銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国軍に、ひとりのとんでもない大将がいます。

本人の優先順位は

「アナ」>>「領地」>「部下」>「帝国」

という、清々しいほどの俗物。

本作は、そんなアルブレヒト・フォン・ファルケンハイン大将が、
ロマンの塊・超戦艦《ロンゴミニアド》を得て、
なぜか本人の意思とは裏腹に、
元帥街道へ突っ走っていく物語です。

豪華すぎる艦隊編成、ツンデレAI、金髪の皇帝候補、
毒舌ロイエンタールに真面目なレンネンカンプ。

銀河の命運を握る面々が集まった結果――
決まったのは「結婚のための出世計画」

笑って、呆れて、でも少しだけ胸が熱くなる。
どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。


元帥なんて安いものだ。問題はアナとの結婚である

 俺は胸を張って、ホログラムの編成図を指さした。

 

ロンゴミニアドの艦橋は、エメラルドの光に包まれている。戦艦というより高級ジュエリーショップのショーウィンドウだが、誰も突っ込まない。突っ込んだら負けだと、乗組員全員が学習してしまったからだ。

 

「というわけで、これが新生ファルケンハイン艦隊の陣容だ。27,000隻の大艦隊に、ここまで俺の私情を混ぜ込んでおいて、それでも指揮系統は生きている。俺の人事センス、完璧だな」

 

 自画自賛しながら、一番目立つ中央の表示を拡大する。旗艦ロンゴミニアド、その下には俺の名前と階級、それから堂々とアナの名前が並んでいる。副司令官の欄だ。

 

「まずここ15,000隻の俺の艦隊。司令官ファルケンハイン大将、副司令官ホーテン中将。夫婦で司令部。家庭内のパワーバランスが、そのまま艦隊のパワーバランスになる。合理的だろ」

 

 横でロイエンタールが、眉間に皺を寄せた。

 

「家庭の力関係に軍を巻き込むのは合理的とは言えんと思うが」

 

「黙れ副官。お前は艦隊運用に集中しろ。夫婦喧嘩が勃発した時、どっちの味方に付くかだけ間違えなければ、それでいい」

 

「それが最難関だと理解しているのか」

 

 さすが毒舌イケメン、返しも鋭い。だが俺は負けない。なぜなら、俺のほうが階級が上だからだ。階級は正義である。

 

「まあ見ろロイエンタール。参謀長はレンネンカンプ准将だ。あの堅物が横にいる限り、俺がどれだけふざけても最低限の軍紀は保たれる。つまり、俺は安心してふざけていられる。完璧な布陣だろ」

 

「それを本人の前で平然と言えるあたり、閣下の肝臓だけは尊敬する」

 

実際、レンネンカンプは真顔で頷くタイプだ。

こういうところにだけ、俺の人を見る目はやたら正確なのが悔しい。

 

 俺はホログラムを切り替えた。ロンゴミニアドを中心に、周囲に花のように展開する分艦隊群。その一角、金髪率が異常に高いエリアを拡大する。

 

「ここ、ミューゼル分艦隊。司令官ミューゼル准将、副官ミュラー大尉。銀河で一番青春臭が濃い艦隊だ。人員表を見ろ、二人の周りを、心得のいい苦労人で固めてある。どこからどう見ても、将来の叛乱予備軍だ」

 

「誰が叛乱予備軍だ」

 

ラインハルトが、即座に顔をしかめる。

 

「勝手なレッテルを貼るな。失礼だぞ、俗物」

 

「いやいや、褒めている。どうせお前は将来なにかやらかす。その時、『やっぱりな』と誰もが納得できるだけの人材と実績を、今のうちに積ませておいてやる。俺なりの配慮だ」

 

「配慮という言葉を二度と軽々しく使うな」

 

隣でキルヒアイスが、困ったように笑う。

 

「ですが閣下、この布陣自体は理にかなっています。ミュラー大尉も、ミューゼル准将の補佐役として最適ですし、後方との連絡に強い士官も揃っている。作戦機動の自由度はかなり高くなるはずです」

 

「ほらな。さすがキルヒアイス、分かっている。お前は褒めて伸ばすタイプだ。金髪の孺子とは大違いだ」

 

「貴様」

 

