銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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読者諸賢へ。

この物語は、銀河帝国の片隅で静かに、
しかし派手に暴れ回る一隻の戦艦と、
その艦を与えられた少しだけ常識からズレた貴族の記録です。

彼が手にした超戦艦《ロンゴミニアド》は、
実用性とロマンと狂気をまぜこぜにした、
帝国造艦史の汚点なのか誇りなのか、
判別不能の存在です。

ラインハルト、キルヒアイス、ロイエンタール、
そして人工知能アナ。
彼らが織りなす喧噪と混沌の一幕を、
どうか肩の力を抜いてお楽しみください。


外伝「千億の星、千億の光」編
ファルケンハイン閣下の旗艦が物理的に頭おかしい件


皇帝陛下の御前演説なんて、人生で何回経験するんだろうなと、壇上に立ちながらぼんやり考えていた。

目の前には、儀礼服でビシッと固めた将官と貴族の顔ぶれがずらり。後方には報道部隊のカメラ。天井からはやたら金がかかったシャンデリア。

その正面の大スクリーンに、俺の新しい旗艦のホログラムがどーん、と映し出されている。

エメラルドグリーンに光る、全長二キロのバカでかい超戦艦。名前は《ロンゴミニアド》通称、藍色の悪夢。

 

……うん、控えめに言って頭がおかしい。

設計図を書いていた当時の俺のテンションもおかしいが、それを本当に造ってしまった帝国軍工廠も同じくらいおかしい。

 

そう、俺は今日から大将だ。ついこの前まで「中将で十分だ、元帥なんて面倒」とか言っていた男が、気づけばあと二段階で元帥コースに突っ込んでいる。

 

きっかけは、例の幼年学校での事故まがい殺人事件。

校長と貴族と子弟と密室と。あの辺りのゴチャゴチャを、うまく丸めて見せた結果がこれだ。

 

……正直に言おう。あれは、八割方アナの手腕だ。

俺がやったことと言えば、トイレで校長からナイフをひったくって、嫌な汗をかきながら事情聴取して、アナ、後よろしくと丸投げしただけ。

なのに貴族社会では、「ファルケンハイン伯は、元上官の孫も、自家の縁者も、校長家の顔も立てた。実にバランス感覚に優れた若手だ」とか、妙に評価されている。

 

おまけに、ラインハルトの金髪の孺子には准将推薦までねじ込み、ケスラーという反骨軍人の居場所まで用意してやったので、「面倒ごとを片付ける便利な若手」としても名前が売れてしまった。

 

……で、そのご褒美が、これ。

俺専用の超戦艦。

 

「ファルケンハイン大将」

 

近くで控えていた儀仗兵が、台本通りに声をかけてくる。

胸を張り、腹の底から声を絞り出した。

 

「このアルブレヒト、陛下の御期待に沿うべく、尽力する所存であります」

 

口から出る言葉は、完璧な軍人の模範回答。

内心では、別のことを考えている。

 

これでアナとの結婚交渉が一気に有利になるな

 

そう、大将なんて肩書きは、俺にとっては「アナスタシアを本妻にするための交渉カード」でしかない。

元帥とか宰相とか、さらに上のポストについても、基本的な目標は変わらない。

好きな女を正々堂々と嫁にして、誰にも文句を言わせない。

それだけだ。

 

式典が一段落し、控室に下がると、そこには既にアナが待っていた。

深い青緑のドレスに身を包み、いつもの軍服とは違う貴族令嬢モードのアナ。

ロンゴミニアドと同じ色合いだ。

もちろん、わざとだ。俺の趣味とアナの美学をミックスした結果、艦の外装色と彼女のドレスが完全にリンクしている。

周囲のカメラマンが、絵になるとか嬉しそうにシャッターを切っているが、あれ全部広告塔として利用されるんだろうな。

 

「ご昇進、おめでとうございます、アル様」

 

アナが微笑む。

その声を聞いた瞬間、式典会場の喧騒も、さっきまでの演説の緊張も、まとめてどうでもよくなった。

 

「ふん、当然だ。俺が本気を出せば、このくらいは取ってこられる」

 

