銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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ファルケンハイン伯、アルブレヒト。
そして彼を容赦なく振り回す最強の恋人、アナスタシア。

本作は、
「夫が右往左往し、妻が世界を制する」
そんな夫婦の日常を、少し贅沢に覗く物語です。

笑ったり、呆れたり、
ちょっとだけ胸が温かくなったり──
そんな時間になれたら嬉しいです。

それではどうぞ、
帝都で一番危険で、一番仲が良い夫婦の夜へ。


帝国最強夫婦、暗殺者を見つけ次第処理する。 ──これは恋と暴力の帝都紀行

ヘルクスハイマー伯の屋敷を出た俺とアナは、伯爵のテンションMAXなお見送りを背に受けつつ、帝都のライトが照らす夜の街道を馬車で帰っていた。

 

伯爵の「またいつでも来てくれたまえ!」が、まだ耳に残っている。

いや、二度と行きたくないんだが?

今日の密度は濃すぎる。

濃厚豚骨スープ並みの事件詰め合わせだ。

もうちょっと塩分薄くしろ。

 

馬車の中、アナはいつも通り背筋が伸びていた。

決闘代理人に決まったばかりなのに、緊張とか興奮という概念が存在しない。

心臓どこにあるの?

人工心臓じゃないだろうな。

 

対する俺は絶好調だ。

 

「いやあ、見事だったぞアナ!あの暗殺者の間抜け面、笑いすぎて腹筋がもげるかと思った!」

 

「光栄です。アル様にそう言っていただけるなら、多少の危険など問題ではありません」

 

「よしよし、俺が世界一褒めてやる!なんなら褒めるための専門部署を作ってやる!」

 

「では書類は明日までに整えておきますね?」

 

「やめて!?ほんとに作る気だろお前!?」

 

アナは冗談を冗談だと思ってくれない時がある。

本気で部署が増えるぞ。

「アナスタシア様礼賛課」とかいう謎の部署が俺のサインひとつでできてしまう。

領地の官僚機構に新たな闇が生まれるところだった。

 

馬車の窓から、帝都の夜景が流れていく。

光は綺麗だ。

冬の空気は冷たくて、ほっぺたがキュッと引き締まる。

 

その時、アナがふと視線を横に流した。

 

「ん?どうした?今日は俺の顔より外の方が魅力的ってわけか?」

 

「いえ。気になることがありまして」

 

「気になること?」

 

「帰り際、あの黒ずくめの男…。あの者、私を見て笑いました」

 

「笑った?あいつが?笑顔作れたのか?」

 

「ええ。とても、愉しそうに」

 

……あ?

いや待て。

あいつ、最後まで表情ゼロで、脳みそもゼロっぽい雰囲気を出してたじゃないか。

そんな奴がわざわざ笑った?

それはどういう意味だ?

 

背筋がゾワッとした。

戦場で敵艦隊を見た時の寒気とは違う、もっと個人的な嫌な予感だ。

 

「アナ、お前…あいつの目を見たか?」

 

「見ました。獲物を見る目でした」

 

獲物……アナを、だよな。

あーはいはい、そう来たかこの暗殺者野郎。

決闘では勝てないから、裏から仕掛けるつもりだな?

毒?狙撃?待ち伏せ?

全部やりそうだ。

なんなら全部同時にやりそうだ

 

アナは静かに微笑んだ。

 

「ご安心を。もし彼が何か仕掛けてきても、私が負けることはありません」

 

「いや、それは分かってる。百も千も承知だ。でもな、アナ。俺は――」

 

言いかけて、喉が詰まった。

アナの瞳が、街灯の光にキラッと揺れる。

その綺麗な眼に、言いにくい弱音を吐きたくなかった。

 

「……お前が傷つくのだけは嫌なんだよ」

 

「アル様」

 

「いや俺だって男だし軍人だし准将だし、まあいろいろ肩書きはあるが!でも!アナが傷つくのは嫌なんだよ!嫌なの!すごく嫌なの!全力で嫌なの!」

 

アナは、その言葉を聞いて、わずかに頬を染めた。

そして、馬車の揺れに合わせて、俺の肩に軽くもたれた。

 

「……ありがとうございます」

 

「アナ……」

 

「ただ、私はアル様の女です。アル様を守るのは、私の誇りです。危険であればあるほど……守り甲斐があります」

 

「やっぱり怖くねぇなこの女!!」

 

誇りとか言い出したぞ!?

