銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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ヴァンフリート星域――通信障害、老将の威光、若い天才の暴走、そして曲者の俺。
この星域は、銀河英雄伝説という壮大な歴史の中でも、もっとも混線し、もっとも勘違いと誤解と腹芸が渦を巻く危険地帯だ。

老練の腹芸、若さゆえの傲慢、門閥貴族の損得勘定、そして超戦艦ロンゴミニアドが戦場を駆ける音。

――この星域の混乱を、生温かく、そして少し優しい目で見守っていただければ幸いだ。


銀河最左翼、勝手に動く ―ファルケンハイン大将と十八歳の暴君候補―

グリンメルスハウゼン中将の旗艦オストファーレンの艦橋に足を踏み入れた瞬間、俺はくしゃみをこらえた。

 

空気が重い。湿気じゃない。年齢だ。年寄りの権威と年功序列と古参オーラが混ざった、帝国軍特有のにおいがむんむんしている。

 

その中で、ひときわ場違いな金髪が、作戦マップの前で吠えている。

わが艦隊の問題児にして未来の暴君候補、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将である。十八歳にしてこの威圧感。将来が恐ろしい。

 

「つまり、左翼に展開するファルケンハイン艦隊が敵の側面を強襲し、中央のミュッケンベルガー元帥の艦隊への圧力を軽減する。そこで一気に決戦を挑み、叛徒どもをヴァンフリート星系ごと圧殺することが可能です」

 

マップ上の艦隊アイコンが、ラインハルトの指示に合わせて美しく移動する。説明は完璧だ。理屈も筋が通っているし、しゃべり慣れている。

問題は、聞き手側のジイさんだ。

 

グリンメルスハウゼン中将は、椅子に深く沈み込んだまま、目を閉じて微動だにしない。死んだか?と思うくらい動かない。いや、呼吸はしている。胸がわずかに上下しているし、白い眉毛も、空調の風でほんの少し揺れている。

 

だが、反応がない。

 

五秒、十秒、十五秒。

 

俺は心の中で数えながら、横目でジイさんを観察する。ラインハルトの声は艦橋に響いている。クルーたちは真面目な顔でコンソールに向かっている。場を支配しているはずの中将だけが、悠々自適な夢の世界に旅立っているように見える。

 

いや、これは寝てはいないな。寝ていたらもっとだらしない。あれは、意図的な沈黙だ。沈黙の芸だ

 

ラインハルトは気にせず話を続ける。

 

「ヴァンフリートの恒星が不安定で通信障害が起きるのなら、それを逆手に取り、各個撃破を狙うことも可能です。左翼の独立した機動を、むしろ利点として──」

 

おい金髪、その言い方はやめろ。上司の前で独立した機動とか言うな。聞くほうがヒヤヒヤする

 

今日は完全に付き添いのつもりできた。うちの准将が余計なことを言って、皇帝からの大事なペットを怒らせないよう見張る役だ。

 

皇帝陛下は、あのジイさんを異様に大事にしている。

だからこそ、ミュッケンベルガー元帥も俺も、この老人を死なせる訳にはいかない護衛係を押しつけられているわけだ。

 

そんな超保護対象が、今、金髪の猛獣の前で目を閉じている。絵面としてはホラーに近い。

 

ラインハルトが説明を締めくくった。

 

「以上が、私の提案する左翼の機動案です、閣下」

 

ピシッと敬礼する金髪。いい姿勢だ。将校教練の見本のようだ。

 

そして、艦橋には再び沈黙が落ちた。

 

一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。

 

まだ反応がない。

 

六秒、七秒、八秒。

 

出た。さっき会議で見たやつだ。どの質問にも、必ずこの「謎のインターバル」を挟む。完全に意図的だ。ボケ老人を演じる天才だな

 

このままジイさんが「ふむ……」とか言って流せば、それで終わる。ラインハルトの案は褒められもけなされもせず、宙に浮いたままだ。そうなると困るのは、俺たち左翼だ。

 

だって、俺はここで派手に暴れたい。元帥への階段を一気に駆け上がりたい。アナとの結婚を現実にするためには、武勲ポイントが山ほど必要なのだ。年寄り護衛だけして帰るなんて、絶対に嫌だ。

 

仕方ない。ここは腹芸タイムだ

 

俺は一歩前に出て、あえてジイさんではなくマップを見上げるふりをしながら口を開いた。

 

