銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
◆アルとアナの 門閥貴族ガイド
――初めての帝国上流社会へようこそ。
●ファルケンハイン上級大将
「はい、というわけで今回だけ特別企画。ヴァンフリート戦役の反省会ついでに、俺とアナで門閥貴族のみなさんの取扱説明書を作ってみた。言っておくが、公式資料じゃない。むしろ、公式じゃ絶対に出回らない類の裏マニュアルだ」
●アナスタシア
「閣下が裏と仰ったので、私も最大限の気遣い(※表向きの表現)でまとめております。なお、実名を挙げていますが、これは教育目的です。けっして悪意ではありません。たぶん」
◆門閥貴族とは?
「銀河帝国の古くから続く偉い家だ。歴史が長い、金もある、地位もある。でも、そのぶん面倒くさいという魅力的な特徴を持っている」
「政治的影響力を保つため、派閥、嫉妬、根回し、婚姻工作、責任転嫁……ありとあらゆる高度文化を育んだ人々のことです。鍛錬されたトマホークより厄介です」
◆有名門閥のざっくり特徴
◆リッテンハイム侯爵家
「俺が偉い!理由は俺が偉いからだ!を哲学として確立した家。身内にだけ優しい。外にはトゲだらけ」
「敵対した者の末路は、だいたい遠くへ左遷されるか気づけば誰も覚えていない名前になる。静かな恐怖を体現しています」
◆ブラウンシュバイク公爵家
「巨大な権力ブロック。重厚、古風、そして自分たちが帝国の柱と思っている。まあ間違いではないが、倒れてきたとき下敷きになるのは我々だ」
「奥方同士のマウンティング文化は、帝国軍の近接戦闘訓練に取り入れるべきレベルです」
◆シュターデン家
「書類上は清廉な名門。実態は清廉に見せるのが得意な名門だ。表向きだけなら完璧だが、裏の顔は分からない。分からないのが怖い」
「私は好みではありません。閣下のような雑な誠実さの方が扱いやすいです」
「雑な誠実って何だよ」
◆門閥貴族と出世
「門閥は出世の障害にも味方にもなる。ラインハルトが嫌っているのも分かるが、俺みたいにほどよく手懐け、ほどよく距離をとるのが楽」
「閣下は愛想よくしながら裏でストレスを回避する才能に長けています。社交界の生存術として非常に優秀」
「褒められてる気がしない」
◆ぶっちゃけ、門閥貴族をどう扱う?
「ポイントは2つ。
①『彼らのプライド』を傷つけない
②『彼らの都合』を理解しておく
この2つができれば、門閥は割と協力してくれる」
「そして3つ目。
③ 殺すと面倒
……以上です」
「アナ、それは言葉を選べ」
「人事異動が複雑になるという意味です。多分」
◆最後に
「さて読者諸賢、本編ではこの門閥の森をかき分けながら、俺がなぜ上級大将になり、なぜ野心家たちと手を組み、そしてなぜ胃薬が手放せないのかが描かれている」
「門閥貴族は時に敵、時に味方、時に背景。ですが、必ず物語を面白くしてくれる存在です」
「そういう意味では、意外と俺は門閥に感謝してる。俺の人生、退屈しないしな」
「……退屈しないのは閣下の周囲の男たちも同じだと思いますが」
「それ、なんか語弊あるぞ」
「読者の皆様がご判断ください」
リューネブルクのスカウトがうまく決着して、陸戦隊総司令官候補として抱え込むことに成功した俺は、ひとまず一つの大仕事を終えた気分で、執務室で椅子に沈み込んでいた。
アナには「陸戦隊の編成と訓練、全部任せた。好きにやれ。予算はこれくらい出す」と書いた乱暴なメモと、桁を間違えたんじゃないかと自分でも思うくらいの予算枠を丸投げ……いや、委任してある。
あいつなら、余った金でトマホークを金メッキにしたり、陸戦隊の制服を微妙に露出高めにしたりしないかぎり、ちゃんとやるはずだ。