守り甲斐があるってなんだ!?

普通逆じゃない!?

なんで俺の戦闘力が低い前提なんだよ!

いや実際勝てないけど!

 

馬車が少し揺れたその瞬間――

アナの顔が近づいた。

 

「アル様。ですが……ご心配くださったお礼に、ひとつだけ」

 

「お、おう?」

 

「今夜は……甘えていただいてかまいませんよ」

 

「アナLOVE!!!」

 

馬車の中で叫ぶ俺。

御者がビクッとしたのがわかった。

すまん、つい。

愛は爆発するものだから。

 

 

 

 

 

 

俺の名は、いや暗殺者は名乗らない。

帝都裏社会ではそれなりに知られた殺し屋だ。

本名?あるわけないだろ。

出生?捨てられたよ。

恋人?裏切られたよ。

夢?ないよ。

今欲しいもの?金と名誉と復讐だ。

 

今の俺の心は、ファルケンハイン家の窓辺に立つあの女への憎悪でパンパンになっている。

昨日の代理人決定戦――俺は腕が立つ自信があった。

いや、実際に立つ。

銃でもナイフでも暗殺術でも、帝都で俺より上はせいぜい数人。

 

それなのに。

 

女だぞ?

しかもメイド風の黒髪美女だぞ?

そんな奴に、あの決闘代理人の座を奪われるなんて、耐えられるわけがない。

 

スコープには、完璧な姿勢で立つアナスタシアという女が映っている。

光に照らされている横顔は、実際認めたくないほど整っている。

だが俺は騙されん。

あの女は銃弾の軌道を読み、反動を利用し、俺のブラスターを撃ち飛ばした。

ありえん。

 

 

……あの女を消せばいい。そうすれば、決闘代理人は再び俺のものだ。

あとは決闘本番で、ミューゼルのガキを華麗に事故死させれば、依頼主たちから多額の報酬が入る。

完璧な計画だ。美しい。俺って天才なのでは?

 

スコープ越しに、アナスタシアがゆっくりと紅茶を口に運ぶ。

この一瞬、防御行動は不可能。

完璧な隙。

俺の指は引き金にかかる。

狙撃は呼吸だ。

静かに吸い――

静かに吐く――

 

「これで終わりだ……!」

 

そう思ったその瞬間――

 

???:「――俺の女に、何をするつもりだ?」

 

氷の刃が全身を撫でたかのような声。

いや、違う。

背骨に直接釘打ちされたような衝撃。

心臓が一瞬止まるとはこのことか。

 

咄嗟に振り返ろうと――

 

振り返れなかった。

 

なぜなら、俺の首に何か冷たいものが当たっていたからだ。

皮膚に触れただけで分かった。

 

待て。なんで背後に誰かいる?

俺、ステルス迷彩着てるし、足音殺して来たし、気配も完璧に消してたぞ!?

超一流の俺が背後を取られるとかおかしいだろ!?

この世の理が崩れている!!

 

ゆっくり、ゆっくりと、俺の視線が後ろへ向かう。

振り向くというより、恐怖で勝手に視界が動いたという方が正しい。

 

そこにいたのは――

月明かりを背に、悪魔的な笑みを浮かべる銀髪の若造だった。

 

 

 

 

 

 

やれやれ……屋根の上で背後に忍び寄るなんて、正直めんどくさい真似をしてしまった。

だが仕方ない。

奴の狙いがアナである以上、容赦する理由が一つもない。

 