「ミューゼル准将の構想、実に興味深いですね、閣下」

 

ラインハルトの表情が、チラッとわずかに動く。嬉しいのか、不審なのか、まだ判別しづらい微妙な顔だ。

 

「左翼が敵側面を叩き、中央の負担を減らす。若いが、筋の通った考えです。ただひとつ問題があるとすれば、それは『誰が表に出るか』という点だと、私は考えます」

 

そこで、すっと歩み寄る。椅子に沈んだ中将の背後に立ち、まるで敬意を示すように身を屈めた。が、本当の目的は耳元の距離に入ることだ。

 

「……閣下」

 

声量を一気に絞る。耳元ギリギリに届くささやきだ。

 

「どうやら閣下は、あまり目立ちたくないご事情がおありのように、お見受けします」

 

ジイさんのまぶたが、ピクリと震えた。よし、ヒット。

 

「皇帝陛下のご信頼が厚いのは、もちろん存じております。ですが、前面に出れば出るほど、面倒な詮索が増える。そういう立場だと理解しております」

 

さらに口角だけを上げた。

 

「そこで提案ですが、派手な役は、全部この門閥貴族のバカ息子に押し付けていただいて構いません」

 

自分で言っていて悲しくなるが、事実だ。どうせ周りもそう思っている。

 

「左翼の矛先も、戦果への賞賛も、失敗した時の非難も、全部ファルケンハイン艦隊に向ければいい。ロンゴミニアドは目立ちすぎる船ですしね。光ってますから。あれなら、誰の目にも『あいつが悪い』とわかりやすい」

 

ジイさんの口元が、わずかに弧を描いた。

 

「もし勝てば、『若い連中をうまく使った老練な中将』として、閣下の評価はさらに安泰です。もし負けても、『門閥の阿呆が突っ走った』で片付く。閣下のご身命には、傷一つ付けさせません」

 

これは本音だ。

 

三秒ほどの間。今度の沈黙は、さきほどまでの「演技の間」と違う。中身のある沈黙だ。

 

「……フフ」

 

グリンメルスハウゼンの喉から、小さな笑いが漏れた。

 

「話のわかる若者は、嫌いではないぞ、ファルケンハイン大将」

 

小声でそう言うと、中将はゆっくりと目を開いた。さっきまで死人みたいだった目に、急に光が宿る。切り替えが早すぎて怖い。

 

「ミューゼル准将」

 

今度は、艦橋全体に響く声量だ。きっちり五秒間のタメを挟んでから、堂々とした口調で名前を呼ぶ。

 

「はっ」

 

ラインハルトが背筋を伸ばして応じる。金髪が揺れる。

 

「貴官の案、概ね妥当と認める」

 

艦橋の空気が一気に変わった。クルーたちがざわめきかけて、すぐに引き締まる。

 

「左翼の機動は、ファルケンハイン大将に一任する。中央への圧力軽減、敵側面への打撃、そのどちらも、左翼の働きにかかっていると見てよい」

 

そこで、ゆっくりと俺のほうを振り向く。白い眉毛の下の目が、細く笑っていた。

 

「ファルケンハイン大将」

 

「はっ」

 

「ミュッケンベルガー元帥からの下命どおり、『好きにやって構わん』ワシも、その意向を追認する」

 

そう言い残すと、中将はまた目を閉じた。五秒の沈黙が戻る。今度はもう話は終わりだのサインだ。

 

やっぱり曲者ジジイだな。だが、扱い方さえわかれば楽かもしれん

 

ラインハルトがこちらを振り向いた。金の瞳が、複雑な感情で揺れている。

 

「ファルケンハイン」

 

「なんだ、金髪」

 

「……貴様のような俗物と意見が一致するのは不愉快だが、今回は礼を言っておく」

 

悔しそうに言いながら、手を差し出してくる。十八歳にして、この素直じゃなさ。将来が楽しみだ。

 

俺はその手を取って握り、口元だけで笑った。

 

「礼なら、勝ってからにしろ。まだ敵は見えてもいない」

 

「勝つさ」

 

ラインハルトは即答した。迷いがない。

 

「俺がいる限り、帝国は負けん」

 

「はいはい、頼もしいことだ。だが、そのセリフはせめて二十代になってから言え。いくらなんでも十八歳が言う台詞じゃない」

 

背後からロイエンタールの静かな咳払いが聞こえた。

 

「閣下」

 

