銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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読者諸賢へ。

本作は、銀河英雄伝説という壮麗な物語の片隅で、
「問題児の巣窟」と化したファルケンハイン艦隊が、
本人たちの自覚ゼロのまま戦場をひっくり返していく物語である。

政治は腹黒く、艦隊は騒がしく、老人たちは酸素を吸い過ぎ、
ラインハルトは理想と野望をこじらせ、
ファルケンハインは常に怒り、笑い、呆れ、そして最終的には楽しんでいる。

肩の力を抜いて、しかし目だけはしっかり見開いてほしい。
鼻で笑った次の瞬間、胸を刺すようなシーンが来るかもしれない。

どうかあなたの目で、ファルケンハイン艦隊の旅路を追っていただければ幸いである。


ヴァンフリート星域は地獄です。 なお、俺の昇進試験会場でもあります

 帝国暦四百八十五年三月。場所はイゼルローン回廊の前線出撃基地、状況は最悪、機嫌は人生ワースト三に入るレベルだ。

 

なぜか。

 

 俺たちが最強の新艦隊として華々しくデビューするはずのヴァンフリート星域侵攻作戦の命令書を読んだ瞬間、すべて理解した。

 

旗艦ロンゴミニアド艦橋、指揮席。俺は、その命令書を握りつぶす勢いで掴んでいた。

 

「……はああああああああ!?」

 

 肺の空気を全部吐き出す叫びが出た。艦橋の照明が一段暗くなった気がする。省エネモードか、俺の怒気にビビったか、どっちかだ。

 

「閣下」

 

副官席のロイエンタールが、こめかみに指を当てる。

 

「艦のダメージレポートに『提督の怒声による精神的被害』を追加すべきでしょうか」

 

「ふざけるな。一番被害を受けてるのは俺の繊細な心だ」

 

問題の命令書には、簡潔にこう書いてある。

 

『ファルケンハイン大将麾下艦隊は、グリンメルスハウゼン中将艦隊と合同し、その作戦指揮下に入るものとする』

 

要約すると、お前はジジイのお守りをしろ。以上だ。

 

「ロイエンタール。確認だが」

 

わざとらしく指を一本立てる。

 

「俺の階級は?」

 

「大将です」

 

「グリンメルスハウゼンは?」

 

「中将です」

 

「なぜ、俺が下だ」

 

「政治です」

 

「雑な回答だな!?」

 

 参謀席のレンネンカンプが、書類を抱えたまま咳払いする。

 

「閣下。グリンメルスハウゼン中将は、陛下のご学友筋であられまして……宮中序列では、やや上位におわします」

 

「つまり、飲み友達補正で、俺の上に来ると」

 

「その表現は、いささか……」

 

「いいだろ。ここは艦橋だ。外には漏れん。盗み聞きしてるとしたら――」

 

 天井スピーカーから、澄ました女声が降ってきた。

 

《記録しています、アル様》

 

「アナ、お前か。消せ」

 

《冗談です》

 

「笑えよ、そこで!」

 

 艦橋に、くすくす笑いが広がる。少しだけ苛立ちが薄れたが、命令への不満が消えたわけではない。

 

 作戦ホログラムを呼び出し、グリンメルスハウゼン艦隊を示すマークを指でぐりぐり押した。老人の似顔絵アイコンがぷるぷる震える。誰だこんな悪意に満ちたアイコンを作ったのは。センスがいい。昇給を考えよう。

 

「プロフィール欄を読め、諸君」

 

 俺は読み上げる。

 

「『慎重』『堅実』『戦歴豊富』要するに『腰が重い』『決断が遅い』『でもコネだけは強い』」

 

「勝手に翻訳しないでください」

 

 ロイエンタールが冷静に刺してくる。

 

「おまけに、この命令のおかげで、我が艦隊の美しい編成が――」

 

「ズタズタですな」

 

 ロイエンタールが先に言った。

 

「ミューゼル准将は一個分艦隊司令から、准将らしく百隻単位の強襲揚陸群指揮官へ格下げ。ミュラー大尉は、その副官。艦隊戦なのに、強襲揚陸艦部隊付きという、用途不明の人事です」

 

