俺にとっては甥っ子のようなものだ」
ビュッフェの前では、ルッツとシュタインメッツ、ケスラーが話し込んでいた。ワーレンが戻ってくるなり、ルッツから羨ましげな声がかかった。
「……見事な手腕で躱したな、ワーレン」
「なに、息子との時間を大切にしたいというのは本心だからな。こういう時は、頭を柔軟に使うのさ」
「ルッツ提督、皇帝陛下よりこちらを」
給仕の盆に載っていたのは、金箔入りの招待状だった。ルッツ宛ての文面には、日時とともに「必ず参加するように」とある。
「む……むむむ……」
「どうした、ルッツ? 深刻な顔をして」
「陛下から直々に……来週催される詩の朗読会に、必ず参加せよとの勅命が……」
「げっ……。メックリンガー提督はどうしているのだ? そういう風雅な催しは、全部あいつ一人に引き受けさせればいいだろうに」
「無理を言うな。メックリンガー提督は、すでに全日程のサロンに参加しているさ」
ケスラーも、皇帝から直接その意向を聞かされていた。
「その上で陛下は、文官だけでなく帝国軍の諸将にも、広く芸術の素晴らしさを知って、心の滋養としていただきたいと熱弁を振るっておられるのだ」
「ケスラー上級大将は、もう参加されたのですか?」
「まあ、慣れてしまえばそれなりに楽しいものだよ。メックリンガー曰く、陛下はあれでなかなかに芸術の腕前は達者だそうだ。士官学校時代、オーディンの民間ピアノコンクールで銀賞を獲ったこともあるらしい」
◇◇
「オイッ! ホーテン少尉ッ!」
声の主はケンプだった。すでに何本もワインを空け、皇后に向かって昔の口調で呼びかけている。
「あらあら……ずいぶんと酔いが回られているようですね、ケンプ大尉殿?」
「何をたわけたことを言っとるか貴様ァ! 明日の出撃に備えて、ワルキューレの整備点検は終わったのかッ!」
「はっ! 私の方は完璧に終了しておりますわ、大尉殿!」
「よろしい! で、相棒のファルケンハイン少尉はどこだッ! どこでサボって油を売っている!」
アナスタシアの指さす先に、グラスを手に歓談中の夫がいた。
「あそこにいますわ。大事な愛機の整備も放り出して、呑気にお酒を飲んでおります」
「何だとぉッ! あの不真面目野郎め、徹底的にとっちめてやる! ファルケンハイン、貴様ァ!」
「おお! ケンプか! 新春からいい飲みっぷりだな、お前も……ぐえっ!?」
振り向いた途端、首に太い腕が回り、逃れようとするほど強く締まった。
アルブレヒトには、この腕力が身に覚えのあるものだった。
「貴様、ワルキューレの整備をサボって、こんなきらびやかな場所で酒をかっ喰らうとは何事かッ! たるんどる!」
「ぐえっ、ごはっ……! リューネブルク! お前、そこにいるなら見てないで助けろ! 主君の命の危機だぞ!」
「滅相もございません。小官はいまだしがない准将の身。階級の壁は絶対、雲の上のケンプ元帥閣下に逆らうなど、とてもとても恐れ多くて手が出せませんな」
リューネブルクは、まだ助けるつもりがないらしい。
「ふざけるな! 貴様、一体いつの話をしているんだ! この恩知らずの、リューネブルク元帥!」
「おお! この宴の場で私を元帥に親任していただけると!? ありがたき仕合わせ。では明日から陛下に永遠の忠誠を尽くすことといたしましょう!」
「明日じゃなくて今すぐ助けろ! おい、みんなぁッ!」
妻も、周囲の幕僚も、腹を抱えて笑っている。何人もいるのに、いくら呼んでも誰も来ない。
◇◇
広間の端では、ミッターマイヤーの供で来た若い将校たちが、その騒ぎを見守っていた。ジンツァーの声は、隣にいる二人にしか届かなかった。
「俺たちのような若輩が、陛下の私邸に招かれるのは無上の名誉なのだが……」
「あのケンプ元帥の所業は……いくら無礼講とはいえ、不敬罪で銃殺刑の領域では?」
「いや……どうやら、あれは陛下ご自身がお許しになっている特別な関係らしいぞ」
バイエルラインには、上官から聞いた話が思い出された。
「先日の御前会議の前、ロイエンタール元帥などは、陛下が執務をサボろうとした際に、その尻を思い切り蹴っ飛ばしたそうだ。何のお咎めもなかったと、元帥から伺った」
「ほう……。要するに、陛下の身内びいき、ということですかな?」
「しっ! 滅多なことを軽々しく口に出すものではない」
バイエルラインに口を塞がれ、ドロイゼンもようやくラングの存在に気づいた。
柱のそばから会場を見渡す内務尚書の顔には、笑みがなかった。
「……ラング内務尚書」
