銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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ようこそ、ファルケンハイン領へ。
この物語は――
働きたくない男が、働きたくないがゆえに帝国の歴史を動かす
そんなちょっとおかしな銀英伝二次創作です。

主人公アルブレヒトは、
怠惰で、気まぐれで、戦いたくないし働きたくもない。
ただ、彼には一つだけ他より強い意志があります。

――アナと平穏に暮らしたい。

その願いが、結果として領地を改革し、門閥を操り、
気づけば帝国の中心に押し上げられていく。


帝国一の怠惰男、気づけば帝国の要

 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の屋敷を訪問して以降、気づけば、俺の領主執務室は、戦場より物騒な気配に満ちている。

 

 机の上には契約書の山、棚の上には見積書の山、床の上には「至急」「親展」「重要」のスタンプが押された封筒の山。三次元的に山。これ、一発トールハンマーをここに撃ち込んでもらったほうが片付くんじゃないか?

 

「若様! いえ、当主閣下! 新規貿易の打診がまた十件増えました!」

「閣下! ブラウンシュヴァイク公爵家からの追加便です! 新しい鉱山機械の共同開発の提案書が!」

「こちらはリッテンハイム侯爵家から! 帝都方面の新航路の共同整備計画書です! すごいです! 読む暇がありません!」

 

 行政官たちが、半泣きで書類の束を抱えて突入してくる。全員、目の下にクマを作り、手には震えがある。だが口から出てくる言葉は「黒字」「好景気」「空前」など、聞こえだけは景気が良い。

 

「落ち着け、深呼吸だ。順番に報告しろ。まず、今うちの財政状況はどうなってる」

 

「黒字です!」

「うん、それは知ってる。問題は、その黒字がどれくらいなのかだ」

 

「……想定の三倍です!!」

 

行政官Aが書類を突き出す。数字を見た瞬間、俺は思わず椅子から半分ずり落ちた。

 

「おい。桁、間違えてないか」

「三度確認しました! もし間違っているとしたら、帝都の会計局全体が間違っています!」

 

 正直、嬉しい。嬉しいが、このペースで増え続けると、数年後には領地の金庫が文字通りパンパンになり、物理的に貨幣の置き場がなくなる。そんな笑えない冗談の未来図が頭をよぎる。

 

「……よし、わかった。働くか」

 

つい、口から重い言葉が漏れた。行政官たちが一斉に顔を上げる。

 

「か、閣下が、本気で……?」

「働く……?」

「徹夜されるのですか!?」

「ばか、そこまで言ってない。『一時的に有能になる』だけだ。アナと結婚するための投資だ。愛は偉大だな」

 

椅子にもたれ、書類の山をぐるりと見回した。

 

「いいか、お前たち。こんなものを、一つ一つ俺が確認してたら、俺が死ぬ。だから考え方を変える。『俺がいなくても回る領地』にする。キーワードは仕組み化だ」

 

 行政官たちが身を乗り出す。メモを取る音が一斉に響いた。お前ら、そういうところは真面目だよな。

 

「まず、業務を全部洗い出せ。既存の領内取引、新規の対外取引、投資案件、研究開発、インフラ整備。カテゴリごとに分けて、担当者を固定する。『何でも屋』をやめるんだ。専門バカを増やせ」

 

「で、ですが、専門担当を置くだけの人材の余裕が……」

 

出た、人材不足。どこの現場でも一番よく聞く悲鳴だ。

 

「人が足りないから一人に全部押し付ける、という発想を捨てろ。仕事の流れを分解して、誰でもできるところと、熟練者だけがやるところを分ける。熟練者は判断だけ、雑務は見習いと書記に投げろ。手順書を作れ。『俺に聞きに来るな、紙を読め』方式にする」

 

「て、手順書……?」

「そうだ。『ファルケンハイン領 貿易処理マニュアル第一版』を作る。タイトルは適当でいい。要は、俺が別の戦場に行ってる間も、誰かが読めばそれなりに動く仕組みだ」

 

行政官Bが恐る恐る手を挙げた。

 

「しかし閣下、そのマニュアルを作る人材が……」

「俺だよ」

 

執務室が静まり返った。

 