「聞きたくない事実を滑らかに読み上げるな」

 

艦橋の隅。例の金髪が、壁にもたれて腕を組んでいた。

 

ラインハルト・フォン・ミューゼル、准将。うちの問題児。仕事中毒。金髪。やたら顔が良い。性格は可愛くない。

 

「フン」

 

 金髪が鼻を鳴らす。

 

「あのような老人が、未だ生存していること自体が、銀河の酸素の浪費だ」

 

「お前、さっきから酸素に厳しすぎないか。確かにあのジジイは酸素多めに使いそうだが、俺の爺様も同じくらいの年齢だ。まとめて浪費呼ばわりすると、家族会議になるぞ」

 

「では、『有用な老人』と『無用な老人』を区別する法案を提出してやろうか」

 

「そういうこと考え始めると、いずれ玉座を狙いかねんからやめろ」

 

キルヒアイスが、苦笑を浮かべながら口を挟む。

 

「しかし閣下、命令は命令です。合流自体は、避けられません」

 

「分かってるさ」

 

椅子の背にもたれ、頭をがしがし掻いた。

 

「問題は、『どう従って、どう裏をかくか』だ」

 

「……裏、でありますか」

 

 レンネンカンプの眼鏡が、怪訝そうに光る。

 

「そうだ。いいか諸君」

 

ホログラム上の矢印を増やしながら続ける。

 

「『グリンメルスハウゼン中将の艦隊と合同し、その指揮下に入れ』だから、俺たちは合同はする。形式上はな」

 

「形式上」

 

「『指揮下に入る』ここを、『戦略的には最大限敬意を払いつつ、戦術的には好きにする』と読み替える」

 

「意訳どころか、別作品ですね」

 

ロイエンタールの突っ込みを、俺は華麗にスルーした。

 

「グリンメルスハウゼン艦隊には、こう打電しろ」

 

レンネンカンプが、慌ててメモモードに入る。

 

「『閣下のご高齢とご功績に鑑み、我ら若輩は喜んで前衛を務める。どうか中央にて悠然と全体をご統裁いただきたい』」

 

「要するに『後ろで見ててください』と」

 

「直接言うな。門閥貴族はオブラート大好きなんだ」

 

通信士が、声を殺して肩を震わせている。よし、艦橋の士気は悪くない。

 

「だが、閣下」

 

ロイエンタールが現実に引き戻す。

 

「前線をすべて引き受けるということは、損害も集中するということです」

 

「もちろん承知している」

 

視線を、艦橋前方の巨大スクリーンへと向ける。そこには、ロンゴミニアドの姿が映し出されていた。

 

 エメラルドグリーンの巨体。駆逐艦より速い超戦艦。中性子ビーム砲四十五門。要塞砲級陽電子砲二門。艦首超大型重粒子砲。どう考えても、正気の設計ではない。

 

「ロイエンタール」

 

「はい」

 

「ロンゴミニアドは、何のためにある?」

 

「……閣下の趣味とロマンの塊であり、ついでに敵艦隊をまとめて吹き飛ばすための兵器です」

 

「そう、そのついでが重要だ。趣味九割兵器一割。いや、兵器七割ロマン三割かもしれん」

 

《逆です》

 

 アナが即座に訂正を入れてきた。

 

《ロマン九割、兵器一割です》

 

「そこまで削るな!」

 

 ラインハルトが、じっとスクリーンを見つめていた。

 

「……戦力の集中度合いだけ見れば、合理的とも言える。艦隊戦の常識からは外れているが」

 

「お、金髪が素直に評価したぞ」

 

「評価はしたが、褒めたわけではない」

 

「そのこだわりを姉上以外に向けるな」

 

アナがまた口を挟む。

 

《アル様。姉上とは誰のことでしょう》

 

「お前じゃないから安心しろ」

 

《安心はしません》

 

艦橋に再び笑いが広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

将官会議の会場に入った瞬間、俺は本気で引き返そうか迷った。

 

視界に入るのは、白髪、白髪、白髪。

ついでに、腹の出た将官、杖をついた将官。

全員とは言わないが、6割くらいは老舗老人ホーム・銀河本店のパンフレットに載っていそうな顔ぶれだ。

 

いや、本当にここ前線の作戦会議場か?