俺の艦隊の問題リストから陸戦隊不足の項目に太い二重線を引いて消し込み、書類フォルダを閉じる。代わりに顔を出してきたのは、面倒ごとのフォルダだった。
「はいはい、分かってるよ……次はロマンチック政治劇編か」
思わず独り言が漏れる。
帝国軍人をやっていると、どうしても避けて通れないものがある。
そう、門閥貴族である。
特に、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯。この二人の名前を聞くだけで、レンネンカンプの胃が追加で二センチは荒れる。俺の胃も人並みに痛むが、上級大将という肩書きをもらってしまった以上、そろそろ本格的に正面から付き合わなければならない。
問題は、そのきっかけを、よりによってラインハルトが提供してくれたことだ。
きっかけの名前は、ローエングラム伯爵家。
皇帝陛下が「ミューゼルの若造が二十歳になったら、あの空席の伯爵家を継がせてやろう」とおっしゃったらしい。爺さん経由の情報だから、信憑性は高い。陛下も、金髪の英雄候補生を一族に取り込みたいのだろう。
めでたい話だ。うん、形式的には。
実務を預かる側としては、「はい、そうですか」と笑顔で拍手して終われない。門閥貴族たちが黙っているはずがないのだ。
というわけで、俺はさっさと腹をくくり、秘書官に命じて二人の若造を呼び出した。
壁面には作戦地図と星図、棚には必要以上に分厚い法令集。窓の外には星の海。そこに、やたらと場違いなエネルギー体が二つやってきた。
片方は金髪、目つきが鋭く、入室早々から不機嫌オーラを放っている若者。ラインハルトだ。
もう片方は赤毛で、眉根を寄せながらも空気を読もうと必死に周りを見ている好青年。キルヒアイス。
「お呼びとあらば、いつでも参上します」
キルヒアイスが礼儀正しく敬礼する。ラインハルトは、軽く顎を上げた程度で済ませた。
ほんと、この金髪はいつか誰かに刺されるぞ。
「よく来たな。座れ。まあ、そんなに緊張する話でもない」
俺がそう言うと、キルヒアイスは素直に椅子に腰を下ろしたが、ラインハルトは背もたれに寄りかからず、腕を組んだままだ。勘が良すぎる。
「さて、ラインハルト」
書類を一枚取り上げ、机の上で軽く指先で叩いた。
「お前も知っている通り、陛下がな。貴様が二十歳になったら、ローエングラム伯爵家を継がせると仰せだ。めでたいことだな」
できるだけ棒読みで言ってやる。本人が一番分かっている話に、わざわざ前置きしてやるのは、ちょっとした嫌がらせだ。
案の定、ラインハルトの顔がわずかに歪んだ。
「……それが、どうかしたのか」
「大ありだよ、馬鹿者」
書類を机に叩きつけるジェスチャーだけして、実際には丁寧に戻した。紙は大事だ。
「このまま話が進めば、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯が猛反発するのは目に見えている。あの二人の本心がどうであろうと、門閥貴族派閥のトップとして、ここで黙っていたら『老いた』と言われる。連中の体面が保てない」
ラインハルトが鼻で笑う。
「あのような腐敗した連中の体面など、知る価値もない」
「価値がないのはお前の勝手、影響力が高いと言っている」
実に的確だが、実務をやる人間の台詞ではない。
「お前な、銀河帝国はまだ貴様の私物じゃないんだぞ。皇帝陛下が健在で、門閥貴族が政治のあちこちに根を張り、軍人がその隙間を埋めている。そこに急に金髪の革命児を伯爵としてぶち込んだら、どうなると思う」
「嫉妬され、妨害される。そんなものは織り込み済みだ」
「織り込んだ上で、対処の仕方を考えろと言っている」
