銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
そこに配属された伯爵家の御曹司アルブレヒトが望んだのは、優雅な後方勤務と三食のプリン――のはずだった。
しかし運命は無情にも、彼を「平均寿命三分」の戦闘艇パイロットへと叩き込む!
無能なのか、愛されキャラなのか。いや、彼はただ必死に生き延びたいだけ。
伯爵と従者アナの凸凹コンビが、要塞の重苦しい空気に嵐を巻き起こす……かもしれない。
今、俺とアナは戦艦に乗っている。目的地はイゼルローン要塞。帝国軍人なら誰もが名前くらいは知ってる場所だ。自由惑星同盟とかいう連中の支配する宙域に睨みを利かせてる、銀河最強の要塞。まあ、俺からすれば「最強」とか「抜けない」とか、そういう言葉はだいたいフラグだと思ってる。要塞ってのは落とされるためにあるんだよ。ゲームでもそうだったろ?ボスキャラは最初どんなに強そうでも、ラスボスが出る頃には雑魚扱いされるもんだ。
ただまあ、今の俺にはそんなことどうでもいい。問題は、俺がこの船で退屈すぎて死にそうってことだ。
艦橋に立って、カッコつけて腕組みしてるけど、実際は暇で暇で仕方がない。艦長や副官がなにやら難しい会話をしてるけど、俺にはさっぱりわからん。戦術だの編成だの補給線だの、聞くだけで頭痛がする。俺に必要なのは「三食ちゃんと出るか」と「ベッドが柔らかいか」だけだ。
そんな俺がぼそっと独り言を漏らしたんだ。「自由惑星同盟を自称する叛徒共……いや、同盟でいいか。アナのお祖父様に悪いしな」って。
その瞬間、横にいたアナが「……アル様……」って小さく呟いた。声が震えてた。驚きと、ちょっとした感動が混ざったような響きだった。
おいおい、どうした急に。普段は無表情で、俺を毒舌でぶっ刺してくるアナが、なんかこう、胸を熱くしてる感じだぞ?
「な、なんだよ。別に深い意味はねえよ」って俺は慌てて言った。実際、そんな大層なことを考えてたわけじゃない。ただ、いちいち「叛徒共」とか言うのがめんどくさかっただけだ。でもアナにとっては違ったらしい。
「アル様が、祖父のことを気遣ってくださるなんて……」
なんかすごく嬉しそうに言うもんだから、俺の方が照れちまった。やめろよ、そんな殊勝な顔で見んな。こっちが気まずいだろ。
俺は咳払いして話題を変えた。「さて、我々はそのイゼルローン要塞に行くわけだが……」って。
するとアナが横目で俺を見ながら、わざとらしく突っ込んでくる。「アル様は、イゼルローン要塞についてご存知ですか?士官学校の試験では要塞に関する問題を全て白紙で提出されていましたが」
うぐっ……そこ突くか。俺だって昔は勉強嫌いだったんだ。いや、今も嫌いだけど。だけどな、今回は違う!俺は自慢げに胸を張った。
「馬鹿にするな!あの時の俺とは違うんだ!今回はちゃんと覚えてきた。よく聞けよ?イゼルローン要塞ってのはな、五百万の人員と二万隻の宇宙艦艇を収容できる。それに要塞主砲『雷神の鎚』、あれはとんでもないぞ。下手な艦隊ならまとめて消し飛ばす力を持ってる。だから銀河最強の要塞って呼ばれてるんだ!」
スラスラと言い切った俺に、アナが珍しく目を丸くした。「……本当に勉強なさったのですね。このアナスタシア、感服いたしました」
ほら見ろ!やればできるんだ俺は!今の俺はかつてのサボり魔じゃない。努力の結晶だ。
「ん?褒めてるのか?」と聞くと、アナはこくりと頷いた。「ええ。心から」
……おい、待て待て。そういう真顔での本気の褒めは照れるんだよ!もっといつもの毒舌混じりで「やっと人間並みになりましたね」とか言えよ!
