銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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本章では、ファルケンハイン少将とグレイマン艦隊が
ついに54,000隻の敵艦隊と対峙します。

戦況は刻一刻と悪化し、
要塞司令部は混乱し、
味方すら信用できない中で、
アルはいつものように文句を言いながらも
意外なほど正確に状況を読み、
仲間たちと共に突破口を探っていきます。

銀英伝らしい作戦会議と、
アル周辺のおなじみの掛け合いが重なる形で、
緊張と笑いが同居する章になりました。

どうか肩の力を抜いて楽しんでください。


五万四千隻の包囲線 ──そして俺の老後が消えた

グレイマン艦隊と合流した。

普通なら「よかった、助かった」と胸を撫で下ろすところなのだが、今回は違う。

むしろ状況は悪化していた。いや、悪化という言葉で済むのかすら怪しい。

 

なにせ、俺たち1万2000隻に対して敵が5万4000隻だ。

倍どころじゃない。

今この瞬間もレーダーマップには、俺たちを包囲しようとしている敵の巨大な弧が、もはや芸術的な曲線を描きつつ迫ってきている。

 

会議室の空気は重苦しいを通り越して棺桶の中のようだ。

そこでロイエンタールが、案の定、俺の神経を逆撫でする一言を投下してきた。

 

「かなり悪いではなく、最悪と呼ぶべきでは?」

 

お前は黙ってろ。いちいち正しいのがムカつくんだよ。

胸を張って、堂々と反論した。

 

「いや、まあ、そうでもない。全滅する前に状況分析する時間はあるだろ。…というわけで、緊急作戦会議を始める!敵の目的、なんだと思う!?偉い順じゃなく、思いついた順に言え!」

 

そう言いながら、俺はわざと会議室の隅に座らせた特別参加者に視線を送った。

そう、ラインハルトとキルヒアイスだ。

 

わざわざハーメルンⅡから連れて来た。

理由は簡単で、才能ある若造は使えるときに使い切る主義だからだ。

ケンプが最初に口を開いた。

 

「まず、イゼルローン要塞の攻略でしょう。他に考えられません」

 

ミッターマイヤーが続く。

 

「ですが、陽動にしては大艦隊すぎます」

 

いいぞ、真面目に議論しろ。

ロイエンタールが腕を組み、鼻で笑いながら俺にだけ聞こえるような声で言ってきた。

 

「…あるいは、去年仕留めそこなった相手を討ちに来た、とか?三個艦隊(四万五千隻)で失敗したので、今年は五万四千隻に増やしてみた、と」

 

やめろ。その仮説だけは本当にやめろ。

全力で否定した。

 

「その可能性は、絶対に、断固として否定したい!」

 

するとロイエンタールは、俺を面白がるように目を細めた。

 

「否定は自由ですが、敵もここまで執念深いと、もはや個人の怨恨なのでは?」

「そんな私事のために五万四千隻も動かせるか!」

「閣下ならやりかねませんが」

「やらん!!」

 

とりあえずロイエンタールとは後でタイマンだ。アナに止められてもやる。

 

さて、そんな不毛なやり取りをしている間、俺はずっとラインハルトの反応を観察していた。

 

金髪のガキは、レーダーに映る赤い点の海を前にしても、目を逸らさない。

いや、むしろ楽しんでいるように見える。

 

キルヒアイスの眉間には、いつも通りの心配性シワが刻まれていたが、ラインハルト本人は強敵を前にウキウキしている少年だ。

 

ある意味、俺よりよほど軍人らしいとも言える。

ミッターマイヤーが資料をめくりながら言った。

 

「しかし、敵の動きが妙です。先鋒隊がこちらに向かいつつ、後続が左右に展開している。数で押しつぶす戦法にしては、隊列が乱れていない」

 

ケンプが頷く。

 

「確かに。統制が取れすぎていますな。五万を超える艦隊でここまで正確に包囲の弧を描くには、相当の腕が必要です」

 

俺も同意だ。

 

「同盟側に、ここまでの統率力のある指揮官なんかいたか?」

「閣下、同盟では、シドニー・シトレやビュコックなどがいます」

 

ロイエンタールが言う。

 

「…あるいは、同盟側がついに本物の名将を投入してきたのかもしれませんな」

 

名将?

ここで?

こんな最悪のタイミングで?

哨戒任務に?