受付で「面会時間は一七時までです」とか言われないよな?

 

隣では、金髪の孺子ことラインハルトが、いつも以上に険しい顔をしていた。

 

「見てみろ、ファルケンハイン。俺たち二人で、この会議の平均年齢を四十は下げているぞ。まさに害悪だな」

 

小声のつもりらしいが、あの野郎は声がやたら通る。

前列のジジイ数名が、露骨にこちらを振り返った。

 

「おい金髪。あまりミュッケンベルガーのオッサンを睨むな。矛先がこっちに飛ぶ」

 

「フン。あのような老人が軍籍に残っていること自体、銀河の酸素の浪費だ」

 

気持ちはわかるが、言い方よ。

俺の祖父様も同じくらいの年齢だが、まだ現役で酒と女を追い回している怪物だぞ。

あれは酸素の有効活用だ。問題は、今ここで舟を漕ぎ始めている連中の方だ。

 

会議場前方では、シュターデンが説明を続けていた。

抑揚ゼロの声が、さらに眠気を誘う。

 

「……本星域は、便宜上、叛徒どもの呼称に習い『ヴァンフリート星域』と呼称します。八個ある惑星はいずれも無人惑星であり、その最大の理由は、主星たる恒星ヴァンフリートの不安定さに起因する……」

 

話の半分を聞き流しつつ、ホログラムの星図を眺めた。

噂通り、恒星ヴァンフリートは性格が悪い。電磁波やら何やらが不規則に吹き荒れ、通信環境はクソそのものだ。

 

「……ゆえに、艦隊間の通信は、ほぼ不能と考えた方がよいでしょう。各艦隊は、事前の指示と各司令官の裁量によって行動することとなります」

 

そこで、ミュッケンベルガー元帥が、いかにも重々しく立ち上がった。

老人だらけの会議で、さらに老人が立つ。視覚情報としてなかなかカオスだ。

 

「各艦隊の布陣は、このようになる」

 

星図が切り替わり、帝国艦隊の陣形が映し出される。

俺はファルケンハイン艦隊の表示を探した。

 

「…………ん?」

 

何度見直しても、俺の艦隊は後方、しかも端っこの、どう見ても予備兵力の位置だ。

敵と正面から殴り合う栄光のポジションではなく、何かあったら出てきてね扱い。

 

おかしいな。

 

俺、皇帝陛下直々の旗艦持ち大将なんだけど?

ヴァンフリート初陣で華麗に敵をぶっ飛ばす予定だったんだけど?

 

そんな俺の心のツッコミを見透かしたかのように、会議の主役らしきグリンメルスハウゼン中将が、ゆっくり口を開いた。

 

「……ふむ。この布陣では、ワシの艦隊が、あまりに後方に下がりすぎておるのではないかな? ミュッケンベルガー閣下」

 

そうだそうだ! もっと言えジイさん!ついでにファルケンハイン艦隊もだと言え!

 

しかし元帥は、実に面倒くさそうな顔で答えた。

 

「……陛下から、グリンメルスハウゼン閣下のご身命を、くれぐれも丁重に扱うよう、言いつかっておりましてな」

 

会議場が、ざわっと揺れた。

つまり、「この老人を沈めたら、お前ら全員あとで玉座前正座コースだぞ」というお達しが出ているわけだ。

 

あー、そういえばオーディンで聞いたな。

陛下にとって数少ない「昔話を酒の肴にできる人」だとか何とか。

 

要するに、皇帝専属飲み友達。そりゃ前線でうっかり沈めたら、宮中から怒鳴り声が飛んでくる。

 

グリンメルスハウゼンは、そこで一度黙り込んだ。

一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。

 

ぴったり五秒。

 

「……ふむ。ならば、致し方あるまいな」

 

それだけ言って、素直に引き下がった。

 

今の沈黙だ。さっきからこの爺さん、何を言われても必ず五秒黙ってから答えている。

あれはボケている沈黙ではない。

質問の意図と周囲の空気を測って、ここまでは言っていいと線引きしている間だ。

 

おい金髪。

あのジジイ、酸素の浪費どころか、かなりの曲者だぞ?