ラインハルトの殺気混じりの視線を受けながらも、俺は気にしない。

アナのガチギレに比べれば、虫刺されレベルだ。

 

「で、ケンプ艦隊の方は――こうだ」

 

 俺はもう一方の勢力、ケンプ艦隊を前面に出した。整然とした12,000隻の陣形。その中心に、ケンプ中将とケスラー准将の名前が輝く。

 

「司令官ケンプ中将、参謀長ケスラー准将、副官キルヒアイス大佐、分艦隊司令ミッターマイヤー大佐。高速機動バカ二人と、変態的に慎重な参謀と、良心担当のキルヒアイス。ほら、バランスがいい」

 

「高速機動バカの一人に分類されている気がするんだが」

 

ミッターマイヤーが、苦笑とも怒りともつかない顔で編成図を見上げている。

 

「分艦隊司令を拝命するのは光栄ですが、本当に自分でよろしいのですか。他にもっと相応しい人材が」

 

「いない。少なくとも、俺の趣味に合う人材はな。お前の真っ直ぐさが、ケンプの豪快さとケスラーの慎重さをちょうどいいところに落としてくれる。ついでに、ラインハルトの影響を受けすぎた時の安全弁にもなる」

 

「安全弁という表現には若干の不服がありますが…否定はできませんね」

 

 キルヒアイスが肩をすくめる。自覚はあるようだ。

 

 ここまで説明したところで、ロイエンタールが口を開いた。

 

「閣下。引き続き副官として仕えられるのは光栄です。だが、その先、閣下ご自身はどうなさる?ここまでの陣容を整えた以上、ご自分は前線で指揮を執るのか、それとも」

 

「よくぞ聞いた!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、俺はホログラムを一瞬で消し去り、胸を反らせた。

 ここからが本題である。

 

「我が役目は、旗艦から優雅に指揮を執り、たまに前線に出て華麗な見せ場を作り、そのあと素早く後方に下がってワインを飲みながら戦況を眺めることだ!」

 

ラインハルトが、額に手を当てる。

 

「つまり、いつものように手を抜く気か」

 

「違う。戦略的省エネだ。ロンゴミニアドの重粒子砲は、十分距離を取っても敵艦隊を蒸発させられる。なら、わざわざ敵の懐で自分が爆散する必要はない。そうだろう?」

 

「理屈だけは一丁前ですな」

 

ロイエンタールが肩をすくめる。その目は、ほんの少しだけ楽しそうだ。

こいつは、こういうバカげた状況を内心嫌いではない。

 

「それにな。俺にはもう一つ、重大な任務がある」

 

「重大な任務?」

 

キルヒアイスが首を傾げ、ラインハルトも渋々耳を傾ける。

 

「この艦の食堂メニューの監修と、娯楽設備の充実だ」

 

「……………………は?」

 

艦橋の空気が、一瞬本気で止まった。

 

「残存艦隊の士気は、飯と風呂と娯楽で決まる。この簡単な真理を理解している大将が、今の帝国に何人いる?」

 

「ゼロでしょうな」

 

ロイエンタールの即答が刺さる。

 

「そう、ゼロ。ゆえに俺がやる。誰かがやらねばならないなら、ロマン溢れる俺がやる」

 

「それを重大任務と呼ぶ度胸だけは評価する」

 

ラインハルトの突っ込みを、俺は笑って受け流した。

 

「勘違いするな、金髪。お前もその恩恵を受ける側だ。ミューゼル分艦隊が遠征から戻ってきた時、三星レストラン級の晩飯と、各種娯楽設備と、アナが設計した完璧な医療システムで迎えてやる。やる気出ないか?」

 

「……兵士の待遇向上は、否定する理由がないな」

 

ラインハルトの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。

兵の扱いにうるさいあたり、本当に面倒くさい優等生だ。

 

「それに、俺が艦に籠もっている間、お前たちは自由に暴れられる。俺は基本、細かく口を出さない。作戦目標と制約だけ決めて、あとはお前たちの裁量だ。悪くないだろ?」

 

「それは、信任ということでしょうか」

 

ミッターマイヤーが目を丸くする。

 

「ああ。俺が一番嫌いなのは、逐一口出ししてくる上官だ。自分はそうはなるまいと、士官学校の頃から決めている。任せられるところは任せる。失敗したら一緒に頭を下げる。俺が出張ればどうにかなるなら、その時だけ前に出る。それが俺のやり方だ」

