銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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幼年学校編も佳境に入り、アルブレヒトがついに
「事件の裏側」──そして
「少年ラインハルトの内側」
に踏み込む回です。

小麦粉は落ちるし、政治はうごめくし、
心も揺らぐし、貴族社会は今日もロクでもありません。

でも弱さを抱えた人間をどう守るか。
彼ら三人の関係が、少しだけ色濃く滲む章になりました。

気軽に構えず、どうぞゆっくりお楽しみください。


人は、お前が思うほど強くない

 廊下に出た途端、俺は盛大にくしゃみをした。

 

「っくしょん!……粉っぽい……」

 

 制服の肩を払うと、まだ白い粉がふわっと舞い上がる。さっき倉庫で浴びた小麦粉の残党だ。

 

「キルヒアイス、背中どうなってる?」

 

「……一面、真っ白です、閣下」

 

「だろうな」

 

 ため息をついて肩を回す。こっちが命懸けで現場検証してたのに、犯人のほうはのほほんとしてるのを想像すると、なんともムカつく。

 

「しかし閣下、なぜ監視対象が首席のハーゼではなく、次席のベルツなのですか?」

 

 隣で歩くキルヒアイスが、いつもの真面目な顔で質問してくる。

 

「校長の孫(バルブルグ)を首席にしたいのなら、二人とも邪魔なはずですが」

 

「簡単な話だ、キルヒアイス」

 

 歩調を落として、廊下の窓から校庭を覗き込む。朝のランニングを終えた生徒たちが、まだゼーハーやっている。さっきまで俺もあの中で走らされていた。納得いかない。

 

「さっきも言ったがな、元上官云々の話をしただろう?」

 

「ええ。ハーゼの祖父が、シュテーガー校長の元上官だった、と」

 

「そう。で、あの手の老害貴族はな」

 

人差し指を立てる。

 

「元上官の孫をわざわざ殺すより、殺人の容疑をかけて失脚させて、陰でニヤニヤしたい生き物なんだよ。『いやあ、私は何もしてませんよ。ただ事実が明らかになっただけで』とか言いながらな」

 

「……なるほど。政治的な判断ですか」

 

「そういうこと」

 

肩をすくめた。

 

「ハーゼを殺したら、さすがに周りの目も厳しくなる。『なぜ元上官の孫が?』ってな。だが、ハーゼに殺人の容疑をかけるならどうだ?『血は争えん』とか、いかにも老害が好きそうな言い訳で盛り上がれる」

 

キルヒアイスが、心底うんざりした顔をした。

 

「……それは、かなり性格の悪い発想ですね」

 

「貴族ってのは、そういうもんだ」

 

自分で言ってて悲しくなるが、事実だから仕方がない。

 

「で、その構図を作るには、死ぬのはベルツのほうが都合がいい」

 

「なぜベルツなんです?」

 

「ベルツの成績は次席、ハーゼと競り合っている」

 

指を二本立ててみせる。

 

「首席争いに絡んでいる二人のうち、一人が死ねば、残ったほうに『動機』を乗せやすい。特に、貴族社会はそういう物語を信じたがる。『優秀な孫が、ライバルを殺してでも上に行こうとした』ってな」

 

キルヒアイスは、静かに頷いた。

 

「……確かに、噂になりやすい構図です」

 

「だろう?そこへ、校長の孫のバルブルグを差し込めば、『首席候補が二人とも消えて、孫が繰り上がり首席』という実にわかりやすい茶番のできあがりだ」

 

苦笑した。

 

「一本の小麦粉袋で、三世代まとめて料理できる。老害にとってはたまらんご馳走だろうさ」

 

そう言いながら、俺は廊下の角を曲がる。

 

「さっき倉庫で確信したがな。あの小麦粉の落ち方、仕掛け方、延髄に一撃の角度。現場に一番長く出入りしてるヤツじゃないと、あそこまできれいに決まらん」

 

「……教官、ですか」

 

「だろうな。日々の備品管理や点検をやってる教官か、用務員。その中に、本気で事故に見せかけるつもりがあったやつがいる。だが、実際には殺人事件として扱われた」

 

キルヒアイスが小首を傾げた。

 