俺は慌てて話題を逸らそうとした。
「ま、まあ当然だな。俺くらいの頭脳なら、イゼルローン要塞の概要くらい暗唱できる。そもそも銀河帝国軍の未来を担うのはこの俺だからな!」
アナは「はいはい」って感じで流してたけど、俺の心は密かにガッツポーズしていた。だって、アナに「感服」って言わせたんだぞ?これは俺にとって大事件だ。
とはいえ、艦橋の空気はやっぱり堅苦しい。艦長も副官も眉間にシワ寄せて計器見てるし、兵士たちは無駄口叩かない。俺だけが退屈で足を組み替え、肩を回し、鼻歌を歌いそうになるのを必死に我慢していた。
……だが、ここだけの話。俺はイゼルローン要塞の知識を一夜漬けで覚えた。つまり、三日後には全部忘れる自信がある。歴史も地理も政治も、試験前だけ詰め込んで終わったら消去。俺の頭はそういう仕様だ。もし今クイズを出されたら答えられるけど、一週間後には「イゼルローン?なにそれ美味いの?」って言ってるだろうな。
でもいいんだ。今、アナが「心から」って言ってくれた。それで十分。俺はそれで満足だ。
◆
というわけで、俺はイゼルローン要塞に来た。来ちゃった。正直言って、到着するまではめちゃくちゃワクワクしてたんだ。なんてったって、銀河最強の要塞だぞ?名前からして強そうだし、外壁の周りにシャボン玉みたいな流体金属がぷかぷか浮かんでる。教科書で読んだときは「ふーん」で済ませたけど、実物はヤバい。なんかもう「これぞSF!」って叫びたくなるレベルでヤバい。アニメならOP映像に出るタイプのやつだ。
けど、艦が要塞内部のドックに着いた瞬間、俺のテンションは急降下した。整然と並んだ帝国軍の戦艦、ピカピカに磨き上げられた床、規律正しく行進する兵士たち、いちいち背筋の伸びた敬礼……おいおい、なにこの空気。空気が硬い。冗談一つ言ったら即銃殺みたいな雰囲気じゃねえか。俺が想像してたのはもっとこう、「銀河のロマンだぜ!」って感じのやつだったんだよ!
(内心)……やっぱり帰りたい。
もちろん口には出せない。出した瞬間に軍法会議だろうな。だからせめて猫背になって「存在感を消す作戦」を発動してたら、隣に立つアナが無言で俺の肘をつついてきた。
「アル様、背筋を伸ばしてください。これから司令部にご挨拶に伺います」
おいおい、アナ。なんでお前はそんなに堂々としてんだよ。俺の部下のはずだろ?なんで主君の俺より貫禄あるんだよ。むしろお前が伯爵で俺がメイドだろこれ。
仕方なく俺は姿勢を正した。軍人っぽく胸を張ってみた。そしたらすれ違った兵士がチラッと俺を見て、「なるほど、門閥貴族のボンボンか」みたいな顔をした。わかるぞ!その視線!俺だって好きでここにいるわけじゃないんだ!
司令部に向かう道中も地獄だった。廊下を歩いてると、兵士たちが次々と敬礼してくる。俺も返さなきゃいけないのか?って焦ったけど、アナが横で完璧なタイミングで敬礼を返してくれるから、俺はただ「うんうん」って頷いて歩いてるだけで済んだ。結果、兵士たちは「ファルケンハイン伯は謙虚にして威厳あり」って誤解したみたいだ。実際はただの無能が頷いてただけだっつーの。
◆
俺は今、人生で一番深い深呼吸を繰り返していた。場所はイゼルローン要塞の司令部前。中には副司令官シュトックハウゼン大将と、駐留艦隊副司令官ゼークト大将。どっちも親父の悪友だ。いや、悪友どころか「お前らがいたから親父の酒癖が悪化したんだろ」ってレベルの戦犯コンビだ。
扉が開いた瞬間、雷鳴のような声が飛んできた。
「おお、来たか!ファルケンハイン伯のご子息!」
「父上殿には、士官学校時代、よく酒場で絡まれたものだ!」
やめろ。いきなり親父の黒歴史を大音量で暴露するな。俺の胃がキリキリする。
「うむ。ファルケンハイン家の男児たるもの、最前線で武勲を立ててこそ一人前!」
「貴様の父上も、二人の兄君を戦場で亡くされた後、見事当主としての責務を果たしておられる!」
やめてくれ。初陣を前にして「兄貴二人は戦死した」なんて話を聞かされる新人パイロットの気持ちを考えたことがあるか?ないだろうな、この二人。顔は笑ってるけど言葉は地獄だ。俺の寿命が五年縮んだ。
俺は必死に愛想笑いを浮かべた。頬の筋肉がつりそうだ。きっと顔面蒼白になってるに違いない。だが二人の大将は、それを「初陣を前にした武者震い」だと勘違いしたらしい。ニヤニヤしながら頷いてる。頼むからやめてくれ。俺は震えてるんじゃない、崩れ落ちそうなんだ。
「うむ!良い目をするようになったな!」
「貴様の初陣は、我々で最高の舞台を用意しておいたぞ!」
最高の舞台?なにそれ。俺の脳内では「安全な巡洋艦のオペレーター席で紅茶を飲みながらアナの活躍を見学」っていう甘い未来が描かれていた。どうせ後方勤務だろ?「やはり伯爵家の御曹司は特別扱い」ってやつだろ?へっ、ざまあ見ろ凡人ども!
