銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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この章では、主人公アルブレヒト少将が
「ただ哨戒に出ただけ」で、
なぜか要塞全体を第一級戦闘配備に追い込むという、
恒例行事のようでいて毎回規模がインフレする事件を描いています。

本来は軽い任務のはずが、
気づけば大将が怒鳴り、
金髪の孺子が吠え、
アナスタシアが微笑み、
そして――敵艦隊は五万四千隻。

アルが望まなくても運命は勝手に盛り上がるらしい。
そんな彼の不憫さを、どうか笑って受け取っていただければ幸いです。


哨戒に出ただけなのに5万4千隻を引き当てた男 ──イゼルローンの災害指定少将

俺は今、本当に渋々、本気で渋々、哨戒任務に出発しようとしていた。

 

こんなに気の乗らない出撃は久しぶりだが、なぜか要塞側は妙に盛り上がっている。いや、盛り上がっているという言い方は正しくないか。

 

これは完全に決戦前夜。ドック全体がキリッと張りつめた空気になっており、ミサイルは山ほど積まれ、整備兵たちは競技大会みたいなスピードで作業し、管制室は戦争直前みたいな声が飛び交っている。

 

俺が哨戒に行くだけだぞ?大砲も撃たない予定だぞ?なのにこいつらの気迫は、なぜかラグナロック級だ。

 

俺は困惑しつつも、ふとヴァルテンベルク大将閣下がいるのを見つけた。普段は上層階に鎮座している駐留艦隊司令官が、なぜこんな最前線レベルの現場に降りてきているのか。それだけで嫌な予感しかしない。

 

「あ、ヴァルテンベルク閣下。たかが哨戒任務で、やけに物々しい様子ですな?何かありましたか?」

 

そう言うと、閣下はギロリと俺を睨んだ。あの目は、俺が昔うっかり大将の愛犬を踏んだときと同じ目だ。いや、あれより鋭い。あの犬は吠えるだけだったが、今の閣下は確実に俺を噛む気だ。

 

「……ファルケンハイン少将。貴官が哨戒に出るからだ。これを見ろ」

 

閣下は怒りで震えた手でデータパッドを突きつけてきた。なんだ、俺の不正経理でも見つかったのか?いや、不正はしていない。たぶん。自信はないが。

だが表示された文章を見た瞬間、俺の脳が固まった。

 

『イゼルローン要塞防衛マニュアル 第114条 追記事項:ファルケンハイン少将が哨戒任務(及びそれに準ずる単独行動)に出る際は、敵の大艦隊(一個艦隊以上)との遭遇を前提とし、要塞は直ちに第一級戦闘配備を整えること』

 

「………………」

 

理解するまでに数秒かかった。

いや、理解したくなかったから数秒かかったのかもしれない。

これ、要塞の公式マニュアルなんだよな?

俺が外に出た瞬間、敵艦隊が寄ってくる想定なんだよな?

つまり俺は、帝国公式の死神または大災害扱いということか?

 

 

確かに、俺が哨戒に出ると妙なタイミングで敵が湧くことはある。いや、あるどころか毎回だ。

俺の艦隊だけ、やたらと遭遇率が高い。宝くじより高い。星間戦争ガチャを回しているのか?と自分に聞きたくなるほどの確率だ。

 

だが、それがついに公式のマニュアルに記されてしまったというのか。しかも一個艦隊前提。あのバカでかい数字を前提にする防衛マニュアルなんて、銀河に他に存在するのか?

 

「貴官が軽い気持ちで哨戒に出るたびに、我々は胃を痛めているのだ!今回こそ敵が来ない保証はあるのか!?」

 

「いや、あの、保証も何も、俺も普通に行くだけですよ?」

 

「その普通が信用できんのだ!!」

 

言われてみれば、そうかもしれない。俺が普通だろというときは大抵普通じゃない事態が起きてきたからな。自覚はある。認めたくはないがある。

 

「アル様。素晴らしいではありませんか。次は50,000隻を超える大艦隊など、見てみたくありませんか?」

 

「見たくない。絶対見たくないに決まっている」

 

「ですが、もし遭遇したら、また陛下からのご褒美があるかもしれませんよ。たとえば、さらにご昇進とか」

 

「昇進はいらん!俺は平穏がほしい!」

 

「平穏……ですか。アル様に、それは似合いません」

 

「似合うかどうかじゃない!俺は平和が欲しいんだよ!」

 

「ファルケンハイン少将、どうせ今回も何か起こるんだろう。わかっておる。わかっておるからこそ、要塞全体が第一級戦闘配備なのだ!」

 

「いや、さすがに今回は何も起きませんよ。だって哨戒だぞ?」

 

「その哨戒だぞ?が信用ならんのだ!!」

 

 

後ろの整備兵たちもコクリと頷いている。

俺の信用って、そんなに地に落ちていたのか?

