銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝都の夜は、静かに燃えている。
昼間は貴族の陰謀、夜は天使の微笑。
アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン伯の胃袋は、今日も帝国の平和のために酷使されていた。

本作は、「政治の地獄から帰宅して、天使に癒される男」の記録である。


帝国最強は女である

その晩、俺はアナと合流した。

昼間はリッテンハイム侯の屋敷で、地獄のような腹の探り合い。

 

夜はアナスタシアという天使に癒やされる――この落差が俺の人生だ。

帝都の屋敷に戻ると、アナはすでに暖炉のそばで本を読んでいた。

顔を上げた瞬間、微笑む。あの笑顔、410年物のワインより効く。

 

「お帰りなさいませ、アル様。リッテンハイム侯の集まりはいかがでしたか?」

 

「地獄の門を覗いてきた気分だ」

「またご冗談を」

「冗談で済めばいいんだがな」

 

コートを脱ぎながらため息をついた。

暖炉の火が、アナの髪を淡く照らしている。

この瞬間だけで、あの寒空の外交戦の疲れが吹き飛ぶ。

 

……いや、正確には半分しか飛ばない。

残り半分は胃薬を飲まないと消えない。

 

ベッドに腰を下ろすと、アナがすぐに隣に座った。

上品な香水の匂いがした。

それだけで俺の理性の指揮系統が崩壊しかける。

 

「それで、今日はどんな波乱があったのです?」

「お前な、波乱を前提に聞くのはやめてくれ。俺だって平和に過ごしたい」

「アル様が平和に過ごされた日など、この十年で一度もございません」

 

……うん、反論できねぇ。

俺の人生、平穏と無縁すぎる。

 

とりあえず、今日はアナにだけ愚痴をこぼそう。

ラインハルトの代理決闘だの、リッテンハイム侯の縁談爆弾だの、

いろいろあったが、せめてここでは気を抜きたい。

 

「ラインハルトの奴に、ちょっとだけ良いところを見せてやった」

「まぁ、あの方とご一緒に?」

「いや、正確には敵陣の裏で少し口を挟んだだけだ。

おかげで陛下の耳に入るような大騒ぎにはならずに済んだ」

 

アナは目を細めて笑った。

「アル様は、本当はお優しいのですね」

 

 

ああ、だめだ。心臓に悪い。

俺が一番弱い言葉を、あっさり投げてくる。

 

「ふん、当然だ。俺は元から、海より深い慈愛の心を持つ男だからな。惚れ直したか?」

 

軽口のつもりだった。

だが、アナは夜の薄闇の中で、じっと俺の目を見つめて、真顔で頷いた。

 

「はい。惚れ直しました」

 

……っ。

 

やめろ、そういう不意打ちは。照れるだろうが!

俺はお前にだけは勝てない。

 

視線をそらしながら、枕を整えるふりをした。

「……まあ、お前も、なかなか良い女だと言っておいてやる」

 

「まあ、それはどうも」

アナは小さく笑い、肩を寄せてきた。

その距離の近さに、俺の脳が再びショートしかける。

 

アナとこうして一緒にいる夜は、もう八年になる。

気がつけば、彼女は俺の家を仕切り、生活を整え、戦場帰りの俺を叱り、慰め、呆れ、笑ってくれる存在になっていた。

……正直、もう妻だ。戸籍以外は完璧に。

 

(間)

 

……子供が、そろそろ欲しいな。

ふと、そんな言葉が口から漏れそうになった。

だが、アナの顔を見た瞬間、飲み込んだ。

何度かこの話をしたことがある。

そのたびに、アナはほんの少しだけ、悲しそうな顔をする。

理由を聞こうとしても、「いずれ分かります」とだけ言って微笑む。

その笑顔が優しいぶん、余計に切ない。

 

俺は鈍い男だが、馬鹿ではない。

たぶん、何か抱えてる。

それでも、彼女が傍にいる限り、それでいい。

 

「アル様」

アナが囁いた。

「もし、明日また何かに巻き込まれるようなことがあれば、無理はなさらないでくださいね」

 

「無理なんかしないさ。俺はいつだって冷静沈着だ」

「先週、艦橋でコーヒーを三連続でこぼされた方の言葉とは思えません」

「それは……機器の振動だ」

「いいえ、アル様の手が震えておられました」

「お前、俺の観察日誌でもつけてるのか」

「ええ、毎日つけております」

「怖いわ!」

 

笑い合う声が、暖炉の火に混ざって柔らかく揺れた。

 