 

そんなことを考えていたら、今度は元帥が俺の方を向いた。

 

「ファルケンハイン大将」

 

「はっ」

 

「貴官には、最左翼を任せる。敵の出方を見つつ、好きにやって構わん」

 

来た。最左翼。表向きは「おまけ」扱いだが、通信がまともに繋がらない星域では、翼側を押さえた方が戦局を振り回しやすい。

真正面で殴り合うのは老人たちに任せて、横からかっさらうのが賢いやり方だ。

 

俺は元帥と目を合わせた。

短い視線の交錯で、だいたい察する。

 

「グリンメルスハウゼンのお守り、そっちも頼まれてるだろ?」「ああ、お前もか」

そんな感じだ。

 

「謹んで拝命いたします。左翼はお任せください」

 

そう答えたところで、隣の金髪が肘で小突いてきた。

 

「ファルケンハイン。左翼に回されたのに、なぜ嬉しそうなんだ?」

 

「お前なあ……」

 

星図を指でなぞりながら、口元を上げた。

 

「見ろ。通信不能の星域だぞ。中央は命令が届かないことにビビって、慎重な動きしかできない。

だが端っこの俺は違う。『連絡が取れなかったから、勝手にやりました』で、だいたい許される」

 

「それを世間では開き直りと言う」

 

「軍事用語では『裁量権』と言う。覚えておけ。それに、俺は皇帝直下の旗艦持ち大将だ。ここでおとなしくしていたら、アナに呆れられる」

 

「……また女のためか」

 

「当然だ。俺は元帥になってアナと結婚する。そのためには、ここで派手に武勲を立てる。つまり、この星域は俺の昇進試験会場だ」

 

「戦場を何だと思っている」

 

金髪の孺子は呆れ顔で溜め息を吐いた。

だが、その口元が、ほんのわずかに緩んでいるのを、俺は見逃さない。

 

会議が終わり、老人たちがゆっくり立ち上がる。

腰を押さえながら「よっこらせ」

杖を探して「どこへ置いたかね……」

今さっきまで銀河の命運を語っていた連中とは思えない光景だ。

 

ラインハルトが、小声でぽつりと呟いた。

 

「……なあ、ファルケンハイン」

 

「何だ、金髪」

 

「もし我々がこの戦いで勝利したら、今度は若い世代だけで作戦会議を開きたいものだ。

老人の咳払いではなく、若い兵士の息遣いが聞こえる会議をな」

 

「いいな、それ。ついでに会議後は、俺の旗艦で打ち上げだ。アナの手料理付きで」

 

「……お前の女を、軍人の群れの前に出す気があるのか?」

 

「ない。だから今の話は全部俺の妄想だ。心の中だけで楽しめ」

 

ラインハルトは、肩をすくめて前を向いた。

その横顔を見ながら、俺はもう一度ホログラムの星図に目を上げる。

 

条件だけ並べると頭が痛くなる現場だが、裏を返せば、好き勝手やる言い訳には事欠かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャトルのシートに腰を下ろした瞬間、俺は盛大にため息をついた。さっきまでの将官会議の残り香が、制服の内側にまで染み付いている気がしてならない。空気は完全に養老院だ。

 

向かいの席で、金髪の孺子が腕を組み、窓の外の星域を睨んでいる。隣には、生真面目の権化みたいなミュラー。斜め前のロイエンタールは脚を組み、誰にも聞こえないような声量でぼそっと言った。

 

「噂だがな。グリンメルスハウゼン閣下は、陛下がまだ大公だった頃、侍従武官として仕えていたらしい。公には語れない類の『お世話』を色々こなしていたとか。その功績で、今も特別に信頼が厚いそうだ」

 

やけに含みのある言い方だ。俺は思わず眉を上げた。なるほど、裏方専属の便利屋ってやつか。

 

「ほう、いかにもありそうな話だな」

 

シートにもたれ、鼻で笑った。

 

「そういう役回りの連中はさ、主人が皇帝に昇格した途端、真っ先に口封じで消されるのが歴史のテンプレなんだが。よくもまあ、あの歳まで生き残ったもんだ」

 