 

「六十五点主義の延長ですな」

 

ロイエンタールのぼそりとした一言に、俺は親指を立てた。

 

「その通り。百点は狙わない。三十点で諦めもしない。六十五から七十五の間で、全員がそこそこ幸せになるように調整する。お前らはその上で好きに暴れろ。どうせ歴史書には、お前らの名前しか残らん」

 

「自分の名が残らなくていいのか」

 

ラインハルトが、珍しくまっすぐな目で聞いてきた。

 

「俺の名前?アナと俺の子どもが覚えていれば十分だ。ついでに、ファルケンハイン領の連中が『昔、なんか変な旗艦を持ってた領主がいたな』って笑ってくれれば、上出来だろ」

 

「ずいぶん安い望みだな」

 

「お前の『帝国をどうこうする』とかいうデカい願望と比べれば、そりゃ安いさ。でも、どっちが上等って話じゃない。俺は俺の女のために動く。お前はお前の姉のために世界をひっくり返したい。それでいい」

 

 艦橋に、短い沈黙が落ちた。ラインハルトは視線をそらし、ロイエンタールがふっと笑い、ミッターマイヤーが頭をかき、キルヒアイスだけが相変わらず優しい目で俺と金髪を眺めている。

 

「というわけで。俺は前線に出る時だけ全力で働き、それ以外は艦内の快適さと兵の給料と休暇の確保に全力を注ぐ。その結果として、お前らの武勲が上がり、ロンゴミニアドの名声が高まり、最終的にアナとの結婚生活が安泰になる。完璧な三方良しだ」

 

「最後の一つが本音だろ」

 

「当然だ。俺の人生の目的は、アナとの幸せな老後だ。それ以外は全部オマケだ」

 

言い切ると、ラインハルトは呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑った。

 

「やはり救いがたい俗物だな、ファルケンハイン」

 

「最高級の褒め言葉として受け取っておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元帥を目指す、と口にしておきながら、正直なところ、俺はまだその先の景色がよく見えていない。

ただ一つ、はっきりしていることがある。

 

――そこに、アナがいるかどうかだ。

 

 ロンゴミニアドの艦橋で、俺はふかふかの艦長椅子にふんぞり返りながら、さっきのロイエンタールとの会話を反芻していた。

 

「元帥を目指す。そして、アナと結婚」

 

 あの時は、勢いで言った。が、勢いにしては、俺にしては珍しく核心を突いていた気がする。

俺の人生の指針なんて、元からそんなもんだ。

 

 アナと飯が食えて、アナと寝られて、アナに殴られながら仕事をさせられて、アナにため息をつかれながら書類を渡される。

 そこに付属品として、元帥府とやらがあるなら、まあオマケとして貰ってやってもいい。

 

…いや、元帥府をオマケ呼ばわりするのは、さすがに帝国軍に怒られるな。

だが、俺の中の優先順位は、どう足掻いても変わらない。

 

艦橋前方のスクリーンには、ドックのゲートが映っていた。

ロンゴミニアドは、今まさに試験航行に向けて、ゆっくりと牽引されている。

艦内には、既に新しい乗組員たちが配置され、あちこちから緊張と興奮の入り混じった報告が飛び交っている。

 

「第七主砲塔、旋回試験、異常なし!」

「機関部、アイドリング出力安定。臨界値、規定範囲内!」

「各シールド層、起動準備完了!」

 

…うむ。みんな真面目に働いているな。

よろしい。上司としては、大変満足だ。

 

問題は――

 

「閣下」

 

 艦長席の脇、ひじ掛けに寄りかかるように立っていたロイエンタールが、横目で俺を見下ろしていた。

 アイツは、いつ見ても姿勢が良い。立っているだけで絵になるのが腹立つ。

 

「さっきの話ですが」

 

「ん?どの話だよ。元帥か?アナか?それとも、お前を艦隊司令官にしてやるという、輝かしい未来設計か?」

 

「そういうところですよ」

 

ロイエンタールは、眉間に皺を寄せた。

怒っているのか、呆れているのか、あるいは半々か。

 

「あなたは、『アナと結婚するためなら、元帥くらい安いものだ』と言った」

 

