銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝都の政治は剣より、銃より、言葉より――
寝室で動く。

本編では、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン伯と
アナスタシア・ヴァン・ホーテン准将が、
帝国の闇と愛情の狭間で、密やかな作戦会議を繰り広げます。

今夜の舞台は“閨”。
しかしそこで交わされるのは、甘い囁きと同じくらい、政治の刃だ。

ふたりの関係が深まるほど、帝国の闇も深くなる。
それでも彼らは笑う――背中を預ける相手がいるから。

どうか、最後までお付き合いください。
あなたの心が少しだけ温まり、そして少しだけヒリつく物語です。


アナスタシア、教育的制裁の夜

その晩、俺はアナと合流した。

当然のように閨。ここまで来ると、もう「会議室」じゃなく「会議ベッド」だ。

作戦の9割はここで決まる。

軍務省の連中が聞いたら卒倒するだろうな。

 

アナは例によって、寝間着という名の戦略兵器を身にまとっている。

白いシルクのガウン。肩のあたりが反則級に眩しい。

こいつが隣にいるだけで、戦略思考が溶ける。

だが今日は真面目な話だ。

 

アナが静かにまばたきをした。

「……なるほど」

「さすがに、決闘で暗殺者と真正面からやり合わせるのは、あいつがムカつくとはいえ寝覚めが悪い。どうにかして依頼を取り下げさせられないか?」

 

我ながら、良心的な提案だ。

だがアナは感心するどころか、冷ややかな視線を寄越した。

うん、目が笑ってない。完全に軍務省モード。

 

「アル様。仮に今、シュザンナ様が不用意に暗殺者やグレーザー医師と連絡を取ったとして、その形跡が万が一にも明るみに出たらどうなさるおつもりですか?」

 

「え?」

「ベーネミュンデ侯爵夫人が、皇帝陛下の寵姫の弟を暗殺しようとした。

これだけで、シュザンナ様ご本人はおろか、ファルケンハイン家、そしてアル様ご自身まで、リッテンハイム侯やブラウンシュヴァイク公の格好の攻撃材料になります」

 

彼女の口調は氷点下。

「最悪、私たちが築き上げてきた全てが崩れますが」

 

「そ、そんなことまで考えられなかったんだもん!」

 

つい素が出た。完全にガキ。

いやでも、普通そんなとこまで読めるか!?

アナの頭は将棋盤で、俺の頭はカルタ盤。勝てるわけねぇ。

 

俺がふてくされてシーツをかぶると、アナはため息をついた。

深い。まるで「またですか」のプロのため息。

 

そして――宣告された。

 

「……今夜は、お預けです」

 

「は?」

 

脳が一瞬フリーズした。

その後、急激に理解した。

つまり、“そういうこと”だ。

 

「ちょ、ちょっと待て!俺は悪くない!むしろ人助けしようとしたんだぞ!」

「ええ、そうですね。お優しいとは思います」

「なら、なんでお預け!?」

「お優しい方ほど、反省する時間が必要です」

「理屈が通ってるようで通ってないーっ!」

 

 

アナのこの教育的制裁は恐ろしい。

前にも一度やられた。

結果、三日間寝不足で会議中に意識が飛んだ。

もう二度とごめんだ。

 

瞬時に判断した。

今ここで謝罪しなければ、帝国史上初の断罪死因:禁欲として記録される。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

ベッドからガバッと起き上がり、完璧なフォームで土下座。

我ながら美しい角度だ。

「アナがいないと俺は死んでしまいます!どうか!どうかお慈悲を!」

 

アナは腕を組み、しばし考える素振りを見せた。

この間が怖い。

 

やがて、彼女は満足げに頷いた。

 

「よろしいでしょう。では、アル様。

今夜は、私が『ご奉仕』を許すまで、私の足元で、私の素晴らしさを讃え続けてください」

 

「御意!」

 

反射的に返事が出た。

もう理屈じゃない。条件反射だ。

 

というわけで、その夜は、俺がアナに奉仕させられる形になった。

といっても、戦略的に俺の敗北である。

ベッドの上でひざまずき、延々と「アナ様は偉大」「アナ様は完璧」と唱える。

もはや呪文。

中盤から、自分が何を言ってるのかも分からなくなってくる。

 

アナが上機嫌で笑うたびに、俺の敗北感が増していく。

だが同時に、妙な幸福感もある。

……くそ、完全に調教されてる。

 

「よくできました、アル様」

「ありがとうございます、アナ様」

「では、ご褒美です」

 

そのご褒美が何だったかは、言わないでおく。

人としての尊厳を保ちたい。

 

翌朝。

 

俺はベッドの上で、無残に転がっていた。

アナは涼しい顔で紅茶を飲んでいる。

「おはようございます、アル様。よく眠れましたか?」

「……二度と立てないかと思った」

「それは結構。心身ともにリセットされましたね」

「リセットって言葉の意味が違う!」

 

とはいえ、アナのおかげで頭はスッキリしていた。

彼女の言う通り、軽率な行動は危険すぎる。

俺が出しゃばれば出しゃばるほど、帝都の貴族どもは嬉々として嗅ぎつけてくる。

 

「アナ」

「はい」

「……ありがとうな」

「感謝の言葉は、また今夜ゆっくりと伺いましょう」

「えっ、それってご褒美の続き的な?」

「違います。反省会です」

「やめてぇぇぇ!」

 

というわけで、作戦会議は、またしてもアナの圧勝で終わった。

 

……あと、やっぱりヒールで踏まれるのは最高だ。

 

 

 

 

 

