銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝都の冬は、やたら寒い。
そして、やたら騒がしい。

貴族の決闘騒動、皇帝の突然の采配、
リッテンハイム侯の暴走構想。

そんな混沌の中、
ただひとり優雅に立つのがアナスタシア。
そして、その隣で胃痛を抱えながら振り回されるのがアルブレヒト。


笑ってもらえたら幸いです。
少しだけ、胸が温かくなる瞬間があれば、もっと嬉しいです。

――さあ、今日もアナ様が帝都を支配する。


俺の女が強すぎて帝都がざわついている件

なんで俺は、こんなクソ寒い場所で、朝っぱらから毛皮にくるまって震えているんだろう。

 

答えは簡単。

俺の女の晴れ姿を見るためだ。

 

理由としては最高級。

だが環境が最悪級。

 

帝都のはずれにある決闘専用フィールド。

雪がビュービュー吹きすさび、観客席も氷みたいに冷たい。

その真ん中に、アナが凛と立っている。

 

視線だけで氷を溶かせそうな女だ。

いや、俺の体温は逆に上がるけどな。

 

毛皮のコートに包まりながら、隣に座るリッテンハイム侯をチラリと見た。

このヒゲの曲線からして、一時間以内にさぞアホなことを言ってくれるのだろうと覚悟していたら、案の定だった。

 

「はっはっは!ファルケンハイン伯、見事だ!あの男では、ここまで華やかにはならなかったであろうな。ホーテンは、美しく勇ましい!あれぞ帝国の宝!」

 

「まあ。俺の女ですから」

 

「おお、伴侶と言っても差し支えないほどの絆。羨ましい限り!」

 

ちょび髭オヤジのくせに、たまには良い事を言うじゃないか。

『伴侶』、やけに聞き心地がいい。

アナが聞いたらどんな顔するだろうな。

 

――と、余裕ぶっこいていたその瞬間。

 

視線の先、向かい側で、金髪が完全に固まっていた。

 

ラインハルトが絶句している。アナを見て、あの生意気坊主が固まっている。

 

その横でキルヒアイスが、

「うそでしょ…?」

という顔で目をまん丸にしている。

 

見たか!これが俺の女だ!驚け!もっと驚け!その顔、写真に撮って壁紙にしたい!

 

ラインハルトの肩が震え、唇が微妙に動いた。

 

「……どういうことだ。なぜ、ホーテン准将が…?どこからどう見ても本物だぞ…!」

 

「私に聞かれても返答に困りますが、あれは確かに…その…」

 

くっくっく、ああ愉快。

アナが代理人を務めると知った瞬間のあいつの顔、あの瞬間を俺は一生忘れない。

 

「ところで伯、ラインハルト君は本当に大丈夫なのかな?彼、ホーテン閣下を見る眼差しが、凍った鹿みたいだぞ」

 

「ええ、あれは完全にパニック状態ですね。」

 

「ふむ。貴殿の部下であろう?守ってやらんで良いのか」

 

「アナが守りますから。俺は見て笑います」

 

ラインハルトは、決闘代理人としてアナと対峙することになっている。

もちろん、アナは決してあいつを傷つけたりしない。

 

問題はラインハルトが暴走することだ。

興奮して前のめりになりすぎたら、アナの動きを見切れず、転んで自滅する可能性が高い。

それはそれで面白いが、アンネローゼの逆鱗に触れるので避けたい。

 

なので、俺は目でアナに合図した。

 

「暴れ馬に気をつけろ」

 

「任せてください」

 

この無言の会話だけでわかってしまうのが、俺たちの十八番だ。

 

その時、向こう側でラインハルトが、キルヒアイスに詰め寄っていた。

 

「どうする!?どうすればいい!?剣か!?銃か!?全く勝てる気がしないぞ!」

 

「おち、落ち着いてください!決闘は殺し合いではありませんから!ホーテン准将も本気では…」

 

「いや、あの方は本気だろう!あの冷静さ、あの足捌き、あれは戦場で鍛えた者の動きだ!」

 

「ですが、相手は女性ですし…!」

 

「女性とか関係ない!あれは女傑と呼ばれる人だぞ!?俺の首を折るくらい簡単だ!」

 

ラインハルトよ。

お前、うちのアナをどれだけ危険人物扱いしてるんだ。

気持ちは分かるが。

 

まあ実際、アナが本気を出せば、ラインハルトなんて一瞬で転がせる。

だがアナは対人訓練がとにかく上手いから、ラインハルトが怪我をする未来はほぼない。

 

その時、決闘司会役の係員が、場内に響く声で宣言した。

 

「両者、前へ!」

 

アナが静かに一歩前へ踏み出した。

ラインハルトは、足が震えているのが遠目でも分かる。

 

 

 

 

 

 

決闘が始まった瞬間、俺は笑いを噛み殺すのに必死だった。

いや、だってだ。

あのラインハルトの奴、開始合図と同時に 横っ飛び を決めやがったのだ。

なんだあれ。

体操選手か?