「い、今、閣下は……」

「聞こえなかったか? 『俺が一時的に有能になる』と言った。今そのフェーズだ。アナとの結婚のためにな。愛は俺をここまで変える」

 

ため息を一つつき、山から適当な書類束を引き抜いた。

 

「よし、まずはこのレアメタル関連の取引を整理する。どの鉱山から、どの商会を経由して、どの星系に流れているか。流れを書き出せ。それをベースに分業体制を組む。問題は人手だな……」

 

そこで一度言葉を切り、ニヤリと笑う。

 

「人材が足りないなら、外から連れてくればいい」

 

オーディンから戻って以降、通信機の受信履歴には、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯からの連絡がずらりと並んでいる。あのオッサンたちは、今や俺の領地を「美味しい投資先」として完全にロックオンしている。利用できるものは、親でも髭でも利用するべきだ。

 

「というわけで、オーディンにつなげ」

 

 通信機を操作し、両陣営に同時接続をかけた。画面の右側には、筋肉と脂肪でできたような大柄な公爵。左側には、神経質そうな顔つきの侯爵。二人とも、にこやかな笑みを浮かべているが、目は全然笑っていない。

 

「やあ、公爵閣下、侯爵閣下。ご機嫌麗しゅう。例の貿易拡大のお話の続きだが」

 

「おお、ファルケンハイン伯!」

「やっと時間が取れたか。待っていたぞ」

 

向こうはやる気満々だ。正直、ちょっと怖い。

 

「先に結論から申し上げる。今のまま拡大すると、こちらの人材が持たない。ついては、両家からそれぞれ『同数』の担当者を、当領へ派遣していただきたい」

 

「ほう……?」

「ふむ……?」

 

二人の眉がぴくりと動いたところで、続ける。

 

「もちろん、こちらも手ぶらでお願いするつもりはありません。レアメタル取引価格を、現行条件からさらに五パーセント下げましょう」

 

 行政官Cが、横で「ええっ」と無言の悲鳴を上げる。うるさい。投資だ。あとで取り返す。

 

「その代わり、派遣人数は必ず両家同数。これが条件です」

 

 頭の中では、「人材確保・完了」のスタンプがすでに押されていた。助けてください、ではなく、取引としてお願いする。これで借りは最小限。しかも両家から同数なら、どちらにも「肩入れ」はしていないというメッセージになる。完璧だ。うん、自分で言ってて惚れ惚れする。

 

 ところが、画面の向こうの反応は、予想していたものとは全然違った。

 

「ほう……!」

「……ふふ」

 

 まずブラウンシュヴァイク公が、豪快に笑う。

 

「ファルケンハイン伯! それはつまり、我らの家から若い者を貴家へ送り込み、貴家の経営を、肌で学ばせてくださるということだな? まさに実地研修! このブラウンシュヴァイク、そういうのは嫌いではない!」

 

「え? いや、あの、公爵閣下。学ばせるとか、そういうつもりでは……」

 

「黙って聞け、伯爵」

 

 でかい声に圧され、思わず背筋が伸びる。

 

 次に、リッテンハイム侯が頷いた。

 

「うむ。しかも、同数とは。つまり、我ら両家の若い者同士を競わせる場を、貴家が用意してくれるわけか。ふむ、これは良い。堕落した門閥貴族の若造どもに、現場で汗をかくということを教える機会になる。……伯爵よ、値引きの件だがな」

 

「はい。五パーセントの――」

 

「無用だ」

 

「え?」

 

 思わず変な声が出た。

 

「値引きなどいらん。我らのほうこそ、貴家に『授業料』を払うべきだろう。そうだな、ブラウンシュヴァイク」

 

「うむ! ファルケンハイン家で学ばせてもらえるなら、それだけで十分な投資価値がある。我らの側から、人材派遣のための資金と設備をつけよう」

 

「……は?」

 

 話が、俺の想定から急カーブしていく。

 

 俺は人が欲しかっただけだ。人と、できれば少しの金。それなのに、なぜか今の流れだと、「ファルケンハイン流経営大学・門閥貴族科」が開設されそうな勢いだ。俺、そんな講座開いた覚えないぞ。

 

「い、いえ、公爵閣下、侯爵閣下。そこまでしていただかなくても――」

 