翌日。俺とアナは、またもヘルクスハイマー邸に来ていた。

昨日は「腹黒いサロンの集い」という名の罠に放り込まれたが、今日は正式な交渉だ。

アナとの夜のご褒美で俺のパラメータは全回復している。

むしろ上昇している。

気力:MAX

集中力:MAX

知力:……アナが隣にいる限りはMAX

彼女なし:13点

そんな感じだ。

 

応接室に通されると、伯爵は相変わらずギラギラした目で俺を見ていた。

昨日よりも「この若造、利用できるか?」という視線が露骨になっている。

おい、俺は駒じゃないぞ。

アナの駒だ。

そこを間違えるな。

 

アナが資料を広げ、俺が口火を切った。

 

「…というわけで、ネオ・チタンの件ですが、こちらの提示する価格でいかがでしょう?」

 

穏やかに言いつつ、内心は「お願いします受けてください伯爵様。俺の自尊心がかかっております」と土下座したいぐらいだった。

 

が、その必要はなかった。

 

アナがすかさず、完璧な補足爆撃を仕掛けた。

 

「ただし、ヘルクスハイマー伯の販路で消費される量が、我が家の予測する最低ラインを下回った場合、契約は即時白紙です。違約金も発生します。細部はこちらの契約書案をご確認ください」

 

伯爵が目を丸くした。

俺も内心で目を丸くした。

 

すっげぇ…。

昨晩ひねり出した65点案が、アナの手にかかると帝国宰相レベルの超優良法案になっている。

アナの補足の瞬間、契約書の中身が倍ぐらい増えた気がする。

魔法か?

書類生成魔法か?

 

伯爵は契約書を読み進めるにつれ、顔がどんどん引きつっていった。

頬がピクピクしている。

口元も痙攣している。

 

「……わ、わかった。ホーテン閣下…いや、ファルケンハイン伯の提示する条件を、飲もう」

 

 

絶対アナの圧だわ。

俺じゃない。

むしろ俺は座ってただけだ。

今回は完全に俺の功績:2点/アナ:98点だな。

まあいい。

俺は座ってるだけで戦果が上がる系の男なので問題なし。

 

その時だ。

応接室の隅に――昨日はいなかったはずの黒ずくめの男が立っていることに気づいた。

 

……誰だあの忍者。

そこだけ空気が冷えてる。

殺気がノイズキャンセリングされてる。

ただ者じゃない。

多分、昨日のゴルトシュミット君が自然死した後釜だな。

 

こいつが噂の、シュザンナさんとグレーザー医師が雇った暗殺者……。

もう顔からして「仕事で人を消します」感が出ている。

 

俺は、あえて、わざとらしく尋ねた。

 

「そういえば伯爵。先日お見かけした、銃の名手だったゴルトシュミット君はどうされたのですか?あれほどの腕、我が軍にも欲しいくらいでしたが」

 

すると、伯爵は豪快に笑った。

 

「ああ、彼か。いやはや、決闘の世界も厳しいものでな。新しく雇った、そこの彼との腕比べに負けてしまってな。決闘の代理人は、より腕の立つ者が務めるのが道理よ。仮に、その腕比べで彼が死んでいたとしても、それは彼の腕が劣っていたというだけの話。ガハハハ!」

 

黒ずくめの男はニヤリとも笑わない。

人の死も、感情も、何も刺激しない無表情。

殺意だけが独立したオブジェクトとして存在している。

 

いやいやいや。

お前、絶対知らないだろ。

ゴルトシュミット君はシュザンナさんに処理されて、代わりにその殺し屋が捻じ込まれたってことを。

 

そして多分、グレーザー医師もグル。

シュザンナさんの恨みは深いからな……。

 

ただ、この事件が表に出たら全員吹き飛ぶ。

リッテンハイム派も、俺らも、アナの実家も、全員まとめて木っ端微塵だ。

 

地雷原の上でタップダンスしてる状態だ。

今日、その地雷原にアナと二人で来ている。

ほんと何してんだ俺。

 

ため息をつく間もなく、伯爵はさらに続けた。

 

「まあ、ファルケンハイン伯には関係のないことよ。決闘は代理人同士の技量勝負だ。卑怯でも何でもない」

 

いや、余裕で卑怯だよ。

決闘場に戦術核を持ち込むような話だぞこれ。

 

アナが隣で静かに目を細めた。

笑顔だが、完全に鬼の顔になっている。

 

「では伯爵。先ほどの契約書に加え、決闘における暴行や不正行為があった場合、我が家が取引を全面停止する条項も追加させていただきます。よろしいですね?」

 

「なっ……」

 

「(内心)出たァァァァ!アナの必殺・ダメ押し追撃!伯爵逃げられないやつー!!」

 

「これはあくまで慎重な契約のためです。伯爵が正々堂々なさるなら、何の問題もありません」

 

「……う、うむ。問題ない……」

 

あるだろうが。

問題しかないだろうが。

今の伯爵、心臓に悪い汗かいてるぞ。

 

黒ずくめの男が、わずかに眉を動かした。

察したようだ。

下手なことはできないってな。

 

俺はもう一度、内心で深いため息をついた。

 

面倒くさい。

実に面倒くさい。

せめて俺を巻き込まないでくれ。

……と思いつつ、アナが隣にいると、結局巻き込まれてしまうのだ。

幸せだけど、もう止まれない。

 

俺の胃が痛い。




読了ありがとうございます。

ぜひ感想を聞かせてください

・今回、一番笑ったところは?
・「お預け」宣告シーン、どう感じました?
・ヘルクスハイマーとの交渉、緊張した?
・アナのどの一言が“刺さった”?
・暗殺者の登場、ゾクっとした?

あなたの一言が、作者の次の閨会議を動かします。
コメント、いつでもお待ちしています。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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