本当に、この金髪は一度、帝国官僚の会議に三時間ほど拘束されてみるべきだ。五分で机をひっくり返すだろうが。
「だからだ」
背もたれに体を預け、指を組んだ。
「今から俺と一緒に、あの二人のおっさんのところに挨拶に行くぞ」
「挨拶」
「そうだ。『ローエングラム伯爵家を継ぐにあたり、後見を賜りたい』と、笑顔で頭を下げてこい」
「断る」
即答。早い。魚市場の競りより早い。
「なぜ俺が、あのような腐敗した門閥貴族どもに頭を下げねばならん」
「俺が命じるからだ」
「嫌だ」
子供か。
キルヒアイスが慌てて口を挟む。
「ラ、ラインハルト様」
彼は椅子から身を乗り出し、必死に主君の肩を押さえた。
「これはアンネローゼ様のためでもあるのです。アンネローゼ様の地位が、今後どうなるかを考えれば……」
「そうだぞ」
俺も勢いに乗って畳みかける。
「お前は独裁者か。それとも、姉ちゃんが皇帝の寵姫だから、何をしても許されると勘違いしているのか」
ラインハルトの目がギロリと光った。危険な温度だ。キルヒアイスの手に力がこもる。
「栄達を望むならな」
あえて声を抑えた。
「今、権力を持っている連中の利権やメンツを、少しは汲んでやれ。それが政治というものだ。めんどくさいが、避けられない」
「……」
「俺だって嫌いだ。門閥貴族と酒を飲んで笑顔を作るより、レンネンカンプの胃薬の残量を数えている方がまだ楽しい」
キルヒアイスが小さく吹き出しかけたが、慌てて咳払いに変えた。
「だが、現実にはあいつらが予算を握っているし、陛下の耳元で何か囁く権利を持っている。俺たちは戦場で星を取り、あいつらは宮廷で判子を押す。どちらか片方だけでは軍も国家も回らない」
「だから、あの連中に媚びろと?」
「媚びろとまでは言わん。が、『いきなり敵に回さない』くらいの配慮はしておけ。少なくとも、堂々と敵に回すのは、俺が元帥になってからにしてくれ」
「自分の出世スケジュール基準で話を組み立てないでいただきたい」
ラインハルトが歯切れ悪く返す。
「お前の伯爵家就任は、俺の政治計画にも組み込まれているんだ。ここで門閥貴族との関係を完全にぶっ壊されたら、俺の胃が二つ目のレンネンカンプになる」
「レンネンカンプが気の毒すぎます」
キルヒアイスが小声でつぶやく。そこじゃない。
「とにかく」
机を指でトントンと叩いた。
「行くぞ。俺が前に立つ。お前は後ろで『将来有望な若者です。どうかよろしく』という顔をして立っていろ。キルヒアイスは、その隣で『この人、本当は優しいんです』という顔をしてフォローしろ」
「そんな顔、どうやって」
「お前ならできる」
「無茶振りだ……」
キルヒアイスが頭を抱えそうな表情を浮かべる。気の毒だが、この男ほど「人畜無害そうに見える赤毛」は便利なので、存分に使わせてもらう。
「ラインハルト」
あえて、名前を呼び捨てにした。
「銀河の片隅にはな、ブラウンシュヴァイク公の屋敷も、リッテンハイム侯の城も含まれている。いきなり全部焼き払うのは簡単だが、その前に『今後の片付けを楽にする種』くらいはまいておけ」
「種」
「そう。今日、頭を下げておけば、将来あいつらの子供や孫が、『あのときは世話になった』と、勝手に美談を捏造してくれるかもしれない」
「信用できない」
「信用しろとは言っていない。利用しろと言っている」
沈黙。
ラインハルトが唇を強く噛む。机が割れないか少し心配になる力だ。
「……どうせ、今断っても、閣下は別の形で根回しをなさるのでしょう」
「当然だ。俺の出世のためにも必要だからな」
「ならばいっそ、自分の目で見ておいた方がいい、と?」
「そういうことだ。ブラウンシュヴァイク公の脂ぎった顔も、リッテンハイム侯のとってつけた愛想笑いも、一度実物を見ておけ。将来、首を取るときのイメージトレーニングになる」