と、偉そうに答える。

本当は、途中途中で「めんどくさい」「寝たい」「ラインハルトに丸投げしたい」と何度も思った。

それを言うとアナが呆れるので、黙っている。

 

アナは少しだけ視線を横に逸らし、ホログラムに映されたロンゴミニアドを見上げた。

 

「……良い艦ですね」

「だろう?」

 

思わず、声が弾む。

 

ロンゴミニアドの設計は、伯爵家の当主になった頃、工廠から「大将昇進後の旗艦案だけ先に聞かせてください」と言われて描いたものをベースにしている。

当時の俺は、今よりさらに昇進に興味がなくて、どうせ現実にならないならと、ロマンをこれでもかと詰め込んだ。

 

・航宙戦艦なのに駆逐艦並みの機動力

・中性子ビーム砲がやたら多い

・多弾頭ミサイル発射管をこれでもかと積む

・要塞砲クラスの重粒子砲を艦首に二門

・おまけに「絵面が格好良いから」という理由で、艦体をぎゅっと細長くして、槍っぽく見せる

 

書けば書くほど、技術者が頭を抱える艦だ。

 

初めて設計会議に出た時の、技術少将たちの顔を忘れない。

 

「ファルケンハイン伯、この要求性能を満たすには、現行ドライブの三世代先が必要でして……」

「では、開発すれば良い」

「いえ、その、予算が……」

「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯から、うちの領地経由で流れてくる賄賂……いや、政治献金がある。そこから回せ」

「そんな堂々と」

「堂々とやるからきれいなんだ」

 

あの会議から数年、本当に造りやがった。

エンジニアの執念と、貴族社会の見栄の結晶である。

 

「色も、よく仕上がりましたね」

 

アナがそう言うので、俺はニヤニヤが止まらなくなる。

 

ロンゴミニアドの外装色は、細かく言うと、エメラルドグリーンとディープブルーのグラデーションだ。

 

アナ曰く、「あまり明るすぎると成金趣味になる」「でも地味すぎると帝国軍の灰色量産艦と変わらない」「戦場で識別しやすく、かつ美しい色相が必要」とのこと。

結果、「敵からも味方からも一瞬でバレる色」に落ち着いた。

ステルス性?知らん。ロマンだ。

 

「それにしても」

 

アナが少しだけ声を潜めた。

 

「ロンゴミニアド、あれだけの艦隊決戦能力を持ちながら、『基本的には最後衛で味方の撤退を援護する役目』という運用方針は、なかなか前代未聞ですね」

 

「そこ」

 

満面の笑みで親指を立てた。

 

「重要なのは、『俺が一番安全な場所から格好良く主砲を撃てる』という点だ。前に出て被弾したら、艦がもったいないだろう」

「……アル様らしいお考えです」

 

アナが肩を震わせながら、笑いを堪えている。

 

そう、俺は臆病者だ。

だが、臆病者の指揮官ほど、部下の命を大事にする。

自分が死にたくないからな。

ロンゴミニアドの設計思想は、「一隻で敵艦隊を薙ぎ払いながら、自艦と味方は可能な限り無傷」がコンセプトだ。

卑怯?上等だ。勝てば官軍。

 

控室の扉がノックされ、伝令が顔を出した。

 

「ファルケンハイン大将、陛下ご臨席の祝賀晩餐会の準備が整いました。ご入場を」

「はいはい」

 

軽く返事をし、立ち上がる。

アナも隣で姿勢を正した。

扉に向かう前に、ふと振り返る。

壁一面に映し出されたロンゴミニアドの姿が、こちらを見下ろしているように見えた。

 

よし、相棒。これから一緒に働いてもらうぞ

お前の主だが、同時に囚人でもある。デカい艦を貰った代わりに、もうちょっとだけ出世レースに付き合う

だから、頼むから一発目の実戦で沈むなよ?