「言ったな」

 

「元帥という地位は、本来、そんな安売りする類のものではない。帝国全軍をまとめ上げる、戦略の頂点だ。 それを、よりにもよって『結婚の手段』と宣言する者が、どこにいます」

 

「ここにいる」

 

「ここに、一人いる。俺だ」

 

「…………」

 

ロイエンタールは、しばし沈黙したあと、深く、深く、ため息をついた。

肺活量の無駄遣いだなと内心で思いつつ、黙って続きを待つ。

 

「しかし……」

 

珍しく、彼の口元に、皮肉だけではない笑みが浮かんだ。

 

「そこまで徹底して俗物でいられるのは、ある意味、尊敬に値します」

 

「おいコラ、『俗物』を褒め言葉みたいに使うな」

 

「事実でしょう」

 

 ロイエンタールは肩をすくめた。

 

「以前のあなたは、もっと曖昧だった。

 『昇進するのは面倒だ』『責任は増えるが、給料はそれほど上がらない』『ほどほどでいい』と、口を開けば愚痴ばかり。しかし最近のあなたは、明らかに違う」

 

「ん?」

 

「目標がある人間の目をしている。

 それが、帝国の未来でも、軍の改革でもなく、『一人の女との結婚』であるところが、あなたらしいがな」

 

「……言い方ァ!!」

 

とはいえ、否定できない。

自覚はある。

 

アナと結婚する、と決めた瞬間から、俺の中で何かが切り替わった。

逃げ腰だった「出世」という言葉が、急に現実味を持った。

元帥という肩書きが、「めんどくさい責任の塊」から、「アナと堂々と並んで歩くためのステータスバッジ」に変化したのだ。

 

要するに発想の転換である。

……転換しすぎというツッコミは聞かなかったことにする。

 

「勘違いするなよ、ロイエンタール」

 

椅子にもたれたまま、指を一本立てた。

 

「俺はな、帝国のために元帥を目指すわけじゃない」

 

「……知っています」

 

「軍の栄光のためでもない」

 

「それも知っています」

 

「ただ、アナと堂々と結婚して、文句を言わせないためだけだ」

 

「知っていると言っているでしょう」

 

「さらに言えば、元帥府を開いた暁には、お前らを全員、艦隊司令官にしてやる」

 

「そこが問題です」

 

ロイエンタールがピシャリと言い放つ。

 

「なぜそこで、『お前たちに楽をさせるために』などと言わず、『俺がサボるためにお前らに仕事を押し付ける』という本音を隠す気が一切ないのですか」

 

「だってその通りだし」

 

悪びれもなく言うと、ロイエンタールは額に手を当てた。

 

「……あなたのそういうところが、部下の忠誠心を妙な方向に刺激するのだと、気づいていますか?」

 

「褒めてる?」

 

「いや、警告…ですよ」

 

そう言いながらも、明らかに呆れ笑いが混ざっている。

この男も大概、俺に甘い。

 

ふと、艦橋後方のサブコンソールから、控えめな咳払いが聞こえた。

 

「閣下」

 

振り向くと、レンネンカンプ准将が、教科書から抜け出てきたような真面目な顔で立っていた。

 

「何だ、レンネンカンプ。説教ならロイエンタールから聞いている最中だぞ。受付は一日一回までだ」

 

「いえ、説教ではありませんが……少々、確認したいことがありまして」

 

レンネンカンプは、手に持ったタブレットを掲げた。

 

「先ほどの人事発表に関する書類ですが、『ミューゼル准将および配下一同を、将来の元帥府直轄艦隊の中核として育成』『ケンプ艦隊およびケスラー准将らを、将来の「怠惰な元帥」を支える人材予備軍として配置』とあります」

 

「おう、良い文言だろう」

 

「この『怠惰な元帥』という表現、正式文書から削除してよろしいでしょうか?」

 

「なぜだ」

 

「なぜだではありません!」

 

レンネンカンプが珍しく声を荒げた。

 

「こんなもの、万が一にも軍務省にそのまま提出したら、私まで査問ものです!『怠惰な元帥』とは誰のことでしょうかと聞かれたとき、なんと答えればいいのです!?」

 

「決まっているだろう。俺だ」

 

「だから問題なのです!!」

 