「そこがよくわからないのですが。せっかく事故に見せかけられるなら、そうすればよかったのでは?」

 

「俺もそこが引っかかってる」

 

窓枠に軽く拳を当てる。

 

「事故なら、校長の管理責任は免れない。『危険な倉庫に生徒を近づけた』『安全管理が不十分だった』ってな。だが、殺人事件なら別だ。『外部犯の可能性がある』『反体制勢力のテロかもしれない』なんて話にすり替えられる」

 

「だから、殺人事件として届け出た…?」

 

「そう。だが、通報まで三時間」

 

指を三本立てた。

 

「三時間ってのは、長い。『すぐ試験に差し障るから、まず遺体を移動して……』とかやってたら、そのくらいは平気で経つがな」

 

「……試験、ですか」

 

「貴族の子弟が集まる幼年学校で一番大事なのは、成績表と序列だ。死んだのが誰で、残ったのが誰か。それで今後の派閥図が変わる」

 

キルヒアイスは、黙って俺の顔を見つめる。

 

「つまり、通報が三時間遅れたのは、その間に『誰を生かして、誰に罪をかぶせるか』の相談が行われていた可能性が高い、と」

 

「そういうこと」

 

「だから、事故の可能性が七割。だが、残り三割は、事件後の政治工作だ。そこが俺の守備範囲ってわけだな」

 

「……ラインハルト様には、気づきにくいところですね」

 

キルヒアイスが、少しだけ苦い笑顔を浮かべる。

 

「ラインハルト様は、正義と理想に対して真っすぐすぎますから。『事故』と聞けば、『そんなはずはない!』と、最初から否定してしまわれるかもしれない」

 

「あいつはいいやつだが、世界を『白か黒か』で見すぎる」

 

「世の中には、『白に見せかけた真っ黒なグレー』とか、『真っ黒に見せかけた灰色』しかないのにな」

 

 キルヒアイスは、少し考えるように目を伏せた。

 

「……だからこそ、閣下のような方が、傍にいるべきなのかもしれません」

 

「俺はあいつの傍じゃなくて、ちょっと離れたところで好き勝手やるつもりなんだがな」

 

そう言いつつ、俺はニヤニヤが止まらない。

 

「で、本題に戻るが」

 

「はい」

 

「監視対象をベルツにした一番の理由は」

 

廊下のど真ん中で立ち止まり、キルヒアイスのほうを振り向いた。

 

「ベルツは俺の遠い親戚筋だからだ!」

 

「…………え?」

 

「万が一にも、あいつが殺されたりしたら、俺が本家の集まりで嫌味を言われて、気分が悪い!」

 

そこが何より重大問題だ。

 

「『お前、あの子の後見人だったよなあ?』『さすがは伏龍の英雄閣下、親戚を死なせるとは豪胆な』とか、絶対言われるだろ。想像できるだろ?」

 

「……」

 

キルヒアイスは、こめかみを押さえた。

 

「……閣下は、本当にブレませんね」

 

「俺の人生の最優先事項は、アナと俺の快適な生活だ。その次が領地の安定と部下の待遇。そして、そのさらに下のほうで、ようやく帝国の平和がチラチラ見えるくらいだ」

 

「帝国、かなり下ですね」

 

「下だとも」

 

「でもな、結果的に帝国のためになってるなら、順番はどうでもいいだろ。動機はどうあれ、ベルツを守って、ハーゼを守って、バルブルグを守ってやれば、将来それなりに役に立つガキに育つかもしれん」

 

「そういう意味では、確かに……」

 

「というわけで」

 

キルヒアイスの肩をぽん、と叩く。

 

「ベルツに張り付け」

 

「はい」

 

「本人じゃなくて、特に周囲だ。ベルツの机の中、寮の部屋、誰がよく出入りしてるか。誰が『最近ベルツの様子が』とか『あの子はきっとやってない』とか、やたら熱く語り出すか。そういうのを、全部見てこい」

 

「……かなりブラックな見方ですね」

 

「人間観察の基本だ。『やたら擁護するやつ』と『やたら叩くやつ』は、どっちも怪しい」

 