「だからこそ、今の寵は本物なのでしょう」

 

ロイエンタールは肩をすくめる。こいつは、さらっと毒を混ぜてくるから油断ならない。

 

その会話を聞いていたラインハルトが、窓越しに星々を眺めながら呟いた。

 

「威容を誇るミュッケンベルガーですら、あの老人を前にすると口数が減る。滑稽だった」

 

こいつも遠慮の概念がない。

 

「おい金髪、あんまりジイさんを刺すな。俺に火の粉が飛ぶ」

 

「事実を述べただけだ」

 

どこがだ。会議中の視線だけで、老人たちの血圧を確実に上昇させていたくせに。

 

ラインハルトは一拍置いてから、空に浮かぶ母艦群を見やった。

 

「だが、笑ってばかりもいられない。あの老人を御し、俺の武勲につなげる方法を探らねばならない」

 

さらっと危険思想を口にするな、この十八歳。

 

「お前なあ」

 

額を押さえた。

 

「今の発言、本人に聞かれたら普通に軍法会議だぞ。老人を操ってやろうとかいうのは、せめて心の中だけにしとけ」

 

「心の中で考えているだけでは、何も変わらない」

 

「変わらない方が平和な場面もある」

 

本気の顔で返してくるから質が悪い。こいつの中では、現皇帝ですらいつか倒す対象リストのどこかに並んでいる予感しかしない。頼むから、せめて俺の見ている前で、クーデターの下準備をするな。

 

ミュラーはと言えば、そんな主君の危うい発言を、華麗に聞かなかったことにしながら、姿勢だけは教科書通りに正していた。

 

「グリンメルスハウゼン中将閣下は、少なくとも前線で我々の進撃を妨げたりはなさらないだけ、まだ恵まれている方かと」

 

「妨げないとは限らん」

 

ラインハルトは即座に否定する。

 

「老人は、自分の思い出を守るためなら、他人の未来を踏み潰す」

 

「お前がそれを言うと、妙に説得力が出るから困る」

 

アンネローゼ嬢の話を思い出して、俺の胸も軽く痛んだ。父親も、皇帝も、あの金髪から見れば、全員過去にしがみつく老人サイドだろう。

 

ロイエンタールが、ふとこちらに視線を移した。

 

「ところで閣下。先ほどの会議で、ミュッケンベルガー閣下から何か直接言われていましたね」

 

「ああ」

 

 

「『ファルケンハイン大将、貴官には最左翼を任せる。好きにやって構わん』とさ」

 

シャトル内に小さな沈黙が落ちた。

 

「好きにやって構わん、ですか」

 

ロイエンタールの片眉がぴくりと上がる。

 

ラインハルトも、興味深そうにこちらを見た。

 

「つまり」

 

「俺が勝とうが負けようが、ジジイの責任にはならないってことだな」

 

肩をすくめる。

 

「便利な言い回しだろ。責任の丸投げを、上品な表現に包んだ魔法のフレーズだ」

 

「それで受けたのか」

 

「他に選択肢があるなら教えてほしいね」

 

両手を広げた。

 

「俺が断ったところで、別の誰かが『好きにやって構わん枠』を押しつけられるだけだ。だったら、ロンゴミニアドを自由に振り回せるだけ、まだマシだろう」

 

それに、という言葉を心の中で飲み込む。

 

元帥への近道を、わざわざ自分の手で塞ぐ趣味はない。

 

ラインハルトが、ふっと口元を吊り上げた。

 

「ならば利用する。老人の権威も、我々の裁量も」

 

やっぱり危険だ。

 

「ほどほどにしとけよ。老将を利用し過ぎて首が飛ぶのは、まず俺だからな」

 

釘を刺すと、ロイエンタールが軽く咳払いをした。

 

「ところで閣下」

 

「なんだ」

 

「ミューゼル准将は、これからグリンメルスハウゼン閣下の旗艦へ赴くと言っていましたが」

 

「許可した」

 

俺はあっさり答える。

 

「ジイさんのご機嫌伺いも、准将のお仕事だ。頑張ってもらおうじゃないか」

 

