銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
今回は、戦闘や陰謀よりも……もっと恐ろしい銀河最大の敵と戦います。
そう、人事です。
中将に昇進したアルブレヒトが、逃げ場のないデスクワークと、部下たちの圧倒的な有能さと、アナの優しい(物理)指導に翻弄される回となりました。
「戦場より人事のほうが死ぬ気がする」
そんな帝国軍のリアルを笑いながら読んでいただければ幸いです。
俺は、ふかふかの中将ソファに沈み込みつつ、ため息をついた。
ため息の内容?決まってる。
俺が中将になったせいで――艦隊の人事を全部俺が決めなきゃいけないという、面倒くさい仕事が降ってきたからだ。
俺は戦闘も政争も、人事も嫌いだ。
人事ほど人間の醜さが露わになるものはない。
誰がどの椅子を欲しがってるとか、「あいつは昇進して当然だろ」だの「俺は副長がいい、艦長は責任が重いから嫌だ」だの、裏でごちゃごちゃ揉めるのが嫌いだ。
だが、悲しいかな俺は中将だ。
ファルケンハイン艦隊司令官だ。
つまり――逃げられない。
「はぁぁぁぁ〜〜……嫌だぁぁぁ……」
机に突っ伏して呻く俺の視界に、紅茶のカップが差し出された。
同時に、俺の背中にふわりと温かい体温が近づく。
「アル様。お疲れですね。どうぞ」
「アナぁぁぁぁ……癒やしが来た……俺の唯一の天使が来た……」
俺は紅茶を受け取りながら、気づけばアナの腰に抱きついていた。
抱きつかずにはいられない。
アナは、俺からストレスをすべて吸い取る特殊能力でも持っているのかってくらい、癒やし効果が高い。
「アル様は、本当にお優しいですね。皆様の昇進を、まるでご自身のことのように喜んでおられた」
「まあな。俺一人だけ昇進しても、なんか気まずいだろ。全員で上に行くほうが面白いってもんだ」
言うと、アナは微笑した。
「平民出身のケンプやミッターマイヤーを、貴族と同じように扱ってくださるのも……アル様の魅力です」
「え?俺そんなことした?」
「はい。アル様はいつもみんなと呼んでくださいますから。差別をなさらない。そのお心、きっと皆を惹きつけているのです」
「あぁ……そう……なのか……?」
え、待て。
俺、普通に平民差別してるつもりなんだけど!?
だって領地の連中とか、鉱山で働かせて重税でガッツリ搾り取って、その金で俺が豪華客船のスイートみたいな生活するつもりでいたんだぞ!?
※領地では領民たちは帝国一の厚待遇で働いて、重税は他貴族の十分の一で、出生率が爆増して、福祉国家と化している。
おかしい。
俺は絞り取るつもりでいた。
なのに、なぜこうなった。
……まあ、褒められると悪い気はしないけど。
「アナ〜。俺、褒められると抱きつきたくなるんだよな〜」
俺は立ち上がり、またアナの胸に抱きつく。
アナは微動だにしない。
いつも通り、鉄壁のバランス感覚で耐えてくれる。
「相変わらず強いな、お前……俺が全力で抱きついても倒れないとか、本当にいい女だ……」
「アル様が柔らかいだけですわ」
「どっちでもいい。愛してるぞ〜アナ〜〜」
ぎゅうぅぅぅううううううううう。
このまま永遠にこうしていたい。
人事なんて忘れてしまいたい。
しかし、現実は残酷だ。
「……ところで、アル様」
アナが俺の頭を撫でながら、優しい声で言った。
「誰にどの役職を任せるか、もう考えておられるのですよね?」
「…………」
「アル様?」
「…………あの、その……」
「……決めていない、と?」
「……うん」
「アル様♡」
アナの声が1オクターブ高くなった。
俺の背中に微笑みながら、しかし右手の握力が――増えた。
ぐ、ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぐ。
「アナ痛い痛い痛い痛い!!?なに!?なんでそんな握力!?アナ!?俺の背骨が!?背骨が!!?」