キルヒアイスが、静かに敬礼した。

 

「御意。閣下の意図、承知いたしました」

 

「よろしい」

 

満足して頷く。

 

「ラインハルトの捜査期間は二週間だ。何もなければ、それでいい。事故だったってことで、俺も納得してやる」

 

「……もし、ベルツの身に何かあれば?」

 

「そのときは、政治的な陰謀の合図だ」

 

「犯人探しはラインハルトの見せ場にしておく。俺たちは、もっと上の連中の顔色を見に行くとしようぜ。誰がどのタイミングで眉をひそめるか、それだけで、だいたいの構図は見えてくる」

 

「……ラインハルト様には、確かに向いていないやり方ですね」

 

「あいつには、世界を変える仕事を任せる。俺は、世界があんまりバグらないように、裏で調整するだけだ」

 

そう言いながら、俺は白くなった肩の粉をはたいた。

 

「……ところでキルヒアイス」

 

「はい」

 

「さっき小麦粉が落ちてきたとき、お前、俺のほうに飛び込もうとしてただろ」

 

「え?」

 

「見えてたぞ。『庇おうとした』だろ」

 

「……」

 

キルヒアイスが、珍しく言葉に詰まる。

 

「私は、部下として当然のことを」

 

「ありがとな」

 

もう一度肩を叩いた。

 

「でもな。俺に小麦粉が当たるより、お前に小麦粉が当たるほうが、アナが本気で怒るからな」

 

「…………え?」

 

「『アル様は粉だらけになっても可愛いですが、キルヒアイス様は粉まみれになると洗濯が大変です』とか、本気で言うからあいつ」

 

「それは……それはそれで、怖いですね」

 

二人で顔を見合わせて、思わず吹き出す。

 

 ちょうどそのとき、捜査本部の扉が視界に入ってきた。中では、金髪の孺子が眉間にしわを寄せて、資料と格闘しているはずだ。

 

「さ、行くか」

 

「はい」

 

扉を開ける直前、俺は振り返りざまにキルヒアイスへ言う。

 

「それともう一つ」

 

「はい?」

 

「俺はもう犯人もトリックも全部わかってるが、あいつには教えない」

 

「……やはりそうおっしゃるのですね」

 

「当たり前だろ。あいつの初陣だ。自分で転んで、自分で起きて、自分で怒鳴り込んでこそ意味がある」

 

ニヤッと笑って、捜査本部の扉を勢いよく開け放った。

 

「よう、金髪の孺子。まだ死因がわからんのか?俺はもう、犯人もトリックも、全部わかったけどな。教えてほしいか?」

 

机に向かっていたラインハルトが、バネ仕掛けみたいに顔を上げる。

 

「いらん!貴様の助けなど借りるか、この俗物!」

 

「はいはい。じゃあせいぜい頑張れや」

 

両手をポケットに突っ込み、くるりと背を向けた。

 

「俺はキルヒアイスと、食堂の限定スイーツでも食ってくるわ」

 

背中に向けて、ラインハルトの舌打ちが飛んでくる。

 

「……自由な男だな」

 

「褒め言葉として受け取っとく」

 

高らかに笑いながら、キルヒアイスと並んで廊下に出た。

 

「さて、限定スイーツを確保しつつ、ベルツの動きもチェックするか。事件も政治も、甘い物補給しながらのほうが捗るからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 ライフアイゼンの埋葬式は、いかにも帝国軍幼年学校らしく、きっちりと整列させられた生徒たちと、やたら立派な花輪と、無駄に威圧感のある軍楽隊に囲まれて粛々と進んでいた。

 

 空気は重い。曇天。冷たい風。泣き出した一年生の鼻をすする音。

 だが、一番前で弔辞を読んでいるハーゼの声だけは、やけに澄んでいる。

 

「……君の死を悼み、我々は君の遺志を継ぎ、帝国軍人として――」

 

 俺は列の後方で、神妙そうな顔をして立っていた。

 いや、別に演技というわけではない。葬式は嫌いじゃない。酒も出ないのに長いのが難点なだけだ。

 

その横で、金髪の孺子が小声で毒を吐いた。

 