「物騒なことをサラリと言わないでください」
キルヒアイスが再びつぶやく。だが、ラインハルトの目に宿る光が、少しだけ違う方向へ回転したのを、俺は見逃さなかった。
こいつの中で、「門閥貴族に頭を下げる」から「将来倒す相手を観察しに行く」に、ミッション内容が書き換わりつつある。扱いにくいが、方向性としては正しい。
「……分かった」
ラインハルトが苦々しそうに言った。
「行けばいいのだろう」
「よし」
立ち上がり、満足げに頷いた。
「ただし、一つ条件がある」
「条件」
「ブラウンシュヴァイク公邸でもリッテンハイム侯邸でも、俺の前で喧嘩を売るな。皮肉も、挑発も、ギリギリのラインで止めろ」
「ギリギリのラインがどこにあるのか分からない」
「それを判断するのがキルヒアイスの仕事だ」
「私ですか」
赤毛の青年が情けない声を上げる。
「そうだ。お前、主君の危険センサーとして雇われているんだろう。給料分働け」
「そんな契約、していません」
「今した」
「ひどい……」
キルヒアイスはしょんぼりしつつも、最終的には「やります」と目で答えた。ほんとうに便利な男だ。
「というわけで決まりだ」
手を叩き、執務室の扉を親指で指した。
「さっさと礼服に着替えろ。今日は門閥貴族社交界見学ツアーだ。ブラウンシュヴァイク公の脂とリッテンハイム侯の虚飾を、この目と鼻で味わってこい」
「誰が好き好んで」
「うるさい。どうせいつかは正面から殴り込みに行くんだ。その前に一回くらい、礼儀正しく訪問しておけ」
俺がそう言うと、ラインハルトの顔が再び険しくなる。どうやら「礼儀正しく」の部分に強い拒否反応があるらしい。好戦的なのはいいが、社交スキルを全部キルヒアイス任せにするのはやめろ。
「……本当に頭を下げろというのか」
「頭を下げるふりでいい。角度は俺が横でチェックしてやる」
「納得いかん」
「いいから準備しろ」
ラインハルトが立ち上がりかけ、そこで何かを言い返そうとして、再び座り込んだ。キルヒアイスが背中からがっちり抱きついている。
「ラインハルト様、落ち着いてください。ここで閣下に殴りかかったら、本当に伯爵の話が飛びます」
「分かっている!」
「分かっていない顔です!」
赤毛の必死の制止が、金髪の肩の筋肉をどうにか押さえ込んでいた。俺はその様子を眺めながら、心の中で「よし、連れて行ける」と判定を下す。
暴発寸前の大砲を、キルヒアイスという安全装置つきで引き連れ、これから門閥貴族の巣窟に突っ込む。考えれば考えるほど胃が痛い計画だが、俺の出世と銀河の将来のためには必要経費だ。
「じゃあ解散。三十分後に艦のシャトルデッキ集合な。逃げたら、レンネンカンプの胃薬在庫の横に、お前の名前を書き込んでやる」
「どういう脅しだ、それは」
「かなり効くと思うぞ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ラインハルトはついに立ち上がり、キルヒアイスと共に執務室を後にした。扉が閉まる直前まで、キルヒアイスの腕はしっかりと金髪の上腕に絡みついている。
椅子に深く座り直し、天井を見上げた。
「はあ……俺、いつから保護者になったんだろうな」
◆
リッテンハイム侯爵邸の門をくぐった瞬間、俺は心の中で深く息を吐いた。今日の仕事は門閥貴族との外交戦だ。
トマホークより言葉の方が人を殺す場所で、ラインハルトを同行させるという、この上なくスリリングなミッションである。
