銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
本編では、銀英伝世界の壮大な宇宙に、「働かないけど根は良い中将」という、新たな生物種を放り込んでみました。
アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン。
彼は武勲を挙げ、中将になりましたが、本人はというと――
人事は嫌い
訓練はもっと嫌い
書類は天敵
でもアナの褒め言葉には弱い
そんな困った男です。
訓練開始のブザーが鳴った瞬間、俺はすでに帰りたい気持ちでいっぱいだ。
なんで司令官の俺が、訓練場で、戦闘服を着て、訓練用のゴムナイフを握ってウロウロしなきゃいけないんだ。まじで意味がわからん。軍人って本当に面倒くさい。
「アル様、準備はよろしいですか?」
真横で完璧な体勢のアナが、淡々とストレッチしている。背中で手を組んだまま肩甲骨がギチギチ鳴っているのは気のせいではない。人間か?
「よろしいですよね?」
「……はいはい、やりますよ、やればいいんだろ、やれば!」
ナイフをひょいと持ち上げて見せた。正直、握り方からして間違っている気がする。
刃が自分の方に向いてるし。
でも直すのも面倒だし、このままでいいだろう。どうせ当たらないし。
ブザーが鳴り、敵役として突入してきた。
その先頭に――うわ、出たよ、めんどくさいやつら。
ロイエンタール。ミッターマイヤー。キルヒアイス。
こいつら三人、素で戦っても普通に強いのに、全力で襲ってくるから質が悪い。どう考えても司令官殺しに来てんだろ。
「アル様、ご心配なく。前衛は私が務めます」
アナが一歩前に出る。
この時点で味方側の勝利はほぼ確定だ。
アナ一人を倒せる同盟軍の白兵戦要員がいたら、そいつはもう英雄として本に載ってる。
「ミッターマイヤー少佐、キルヒアイス少佐。お二人まとめて相手いたします」
アナ、二人に同時に突っ込む。
……うん。予想通り。
ミッターマイヤーは避けるので精一杯、キルヒアイスに至っては盾にされている。
さすがだな、アナ。
問題は――
「邪魔だ!どけええええええ!!」
味方側なのに、真っ先に味方の訓練兵(障害物役)を10人ほど蹴散らしながら突進してる金髪の暴走機関車がいることだ。
あいつ、敵のほうじゃなくて何してんの?
「ラインハルト!敵はそっちじゃない!味方を殴るな!」
「貴様の旗艦の動線が悪いんだ!!配置が悪い!邪魔なんだ!!」
なんで俺が怒られるんだ。意味がわからない。
そして――本当に一番の問題。
目の前に立つロイエンタール。
ナイフを持って、薄い笑みを浮かべている。
狩りに来た顔だ。
「さて、閣下。お手合わせ願おうか」
「えー……アナが忙しいから仕方なく相手してやるよ」
「仕方なく、ですか。なるほど。ではそういう態度にふさわしいレベルの手加減を心がけましょう」
口元は笑っているが、目が完全に笑ってない。
怖い。
「ほら来いよロイエンタール。俺はここだぞ?」
挑発っぽく言ってみる。
実際はただの時間稼ぎだ。
ロイエンタールはスッと距離を詰めてきて――
あ、近い。近い近い近い!
早い!なんでこの人こんなに早いの!?
腕ごとナイフを払われ、俺は身体ごと横にすっ飛んだ。
「いったああああ!!ロイエンタール!お前ほんと手加減って言葉知ってる!?」
「閣下。これは訓練ですので。生存性を高めるための実戦的指導です」
「それを世間では私怨の発散と言うんだよ!」
転がりながら叫ぶ俺。
ロイエンタールは、追撃の手を緩めていない。
どんどん攻めてくる。
なんでそんなに嬉しそうなんだよこいつ!
その横で――
「うおおおおおおお!!」
「ひええええええ!!」
ラインハルトが、味方障害物役12人目を殴り飛ばしていた。
「ラインハルト!敵は向こうだ!!」
「黙れ!邪魔が多いんだ!!」
お前、味方を殴って何がしたいんだよ!
絶対心理的問題があるぞこの金髪!