……と思ったら説明が耳に入ってきた。ん?巡洋艦じゃない?
隣でアナが小声で囁いた。
「アル様。我々の配属先は巡洋艦ではありません。要塞所属、第327戦闘艇空戦隊です。アル様は、一パイロットとして任官されております」
……………………なに?
いやいやいやいや、ちょっと待て。俺、聞き間違えたよな?パイロット?戦闘艇?この俺が?
戦闘艇ってあれだぞ?豆粒みたいな機体で敵艦に突っ込んでいく自殺志願者の乗り物だろ?俺が知ってる情報では「平均寿命三分」ってやつだ。お前ら正気か?俺は後方で悠々とお茶を飲みながら「アナ頑張れ」って応援する予定だったんだよ!
「ほらアル様、制服の胸ポケットに配属通知が」
アナが差し出してきた紙を震える手で開いた。そこにはしっかりと「第327戦闘艇空戦隊配属、ファルケンハイン伯爵家嫡男アルブレヒト」と書かれていた。
死んだ。俺の未来が死んだ。
「やめてー!俺は死にたくなーい!」って心の中で叫んだが、もちろん声には出せない。大将二人がご満悦に笑ってる前でそんなこと言ったら、本当に雷神の鎚で撃たれる。
ゼークト大将が肩を叩いてきた。
「存分に武功を挙げ、ファルケンハイン家の名を銀河に轟かせるが良い!」
あのな、俺は名声とかどうでもいいんだよ。欲しいのは安全とお菓子だよ。プリンだよ。
アナはアナで涼しい顔して言うんだ。
「アル様の操縦技能なら、きっと大活躍できます。ご安心ください」
嘘をつけ!俺、操縦技能ゼロだぞ!?士官学校の実技試験だって「操作盤のボタンを押したら射出座席が暴発」っていう前代未聞の珍事をやらかしたんだぞ!?お前忘れたのか!?
結局俺は、大将二人に肩を叩かれ、「期待しているぞ」「立派な戦士になるのだ」とか言われまくって部屋を後にした。胃が破裂するかと思った。いやもう破裂してるかもしれん。
廊下に出てすぐ、俺はアナに詰め寄った。
「おい!なぜ俺が戦闘艇パイロットなんだ!」
アナは無表情で答えた。
「士官学校で提出された希望調書に、『楽そうだから戦闘艇』と書かれておりましたので」
…………………………あ。
俺だ。俺が悪い。ふざけて書いたのを本当に採用されただけだった。
「アル様。ご自分で選ばれた道です。どうぞ胸を張って」
胸を張れるか!墓場に直行する道だぞ!