「そういうことだ。あの男の耳に入れば最後、陛下の身内として認められる前に、反逆予備罪で排除されてはたまらんからな」
聞こえていなければよいが。ラングから視線を外しても、三人の会話はしばらく戻らなかった。
◇◇
ケンプから解放された頃には、襟元もすっかり乱れていた。テラスへ出ると、夜風が火照った顔に心地よい。首にはまだ締めつけられた痛みが残っていた。
「ふう……ひどい目にあった。あいつは昔から全く変わらんな」
「陛下。新年、明けましておめでとうございます」
「ああ、ラング。おめでとう。で、探らせていた件はどうなった?」
「地球教についてですが、現在は内部で激しい派閥抗争が続いているようです。帝国、公国、共和国、それぞれに潜伏する主教や大主教たちが、次期総大主教の座を巡って互いに牽制し合っているようでして」
「他の二国の出方は?」
「公国側は、ドヴィリエ大主教を抱き込もうと画策しているとのことです。一方、共和国の特高は実に厄介な連中でして……こちらの工作員を何人も捕縛され、深い情報が取れません。誠に申し訳ございません」
「公国の近衛が、そこまで無能とも思えん。情報が漏れ伝わっているということは、わざと漏らしているのではないか。……それぞれの防諜の責任者は誰だ?」
「共和国の特高を実質的に統括しているのは、ヤンの愛弟子であるユリアン・ミンツ。そして、公国の近衛の責任者は、アルツール・フォン・ライスドルフという男です」
「ユリアンはヤンの被保護者だから名を知っているが……公国のその男は、聞いたことのない名だな」
「公国が成立して以降、急速に頭角を現したようです。最初は公王マルガレータの身の回りの世話をする侍従として仕え、その実務能力を買われて、近衛のトップへ抜擢されたとか」
「ほう。あの気性の激しいマルガレータの侍従を務め上げるとは、胃袋に鉄板が入った奴だな。公国も人材には事欠かんらしい」
「それで、我が帝国における地球教への処遇でございますが……」
扉の向こうから、広間の笑い声が聞こえていた。ここでなら声を落とせば済む。
「そもそも、本拠地の地球そのものが我が帝国の版図にあるのだ。連中の好き勝手を許すわけにはいかん。こちらの制御下に置く必要がある」
「では、討伐艦隊を差し向けますか?」
「いや、正規軍を動かせば連中は地下に潜る。……グリルパルツァーを使え」
「グリルパルツァー提督を、でございますか?」
「あれがキャプテン・ハーロックだ。この件は卿の胸に収めておけ」
三国の艦隊に追われる海賊が、帝国の提督だったとは。ラングにも予想外の名だったが、今は詳しい事情を尋ねる時ではなかった。
「……承知いたしました」
「連絡を取り、地球へ向かわせろ。地球教の本部を占拠させ、現総大主教を拘束した上で接触させるのだ」
「宗教という劇薬から国家が得るべきものは、民の安寧だけでよいのだ。政治に嘴を挟む毒牙は、根こそぎ引き抜いておけ」
「はっ。直ちにキャプテン・ハーロックへ暗号通信を打電いたします」
◇◇
広間へ戻ると、ミッターマイヤーとロイエンタールが待っていた。用件を切り出しかねているのは、珍しくロイエンタールの方だった。
「……陛下。先ほど、ワーレンの息子の話をされておりましたが。では、仮に私の子が生まれたとしたら……?」
「なんだ、お前までそんなことを気にするのか! 決まっているだろう。我が子同然のようなものだ! で、どうなのだ? 例のエルフリーデ女史とは、少しはうまく行っているのか?」
「……会いましたよ。言われた通り、先月正式に会談の場を持ちました。会いはしましたが、あれは……あまりにも気が強すぎて、私の手には負えん」
「はははっ! 全銀河の女を泣かせてきた漁色家のお前には、それくらい気が強い女の方がちょうどよい薬だ! 大人しく胃袋も手綱も管理してもらえ!」
「まったくその通りであります、陛下! 俺とエヴァンゼリンもそう思って、連日こいつの背中を押しているのですが、この通り、無駄にプライドばかり高くて強情でしてね。陛下からもビシッと言ってやってくださいよ!」
エルフリーデと会って以来、親友夫婦の勧めを聞かずに済む日がない。
新年の宴にまで付き合わされるとは思わなかった。
「……やれやれ。これでは、ヤン・ウェンリーに包囲された方がまだ息災というものだ」
お読みいただきありがとうございました。
今回は帝国の新年会と、地球教をめぐるアルブレヒトの新たな一手を描きました。
ケンプたちとの昔ながらの関係や、キャプテン・ハーロックへ下された新任務、ロイエンタールの縁談について感想をいただけると嬉しいです。