「いや、する」

「するのだ」

 

 二人の声が完全にハモった。怖い。

 

「貴家のやり方を学ばせてもらえるなら、将来、我ら自身の領地運営にも大きな益となる。これほどの機会、逃す手はない」

「そうだそうだ。気にするな、伯爵。若い者の教育費は、年寄りの義務だ。貴家には、我らの子飼いどもを遠慮なく使い潰してもらえばよい」

 

使い潰す前提で言うな。

 

「……あの、値引きのほうは」

「だから、無用と言っている。むしろ貴家の利益を削るなど、我らの本意ではない。これからも長い付き合いになるのだからな」

 

「そうだ。ファルケンハイン伯。貴殿は、なかなか面白い。両家から、人材のリストを送る。好きなように選んでくれたまえ」

 

そう言って、二人は実に満足そうな顔で通信を切った。

 

呆然とモニターを見つめる俺の横で、行政官Cがぽつりとつぶやく。

 

「……値引き、断られましたね、閣下」

「やかましい。俺も聞いてた」

 

 だが、結果だけ見れば、これは大成功だ。両家から大量の人材がタダで派遣されてくる。しかも向こう持ちの研修扱い。こちらは受け入れの机と椅子と仕事を用意するだけでいい。なんだこれ。最高か。

 

「よし。というわけで、お前たち」

 

くるりと椅子を回し、行政官たちのほうを向く。

 

「高学歴なのに仕事の現場を知らない、育ちの良い坊ちゃん嬢ちゃんが、これから大量に押し寄せてくる。お前らはこき使え。全力で鍛えろ。ただし、雑に扱うなよ。あいつらは、全部、あの二人のオッサンの身内だ。壊したら面倒だ」

 

「は、はい!」

「教育プログラムを急ぎ整えます!」

「新人研修用の資料も……!」

 

 行政官たちの目が、一気に輝きを取り戻した。お前ら、教える側になると元気になるよな。性格が教育者だ。

 

 それから数週間。ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家から、実際に「研修生」が送り込まれてきた。最初は、首から下が飾りみたいな礼服でやってきて、「領民と直接話すのは初めてで……」などとうろたえていたが、農村視察と鉱山見学と港湾倉庫で三日ほど汗をかかせたら、だいたい顔が変わった。

 

最初に悲鳴を上げたのは、彼ら自身だ。

 

「ファルケンハイン領の帳簿、細かすぎませんか!?」

「書類が、体系的に並びすぎていて、逆に怖いのですが!」

「住民税が安すぎる……! どこからこのインフラ費用が……!」

 

次に悲鳴を上げたのは、うちの行政官だ。

 

「若様! いえ、閣下! 優秀です! 優秀な人材が多すぎます! 黒字です!」

「いや、黒字は最初から黒字だろ」

「人材黒字です! このままでは、我々既存の職員の居場所が……!」

 

「知るか。席が足りなきゃ、机を増やせ。優秀な人間が増えるのは良いことだ。どうせそのうち、みんな自分の家に帰るんだからな。その間に、全部吸収してしまえ」

 

 本気で数ヶ月走らせた結果、ファルケンハイム領の行政システムは、一気に近代化した。業務フローは整理され、文書テンプレートは整備され、電子化できるところは端末に置き換えられた。俺が最初に口にした「仕組み化」は、気づけば、誰よりも部下たちが楽しそうに進めている。

 

 もちろん、俺もちゃんと働いた。最初の骨組みを作るところと、最後のチェックだけは、俺の仕事だ。中抜きではない。上流と下流だけ担当する、効率的な怠惰だ。

 

 そんなこんなで、領地がようやく俺がいなくても、勝手に儲かる箱になってきた頃、帝都から一通の公式文書が届いた。

 

「……ん?」

 

 封を切って目を通し、二度見する。三度見する。四度目は、さすがに目が乾いたのでやめた。

 

「閣下? 何か、とんでもないことでも」

「……大将への昇進打診だとよ」

 

 行政官たちがぽかんと口を開ける。

 

「りょ、両家の共同推薦……ですか?」

「そう書いてあるな。『ファルケンハイン伯爵は、帝国軍と帝国経済に多大なる貢献をなし云々』俺、何もしてないんだが」

 