俺は当主の子である前に、アナスタシアの夫になる男なんだ。

そこを履き違えるわけにはいかん。

アナに触れようとする輩は、たとえ皇帝陛下であっても敵だ。

 

さて。

 

背後から声をかけた瞬間、暗殺者の全身がガチガチに固まった。

あれが凍りつくってやつか。

 

淡々と歩み寄り、奴の足を軽く払った。

本当に軽く、だ。

だが、奴は派手に転げ落ちて雪の上に顔面から刺さるように倒れた。

タフな暗殺者といえど、重心が完全に死んでいるところへ、軍人式の足払いは効く。

あの技は祖父に叩き込まれた日常生活で便利な護身術の一つだ。

 

祖父曰く、

「道端の犬を引き剝がす時に便利だぞ」

とのこと。

どんな人生送ってたんだウチの祖父は。

 

奴が転がると同時に、俺は腰のホルスターから銃を抜いて、額に押し当てた。

確実に殺せる位置に銃口を置いているだけだ。

 

「な…なんの話だ…!?俺はただ、風景を見ていただけで…!」

 

風景?

よりにもよって俺の屋敷の寝室を指して風景と言いよったか。

嘘が下手すぎて逆に笑う。

いや笑わんけど。

 

冷静に答えた。

 

「ファルケンハイイン家の屋敷を、狙撃銃で覗く趣味でもあるのか?変わった風景鑑賞だな」

 

「し、知らん!誤解だ!」

 

誤解?

あれほど見事にスコープをアナに固定しておきながら、誤解?

 

「言い訳はいらん。そもそも誤解でも何でも、お前はここで死ぬ」

 

「ま、待て!俺を殺せば、シュ――」

 

その瞬間、俺の中でスイッチが入った。

いや、本当は最初から入っていた。

ただ、今の一言でテンションが跳ね上がっただけだ。

 

「ああ?」

 

奴の言葉を遮るようにして、迷いなく引き金を引いた。

 

キュン――。

 

音が雪の上で吸い込まれ、路地裏に拡散することもなく消えていく。

夜更けの帝都は静かだ。

 

倒れた暗殺者の身体は微動だにしない。

抵抗時間すら与えなかったのだから当然だ。

 

 

さて。

これで一件落着……と言いたい所だが、もちろんそう単純ではない。

 

暗殺者を消したことで、裏の連中は「あいつは始末されたな」と察するだろう。

 

幸い、帝都の下町は毎晩ケンカか酔いどれか犯罪者かが勝手に倒れている。

この一人ぐらい、誰も気にしない。

 

死体に目もくれず、銃をホルスターに戻した。

銃口は冷たかったが、気分は妙にスッキリしていた。

 

 

 

 

 

 

 

暗殺者を路地裏で片づけてから屋敷に戻るまでの数分間、俺はわりと真剣に悩んでいた。

 

――この状態で普通に帰宅して大丈夫なのか、と。

 

だってそうだろ?

暗殺者を瞬殺した直後の俺は、妙にテンションが上がっていて、心拍数が戦場モードのままなのだ。

そのまま屋敷に入れば、使用人たちから

「また旦那様が何かやらかした」

という、哀れな視線を全身に浴びる未来は確定している。

 

いや、それは別にいい。

慣れている。

 

問題はアナだ。

彼女は俺の嘘を秒で見抜く。

「買い物に行ってきた」とか言っても絶対に通じない。

 

でも暗殺者を処理してきたなんて正直に言ったら、

「ああ、また勝手に行動して。書類で処理するのが大変なんですよ?」

と、完全に正論で刺してくる。

 

あの人、俺を好きなくせに容赦がない。

 

だから考えた結果、俺は

『寒かったアピール』

という、極めて高度な偽装をすることにした。

 

作戦名『外は寒かったのでアナに甘えるぞ大作戦』

 

これでいこう。

これなら怪しまれないはずだ。

いや、怪しまれたとしても、アナは甘えてくる俺を突き放せない。

この作戦は完璧だ。

 

――というわけで、屋敷のドアをゆっくり開けた俺は、完璧な演技プランを胸に秘めて歩き出した。

 

