銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
今回の物語は、その只中へ戦乙女アナスタシア・ヴァン・ホーテンが
自ら飛び込むところから始まります。
彼女が銃を抜けば、空気が変わり、
彼女が笑えば、男たちはひれ伏し、
彼女が歩けば、帝都の運命すら捻じれる。
そして――
それを止めようとして胃を痛める、
一人の男、アルブレヒトも同じ舞台へ踏み込んでいく。
愛と誇りと政治の狭間で揺れる二人の物語、
どうぞお楽しみください。
今、俺はヘルクスハイマー伯のサロンで、黒光りする家具に囲まれ、紅茶を飲みながら腹黒い貿易話をしている。
問題は――昨夜、アナが閨で提案してきたあの作戦だ。
アナは、俺を踏みつけながら言ったのだ。
『私が決闘代理人になります』と。
あの時のアナの笑みは、聖女の皮を被った暗黒女神だったけど。
確かに、利点は山ほどある。
利点①:ラインハルトが怪我しない。
利点②:あの黒ずくめ暗殺者よりアナの方が100倍強い。
利点③:銃の腕も剣の腕もアナは規格外。
利点④:アナが代理人なら、決闘場が社交界の華になる(いやなるのか?)。
利点⑤:シュザンナさんの黒い計画も潰れる。
利点⑥:ファルケンハイン家も「正義の味方」としてポイント爆上がり。
利点⑦:アナが格好良すぎて俺の惚れ直し回数も増える。
問題はただ一つ。
欠点①:アナが死ぬほど危険なことをする。
俺はそれが嫌だ。
いや、嫌どころか胃が痛い。
さっきから紅茶の味もわからん。
アナは強い。強いけど、完全無敵じゃない。
俺にとってアナは唯一の絶対だ。
何があっても守るべき、俺のすべてだ。
そんなアナを決闘場に立たせる?
いくらアナでも、万が一の可能性はゼロじゃない。
アナは「大丈夫です。私、必ず勝ちます」なんて平然と言うけどな。
いや、そういう問題じゃない!
頭ではGO。
心ではSTOP。
俺の鼓動が「GO」「STOP」「GO」「STOP」「STOP多め」「STOPで頼む」と乱打している。
アナの言った通りにすれば、全て丸く収まる。
だが……俺の愛しいアナを危険に晒すのが本気で耐えられない。
脳内会議は紛糾中。
議長(俺) vs アナ派議員(アナの美貌) vs 反対派議員(俺のへたれ心)。
そんな中、目の前では伯爵とアナが静かに話していた。
「では、伯爵。先ほどの契約書の件だが――」
「はい。こちらをご確認ください。追加条項が――」
「(内心)俺が悩んでる間に交渉がどんどん進んでる!俺の存在意義どこ!!」
アナは最強で、完璧で、容赦がなくて、美しくて、俺の人生を勝手に加速させる女だ。
でも、アナが危険な勝負に出るなら話は別だ。
そして――その瞬間が来た。
「――つきましては、ヘルクスハイマー伯。その決闘の代理人、私、アナスタシア・ヴァン・ホーテンに任せてはいただけませんでしょうか?」
「(え!? え!? ちょっと待て!俺まだ悩んでた!まだ結論出してなかった!!)」
俺、口を開きかける。
アナの腕を掴もうとする。
しかしアナは涼しい顔で、見事な淑女スマイルを伯爵に向けていた。
「社交界でも戦乙女などと呼ばれております。微力ながら、伯爵の名誉のために全力を尽くします」
その呼称、本当にあるのか?
今考えたんじゃないのか?
