銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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雪が降る帝都オーディン。
白い静寂の下で、貴族たちは血より冷たいワインを酌み交わす。

決闘の名のもとに行われるのは、誇りの証明か、それとも暇つぶしか。
そして――その地獄のサロンに、またもやファルケンハイン准将が呼び出される。

剣も銃も抜かずに、笑顔で命を賭ける。
帝国の社交とは、そういう戦場なのだ。

本作は、雪とワインと地雷原の午後。
ファルケンハインが再び「死なないために気を使いすぎる話」です。


帝都雪上決闘 ―貴族たちのワインと罠―

ヘルクスハイマー伯の屋敷に着くと、決闘者だという男が、雪の降り積もるクソ寒い庭で待っていた。

名前はゴルトシュミット。肩書きは帝都一の決闘屋。

いや、屋ってなんだ。職業決闘士か?

 

それにしても寒い。

白い息が何層にも重なり、空気がバリバリに凍ってる。

防寒コートを羽織ってきたが、ゴルトシュミットはシャツ一枚。

すでに体温の概念を捨てた修行僧の顔をしていた。

寒さで震えないってことは、筋肉が凍ってる可能性がある。

 

 

それにしても、決闘の見学が貴族の娯楽になってるこの国はどうかしてる。

俺の国じゃないけど、ほぼ俺の職場だから余計にツッコミづらい。

 

そんなことを考えていたら、リッテンハイム侯がにこやかに話しかけてきた。

「いかがかな、ファルケンハイン伯。ゴルトシュミット君の腕は」

 

目の前で銃を構える男を見た。

ゴルトシュミットは、雪上に置かれた的に、ピタリと照準を合わせる。

パン、パン、パン――と、ほぼ同時に三発。

氷像の目と鼻と口が、見事に吹き飛んだ。

狙撃精度も速度も見事だ。

 

「ええ、素晴らしい。実に素晴らしい。俺も趣味で火薬式のアンティーク銃を撃つが、俺と同じくらいには上手い」

 

その瞬間、横で控えていたヘルクスハイマー伯が「おお」と声を漏らし、リッテンハイム侯が目を細めた。

 

あっ、やっちゃった?

謙遜したつもりが、自分を持ち上げる結果になってない?

 

リッテンハイム侯が静かに頷いた。

「……自分と、同レベルだと? この若さで、帝都随一の決闘者と肩を並べると?」

 

「まあ、感覚的にはそんなところですね」

と、俺は笑顔で答えた。

……違う。今のは違う。

会話の地雷を踏んだ音が、確かに聞こえた。

 

侯爵の目がキラリと光った。

あー、完全に興味を持たれた。めんどくさい。

こういうタイプは、一度狙われると逃げられない。

 

案の定、侯爵が言った。

「見事だ。ぜひ、次の模擬戦ではファルケンハイン伯の腕も拝見したい」

 

「え?いや、今日は見学だけのつもりで――」

「遠慮なさらず。貴族同士の交流も、帝国の礎ですぞ」

 

出た、帝国の礎。

これ言われたら逃げられない。便利な呪文すぎる。

 

はぁ……またか。俺は銃を撃ちに来たんじゃない。

 

ふと横を見ると、サビーネちゃんが銃声に驚いて耳を押さえていた。

クリスティーネ様もあまりお好きではないようで、顔をしかめている。

「少し寒いですわね」と言って、二人でポニーに乗って庭の奥へ行ってしまった。

 

よし。これで小さい目撃者はいなくなった。

つまり、ここからは大人の腹の探り合いタイム。

胃薬、カモン。

 

リッテンハイム侯が満足げに笑う。

「ヘルクスハイマー伯。これで貴殿の決闘は勝利確実ではないか?」

「ははは、リッテンハイム侯のご支援あってこそです」

「ふむ、そうであろう。……ところで、ファルケンハイン伯、どう思われる?」

 

俺の名前が出た。いやな流れ。

「どう、と言われますと?」

「正義の立場から見て、今回の決闘、どちらに分があると思われるかね?」

 

……罠だ。

どちらに肩入れしても、どちらかに恨まれるやつだ。

 

なんだよこの空気。雪より冷たいじゃねえか。

 

俺は笑顔で言った。

「そうですな……どちらが勝とうと、帝国の誉れになることでしょう」

 

リッテンハイム侯の口角がピクリと上がる。

ヘルクスハイマー伯も頷く。

よし、うまくかわした。

 

ふと見ると、ゴルトシュミットがこちらを見てニヤリと笑った。

……なんだその目。挑戦状か?