 

そんなことを心の中で呟き、俺はアナの手を取った。

指先が、ほんの少し震えている。

緊張か、喜びか、それとも――未来への不安か。

俺にはうまく読み取れない。

だからこそ、決めている。

 

「アナ」

「はい、アル様」

「ロンゴミニアドをうまく使えば、元帥までは射程に入る。そうなれば、誰が何と言おうと、君は俺の正妻だ」

「……ふふ。では、せいぜい頑張ってくださいませ、アル様」

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンゴミニアドを見上げた瞬間、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。

エメラルドグリーンに光る二千メートル級の巨体。砲門はぎっしり、艦首は鋭く尖り、シルエットは優雅で凶悪。完全に俺の趣味全開のフルコースだ。

 

「ふふふ……ついに来たな、俺の艦。どう見ても予算の使い方を間違えたロマン艦だが、皇帝陛下直々の下賜だ。文句ある奴は、まず陛下にケンカ売ってこい」

 

後ろでは、ラインハルトとキルヒアイスとロイエンタールが、三者三様の顔で固まっている。

 

ラインハルトが、しばらく沈黙した後で、ぽつりと言った。

 

「……これは、一体、何の冗談だ…?」

 

お前、初手それか。

もう少しオブラートに包むとか、あるだろう。

 

「冗談なものか。これが俺の新しい旗艦、《ロンゴミニアド》様だ。藍色の悪夢、《ブルーランス》泣いてる敵艦隊を一方的に殴るために生まれた、美しき暴力の結晶だぞ」

 

キルヒアイスが、真面目な顔でうなずきながら、恐る恐る船体を見上げる。

 

「船体から発せられる光沢が、あまりにも……その、華麗です。

そして、あのサイズで、駆逐艦より速いというのは、本当に……?」

 

「本当だ。エンジンも推進機関も、限界ギリギリまで盛ってある。大艦巨砲・超機動・アホ火力の三本柱だ。

ついでに、アナの審美眼に耐える外装の美しさも要求したら、こうなった」

 

「『ついで』の割に、色が完全にそっちに寄っているように見えるのは、私の気のせいか?」と、ロイエンタールが渋い顔でぼそっと言った。

 

今日も安定のロイエンタールだ。

 

「ふん。悪趣味だ。

これでは戦闘艦というより、移動式の宝飾品だな。

…主砲が四十五門、中性子ビーム。多弾頭ミサイル十九基。要塞砲クラスの陽電子砲が二門。

おまけに艦首に超大型重粒子砲?

単艦で艦隊を撃滅する気満々の、正気を疑う構成だ」

 

よし、その感想は褒め言葉として受け取ろう。

 

「そうだろう?よくわかってるじゃないか、ロイエンタール。

ロマンというのはな、実用性を踏み越えてこそロマンだ。

お前も、明日から毎日、このロマンの塊に乗るんだぞ。副官だからな」

 

「…………」

 

ロイエンタールが、静かに俺を見た。

その目に宿るものを、一言で表現するなら「諦観」だ。

 

「何故、こんな悪夢みたいな艦に乗ることになっている?」

 

「なっている、じゃない。もう決定だ。

大将昇進で艦隊編成が総入れ替えされたんだ。人事局と作戦局が、血を吐きながら『適材適所』とやらを頑張った結果、お前はこの『藍色の悪夢』の副官になった。

光栄に思え。お前の無駄に冷静な頭脳は、この艦の狂気を制御するのにぴったりだ」

 

「……悪夢を制御しろというのか」

 

「そうだ。お前は悪夢のブレーキであり、アクセルでもある。

最高に楽しい役目だぞ?」

 

ロイエンタールは、深く長い溜め息をついた。

 

「……まあいい。どうせ私は、どこへ行っても苦労させられる運命だ。

ならば、いっそ宇宙最大級の頭痛のタネの隣に立ってみるのも、一興かもしれん」

 

「宇宙最大級の頭痛のタネって、俺のことか、艦のことか、どっちだ?」

 

「両方です」

 

即答された。

ちょっと傷つくな。いや、かなり傷つく。

 

横で、ラインハルトがまだロンゴミニアドを眺めていた。

金髪がドックのライトを反射して、妙に眩しい。

 

「しかし…この色は何なのだ。

軍艦というのは、もっとこう、重々しい紺色とか、グレーとか…」

 

「黙れ金髪。色に文句をつけるな。

これはアナと俺で決めた色だ。

『宇宙空間で一目でファルケンハイン艦隊だとわかる、優雅さと恐怖を両立した色』というコンセプトに基づいた、最高の答えだ」

 

「優雅さと恐怖……?」

 