「なんだ、ロイエンタール」

 

「『十八歳のくせに』という評価は、閣下自身にも適用されるかと存じます。二十三歳で大将など、普通はありえません」

 

「それは俺のせいじゃない。全部アナのせいだ。あいつが有能すぎて、俺を勝手に持ち上げやがる」

 

「責任転嫁が鮮やかですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 同盟軍との砲火が星域のあちこちで咲き始めたころ、

俺はというと、ロンゴミニアドの艦橋で背もたれにふんぞり返り、コーヒーをすすりながら戦況マップを眺めている。

 艦橋の空気は緊張……しているようでいて、うちのクルーは割と落ち着いている。

というか、半分はどうせ閣下はしばらく様子見をなさると確信している。よくわかっているじゃないか、うちの部下たちは。

 

 視界の端で、味方艦隊のシンボルがじわじわと前に出ていく。ミュッケンベルガーのおっさんの主力、シュターデン……どいつもこいつも、教科書通りの鈍重な前進だ。敵も敵で、やる気があるのかないのかわからない拙い砲火を返してくる。

 だが、最左翼に配置された帝国軍最精鋭を名乗るはずの我がファルケンハイン艦隊は、全体の進撃線からきれいに一歩引いた位置で、エメラルド色に輝きながらじっとしていた。

要するに、眺めている。

 

「……閣下、同盟軍の右翼分艦隊、砲撃を強めています」

 

 オペレーターが報告してくる。モニターでは、白い閃光が線香花火みたいにチカチカしている。うるさい。

 

「知ってる。目は飾りじゃない」

 

 コーヒーをひと口飲んで返事をした。うん、うまい。アナが補給部に圧力をかけて取り寄せた高級豆だ。戦場の醍醐味である。

 

 そんな優雅な俺とは対照的に、遠く離れたタンホイザーの艦橋から、今にも噛みつきそうな声が飛んできた。

 

『ファルケンハイン!なぜ動かん!』

 通信パネルに、金髪の孺子――ラインハルトの顔が映し出される。背景では、部下たちが忙しそうに走り回り、うちとはテンションが二段階くらい違う。

 

『全体の八割が、何もしないで遊んでいるではないか!これでは各個撃破される!』

「遊んでねえよ。見て学ぶ、という立派な時間なんだよ」

 

 俺は肩をすくめ、わざとゆっくりした口調で返した。

 

「いいか、金髪。こんな通信状態の悪いクソ宙域でだな、全軍突撃なんかしたらどうなる?敵より先に味方同士がぶつかる。正面から同盟軍を砕く前に、帝国軍の脳みそが砕け散る。面白いが、誰も得しない」

 

『しかし――』

「しかしもかかしもない。お前はジジイどもの艦隊を見ろ。あれを基準に動いたら死ぬぞ。あいつら、自分の反応速度が落ちてる自覚がないからな」

 

 あちこちでオレンジ色の爆光が膨らんではしぼんでいく戦況マップを見ながら、俺は内心でため息をついた。

 

……そろそろか

 

「ロイエンタール」

 

「は」

 

 隣で腕を組んでいた毒舌副官が、すぐに身を乗り出す。こいつも俺の癖をよくわかっている。

 

「全艦、ゆっくり前進。右方向へ上回運動開始。目標は同盟軍右翼、あの突出してる分艦隊だ。砲火を一点に絞れ。『帝国軍の悪趣味な蛍光塗装艦が右から来た』と、向こうにトラウマを刻んでやれ」

 

「了解。全艦へ通達。ファルケンハイン大将のご命令だ。姿勢制御、微速前進。右旋回、上回運動開始。同盟軍右翼分艦隊に照準を集束」

 

 ロンゴミニアドが静かに首を振る。エメラルドグリーンの艦列が、それに続いて美しい弧を描いた。何度見ても惚れ惚れする光景だ。

 

「主砲、準備は?」

 

「いつでもどうぞ。トリガーはそちらで」

 

 砲雷長がニヤリと笑う。いい顔だ。俺はゆっくりと立ち上がり、前方スクリーンを見据えた。 敵右翼の分艦隊が、他の味方艦隊から切り離されて、微妙な位置にぽつんと浮かんでいる。通信障害で呼び戻されているのかもしれないが、その声は届かない。まあ、知らん。

 

「よし。『藍色の悪夢』、お目覚めの時間だ。全主砲、斉射用意」

 