一方その頃アナは――
「お二人とも、まだまだですね」
「くっ……はや……!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいホーテン閣下!いや、あの無理ですって!」
ミッターマイヤーとキルヒアイスが、アナの瞬間移動じみた動作に振り回され続けている。
完全に勝負になっていない。
◆
「悪く思うなよ、閣下」
ロイエンタールが、ひどく上品な声で言った。
この状況で上品とか、逆に腹が立つだろうが。
「悪く思うのはそっちだろ」
「……では、遠慮なく」
次の瞬間、ロイエンタールは風になった。
いや、マジで風だ。正面から突き出されたゴムナイフが、視界の端で光ったかと思うと、もう喉元に迫っていた。
が。
「遅い」
身体を半歩ずらしただけで、その突きをスカした。
アナと訓練していると、世界がスローモーションに見える時間があるのだが、ロイエンタールの突きは、その「アナ基準」からすると三倍くらい遅かった。
「なっ……!?」
ロイエンタールが目を見開く。
「悪いけどな、お前の動き、アナの三倍は遅いんだよ」
言いながら、俺は後ろへ跳んだ。
自分でも感心するほど綺麗に回って、軽やかに着地。
ロイエンタールの驚愕の視線が、刺さる刺さる。
「……貴方、本当に艦隊司令官なんですか?」
ロイエンタールが信じられない声で言ってきた。
「褒めてる?それ褒めてるよな?」
「褒めてません!」
だよな。
そして俺は距離を詰め――
一気に猛ダッシュした。
ロイエンタールが、俺の動きに反応できない。
それ自体が相当珍しい光景だ。
そのまま、喉元にナイフをぴたりと突きつけたところで――
ピィーーーーーッ!!!
訓練終了のホイッスルが鳴り響いた。
「勝ったぁぁぁぁぁ!!」
俺はロイエンタールの肩を掴み、ぶんぶんと揺さぶった。
「見たか!?聞いたか!?俺はロイエンタールに勝ったぞ!!褒めろ!称えろ!絢爛たる伏龍の勝利だ!!」
「……その神がかった動きを、書類仕事にも使っていただければ、艦隊の効率は三倍になるのですが」
ロイエンタールはうんざりした顔で言った。
「なぜ、その集中力が決裁の時には消えるのです?」
「失敬な!俺は真面目だぞ!」
「ええ、知っていますよ。机に座るまではいつも真面目ですから」
ちくしょう、こいつ……!
俺が言い返す前に、ふと視界の端に目をやると――
アナが、ミッターマイヤーとキルヒアイスを、左右の手で首根っこ掴んで床に転がしていた。
……もはや怪獣じゃないか。
「アル様、こちらは片付きました」
汗一つかいていないアナが、すん、とした顔で戻ってくる。
「ミッターマイヤー少佐は18回投げまして、キルヒアイス少佐は12回です」
「回数報告いらんよ!!」
ほんとにこの女は……愛しいけど怖い。
◆
やっと一矢報いた。あの毒舌イケメンに、正面から勝利をもぎ取ったのだ。これは艦隊ニュースのトップ見出し案件だろう。
なのに、だ。
訓練場の隅からは、「ホーテン閣下、さすがです!」「ミッターマイヤー少佐もキルヒアイス少佐も相手にならないとは…」という声ばかり聞こえてくる。
片方は肩で息をして、もう片方は天井を見つめたまま小さく「負けました…」とつぶやいている。絵面としては、どう見てもそっちのほうが派手だ。
『おい、待て。ここにも頑張った人がいる。俺だ。誰か一人くらい「閣下の踏み込み、見事でした」とか言ってもいいだろ?な?』
と、わりと本気で叫んでみたが、声には出さなかった。出したら本当に「はいはい、よしよし」みたいな空気で慰められそうな気がしたからな。俺のプライドが爆散する。
それにしても、艦隊司令官がゴムナイフ持って走り回る訓練に、どれほどの意味があるのか、俺にはいまだによくわからない。
想定状況は「敵強襲揚陸艦による旗艦接舷」つまり、防衛ライン全部ぶち抜かれて司令部に敵が雪崩れ込んできましたという、ほぼ負け確定コースだ。
その時点で作戦としては大失敗だし、その上で俺が前線に出ていくようなら、それはもう敗戦処理のヤケクソの領域だろう。
誰もシナリオの前提に疑問を抱かないあたり、この艦隊もだいぶ戦場に毒されてきたな、と思う。