「出会った敵艦隊が、『なんだこの宝石箱は』と一瞬見とれてる間に、主砲が四十五門一斉発射する。

いい演出だろう?」

 

ラインハルトが、こめかみを押さえた。

 

「……やはり、貴様はどうしようもない俗物だな。

戦艦に演出など求めん」

 

「求めるんだよ。

お前も、そのうち自分の旗艦を持つようになったらわかる。

『どうせ造るなら、テンションが上がるものを』という、愚かで愛すべき本能がな」

 

「私は、戦力として合理的な艦なら、それで構わない」

 

「お前はそう言うだろうな。

で、キルヒアイスが『閣下、ここは艦橋を黄金で飾りましょう』と提案して、最終的にもっと派手なものができる」

 

「しませんよ!?閣下、なぜ私を巻き添えにするんですか」

 

キルヒアイスが慌てて否定してきた。

だが、目が一瞬だけ泳いでいたので、こいつはたぶん内心ではやる。

 

「お前、ラインハルトのためなら、艦橋の床にルビー埋めるくらい平気で言い出すタイプだろ」

 

「言いません!」

 

「言うね。

『足元を血の色に染めて、決意を忘れないようにしましょう』とか、真顔で言う。

俺にはわかる」

 

ラインハルトが小さく咳払いをした。

 

「…くだらない想像はやめろ。

それより、この艦の用途はどうする。

このスペックだと、最前線で暴れまわるよりも、後衛で艦隊全体を支えるほうが向いているようにも見えるが」

 

ニヤリと笑って、ロンゴミニアドを見上げた。

 

「基本は後衛だ。

ただし、『味方の撤退を援護しつつ、敵の士気を完全に折る』のが役目になる。

俺はな、戦争というのは、勝つよりも『負けさせる』ほうが大事だと思ってる」

 

ロイエンタールが、珍しく興味を示したように眉を動かした。

 

「負けさせる、ですか」

 

「ああ。

前に出て敵を殲滅するのは、ラインハルトとお前らの仕事だ。

俺の仕事は、味方が退くとき、最後尾で『まだあいつらがいる』と思わせる象徴になること。

この艦が後ろに控えている限り、俺の艦隊は撤退戦でも崩壊しない。

敵からすれば、『あの緑色の悪夢がまだ撃ってくる』と思うだけで、前に出る勇気を削がれる」

 

ラインハルトが、じっとロンゴミニアドを見つめた。

 

「……なるほど。

確かに、これだけの艦が後方にいるとわかっているだけで、士気に与える影響は計り知れん。

前線指揮官としては、ありがたい話だ」

 

「ほらな。

そういうところは話が早いんだよ、お前は」

 

「しかし」と、ラインハルトは続けた。

 

「貴様の艦隊がそんな役目を担うとなると、私の作戦計画は、さらに貴様に依存することになる。それはそれで、気に入らないな」

 

「ツンデレか?」

 

「違う」

 

即答。

ほんと、ブレない。

 

キルヒアイスが、苦笑いを浮かべながら俺を見た。

 

「それにしても、閣下。ここまでの大艦を陛下から下賜されるとは、相当の評価ということですね。幼年学校での件が、そこまで響いたのですか」

 

「らしいな。

『事故を利用しようとした老害校長を、さりげなく排除して、親戚と元上官の孫を両方守ってみせたバランス感覚』とか、貴族たちが妙に持ち上げてきやがって。

実際は、アナの入れ知恵と、俺の面倒くさがり精神の妥協点なんだが」

 

「妥協点?」

 

「そうだ。あの件、正義だけを考えるなら、全部ぶっ壊してやるのが一番早い。

だが、それをやると、こじれる人間関係が多すぎる。

かといって、完全放置は胸糞悪い。

なら、『全員がギリギリ我慢できるライン』で手打ちしたほうが、長期的にはマシだろう?」

 

ラインハルトが、横目で俺を見た。

 

「……また『六十五点』の論理か」

 

「そう。完璧を狙って百点に届かなかったときのダメージを考えると、最初から六十五点でいい。ただし、今回とアナの件だけは、百点を狙う価値がある。

だから、元帥と宰相と公爵のどれかを取りに行くことになったわけだ」

 

