銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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この回は、アルブレヒトが最も面倒くさい部下たち
をどう見ているのかを、遠慮なく語る会議回です。

彼の視点には皮肉と怠惰と洞察が入り混じっており、
本人は笑いながら喋っていますが、その裏に
誰も死なせたくない上官の本音が少しだけ滲んでいます。

銀河は広いですが、今日の舞台は執務室。
ここから、彼らの未来が少しだけ動き始めます。


キルヒアイス依存症と老後の安楽

ロイエンタールは珍しく目がキラキラしている。

 

「閣下。先ほどの『ジョーカー』の処理、お見事でした」

 

いきなり褒められた。こいつが素直に褒める時は、大抵ろくでもない続きが来る。俺は面倒くさそうに片手をひらひらさせて、適当に座るよう促した。

 

「お前なあ。そう改まって来るなよ。俺は今、重要な任務中だぞ」

「重要な任務…ですか?」

「そうだ。どの味のクッキーから食べるかで、人類史が分岐するんだ。邪魔をするな」

 

ロイエンタールは、いつものため息をひとつ落とした。

 

「その人類史、かなりどうでも良さそうですが…まあ本題に入りましょう。小官、以前から気になっていたことがありまして」

 

「先に言っておくが、俺の隠し酒の場所は教えないぞ」

 

「誰も聞いていません。…閣下は、あのミューゼル大佐を、どう評価しておられるのですか?」

 

金髪の孺子の名前が出た。俺はクッキーの箱から手を離し、椅子の背にもたれて天井を見上げた。よりによって、頭を使う話題で来るとは。

 

「ふむ。改めて考えると、なかなか複雑だな、あいつは」

 

とりあえず指を折りながら、俺なりの評価を並べていく。こういうときだけ、脳が元気よく働く。もっと別の場面で頑張れ。

 

「まず、傲慢」

 

「開口一番がそれですか」

 

「事実だろ。自分が宇宙で一番優れてると本気で思ってる。あの目は、自分と姉とキルヒアイス以外、全部モブだと判断している目だ」

 

ロイエンタールの口元がわずかに引きつった。否定しないあたり、同意している。

 

「次に、ド級のシスコン。姉の話になると、目の輝きが二段階ぐらい上がる。あれはもう宗教だな。『アンネローゼ教』だ」

 

「新興宗教を創設する予定ですか」

 

「もう勝手に布教してるだろ。で、女関係で言えば、多分姉以外の女には興味がない。アナほど完璧な女が目の前にいるのに、気配りゼロだからな。あいつのセンサーは、姉とキルヒアイスしかロックオンしない設定らしい」

 

ロイエンタールは咳払いをして視線をそらした。こいつもキルヒアイス観察日記を書いてそうなくせに、よく言う。

 

「それから、キルヒアイスにゾッコン。あれは友情を何周も通り越してる。あの二人を見ていると、こっちが気まずくなる。艦橋で熱い目を交わすな。俺は既婚者だぞ」

 

「閣下、表現が色々と危険です」

 

「事実を簡潔に述べているだけだ」

 

ここまで人格面ばかりだったので、一度指を折り直した。さすがに少しは真面目モードを起動してやるか。

 

「だがな。仕事は超がつくほど優秀だ」

 

ロイエンタールの眉がわずかに上がった。褒めるとは思っていなかった顔だ。失礼な。

 

「白兵戦も艦隊戦も、参謀も現場指揮も、全部こなせる。頭の回転が早いし、細かいところもよく見ている。書類仕事も完璧。俺の決裁印が完全に飾りになってる」

 

「それは、小官も認めます」

 

「戦略的に大局を見る頭もある。こないだの五万四千隻のときも、あいつの見立ては的確だった。あそこで『勝てる』と即答できる神経は、少し狂ってるが」

 

ロイエンタールは、そこでふっと笑った。珍しく、毒気のない笑いだ。

 

「…思ったより、ずいぶんと高評価ですな」

「まあな。基本的には有能だからだ」

 