 

いや、待てよ。

ここ最近、敵は俺に異常に執着している気がする。

もしかして、敵の誰かが俺の事を本気で脅威と見なしているのか?

 

いやだ。

そんな名誉いらない。

怖い。

リアルに怖い。

 

俺の哨戒任務が「敵の名将を引き寄せる撒き餌」に認定されてないだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

俺はアナの隣でモニターを眺めながら、頭の中でぐるぐると同じ言葉を繰り返している。数が多い。とにかく多い。赤いマーカーで表示された同盟艦隊の弧は、レーダー画面の半分以上を占有している。こちらの青い点は、ちんまりと固まっているだけだ。

 

「アナ…どう思う?」

 

ぼそっと尋ねると、アナは指先でコンソールを滑らせてデータを呼び出し、淡々と答えた。

 

「イゼルローン要塞の攻略が最終目的なのは確実です。問題は、どの手段でそれを成し遂げるつもりなのかという一点に集約されます。要塞主砲トールハンマーの存在を考えれば、正面から突っ込んでも死骸の山が増えるだけだということは、同盟軍も理解しているはずです」

 

うちの女は相変わらず頭の回転が速い。俺はうんうんとうなずき、ついでに「トールハンマーの名前を出す時だけ少し嬉しそうなのはなぜだ」とかどうでもいいことを考えた。あれは兵器としてもロマンの塊なので、気持ちはわからんでもない。

 

ミッターマイヤーが前の席で手を上げる。

 

「これだけの大艦隊を繰り出していることを考えると、やはり我々遊撃艦隊の戦力をまず削り取る意図はあると思うのですが」

 

真面目な意見だ。うん、わかる。俺もそう思う。そう思うが、敵がそれだけで済ませるなら、ここまで気味の悪い布陣にはならないだろうと、嫌な予感が耳元で囁いている。

 

そこへ、ずっと黙っていた金髪が口を開いた。声が冷たい。背筋がうっすらと寒くなる。

 

「そうだろうな。俺なら、敵艦隊が後退する隙を逃さず即座に肉薄する。艦隊同士が混戦状態のまま並行追撃を仕掛ける」

 

「ほう?」思わず前のめりになった。俺はこういう時だけ素直に話を聞く。

 

ラインハルトは、レーダーの弧を指でなぞりながら続けた。

 

「そうなれば、要塞側は味方の艦隊を巻き込む危険を恐れて、トールハンマーの発射に踏み切りづらくなる。こちらを盾にしながら接近し、そのまま要塞本体に取り付く。そこまでが相手の絵図面だろう」

 

よくそんな顔で平然と言えるな、この十代。俺は思わず手を叩いた。

 

「なるほど。金髪の孺子、お前、なかなか頭いいな!」

 

ラインハルトの額に青筋が浮かぶ。

 

「馬鹿にしているのか!! 貴様も少しは、その埃が詰まった頭を使え」

 

「使っているさ。だから一つ懸念がある。クライストのクソジジイなら、今お前が言った状況になっても、普通に味方ごとトールハンマーを撃ちそうだなと思ってな」

 

その瞬間、会議室の空気が凍りついた。グレイマン中将もケンプも、ロイエンタールまでもが「ありうる」という表情を浮かべる。ひどい話だが、みんな心当たりがあるので否定できないのだろう。

 

ケンプがこめかみを押さえながら呻く。

 

「…それで勝てるのなら、あのお方ならやりかねん」

 

「だろ。だから当座、俺たちがやるべきことは」

 

俺が言いかけると、全員の視線が自然と司令官であるグレイマン中将に向かった。そこまで露骨に見るな。人選がわかりやす過ぎる。

 

グレイマンはひげを撫でながら、しばし黙考してから口を開いた。

 

「現在の相対距離を考えると、要塞主砲の射程よりかなり手前で交戦できる。ここで一度ひとあてして敵の動きを探り、その後、徐々に後退するのが妥当だろう。その過程で、相手の真意も見えてくるはずだ」

 

俺は内心で机に額を打ちつけた。

 

うわー出たー。様子見ー。一番やりたくないやつだー。

正直言って、様子見の戦いというのは最悪の部類に入る。派手な勝利にもつながりづらいし、負ける可能性は普通にあるし、何より精神衛生に悪い。どうせ後で「あの時なぜもっと情報を取らなかった」とか「あそこで深入りしすぎだった」とか、嫌な反省会が待っている。