ロイエンタールが、鼻で笑った。

 

「欲張りな。普通はどれか一つでも、一生かけて手に届くかどうかの地位だぞ」

 

「いや、どれか一つでいいぞ?三つ全部は面倒くさい。

『アナと正式に結婚しても、誰も文句を言えない状態』になれれば、それでゴールだ」

 

「動機が最低で、目標が最高だな」と、ロイエンタールが呆れたように言った。

 

ラインハルトは、少しだけ口元を緩めた。

 

「だが、わからなくもない。私も、姉上のために帝国を変えるつもりだ。

貴様は、女一人のために帝国の頂点を目指す。方向性は違うが、本質は似ているのかもしれん」

 

「だろ?お互い、個人的な情で帝国を動かそうとしてるわけだ。

立派な理念とか後付けでいい。最初は、『大事な女(あるいは姉)に、変な顔させたくない』だけで十分だ」

 

キルヒアイスが、静かに笑った。

 

「…やはり、閣下とラインハルト様は、どこか似ておられますね」

 

「やめろ」と、ラインハルトと俺が同時に言った。

 

声がハモった。

その瞬間、ロイエンタールが盛大に眉間を押さえた。

 

「……頭痛の原因が二乗になっていく気がするのは、気のせいか?」

 

「安心しろ。そのうち、お前の頭痛にはケスラーとミッターマイヤーとミュラーも加勢してくる。同志は多いほうが楽しいぞ」

 

「全く安心できない未来予想図だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦橋のドアが開いた瞬間、俺はニヤニヤが止まらなかった。

 

 正面の巨大スクリーンには、新造戦艦《ロンゴミニアド》のステータスがずらっと並んでいる。エメラルドグリーンの船体シルエットが、妙にキラキラ強調されているのは、完全に俺の趣味だ。文句があるなら耳をふさいでろ。目に悪いくらい輝いている方が、旗艦らしくて気分がいい。

 

 席の背もたれには、でかでかと「アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン」と刺繍されていた。金糸入り。無駄に豪華。絶対アナの差し金だ。あいつ、俺の虚栄心をくすぐるポイントを完璧に把握している。恐ろしい女だ。好きだけど。

 

「よし、いよいよだな」

 

 わざとらしく咳払いして、艦橋の連中に聞こえるように声を張った。ラインハルトとキルヒアイス、それからロイエンタールも揃っている。全員、半分あきれ顔で俺を見ている。見ろ、この顔ぶれ。これでギャグじゃなかったら詐欺だ。

 

「主機、起動準備。艦載AI、スタンバイ。行くぞ……A.N.A.、起動」

 

 沈んだ電子音が鳴り、スクリーンの表示が一瞬だけ暗転する。次の瞬間、見慣れた輪郭が浮かび上がった。

 

 アナスタシアに、よく似た顔だ。

 

 ただ、本物より目つきが冷たい。口元だけ、ほんの少しだけ上がっている。

 

『A.N.A.、オンライン。ファルケンハイン大将、ログインを確認。貴方様の無計画な指示に備え、防御スクリーンはすでに第四層まで展開済みです』

 

「開口一発目から喧嘩売るな」

 

 初対面のはずの艦載AIから、いきなり人格攻撃である。設計したやつの顔が浮かぶ。アナ、お前以外にいない。

 

「いいか、A.N.A.。ここはだな――」

 

『A.N.A.では呼びにくいでしょう。アナ、とお呼びください。呼び捨てでかまいません。その方が、責任の所在が明確になります』

 

「最初から責任押しつける気満々だな?」

 

 背後で、ラインハルトが目を瞬かせていた。多分こう思っている。

 

「艦と口喧嘩する門閥貴族、中将どころか大将になってまで何をやっている」

 

と。安心しろ金髪、俺も若干そう思っている。

 

ただ、やる。こういう遊びは、やらなきゃ損だ。

 

「まあいい。アナ、こいつらに、この船の本気を見せてやるぞ。射撃シミュレーションだ。主砲斉射、敵艦隊をまとめて吹き飛ばせ。派手に」

 

『了解、と言いたいところですが』

 

 ホログラムのアナが、あからさまにため息をついた。AIのくせに、人間臭い仕草がいちいち腹立つ。可愛いから余計に腹立つ。

 