「アル様……艦隊の運営は、アル様の責任です。人事は、逃げられません」
「ぎゃーーーーーーーー!!」
そこへ、ノックもなく扉が開いた。
「失礼しま――」
「うわあああああ!!!」
艦隊の主だった者たちだ。
皆は俺とアナの状態を見て、なぜか無言で扉を閉めた。
「………今のは見なかったことにしてくれ〜」
扉の向こうから、ロイエンタールの声が聞こえた。
「……閣下はいつも通りですな」
「慣れましたね」
「慣れるなあああああ!!しっかり俺を敬ええええええ!!」
本当に、俺の部下は肝が太いというか、遠慮がなさすぎるというか……。
◆
で、目の前には整列している艦隊の主だったメンバー。ケンプ、ミッターマイヤー、ロイエンタール。さらに新顔のレンネンカンプ、そして隅に立っているラインハルトとキルヒアイス。
「よし、始めるぞ」
俺はソファから立ち上がり、わざと大きめの歩幅で皆の前に出た。威厳を見せるためだ。中将だしな。
「まずだな!新生ファルケンハイン艦隊の司令官は――この俺様だ!アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン中将!わかったな!これは天才的武勲の結果であり、俺自身の才能がようやく帝国軍に認められた証でもある!」
ここでロイエンタールが、いつも通りの控えめな皮肉顔でササッと口を開いた。
「閣下が門閥貴族でいらっしゃることと、ホーテン閣下の規格外の功績のおかげでしょうな」
「おまえは毎回、正論で刺してくるよな!? 空気を読めと何度言ったらわかるんだ!」
軽く頭を押さえながら続けた。
「で!優秀なる副官は、もちろん引き続きこの毒舌イケメン、オスカー・フォン・ロイエンタール少佐だ!」
「身に余る光栄ですな、閣下」
「嫌そうに言うな!」
ほら、もうツッコミ待ちだろこの男。
「次にだ!我が艦隊の副司令官は――アナスタシア・ヴァン・ホーテン中将!」
アナは軽く会釈。しかしその動きだけで、皆が背筋を伸ばすあたり、うちの艦隊はアナに完全にビビっている。まあ当然だ。さっきまで戦艦を5隻まとめて落としてたし。
ロイエンタールがさらっと言う。
「普通に昇進されましたな。戦艦5隻の後、空母3隻、巡航艦と駆逐艦を合わせて18隻撃沈とか、もはや人間ではありません」
「だろ?俺の女だ!」
「褒め方が雑です、アル様」
アナが笑ってるのか怒ってるのかわからない顔をしてる。怖い。
「で、副司令官アナの副官には、ヴォルフガング・ミッターマイヤー少佐を任命する!」
「全力で務めさせていただきます!」
ミッターマイヤーは、いつも通り爽やかすぎる笑顔だ。お前、その性格どこで売ってるんだよ。
「それから、艦隊参謀長には――ヘルムート・レンネンカンプ大佐!いや、今日付けで准将だ!ラインハルトの推薦だぞ」
レンネンカンプはガチガチの軍人らしく、ビシィィッと敬礼してきた。肩の力がすごい。
「閣下の下で働けることを誇りに存じます!」
真面目すぎる。うちの艦隊でやっていけるのか、不安しかない。
「そして、うちの旧知の仲のケンプも少将に昇進だ!分艦隊を任せる!副官はキルヒアイスだ!俺のコネで少佐にしてやった!」
ケンプは泣きながら俺に抱きつこうとしたが、アナが一歩動いただけで止まった。アナの威圧感はすごい。
「そして最後!ラインハルト・フォン・ミューゼル!参謀の一人として、中佐に昇進だ!」
ラインハルトは微妙な顔で辞令を受け取っている。自尊心と不満と喜びが全部混ざった顔。うん、面白い。
「まあ、お前の才能は認めてるし、そのうち艦隊司令官くらい務まるんじゃないかな?」
そう言った瞬間、ラインハルトは顔を真っ赤にして俺を睨んだ。
「余計なお世話だ、この俗物!」
「なんで罵倒されるんだ!?褒めてんのに!」
アナが小声で「アル様は褒め方が独特すぎて、誤解を生むのです」と言ってきた。なるほど?俺は普通のつもりなんだが?