俺はそう言いながら、人差し指を一本立てる。

 

「ただし」

 

「出ましたね」

 

「協調性というものが搭載されていない。致命的にな」

 

ロイエンタールは静かに頷いた。ここについては完全同意らしい。

 

「誰かの部下としては、最悪のタイプだ。上官の方針が気に入らなければ、あからさまに顔に出る。命令が気に入らないと、全力で独自解釈する。上司から見たら、胃痛製造機だぞ」

 

「…それを承知の上で、閣下はあの男を参謀に据え、仕事を大量に渡しておられるわけですが」

 

「何事も経験だ。若い内に、どんどん仕事をさせるのが上官の優しさというものだ。俺はちゃんと最後に『見る』」

 

「本当に目で見るだけですね。決裁印の位置を」

 

「仕方ないだろ。ラインハルトのやつが上げてくる書類に、直すところがひとつもないんだから」

 

ロイエンタールが、ほんの少しだけ肩をすくめた。内心では認めている顔だ。

 

「で、さっきの話の続きだが」

 

机の上のペンを指でくるくる回しながら続けた。

 

「あいつには、キルヒアイスが絶対に必要だ。あの人の良さがクッションにならないと、周囲との摩擦で燃え尽きる。二人セットで、一つの完成品だな」

 

「なるほど。ミューゼル大佐単体では扱いづらいが、キルヒアイス中佐とペアなら高性能。そういう評価ですか」

 

「言い方はともかく、概ねその通りだ」

 

 

 

 

 

 

ロイエンタールが目を細めた。冷たいというより、値踏みする視線だ。嫌な予感しかしない。

 

「…それなのに、閣下は今、その二人をあえて引き離して配置しておられますな」

 

やっぱりそこを突いてきたか。こいつは本当に、余計なところだけよく見ている。

 

「当たり前だろ。あいつは今のところ、キルヒアイスしか眼中にない。視界の九割九分が赤毛で埋まっている男に、艦隊なんて任せられるか。将来、将官になった時に部下がついてこなくて穴を開けられても困るしな。今のうちに、世界はキルヒアイスだけで回っていないと教えておく必要がある」

 

「教育的配慮、と」

 

「そう。俺は心優しい上官なんだよ」

 

胸を張って言ってやると、ロイエンタールは一瞬だけ黙り込んだ。どう反応すべきか、本気で迷っている顔だ。そこで迷うな。素直に感謝すれば済む話だ。

 

内心でそう突っ込みながら、ついでに言葉を足す。

 

「それにな。今のラインハルトは、キルヒアイスに頼り切りすぎている。戦場でも会議でも、視線がすぐあいつを探す。あれは依存症だ。あのまま出世させたら、側近一人倒れた瞬間にバグって誤射しそうだ」

 

「随分な評価ですな」

 

「高評価だぞ。あいつの才能は本物だからな。才能に対して欠点が多すぎるだけだ」

 

指を折りながら挙げていくと、ロイエンタールの口元がわずかに緩んだ。

 

「…その欠点の一つが、協調性の欠如、というわけですか」

 

「そういうこと。あいつにとって、今の軍隊は『姉を奪い返すための道具』でしかない。周囲の人間は、そのための駒扱いだ。自分の理想のために動くのは結構だが、それをやるなら、他人の人生を抱え込む覚悟も必要になる。そこを理解させるのが教育だ」

 

「小官などは、てっきり。閣下が今のうちにミューゼルを手懐けておくおつもりなのかと」

 

ロイエンタールが、わざとらしく肩をすくめた。嫌な言い方をする。

 

「手懐ける気があるなら、とっくに俺の艦長席に座らせて、俺の武勲を全部代わりに立てさせている。あいつはあいつで好きにやらせた方が伸びる。俺は途中で死にかけた時だけ、さりげなく手を貸してやるくらいでいい」

 

「それを世間では『手懐ける』と申します」

 

「言い方が悪い。親切な支援だ」

 