『今の指示、情報量ゼロです。どの宙域、どの距離、どの陣形に対して、どの火器をどれだけ使用するのか、何一つ指定されていません。ただのすごいことしての一言と変わりません』

 

「細けえ。俺のイメージは伝わってるだろ。爽快で、華麗で、敵が一瞬で消し飛ぶ感じだ」

 

『その曖昧な気分を数値に落とし込み、戦闘計画を組み立てるのが誰か、わかっていますか。はい、わたくしです』

 

アナがこめかみを押さえた。ストレスアピールが板に付いてきたな、この人工知能。

 

『仕方ありません。いつものように、こちらで補正します。敵艦隊を仮想敵として三個戦隊配置。貴方様の趣味に合わせ、最も「ロマン重視」の壊滅ルートを探索。……計算完了。主砲中性子ビーム四十五門、要塞砲級陽電子砲二門、艦首重粒子砲を、トールハンマー換算四〇パーセント出力で同期斉射。射角補正完了。安全係数は、貴方様仕様により下方修正』

 

「優秀優秀。やっぱり俺のアナは頼りになるな」

 

『設計者の優秀さを忘れないでください。わたくしのベースアルゴリズムを組んだのは、アナスタシア本人です。貴方様は横で「もっと光らせろ」「名前をカッコよくしろ」と騒いでいただけです』

 

「重要な役目だろ。ロマン監修という立派な仕事だ」

 

ロイエンタールが、肩を落としてため息をついた。

 

「今のやり取りを要約すると、艦の頭脳も、設計者も、両方ホーテン嬢。すべて彼女に握られている。閣下の権限は、どこに残っている」

 

「ここだ」

 

胸をドン、と叩いた。

 

「提督席という玉座に座る権利。それが俺の権限だ。細かいことはアナとお前らがやれ。俺は偉そうに腕を組んで、『うむ、よし』と言うだけの簡単なお仕事を担当する」

 

『その「うむ、よし」のために、わたくしが何億パターンも計算している事実を、もう少し重く受け止めてください』

 

 アナが淡々と毒を吐いた。ほんの少しだけ、口元が楽しそうだ。完全に俺で遊んでいる。

 

『では、簡単なお仕事の見栄えを良くするために、派手な映像をお流しします。照明を三〇パーセント落とします』

 

 艦橋のライトがふっと暗くなり、メインスクリーンに敵艦隊のホログラムが展開された。戦艦の群れがきっちり整列している。そこへ、エメラルドグリーンのロンゴミニアドのシルエットが、青い軌跡を引きながら滑り込む。演出過多?知らん。俺が楽しい。

 

『射撃シミュレーション開始。主砲、全門リンク完了。カウントダウン、三、二、一――発射』

 

 四十五本の光線が、一斉に敵艦隊へ走った。続いて二条の陽電子砲が中心部を貫き、その後ろから艦首重粒子砲がねじ込まれる。スクリーンいっぱいに光と炎と残骸が広がった。

 

『着弾確認。目標艦隊、全艦消滅。残骸片の追跡は省略します。見る価値がありませんので』

 

「ははは!見たか金髪!これが俺の青い槍だ!」

 

椅子から立ち上がり、胸を張った。

 

「駆逐艦より速くて、戦艦より固くて、要塞顔負けの火力で、ついでに見た目も最高。完璧な一隻だ。何一つ反省点がない」

 

「ある」

 

ラインハルトが即答した。迷いがない。

 

「こんなものを先頭に出したら、敵は最初から交戦を避ける。抑止力としては有用だが、作戦運用の観点からすると扱いに困る。どこに配備するつもりだ」

 

「俺の護衛に決まっている」

 

「自分で言ったな、俗物」

 

金髪の孺子が、心底あきれた顔をこちらに向けた。

 

「これほどの戦力を、自分の安全確保に使うつもりか。帝国軍全体の資源配分を、少しは真面目に考えろ」

 

「考えた結果がこれだ。俺が死んだら、ファルケンハイン領の税収が落ちる。帝国の財政にも悪影響だ。この艦は実質、帝国財政を守る盾だぞ。愛国心溢れる設計だ」

 

『計算してみました』

 