ラインハルトが、信じられないという顔で振り返った。

 

「なぜ貴様の許可が必要だ」

 

「お前、自分の所属艦隊、覚えてるよな」

 

「……」

 

沈黙で答えるな。

 

「それからだ」

 

「一つ。俺はお前の直属の上官。二つ。お前の暴言でジイさんが本気で怒った場合、最初に謝りに行くのは俺。この二点から導き出される結論は一つだ。俺の許可がいる」

 

「論理がおかしい」

 

「現実は論理より強い」

 

きっぱりと言い切ると、ロイエンタールの肩がわずかに震えた。笑いを堪えている時の癖だ。

 

「それとだ」

 

さらに追い打ちをかけるように続けた。

 

「お前がオストファーレンに行くなら、俺も行く」

 

「はあ!?なぜ来る」

 

「決まっている」

 

「司令官として、愛すべき部下の働きぶりを視察。それから、お守り対象のジイさんが、変なことを言い出さないか見張る。とても合理的だ」

 

「どこが合理的だ」

 

ラインハルトは天井を仰いで、心底うんざりした声を出した。

 

「俺は、あの老人と二人きりで話すつもりだった」

 

「安心しろ。空気を読んで席を外すくらいの芸当はできる」

 

「今までの言動のどこに、その要素がある」

 

そこで、ミュラーが恐る恐る口を挟んだ。

 

「あの、ファルケンハイン大将閣下。僭越ながら申し上げますが、閣下がおられる場は、概して空気が、にぎやかな方向に暴走する印象が」

 

「ミュラー、正直者は出世が遅れるぞ」

 

妙に刺さるので、あまり強く否定できない。

 

「とにかくだ」

 

会話を強引に締めた。

 

「オストファーレン行きは決定。ラインハルト、お前は俺の護衛という名目で同行。ミュラーはいつも通り付き従え。ロイエンタールはロンゴミニアドでお留守番だ」

 

「お留守番、ですか」

 

ロイエンタールが目を細める。

 

「私も同行した方がよろしいのでは。曲者の老人と、かなりの曲者である准将を同じ艦に乗せるのですよ」

 

「安心しろ。もっと曲者の大将が一人付いていく」

 

「それが一番不安の要因です」

 

いいツッコミだ。さすが俺の副官。

 

そんな調子で、シャトルの中はいつもの軽口で満たされていったが、別の場所では、俺たちの名前が違う文脈で飛び交っていた。

 

将官会議場に残っていたミュッケンベルガーは、副官に尋ねたという。

 

『先ほどの会議にいた金髪の若造は誰だ』

 

『ミューゼル准将です。ファルケンハイン大将麾下の』

 

『そうか。ファルケンハインのところか。ならば、まあ問題あるまい』

 

このやり取りを聞かされた時、俺は笑うしかなかった。

 

「なあ」

 

俺はシャトルの中で、皆に向かって言った。

 

「最近さ、上の連中に、うちの艦隊が『有能だが厄介すぎて、一箇所にまとめておいた方が被害が少ない問題児の収容所』って認識されてる気がするんだが」

 

ロイエンタールが、何とも言えない顔でゆっくり頷く。

 

「概ね、的確な評価かと」

 

ラインハルトとミュラーは、同時に視線を逸らした。おい、そこは否定しろ。

 

「まあいい」

 

肩を揺らして笑った。

 

「問題児が集まるなら、それはそれで楽しい。どうせなら、銀河で一番厄介で、一番有能な連中の巣窟にしてやろう」

 

そう宣言すると、金髪の孺子が、ほんの少しだけ口の端を上げた。

 

「ならば、まずはヴァンフリートで証明することだな、ファルケンハイン」

 

「ああ、望むところだ」




ここまで読んでくださった皆さまへ。
本当にありがとうございます。

もし読んでいて、

このシーン好き

このキャラの言動が刺さった

ファルケンハインのここが良い/ここが腹立つ

ラインハルト危なすぎて笑った

お気に入りの掛け合い

逆に「ここ読みづらい」と感じたところ

など、どんな形でも感想をいただければ、
今後のエピソードの改善や、キャラの深掘りに役立てられます。

今小分けにしている章を

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