 

だが、理屈としては完全に正しい。反論のしようがないのが、また腹立たしい。

 

椅子にもたれ、天井を見上げながら深呼吸した。

 

「了解。じゃあ、様子見の名を借りた命懸けのじゃれ合いだ。どうせなら派手にやろう。敵の指揮官の眉間に皺が増えるくらいは、嫌がらせして帰りたい」

 

ロイエンタールが皮肉な笑みを浮かべる。

 

「実にファルケンハイン閣下らしいご意見ですな。要するに相手の思惑を探りつつ最大限相手の神経を逆撫でするという方針でよろしい」

 

「そういう難しい言い方をすると高尚に聞こえるだろ。俺のイメージが上がるから続けてくれ」

 

アナが小さくため息をつきながら、タブレットに何かを書き込んだ。

 

「では、作戦案をまとめます。アル様の嫌がらせの内容は、こちらで論理的に整理しておきますので、あとでチェックしてください」

 

「今の一連のやり取りだけで、俺の信頼残高がどんどん減っていく気がするのは気のせいかな」

 

キルヒアイスが困ったような笑みを浮かべて口を挟んだ。

 

「ですが、ファルケンハイン少将の読みは当たっていると思います。要塞側が今の司令官のままである以上、我々を盾にしてでも敵艦隊を撃つ判断がなされる危険は常に存在します。であるなら、こちらからその状況になる前に敵の自由度を削る必要があります」

 

真面目な補足だ。こういう時、この赤毛は本当に有能だと感じる。ラインハルト一人で暴走させるより、赤毛のブレーキ付きの方がまだ扱いやすい。

 

俺は指を鳴らしてみせた。

 

「よし。なら方針は三つだ。ひとつ、敵の包囲を完全に完成させる前に、どこか一カ所を殴って歪ませる。ふたつ、こちらが後退する時には、要塞側から見て撃ちにくい配置を維持する。みっつ、可能なら敵の指揮系統に一撃を入れる。旗艦を沈める必要はない。臆病者だと勘違いさせてもいいから、相手にこのままじゃまずいと思わせればいい」

 

ミッターマイヤーが目を輝かせる。

 

「電撃的側面突撃を繰り返し、小さな勝利を積み重ねながら下がる形でしょうか。速度なら、我々の艦隊の得意分野です」

 

ロイエンタールが肩をすくめる。

 

「また派手なことを言い出しましたね。ですが、こちらの損害を抑えつつ情報を奪うには、悪くないやり方でしょう」

 

アナが静かに頷いた。

 

「前衛には、ハーメルンⅡを含む高速艦隊を配置し、機動力重視の殴り込みを。中衛はケンプ准将の隊が射撃支援。後衛はグレイマン中将直率の本隊が構え、いつでも逃げ道を確保しておく。…こんなところでしょうか」

 

俺は親指を立てた。

 

「完璧。さすが俺のアナ。俺のぼんやりした嫌がらせ案が、一気に軍略になった」

 

ラインハルトがちらりとこちらを睨む。

 

「嫌がらせ案と言いながら、ちゃっかり筋の通った戦術に落とし込んでいるあたりが、一番腹立たしい」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

そう言い返しながら、内心ではひどく落ち着かない気分だ。

 

ここで妙な勝負に出て、要塞を巻き込むような格好になれば、本当にクライストのジジイはトールハンマーを撃つかもしれない。

あいつの性格なら、「味方の損害を最小限に」ではなく、「帝国全体の安全を優先した結果」とか言って平然とボタンを押しそうだ。

その時、盾にされるのは俺たちだ。

冗談じゃない。

 

グレイマン中将が会議を締めくくるように声を上げた。

 

「よし。各隊はただちに戦闘配置につけ。三十分後、敵前衛と接敵する見込みだ。第一撃は我々が取る。敵にきっちり教えてやろうではないか」

 

将校たちが一斉に立ち上がり、敬礼する。

俺も椅子から腰を上げながら、胸の奥で小さくぼやいた。

 

 

結局また、死神と一緒に踊る時間が来たわけだ。

どうせなら、派手なステップで踏みつけ返してやる。

帰ったら、アナに愚痴を聞いてもらいながら風呂に入り、甘いものを山ほど食べる。

そのためにも、生き延びるしかない。

 