「……フン。形式は完璧だが、心のこもっていない、空っぽの言葉だ」

 

相変わらずだ、この男は。

ひそひそ声でそいつの肘を小突く。

 

「おい、金髪」

 

「なんだ」

 

「人はな、お前が思うほど、強くない」

 

ラインハルトが、ギロリと横目で俺を見る。

この視線、いつ見ても、刺すように鋭い。慣れたけどな。

 

「突然、友人が死んで、『はい、では心のこもった弔辞をどうぞ』って言われて、すぐ本音を整理できる奴が、どれだけいると思う。ああやって、教科書の文言をなぞることでしか、悲しみをやりくりできない人間もいるんだよ」

 

「……」

 

「それを、『空っぽ』と切って捨てるな。あれで精一杯やってる奴もいる。そういうのを、全部まとめて『偽善』とか『形式主義』とか言い出すから、お前は敵を増やすんだ」

 

ラインハルトは、しばらくハーゼの背中を睨んでいた。

弔辞を読み上げる声は、確かに滑らかだが、どこか固い。

 

 感情がこもっていないというより、こもらないように必死で抑え込んでいる、そんな感じだ。

 

「……貴族の子弟なら、感情を整えるくらい、できてしかるべきだろう」

 

「無茶言うな。お前とアナと、うちの祖父を基準にするな。あれは人間というより災害だ」

 

ぽつり、とそんなことを返したら、さすがの金髪も黙り込んだ。

よし。少しは刺さったようだ。

 

まあ、こいつには本当のところ、まだ分からんだろうけどな

 

心の中で肩をすくめる。

 こういう、弱さでやっとバランスを取ってる連中の気配を嗅ぎ分けるのは、貴族社会で生きていく上でもわりと重要なスキルだ。

 

 「強い奴」と「頭がいい奴」だけを見ていると、足元をすくわれる。

 領地経営の肝はそこだ。……だが、金髪に説明しても理解されない気しかしない。

 

キルヒアイス、お前から言ってやれよ……いや、無理か

 

 視線だけで、少し離れたところに立つ赤毛を見る。

 あいつは、ラインハルトの言うことを基本的に全部肯定して、必要なところだけそっと微調整する係だ。

 

 全肯定botに、「形式にも意味はありますよ」とか言えというのも酷だろう。

 

そうこうしているうちに、弔辞は終わった。

棺は、ゆっくりと墓穴に降ろされる。軍楽隊が、これまた重苦しい曲を奏で始めた。

 

……まあ、うちの領地の葬式より、まだマシか

 

 ファルケンハイン領では、たいてい飲めや歌えやの大騒ぎになる。

 

 死んだ本人を惜しむより、「生き残った俺たちが飲む理由ができた!」とばかりに、朝まで飲む。

 

ふと、俺の耳に駆け足の靴音が近づいてきた。

一人の憲兵が、ラインハルトに向かって小声で話しかける。

 

「ミューゼル大佐……失礼いたします」

 

厳粛な空気の中で、声は極力抑えられているが、耳慣れた職業的な響きだ。

俺は、視線だけ動かしてその様子を盗み見る。

 

「なんだ」

 

金髪の声も抑えられている。

が、内圧高めの鍋を無理やり蓋で押さえている、そんな緊張が滲む。

 

「先ほど、本国より電報が……ご尊父、セバスティアン・フォン・ミューゼル卿が、急逝されたとのことです」

 

ラインハルトの表情が、一瞬凍り付いた。

本当に一瞬。

あれを見逃せるほど、俺の「観察眼」は安くない。

 

「……わかった。下がれ」

 

憲兵が下がると、俺は小さく息を吐く。

 

父親の訃報か

 

隣にいたキルヒアイスが、すぐさまラインハルトの肩にそっと手を置いた。

 

「ラインハルト様……葬儀には」

 

「ああ、出るさ」

 

金髪は、淡々と答える。

その声色には、驚くほど感情の揺れがない。

 

「出なければ、姉上に叱られるからな」

 

……この返しで、だいたい全部理解した。

 

ああ、そっか。ここが原点か

 