玄関ホールは、予想通り無駄に広く、壁という壁が金と絵と壺で埋まっている。これ一本売れば駆逐艦が何隻建造できるのか、そんな計算をし始めたら負けだ。俺の後ろには、礼装に身を包んだラインハルトとキルヒアイスが控えている。金髪は機嫌最悪、赤毛は今日こそ胃に穴が開くかもしれないという顔だ。
そこへ、腹の底からよく通る声が響いた。
「おお、ファルケンハイン上級大将!それにミューゼル少将も!よくぞ参られた!」
リッテンハイム侯が、両腕を広げて現れた。今日も服も顔も光沢がすごい。油でも塗っているのか、科学的に検証したくなるレベルだ。
「ご招待に感謝いたします、リッテンハイム侯閣下」
俺が儀礼用の笑顔を貼り付けて一歩進み出ると、その背後から、小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「アルブレヒトお兄様!お待ちしておりましたわ!」
サビーネだ。以前会ったときより背が伸びて、服装も少し大人寄りになっているが、目の輝きはそのまま突撃兵クラス。次の瞬間、俺の腕に全力で飛びついてきた。
ぐえ、と声が出そうになるが、ここで情けない悲鳴をあげるわけにはいかない。上級大将は、十代のお嬢様の抱擁程度で悲鳴をあげてはいけない。軍の威信の問題である。
「やあ、サビーネちゃん。大きくなったな。相変わらず可愛いぞ」
そう言うと、サビーネは顔を真っ赤にして、さらに抱きつく力を上げてきた。近くでふわっと良い匂いがした。世の中不公平だ。俺の執務室は、冷えたコーヒーと胃薬の匂いしかしないのに。
ちらりと横目でラインハルトを見る。金髪の英雄候補生は、硬い笑みを浮かべたまま、目だけこちらに向けていた。嫉妬か、呆れか、あるいは「何をやっている、この俗物」という視線か。多分全部だ。
「サビーネ、少しはお客様に呼吸をさせて差し上げなさい」
背後から、侯が苦笑交じりに声をかける。ようやくサビーネは俺の腕から離れ、今度はラインハルトに向き直った。
「ミューゼル少将もご機嫌麗しくて?お噂は常に届いておりますわ」
社交辞令がきっちり口から出てくるあたり、この家の教育の方向性がよく分かる。ラインハルトは一瞬固まったが、どうにか礼儀正しく応じた。
「光栄だ、サビーネ嬢。伯爵家を継ぐ前から噂先行というのは、少し困りものだがな」
それを聞いたサビーネが、ぱっと顔を輝かせる。「伯爵」の単語に反応したのだろう。少女漫画的な何かが頭の中で花火を上げている気配がある。頼むから、その花火をブラウンシュヴァイク公の孫縁談に向けないでほしい。
侯の方に向き直った。
「閣下も、ご無沙汰しております。以前、閣下が派遣してくださった優秀な行政官のおかげで、わが領内のインフラ整備が見違えるようになりましてな。工業出力も税収も順調に伸びております。感謝の言葉もございません」
これは本心だ。あの行政官は有能だった。書類山脈を切り崩し、予算の流れを整理し、俺の領内の工業都市をきっちり再設計してくれた。おかげで俺は、サインとハンコだけで「改革者」という肩書きまで手に入れている。ありがたい話だ。
「ほっほっほ!それは良い。うちも貴官のところのノウハウを吸収させてもらい、大いに儲けさせてもらっておるぞ」
侯は上機嫌で腹を揺らした。腹が一度揺れるごとに、胸元の装飾品がガチャガチャ鳴る。
「新設した商会の利益がな、実に良い具合に転がっておる。これが世に言うウィンウィンというやつだな!」
ウィンウィン。門閥貴族の口からその単語が出てくるとは思わなかった。誰だ、この男に現代経営用語を教えたのは。後で感謝状を送っておこう。
「閣下のご慧眼と決断あってこそです。うちは、ほんの少し背中を押しただけで」
「謙遜も行き過ぎると失礼になるぞ、ファルケンハイン伯」
いつの間にか爵位までついて呼ばれている。
