銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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皇帝陛下も知らない。参謀本部ですら把握していない。

だが、帝国軍には確かに存在するのだ――
味方ごと撃つ伝統芸能という恐怖が。

本作では、悪辣なる伏龍ファルケンハインが、
老害の暴走と官僚主義の地獄に叩き込まれながら、
今日も必死に「死なないよう」戦う姿を描いています。

戦略も戦術も完璧。
でも味方が危険。

そんな帝国軍の理不尽さと、
ファルケンハインの悲鳴を、
どうか笑って読んでいただければ幸いです。


伏龍ファルケンハイン、今日も死にかける

 俺は今、艦橋のど真ん中で、紅茶(アナが完璧な温度で淹れてくれた高級茶葉のやつ)を片手に、全宇宙で一番嫌な予感に包まれている。

 

 目の前の巨大スクリーンには、ヴァルテンベルクの老害艦隊が映っている。いや、「老害艦隊」というのは言い過ぎかもしれないが、俺の中では最早公式名称だ。

 

 俺はスクリーンを指さしながら叫んだ。

 

「よし!奴ら、囮に食いついた!ほら見ろ、敵が槍みたいに細長く伸びてきた!ここだ、ここ!胴体を撃ち抜くんだよ!全砲火、集中っ!」

 

 オペレーターたちが一斉に動き出した。

 グレイマン中将の本隊、ケンプの突撃組、そして俺の分艦隊。三方向からの挟撃は、文句なしに鮮やかに決まるはずだった。

 

 ――そのはずだった。

 

「か、閣下ぁぁぁっ!!緊急事態!!」

 

「おい、やめろ、その前フリ!俺の心臓に悪いんだよ!」

 

「ヴァルテンベルク艦隊が……反転!!敵に向かって突撃していきます!!」

 

 俺は思わず、口に含んでいた紅茶を前方に噴き出してしまった。

 

「ぶはぁぁぁぁ!!なにやってんだアイツは!!今、反転したら計算全部狂うだろうが!!誰だ、あの老害にブレーキ渡した奴!!返せ!!返してこい!!」

 

 艦橋が、爆発でも起きたかのような騒然とした空気に包まれる。

 ロイエンタールが、いつもの悪魔みたいな冷静さで言った。

 

「閣下。敵の槍の形は完全に崩れました。こちらの三隊は分散したまま残されています。今、攻撃を続行すると、我々が的になりますな」

 

「知ってるよ!!知ってるから余計に腹が立つんだよ!!どうしてあのジジイはいつも人の作戦を台無しにするんだ!!『囮に徹せよ』って、そんなことも守れないのか!?年寄りは早く寝ろ!!」

 

「閣下、落ち着いてください」

 

「落ち着けるか!!」

 

 と、その時、通信が割り込んできた。

 よりにもよって、一番面倒な声が。

 

『ファルケンハイン!なぜ攻撃を止める!!』

 

「お、来たな金髪の孺子。ほら見ろ。俺だけじゃない、宇宙全員が混乱してるぞ!」

 

『貴様こそ理解しろ!この状況は、我々が敵の側面を崩す絶好の――』

 

「絶好じゃねぇ!ただの地獄だ!説明してやるよ。まず、あの老害はな、俺たちが後ろから撃ってるのを見て、『お、勝てるんじゃないか?』って思ったんだよ!」

 

『……言われてみれば、あの老人ならやりそうだな』

 

「だろ!?さらに悪いことに、俺たちに手柄を取られまいとして、勝手に突っ込んでいった!それだけの話だ!政治と功績欲が混ざると、こうなる!」

 

『ぐ……』

 

 ラインハルトが唸るのが聞こえた。

 ざまぁみろ、と言いたいが、今は俺も余裕がないのでやめておいた。

 

「よし、もうこうなったら仕方ない。全艦、ポイント・シータへ後退!要塞と敵艦隊の射線上から離脱しろ!」

 

 俺が怒号を飛ばすと、艦橋が一斉に動き始めた。

 

「閣下、後退経路の確保完了!」

 

「全艦、後方へ転進開始!」

 

「各艦、通信安定!ブリトマートが先導します!」

 

 そんな中、俺は別の恐怖を思い出した。

 

「……あ、やばい」

 

 ロイエンタールが、横目で俺を見る。

 

「閣下。まさか、とは思いますが」

 

「そう。クライストのクソジジイが、本気で困った時にやる最悪の手だ」

 