いや、アナなら本当に呼ばれていても不思議じゃない。
むしろ呼ばれていなかったら俺が抗議する。
◆
「おお!ホーテン閣下ご自身が!あの『ファルケンズフォレスト』が!いやはや、これほど光栄なことはありませんぞ!」
うわ、食いつき方がキモい。
魚でも、ここまで食いつかない。
釣り堀の鯉だってもう少し警戒心を持つわ。
ヘルクスハイマー伯は、あろうことかアナの手を取り、その甲にキスしそうな勢いで鼻の下を伸ばした。
「いや、しかし!美しい!お美しい!こんな麗人が我が代理人とは!帝都中に自慢できますぞ、ガハハハ!」
おい。離せ。離せ。離すんだオヤジ。あと三秒だぞ。三秒で俺の自制心はゼロになるぞ。アナに触った手を今すぐ切り落としてやるから、そこに置け
俺の右拳はもう、半分くらい伯爵の頬にめり込む準備を終えている。
目の前のオヤジの鼻を思いっきり逆方向に曲げてもいい理由が、無限に湧いてくる。
––その瞬間。
アナスタシアの手が、俺の太ももをわしづかみにした。
「~~~~~~~~っ!!?」
声にならない悲鳴が、俺の喉で爆発した。
アナは、微笑んでいる。
微笑んでいるが、指の力は容赦がない。
俺の太ももに走る激痛は、戦艦ヤマトの主砲並みの破壊力だ。
痛い痛い痛い痛い!肉がちぎれる!太ももから骨が飛び出る!絶対アザになるやつだこれ!
アナは小声で囁いた。
「…アル様。伯爵を殴ったら、外交問題ですよ?」
外交問題よりも、俺の女に触れる奴の方が重大問題だろうがああああああ!
と言いかけたが、アナの指がさらに押し込まれたので、俺は呼吸を諦めた。
あの女、握力100kgを超えてくる。
「いやあ、しかし!ホーテン閣下!なんと!いやはや!素晴らしい!陛下の御前で披露していただきたいくらいですぞ!」
ちょっと待て。お前の娘は可愛くて良い子なのに、親父がこれってどういう遺伝子のいたずらだ。いや、娘の方が奇跡なのか?親子関係って不思議だな。科学で解明できるのか?
アナは相変わらず楚々とした笑顔で応じていた。
「お褒めいただき、光栄です。伯爵の名誉に泥を塗るような真似はいたしません。必ず、堂々と勝利をお渡しします」
「うむうむ!頼もしい!では決定だな!」
おい、まだ俺は許可してないぞ。なんで勝手に決定してるんだ。なんでアナが伯爵家の公式代理人みたいな扱いになってるんだ。なんならヘルクスハイマー家の娘になったみたいな扱いまでされそうで腹立つんだが?
さらに、伯爵は俺の方へ向き直った。
「いや、ファルケンハイン伯!本当に貴公は幸運だ!こんな有能で、かつ美しい女性を伴侶に迎えるとは!羨ましい!羨ましすぎる!」
「……」
なんか、急に褒められるとムカつくな。
どうしてだろうな。
アナを褒められるのは嬉しいはずなのに、目の前のオヤジにだけは褒めてほしくない。
なんなら息をするな。
いや、生きるな。
いや、今すぐここで成仏してくれ。
俺の眉がピクッと上がった瞬間、アナの爪が太ももにめり込んだ。
「ぐふっ!!(い、今度は刺した!?爪で刺した!?)」
「アル様?何か仰りたいことは?」
その笑顔は、氷点下の地獄のように冷たい。
俺は、首を左右に全力で振った。
「……いえ。伯爵のお言葉、まことにありがたいことでございます」
「そうでしょうとも」
俺はお前には一生勝てない。
だが、それでいい。好きだから。
◆
問題の黒ずくめの暗殺者が、ついに口を挟んだ。
聞いた瞬間、俺の眉毛が3ミリ上がり、アナの眉毛が0ミリ動いた。
つまり、アナは一切動じていない。
「…お待ちください、伯爵。決闘の代理人は、この私のはず。いくら高名な『撃墜王』とはいえ、女子供の遊びに付き合う気はありませんな」
おい、今なんつった?女子供?アナを?お前、遺書の準備くらいしてきたか?
アナは、椅子に座ったまま微動だにせず、声の温度を絶対零度で返した。
「遊び、ですか。よろしいでしょう。ならば、どちらが代理人にふさわしいか、今ここで、実力で決めさせていただいても?」
暗殺者の目がぴくっと動いた。
驚き?怒り?それとも死への恐怖か?
どれでもいいが、アナの挑戦を受けた時点で、こいつの人生の方向性は決まった。
墓穴である。
よし言った!やれアナ!その自信満々な殺し屋の野郎を、現実の壁で殴り倒してやれ!