自分の部屋に向かう足取りが軽い。

路地裏に転がった死体のことなんて、完全に忘れた。

アナのいる部屋へ向かうにつれて、体温が勝手に上がってくる。

アナが近くにいると、俺の代謝は絶対おかしくなる。

 

廊下を抜け、二階へ上がり、いつもの自室へ。

ノックしようか少し悩んだが、面倒なのでやめた。

夫婦にノックは不要だ。

 

そっと扉を開けると、ベッドの上でアナが膝を立てて本を読んでいた。

室内灯で照らされた金髪の揺れが柔らかい。

いつもの黒いメイド服ではなく、ゆるい白のルームウェアで、どう見ても俺を殺す気で可愛い。

 

「うおおお、アナ〜!」

 

気がついたら俺の身体は勝手に動いていた。

背後から飛びつくように抱きついて、強制的に密着。

アナはわずかに身体を震わせて、ソッと本を閉じた。

 

「……お帰りなさいませ、アル様」

 

「ちょっと!果物でも買おうかと思って!外に出たらさ!寒くて死ぬかと思った!」

 

自分でも天才かと思うほど自然な嘘混じりの本音だった。

いや、俺は買い物に行くつもりはゼロだったけど、寒かったのは本当だ。

そしてアナに甘えたい気持ちも本当だ。

つまりこれは半分真実。

罪のない嘘。

 

「……仕方のない方ですね、アル様は」

 

呆れ顔をしているが、口元が緩んでいるので合格だ。

むしろ高得点だ。

 

アナは読書用の毛布を横にどけ、俺の手をとった。

薄くて細い指のくせに、体温が妙に温かい。

その手で、俺の冷えきった指先を包み込んでくれた。

 

「ほら……冷えてしまいましたね。私があたためて差し上げます」

 

ああ。この瞬間のために生きている。

いや、誇張ではない。

アナの手の温もりには、戦場の緊張も路地裏の血の匂いも、全部上書きしてくる謎の魔力がある。

 

そのまま、アナの胸元に額を押し付けた。

甘えん坊だと思われても構わん。

アナは、こういう時だけは逃げない。

むしろ、抱きしめ返してくれる。

 

「アル様、本当に……無茶ばかりなさるのですから」

 

「無茶なんてしてない。寒かっただけだ」

 

アナの手が止まった。

ゆっくり、俺の頬を両手で包み込む。

そして、俺の目をのぞき込んだ。

 

「アル様。……私には、嘘は通用しません」

 

 

知ってた。

世界で一番優しい顔してるくせに、真実だけは絶対逃さない女、それがアナだ。

 

「……何があったのですか?」

 

声は穏やかだが、目が全然穏やかじゃない。

俺が何か隠していると分かっている目だ。

 

「いや、本当に寒かったんだよ」

 

アナは怒っていない。

呆れているだけだ。

 

だが――

アナが俺のために本気で心配してくれているのは、声のトーンでわかる。

 

「アナ」

 

「はい?」

 

「……死ぬほど寒かった」

 

「……はいはい。あたためて差し上げます」

 

アナは苦笑しながら俺の髪を撫でた。

そのまま、アナの胸に顔を埋めて目を閉じた。

 

鉄の匂いも、死体の残像も、雪の冷たさも、全部ここで消える。

俺の日常は、この温もりが基準だ。

アナがいれば、他に何もいらない。

 

その夜、俺はアナに抱きしめられたまま眠りに落ちた。

 

……よし。

次に暗殺者が来ても、また速攻で消してやる。

 

アナのために。

俺の女のために。

そして、俺の日常のために。

 

この温もりは、絶対に守る。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

もし少しでも笑ったり、
アナに惚れ直したり、
アルの必死さにニヤッとしていただけたなら、
ぜひ感想をいただけると嬉しいです。

読者の反応が、この作品の次の展開を
もっと面白く、もっと甘く、
そして時々もっとひどく(褒め言葉です)してくれます。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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