「……まさか」

 

「味方ごと撃つ!!」

 

 ロイエンタールとミッターマイヤーが、同時に青ざめた。

 ラインハルトからの通信の向こうで、キルヒアイスの声まで悲鳴を上げていた。

 

『そ、そんなわけが――』

 

「大いにあり得るわ!!」

 

 俺は絶叫した。

 

「要塞主砲の射線上にいたら、気づいたら吹き飛ばされてたなんて未来、絶対嫌だぞ!!絶対だ!!」

 

『味方ごと撃つわけが――』

 

「やるんだよ!!あのジジイは勝てるなら撃つんだよ!!」

 

 艦橋が一瞬沈黙し、次の瞬間には全員の動きが倍速になった。

 

「いいか、全艦!要塞と敵艦隊を結んだ直線上から距離を取れ!繰り返す、絶対に射線上にいるな!命が惜しければ全力で離脱しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、通信卓の前で固まっていた。いや、固まったというより、「脳が処理を拒否して一時停止した」が正しい。

だってそうだろ?

この銀河最悪の老害(ヴァルテンベルクのことだ)からの命令が、あまりにもぶっ飛んでいたのだ。

 

B-3航行不能宙域。

名前からしてイヤな予感しかしないが、実際もっとヤバい。

あそこは、昔の激戦でぶっ壊れた艦艇の残骸やら、デブリやら、小惑星やら、謎の金属片やら、あらゆる宇宙のゴミが、濃厚スープみたいに凝縮されて漂っている「自殺ゾーン」だ。

 

そんなところに「命を賭けろ!」とか言われてもな?

俺は即答したよ。

 

「いやだね!」

 

だが、通信はまだ続いている気配がした。俺はオペレーターに顎で合図する。

 

「まだなんか言ってるのか、あのジジイ?」

 

オペレーターは、涙目で読み上げた。

 

「『敵の後背に回れば勝機がある!わたしは老骨を賭して戦う!諸君も続け!』…と」

 

俺はしばらく黙って、それから静かに言った。

 

「……………………ロイエンタール」

 

ロイエンタールは、いつもの美形な顔に「またか…」みたいなため息を乗せながら、こちらに歩いてきた。

 

「ええ、言いたいことはわかりますよ。閣下のお考えをどうぞ」

 

俺は肩をすくめて、言ってやった。

 

「……何いってんだ、このジジイ」

 

ロイエンタールは、深々と頷いた。

 

「同意です。あの方は、少し休暇が必要なのでは?」

 

「休暇で済むか?脳みそに休眠モードを実装した方が良いかもしれんぞ」

 

俺が悪態をつきながら、グレイマン中将への通信を要求した。

こういう非常識な命令は、常識人(という希少種)に頼るしかない。

 

通信がつながり、気品ある声が聞こえてきた。

 

《こちらグレイマンだ。どうした、ファルケンハイン君》

 

「閣下!今の狂気の沙汰、聞いてましたよね!?

『B-3宙域に突入せよ!命を賭けろ!』って!

あんな危険地帯に突っ込むなんて、正気の沙汰じゃありませんよ!」

 

俺は思わず机を叩いた。

叩きすぎて手首が痛い。

だが、そんなことより、この状況だ。

 

通信の向こうで、グレイマンは深く、深く、気の毒になるほど深くため息をついた。

 

《……その通りだ、ファルケンハイン君。私も聞いていた。

ただ……ヴァルテンベルク閣下は、少しお疲れのようだ》

 

「少しですか!?あれは完全に宇宙酔いの末期ですよ!」

 

《気持ちはわかるが、彼も司令官だ。私から諫言することはできても、命令を否定することは……》

 

「わかります。ええ、わかりますとも。……が!」

 

俺は、通信越しに叫んだ。

 

「俺は死にたくありません!!!!!」

 

艦橋の全員が、苦笑しながら頷いた。

艦隊の士気は、なぜか上がった。

 

ロイエンタールが、肩をすくめながら言う。

 

「閣下。ですが、あの司令官の無茶は、今に始まったことではありません。去年も似たような――」

 

「あったな!三個艦隊ぶつけてきた同盟軍相手に、半日持たせろ!とか言い出したあの悪夢!」

 

「ええ。そして、結果として閣下が敵を撒き散らしながら生還した、と」

 

「……なんで俺に回ってくるんだよ、いつも」

 

空を仰いだ。

天井しかなかったが。

 