むきになって言い返すと、ロイエンタールは小さく息を吐いた。呆れているのか感心しているのか、表情からは判断しづらい。

 

「…いずれにせよ、あの男をキルヒアイスから引き離したのは、決して気まぐれではないと」

 

「当たり前だ。俺は気まぐれで人事をいじらない。面倒になるのが目に見えているからな」

 

そこまで言ってから、ついでという顔でロイエンタールを指さす。

 

「ついでに言うと、お前も同じだぞ」

 

「ほう。小官も、何か教育的配慮の対象でしたかな」

 

「当然だ。お前は知略も勇気も揃っているし、顔もいい。そこは素直に認める。問題は、その性格だ」

 

「性格」

 

「そう。皮肉は常に三割増し、冗談に毒を混ぜないと死ぬ病気か何かか?部下にまでその調子で接するから、皆『ロイエンタールは怖い』と陰で言う。才能のわりに損な生き方をしている」

 

ロイエンタールの片眉がぴくりと動く。図星だな。俺は構わず続けた。

 

「出す場所と相手さえ間違えなきゃ、お前もそのうち元帥の椅子に座れる。だが今のままじゃ、上にも下にも警戒される。上司には『何を考えているかわからん男』、部下には『迂闊なことを言うと刺される相手』扱いだ。もったいないだろうが」

 

「閣下にしては、妙に真っ当な助言ですな」

 

「おい。たまには素直に褒めろ。俺は今、珍しく真面目に話している」

 

本当に珍しいので、自分でも少しぞわぞわする。こういう話は、グレイマン閣下の役目だったはずなのだが…。俺がやると、なんだかむず痒い。

 

ところがロイエンタールは、皮肉の一つも返してこなかった。わずかにうつむき、しばらく沈黙してから、静かに顔を上げる。

 

「………恐れ入ります、閣下。肝に銘じておきましょう」

 

「え?」

 

思わず素で声が漏れた。本気で礼を言われるとは思っていなかったのだ。こいつ、熱でもあるのか。

 

「いや、お前…今、普通にありがとうって言ったよな?トゲもオチも付いてなかったよな?」

 

「たまには素直に礼を言っても問題ないでしょう」

 

「問題はないが不安になる。お前が素直だと、逆に何か企んでいるように聞こえる」

 

「それは小官の責任ではありませんな。日頃の閣下の行いの問題でしょう」

 

結局最後は毒舌が戻ってきたので、少し安心した。ロイエンタールはロイエンタールであるべきだ。急にしおらしくなられても、俺の胃がびっくりする。

 

「まあいい。とにかく、お前もラインハルトも、ミッターマイヤーもキルヒアイスも、勝手に死ぬな。それだけは命令しておく」

 

「…随分と雑な命令ですな」

 

「細かく言うと、俺が面倒になる。艦隊の柱が欠けたら、人事を組み直して、後任を育てて、書類を大量に書き直さないといけない。想像しただけで頭が痛くなる。だから死ぬな。以上」

 

我ながら、最高に怠惰な理由だと思う。しかし俺にとっては切実な問題だ。ロイエンタールは小さく笑った。

 

「了解しました、閣下。では、小官は今後も、しぶとく生き残る努力をいたしましょう」

 

「そうしろ。死ぬ時は、俺より後にしろ。葬式で弔辞を読ませてやる」

 

「閣下の葬式で、ですか」

 

「そうだ。『このどうしようもなく怠惰で、だが時々厄介なほど鋭い男を、私は忘れない』とか、泣きながら言え」

 

「…泣くかどうかはともかく、その台詞は今から考えておきましょう」

 

ロイエンタールが踵を返し、執務室の扉へ向かう。ドアが閉まる直前、彼が一瞬だけ振り返り、薄く笑った気がする。気のせいかもしれない。

 

「閣下」

 

「なんだ」

 

「ミューゼル大佐の件、今後も遠慮なく教育的配慮をなさってください。見ていて、なかなか愉快ですので」

 