若さアピールか?

いや、若いのは分かってるが、あの場面で横っ飛びする奴を俺は初めて見た。

 

案の定、アナは完全に無表情のまま、ラインハルトの飛び方を視界の端で処理していた。

相手が跳ぼうが転ぼうが、アナの打つ手は変わらない。

 

そして、次の瞬間――。

 

乾いた発砲音が、ほぼ同時に二つ響いた。

 

「おおおお!?吹き飛んだぞ!?両方の銃、同時に消えたぞ!」

 

 

いや、いい意味での驚きだ。

あいつ、やるじゃないか。

いつもは態度だけデカい金髪の孺子だが、今日は頑張ってるぞ。

珍しいな。

ああ、記念日にしてやりたいくらいだ。

 

だが同時に、俺は確信した。

 

…銃がなくなったということは、ここから剣だ。

つまり、ラインハルトの敗北が確定した。

 

案の定、アナの剣さばきは、優雅すぎて眩しい。

ラインハルトは全力で攻め込んでいるが、アナにとっては軽い準備運動のようだ。

とにかく余裕しかない。

 

アナは、時折ラインハルトの手元を、剣の腹で軽く叩いている。

その度に、ラインハルトの手がビクッと跳ねている。

 

いいぞアナ!もっといけ!ああ、今の手首へのタップ、最高に効いてるな。地味に強烈なんだよな、あれ。俺もよくやられたが、手がしびれて箸すら落とすんだよな

 

そしてラインハルトが、必死に足払いを仕掛けようとした瞬間――

逆にアナに体勢を崩され、雪の上でスケート選手みたいに滑りかけていた。

 

ダッサ!!

 

今までで一番ポップコーンが欲しくなった。

この場に売店があれば買っていた。

いや、むしろ売店を建てたい。

こんなに面白い決闘を、ただ座って見るだけでは勿体ない。

 

アナは完全に遊んでいる。

ラインハルトの剣先の乱れを、指先で数えられるレベルで捉え、軽く避ける。

時々、剣の柄で胸元を押し返し、体勢を整えないとラインハルトは転ぶところだった。

 

おい、アナ。遊んでないで、そろそろ決めてやったらどうだ?あいつ、このままだと肺が破裂するぞ?

 

と思っていたら、アナの視線が一瞬こちらを向いた。

 

「もう少し遊ばせてあげましょう」

 

悪魔の微笑み…!

 

その瞬間、俺は悟った。

ラインハルトはこのまま十回は転ぶ。

 

ところがだ。

ラインハルトが三回目の転倒(未遂)を迎えたところで、場内に高らかな声が響いた。

 

「お待ちください!皇帝陛下からの使者であります!」

 

げっ。おい、今!?一番いいところで!?

 

ラインハルトもアナも、同時に動きを止めた。

アナは優雅に剣を引き、ラインハルトは肩で息をしながら使者を見ている。

 

 

 

 

 

 

「陛下のご意向である!このくだらぬ争いを即刻中止し、問題の鉱山の権利は、ヘルクスハイマー伯とシャフハウゼン子爵で折半にせよ、とのことである!」

 

周囲が、わああ…というより、えええ…と濁った声でざわめいた。

そりゃそうだろう。決闘の会場まで作って、代理人まで何人も死にかけて、それで最終結果が「半分こ」だ。

幼稚園児の砂場レベルである。

 

「な、なんだと!折半!?私の勝利は目前であったというのに!」

 

馬鹿野郎!よりによって今、この場で文句言うな!皇帝陛下に逆らう=死刑コースだ!何百年と続く家の歴史を、こんな場末の雪原で終わらせるつもりか、このオヤジ!