いや、落ちてるな。確かに落ちてる。

 

「では行きましょう、アル様。今日も運命が、アル様を待っています」

「運命は俺を待たなくていい!!」

 

 

 

 

 

さて、哨戒任務哨戒任務と言ってはいるが、俺とアナが今どこにいるかというと、駆逐艦ハーメルンⅡの艦橋だ。

 

なぜ親父から受け継いだ旗艦ブリトマートではなく、よりによってこの小さな駆逐艦で出ることにしたかというと、簡単だ。

 

ブリトマートは出撃準備が面倒すぎるし、あれを出すと「何か始まるのでは?」と全戦線がざわつく。

俺としては、ただ哨戒に行くだけでそんな緊張を発生させるつもりはない。そもそも、俺はブリトマートの巨大な執務室より、この駆逐艦の狭くて身の丈に合った操舵席の方が好きだ。改造に改造を重ねたこの艦は、乗るたびに「ここは俺の秘密基地か何かか?」というワクワク感を思い出させてくれる。

 

問題は、その狭さに耐えきれない奴が一人いることだが。

 

ラインハルトが、艦長席の後ろで腕を組み、しかめっ面で立っている。艦長なのに座れない理由は単純で、俺がその席を勝手に奪っているからだ。

 

正確には、艦長席ではなく、その横のオペレーター席だが、そこがまた座り心地が良いというか、背もたれの角度が絶妙というか。とにかく、俺が座りたいから座っている。以上だ。

 

ラインハルトがギロリと俺を見下ろしてきた。

 

「ファルケンハイン。貴様、なぜここにいる。しかも、なぜそんなオペレーター席でくつろいでいる」

 

ゆっくりとあくびをしながら言った。

 

「艦長席より、こっちの方が眺めが良いんだ。それにしても、金髪の孺子よ。お前、ひどく疲れているな。目の下に濃いクマが見えるぞ。そろそろ寝たほうが良いんじゃないか?」

 

その瞬間、空気がピンと張り詰めた。導火線に火がつく音が聞こえた気がした。

ラインハルトの叫び声が艦橋中に響いた。

 

「貴様のせいだ!!」

 

素直に悲鳴を上げた。

 

「はひぃ!?」

 

ラインハルトは思い切り詰め寄ってくる。

 

「貴様が、俺をこんな窮屈な艦に特別同行などというふざけた命令で引っ張り出したせいで、ここ数日、俺は眠る暇もないほど引き継ぎ作業に追われていたんだぞ!」

 

なんだその健全な仕事ぶりは。何をどうしたらそんな真面目な引き継ぎになるんだ。いや、ある意味ラインハルトらしいと言えばらしい。

 

アナの背後に素早く隠れた。全身が恐怖より先に反射で動いてしまうあたり、日頃の鍛錬の成果と言えなくもない。

 

「アナ!助けてくれ!金髪がパワハラだと訴えてきた!」

 

だがアナは完全に無視した。俺ではなくラインハルトに向かって静かに言う。

 

「ミューゼル少佐。落ち着いてください。アル様は、ただ貴方とのおふざけを楽しみにしておられただけです」

 

ラインハルトの顔が真っ赤になった。

 

「誰がおふざけだ!ふざけられたのはこっちの方だ!」

 

口を挟んだ。

 

「いやいや、ほら、艦長と副長の距離を縮めるには共同作業が必要だろ?そして共同作業の一番の近道は苦労を共にすることだ。だから、こうして哨戒という苦行を一緒に――」

 

ラインハルトは叫び声を上げた。

 

「貴様と共にする苦行ほど無意味なものがどこにある!!」

 

正論すぎて言い返せない自分が悔しい。だが、俺にはアナという最強の盾がある。今はその影に隠れて耐えるしかない。

その時だ。けたたましいアラート音が艦橋全体に響き渡った。

 

 

 

 

 

オペレーターが、震える手でレーダーの数値を指差す。

 

「て、敵艦隊発見!!」

 

アナの背後から顔だけ出し、わざと気だるげな声で言った。

 

「はいはい、来た来た。どうせマニュアル通り、一個艦隊、1万5000くらいなんだろ?前にもあったしな。わかってるよ」

 

が、次の一言で俺の脳は一瞬で凍りついた。

 

「そ、その数……!ご、ごまん、よんせん!!54,000隻です!!」

 

………………………………いや、聞き間違いか?

 

54,000?

五万四千?

桁を間違えたのか?

いや、間違えるわけない。オペレーターの青ざめた顔が、この数字が現実であると教えてくれる。

その時、アナが小さく息を弾ませた。

 

「アル様。よかったですね。ついに50,000隻超え、達成です」

 

やめろぉぉぉ!!!!