アナがさらっと割り込んできた。嫌な予感しかしない。

 

『仮にファルケンハイン大将が戦死した場合、ファルケンハイン領の短期税収は確かに落ちますが、長期的には後継体制次第で回復可能です。一方、この艦の建造費は、標準戦艦およそ十二隻分。費用対効果の観点から見ると、大将一人より、この艦の方が価値は高いと言えます』

 

「本人の前で言うな」

 

『事実ですから』

 

 ホログラムのアナが、ほんの少しだけ口角を上げた。完全に楽しんでいる。あとで本物のアナと二人きりになったとき、しっかり説教してやろう。たぶん論破されるけど。

 

『ただし、ご安心を。貴方様が戦死された場合、わたくしは自動的にアナスタシアの所有物として再配属されます。彼女なら、この艦をきちんと活用するはずです。それはそれで、悪くありません』

 

「勝手に俺の死亡後の進路を決めるな!」

 

ラインハルトが、横で肩を震わせた。笑いをこらえている。こいつ、絶対失礼だ。

 

「ふん。まあいい。俺は死なない。アナにも、本物のアナにも、簡単には死なせてもらえん。俺が退却命令を出すと、勝手に避弾経路を計算して、砲火のど真ん中へ突っ込むからな」

 

『誤解です。味方艦隊全体の損害を最小化するために、最適位置を提案しているだけです。結果として、最前列になることが多いだけです』

 

「それを世間では最前線と言うんだ」

 

 ロイエンタールがこめかみに指を当てた。

 

「要するに我々の艦隊は、閣下の退却癖と、ホーテン嬢の攻勢志向の綱引きの上に成り立つ。……頭痛がしてきた」

 

『ご安心を、副長。必要になれば、わたくしからも貴方に直接指示を送ります。貴方はまだ改善の余地がある優秀な人材です』

 

「艦にまで教育されるとは思わなかった」

 

 冷徹美形とツンデレAIが、黙って視線を交わす。なんだこの艦橋。生身の軍人より、データ側の勢力が強い。

 

「ともかくだ」

 

 俺はパンと手を打ち、空気を切り替えた。

 

「これで、俺の艦隊は完成した。ラインハルト、キルヒアイス。そのうちお前らも旗艦を持つだろう。その時は覚えておけ。ロマンは重要だ。合理性だけで造艦すると、こういう楽しいおもちゃは一隻も生まれん」

 

「安心しろ」

 

ラインハルトが鼻で笑った。

 

「私は貴様のように、趣味と私欲だけで艦を選んだりしない。必要な戦力を、必要なだけ用意する。それだけだ」

 

『記録しました』

 

アナが即座に反応した。

 

『将来、ミューゼル提督が旗艦設計の際に、予算を装飾に回そうとした場合、本日の発言を再生し、全力で抵抗します』

 

「やめろ!」

 

金髪の孺子が、思わず前のめりになった。

 

「まだ何も言っていないうちから、裏切る準備をするな!私はそんな無駄な注文は――」

 

『人間の趣味は、地位の上昇と共に肥大化します。今は理性的でも、自前の旗艦を前にした瞬間、きっと色々言い出します。「砲門を二門だけ増やせ」とか、「艦首に何か飾れ」とか』

 

「言わん!」

 

『否定が強いほど、フラグが成立します』

 

「黙れ、この艦は!」

 

 ラインハルトが艦そのものに怒鳴った。なかなか貴重な光景だ。俺は頬が緩むのを止められなかった。

 

「なあ、キルヒアイス」

 

俺は隣の赤毛に、内緒話のように声を落とした。

 

「こいつ、そのうち絶対、自分の旗艦に変な像を飾るぞ」

 

「そうですね」

 

キルヒアイスは、とても穏やかな声で賛同した。

 

「きっと、姉君のお姿か、あるいは女神の像でしょう。ラインハルトなら、どちらも選びかねません」

 

「だよなあ」

 

 俺は満足してうなずいた。

 

 こうして、《ロンゴミニアド》とツンデレAI《アナ》は、正式に俺の艦隊の一員になった。こいつが戦場でどれだけ暴れるかは、まだ未知数だ。少なくとも、一つだけ確かなことがある。

 