 艦橋の照明が一段暗くなり、警告音が低く鳴る。砲撃管制データのホログラムが俺の前に立ち上がり、ターゲットマーカーが敵艦隊を赤く縁取った。

 

「撃て」

 

 次の瞬間、ロンゴミニアドの艦首から、濃い光の槍が幾筋も放たれた。エメラルドの船体とは似合わない、悪意全開の青白い閃光が、敵分艦隊のど真ん中を貫く。

 

 スクリーンが真っ白に染まり、遅れて爆発光が広がった。続くのは、副砲群と随伴艦隊からの砲火だ。最小限の動きで、最大限の集中砲撃。教科書の巻末に載せてもいいくらい、きれいに決まった。

 

「敵右翼分艦隊、旗艦大破!隊形崩壊!」

「周辺艦も、次々と被弾しています!」

 

 オペレーターたちの声が、艦橋に一斉に響く。どいつもこいつも、嬉しそうだ。

 

 そこへ、再びブリトマートからの通信が入った。

 

『……フン。まあ、六十五点といったところだな』

 

 画面に映ったラインハルトが、いかにも不愉快そうな顔で言い放った。相変わらずだ。

 

「お前なぁ……」

 

 俺は思わず額を押さえた。

 

「この通信状況で、混戦にならないギリギリのラインを狙って動いてやったんだぞ。百点満点を欲しがるな。六十五点を積み重ねたやつが、最終的に勝つんだよ。テスト勉強と同じだ」

 

『テスト勉強と戦争を一緒にするな、この俗物』

 

「うるさい。現場の実感は似たようなもんだ」

 

 隣でロイエンタールが、ふっと笑った。

 

「閣下。この混沌とした状況下で、最小限の動きで最大限の戦果を叩き出す。小官から見れば、百点満点の指揮ですな」

 

「聞いたか金髪。優秀な部下がそう言っている」

 

『その優秀な部下を悪趣味な艦に縛り付けているのは、どこの誰だ』

 

ラインハルトの嫌味を華麗に無視していると、別の通信が入った。

 

『アル様!前線、とても楽しいですわ!ブリトマートの主砲、最高です!』

 

 俺の嫁から、うきうきした声が飛んでくる。背後では、砲撃指揮のオペレーターたちが忙しく動き回り、断続的な発砲音が響いているのが見て取れる。

 

「お前、楽しそうだな!?」

 

 思わず叫ぶと、アナの笑い声が返ってきた。

 

『もちろんですとも。ロンゴミニアドがあれだけ目立っているのですから、こちらも負けていられませんわ。アル様だけが派手に活躍なさるなんて、許せませんもの』

 

「対抗心を燃やすな!夫婦で敵艦隊のトラウマを競い合うな!」

 

 艦橋クルーが吹き出しそうになるのを、レンネンカンプが咳払い一つで締める。さすが堅物参謀、空気の締め方は完璧だ。

 

 戦況マップに視線を戻すと、俺たちが削った同盟右翼が、大きく凹んでいる。その分、ミュッケンベルガーの中央が押し返しやすくなっているはずだ。

 ……はずなのだが。

 

「グリンメルスハウゼン艦隊、依然として速度不足。前進が著しく緩慢です」

 

 参謀席から、冷静な声が上がる。マップ上の老人艦隊のマーカーが、信じられないくらいのろのろ動いている。亀か。

 

「くそ……ジジイ、もう少し脚を上げろよ」

 

 思わず舌打ちが出た。

 

「せっかくこっちで壁をぶち抜いてやったのに、後続が遅いと、砲火の集中が甘くなる。敵に立て直す時間をくれてやることになるんだよ……」

 

肘掛けを指でトントン叩きながら、老人艦隊のアイコンを睨む。

 

「全く、無能のふりをする味方というのは、厄介すぎる」

 

ぼそっと漏らした言葉に、隣のロイエンタールが、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「……ほう。閣下がそれを仰いますか」

 

「なんだよ」

 

「無能のふりをされる味方の苦労も、ご存じないわけではありますまい。たとえば、小官とか」

 

 目が笑っていない。だが、口元だけが皮肉っぽく持ち上がっている。慣れてきたとはいえ、地味にダメージが大きいタイプの攻撃だ。

 

「お前な……」

 

ロイエンタールをじろりと睨んだ。

 

