銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国暦483年、春。
本作の主人公・アルブレヒトは、
「平和に休暇を過ごす」という、
銀河で最も困難な任務を達成することなく、
再びイゼルローンへ戻ってきました。

政治は勝手に揉め、
派閥は勝手に広がり、
噂は勝手に独り歩きし、
そして周囲の人間は勝手に彼を面白がる。

そんな男を守るのは、
帝国最強にして最優の女、アナスタシア。

今回の章では、
「帰還1時間で休暇終了」という
相変わらず不憫なアルの日常を、少し覗いていただきます。

笑っていただければ幸いです。
そして、アナに惚れ直していただければ、もっと嬉しいです。


「ファルケンハインの災害指定」編
イゼルローン帰還!少将アルと最強女傑の帰省大騒動


帝国暦483年4月も終わりに差し掛かった頃、俺はついに帰ってきた。

あの忌々しい最前線、あの胃をキリキリさせる緊張の要塞、そして帰りたいのに帰れない場所として名高いイゼルローン要塞だ。

…なのに。

 

なぜかタラップを降りた瞬間、胸の奥がちょっとだけ緩んだ。

ひどい話だ。

前線勤務が身体に染み付くって、どういうことだ?

いや、きっとこれはアナと同じ空気を吸える場所だからだ。

そういう結論にしておいた。

 

タラップを降りると、ずらりと整列した将官と士官たちの姿が見えた。

グレイマン中将、ケンプ准将、ロイエンタール大尉、ミッターマイヤー大尉…。

あいつら全員、なんでこんなにキラキラした顔で出迎えてくるんだ。

 

俺は皇帝か?

いや違うな、皇帝ならもっと皆の態度が固くなる。

不気味だ。

 

「ご帰還、お待ちしておりました、ファルケンハイン閣下!そして、少将へのご昇進、誠におめでとうございます!」

 

俺は握手しつつ、内心で深く頷いていた。

そう、俺は帝都のあれこれで、なぜかリッテンハイム侯たっての願いとかいう、クソほど信用ならん推薦のせいで少将になってしまったのだ。

 

アナも同時に少将になった。

帝国人事の頭がおかしいとは知っていたが、あそこまで極まると逆に清々しい。

まあ、もらえるものは病気以外ならなんでも嬉しい主義なので、そこはありがたく受け取った。

 

そして、この昇進のおかげで、あの金髪孺子を少佐として俺の艦隊にねじ込むことができたわけだ。

人生、何がどう転ぶかわからないものだ。

 

握手を終えると、ロイエンタールが皮肉な笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

こいつはいつだって、きっちり腹黒いから困る。

 

「これはこれは、ご昇進おめでとうございます、閣下。帝都ではずいぶんと『実りある』休暇をお過ごしになられたとか。まさか、10歳の女の子まで誑かしてこられるとは、その精力、恐れ入りますな」

 

「おいロイエンタール。人聞きの悪いことを言うな。あれは社交だ。社交の範疇だ。そこにやましい要素は一粒たりともない」

 

そもそも、なんでこいつ知ってるんだ。

帝都での出来事を報告する義務なんて、俺にはないぞ。

あの場にいたのはリッテンハイム侯とヘルクスハイマー伯、そしてクリスティーネ様とサビーネちゃん。

確かに帝都社交界の中心メンバーだが、それにしても情報が速い。

どこかにゴキブリみたいな伝令網でもあるんだろうか。

いや、ロイエンタール本人がゴキブリ並みに情報収集能力が高いのか。

どっちでもいいが、迷惑だ。

 

「ロイエンタール、あまり揶揄しては閣下が気の毒だぞ」

 

「いやいや、これは敬意だよ。10歳の女の子を味方に引き込むなんて、普通の将官にはできない芸当だろう?」

 

「やめろ!誤解が加速する!俺を犯罪者みたいに言うな!」

 

その横で、アナが静かに深呼吸していた。

 

「ロイエンタール大尉。アル様を揶揄するのも大概にしてくださいませ。帝都での一件は、全て我が家の名誉を守るために必要なことでした。他意はありません」

 

「おっと、それは失礼。ホーテン少将に怒られるのは本望ではないので、このあたりで引いておきましょう」

 