思わず、頭を抱えた。

 

そのとき、アナが静かに横から口を挟んだ。

 

「アル様。B-3宙域は、現在の敵味方の動きからして……突撃した瞬間、間違いなく敵の主砲の集中砲火を受けます。たとえデブリを回避できても、そこで撃沈されます」

 

「だよな!?な!?アナが言うなら確定だな!?俺は死にたくない!」

 

ロイエンタールは、優雅に顎に手を当てながら、

 

「まあまあ閣下。少なくとも、突っ込んで死ぬ選択肢が排除されたのは収穫では?」

 

「お前な……これは普通嬉しいニュースじゃねぇんだよ!」

 

その瞬間、再び通信が鳴った。

 

「ヴァルテンベルク閣下より、新たな通信です!

『B-3宙域突入を拒否するとは何事か!臆病者め!』」

 

艦橋の空気が凍りついた。

俺は、指先が震えるのを自覚した。

怒りでだ。

 

「……上等だ、この野郎」

 

ロイエンタールが俺に囁いた。

 

「閣下。冷静に。司令官相手ですよ?」

 

「冷静だよ。ほら見ろ。俺、深呼吸してるだろ」

 

「ギリギリですね」

 

そこへグレイマン中将が再度通信を入れた。

 

《ファルケンハイン君。気にせず、私の指示に従いなさい。

ヴァルテンベルク閣下が何を言おうと……私は、君や艦隊を無駄死にさせる気はない》

 

その言葉で、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。

 

「……ありがとう、閣下。俺は、閣下のそういうところが好きなんですよ」

 

《ふっ。部下にあまりそう言われると、照れるな》

 

「閣下、今のはどちらかと言えば求愛に聞こえましたが」

 

「お前は余計なこと言うな!」

 

艦橋が、少しだけ笑いに包まれた。

 

しかし、この状況は笑いごとではない。

俺たちは、老害の暴走と、銀河最大級の大艦隊の圧力に挟まれたまま、どうにか生き残らなければならないのだ。

 

俺は深く息を吸って、叫んだ。

 

「全艦!B-3宙域には行かん!

ここからはグレイマン閣下の指揮で動く!

……俺たちは、死にたくないからな!!」

 

「了解!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。見ろよこれ。ヴァルテンベルク艦隊、また袋叩きだぞ。なんだ?毎年恒例の『春の大乱戦まつり』か?どんな季節行事だよ。俺だって参加したくねえぞ」

 

レーダーには、同盟軍の追撃ラインがギッチリ働いて、その前方でヴァルテンベルク艦隊が見事にボコられている。

あの艦隊、今日2回目の半壊だ。

しぶとさだけは、俺を超えてるかもしれん。

 

そこへ、グレイマン閣下から通信が入った。

 

「仕方あるまい。グレイマン艦隊は、予定通り、側面から敵に攻撃を加え、ヴァルテンベルク艦隊の離脱を援護する」

 

「はいはい、やりますよーっと」

 

栄養バーを口に突っ込みながら、艦橋に配置を指示した。

――その時だった。

 

「クライスト閣下より入電!『要塞前面に出て、反撃せよ!』」

 

オペレーターの叫びが艦橋に響いた瞬間、俺はスクリーンをにらんだ。

 

「うるさいわジジイ!!撃ちたいなら、そっちの浮遊砲台でも使っとけってんだ!!」

 

言いたいことを吐き出して通信を切った次の瞬間――

イゼルローン要塞が光った。

 

「トールハンマー、発射!!」

 

オペレーターが絶叫した。

光速に近い閃光が、要塞の前面を薙ぎ払う。

……そして、巻き込まれるヴァルテンベルク艦隊の一部。

 

「……あああああっっ!!!」

 

頭を抱えた。

 

「やりやがったああああ!!あのクソジジイ、ほんとに味方ごと撃ちやがった!!」

 

艦橋の全員が沈黙した。ロイエンタールですら、皮肉を言う暇もないほどの衝撃だ。

ミッターマイヤーが、おずおずと口を開いた。

 

「……あ、あれは、狙ったのでしょうか?」

「狙うわけあるか!!なんで『まず味方を撃ってから敵を狙う』という発想になるんだ!!帝国軍の伝統芸能か!?脳みそ、ゼラチンで出来てるのか!?」

 

しかし、俺の嘆きとは裏腹に、状況は意外な方向へ進んだ。

同盟軍の追撃ラインが、ピタリと止まったのだ。

オペレーターが震える声で報告する。

 