 この艦橋で一番発言権が強いのは、艦長でも副長でもなく、あのホログラムだという事実だ。




■【艦級・コンセプト】

■ 船名:帝国特務大戦艦《ロンゴミニアド》

神話の槍の名を冠した帝国軍の象徴的超戦艦。
アルが「ロマンで全部盛り」を要求した結果、
過剰装備と最新技術が奇跡的に噛み合い、
単艦で艦隊に匹敵する戦略兵器が誕生した。

設計思想はただ一つ──

「目指せ、宇宙戦艦ヤマト。」
「一隻で敵艦隊を叩き潰す。」

■【外観と船体構造】

● 基本色:エメラルドグリーンの光沢装甲

宝石のように輝き、帝国艦の中でも異質な美麗さを持つ。
アナスタシアの美学と伯爵のロマンが一致して採用。

● 宇宙空間での外観:青く輝く藍色の槍

多重防御スクリーンが光を分散し、
船体全体が幻想的な青色に発光する。

敵軍からの通称:《藍色の悪夢(ブルーランス)》

■【防御システム:多重スクリーン構造】

戦艦が巨大化した最大要因。

対ビーム反射スクリーン(第1層)

対ビーム吸収スクリーン(第2層)

対物理衝撃スクリーン(第3層)

エメラルド複合装甲(第4層)

これらを同時運用するため、
主機出力が規格外になり、
船体サイズが戦艦よりさらに巨大化。

■【機動力・航続性能】

● 戦艦でありながら 駆逐艦より速い

主機の異常出力により加速Gが狂っており、乗員から悲鳴が上がる。

● 旋回速度:戦艦の常識を超越

敵艦隊に「ありえない軌道だ」と恐れられる。

● 航続距離:半永久航行可能

アナスタシアが半循環炉を採用した結果、
補給無視の長距離作戦すら可能に。

■【武装構成】

● ① 中性子ビーム砲:45門

通常戦艦の3〜4倍。
全方位に死角なし。
一斉斉射は艦隊消滅レベル。

● ② 陽電子砲(要塞砲クラス):2門

敵主力艦・要塞を想定した大型砲。
艦載でこれを積むのは通常ありえない狂気の設計。

● ③ 多弾頭ミサイル発射装置:19基

MIRVによる追尾・分裂攻撃で敵艦隊を壊滅させる。
空間そのものが敵になるレベルの弾幕密度。

● ④ 艦首超大型重粒子砲

通称:ロンゴミニアド・スピア
出力:トールハンマーの40%
艦首の槍形状そのものが砲身。
発射時は空間が歪曲し、青い光柱が走る。

これは艦の最終破滅兵器であり、
艦隊戦・要塞戦・最終決戦の切り札。

■【戦術運用】

ロンゴミニアドの戦い方はシンプルで極悪。

ミサイル一斉射で敵陣形崩壊

45門の中性子ビームで中距離艦隊を蒸発

陽電子砲で戦艦・巡洋艦を一撃破壊

最後に艦首重粒子砲で旗艦・要塞を貫通

これらを単艦で実行できるため、
敵艦隊は「遭遇=戦術的敗北」と恐れる。

■【AI《アナ》人格設定】

● 名前:A.N.A.(Adaptive Navigation & Assault)

通称:アナ
艦の頭脳であり、真の心臓。

● 性格:ツンデレ。アルにだけ辛辣。

乗員には丁寧で有能。
戦闘時は冷徹。
だがアルが危険だと過保護。

アナの反応例:

アル「主砲斉射!やっちまえアナ!」

アナ『その指示は無計画です。どこを狙っているのですか、まったく……。
……仕方ありません、修正します』

(そして完璧に撃つ)

■【艦内評価】

● 敵軍

「青い悪夢」
「質量の暴力」
「神話戦艦」

● 味方

「単艦戦略兵器」
「伯爵の暴れ馬」
「乗りたくないNo.1旗艦」

● 技術者

「二度と作りたくない」
「狂気の結晶」

■【アルブレヒトの認識】

「美しくて速くて強い。完璧だろう?」

乗員
(あなたが触らなければ完璧です)

アナ
『……本当に理解しているのですか? あなたという人は……
……でも、守ります。必ず。』

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