……そういえば、今日、リッテンハイム侯に求婚されたんだったな。

正確にはサビーネの婿になれと言われたんだが。

あの瞬間のアナの顔が見たい。

いや、やめておこう。たぶん、笑顔で俺を殺す。

 

「アナ」

「はい?」

「もし、俺がどんなトラブルに巻き込まれても、お前だけは信じてる」

「また、口説き文句を?」

「違う。俺の遺言だ」

「それはまだ早いです」

 

アナが俺の頬を軽くつねった。

柔らかくて、少し冷たい指。

それが妙に心地いい。

 

この人の手に触れるたびに、戦場の記憶が遠ざかる。

血の匂いも、爆煙も、全部薄れていく。

ああ、もう少しだけ、こうしていたい。

 

アナが小さくあくびをした。

「お疲れですね」

「お前もな」

「……おやすみなさい、アル様」

「おやすみ、アナ」

 

灯りが消えた。

闇の中で、彼女の呼吸だけが聞こえる。

穏やかで、静かで、温かい。

その音に包まれながら、俺は眠りに落ちた。

 

 

……そういえば、さっき言いかけたんだ。

子供が欲しいって。

でも、まあいい。明日言おう。

明日こそ、ちゃんと話そう。

 

……そう思いながら、俺は眠った。

 

 

 

 

 

 

 

どうにも胸騒ぎがする。

ラインハルトの決闘。ヘルクスハイマー伯の動き。裏で何かが蠢いている気がしてならない。

こういう時こそ、俺の勘が当たる。いや、当たらなくていいのに、当たる。

 

そこで俺は、昔からの付き合いがあるベーネミュンデ侯爵夫人――シュザンナさんに頼ることにした。

この人、宮廷の裏事情にやたら詳しい。

 

 

アナには「私も同行します」と言われた。

いや、止めたんだ。止めたんだが、聞く耳を持たない。

結果、今こうして三人で侯爵邸のサロンにいる。

……修羅場の予感しかしない。

 

サロンの扉が開くと、まばゆいほどの金色の装飾。

壁には巨大な鏡、床は滑るほど磨き上げられた大理石。

中央のソファに、全身シルクと香水で武装したシュザンナさんがいた。

 

俺を見るなり――いや、正確には、俺の後ろのアナを見て――満面の笑みを浮かべた。

 

「まあ、アナスタシアちゃん!よく来てくれたわね!あなたに会いたかったのよ!」

 

俺は!?

俺はいないも同然か!?

今日、来たの俺なんだが!?

 

アナが優雅にお辞儀する。

「ご無沙汰しております、シュザンナ様」

「まあ、ほんとに綺麗になって……ねえ、アルブレヒト君、あなたこの子をちゃんと大事にしてる?」

「もちろんしてますよ」

「うそね」

「即答!?」

 

言い返す隙もなく、二人はまるで昔からの親友みたいに話を始めた。

サロンの空気が一気に華やぐ。

俺の存在感は、まるで壁の花。いや、壁の染み。

 

 

しばらくの間、完全に放置された。

侯爵夫人の紅茶談義と、アナの仕事の話。

その間、ソファの隅で砂糖菓子をつつきながら、ひたすら耐えた。

もういじけモード突入である。

 

ふと気づくと、シュザンナさんがこちらを見てクスッと笑った。

「あらあら、アルブレヒト君、拗ねてしまったの?よしよし」

 

そう言って、俺の頭をポンポンしながら抱きしめてきた。

その瞬間――背後から、アナの殺気が飛んできた。

物理的に。空気が刺さるレベルで。

 

 

やばい。これはまずい。非常にまずい。

このままでは、帰り道の馬車が冷凍庫になる。

 

「い、いえ!大丈夫です!それより本題を!」

慌てて体を離した。

 

アナが優雅にお茶を飲みながら微笑む。

「……アル様、後でお話がありますね」

「ないです!ありません!今すぐ話しましょう!」

「あとで、です」

ひぃぃ……!声は優しいのに、空気が氷点下だ!