まあいい。褒められるなら何でもいい。
アナに比べれば、俺への評価がオマケ扱いなのは今に始まったことではないし、慣れた。
慣れたが、「慣れた」と口に出すのは妙に負けた気がするので、心の中だけで二回くらい繰り返しておいた。
訓練が終わる頃には、戦闘服の中は汗でべったりだ。俺はヘルメットを脱ぎ捨てながら、「解散!」と適当に声をかけて、そそくさと訓練場を抜け出した。
ロイエンタールが何か言いたげな顔をしていたが、見なかったことにする。勝負は勝負として、あとからあれこれ分析されるのはごめんだ。俺の華麗なバク転とダッシュをフレーム単位で解説されても困る。
このあと、書類の山が机の上で俺を待ち構えている。白兵戦訓練をやった直後に、書類という名の敵部隊をぶつける統帥本部のセンスは、いつまで経っても変わらない。
たぶん、あいつらにとっては実戦より事務戦のほうが本番なんだろう。やめてくれ。
執務室に戻る頃には、汗が冷えて妙に寒くなってきた。扉が開くと、いつものようにアナが待っている。
「アナ、冷える。水とタオル。ついでに褒め言葉を三種盛りで頼む」
「お疲れ様です、アル様。まずはお着替えを。その間に飲み物をご用意します」
いつも通りの落ち着いた声。俺の要求の三分の二くらいは華麗にスルーされたが、慣れているので気にしない。
こういう時、普通は「はいはい」と言いながらも一応全部用意してくれるのが理想的な奥さん像だが、うちのアナは不要な甘やかしは人を駄目にしますという信条に忠実だ。
すでにかなり駄目になっていると思うのだが、これ以上進行すると人として何かを越えるのかもしれない。
戦闘服を脱いで簡単に汗を拭き、新しいシャツに袖を通す。
ソファに腰を落ち着けて一息ついた、そのタイミングで、机の上の暗号通信機が無粋な電子音を響かせた。
「……今、鳴るか?」
思わず天井を見上げる。
訓練直後だ。せめて冷たい水を一口飲んでから鳴ってほしい。宇宙は広大なのだから、暗号通信ももう少し空気を読んでくれていいはずだ。
とはいえ、暗号通信の着信を無視する司令官など存在しない。存在したとしても、すぐに過去形になる。
渋々立ち上がり、暗号キーを操作して通信文を呼び出した。ホログラフに、無駄に厳めしい形式張った文章がずらずらと並ぶ。
「アル様?」
アナが紅茶のトレイを手に近づいてくる。
画面を一通り読み終え、深くため息をついてから、声に出して読み上げた。
「……『ヘルクスハイマー伯、失脚。軍の新型兵器試作機を持ち出し、同盟へ亡命の企てあり。表沙汰にできぬ故、貴官の艦隊にて、秘密裏にこれを処分、あるいは確保せよ』……だと」
部屋の空気が一瞬で冷えた気がした。さっきまでの汗が一気に引いていく。
ホログラフを睨みつけながら、腹の底から声を絞り出す。
「んあああああああ。面倒くさい!また面倒ごとだ!ヘルクスハイマー?あいつ、決闘で鉱山取れなかった腹いせか?どうでもいいわ、そんな奴!」
帝都の屋敷で鼻の下を伸ばしながら、アナの手の甲にキスしようとして、俺の殺意メーターを振り切らせたヒゲの顔が、ありありと脳裏に蘇る。
あのあと、鉱山利権も半分こにされ、それでも懲りずに何かやらかすとは。あの男、才能の方向が完全にバグっている。
「アル様」
アナの声が、少しだけ低くなる。仕事モードだ。
「『新型兵器』とあります。その一点だけで、笑い事では済みません。同盟に渡れば、いずれイゼルローンも、アル様の艦隊も、その脅威に晒されます」
「わかってる。わかってるよ」
ソファに背中を預け、大きく息を吐いた。
「だからこそ、面倒くさいと言っているんだ。どうせまた、ろくでもない実験兵器なんだろうさ。自爆しやすいとか、誤射すると味方の艦隊が蒸発するとか、撃つたびに乗組員の寿命が縮むとか、そういうやつに決まっている」
「最後のは、さすがに軍医総監が許可しないと思いますが」
「俺は今、イメージで文句を言っている。具体的な仕様の話じゃない」
アナは小さく笑い、俺の前に紅茶のカップを置いた。
良い香りが立ちのぼる。俺は一口飲んで、少しだけ落ち着いた。
「……で、だ」
カップをソーサーに戻し、指で縁を軽く叩きながら、改めてホログラフを見上げる。