「人の親心を見世物扱いするな!」

 

扉はもう閉まっていた。声は廊下に虚しく吸い込まれていく。

 

「……全く。あいつもあいつで、素直じゃない」

 

ため息をつき、椅子の背にもたれた。ラインハルトのこと、ロイエンタールのこと、ミッターマイヤーのこと、キルヒアイスのこと。優秀な部下が増えるほど、俺の仕事は減るはずなのに、心配事が増えていくのはなぜだろう。

 

「アナ〜。俺、なんか、いい上官に見えない?」

 

隣のソファで書類を整理していたアナスタシアが、顔を上げて微笑んだ。

 

「ええ、とても。アル様は、最高の上官です」

 

「そうか。やっぱりな。よし、今日はもう仕事終わり。上官の権限である」

 

「まだ書類が三十七件ほど残っておりますが」

 

「それはラインハルトに回せ」

 

即答すると、アナは肩をすくめた。

 

「…そういうところも含めて、最高の上官という意味です」

 

「褒められているのか、馬鹿にされているのか、どっちだそれは」

 

アナスタシアの笑みが、少しだけ柔らかくなる。

 

「もちろん、前者でございますよ、アル様」

 

その声を聞いた瞬間、どうでもよくなった。まあいい。俺が楽をしながら部下を育て、その部下が勝手に武勲を立ててくれるなら、それで万事丸く収まる。

 

ソファに寝転がり、アナの膝を枕に目を閉じた。優秀な部下と、最強のメイドと、ふかふかの膝枕。これ以上、何を望む必要がある。

 

「よし。今日の教育的配慮は終了。あとは昼寝の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 オーディン行きの予定を口にした瞬間、ロイエンタールの顔にまた面倒ごとに首突っ込むんですかって文字が浮かんだ。

 

「また、政治ですか」

 

 ロイエンタールが、ため息を飲み込んだ声で言う。

 こいつもだいぶ俺に毒されてきたな。前はもっと軍人の本分がどうのこうのとか言っていた気がするんだが。

 

「ああ、面倒で死にそうだ」

 

 正直に答えてやる。取り繕うほどのやる気もない。

 

「指向性ゼッフル粒子の件も、例の『ジョーカー』のファイルも、あのオヤジの娘、エリザベート嬢にも関係あることだからな。女子供も平気で暗殺の対象にするような、陰謀渦巻く世界に関わるのは気が進まん」

 

 実際、あのあたりの貴族社会は、イゼルローンの最前線よりよほど命の危険がある。砲撃ならセンサーで検知できるが、毒入りワインはセンサーで判別できない。

 

「だが、お前やミッターマイヤー、それにあのアホな金髪たちを守るためにも、この辺りは上手く立ち回らないと、俺たちの首が危ういからな」

 

そう言うと、ロイエンタールが、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 

「……また随分と、過保護な上官ですな」

 

「いいだろうが。俺の部下なんだから、勝手に殺されたら困る。せっかく育てた戦力が減ると、俺の仕事が増える」

 

 これ以上ないくらい本音だ。

 俺の人生の方針は一貫している。俺が楽をするためには、部下が健康で優秀で出世してくれないと困るのである。

 

 

「というわけで、オーディンへは艦隊ごと行くぞ!」

 

ロイエンタールの眉がぴくりと動いた。

 

「……艦隊ごと」

 

「そうだ。ようやく、俺の艦隊なんだからな。イゼルローンから離れて、お前ら全員に、長期休暇を出してやる!」

 

どやぁ、と胸を張る。

 

どうだ、気前のいい上官だろう。休暇を配るのは、上官だけが持てる特権の一つだ。

 

給料の上乗せより、まとまった休暇の方が喜ぶタイプの部下も多い。俺はそういうところはちゃんと見ている。俺の怠惰を支えるために、部下のメンタルケアは重要なのだ。

 

ロイエンタールが、珍しく素直に目を見開いた。

 

「……! それは、ありがたい」

 