 アナと結婚するために、一時的に有能モードに切り替えた結果がこれか。領地は勝手に回り、金は勝手に増え、人材は勝手に育ち、気づけば階級がまた一つ上がろうとしている。

 

「……なあ」

 

 書類を指でつまみながら、天井を見上げた。

 

「帝国軍って、もしかして、チョロくないか?」

 

 アナに剣で勝つこと以外、世の中の大抵のことが、意外とどうにかなってしまうのが一番怖い。そんなことを考えながら、昇進内示の文書を、そっと机の隅に置く。

 

 

 

 

 

 

 

(その夜領主の館でアナが俺の肩を揉んでくれていた)

 

「アル様、お見事でございました。あのように鮮やかに両家を手玉に取るとは」

「ふん。これくらい俺にかかればな」

「ですが珍しいですね。アル様がいつもの六十五点狙いをやめて、百点満点の成果をお出しになるなんて」

 

どきっとするようなことをさらっと言うなよ。

まあな。俺はやるときはやる男だ。しばらくは百点狙いでいくことにしたんでな。

 

……本当は「アナと結婚するために」なんだが、さすがにその場では口が裂けても言えない。

アナに抱きついて甘えたい欲求と、威厳を守らねばという義務感が、いつも俺の中で取っ組み合いしている。

 

「しばらくはですか」

 

アナが小首を傾げてくる。その仕草一つで疲労が三割は飛ぶ。反則だ。

 

「ずっとでもいいけどな。ただ百点取り続けるのはしんどいんだよ。俺は本来怠惰なんだ」

 

正直に白状すると、アナはくすりとも笑わずに淡々と言った。

 

「アル様はご自分を怠惰とおっしゃいますが、本気を出せばあのくらいできると示してしまった以上、周囲は今後もそれを期待しますよ」

 

ぎくっとした。

期待とかやめてほしい。俺は期待に応えるタイプじゃない。

 

「じゃあ今から六十四点に下げるか」

「一度百点を出した人間が、六十四点を取り続けるのは、それはそれで難しいと思いますが」

 

なんでだよ。

六十点から六十四点を維持するのは得意なんだが、九十点を超えたあたりから急に空気が薄くなるんだよ。高地トレーニングか。

 

「ともあれ、お疲れでしょう。今日はしっかりお休みください」

 

アナの指が、肩の凝りポイントを正確にえぐってくる。

思わず情けない声が漏れた。

 

「そこそこそこそこ……おおおお、生き返る……」

 

ファルケンハイン伯爵、帝国軍中将、未来の元帥(予定)が、情けない悲鳴を上げている図だが、ここには誰もいないのでノーカウントだ。

アナの前でなら、どれだけ情けなくても許されるという謎の信頼がある。

 

「アル様の肩はいつも石のようです。あまりため込みすぎないでくださいね」

「ため込んでるのは肩こりじゃなくて仕事だぞ」

 

そうぼやきつつも、気持ちよさに負けて目を閉じる。

このまま寝落ちしてもいいかなと思ったところで、ふと重要なことを思い出した。

 

「そうだ、アナ。今度オーディンに戻る前に、あの金髪の孺子の様子を見に行くつもりなんだが」

「ラインハルト大佐ですね。もうレンネンカンプ准将から、何度か報告が届いております」

 

そう言ってアナスタシアは、テーブルの上に数枚のデータパッドを置いた。

うんざりするほど分厚い報告書だ。表紙だけで胃が痛くなる。

 

「何これ、また俺に読めと?」

「一応、帝都憲兵隊への出向命令を出したのはアル様の名義ですから」

 

そうだった。完全に忘れていた。

休暇中のラインハルトに、「お前が働きたいなら、帝都憲兵隊で風紀を見張れ。ついでに俺の夜遊びも監視しろ」という、ひどい任務を与えたのだ。

 

「で、レンネンカンプは何て?」

 

紙束をつつくと、アナスタシアはさらりと要約してくれた。

 

「ミューゼル大佐は、我々が数十年放置していた帝都の風紀違反記録を、すべてデータベース化し、さらに管轄ごとの改善案をまとめた五百ページに及ぶレポートを提出してきました。以上です」