「わかっているとは思うが、俺が直接行く仕事ではないよな?」
「ええ。アル様は、艦隊司令官でいらっしゃいますから。指揮を執るのがお仕事です」
「そう、それだ。指揮を執る」
人差し指を立ててみせる。
「つまり、『誰に押し付けるかを決める』のが、今の俺の最重要任務なわけだ」
自分で言っておいてなんだが、理屈のねじ曲がり方が芸術的だと思う。だが、上官の仕事というのは案外そういうものだ。
上手に人材を投入し、本人もそこそこ楽をする。それで全体として成果が出るなら、誰も文句は言えない。
……たぶん。
「じゃあ、呼び出そう」
「『艦隊司令官より、特別任務のご指名がある』とでも言っておけ。若者は『特別』に弱いからな」
アナがわずかに眉を上げる。
「『特別』という言葉を、ここまで軽やかに使えるのは、アル様くらいでしょうね」
「褒め言葉として受け取っておく」
内心では、安売りの達人と言われたような気もしたが、深く考えないことにした。俺は自分に都合の良い解釈だけを採用して生きていくタイプだ。
◆
目の前には、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ラインハルト、キルヒアイスの四人。
帝国きっての若手エースが、整然と直立して俺を見ている。うむ、見た目だけなら実に頼もしい。眺めがいい。インテリアとしても優秀だ。
わざとらしく椅子にもたれ、指を組んでみせる。雰囲気作りは大事だ。
内容がスカスカの命令ほど、前フリだけは重厚にしないとバレやすい。
「諸君」
四人の背筋がぴんと伸びる。いいね、その反応。
「今ここに集まってもらったのは、他でもない。帝国軍の未来を左右する、極めて重大で、栄誉ある任務を――」
そこまで言ったところで、ラインハルトの目がキラキラし始めた。
やめろ、その期待に満ちた瞳。俺の良心がチクチクする。
俺の良心は豆粒サイズなので、すぐ悲鳴を上げるのだ。
「――与えるためだ」
仕方ないので最後まで言い切った。
ここで「やっぱり嘘」とか言うと、本気で殴られそうだしな。
「はっ!」
ラインハルトが、誰よりも大きな声で返事をする。
キルヒアイスは横でこっそり苦笑い。あの赤毛、将来絶対胃をやられるタイプだ。今のうちに胃薬を定期支給しておくべきか。
ロイエンタールはまた始まったという顔。
ミッターマイヤーは自信満々の笑顔。
うんうん、実に使い勝手が良さそうな若者たちだ。
机の上の暗号電文を、これ見よがしにひらひら掲げてみせた。
「つい先ほど、オーディンの統帥本部から、極秘の暗号電が届いた」
ここで一拍置き、彼らの表情を眺める。
ラインハルトの期待ゲージが、さらに三割増しになった。
ロイエンタールは、電文をどうせろくでもない内容と言わんばかりの目で見ている。失礼な。九割くらいは当たってるが。
「内容は――」
咳払いをひとつ。
「ヘルクスハイマー伯、失脚。軍の新型兵器試作機を持ち出し、同盟へ亡命を企てあり。表沙汰にできぬゆえ、ファルケンハイン艦隊にて、これを秘密裏に処分、あるいは確保せよ」
読み上げながら、自分でも心底うんざりしてきた。
「以上だ」
紙を机に投げ出すと、ラインハルトの瞳が、キラキラからギラギラに変わった。
危険な輝きだ。
「新型兵器……同盟への亡命……それを、我々に阻止せよと?」
期待と闘志で声が震えている。ああ、若いなあ。眩しいなあ。
俺にもあんな時期があったのか、と一瞬考えて、即座に「ないな」と自己否定しておいた。
「まあ、ざっくり言えばそうだ」
椅子をくるっと回転させ、足を組む。権力者ムーブである。
「ヘルクスハイマーという馬鹿貴族が、なんかヤバいオモチャ抱えて家出してるから、適当に捕まえてこい。以上」
沈黙。
司令官室に、実に気まずい静寂が広がった。
最初にため息をついたのは、やはりロイエンタールだ。
「……また、ずいぶんと丸投げな任務ですな」
「おいおい。俺は事実を要約してやっただけだぞ?ほら、見ろ」
再び電文を持ち上げ、四人に見せつけた。
「ここに『ファルケンハイン中将、直々に出向き、華麗に解決せよ』とは、一文字も書いてない。な?