艦橋に、クスッという笑いが走る。

乗組員の何人かは、慌てて咳払いで誤魔化したが、全部聞こえている。

 

ロイエンタールが、口元を押さえながら呟いた。

 

「……レンネンカンプ准将。諦めてください。

 この方は、自分の欠点を隠そうとしない。むしろ積極的にアピールするタイプですので」

 

「そんなタイプの上官、聞いたことがありません!」

 

「私もです」

 

ロイエンタールも苦笑する。

 

「だが、結果として、それが部下には妙に安心感を与える。『完璧な英雄』ではなく、『ダメなところも全部自覚して楽しんでいる英雄』の方が、案外ついていきやすいものだ」

 

「誰がダメだ」

 

「あなた以外に誰がいる」

 

頭をかいた。

 

「お前らなあ……。まあ、いい。どうせ否定しても信じないだろうしな」

 

レンネンカンプに向き直る。

 

「文言は好きに修正しろ。ただし、『将来の元帥府構想』の文脈だけは残しておけ」

 

「……よろしいのですか?元帥府構想など、今から明文化してしまえば、反感を買う可能性も」

 

「その頃にはもう、俺の敵は勝手に自滅している」

 

ニヤリと笑った。

 

「門閥貴族同士の足の引っ張り合いなんざ、見飽きた。どうせ俺が何もしなくても、勝手に派閥争いでコケる。 その隙に、俺は俺の都合のいい形で、人事と艦隊を固める。

元帥になる頃には、『気づいたら、あいつに逆らえる戦力が残っていない』状態にしておけばいい」

 

「……本当に、あなたは」

 

ロイエンタールが、感心したように目を細めた。

 

「権力欲があるのかないのか、わからない男ですな」

 

「欲はあるぞ。ただし、目的は一つだけ」

 

艦橋の天井を見上げた。そこには、まだ起動していないホログラムの投影機が静かに埋め込まれている。

 

 この船が正式に就役したら、そこには、ロンゴミニアドの紋章と、そして――

 

「アナの名字を、『ファルケンハイン』に変える。そのための権力だ」

 

ぽつりと本音が漏れた。

 

ロイエンタールもレンネンカンプも、一瞬言葉を失ったように見えた。

やがてレンネンカンプが、咳払い一つ。

 

「……個人的な願望に、帝国の最高権力を使おうとするのは、どうかと思いますが」

 

「こう言い換えてもいい」

 

「『帝国の最高権力を握っている男が、一人の女を全力で大事にする』という、わかりやすいおとぎ話だ」

 

「おとぎ話にしては、死人の数が多そうですが」

 

ロイエンタールのツッコミに、俺は笑った。

 

「死人の数は、俺が全力で減らす。そのためにロンゴミニアドを作ったんだからな」

 

冗談のようで、本気の話だ。

 

このバカみたいな戦艦は、「単艦で敵艦隊を叩き潰し、味方の損耗を最小に抑える」という、極めて身も蓋もないコンセプトで設計されている。

 

 要するに、俺一人で危険な前線を引き受けて、他の連中にはなるべく安全なところで勝たせてやる、という魂胆だ。

 

……まあ、アナには絶対バレたくないが。

 

 あいつにバレたら、「そんな無茶な設計を黙って通したのは誰ですか」と説教されるに決まっている。

 

「閣下」

 

通信士の声がした。

 

「ホーテン中将より、艦内回線で通信が入っています」

 

「……聞こえてた?」

 

思わず素で聞き返してしまった。

ロイエンタールが肩を震わせて笑う。

 

「さあな。聞いてみればいい」

 

「回線、繋げ」

 

艦橋前方スクリーンに、アナの顔が映し出された。

 

 軍服姿だが、髪のまとめ方がいつもよりきっちりしていて、「仕事モード」のアナだ。

 

『ファルケンハイン大将』

 

開口一番、その呼び方だ。

やめてくれ。なんか、距離を感じる。

 

『新編ファルケンハイン艦隊およびケンプ艦隊の戦力配分案、確認しました。……あなたらしい、私情たっぷりの編成ですが』

 

「褒めてる?」

 

『半分は。残りの半分は、頭を抱えています』

 

ああ、だろうな。

アナの後ろで、書類の山が見える。

俺の暴走を、後ろからせっせと帳尻合わせしているのが、目に浮かぶようだ。

 