 

「以上の破壊力が強すぎるわ」

 

思わず素で突っ込んだ。

五百ページ。

 

俺は報告書一枚書くのにも、三回は昼寝を挟まないと完成しない男だぞ。

それをこいつは休暇中に五百ページ。銀河英雄伝説全巻より厚いんじゃないか。

 

「しかも自発的にです。命じられていない追加調査まで行い、憲兵隊内部の汚職の可能性についても、軽く指摘しているようですね」

「軽く指摘、って、それ全然軽くないだろ。帝都憲兵隊にケンカ売ってないか、あいつ」

 

レンネンカンプが真顔で「我々本職より仕事ができます。ワーカーホリックですな」とぼやいていたのが、容易に目に浮かぶ。

 

「あの方は、仕事を与えられると放っておけない性分なのです。アル様が休暇中の雑務程度のつもりで出向させた結果、帝都憲兵隊の業務改革が始まりつつあるようです」

「俺、そんな大事にするつもりなかったんだが」

 

俺の中でのラインハルトのイメージは、「頭のおかしいシスコンで、キルヒアイス依存症の戦闘マニア」だったが、そこに新たに「超絶仕事人間」というステータスが追加されてしまった。

 

「まあいい。メリットもあるだろうしな。帝都の風紀が良くなれば、俺の夜遊びも安全になる」

 

自分で言っていて情けないが事実だ。

酔っ払いに絡まれて刺されましたでは、元帥候補として格好がつかない。

 

「安全になった分だけ夜遊びの頻度が上がるのでは、とレンネンカンプ准将が心配していましたよ」

「あのオッサン、最近ツッコミのキレがよくなってないか」

 

アナの手が、肩から首筋に移動する。

クイックマッサージコースから、アナスペシャルロングコースに昇格した合図だ。

 

「ところでアル様」

「んあ」

「アル様は、ミューゼル大佐をどうなさりたいのですか」

 

唐突な質問に、片目を開ける。

 

「どうなさりたい、とは。出世って意味か」

「ええ。ミューゼル家は帝国貴族とはいえ、いまや帝国の未来を担う若き英雄筆頭です。アル様が望めば、彼を自分の派閥に引き入れて、将来的に強力な味方にすることもできるでしょう」

 

ふむ。

一瞬だけ、真面目に考えるポーズを取った。どうせアナにはバレているが、雰囲気が大事だ。

 

「そうだな。理屈で言えばそうなる。俺の側に置いておけば、将来提督になろうが元帥になろうが、頼れる味方になるかもしれん。逆に、あいつが暴走して帝国をぶっ壊そうとしたときに、首根っこを掴める位置にもいられる」

「では、やはり取り込んでおくべきでは」

 

「……だがな、アナ」

 

天井を見上げて、盛大にため息をついた。

 

「俺は面倒が嫌いなんだ」

 

アナの指が一瞬止まる。

そのわずかな間に、自分でも笑えてきてしまった。

 

「俺は、アナと平和にイチャイチャして、領地でだらだら暮らしたいんだよ。帝都の政争なんか知らん顔してさ。でも現実にはそうもいかないから、必要最低限のところだけは押さえる。今のところ、ラインハルトは俺の手の届かないところに行ってくれた方が、むしろ楽だ」

 

「楽を優先なさるのですね」

「当然だ。俺の人生の最優先事項は、アナと結婚して、ベッドの上で美女に囲まれて寿命で死ぬことだからな。そのために元帥になるのはいいが、帝国の未来を全部背負う気はさらさらない」

 

肩を揉んでいたアナの手に、わずかに力がこもった。

 

「美女に囲まれてというところは余計です」

「あ痛い痛い、ごめん。今のは修正する。美女ではなく、アナ一人に囲まれて、だ」

「人は一人に囲まれません」

 

細かいところで容赦なく刺してくる。

だが機嫌は悪くなさそうなのでセーフだ。

 

「ああ。でも、ラインハルトのやつがあの調子で働きまくってくれたら、そのうち憲兵隊の中で発言力も増すだろうし、帝都の治安も良くなる。そうなったら俺も堂々と夜の街を歩けるしな」