 

反射的に立ち上がった。

声のトーンは最大。

口角は完璧な愛国貴族スマイル。

腹の底では「頼むから黙ってろ」と絶叫している。

 

「陛下のご英断、誠に天啓の如し!我ら臣民、謹んで拝命いたします!ヘルクスハイマー伯、これ以上の争いは無用ですな!」

 

言いながら、伯爵の肩をガシッと掴んで軽く揺らす。

目で「黙れ。マジで黙れ。今黙ればお前の家は生きる」と伝える。

 

「う、うむ……!そ、そうだな!さすがは陛下のご判断!ありがたき幸せ!」

 

青ざめた顔でひれ伏した。

伯爵、命拾いしたな。

というより、俺が命を拾った気もする。

この場で貴族が不敬罪で死んだら、目撃者は全員巻き添えで尋問されるからな。

夕食の予定が台無しになるところだった。

 

その時、隣のちょび髭が、ひどく満足げに俺へ頷いた。

リッテンハイム侯である。

 

 

「…見事だ、ファルケンハイン伯。貴官は、まさに帝国貴族の鑑だ」

 

「恐縮です、閣下」

 

心の中では「俺の腹芸に頼らないでくれ」と叫んでいるが、表情は完璧だ。

 

リッテンハイム侯は、ふと何かを思いついたように俺を見た。

嫌な予感しかしない。

 

「…そうだ。そのうち、我が娘サビーネが女帝となる暁には、貴官をその夫として迎えるというのは、どうかな?」

 

「……は?」

 

一瞬、俺の脳の時間が止まった。

目の前の雪が静止した。

 

喉の奥に変な音が出そうになるのを必死に押さえた。

 

おい、ヒゲ。お前の娘、まだ10歳だろ?それを女帝とか言い出すのはいいとして、俺を夫にはどういう了見だ。

 

想像した。

アナがこの場で、無表情のまま、俺の背中にそっと手を添えて、

「――殿方。少し話があります」

と言ってくる未来。

その後にいろいろある地獄絵図。

 

無理だ。

絶対に無理だ。

四肢が別方向に飛ぶ未来すら見える。

 

「はっはっは!閣下はご冗談がお上手だ!」

 

全力で笑った。

顔がピクピク痙攣していたかもしれない。

だが笑った。

笑って逃げた。

笑いながら、急いでアナの方へ体を向けた。

 

アナは無表情のまま、ほんの少しだけ目を細めていた。

怒っているというより、「くだらない」と思っている顔。

間違いなく、俺が断らなければ刺していた。

 

「む?冗談ではないのだが?」

 

「お、おお、閣下の未来構想には感服いたしますが、私はまだ若輩の身。まずは軍務の精励と家を最優先に」

 

「ふむ、そういうことにしておこう」

 

ほんっっっとうに勘弁してくれ。

帝国の貴族政治には、暗殺や陰謀より恐ろしい婿探しが存在する。

俺はその被害に遭いたくない。

 

さて、決闘は強制中断。

事実上の引き分け。

だが誰も勝った気はしていない。

 

ラインハルトは意気消沈。

シャフハウゼン子爵は、なんとなく得した顔。

ヘルクスハイマー伯は生き延びただけで精一杯。

 

そして俺は――。

 

まあ、いい。

アナが勝負を制したという事実だけで、今日のイベントは完全勝利だ。

それにしても、サビーネちゃんを女帝?

マジで言ってるのか?

このヒゲの脳内、覗いてみたい。

いや、覗いた瞬間に精神汚染される可能性があるからやめておくか。

 

ふと、リッテンハイム侯が、小声で俺に耳打ちしてきた。

 

「ファルケンハイン伯。政治には先回りが重要だ。覚えておきたまえ」

 

「はは……肝に銘じます」

 

 

アナがそっと近づいてきた。

落ち着いた声で俺に言う。

 

「アル様。そろそろ戻りましょう」

 

「そうだな。ここは寒いし、変な話も飛んでくるし」

 

「ええ。ですが、あの変な話に飛びつかないあたり、さすがです」

 

「当たり前だろ。俺にはアナが――」

 

「(微笑)では、帰ったらご褒美を」

 

 

 

 

 

 

帝都の騒動から数日。

俺とアナはイゼルローンへ戻るため、軍用シャトルの中でのんびり過ごしていた。

…いや、俺はのんびりしたいのに、どうにも落ち着かない。

なぜかと言うと、さっきアナからとんでもない報告を聞いたからだ。

 