つまりこれは、『ファルケンハイン艦隊の誰か』がやればいい仕事なんだ。で、艦隊で一番元気で優秀で、なおかつ暇そうに見える若者は誰か……答えは明白だろう?」
四人の視線が、微妙に逸れた。
おい、なんで全員、同時に天井やら床やらを見始める。
ミッターマイヤーが、困ったように笑った。
「閣下。その理屈でいきますと、艦隊で一番暇そうに見えるのは、どう見ても閣下ご自身かと」
「はああ?」
思わず声が裏返る。
「誰が暇そうだ! 毎日忙しいわ! アナに甘やかされながら書類を眺めて、たまにハンコを押して、お茶を飲んで、昼寝して、戦況報告にため息ついて……あれ、こうして言語化すると、思ったより忙しく聞こえないな?」
ロイエンタールが、こめかみを押さえた。
「忙しい、という言葉の意味を、根本から教え直したくなりますな」
「うるさい。これは精神的疲労が大きい仕事なんだよ」
ちょうどその時、アナが静かに紅茶を差し出してくれたので、一口飲んで落ち着きを取り戻した。
うむ、やはり俺の精神安定剤はアナの紅茶に限る。
「ともかくだ」
「この任務は、帝国軍の未来に関わる。新型兵器とやらが同盟に渡れば、後々、俺の安眠が脅かされる。
つまりだ。これは、俺の睡眠時間を守るための戦いでもある」
「動機がひどい」
ラインハルトとキルヒアイスが、ハモった。息ぴったりだな、お前ら。
アナが、くすりと笑いながら口を挟む。
「ですが、アル様。動機がどうであれ、この作戦は重要です。ここでヘルクスハイマー伯を取り逃がせば、次に狙われるのは、きっとこのイゼルローン回廊。
貴方のベッド、そして、私の紅茶の時間が危険にさらされます」
「それは大問題だ!」
「そうだ。これは帝国の、いや、俺のベッドとアナのティータイムを守る戦いだ! 諸君!」
声を張り上げると、四人の視線が一斉に集まった。
よしよし、だんだん司令官っぽくなってきたぞ、俺。
「この極秘任務を、諸君ら四人に一任する!」
ラインハルトの目が、再び輝く。今度は先ほどより純度高めの闘志だ。
「ヘルクスハイマー伯の艦隊規模、護衛戦力、新型兵器の詳細については――」
そこで一瞬言葉を切り、電文をペラペラめくるふりをする。
「……不明だ」
「不明!?」
今度は四人全員がそろって叫んだ。揃い方のレベルが上がってきたな。
そのうち合唱でも始めるんじゃないか。
「そう、不明。場所もだいたいぼんやり、兵力もだいたいふわっと、新兵器の性能に至っては一文字も書いてない。
さすが帝国官僚。情報の出し惜しみのプロ。尊敬するよ。主に悪い意味で」
ロイエンタールが眉間に深い皺を刻む。
「つまり我々は、敵の戦力も位置もわからぬまま、宙域に放り出されるわけですか」
「その通り! だが安心しろ。ヘルクスハイマー伯を知っている俺の経験から言わせてもらうと、あいつは根本的に間抜けだ。
だから、洒落にならない強さの艦隊を率いる度胸はない。たぶん」
「『たぶん』というのが一番信用なりませんな」
「じゃあ、『たぶんきっと、おそらく大丈夫だ』にしよう」
「悪化しております」
ミッターマイヤーが、苦笑しつつ口を開いた。
「閣下。作戦領域くらいは、何か情報があるでしょう? どのあたりを重点的に捜索すべきか」
「そこは安心しろ。ちゃんと考えてある」
俺は、壁の戦術マップに指を伸ばした。
「ここだ。イゼルローン回廊の外れ。ちょうど『事故が起きても、帝都に報告されるまで時間がかかる』位置だ」
「やはりろくでもない選び方だ」
ロイエンタールのツッコミを華麗に無視して続ける。
「そこなら、多少ドンパチやってもバレにくい。万が一、新型兵器とやらが暴走しても、被害を最小限に抑えられる。
……何より、俺が一緒に行かなくて済む距離だ」
「最後の一言が本音ですね、閣下」
「当然だ。俺は艦隊司令官だぞ?トップが軽々しく最前線に出るのは、組織運営上よろしくない」