「よし、行くぞ。金髪の孺子、赤毛、ロイエンタール、ミッターマイヤー。全員、俺の背中をしっかり守れ。俺が死んだら、あとでアナに怒られるからな」

 

「逆でしょう、閣下」

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室の扉が開いて、将校どもがぞろぞろと出ていく。ブーツの音がやたら響くのは、きっと緊張のせいだ。俺は最後尾で伸びをしながら、「ああ、嫌だ嫌だ」と心の中で駄々をこねていた。

 

廊下に出たところで、後ろから気配を感じた。嫌な気配だ。インスタント皮肉と黒い笑みの匂いがする。

 

案の定、ロイエンタールがぬっと横に並んできた。あの、いつでも余裕ぶった顔。今すぐ壁にめり込ませたい。

 

小声で、妙に芝居がかった調子で囁いてきた。

 

俺の耳元で

「しかし少将。この五万四千隻を本当に退けてしまえば、伏龍の令名はさらに高まりますな。帝国随一の英雄ですよ」

などと言う。

 

思わず足が止まった。危うく前を歩いていたミッターマイヤーに追突しそうになる。

 

英雄。

その単語だけで、背中がむず痒くなる。褒め言葉なのは頭ではわかるが、俺の人生計画とは真逆の方向へ全力で押し流してくる危険ワードだ。

 

「英雄になんかなる奴はロクな死に方をしない」

 

「戦場で派手に吹き飛ぶとか、暗殺されるとか、政敵に嵌められて獄死するとか、ろくな例がない。俺の夢は、ふかふかのベッドの上で美女に囲まれて、ワイン片手にいい人生だったとニヤニヤしながら眠るように死ぬことだ。そんな面倒な肩書きは、金髪の孺子にでもくれてやりたいね」

 

そこまで一気に喋ったところで、前のミッターマイヤーが肩を震わせた。笑いをこらえている。

 

ロイエンタールは、目尻だけをわずかに下げる、あの腹立つ笑い方で言う。

 

「しかし少将。もう貴方には、その選択肢はないでしょうな」

 

「なんでだ。俺の死に方くらい俺に選ばせろ」

 

「伏龍の名は独り歩きし、帝国内外に浸透しております。貴方は今や巨大艦隊を呼び寄せる死神として期待されている存在です。ここで平穏な一生を送りたいので前線を離れますなどと言っても、誰も納得しませんよ」

 

ひどい評価だが、妙に的確なので腹が立つ。

胸ぐらを掴みたい衝動が喉元まで上がってきたが、アナの冷たい視線がどこからか飛んでくる気がして、ギリギリのところで踏みとどまった。

 

「うるさい。この女の敵め」とだけ言っておく。

 

ロイエンタールは肩をすくめた。

 

「それは心外ですな。私は女性に優しい紳士ですよ」

 

「お前の優しいは信用ならん。どうせ俺が不慮の事故で死んだら、未亡人の慰め役に真っ先に名乗り出るつもりだろう。帝都で聞いたぞ。ファルケンハイン閣下に万一あれば、後始末は私がとかぬかしていたらしいな。どこ情報だあれは」

 

「噂の伝わり方というものは恐ろしい。さすが少将、情報収集能力も英雄級ですな」

 

悪びれる様子が一ミリもない。

この図太さを少しでも取り入れれば、俺の胃痛はかなり減るのではないかと思うが、その瞬間アナに後頭部を撃たれて終わる未来が鮮明に見えるのでやめておく。

 

歩きながら、俺は自分の理想の最期を頭の中で組み立て直してみた。

 

ふかふかのベッド。シーツは高級リネン。枕は沈み込みすぎない絶妙な硬さ。窓の外には戦場ではなく、のどかな庭か何か。芝生の上で子供や孫が騒いでいる。

 

ベッドサイドにはアナが座っている。白髪が混じっても絶対美人だ。俺の手を握りながら、「本当に面倒な方でした」と言いつつ、どこか満足げに笑ってくれる。

 

足元では、なぜかロイエンタールが香典の額を計算している。

「閣下の死亡保険金、思ったより少ないですな」とか言って、アナに冷ややかに睨まれてほしい。

ミッターマイヤーは外で子供と走り回っている。グレイマン閣下は庭のベンチでいつもの顔のままお茶を飲んでいる。

 

そんな光景を横目に、「まあまあ悪くない人生だった」と納得して、すうっと意識が遠のく。

 