「ラインハルト大尉ですが、今回の功績により、少佐に昇進しました」

 

「はあ!?なんだその早熟チート昇進は!どこのラノベ主人公だ!」

 

アナスタシアは書類をめくりながら、淡々と続きを読み上げる。

 

「社交界では、ファルケンハイン派の若きエースと評されているそうです」

 

「誰が言い出した、その迷惑な肩書き!俺は一言も認めてないぞ!」

 

 

ったく、この帝国は派閥のラベル付けが好きすぎる。

俺みたいな派閥とか興味ゼロ勢のところに、勝手に人材を貼りつけていくのはやめてほしい。

政治は面倒だ。

アナに甘えていたい。

 

「まあ、結果として、アル様の派閥拡大には良い追い風ではありませんか?」

 

「俺は風に吹かれた覚えはない!勝手に帆を張るな!」

 

「(微笑)ですが、陛下もリッテンハイム侯も、そう認識しているようですから」

 

「やめてくれ!あのヒゲの妄想に乗りたくない!」

 

とは言うが、もう遅い気がする。

派閥というのは一度そう扱われると、本人の意思とは無関係に成立するものだ。

 

…しかし、ここで嘆いても仕方がない。

利用できるものは利用する。

毒を飲んだなら、もう皿どころか台所まで抱えてやればいい。

 

「…よし。ならば、ラインハルトの奴を正式に俺の艦隊に引っ張るぞ。どうせ誤解されているなら、いっそ現実にしてやる」

 

「すでに辞令案を作ってあります」

 

「さすが俺のアナ!仕事が速い!」

 

ラインハルトが俺の艦隊にくるということは――

当然、あの最新鋭のおもちゃ、つまり俺が趣味全開で改造した【ハーメルンⅡ】の艦長に据える形になる。

 

ハーメルンⅡ。

素晴らしい艦だ。

艦橋は俺の趣味でコーヒーメーカーを三台積んであるし、機関室には本来載せる予定のなかった謎の追加ジェネレーターが六つも積まれている。

あれは俺のひらめきだった。

技術部の連中に怒鳴られたが、完成してみれば誰も文句を言わなくなった。

そういう艦だ。

 

さらに言えば、副長も交代だ。

今までのベルトラムは無能すぎて話にならない。

俺とアナが潜入任務で変装していた時、偽名で名乗ったシャミッソーとデューリングという名前を使って、本物の優秀な将校をコネで引っ張ってきた。

オーディション形式で選んだのだが、いやあ、レベルが高かった。

ブリッジの空気が一気に洗われた。

 

「キルヒアイスも、あいつを副長に推薦しておいた。勝手に大尉にしてやったけど、まあ問題ないだろう」

 

「ええ。優秀ですし、ラインハルト少佐の手綱を握るには必要です」

 

「そうそう。あの金髪、手綱つけずに野に放つと、どこまで走るかわかったものじゃないからな」

 

しかし、こうやって考えると、俺の艦隊、人材レベルはめちゃくちゃ高い。

幼い頃から鍛えた俺の目利きは間違いないらしい。

アナが俺の才能を褒めるときの顔を思い出し、ちょっと鼻が高くなる。

 

「ふん。派閥だのなんだのと周りが騒ぐなら、逆に利用してやる。どうせ俺の評判なんて、勝手に決まるんだ」

 

「ふふ。それでこそアル様です」

 

アナが笑うと、まあ、どんな面倒も乗り越えられる気になる不思議。これだから惚れたのだ

 

 

ふと、外の星々を眺めながら、今日の締めを心の中で呟いた。

 

 

ラインハルト。

金髪の孺子。

帝都の社交界で勝手に俺の派閥の若きエースなんて言われているが――

俺が認めるのは、俺の艦の艦長としての腕前だけだ。

 

せいぜい、俺の手のひらの上で、好きに暴れてみせろ。

その分、きっちり面倒見てやる。

お前はもう逃げられん。

なにせ――

俺がアナに褒められるための、最高のオモチャだからな!

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


もしどこか一瞬でも笑っていただけたなら、
もし少しでもアナに惚れ直したなら、
ぜひ感想をいただけると嬉しいです。

読者のみなさんの声が、
物語の次のギアを踏ませてくれます。
アルの胃痛も、アナの強さも、
ラインハルトの横っ飛びも、
もっと楽しく書けるようになります。

また次の章でお会いしましょう。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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