うんうん、そう、その顔だ。

普段皮肉しか言わない奴が、たまにこういう顔をすると、妙に得した気分になる。

 

「ああ」

 

頷きながら、ニヤニヤを隠しもせずに続けた。

 

「せっかくだから、この休暇で、ミッターマイヤーに故郷の彼女とやらに、さっさと告白させて所帯を持たせるのはどうだ?」

 

ロイエンタールの肩が、わずかに揺れた。

 

「あいつも中佐になったことだし、タイミング的にもちょうど良いだろう。よし、俺が背中を押してやる!」

 

 俺が勝手に盛り上がっていると、ロイエンタールは少し視線をそらし、どこか遠いところを見た。

 

 その顔は、親友の幸せを願っている、そんな柔らかさがあった。

 ……が、その笑顔は、どこか歯切れが悪い。笑っているのに、目の奥に引っかかりがある。

 

「どうした?」

 

ストレートに聞くと、ロイエンタールは、いつもの無表情に戻っていた。

 

「いえ。ミッターマイヤーが幸せになるのは、良いことです」

 

口調はきれいだが、どこか軽く力が抜けている。

親友の結婚話なのに、もう少し明るくても良さそうなものだが。

 

「……お前な」

 

人差し指で机をトントンと叩きながら、ロイエンタールの顔をじっと眺める。

視線を逸らさないあたり、こいつも肝は据わっているが、それでもほんの少し、目が揺れた。

 

「女にモテるくせに、自分のことになると、なんかこじらせてそうだな、その顔は」

 

言ってやると、ロイエンタールの眉がほんの少し吊り上がりかけて、すぐに戻った。

 

「……閣下ほどこじらせてはいませんよ」

 

「俺はこじらせてない。俺はアナ一筋だ」

 

胸を張って即答する。

そこに迷いはない。アナ以外の女のことを真剣に考えたことは、一度もない。

さすがのロイエンタールも、ここには突っ込みを入れてこなかった。代わりに、少しだけ肩の力を抜いて、ふっと笑った。

 

「それは、誰の目にも明らかですな」

 

「だろ」

 

得意満面で頷いた。

俺の恋愛事情は宇宙一わかりやすい。半径三メートル以内にアナがいると、俺の理性はだいぶ仕事をサボる。

 

「で、お前は?」

 

「は?」

 

「お前はどうするんだ。ミッターマイヤーに家庭ができたら、酒の相手が減るぞ。お前もさっさと誰か捕まえておかないと、孤独な老後が待ってる」

 

あえて軽口のトーンで言うと、ロイエンタールは目を細めた。

 

「……老後の心配をされるとは思いませんでした」

 

「俺は自分の老後のためにも、お前らの人生設計を気にしているんだよ。俺が楽をするためには、部下のメンタルが安定していることが大事なんだ」

 

「やはりそこに帰結しますか」

 

「当然だ」

 

ここだけは絶対に譲らない。

俺の哲学は、すべて「将来の安楽な老後」のためにある。

俺が一日八時間昼寝できるような世界。それが理想だ。

 

「……ミッターマイヤーの件については、そうですな」

 

ロイエンタールが、珍しく自分から話を続けた。

 

「閣下が背中を押してくださるのなら、彼も腹を括るでしょう。あいつは、覚悟を決めるまでが長いので」

 

「だろうな」

 

 俺も同意する。ミッターマイヤーは一度決めたら一直線だが、決めるまでにうじうじ悩むタイプだ。

 

そういうところも、あいつの長所ではあるが。

 

「……ただ」

 

ロイエンタールが、そこで言葉を切った。

ちらりと俺を見て、何かを飲み込み、それから少しだけ笑った。

 

「小官には、今はまだ、守るべきものが多すぎます」

 

「ほう?」

 

俺の興味アンテナが反応する。

珍しい。こいつが自分からそんなことを言うのは。

 

「部下たち、友人、そして――」

 