 

修羅場回避のため、本題に突入する。

本来の目的は、決闘事件の裏事情を探ること。

この人なら、何か掴んでるはず。

 

「実は、気になる話を聞きましてね。

シャフハウゼン家の決闘に、グリューネワルト伯の弟君が代理人として出るとか」

 

シュザンナさんは、紅茶のカップを持つ手を止めた。

目だけが笑っていない。

その瞳の奥に、一瞬だけ暗い影が見えた。

 

「……そう、もう耳に入っているのね」

「ということは、やはり何かある?」

 

彼女はしばらく黙っていたが、やがて観念したように息を吐いた。

 

「ええ、そうよ。アンネローゼ……あの女の弟に、暗殺者を差し向けさせたわ」

 

俺の中で何かが静かに弾けた。

 

「やっぱりか……!」

 

思わず声が出る。

それにしても堂々と認めたな。潔いというか、開き直りというか。

 

「まさか、グレーザーとかいう宮廷医を通じて、なんてことは?」

「ええ、その通りよ」

 

グレーザー……どこかで聞いた名だ。

数年前、シュザンナさんの出産を担当して、子供を死産させた医者。

あの時、シュザンナさんは深く傷ついていた。

もしや、今の彼女の復讐心の根底には、その一件が関係しているのか?

 

「となると、決闘者のゴルトシュミット君が死んだという話も、その暗殺者の仕業か……」

「……あなた、本当に鋭いわね」

 

「いや、偶然ですよ。腹の音の方が鋭いです」

 

「ふふ……でも、私ももう後戻りできないの」

シュザンナさんの声が、少し震えていた。

 

 

ああ、この人、本気で壊れかけてる。

嫉妬も、哀しみも、全部ひとつに混ざって、止まらない。

 

「シュザンナさん、あまり危ない橋を渡るのはやめた方がいい。

陛下の寵愛は、ラインハルトを殺したからといって、貴女に戻ってくるわけではない」

 

彼女はゆっくりと首を振った。

「わかっているわ。でも……あの女が笑っているのを見ると、どうしても我慢できないの」

 

「気持ちは、わかる」

俺はグラスを置いた。

「俺も、アナのためなら、悪魔にだって魂を売るだろうからな」

 

アナが横で小さく息を呑んだ。

シュザンナさんは、一瞬、驚いたような顔をして、それから静かに微笑んだ。

 

「……そう。あなたたち、似てるわね。

愛する人のためなら、どんな地獄も笑って歩くところが」

 

褒められてるのか、呆れられてるのか、よくわからん。

でも、彼女の顔に少しだけ光が戻った気がした。

それだけで、今日ここに来た意味はあったと思う。

 

サロンを出る時、シュザンナさんがアナにウィンクした。

「この人を、ちゃんと縛っておくのよ」

「はい、首輪のサイズはすでに測ってあります」

「やめろぉぉぉ!」

 

結局、情報は得られたが、命の危険も増えた。

この世界、知れば知るほどろくなことがない。

ただ――ひとつだけ確信した。

 

この決闘、単なる貴族の見世物じゃない。

帝国の権力構造そのものを動かす導火線だ。

 

……胃が痛ぇ。

 

 

 

 

 

 

おっと、少し湿っぽかったな。俺にも多少は感情ってもんがあるが、湿気は苦手だ。

というわけで、今日は気分転換に射撃場へやってきた。

 

帝都オーディンの貴族御用達射撃場――名前こそ「アルテ・マルクト射撃館」だが、実際は貴族のストレス発散所だ。

戦場では銃弾を避け、ここでは銃弾を撃つ。

ああ、これぞ健康的軍人生活(皮肉)

 

しかし、入ってすぐに俺は爆笑した。

そこにいたのは、あの金髪の孺子――ラインハルト・フォン・ミューゼル大尉。

真剣な顔で銃を構えている。だが、構えが壊滅的におかしい。

 

「ぶっ!はっはっは!おい、金髪の孺子!なんだその構えは!

火薬式の銃は、ブラスターとは違うんだぜ!反動を計算に入れていないから、弾が全部上に行ってるじゃないか!馬鹿め!」

 

ラインハルトがギロッと睨んできた。

顔が真っ赤だ。

可愛いねぇ、若造。

 

「ならば、貴様がやってみろ!」

「よかろう!」

 

銃を受け取り、構える。

俺の体が勝手に動く。

指が引き金を撫で――パンッ!

的の中心に、完璧な弾痕。

 

「ふふ、これが経験の差というやつだ」

 

ラインハルトの顔。

本当に鳩が豆鉄砲を食らったような、いや、戦艦が爆雷を浴びたような顔をしていた。

キルヒアイスが「ラインハルト…」と肩を押さえている。

 

いやぁ、やっぱりこの歳になると、若者のプライドを軽くへし折るのが一番のストレス解消だな。

今日も平和な日だ。

 

そこに、聞き慣れたヒールの音。

アナスタシア・ヴァン・ホーテン准将、登場。

軍服姿で射撃場に現れるその姿。

貴族たちが一斉に背筋を伸ばす。

あの緊張感、好きだな。

 

「アル様、お見事です」

「当然だ。俺は元から狙撃の名手で――」

「では、私も」

 

……え?