『それと――』

 

アナの目が、少しだけ柔らかくなった。

 

『元帥府の話を、もう書類に残したそうですね』

 

「おっと」

 

レンネンカンプが、そっと目を逸らした。

裏切り者め。

 

『あなたが、そこまで本気なら』

 

アナは少しだけ息を吐いた。

 

『私も、本気で支えましょう。……ただし、怠惰な元帥になるつもりなら、そのたびに、私があなたを叩き起こします』

 

「こええ脅し文句だな」

 

『褒め言葉のつもりです』

 

アナが、わずかに笑った。

 

「じゃあ、決まりだな」

 

スクリーンに向かって右手を差し出した。

もちろん、画面越しだから、握手なんてできない。

それでも、儀礼というのは形が大事だ。

 

「俺は元帥を目指す。お前と結婚するために。お前は、それを全力で支える。俺がサボりそうになったら、全力で殴る。――これが、ファルケンハイン元帥府の盟約だ」

 

『……了解しました』

 

アナは、軍人らしく、敬礼で返した。

 

『ファルケンハイン大将。あなたが、怠惰な俗物であることを前提にした上で――私は、その俗物を世界一幸せな俗物にするために、働きます』

 

「おい、修飾が多いぞ」

 

『事実ですから』

 

画面がふっと暗転し、通信が切れた。

 

艦橋の空気が、少しだけ緩む。

ロイエンタールが、俺の隣に立ち、ぽつりと言った。

 

「……なるほどな」

 

「何がだ」

 

「あなたが、元帥になる理由だ」

 

ロイエンタールは、前方スクリーンに映るドックゲートを見つめた。

 

「帝国のため、人民のため、正義のため。そういう大義名分を口にしないところが、あなたらしい。ただ一人の女のために、帝国の頂点に立つ――実に、あなたらしいし」

 

彼は、そこで一度言葉を切り、皮肉な笑みを浮かべた。

 

「……そんな主君の下なら、元帥府まで付き合うのも悪くないと思えます」

 

「だろ?」

 

 俺は、椅子から立ち上がった。

 前方スクリーンには、今、ロンゴミニアドがドックから抜け出しつつある姿が映っている。

 エメラルドグリーンの船体が、人工光の中で妖しく輝く。

 

 右手を掲げた。

 

「全艦、聞け!これより我がロンゴミニアドは、試験航行を開始する!ついでに、俺の元帥への第一歩も開始する!」

 

各部署から、一斉に「了解!」の声が返ってくる。

 

ロイエンタールが、小さく笑った。

 

「元帥への第一歩が、『ついで』扱いか」

 

「本体はアナだからな」

 

俺は、胸の内でそっと呟いた。

 

――元帥なんて肩書きは、どうでもいい。

 

アナと並んで歩くとき、誰にも文句を言わせないための、ただの札にすぎない。

 

 だが、その「どうでもいい札」を全力で取りに行けるくらいには、俺はあの女が好きらしい。

 

自分でも気持ち悪いが、どうしようもない。

 

「よし」

 

「元帥目指して、ほどほどに頑張るか」

 

「ほどほど、ですか?」

 

 ロイエンタールが呆れた声を上げる。

 

「閣下はさっき『全力で』と言っていたばかりでしょう」

 

「俺にとっての『ほどほど』は、世間的には『全力』だ。問題ない」

 

「その自覚があるなら、もう少し自重ください」

 

 そんなやり取りをしながら、ロンゴミニアドはゆっくりと、しかし確実に宇宙へと踏み出していく。

 

帝国元帥への道は、きっと血なまぐさい。

政治も、戦争も、裏切りも、山ほどあるだろう。

 

それでも――

 

アナと結婚するためなら、まあ、頑張ってやってもいいか。

 

そう思える程度には、俺は今の自分の人生を気に入っている。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

そして、もし読後に
「ここの掛け合いが好き」
「この描写、もっと掘り下げてほしい」
「アルのこういうところが○○!」
など、どんな些細な感想でも頂ければ、
作者としては最高に嬉しいです。

本作はみなさんの反応で、
いくらでもテンションと方向性が変わる作品です。
ぜひ、あなたの声を聞かせてください。

今小分けにしている章を

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