軽く世間話と領地経営の話で場を温めたところで、俺はタイミングを見計らって本題に入った。
「実は本日は、もう一つ閣下にお願いがございまして」
侯の目つきが、少しだけ鋭くなる。さすが長年政界の荒波を泳いできた男だ。タダで美味しい話だけしに来る客などいないと分かっている。
「何かな」
「ご存じの通り、陛下がミューゼル少将にローエングラム伯爵家を継がせるご意向を示されております」
ラインハルトの肩がぴくりと動いた。本人の前で本人の話をするこの構図、慣れてくれとしか言いようがない。
「そこで、閣下に、ローエングラム伯爵家再興における後見をお願いできればと考えております」
侯は一瞬眉を上げ、それからあっさりと笑った。
「ほう。意外に手回しが早いな、ファルケンハイン伯」
「門閥貴族の先達の経験と人脈をお借りしない手はありませんので」
これは半分本音で半分営業トークだ。実際、リッテンハイム侯の宮廷内ネットワークは馬鹿にならない。皇帝周辺に仕掛けるには、こういう連中の足場が必要だ。
侯は顎に手を当て、数秒だけ考える素振りを見せた。隣のサビーネは、完全に「伯爵家」「後見」「若い金髪イケメン」の単語を脳内で組み合わせて楽しんでいる。
「よかろう」
思ったよりあっさりと侯は頷いた。
「ファルケンハイン伯の顔を立て、このリッテンハイムが後見を引き受けよう」
横で、キルヒアイスが安堵の息を飲む音が聞こえた。ラインハルトは黙ったままだが、握りこぶしに力が入りすぎて白くなっている。門閥貴族の後見付きで進むという現実が、よほど気に入らないのだろう。
「閣下のご厚意に、深く感謝いたします」
俺が頭を下げると、侯は満足げに頷いた。その目が、次の瞬間、少し意地悪く光る。
「ただし」
来た。
「これで、貴官には貸しが一つできたことになる。忘れるなよ」
侯はニヤリと口端を上げた。
「将来、何かの折に、その貸しを思い出させてもらうことにしよう」
脳内に借用書という文字がデカデカと浮かぶ。金利は不明、返済期限も不明、元本の評価基準も不明。門閥貴族の貸し借りは、だいたいそういう不透明商品だ。
「もちろんでございます。閣下にお借りした恩は、生涯忘れませんとも」
口ではそう言いながら、内心では静かにため息をつく。仕方ない。ここは借りておくしかない。
ふと横を見ると、ラインハルトが唇を噛みしめていた。屈辱と反発と計算がごちゃまぜになった顔だ。今すぐこの場で後見など不要だと言い放ちたいのを、ぎりぎりで飲み込んでいるのだろう。
その肩に、そっとキルヒアイスの手が置かれた。
赤毛の青年は、穏やかな表情を装いながら、目だけで主君に「今は飲み込んでください」と訴えている。主治医が暴れ馬に鎮静剤を打つ前の顔に近い。
「ミューゼル少将」
侯が、今度は直接ラインハルトに話を振った。
「陛下のご信任あつい若武者と聞いておる。このリッテンハイムが後見を務める以上、伯爵家の名に恥じぬ働きを期待しておるぞ」
「……ご厚情、痛み入ります」
ラインハルトは、明らかに腹の底に何かを抱えた声で答えた。それでも礼儀だけは守っているあたり、キルヒアイス教育の成果は出ている。
サビーネは、その様子をきらきらした目で見つめていた。
「ミューゼル少将が伯爵様になられる日が楽しみですわ。きっと素敵なサロンをお開きになりますのね」
やめてくれ。想像するのも恐ろしい。ラインハルト主催のサロンなど、政治談義か軍事討論で血の雨が降る未来しか見えない。ワインの代わりに胃薬が飛び交う場になる。
「サビーネ嬢、そのときはうちの陸戦隊のイケメンたちも招待しようか」
つい冗談が口をついて出た。ヘルマンの顔を思い浮かべながら言う。
「まあ、それは素敵ですわ!」