さすがアナ。

一言でロイエンタールを引かせるあたり、俺より威圧感がある。

俺も一応少将なんだが、アナの前では階級なんて飾りだ。

アナが大将で、俺が少尉。

そういう関係性の方がしっくりくる。

 

 

「ファルケンハイン少将。今回の一件、実に見事であったそうだな。帝国中が貴官の働きを称賛している。イゼルローンにとっても、大変な名誉だ」

 

「恐縮です、中将。…いや、恐縮ですというほどのことでもないのですが、その、結果としてはいい感じになりまして」

 

いや、ほんとだよ。

俺は帝都で平和に休暇して、アナと閨でイチャイチャして、派閥に妙な誤解を生んで、子供に好かれただけだぞ。

それが帝国の名誉って何だ。

帝国、大丈夫か?

 

ミッターマイヤーが爽やかな笑顔で割って入ってきた。

 

「しかし、閣下が少将に昇進されて本当に良かったです!これで艦隊の指揮も一段と…」

 

「(小声で)…少将のくせに、やってることは相変わらず俺の女が最強なんだぞ自慢だけどな」

 

「ロイエンタール、聞こえてるからな?」

 

「事実でしょう?」

 

「否定はしない!」

 

ケンプが笑いながら俺の肩を叩いてきた。

 

「いやはや、閣下が帰ってくると本当に賑やかですな!ラインハルト少佐とキルヒアイス大尉も、艦隊勤務を楽しみにしているようですよ」

 

「ああ、あの金髪をこき使う日が楽しみでならん。あいつも、そろそろ俺の手のひらの上で転がされる覚悟を決めている頃だろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが閣下、艦隊内では、もっぱらその話題で持ちきりですぞ」

 

「は?何の話題だ。俺がいない間に、要塞が爆発したとかじゃないだろうな」

 

「いやいや。もっと恐ろしく、もっとスキャンダラスで、もっと閣下個人に深く関わる話題です」

 

「(さらりと)ファルケンハイン閣下は、帝国の未来を動かすお方だと、みんな噂しているのですよ。色んな意味でね」

 

「色んな意味ってなんだ。言えよロイエンタール。お前は言わずにはいられない性格をしているだろ」

 

「ええ、もちろん言いますとも」

 

ロイエンタールが口角を上げ、嫌な間を作った。

 

あいつは、他人が聞きたくない話を、一番効くタイミングで言うという変な才能がある。

そして今回はその才能が最大限発揮されていた。

 

「艦隊内では今、『ファルケンハイン閣下が、リッテンハイム侯の娘婿として帝国の未来を握るのが先か』、『その前に、ホーテン閣下に嫉妬で殺されるのが先か』で大規模な賭けが行われております」

 

「……………………………………は?」

 

思考停止した。

脳内の歯車が、全部ポーンと外れた。

え、何?

俺、そんな未来の権力争いに巻き込まれていたの?

いや、俺はアナひとすじなんだが?

アナ以外の女性は、皆背景のモブくらいの意識なんだが?

なのに何、リッテンハイム侯の娘婿?

帝国の未来?

女帝の夫?

俺はただアナの隣で平和に生きたいだけなんだが?

 

「クソッ!不敬にもほどがあるぞ!誰だ主催者は!その賭けは取り締まれ!」

 

「やめてください、閣下。賭けの中心人物が自ら取り締まるなど、火に油を注ぐだけです」

 

「ちなみに、賭け率ですが」

 

「言うな!言うなよロイエンタール!俺は聞きたくない!」

 

「圧倒的に、ホーテン閣下に殺される方が人気ですな」

 

「言ったーーーー!!」

 

その瞬間、俺の耳の後ろで、氷のような冷気が走った。

 

俺が最も恐れる存在。

帝国軍最強の女性。

そして

俺の恋人にして

俺の保護者にして

俺の人生の手綱を握る女

 

――アナスタシア・ヴァン・ホーテン少将だ。

 

「(いつの間にか背後に立っており、無表情で)ええ。私も後者に全財産を賭けておりますので」

 

「アナーーーー!?お前まで何してんだ!!」

 

「アル様が、万が一にもそのような不遜な野心をお持ちになった際には、私が責任を持って、この手で処分いたしますから。どうぞ、ご安心を」

 

その言葉は優しい声音なのに、内容が冷徹すぎる。

思わず背筋がバキっと音を立てた。

 