 

オペレーターを突き飛ばして通信卓に駆け寄った。

 

「撤退!撤退だ!!直ちに撤退!!亜光速通信で要塞に送信!『マニュアル通り敵が出た!マニュアルの想定(一個艦隊)の3倍以上だ!』って伝えろ!とっとと要塞艦隊出させろ!!」

 

通信兵が俺の怒号にビビりながら全力で操作する。その手は震えている。気持ちはよくわかる。俺なら震えるどころか泣いている。

 

イゼルローン要塞の司令部にも、俺の悲鳴のような通信が響いたらしい。

ヴァルテンベルク大将が受信側で顔を引きつらせている様子が、音声だけでも伝わってくる。

 

「……54,000だと?ファルケンハインめ、また、とんでもないものを引っ張り込みおった……」

 

クライスト大将の声が聞こえてくる。

 

「うむ……これは重大事態だ。いったん会議を開き、対応を協議せねば……」

 

会議?

怒りと恐怖で通信卓に噛みつきそうな勢いで叫んだ。

 

「会議!?戦闘配備って何のためにあるんだよ!あのマニュアル飾りか!?やばすぎるだろ、あのジジイども!!」

 

その時、別回線から新たな通信が入った。

 

「グレイマン中将閣下より入電!『我が艦隊は、これより独自に貴官らの救援に向かう』!」

 

涙が出そうなほど感動した。

 

「グレイマン閣下!さすが俺の頼れる上官!いや本当に頼もしい!……だが待てよ」

 

レーダーに表示される敵54,000の数字と、グレイマン艦隊およそ12,000隻の数を見比べ、俺の心は再び地獄に引きずり込まれた。

 

「12,000対54,000……圧倒的に不利じゃないか!絶望的だろ!」

 

隣に立つ金髪の孺子、ラインハルトの肩を掴んだ。

 

「おい金髪!どうだ!?お前なら、この状況、勝てるのか!?」

 

ラインハルトは俺の手を振り払い、まるで光る刃物みたいな目で前方を見据えた。

 

「……俺なら、勝てる」

 

叫んだ。

 

「おけ!?お前は自信過剰にもほどがある!」

 

ラインハルトは口元だけで笑った。

 

「自信ではない。これはただの事実だ、ファルケンハイン少将」

 

キルヒアイスまで控えめに拳を握っている。

 

「ラインハルト様なら、必ず勝てます!」

 

お前までか!?

アナが俺の背中を軽く叩いた。

 

「アル様。ラインハルト少佐がここまで言い切るのです。期待しておくのも悪くありませんよ」

 

そう言うが、この女は戦場に出れば一人で戦艦を落とす化け物だ。

通信卓へ再び叫んだ。

 

「こうなったら仕方ない!グレイマン艦隊と合流して、回廊内で迎え撃つしかない!要塞艦隊を今すぐ出せ!くそ、ヴァルテンベルク閣下よおおお!」

 

その時だ。さらに新しい通知が入った。

 

「追加報告!敵艦隊、隊列が二手に分かれました!一部は我々に向かって直進!残りは……イゼルローン要塞へ向かいます!」

 

俺の心臓が止まりかけた。

 

なんでこうなる?

 

どうして俺が出た瞬間に敵大艦隊の分割包囲作戦なんて高度な動きをやられるんだ?

どこの名将が指揮してるんだよ、あの艦隊は!?

知りたいような、知りたくないような。

 

 

「要塞にも教えてやれ!『これは本物の包囲だ!舐めたら死ぬぞ!』ってな!あとグレイマン艦隊にも伝えろ!こっちは生き残る気満々だ!死ぬわけにはいかんからな!」

 

ラインハルトが前に進み出て、冷静に指示を出し始めた。

 

「全艦、第一線を下げろ。敵は数が多い分、展開に時間がかかる。こちらが十分な機動を取れる範囲まで引きつける」

 

アナが頷く。

 

「アル様。ラインハルト少佐の判断は妥当です。ここは任せても良いかと」

 

頭を抱えた。

 

「くそ。なんで俺の艦で、金髪の孺子がいきいきと指揮を執っているんだよ……!」

 

だが、確かにラインハルトの判断は的確だった。

仕方なく叫んだ。

 

「……よし!ミューゼル少佐に戦術指揮を委ねる!全艦聞け!絶対に死ぬなよ!俺も死にたくないからな!!」

 

こうして、俺たちハーメルンⅡ艦隊は、54,000隻の大艦隊相手に、またもや戦いへ突入していった。

 

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

今回は
・マニュアル114条の衝撃
・要塞の過剰反応
・金髪コンビの異様な自信
・アナのいつもの殺傷力
・そして運命の54,000隻
と、情報量多めの事件回になりました。

もし
・笑えたところ
・気に入った掛け合い
・好きになった場面
があれば、ぜひ感想で教えてください。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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