「よし、これで人事発表は以上だ!それぞれ持ち場に戻れ!」
皆が敬礼し、整然と退出していく。
で、最後に残ったラインハルトが、出る間際にこっちを睨んで言い残した。
「…覚えていろよ、ファルケンハイン」
「え!?なにそのライバル宣言!?俺なんかしたか!?」
ラインハルトは返事もせずに去っていった。
アナが俺の横で、ほんの少しだけ笑った。
「アル様らしい人事で、艦隊も活気づきますね」
「そうか?」
「ええ。…アル様が艦隊司令官として前に立つ。それだけで、皆が本気でついていこうと思えるのです」
「アナ〜〜!!そんなこと言われたら俺はもう抱きつくしかないだろ!」
「公務中です」
ピシャッと言われた。
でも頬が赤いので、たぶん照れている。
……よし。
なんだかんだで、俺の艦隊、いい感じじゃないか。
◆
俺のデスクには、大量の書類が積み上がっている。ラインハルトの奴が、昨日から寝ずに仕上げてきた書類が、朝になると倍になっている。どういう繁殖能力なんだ、あいつの書類は。
ペンをくるくる回しながら、たっぷり三分ほど眺めた。三分も眺めたんだから、働いたと言ってくれ。
ロイエンタールが、薄い笑みを浮かべながら書類の山を指差す。
「…だからといって、閣下。ご自分の仕事の、実に九割五分を、ミューゼル中佐に丸投げするというのは、いかがなものかと」
「おいロイエンタール。お前は何もわかってないな」
俺は椅子をガタンと揺らし、偉そうに指を立てた。
「仕事を若い奴に任せるのは、上官の器だ!経験を積ませてこそ、有能な参謀が育つんだよ!俺は、ただ部下の成長を考えているだけなんだ!」
ロイエンタールが片眉だけ上げる。絶妙にムカつく表情だ。
「なるほど。つまり、閣下は未来の帝国を担う若き才能を、深い愛情と覚悟をもって育成しておられると?」
「その通りだ。俺は慈悲深いんだよ」
その時、静かにアナが紅茶を置いた。
「ええ。本当に『見る』だけです。決裁印の欄を、目で見るだけ。押すことすらなさいませんね、アル様」
「仕方ないだろ。ラインハルトの書類、完璧すぎて直すところがないんだから。」
ロイエンタールが、今度は完全に呆れた顔をした。
(本当に直す必要がある重大な欠陥がある場合に限り、この人はちゃんと気づいて、的確な修正を入れてくるからな。厄介な人だ。……いや、厄介すぎる)
ミッターマイヤーが慌ててフォローに回る。
「お、おいロイエンタール!人聞きの悪いことを言うな!閣下は、ただ『怠惰』であらせられるだけだ!断じて、無能ではない!」
「おい待てミッターマイヤー。俺は今、怒ればいいのか?褒められたと喜べばいいのか?どっちなんだ?」
二人が喧嘩を始める前に、アナが俺の肩にそっと手を置いた。
「アル様は、そこに座っていてくださるだけで良いのです。私が支えますから。皆、とても優秀ですし」
アナの手が肩に触れた瞬間、俺はすべての思考が吹き飛んだ。
うん、アナがそう言うなら、それでいい気がしてくるから不思議だ。俺は単純なのだ。
だが、俺の平和な時間は長く続かない。
「ファルケンハイン中将、書類の確認が終わりました!」
書類の山の向こうから、ラインハルトが現れた。しかめっ面の金髪が、今日も美しい。憎たらしいほどに。
「よくやったな、金髪の孺子。で、その山は?」
「すべて閣下の決裁待ちです」
「……全部?」
「全部です」
チッ。働き者め。俺が働きたくなくなるだろうが。
ラインハルトは書類を置きながら、わざとらしいほど冷静な声で言った。
「閣下。この艦隊の運営は、もはや私が実質的に行っております。せめて最後の決裁だけは、迅速に行ってください」
俺はペンを持ち、書類の山に向き直った。そして、堂々と言った。
「よし。俺は今から、この山を目で見る!」
「見るだけか!!!」
ラインハルトが机を叩いて叫んだ。珍しく取り乱している。まあ、怒る気持ちはわかる。
アナが冷静に続ける。
「ラインハルト少佐。アル様は『目で確認する』ことで責任を果たされたのです」
「そんな馬鹿な責任があるか!!」
両手を広げて説く。
「いいか、ラインハルト。責任というのはだな、やったように見せるのも大事なんだよ!」
「違う!!!」
ロイエンタールがため息をついて肩をすくめた。
「…まったく。閣下は怠惰の天才ですな」
「褒めてんのかそれ!?」
ミッターマイヤーが横からまたフォローに入る。
「だ、大丈夫だ!閣下は怠惰なだけで無能じゃない!無能じゃないんだ!」
「やっぱり褒めてないよな、それ!!」
アナが、さらに追い打ちのように俺の肩を揉む。
「アル様は、何も心配なさいませんように。私が仕切りますから」
「……アナが仕切るの!?俺いる意味なくない!?艦隊司令官って何!?飾りなのか俺は!!」
アナは穏やかに微笑んだ。
「ええ。アル様は、この艦隊の象徴ですわ」
「象徴?生きる国宝かなにかか?動かない彫像扱いなんだが!?」
ロイエンタールが、冷静に締めた。
「安心してください閣下。動かないでいてくれたほうが、我々は助かります」
「お前ら全員、あとで覚えてろよ!!」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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アルブレヒトの怠惰は加速し、アナの圧は強まり、ラインハルトの胃痛が悪化するので……
次章への燃料にさせていただければ幸いです。
では、また次の戦い(たぶん事務仕事)でお会いしましょう。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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毎日なら文字数気にしない