ロイエンタールは言いかけて、そこで口をつぐんだ。

しばしの沈黙。

あえて何も口を挟まず、次の言葉を待つ。

 

「……それで、十分です、今は」

 

そう締めくくって、ロイエンタールは軽く頭を下げた。

なるほど。

正直なところ、よくわからんが、こいつの中にはこいつの事情があるということだ。

 

「ふーん」

 

椅子の背にもたれて、大きく伸びをした。背骨がぱきぱき鳴る。気持ちいい。

 

「まあいいさ。人生設計は本人の自由だ。お前が本気で誰かを選ぶ時が来たら、俺はその時に茶化してやる」

 

「……その時も、やはり茶化すのですか」

 

「当然だろうが」

 

真顔で言うと、ロイエンタールは苦笑した。

その苦笑は、いつもの皮肉混じりのものではなく、少しだけ柔らかい。

 

「全く。小官も、厄介な上官を持ったものです」

 

「お互い様だ。俺も厄介な部下ばっかり抱えている」

 

ロイエンタール、ミッターマイヤー、アナ、ラインハルト、キルヒアイス。

どいつもこいつも、一筋縄ではいかない連中だ。

だが、そういう面子に囲まれているからこそ、俺はここまで怠惰でいられるとも言える。

 

「そういえば、閣下」

 

「ん?」

 

「先ほどおっしゃった、『お前やミッターマイヤー、それにあのアホな金髪たちを守るためにも』という件ですが」

 

ロイエンタールが、少しだけ真面目な顔で俺を見る。

 

「あれは、どこまで本気ですか」

 

「ん?」

 

何を今さら。

 

「全部本気だが?」

 

即答すると、ロイエンタールのまぶたが、一瞬だけ揺れた。

 

「……そうですか」

 

たったそれだけ。

 

「お前、本当に熱でもあるんじゃないのか?」

 

冗談半分に言うと、ロイエンタールはあっさりといつもの毒舌モードに戻った。

 

「ご心配には及びません。閣下のストレス源がここで倒れては、閣下の楽しみが減ってしまうでしょうからな」

 

「お前、自分でストレス源って言うなよ」

 

「事実ですので」

 

「それを否定したいのに、否定できない自分が悔しい」

 

頭を抱えると、ロイエンタールは肩をすくめた。

 

「では、ミッターマイヤーの件は、閣下にお任せしましょう。休暇の計画は、ホーテン閣下にも共有しておいてください。あの方は、閣下の暴走を止める最後の防波堤ですから」

 

「俺は暴走などしない。常に冷静沈着な伏龍だ」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

そう言って、ロイエンタールは一礼し、執務室を出て行った。

扉が閉まる音がして、ようやく部屋に静寂が戻る。

 

「……ふぅ」

 

大きく息を吐き、椅子に沈み込んだ。

 

「ん?なんか、あいつ」

 

天井を見ながら、さっきのロイエンタールの顔を思い出す。

ミッターマイヤーの話をした時の、あの妙な笑顔。

親友の幸せを願っているようで、どこか痛そうな目。

 

「女にモテるくせに、自分のことになると、なんかこじらせてそうだな、やっぱり」

 

ぽつりと呟く。

 

「面倒くさい奴め」

 

 

 部下たちには、ちゃんと休暇をやる。ミッターマイヤーには背中を押してやる。ロイエンタールには、余計なお節介を焼いてやる。

 

 そうやって、あいつらが勝手に幸せになって、勝手に強くなって、勝手に出世してくれれば――

 

「俺の老後が、ますます安泰になるからな」




ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、アルブレヒトがいつも以上に饒舌になり、
部下への毒舌と本音が入り混じる回となりました。

ロイエンタールの揺らぎや、
ミッターマイヤーの未来、そしてラインハルトの依存関係など、
それぞれのキャラの心に小さな亀裂が入りはじめています。

作者としては、読者の皆様が
どこに共感し、どこに笑い、どこに違和感を覚えたか
をぜひ伺いたいです。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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