「て、敵艦隊……後退を開始しました!撤退です!」

 

ロイエンタールが目を細めた。

 

「……敵は、味方ごと撃つ帝国の狂気に恐れをなしたのでしょうな」

 

俺は皮肉たっぷりに言ってやった。

 

「そうだとも!あの撃ち方は、我が軍が誇る伝統芸能:味方殺し砲だからな!そりゃ逃げるしかないわ!」

 

ミッターマイヤーが困った顔で続ける。

 

「ですが閣下……ヴァルテンベルク艦隊の損害は……」

「うるさい!あの艦隊はあれで生き残ってるんだから、大丈夫なんだよ!あいつらはミスしてるんだ!もう自己責任だ!」

 

敵艦隊が退き、追撃の危険が消えた瞬間、俺は椅子に深く座り直し、盛大にため息をついた。

 

「……マジで死ぬかと思った。毎回毎回、なんでこうなるんだ…。俺が哨戒に出たら、敵が大量発生するし、ジジイは味方ごと撃つし…」

 

ロイエンタールが肩をすくめる。

 

「運命というものですよ、閣下。貴官は、英雄になるべくして生まれたのです」

「英雄なんていらんわ!俺はな、アナと一緒にベッドで寝て、朝ご飯を食って、のんびり貴族ライフを楽しみたいんだよ!なんで毎回こんな命がけなんだよ!!」

 

オペレーターたちが笑いをこらえて肩を震わせているのが見える。

ミッターマイヤーが口元を押さえながら言う。

 

「……ですが閣下。今回の戦闘で、貴官の名はまた広まりましたぞ。伏龍ファルケンハイン、トールハンマーすら恐れぬ漢と」

「やめろ!!俺は恐れてる!めっちゃ恐れてる!!むしろトールハンマーが一番怖い!!」

 

その時、アナから通信が入った。

 

『アル様。ご無事で何よりです』

 

「アナァァァァ!俺、今日めっちゃ頑張った!!褒めて!!」

 

『帰ったら、たくさん褒めて差し上げます。お疲れ様でした、アル様』

 

……よし。今日の死にかけはチャラだ。

 

 

 

 

 

ブリトマートの艦橋に、アナが戻ってきた瞬間、俺は心底ホッとした。あの女は、銀河帝国広しといえども、単機で敵戦艦五隻ぶっ飛ばして、なお無傷で帰ってこられる唯一の存在だ。いや、正直、戦艦よりアナのほうが怖いんじゃないかという説まである。俺も同意だ。

 

「アル様、ご無事で。五万四千隻に、味方殺しまで重なっていたのですから、今日生きて帰れたのは奇跡ですよ」

 

アナが微笑んだ。あれは人類を救う力よりも、男を即死させる破壊力のほうが強い笑みだ。俺は反射的にうなずいた。

 

「そうだな…なんとか、魂を置いていかず済んだ」

 

そこに、忌々しい通信音が鳴り響く。ラインハルトの声だ。

 

「ファルケンハイン!なぜあの場で動かなかった!好機だったはずだ!」

 

俺は鼻で笑ってやった。あえて、できる限り挑発するトーンで。

 

「お前さぁ…勝手に好機にすんなよ。あそこで俺が突っ込んで勝利をかっさらったら、クライストじじいとヴァルテンベルクじじいの嫉妬で、休暇が永遠に消えるんだよ。わかる?俺の大事な休暇が、だ」

 

ラインハルトが沈黙した。

 

「軍人が、戦局を変えるチャンスを見逃すとは…!恥を知れ!」

 

「ハッ。お前もいずれわかる日が来るさ。偉くなればなるほど、戦局よりも人間関係のほうが地雷だらけなんだよ。死ぬよりキツいんだぞ、あれ」

 

横目で見ると、アナがああ、また始まったと俺を見ている。

ロイエンタールは、皮肉を形にしたような笑みで腕を組んでいる。こいつはこいつで、人の不幸を肴に酒飲めるタイプだ。

 

「ところでラインハルト、お前はどう思う?さっきの英雄劇場を。味方ごと撃つトールハンマーとか、同盟軍もドン引きして逃げたぞ」

 

「……コメントを控える」

 

「控えるくらいには引いてるんだな。偉いぞ」

 

アナがこっそり俺の横に寄ってきて、小声で囁いた。

 