「(小声で)…ロイエンタール。言いすぎたぞ」

 

「(小声で)いや、これはこれで面白い」

 

「お前らぁぁぁ!俺の命の危機を娯楽にするな!!」

 

アナスタシアは、すっと俺に向き直った。

いつもの柔らかな表情ではなく、氷の仮面みたいな顔だ。

その美貌が逆に怖い。

 

「アル様。ご説明いただけますか?なぜ、帝都でサビーネ様の夫候補などという迷惑な噂が立っているのか」

 

「説明?説明か?説明ならできる!俺は何もしていない!あのちょび髭のオヤジが勝手に言ったんだ!俺はアナひとすじなんだ!俺のハートはアナの所有物!認識票に刻印してもいい!」

 

「刻印は後で確認いたします。今は違う話です」

 

え、刻印ってそういう意味じゃなくて、物理的に俺の胸に焼き印されるやつではないよな?

アナは冗談を言わないタイプだから怖いんだが?

 

「それと。ロイエンタール大尉」

 

「はい」

 

「その賭けですが、私がトップに立てるように、倍率操作を依頼したいのですが」

 

「……閣下。冗談ではありませんね?」

 

「冗談を申し上げる習慣はありません」

 

「アナあああああああ!!艦隊ぐるみで俺の暗殺計画を組むなああああ!!」

 

ミッターマイヤーは大笑いしている。

ロイエンタールは面白そうに目を細めている。

周囲の士官たちは、俺とアナのやり取りを微笑ましい新婚夫婦の諍いくらいの空気で眺めてやがる。

違うぞ。

これは諍いなんて甘いものじゃない。

これは命のやり取りだ。

俺の命が懸かっているんだ!

 

「アル様」

 

「ひ、はい!」

 

「私に誠実でいれば、賭けの『後者』が成立することはありません。つまり、アル様の生存はアル様自身の手にかかっています。…おわかりですね?」

 

「オ…オレ…アナヒトスジ…デス…」

 

「よろしい」

 

その瞬間、氷の仮面が溶け、いつもの優しいアナの微笑みが戻った。

あのさっきまで俺を殺しそうだった目とは別人のように柔らかい。

俺の心臓はジェット巡航並みに荒ぶったままだが、アナに抱きつきたい気分になった。

抱きついたらロイエンタールにからかわれるので我慢したが。

 

 

 

 

 

 

 

 

イゼルローンに帰還して、ほんの1時間。

60分。

3600秒。

俺の休暇は、その3600秒で跡形もなく消滅した。

気づけば俺はブリーフィングルームに座らされ、グレイマン艦隊の次の哨戒任務なる単語を聞かされていた。

 

「なんでだあああああ!!俺の休暇は!?俺の癒やしの時間は!?俺の心のオアシスはどこ行ったんだ!!」

 

「アル様。帝都で、十二分に休まれたではありませんか」

 

「あれは休暇じゃない!政治の渦に巻かれただけだ!あれのどこが休養だ!」

 

「ほう。では、閣下が10歳の女の子とポニーに乗って遊んでおられたという話は、政治の渦の一環だったのですな」

 

「なんで知ってんだ貴様ァァァ!?あれはリッテンハイム侯との関係を円滑にするための高度な政治的作戦だ!つまり業務だ!」

 

「なるほど。では、その『高度な政治的作戦』に励んでおられた間の哨戒任務の順番は、業務として、閣下に回されるべきですな。うむ。公平だ」

 

「ぐふっ…!」

 

この黒髪男、皮肉の精度が高すぎる!

こいつは絶対に将来大物になる。

大物になられても困るから、今のうちにギャフンと言わせたい。

が、俺の脳内CPUは彼の言葉のレーザー砲に毎度焼き切られている。

この性能差は何だ。バージョン違いか?