サビーネがぱあっと笑う。侯も「それは豪華な顔ぶれになりそうだな」と楽しそうだ。ラインハルトだけが、どんどん顔色を曇らせている。自分以外のイケメンを増やす話題は、あまり好きではないらしい。
「ともあれ」
侯が話をまとめに入る。
「ローエングラム伯爵家の件、私の方でしかるべく宮廷に話を通しておこう。陛下にも、貴官らが礼を尽くしに来たことを、それとなくお伝えしておく」
「重ねて感謝申し上げます」
もう何回頭を下げたか分からない。これ以上下げると首の骨が悲鳴を上げそうだ。
俺たちは一度席を辞した。廊下を進みながら、俺は小声でラインハルトに囁いた。
「ほら見ろ。案外、悪くなかっただろう」
「あれのどこがだ」
「少なくとも、今日のところは敵ではなくなった。これで伯爵家就任に正面から横槍を入れられる可能性はかなり減った。政治としては、大成功だ」
「門閥貴族に借りを作るなど、本来なら論外だ」
「足場は固めておけとさっきも言っただろう」
俺が肩をすくめると、キルヒアイスが小さく笑った。
「閣下の仰る通りだと思います。今日の一歩が、きっと先々楽をすることにつながります」
「ほら、キルヒアイスもこう言っている」
「……お前は、なぜいつも楽しそうなのだ、ファルケンハイン」
「楽しくなかったらやってられないだろ」
苦笑しながら答えた。本音だ。門閥貴族相手の外交戦を真面目に受け止めすぎると、レンネンカンプと同じ運命をたどることになる。
ふと振り返ると、廊下の向こうからサビーネが手を振っていた。さっきまでの少し背伸びしたお嬢様モードとは違い、年相応の笑顔だ。
「アルブレヒトお兄様、またいらしてくださいませね!」
「機会があればな。宿題が少ない時期に招待してくれ」
「ふふっ、その時までに、もっと素敵なレディになっておりますわ!」
その言葉に、ラインハルトがわずかに表情を崩した。どうやら完全に門閥貴族を憎み切ることも、彼にはできないらしい。あの男の中にも、まだ年相応の感性が残っている証拠だ。
そんな金髪の横顔を見ながら、心の中でこっそり計算を続けていた。
リッテンハイムへの貸し、一つ。
こちらの貸しも、いずれどこかで増やしておく必要がある。
政治の世界は、ポイントカードと一緒だ。貯めてばかりでも損をするし、使い方を誤ると一瞬で紙切れになる。俺はできれば、銀河を手に入れるまでに、ポイントをきれいに使い切りたい。
◆
ブラウンシュヴァイク公爵邸の門が視界に入った瞬間、俺の胃はきゅっと縮んだ。リッテンハイム侯爵邸での全力社交戦を終えた直後に、もう一戦である。
宇宙艦隊戦二連戦よりきつい。こっちはビームもミサイルも撃てない分、ストレスの逃がしようがない。
とはいえ、馬車は止まらない。止めたら隣の金髪が「帰る」と言って本当に降りかねないので、その選択肢は最初からテーブルに載せていない。俺は礼服の袖を軽く整え、ふてくされた顔のラインハルトに横目を送った。
「顔、もう少しどうにかならんのか。今の表情、すでに砲戦開始十分前だぞ」
「これ以上どうしろと言う」
「殺意百パーセントを、せめて不機嫌七十パーセントくらいに落とせ。残り三十は社交界用にキルヒアイスへ回せ」
金髪が舌打ちしそうになるのを、後ろの赤毛が視線で止める。今日のキルヒアイスは、主君用非常ブレーキ係だ。危険を察知したら即抱きついて止める役。
そんな会話をしているうちに、馬車は公爵邸の大きな玄関に横付けされた。扉が開くと、豪奢な階段と、金銀の装飾と、よく分からない動物の剥製に囲まれたホールが広がる。その中央に、ブラウンシュヴァイク公が仁王立ちしていた。今日も肉と宝石の集合体である。
「うむ、ファルケンハイン伯。よく来たな。それにミューゼル少将も」
腹の底から響く声で公は笑い、髭を揺らした。