アンネローゼ嬢が後宮に上がったのが九歳。

こいつが幼年学校に入ったのが十歳。

父親?きっと、彼にとっては姉に怒られる理由を作る人以上の何かになれなかったんだろう。

 

社会体制への怒り。

 劣悪遺伝子排除法への苛立ち。

 今回の形式的な葬儀への嫌悪。

 全部、一本の線でつながってるわけだ。

 

だからこそ、危うい。

綺麗な理屈と、強烈な怒りと、鋭すぎる頭脳。

それが、変な方向にねじれたら――国家としては、かなり困ることになる。

 

お前、まさかとは思うが……

 

ちらりと横を見る。

金髪は、前だけを見ている。

その横顔には、悲しみも怒りも、何も浮かんでいない。

 

危険な思想を育ててないだろうな?

 

 本人はきっと、「帝国を正しくする」とか、「不当な法を改める」とか言うんだろう。

 だが歴史を振り返ると、「正しくする」とか「一度リセット」とか言い出した連中の大半は、綺麗さっぱり焼け野原にしてくれやがったものだ。

 

 

俺は、お前を撃ちたくはないぞ、ラインハルト

 

 

 

こいつの革命ごっこに付き合う気はさらさらない。

だが同時に、こいつに銃口を向ける未来も、見たくない。

撃つなら、敵艦隊だけでじゅうぶんだ。

 

「……ファルケンハイン」

 

横から低い声がした。

金髪が、わずかにこちらを振り向く。

 

「なんだ」

 

「さっきの話だが」

 

「どの話だ。俺はさっきから名言しか言ってないからな」

 

「『人は、お前が思うほど強くない』というやつだ」

 

ああ、それか。

肩をすくめる。

 

「事実だろ。人間は、強くない。弱いから群れる。弱いから形式をなぞる。弱いから、誰かに怒られないように動く。……それで何とか回ってるのが帝国だ」

 

「弱さを肯定するのか」

 

「当然だ。弱さを否定したら、俺が生きづらくなる」

 

金髪の眉がぴくりと動く。

隣でキルヒアイスが、苦笑を飲み込んだ気配がした。

 

「俺はな、ラインハルト。お前みたいな強迫観念持ちの天才には一生勝てんよ。アナにも勝てん。あいつら、標準装備がおかしい」

 

「……」

 

「だから、その上で、俺は俺の届く範囲だけ守れればそれでいい。領地と、部下と、家族と、アナな。『帝国全部』とかいう広すぎる単位は、お前と皇帝に任せるよ」

 

「……あの老いぼれと一緒にするな」

 

「じゃあ、お前一人でやればいいさ。ただ――」

 

俺は、棺を見下ろした。

ライフアイゼンの名前が刻まれたプレートが、冷たい金属光沢を放っている。

 

「変えたいってんなら、壊すだけはやめろよ。壊すことしか考えてない奴には、俺は容赦しない。たとえ、それが友人でもな」

 

「友人、か」

 

金髪が、ほんの少しだけ口元をゆるめる。

 

「貴様は、自分をそう位置づけるのだな」

 

「もちろんだ。俺ほど面倒見のいい門閥貴族は貴重だぞ。姉ちゃん奪われた可哀想な金髪少年に、優しく憲兵隊研修という名前の社会見学をプレゼントしてやってる恩人だからな。ありがたく思え」

 

「恩人が聞いて呆れる」

 

 吐き捨てられた言葉の奥に、わずかな温度を感じる。

 キルヒアイスが、安堵したように息をついた。

 

「……ファルケンハイン閣下」

 

「なんだ、赤毛」

 

「ラインハルト様は、きっと、大丈夫です。『壊す』だけを望む方ではありません」

 

「そうだと助かるな」

 

 本音だ。

 こいつの才覚が、破壊ではなく、改良のために向いてくれれば、俺の老後がぐっと穏やかになる。

 

頼むぞ、金髪。俺はアナとの結婚準備で忙しいんだ。余計な戦争を増やすな

 

その時、ハーゼの弔辞が締めくくられ、敬礼の号令がかかった。

俺たちも姿勢を正して、棺に敬礼する。

 

……だから、本当に頼むからさ

 

 

 

俺に、お前の葬式を出させるなよ、ラインハルト

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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