いや、やめろ。撃たないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

リッテンハイム侯とヘルクスハイマー伯が談笑するサロン。

外は吹雪、だが室内は暖炉の火と、金の話と、陰謀の匂いであったかい。

この二人が並ぶと、気温は上がるが、治安は下がる。

そして俺は、なぜかその真ん中のソファに座らされている。

逃げ場なし。サンドバッグポジション確定。

 

ヘルクスハイマー伯がワイングラスをくるくる回しながら言った。

「相手方のシャフハウゼン子爵も、代理人を立てたそうですな」

 

ほう?と思った瞬間、伯の次の言葉が耳に突き刺さる。

「なんでも、あのグリューネワルト伯爵夫人の、成り上がりの弟だとか…」

 

……は?

ちょっと待て。成り上がりの弟?

それ、あいつじゃねえか!?

ラインハルトだろ!完全にラインハルトだろ!!

 

背筋が一瞬で凍りついた。

まさか、よりによってこの場で、あの金髪問題児の名前を聞くとは。

いや、よりによって、ここでだ。

目の前の二人は、帝国貴族界の腹黒さトップランカー。

この二人の前で「ラインハルト知ってます」なんて言ったら、即座に政治地雷を踏むに決まってる。

 

リッテンハイム侯がニヤリと笑う。

「ファルケンハイン伯。あの青年をご存じか?」

 

やっぱり聞いてきた!!逃げ場なし!!

くそ、落ち着け俺。ここで動揺したら負けだ。

 

「あ、ああ。まあ、知り合いというか、俺の艦隊の部下で……いや、今は出向させているだけだが……」

 

言ってから気づいた。

口が勝手にしゃべった。

今の発言、完全に自分の派閥にいる扱いじゃねえか。

絶対に誤解された。

というか、確信的に誤解された。

 

あぁ……遠くで死神が歩いてくる音がする。

たぶんラインハルト本人だ。あいつ、誤解とか訂正とか一切聞かないタイプだからな。

 

リッテンハイム侯は鼻で笑った。

「フン。姉が陛下の寵愛を笠に着て、弟までが増長するか。

陛下という太陽の周りを回る、ただの衛星のくせにな」

 

あー、はいはい、貴族文学的悪口きたよ。

陛下の周りを回る惑星(アンネローゼ)の衛星(ラインハルト)か。

この人、嫌味に詩心を混ぜてくるからタチが悪い。

 

「ええ、全くもって身の程知らずですな」

笑顔で同調する。

 

リッテンハイム侯が満足げに頷く。

「グリューネワルト伯夫人は、どうにも好かん。

我が娘サビーネこそ、次期皇帝の寵姫、いや、女帝となるべき器だというのに」

 

おっと、出たよ、親バカ爆弾。

この人、夜寝る前に毎晩それを祈ってるに違いない。

問題は、その女帝候補が、まだ10歳なことだ。

ついこの前まで俺のコートの裾を引っ張って「かっこいいです!」とか言ってたんだぞ。

その子を次期皇帝候補って……帝国どうなってんだ。

 

脳裏に、もう一人の候補、ブラウンシュヴァイク公の孫娘・エリザベートちゃんの顔が浮かぶ。

どっちも俺に懐いてる。どっちも地雷。

このままだと俺、未来の内戦で板挟み確定だ。

 

ヘルクスハイマー伯がワインを飲みながら、やたら軽い口調で言う。

「ベーネミュンデ侯爵夫人が、かつて男児を死産なされた時も、妙な噂が流れましたな。

あれも、誰かの差し金では、と……」

 