「アル様。ラインハルト少佐が相手なのですから、あまりからかわないほうがよろしいのでは?」

 

「いや、あいつは今のうちに慣れさせておいた方がいい。俺の部下だし」

 

「……勝手に部下にしないでくださいと言いたいところですが、もう既成事実化してますね」

 

アナは肩をすくめた。ラインハルトは通信の向こうで何か言いたそうだったが、結局黙った。

あの金髪の孺子、自尊心の高さは帝国随一なのだが、まあ社会経験の差である。

 

そんなやり取りをしていたら、ロイエンタールがわざわざ前に出てきて、声を潜めてきた。

 

「閣下。今回の件、プロパガンダ部が大騒ぎでしてな。『帝国を救った英雄、再び』と、大々的に報じるそうですよ。閣下は、もはや帝国の象徴ですな」

 

「象徴って!フルーツの缶詰じゃないんだから!」

 

「缶詰ではありません。英雄です」

 

「英雄なんてロクな死に方しないんだぞ!俺はアナとベッドで寿命で死ぬんだ!英雄とかいらん!」

 

アナが「まあまあ」と俺の背中をぽんぽん叩く。

アナの手には暴走しかけた俺の脳をクールダウンさせる効果がある。科学的に証明されてないが、俺の中では絶対だ。

 

そして、最大の爆弾が落ちてきた。グレイマン閣下からの通信だ。

 

「ファルケンハイン君。いろいろあったが、私は今日をもって、軍政畑へ移ることになった」

 

「え?あ、え?……それ、もしかして」

 

「君が、後任だ。中将昇進おめでとう。今日からファルケンハイン艦隊だよ」

 

脳に雷が落ちた。いや、落ちたというより、脳みそごと宇宙空間に投げ出された気分だ。

 

「ちょっと待ってください!俺、責任増えるの嫌だって言いましたよね!?何度も言いましたよね!?俺、中将の器じゃないです!?上に立つより、下で文句言ってたいタイプだって!」

 

「ふむ。だが君にはもう、選ぶ権利は無いだろう?」

 

ロイエンタールがまっすぐ俺の目を見て言った。完全に悪魔の笑みだ。

 

「英雄は、肩書を選べませんよ。閣下」

 

アナも微笑んでいるが、あれは明らかに覚悟を俺に求めている。

 

ああああああ!終わった!俺の平穏は死んだ!

 

「わかった、わかった!やるよ!やればいいんだろ、俺がやれば!これはきっと偉大な流れ…いや、運命…いや、呪いだな!」

 

ラインハルトの通信が再び入った。

 

「ファルケンハイン艦隊…?ふん、よくもまあ、そんな無茶苦茶な軍を任されたものだ」

 

「黙れ!お前も今後、俺の部下として死ぬほど働いてもらうからな!」

 

キルヒアイスが後ろで苦笑していた。

 

アナはそっと俺の手を取り、優しい声で言った。

 

「アル様。大丈夫です。私がついておりますから」

 

その瞬間、俺は悟った。

 

――あ、これ、悪くないかもしれん。

 

 

「…アナ〜……俺、絶対、長生きしてやるからな……!」

 

こうして、悪辣なる伏龍こと俺は、中将になり、艦隊を正式に率いることになった。

いや、率いることに「なってしまった」

 

 

 

 

 

 

 

要塞司令室。

銀河帝国軍の重要拠点にして、常に緊張と緊迫の空気が満ちる、あの神聖な作戦中枢。

そこに―――

 

クラッカーの破片が散乱し、山盛りのオードブルが机に並び、三人の大将が酒を片手に立っている。

 

ぶっ壊れている。

何もかもがおかしい。

 

「(震え声)アナ……俺、夢でも見てるのか?仕事場で宴会って……これ絶対軍法会議コースだろ……?」

 

アナは、俺に腕を絡めつつ、平然とした顔で微笑んでいる。

この状況で微笑める精神構造が羨ましい。

 

「大丈夫ですよ、アル様。今日は特別ですから」

 

特別ってなんだ。

特別ってなんだよ。

軍法違反に特別日なんか存在するのか?

 

俺は、震える手でグレイマン閣下を見る。

 

「いやあ!驚いた顔を見せてもらえて、私も満足だよ!」

 

「満足すんなああああああ!!!」

 

隣でロイエンタールが肩を揺らしながら笑っている。

 

「いやあ、閣下。まさか逆サプライズとは思っておられなかったでしょう?実に見事な反応でしたよ」

 

「お前ぇぇぇ!!仕組んでたな!!」

 

「もちろん。小官、ファルケンハイン閣下の驚愕の顔を人生で一度は見ておきたいと思っていましたので」

 

お前は俺の敵か?