「自覚してるから言ってるんだよ。俺がときどき無能のふりをするのは、ちゃんと計算の上だ。いいか?『本当はできるけどサボっている人間』と、『本当にできない人間』では、世間の扱いが大違いだ。俺は前者を目指して努力してるんだ」

 

「努力の方向性がおかしい」

 

「知ってる!だからこそ厄介なんだよ!」

 

 通信パネルの向こうで、ラインハルトがあきれ果てた顔をしている。

 

『……貴様ら、戦闘中だという自覚はあるのか』

 

「ある。戦闘中に余裕の雑談ができるのが、本物のエースってやつだ」

 

『その理屈をどこの誰が信じる』

 

「少なくとも俺は信じてる」

 

 そう言いながらも、俺の視線は戦況マップから離れない。

 同盟軍は、こちらの一撃でできた穴を必死に塞ごうとしている。そこへ、アナのブリトマートが斜め後方から砲撃を浴びせ、さらに崩す。グリンメルスハウゼンのジジイの艦隊も、カタツムリ並みの速度ながら、じわじわと前に出てきている。

 

 

……まあ、このくらい動ければ十分か

 

 背もたれに深く腰を預け、改めてコーヒーカップを持ち上げた。

 完璧を求めれば、いくらでも文句は出てくる。だが、六十五点の戦果でも、積み重ねれば元帥への階段になる。俺の人生設計は、そういう前提でできている。

 

「よし。各艦、追撃はほどほどに。突出しすぎるな。アナにも伝えろ。あいつは楽しすぎると、調子に乗って一人で行くからな」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペレーターの叫び声が、艦橋の空気を震わせた。

 

「報告!帝国軍、同盟軍の各部隊が、それぞれに分断され、無秩序に混在!前線は錯綜し、もはや相対的な位置関係の把握も困難です!」

 

要するに、一言でまとめるとぐっちゃぐちゃってことだ。

 

 視界に展開された戦況ホログラムは、もはや軍事シミュレーションではなく、幼児がクレヨンをぶちまけたあとに芸術ですと言い張っているレベルのぐちゃ混ぜカラフル状態になっていた。

 

 青(帝国)と赤(同盟)のアイコンが、入り乱れて、重なって、時々消えて、また出てくる。どこが前線でどこが後方なのか、描いた本人すら分かっていない気配すらある。

 

こめかみを押さえた。

 

「……両軍とも、アホみたいに『上回進撃』を試みやがって」

 

 上回進撃。

 敵の背後に回り込んで包囲殲滅、軍人なら一度は夢見る「やってみたいオシャレ戦術」だ。

 だがな、それは「通信がちゃんと繋がる」「各隊がちゃんと言うことを聞く」「味方の位置を把握できる」という、文明人としての最低限の条件を満たしている場合の話だ。

 

 今のヴァンフリートはどうだ。

 恒星ヴァンフリートのイカれた電磁環境のおかげで、通信は乱れまくり、センサーはノイズだらけ、味方の位置すら怪しい。

 そんな中で、「背後に回り込め!」と各艦隊が勝手にやり始めた結果――

 

「カオスだな」

 

思わず口から出た言葉に、隣のロイエンタールが肩をすくめた。

 

「ええ、銀河標準語で言うところの『地獄絵図』ですな」

 

そこへ、通信ウィンドウが開き、金髪の孺子の顔が映った。

 

 背景が赤い。主砲のフルバーストで照り返っているのか、本人の怒りでオーラが燃えているのか、判断に困るレベルだ。

 

「ファルケンハイン!」

 

開口一番、怒鳴り声だ。安定している。うん、元気そうで何より。

 

「落ち着け、金髪の孺子よ」

 

俺は、椅子にどっかりと腰を下ろしたまま、優雅に脚を組み替えた。

 

旗艦の艦橋の主、その余裕を見せるのも仕事のうちである。

 

「同盟軍も帝国軍も、前進に前進を重ね、上回進撃を重ねた結果、もはや統制は失われつつある!ここで一気に動いて、中央を叩くべきではないのか!」

 

「成功すればな」

 

俺は、あえて軽く鼻で笑った。

 

「お前が理想として描いている『大軍による上回進撃』は、おそらく美しい芸術作品なんだろう。だが、今ここにある現物は、凡愚どもが真似してぐちゃぐちゃにしたコピー品だ。しかも、不良品だ」

 

「……!」

 