「アル様。夜の街にお出かけになるときは、必ず私をお連れください。一人で歩くのは危険ですから」

「俺より強い護衛を連れて歩く男というのも、どうなんだろうな」

「安全が最優先です」

 

きっぱりと言い切られてしまった。

もう素直に頷くしかない。

 

「はいはい。大人しくアナのお守り付きで飲みに行きますよ」

 

そう言いながら、ふと思う。

ラインハルトは、多分俺とは真逆だ。

自分から面倒事に突っ込んでいくタイプ。帝都の闇でもなんでもいい。とにかく前にある障害をぶち壊していくことに快感を覚える、そういう顔をしている。

 

「なあ、アナ」

「はい」

「アイツさ。もし本気を出したら、皇帝の首すら取りに行きそうだと思わないか」

「……そうですね。可能性はあると思います」

 

アナスタシアは、あっさり認めた。驚くほどあっさりだ。

 

「ただし、そのときラインハルト大佐の一番の障害になるのは、おそらくアル様です」

「え、俺?」

 

思わず起き上がると、肩もみコースが終了してしまった。

損した気分だ。

 

「なんで俺が障害になるんだよ。俺は関わりたくないのに」

「アル様は関わりたくなくても、巻き込まれる運命にありますから」

 

さらっとひどいことを言われた気がする。

 

「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯、両方に気に入られ、ファルケンハイン家の経済力は急上昇。帝国軍では新進気鋭の中将、元帥候補。さらにジョーカーの存在を握り、帝国の暗部に片手を突っ込んでいる上に、ホーテン家との婚姻が既定路線」

 

アナスタシアが指を折って、俺のスペックを読み上げていく。

やめろ。なんかこそばゆい。

 

「そんな人物が、完全に静観することなど不可能です。ラインハルト大佐が上へ上へと登ろうとすればするほど、必ずどこかで利害がぶつかります」

「そういう未来予測やめろよ。胃が痛くなる」

「アル様の胃が痛くなる分だけ、私が肩を揉みますから大丈夫です」

「大丈夫の基準がおかしい」

 

「まあいいや。今はラインハルトの五百ページレポートよりも、目の前のアナを堪能する方が大事だ」

「堪能とは」

「抱き枕にするという意味だ」

 

宣言して、そのままソファに寝転がり、アナの腰を引き寄せる。

 

「アル様。ここは領主執務室です」

「執務はさっき終わったから問題ない」

「そういう問題ではありません」

 

口では抗議しながらも、アナはうまく体勢を整えてくれる。

だから甘えてしまうんだよな。こういうところが好きだ。

 

「なあ、アナ」

「はい」

「俺が元帥になって、ブラウンシュヴァイクとリッテンハイム両方黙らせて、それでも帝国がくだらない政争をやめなかったら」

「やめなかったら」

「そのときは、二人でどこか辺境の惑星に引っ込んで、のんびり農業でもするか」

「アル様が鍬を持つ姿は想像できませんね」

「俺だって想像したくないよ。でも、畑でのんびり働いて、夜はベッドでのんびり抱き合って、たまに孫の顔を見てニヤニヤして、そういう人生も悪くないと思わないか」

「……悪くありませんね」

 

アナが、少しだけ表情を緩めてそう言った。

 

「まあ、なんとかなるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休みボケどころか、仕事中毒になってやがるとはな。

あの金髪の孺子の姉ちゃんも、さぞ苦労してることだろう。

 

「アル様、お見事でございました。ラインハルト大佐を、実質的に『強制有給付き左遷』に追い込んだつもりが、まさか憲兵隊の業務改革を完遂させるとは」

 

「褒めてるのか、それ。俺としては、奴が『ヒマすぎて死ぬ!戦場をよこせ!』って叫び出す未来を期待してたんだが」

 

「むしろ、『ヒマを見つけて仕事を増やす』方向に進んでおられますわね」

 

その評価は否定できない。

 あの男、戦場に出しても放っておいても、結局仕事を見つけて自分で首を絞めるタイプだろう。付き合わされる部下の胃が心配だ。

 

 さて、ミュラーはどうしているか。

 あいつはうちの艦隊の貴重なまともな常識人枠だ。仕事中毒の金髪に潰されては困る。

 