 

出た!もうやめてくれ。今ここでその話題を出すな。

ベーネミュンデ侯爵夫人――つまりシュザンナさん。

俺、前に世話になってるんだよ。

彼女の実家経由で、アナの家が子爵に復帰できたんだから。

恩人だよ。しかもあの人、俺の好物のビスケットくれたし。

悪い人じゃないんだ。

 

リッテンハイム侯が笑う。

「ブラウンシュヴァイクなら、やりかねんからのう」

 

「あるいは、誰かに忖度した者が、勝手に動いた、という線もありますな」

適当に流す。

どこにも角を立てない、完璧な逃げの一手だ。

 

すると侯爵が腹を抱えて笑い出した。

「はっはっは!ファルケンハイン伯、見事な言葉の選び方よ!

これぞ外交官の資質というものだ!」

 

え、褒められたの? 今の適当なやつ?

いや、これ絶対、褒めてるようで試してるパターンだ。

帝国貴族の褒めは、地雷チェックと同義。

 

ヘルクスハイマー伯もニヤリと笑う。

「ファルケンハイン伯は、立ち回りがうまい。リッテンハイム侯の後ろ盾を得れば、

この帝都でも相当な影響力を持てるでしょうな」

 

「いやいや、私はただの軍人です。政治は性に合わんもので」

 

それ以上言うな!俺を巻き込むな!俺は穏便に定年まで生きたいだけだ!

 

リッテンハイム侯が優雅にワインを掲げた。

「だが、いずれは必要になるぞ。

いかに戦場の龍とて、政治の沼を避けては通れぬ」

 

政治の沼。言い得て妙だ。

今まさに俺はそのぬかるみに片足どころか腰まで沈んでいる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

俺の胃はもう限界だ。

リッテンハイム侯とヘルクスハイマー伯、この二人の政治トークを二時間も聞かされれば、誰だって消化器官が悲鳴を上げる。

もう帰って温かいスープを飲みたい。アナの紅茶が恋しい。

そう思っていた矢先――

 

「はっはっは!面白い!」

 

突然、リッテンハイム侯が大声で笑い出した。

え? 何? 俺、今なんかボケた?

会話の流れを完全に見失ってるんだが。

 

侯爵は豪快にグラスを掲げた。

「ファルケンハイン伯、貴殿はやはり面白い男だ!気に入った!」

 

ああ、嫌な予感しかしない。

こういう褒め方をされたあとに続くのは、だいたい爆弾発言だ。

 

案の定――

 

「どうだ、我が娘、サビーネの婿になる気はないか?」

 

……はい、来ました。政治の地雷、ど真ん中。

俺の脳が一瞬でフリーズした。

サビーネちゃん? あの10歳の天使か?

こいつ何を言ってんだこのヒゲオヤジは!?

 

いやいやいやいや、待て。

政略結婚にもほどがあるだろ。

まだポニーに乗ってキャッキャしてる年齢だぞ?

俺のコートの裾つかんで「かっこいいです!」って言ってた子だぞ!?

そんな子に求婚って、倫理委員会が黙ってねぇ!

 

顔の筋肉を総動員して笑顔を作った。

「光栄ですが、ご辞退いたします。私には、心に決めた女性がおりますので」

 

静寂。

サロンに、一瞬だけ、時間が止まったような空気が流れた。

リッテンハイム侯が「ほう」と目を細める。

「心に決めた女性、とな?」

 

あ、これ聞かれるやつだ。

「そのお方は?」って聞かれるやつだ。

うっかり「軍務省のホーテン准将です」とか言ったら、帝都中のゴシップ紙が翌朝「女傑准将と伏龍准将の恋!」とか書き立てる未来が見える。

 

「えーと、まあ……清楚で、強くて、怖い人です」

「ほう、怖い?」

「はい。物理的にも精神的にも」

 

リッテンハイム侯は「なるほど」と納得した顔で頷いた。

おいおい、なんで納得してんだ。

今の説明で納得できる要素、どこにあった?