 

「アル様。哨戒任務の度に、グレイマン中将に泣きつくのは、そろそろやめていただけませんか。艦隊指揮官なのですから」

 

「ぐぬぬ…!俺だって仕事はしてる!してるんだよ!」

 

「ああ、しておられましたね。帝都でのサビーネ様抱っこタイムなどの重要任務を」

 

「だからなんで知ってる!!お前絶対スパイだろ!どこのだ!同盟か!?地球教か!?それともアナか!?」

 

「私ではありません」

 

「即答かよ!」

 

このやり取りでブリーフィングルームの士官たちは全員肩を震わせて笑っていた。

もう形骸化している。

 

 

「では諸君、次の哨戒任務の概要だが――」

 

「待て待て待て待て!俺はまだ休暇の抗議を――!」

 

「ファルケンハイン少将。……諦めろ」

 

「中将閣下ぁぁぁぁ!!」

 

 

いや、これはおかしいだろ。

だって俺、この前まで瀕死だったんだぞ?

砲撃を浴びながらハーメルンⅡを救っちゃったんだぞ?

 

帝都で伯爵たちに囲まれて精神的ダメージも負ってるんだぞ?

普通、こういう時は国家からよく頑張った休養券みたいなのを支給すべきだろ!

なのに現実は哨戒任務。しかも俺の昇進祝いは、出撃命令という不毛なご褒美。

 

「閣下」

 

「なんだロイエンタール。今はお前の声すら胃に悪いぞ」

 

「では、良い知らせを差し上げましょう」

 

「……なんだ?」

 

「今回の哨戒任務。ハーメルンⅡは同行予定がありませんでしたが、たった今、閣下の特別なご意思により、同行枠が追加されました」

 

「……………俺、そんなこと言ってないが?」

 

「先ほど、通信機のスイッチを入れておられましたよね?全艦に通達!と。あれです」

 

あ。

そうだ。

さっき俺、ブリーフィング前に勢いでボタン押したわ。

完全に衝動だった。

ロイエンタールにやられた腹いせに、ラインハルトを巻き込んでやろうと思って。

だが今、士官全員に見つめられてる中、その事実を認めるのは地獄すぎる。

 

「……ま、まあ、そうだ。あ、あいつだけ楽させるのは不公平だからな。俺が働くなら、ラインハルトも働くべきだろう?」

 

「なるほど。では、キルヒアイスも当然同行ですね。ラインハルト様を一人で行かせるのは心配ですから」

 

「ん?あ、ああ!もちろんだとも!キルヒアイスにも働いてもらう!」

 

「ふむ。では、私も同行します」

 

「はあ!?なんでお前まで!」

 

「閣下が俺だけ苦労するのは不公平だからな!とおっしゃったので。公平性を尊重するのも軍人の義務です」

 

「俺の言葉を変なところだけ切り取るな!!」

 

「では俺も行きます!公平ですので!」

 

「お前まで!お前まで来る必要ないだろ!」

 

「公平ですので!」

 

「では私の艦隊も」

 

「いや来るなアナ!!俺の休暇が永遠に消滅する!!」

 

「アル様。公平ですので」

 

「公平って言えば何でも許されると思ってるだろこの艦隊!!」

 

「ははははは!!」

 

 

俺の周囲の帝国軍人たちは、仕事よりも俺の反応を楽しみにしている。

こいつら全員、精神年齢が小学生なのか?

そして俺はその小学生のリーダーなのか?

 

「では、諸君。準備が整い次第、哨戒任務に出る。各艦、配置につけ!」

 

「了解!」

 

「了解じゃないんだよおおおお!!!」

 

 

こうして俺のゼロ時間休暇は終わり、また過酷な日常が始まった。

いや、過酷なのは戦場じゃない。

周囲にいる部下たちだ。

特にアナとロイエンタール。

あいつらは殺気と皮肉で俺のHPを削り続けてくる魔王だ。

 

だが、まあいい。

どうせ行くなら、巻き込んでやる。

ラインハルトも。

キルヒアイスも。

ロイエンタールも。

ミッターマイヤーも。

全員まとめて連れて行ってやる。

俺だけ痛い目を見るのは、不公平だからな!

 

 

俺の人生、どうしてこうなった。

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回の章は
「イゼルローン帰還編」として、
アル・アナ・ロイエンタール・ミッターマイヤー……
そして金髪コンビのいつもの面々の賑やかな掛け合いを中心に描きました。

もしどこかで笑っていただけたなら、
もしアルの胃痛に同情した瞬間があったなら、
もしアナの愛情(と圧)にキュンとしたなら――
ぜひ感想をいただけると励みになります。

読者のみなさんの声が、
次の章を走らせる燃料になります。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
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