 

アナは何の説明もなく、懐から銀貨を4枚取り出した。

ふわりと宙に放る。

そして、腰のホルスターから二丁の単発拳銃を抜いた。

動きに無駄がない。

 

バンッ! バンッ!

 

金属音が4回。

キン、キン、キン、キン!

 

銀貨は見事にすべて撃ち抜かれ、床に散らばった。

 

「……………は?」

 

待って。どういうこと?

二発の弾で、どうやって4枚のコインを撃ち落とせるんだ?

物理法則、どこいった?

リコシェット(跳弾)?いや、それでも説明できねぇ。

もしかして、アナの銃弾は光速で分裂するのか?

それとも、俺の目が遅いのか?

うん、たぶん後者だ。

 

ラインハルトとキルヒアイスが呆然としている。

俺も呆然としている。

アナだけが涼しい顔。

 

「アル様、練習の続きは?」

「いや、今日はもう十分だ……」

 

俺の女は、すごい。

その一言に尽きる。

同時に、俺は二度と射撃で張り合わないと心に誓った。

 

……で、ここからが地獄の始まりだ。

 

数日後。射撃場に再び来ると、またいた。

金髪の孺子。

しかも、目つきが真剣。

まるで「負けっぱなしじゃ終わらない」と言いたげだ。

 

「教えてくれ、ファルケンハイン准将」

 

唐突に言われた。

 

「はあ?嫌だね。俺を馬鹿にした罰だ。誰かに教えてもらえ」

 

ちょうどそこへ通りかかったのがルッツ少佐。

あの真面目。

全てがマニュアル通りの男。

 

「ミューゼル大尉、お困りかな?よろしければ、私が基本を」

 

 

あー、出た。

ルッツの射撃は正確だが、面白味がない。

あれは射撃じゃなく作業だ。

俺の射撃は芸術だ。

つまり、放っておけん。

 

俺は立ち上がり、ルッツを押し退けた。

 

「どけ!下手な教え方をするな!」

「え?」

「いいか、金髪!腰を落とせ!肩の力を抜け!反動を殺すんじゃない、体で受け流すんだ!」

 

ラインハルトが顔をしかめながら構え直す。

俺が後ろから肩を押して角度を調整する。

「そう、もう少し下げろ。いや、下げすぎだ。貴族の礼儀作法じゃねぇ、戦場の構えをしろ!」

 

バンッ!

 

的の端をかすめた。

 

「惜しいな」

「もう一度!」

「おお、いい根性してるじゃねぇか」

 

結局、俺は3時間、みっちりラインハルトに射撃を叩き込んだ。

貴族の若造が銃を握る手に豆を作る日を見るとは思わなかった。

だが、筋が悪くない。

こいつ、才能ある。悔しいが認めよう。

 

練習を終える頃には、夕暮れ。

ラインハルトは黙って敬礼し、無言で立ち去った。

感謝の言葉、なし。

……まあ、いいさ。

 

キルヒアイスが代わりに深々と頭を下げてきた。

「ありがとうございました、准将。

あの方も、きっと感謝しておられます」

 

「おう、そういうことにしておこう」

 

 

ほんと、あの金髪は可愛げがない。

だが、妙に放っておけない。

気づけば、面倒を見てしまう。

……おい俺、いつから教育係になった?

 

剣の方はというと、アナが見てやっていた。

ラインハルトは全身汗だく、アナは髪一本乱れず。

「次は本気で来なさい」

「もう本気です!」

「そう。では、今度は両手を使いましょう」

「やめてください死にます!」

 

 

相変わらず強いな、アナは。

ラインハルトが子供扱いされている。

まあ、実際16歳だし、子供だ。

……ちなみに俺も、アナに剣で勝ったことは一度もない。

これを言うと、「優しいのですね」と言われるが違う。

ガチで勝てない。ほんとに。

 

結論。

帝国最強は、女。

俺も金髪も、全員アナの掌の上。

 

ああ、平和だな。胃が痛いけど。




最後までお読みくださりありがとうございます。

感想欄ではぜひ教えてください。
・一番「笑った台詞」はどこでしたか?
・アナのどの場面が「一番怖かった」ですか?
・「首輪のサイズ」発言を聞いた瞬間のあなたの顔を教えてください。

あなたの一言が、作者の胃薬代になります。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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