いや、敵だな。

この男は確実に敵だ。

 

そして、さらに最悪なことが起こる。

 

シュトックハウゼン「この要塞司令室は、実に良い。ここを送別式会場にするというアイデアは、まさに革命的だな!」

 

ゼークト「全く同感だ!作戦卓にオードブルを並べるとは、なかなか洒落が効いているぞ、ファルケンハイン君!」

 

「俺じゃねぇぇぇぇぇぇええぇええええ!!!!!」

 

なんで俺のせいになってんだよ!?

第三食堂で準備してたんだよ!?

わざわざ飾り付けも流行りのグラスも取り寄せたんだよ!?

こんな軍の心臓部なんか、一ミリも考えてなかったよ!!

 

アナが、俺の背をぽんぽん叩きながら言う。

 

「アル様。まあまあ。皆様、アル様のためにここまでしてくださったのですよ?」

 

「そのためが怖いんだよ!!俺は上官に囲まれて酒飲む趣味はないんだよ!!」

 

ゼークト大将が大声で笑った。

 

「さあ、若者よ!飲め飲め!我ら帝国軍人は、こうして飲んで騒いで、戦の疲れを吹き飛ばすのだ!」

 

戦の疲れを吹き飛ばす場所を間違えてるんだよ!!

ここ、司令室だぞ!?

スクリーンにはまだ敵艦隊撤退後の戦況ログが表示されてるんだぞ!?

 

オードブルの横で制御パネルが光ってるの、どう考えても異常だろ!?

こんなの、帝国軍史上初だよ!?

混ぜるな危険の見本市だよ!?

 

俺が頭を抱えていると、遠くでケンプがグラスを掲げて叫んだ。

 

「ファルケンハイン少将の武運と、グレイマン閣下の新たな旅立ちに、プロージット!!」

 

「「「プロージット!!!」」」

 

どっしーーーん!!(司令室に響く乾杯音)

 

「あ、あぁぁ……作戦卓にワインこぼれてる……そこ、重要書類が……!!」

 

「(優しく笑いながら)大丈夫ですよ、アル様。掃除は私がしておきますから」

 

いや、優しく言われても無理だろ!!

後で司令室の整備兵が発狂するだろ!!

 

俺は、グレイマン閣下に詰め寄る。

 

「グレイマン閣下!!なんで司令室でやるんですか!?送別会は第三食堂に――」

 

「はっはっは!ファルケンハイン君、私はね、君が私のために秘密で準備してくれたことが嬉しかったのだ。それで、私も一つ仕掛けたくなってしまってね!」

 

「仕掛ける場所が問題なんですよおおおおお!!!」

 

「いやあ、いい眺めですね。閣下の困惑と恐怖が入り混じった、その表情。今日という日は、歴史に刻む価値がありますよ」

 

「お前の方が怖いわ!!!ロイエンタール!!!!」

 

アナはアナで、俺の背中を抱いて嬉しそうに言う。

 

「アル様。皆様、本当にアル様のことを好きなんですよ。だからこそ、こんな盛大なサプライズを」

 

いや、気持ちはありがたい。

気持ちはわかる。

 

でも、ここ司令室なんだよ!!!!

 

この後、シュトックハウゼン閣下は作戦卓でチーズを切り始め、

ゼークト閣下は戦略スクリーンにワイン片手で寄りかかり、

グレイマン閣下は部下たちに囲まれて写真撮影会を始め、

ロイエンタールは記念にと酒瓶を並べて芸術的に撮影していた。

 

地獄だ。

銀河帝国軍の中枢がただの飲み会会場に成り果てている。

 

「アナーーー!!お願いだから、今日のことは絶ッッッ対記録するなよ!?報告書に残すなよ!?歴史に残すなよ!?死ぬぞ俺!!」

 

「(データ端末を構えながら)まあまあ。記録用ですよ、記録用」

 

「やめろおおおおおおおおおお!!!!」




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

もし読んでくださったあなたの中で、
「このシーン好き!」
「このツッコミが刺さった!」
「ここのラインハルトが原作以上にラインハルト!」

……などなど、ほんの一言でも感想をいただけたら、
作者冥利に尽きます。

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