……うん、完璧なシナリオだ。

 

問題は、そのエンディングに到達する前に、五万四千隻だの三個艦隊だのという数字に毎回押し潰されかけている現状である。

 

 

ロイエンタールがまだ何か言いたげなので、強引に話題を変える。

 

「いいかロイエンタール。俺は英雄になりたいんじゃない。俺の女と艦隊と領地を守りながら、できれば極力働きたくないだけだ」

 

「最後の一文で、閣下の本音が全て台無しになりましたな」

 

後ろの方で、ケンプとミッターマイヤーがこそこそ話している声が耳に入る。

 

「少将、また休暇の話をしている」

「あの方にとって、戦場以外は全部レジャー扱いなんだろう」

 

やかましい。

帝都という名の社交地雷原を全力疾走してきた結果が、今回の昇進と五万四千隻だぞ。感謝してほしいくらいだ。

 

少し後ろから、規則正しいヒールの音が近づいてくる。アナだ。

 

「アル様。廊下で大声を出すのはお控えください。兵たちが不安になります」

 

「今一番不安になってるのは俺の老後プランなんだが」

 

「老後についてはご安心ください。アル様の進路は、私が責任を持って管理しますから」

 

さらっと不穏な宣言をするな、この人は。

ロイエンタールが、その会話を聞いてニヤッと口元をゆがめる。

 

「ほら少将。貴方の死に方の最終決定権は、もう我々ではなくホーテン少将の手中にあるわけです。英雄として華々しく散るにせよ、美女に囲まれて眠るように逝くにせよ、いずれもホーテン少将の承認が必要でしょう」

 

アナが、少しだけ首を傾げた。

 

「英雄として派手に散る選択肢は、最初から却下です。その前に、私が後頭部を殴ってでも連れて帰ります」

 

「ほら見ろ。死亡フラグすら事前に折られる構図になってるじゃないか」

 

「安心してください」とアナは当然の顔で言う。「私が許可するまでは、アル様は死ねません」

 

ロイエンタールが肩をすくめて俺を見る。

 

「良かったではありませんか。ある意味、最強の護衛をお持ちだ。英雄かどうかはともかく、簡単には死なせてくれない存在がそばにいるのは羨ましい」

 

「慰めになってない上に、妙に生々しい言い方をするな」

 

そう文句を言いながらも、内心では少しだけ気持ちが軽くなっている自分に気づく。

アナが「死ぬな」と本気で思っている限り、俺はたぶん、ぎりぎりのところで生き残り続けるのだろう。今までも、何度かそういう場面があった。今度もどうにかなる、そんな根拠の薄い確信がある。

 

……まあ、そのたびに胃に穴が開きそうになるのは別問題だが。

 

曲がり角を抜けて、ブリトマートの艦橋へ向かうエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる瞬間、ロイエンタールがもう一度だけからかうような笑みを投げてきた。

 

「では少将。英雄の座は金髪の若造に譲るとして、貴方には死なない厄災という新しい二つ名を提案しておきましょう」

 

「やめろ。その名前が広まったら、またマニュアルが増える」

 

「もう増えているのでは?」

 

アナが小さく笑った。

 

「次に追加されるとしたら、ファルケンハイン少将が出撃する際は、ホーテン少将を必ず同行させること。生還率が向上するためですかね」

 

天井を見上げて、深々とため息をついた。

 

英雄にも死神にもなりたくないという俺のささやかな希望は、今日もきれいにスルーされている。

だがまあいい。呼び方がどうだろうが、マニュアルに何行追加されようが、俺のやることは単純だ。

 

アナを守る。艦隊を連れて帰る。要塞に戻ったら風呂に入って、ベッドで文句を言いながら寝る。

その繰り返しの先で、いつか理想のエンディングに辿り着ければ、それで充分だ。

 

とりあえず、今は目の前の五万四千隻から全力で逃げつつ殴る方法だけ考えよう。

英雄の称号は、金髪の孺子が喉から手が出るほど欲しがっている。なら、押し付けるに限る。

 

「よし、行くか。英雄候補を育てに」

 

そう小さく呟いたところで、エレベーターが静かに艦橋の階で止まった。




今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

もしよければ、
・好きだった掛け合い
・印象に残った台詞
・もっと見たいキャラ
など、感想を一言でもいただければ嬉しいです。

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