◆
これが噂のワルキューレか……。格納庫にずらりと並んだその姿は、確かに格好いい。銀色の装甲に帝国紋章、スラリとした機体ライン、宇宙の戦乙女の名に恥じない勇ましい姿……と言いたいところだが、俺の目には「棺桶」にしか見えない。
俺は自分の乗機を見上げながら絶望した。操縦席は一人乗り。つまり誰も守ってくれない。隣にアナもいない。俺がボタンを押し間違えたら即、宇宙の藻屑だ。
しかも初任務から戦闘確定。敵艦隊と遭遇するって話を小耳に挟んだ。いやちょっと待て、初陣って普通もっと安全な任務じゃないのか?「哨戒に出たけど敵はいませんでしたー」って報告するだけとかさ。なんでいきなり戦場にぶち込まれるんだよ。
「ちなみに、シミュレーターでのワルキューレ戦闘は、アナスタシアに一度も勝ったことがないんだけどな!」
隣のアナが涼しい顔で返す。
「アル様。そもそも、私に勝ったことのある科目は一つでも?」
……………………ありません、ごめんなさい。
現実を突きつけるな。こちとら心がガラス細工なんだぞ。
そこへズカズカと歩いてくる影があった。体格は熊、顔は岩。声は雷鳴。
「貴様らが新入りのファルケンハイン伯とホーテン少尉か!」
出たな、鬼教官。俺とアナの目の前に現れたのは、戦闘艇部隊を率いるカール・グスタフ・ケンプ大尉。名前からして強そうだし、見た目はもっと強そうだし、声はもっともっと強そうだった。
「俺がこの隊を率いる、カール・グスタフ・ケンプ大尉だ!ひよっこ共!死にたくなければ、俺にしっかりついてこい!」
ひよっこ共って言ったな。はい、俺ひよっこです!正真正銘のスーパーひよっこです!むしろ卵です!できれば孵る前に実家に送り返してください!
俺はアナの背中に隠れながら小声で呟いた。
「…………アナ、非常に怖いです。もう帰りたいです」
アナは無表情のまま。
「アル様、ここまで来て帰れる場所はございません」
なんてことを言うんだ。俺の希望を粉々に砕く天才か。
ケンプは俺たちをジロリと睨みつけた。
「貴様ら、新任と言えど例外はない!出撃したら敵を撃墜する以外に生き残る道はない!撃つか撃たれるか、それだけだ!」
いや、俺にとってはもう一つある。「逃げる」って道だ!撃つか撃たれるかじゃなくて、撃たれる前に逃げるんだ!戦術的撤退!後方支援!……まあ、そんなこと言ったら即座に軍法会議だろうけどな。
アナはケンプの言葉に頷いている。やめろ、真剣に受け止めるな。君は優等生かもしれないが、俺は落ちこぼれなんだよ。落ちこぼれにも優しい世界をください。
ケンプがさらに怒鳴った。
「ファルケンハイン伯!お前は貴族だからといって特別扱いはしない!この部隊では皆、等しく命を張るのだ!」
「は、はあっ!」と返事をした俺の声は裏返っていた。格納庫中に響いた。周囲の先輩パイロットたちがクスクス笑ってる。俺の威厳は初日からゼロだ。
いや待てよ。考えようによってはこれはチャンスだ。最初から無能だと思われれば、誰も期待しない。期待されなければ戦場で前に出されない。俺は陰で生き残り、アナが武功を挙げてくれる。俺はそれを「よくやった!」と褒める。完璧な作戦じゃないか?
ケンプが続ける。
「いいか!戦闘艇は孤独だ!敵を仕留めるのは自分自身の腕だけ!仲間が助けてくれると思うな!」
終了ー!完全に終了ー!俺の完璧な作戦が一分で瓦解した!
隣のアナが小声で言った。
「アル様。ご安心ください。私が必ずお守りします」
泣いた。俺は心の中で泣いた。なんで逆なんだ。男が女を守るんじゃないのか。なんで俺が彼女に守られる前提なんだ。これじゃあ俺がアナの愛玩動物みたいじゃないか。
ケンプはそんな俺の心境など露知らず、さらに怒鳴る。
「初陣で死ぬなよ、ひよっこ共!死ぬのはベテランになってからだ!」
いや死ぬなよ、全員死ぬなよ。そもそも死ぬのを前提にするなよ。
こうして俺の初陣は幕を開けた。棺桶……いやワルキューレに押し込められ、死と隣り合わせの宇宙に放り出される俺。父上、祖父様、せめて俺の墓にはプリンを供えてください。
アルにとっては「地獄の門」でも、読者にとっては「最高のコメディ開幕」。
今回はイゼルローン要塞での初任務までを描きましたが、ここから先はいよいよ実戦の宇宙戦闘です。
果たしてアルは無事に帰還できるのか、それとも棺桶ことワルキューレに呑まれるのか。
……たぶんまたアナに助けられるんでしょうけどね。
次回もどうぞご期待ください。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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