 

まあ、アナのことを説明するのは難しい。

優雅で聡明で、どこか抜けてて、でも怒ると閃光が走る。

一言で言うなら、人間形の天罰だ。

俺にはそれくらいでちょうどいい。

 

さて――問題は決闘の方だ。

ヘルクスハイマー伯の代理人が誰かという話。

さっきチラッと聞いたが、相手はやはりラインハルト。

あの金髪の孺子め、また騒ぎの中心にいるのか。

 

あいつが痛い目を見るのは別に構わん。

だが、キルヒアイスが悲しむのはちょっと嫌だ。

ハーメルンⅡの件で、俺にはあいつに借りがある。

……仕方ねぇ、少しだけ動くか。ほんの少しだけな。

 

俺はワイングラスを置き、あえて大きな声で言った。

「それにしても、ヘルクスハイマー伯。代理人を立てるとはいえ、グリューネワルト伯爵夫人の弟君を相手にするのです」

 

ヘルクスハイマー伯が顔を上げた。

リッテンハイム侯も興味深そうに耳を傾ける。

よし、全員の注目を集めた。

 

「万が一、万が一にも傷つけるようなことがあれば、陛下の耳にも入るやもしれません。

……くれぐれも、遺恨の残らぬよう、正々堂々と、な」

 

わざと陛下の部分を強調してやった。

その瞬間、伯の顔がピクリと引きつった。

見逃さないぞ、その表情。

 

よし、ビンゴ。

つまり、こいつは最初から勝敗を調整するつもりだったんだな。

でも、陛下の名前を出された以上、変な手は打てない。

俺の発言ひとつで、この決闘の安全ラインが1段階上がった。

いい仕事したぞ俺。

 

リッテンハイム侯が愉快そうに笑った。

「はっはっは、ファルケンハイン伯、やはり貴殿は面白い。

だが、あまり庇い立てしては、逆に疑われるぞ?」

 

「いやいや、ただの忠告ですよ。貴族の嗜みとして」

「ふむ……嗜み、か」

 

侯爵がにやりと笑う。

完全にこいつも腹黒の仲間認定された気がする。

違う、俺は善人寄りの俗物だ。そっち側に入れないでくれ。

 

ヘルクスハイマー伯が乾いた笑いを浮かべた。

「……ご心配なく。正々堂々とやりますとも」

 

正々堂々と負けない程度に卑怯は紙一重だがな。

まあいい。これで少しは暴走しないだろう。

あとはあの金髪が、勝手に事故らないことを祈るだけだ。

 

いや、無理か。

 

ラインハルトのことだ。

たぶん剣を抜く前に相手を挑発する。

で、相手がブチ切れて銃を乱射する。

で、俺が止めに入る羽目になる。

……ああ、未来が見える。胃が痛い。

 

リッテンハイム侯がワインをつぎ足してきた。

「伯、見物席にお越しください。

女神が笑うか、血が流れるか、どちらにせよ退屈はしませんぞ」

 

「ええ、退屈だけはしなさそうです」

 

退屈しない=命の危険がある。

貴族社会の方程式は狂ってる。

 

サロンの外では、雪が強くなっていた。

火の粉が暖炉から跳ね、グラスの赤がゆらめく。

この場の空気も、火のように熱く、そしてどす黒い。

軽くため息をついた。

 

やれやれ、俺はいつもこうだ。

関わるつもりのなかった騒動に、気づけば片足を突っ込んでいる。

アナが聞いたら絶対こう言うだろう。

「あなたは余計なお世話の天才ですね」って。




最後までお読みいただきありがとうございます。

「雪の下では血も凍る」――そんな帝都の一日を書きました。
戦場では生き延びる男が、サロンでは政治と少女とワインに追い詰められる。
戦闘シーンなしで、これほどの緊張感を出せるのは帝国の狂気のおかげです。

感想欄ではぜひ教えてください。
「一番冷や汗をかいた瞬間」はどこでしたか?
「一番笑った台詞」はどれでしたか?
「この状況をアナに報告したらどうなると思うか」でも構いません。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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