そのタイミングで、アナが静かに咳払いをした。
「アル様。先日『参謀長の私が前線でワルキューレに乗るのはスカッとして楽しい』と仰っておられましたが」
「アナは別枠だ!お前はほら、戦闘になると目が輝きすぎて、止めても聞かないからな」
「光栄です」
アナが、ほんの少しだけ口元を緩める。
うん、その笑顔だけで、俺は今日一日頑張った気になれる。実際は何も頑張っていないけど。
「ともかくだ」
「諸君らの任務は、ヘルクスハイマー伯の捕捉、及び新型兵器の確保、あるいは破壊だ。
帝国の未来、俺の睡眠、アナの紅茶、全部諸君らの双肩にかかっている!」
ラインハルトが拳を握りしめる。睨んでいるともいう。
「了解しました、閣下。必ずやこの任務、完遂してみせます!」
キルヒアイスもそれに続いた。
「ラインハルトと共に、必ず結果をお持ちします」
ミッターマイヤーは、にやりと笑って胸を叩いた。
「任せてください、閣下。ヘルクスハイマーの艦なんぞ、追いつきさえすれば逃しません」
ロイエンタールは、心底面倒そうな顔をしながらも、一礼する。
「どうせ放っておいても厄介事になりますからな。今のうちに芽を摘んでおきましょう」
よしよし、全員やる気だ。素晴らしい。
「というわけで、詳細な作戦立案と必要兵力の洗い出し、護衛艦の選定、補給計画の策定、それから任務完了後の報告書の雛形作成は――」
俺は、ゆっくりと首を巡らせ、標的をロックオンした。
「ラインハルト中佐。君に一任する」
「なぜだ!?」
金髪の孺子が、ガチの抗議の声を上げる。
「なぜそこで、全ての面倒ごとが俺に来る!」
「決まっている。君が一番有能だからだ」
即答したら、さらに顔が赤くなった。
「褒めて誤魔化すな、この俗物!」
「誤魔化してない。事実だ」
キルヒアイスが、横で肩をすくめる。
「ラインハルト。閣下は本気で褒めておられると思うよ」
「お前までそんなことを……!」
騒がしい金髪コンビを眺めながら、俺は内心でほくそ笑んだ。
(フフフ……これでいい)
若い連中が外で暴れ、手柄を立て、さっさと昇進してくれれば、俺の仕事はますます楽になる。
いずれラインハルトが独立艦隊を任されるようになれば、その分の書類が俺の机から消える。素晴らしい未来図じゃないか。
(働け、働け、俺の優秀な部下たちよ。俺の安楽な老後と、アナとのいちゃつきタイムのために!)
そんな不純極まりない決意を固めていると、アナがそっと耳元で囁いた。
「アル様」
「ん?」
「とても立派な任務付与でした。……少しだけ、格好良かったですよ」
心臓が、どくんと跳ねた。
やめろ、その不意打ち。
「も、もちろんだ! 俺はいつだって格好いい!」
思わず胸を張ったら、ロイエンタールが即座に小声で刺してきた。
「……自画自賛もここまで来れば疾病ですな」
「お前は黙れ!」
こうして、俺の腹黒くて安楽志向な命令のもと、帝国軍の未来を左右する(らしい)極秘任務は、元気いっぱいな若手エースたちの手に委ねられることになった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
アルの怠惰とアナの怪物性、ラインハルトの暴走ぶり、ロイエンタールの刺し技……
どこか一つでも「クスッ」としていただけたなら、本作は役目を果たせたと思っています。
もしお気に召しましたら、
「ここが好き」
「このシーンもっと読みたい」
「ロイエンタールもっと刺せ」
「アナが強すぎる」
などなど、どんな感想でも頂ければ、本当に励みになります。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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毎日なら文字数気にしない