 そう思って、俺は帝都憲兵隊司令部へ向かうことにした。もちろん、正式な視察なんていう格好のいいものじゃない。ただの冷やかしだ。

 

 憲兵隊司令部の廊下は、相変わらずピリピリした空気に包まれていた。

 どいつもこいつも顔が怖い。いや、仕事柄なのはわかるが、もう少し愛想というものを覚えてはどうか。帝都の治安より、職員の表情筋を鍛えた方がいいのではないか。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、正面からふらふらと歩いてくる人影があった。

 ナイトハルト・ミュラー中尉である。目の下に、立派なクマを二重に装備していた。おまけに、両腕に抱えた書類の山が、軽く胸の高さを超えている。埋もれてんじゃないか。

 

「お、ミュラー。お前も大変そうだな」

 

 声をかけると、ミュラーは書類が崩れないように体勢を立て直しながら、反射的に姿勢を正した。書類タワーごとビシッと敬礼されたので、ちょっと笑いそうになった。

 

「はっ!ファルケンハイン閣下!」

 

「まあ、あのワーカーホリックにつけば、学ぶことも多いとは思うが……どうだ、ラインハルト大佐の下での生活は?」

 

 ミュラーは、死んだ魚みたいな目を輝かせた。

 いや、輝いたのかあれは。なんか、光を反射しただけかもしれない。

 

「お陰様で、ミューゼル大佐閣下のご指導により、帝都オーディン全域の、過去五十年分の下水道の図面を、全て暗記することができました!大変、勉強になっております!」

 

「…………」

 

 思わず、言葉を失った。

 下水道。

 五十年分。

 暗記。

 

「お前、俺の艦隊に戻るつもりないのか?」

 

 つい本音が漏れた。

 というか、下水道の図面を暗記して何をするつもりだ、あの金髪は。帝都制圧でも企んでいるのか。怖いわ。

 

 しかしミュラーは、妙に晴れやかな表情で答えた。

 

「いえ、閣下。これはきっと、将来、何かの役に立ちます!大佐閣下は、『戦場は上からだけでなく、下からも制すべきだ』と仰っておられました!」

 

「下から制するって、言い方を考えろ。主に語感の問題でな」

 

 あいつ、自分がブラック職場にいる自覚がないタイプかもしれん。危険だ。放っておくと、「やりがい」とかいう幻覚に取り憑かれて倒れるぞ。

 

「と、ともかく、体だけは壊すなよ。倒れたら、ラインハルトが俺に文句を言いに来そうだからな」

 

「はい!閣下のお言葉、肝に銘じます!」

 

 元気よく敬礼し直したミュラーは、そのまま書類タワーを抱えて去っていった。

 背中を見送って、俺は心の中でそっと手を合わせた。南無。

 

 さて、本丸だ。

 俺は、帝都憲兵隊司令部の奥にある、臨時執務室の前まで歩き、ドアの前で立ち止まった。プレートには『ミューゼル大佐』とある。

 ノックしようとして、少しだけ悩む。どうせロクな反応は返ってこない気がする。だが、上官としての礼儀もある。仕方ない。

 

 コン、コン。

 

「誰だ! 今、忙しい! 入るな!」

 

 中から、予想通りの不機嫌な声が響いた。

 あまりにもテンプレ通りの反応に、逆に安心する。ああ、うん、元気そうだな。間違いなく、まだ余裕がある。

 

「……」

 

 一瞬くらい、「ファルケンハイン中将だ、入るぞ」と名乗ってやろうかと思った。

 だが、扉一枚隔てた向こうで、どうせ書類と格闘しているであろう金髪の姿を想像した瞬間、面倒くささが勝った。

 

うん。元気そうだな。よし、帰ろう

 

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

・領地経営のカオス
・ブラウンシュヴァイク&リッテンハイムの暴走
・ラインハルトのブラック労働ギャグ
・アナの最強ヒロインっぷり

少しでも笑えたり、
「こいつめんどくせえな」と思ったり、
アナに惚れたりしていただけたなら嬉しいです。

感想をいただけると、
アルが働きたくないけど働く気になるくらい喜びます。
作者も同じです。

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