「この通信障害宙域で、だ。全軍突撃の号令をかけたとして、どれだけの部隊が、思った通りのタイミングで動く? 前に出すぎる奴、動きが遅れる奴、命令を途中でロストする奴。結果、味方同士で足をもつれさせるのがオチだろうが」

 

ラインハルトの表情に、ほんの一瞬だが、悔しさと納得の影が差した。

 

こいつは頭が良すぎるから、理屈をぶつけると、ちゃんと理解はするんだ。

 

感情が追いつくかどうかは別問題だが。

 

「いいから、そっちは進撃速度を落とせ」

「何?」

 

「周囲が呼応できるレベルまで落とせと言ってる。お前一人だけが突っ走っても、今の状況じゃ、味方は誰もついてこられん。結果として『華々しく孤立して爆死』がオチだ。そんな華、俺の艦隊の近所で咲かせるな。縁起が悪い」

 

ラインハルトが、通信の向こうで唇を噛んだ。

 

「……貴様の言うとおりだとしても、凡愚どものために、俺が速度を合わせねばならんのか」

 

「そうだ。凡愚どもめ」

 

敢えて同じ言葉を使ってやる。

 

「凡愚どもがいるから、天才の居場所はあるんだよ。凡愚がいなかったら、お前もただの『ちょっと気の利く若造』で終わる。凡愚に感謝しろ。心の底からは無理でもいいから、表向きだけでもな」

 

「ふざけるな」

 

「ふざけてねえよ?」

 

俺は肩をすくめた。

 

「いいから、速度を落とせ。これは命令だ。帝国軍大将としてな」

 

数秒の沈黙ののち、ラインハルトは、苦虫をかみつぶした顔で頷いた。

 

「……了解した。ミューゼル隊、進撃速度を三割低下。周囲の帝国軍との連携を優先する」

 

「お互いに無意味な分散をしおって……ほんと、ラインハルトじゃないが、まったく凡愚どもめ」

 

そんな時だった。

オペレーター席から、通信の報告が上がる。

 

「総司令部より、緊急通達! ファルケンハイン艦隊に対し、至急の命令!」

 

「……来たか」

 

俺は、嫌な予感を覚えながら、顎で続きを促した。

 

「『ファルケンハイン艦隊は、ただちに戦闘を離脱。第4惑星宙域へ移動し、別命を待て』……とのことです!」

 

「はあああああ!?」

 

思わず、叫び声が出た。

 

「離脱? この、一番面白くなってきたところで?」

 

カオスの戦場。凡愚どもが混線し、天才が頭を抱える、そのど真ん中だ。

 

戦術屋としての血が、一番騒ぐ瞬間である。

 

その場から「さっさと出て行け」とは、なんともまあ、風情のない命令だ。

 

ロイエンタールが、肩を竦めた。

 

「どうやら、ミュッケンベルガー閣下も、我々という『曲者』を、この混乱した戦場に置いておくのは危険だと判断なされたようですな」

 

「……ちっ」

 

図星すぎて、反論のしようもない。

曲者なのは否定しない。というか、最近は誇りつつある自分がいる。良くない傾向だ。

 

「せっかく、ラインハルトに良いところを見せてやろうと思っていたのに。あいつ、どうせ後で『凡愚に邪魔された』とか言って、俺の功績は全部忘れるんだぞ」

 

「それはまあ、いつものことですな」

 

「だよな」

 

諦めがついたところで、割り切るのも早いのが俺の長所だ。

 

「よし、全艦に通達! 撤退だ、撤退!」

 

 戦況マップの端で、まだ必死に砲火を撃ち合っている青と赤の集団を見やりながら、俺は宣言した。

 

「さらば、凡愚どもよ! 生き残ったら、またどこかで会おう!」

 

ファルケンハイン艦隊は、水を得た魚のように、カオスな戦場からきれいにスルッと抜け出し、第4惑星宙域へ向けて軌道を変えた。

 前後左右で衝突しかけている他の艦隊を、華麗にすり抜けながら、ロンゴミニアドのエメラルドグリーンの艦列は、みるみる戦場の外へと離れていく。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

・腹芸をするファルケンハイン
・沈黙五秒の怪物グリンメルスハウゼン
・暴れ馬ラインハルト
・毒舌副官ロイエンタール
・楽しすぎて前に出るブリトマートのアナ

あなたのお気に入りのシーン、キャラクターの意外な一面、
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そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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