ヘルクスハイマー伯も、なぜか大いに盛り上がっていた。
「よし、では決闘の代理人を決めるための勝負だ!裏の射撃場を使え!」
そして、俺たちは屋敷の裏手にある射撃場に移動した。
射撃場は帝都の貴族用なだけあって、設備が無駄に豪華だ。
金属の床、最新式の安全壁、距離調整可能なターゲット。
そこに黒ずくめとアナが並び立つ。
「ルールは簡単だ。俺とお前、同時に銃を抜き、相手を撃つ。それだけだ」
「承知いたしました」
承知しちゃったよ……おいこの女、自分を何だと思ってるんだ。いや、俺もそう思ってたけど、実際最強なんだけど
黒ずくめの男は、重心が低く、動きに無駄がない。
確かに腕は立つ。
だが――アナの敵ではない。
アナは、ただ静かに立っている。
呼吸すら軽い。
力みゼロ。
ここにいる全員が銃火器を持っているが、一番怖いのはアナである。
ヘルクスハイマー伯が、嬉々としてカウントを始める。
「では、行くぞ!背中合わせに立ちなさい!十歩歩いて、振り返り、撃て!」
二人は背中を向けあった。
俺は思わずアナの背中を見た。
そこに不安はない。
余裕と、自信と、少しの楽しみだけがある。
ああ、ほんと俺、この女に惚れてよかった。
「一!二!三!」
そして――
「十!」
暗殺者が振り向く。
銃が抜かれる。
同時に――
乾いた発砲音が一つだけ響いた。
キンッ!
暗殺者の銃が、握っていた手から弾き飛ばされ、空中で一回転し、地面に落ちた。
「……は?」
漫画みたいな顔をした。
いや、漫画のキャラでももう少し何が起きたか理解している。
こいつは完全に分かっていなかった。
アナは、銃口を下げ、軽く礼をした。
「判定を、お願いいたします」
その弾は、暗殺者の銃身だけを、正確に、綺麗に撃ち抜いていた。
相手には傷ひとつない。
恐ろしいほどの精密射撃。
天賦の才。
理不尽の塊。
沈黙。
そして――
俺と伯爵はほぼ同時に叫んでいた。
「見たか!それが俺の女だ!!」
「す、素晴らしい!神業!いや、神を超えた何か!ホーテン閣下、貴女こそ真の決闘者だ!!」
くそ、オヤジ!お前、さっきまでアナに色目使ってたくせに!でもまあ、今のは確かに惚れるよな!……いや、惚れるな!惚れんなよ!これは俺の女だ!
暗殺者は、しばし呆然としたのち、ぽつりと呟いた。
「……反応できなかった」
「お気になさらず。反応されるほどの速度で撃つつもりはありませんでしたので」
軽く言うな。
軽く言うなよアナ。
暗殺者のプライドは今、粉々に砕け散って宇宙の塵だぞ。
ヘルクスハイマー伯は、その場でアナの手を再び握った。
「決まりだ!決闘代理人は、ホーテン閣下にお願いする!!これ以上ふさわしい者はいない!」
おいオヤジ、手を離せ!アナに触るな!いや、今は許す!今だけは許すが!長く握るな!許すのは三秒までだ!
アナは微笑んだ。
「光栄ですわ、伯爵。では、必ずや勝利をお持ちいたします」
屋敷を出たあと、俺は歩きながら声を上げた。
「アナ!すごすぎる!いや、ほんとすごい!もう誰も勝てん!」
「あら。アル様よりは劣ります」
「嘘をつけ!!!」
俺は絶対勝てない。
しかし、そんなことはどうでもいい。
今はただ――俺は誇らしい。
俺の女は銀河一だ。
こうして、ラインハルトの決闘相手は、帝国最強の准将で最強のメイドに決まった。
問題は――
ラインハルトがこれを知った時の顔が、どれだけ面白いかだ。
楽しみすぎる。
ぜひ教えてください。
・アナのどの瞬間が一番刺さったか
・暗殺者戦はどう感じたか
・アルの嫉妬&葛藤、どこが好きだったか
・『戦乙女、代理人を名乗る』のタイトル感
・ラインハルトがこれ知ったらどう思うと思う?
一言でも構いません。
あなたの声が、この物語の未来を形作ります。
今小分けにしている章を
-
週1で一気に読みたい(3万字くらい)
-
毎日小分けでいい(4千字くらい)
-
毎日なら文字数気にしない