「リッテンハイムが乗ったのなら、この俺が断る理由もあるまい。よかろう、後見は引き受ける」
開口一番、それである。自分の政治判断よりも先に、ライバル貴族の動向を基準にするのをやめてほしい。帝国の将来が心配になる。
「ありがたいお言葉、痛み入ります、ブラウンシュヴァイク公閣下」
俺は儀礼通りに頭を下げた。隣でラインハルトも、キルヒアイスに肘でつつかれて、どうにか礼をする。表情は相変わらず硬いが、少なくとも銃は抜いていない。合格ラインだ。
公は満足そうに頷き、わざとらしく声を落とした。
「これも貸し一つだ。忘れるなよ」
出た、貸し。門閥貴族専用の便利な単語である。頭の中に、生涯有効ポイントカードを標準装備しているのだろう。こちらの残高などお構いなしに、勝手に数字を加算してくるタイプ。
「心に刻んでおきます、閣下」
口では笑いながら、内心では「リッテンハイム一枚、ブラウンシュヴァイク一枚」と静かに借用書リストに書き加える。この調子でいくと、俺の人生は返済計画表だけで分厚い本になりそうだ。
応接室に案内され、重そうな椅子に腰を下ろすと、公はワインを片手にさらに話を続けた。
「だがな、ファルケンハイン伯」
「はい」
「ミューゼル少将は、我が甥のフレーゲル男爵と犬猿の仲だと聞く。そのあたりも、うまく考えてくれよ。わしも身内が可愛いのでな」
フレーゲル。銀河社交界が誇るトラブルメーカーの名前が出た瞬間、こめかみがずきりと疼いた。酒と女と下品な笑い声と、部下の命の軽さで構成された男だ。
「もちろん承知しております。今後も、フレーゲル殿には適切な役割をお願いする所存です。ミューゼル少将には、無用な衝突を避けるよう言い含めます」
そう言いながら、心の中では土下座していた。「ラインハルトよ、頼むからフレーゲルを視界に入れた瞬間に殺意を全開にするのはやめてくれ」と。
「頼むぞ。あれでも一応、姉の子でな」
公はそう言って腹を揺らす。姉の子なのに、よくあそこまで性格が歪んだものだと逆に感心する。
と、その時。応接室の扉が控えめに叩かれ、侍女が一礼した後、ひとりの少女が入ってきた。
「失礼いたします、お父様」
エリザベートだ。前に会った時より背が伸び、ドレスもぐっと大人寄りになっているが、瞳の鋭さは健在だ。社交用の笑顔を浮かべながらも、気に入らないものには容赦なく噛みつく牙を隠している。
彼女はまずブラウンシュヴァイク公に優雅に一礼し、それから俺の方に視線を向けた。
「……ファルケンハイン様」
名前だけ呼ばれた時点で、嫌な予感しかしない。俺は、一番安全そうな笑顔を選んで貼り付けた。
「やあ、エリザベート嬢。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ではありませんわ!」
即座に鋭い声が飛んできた。音だけ聞けば、敵艦のブリッジを狙った直撃砲だ。
「なぜ今日に限って、アナスタシアお姉様がいらっしゃらないのです!」
来た。ここまでは予想通りだ。
「お兄様だけ来ても、私は少しも嬉しくありませんわ!」
追い打ちが想像の斜め上から飛んできた。俺はその場で石化した。ラインハルトがわずかに顔をそらし、キルヒアイスが「お気の毒に」という目をしている。ブラウンシュヴァイク公は、露骨に笑いを堪えている。
「えー……」
情けない声が漏れる。どう取り繕っても、評価が「アナスタシアの付属品」である事実は変わらない。つらい。
「本日は陛下へのご報告に関わる話がありましてな。アナスタシアは今、艦隊の再編成を──」
「言い訳です!」
一刀両断。よく通る声だ。
「前にお約束なさいましたでしょう?『次にいらっしゃる時は、アナスタシアお姉様もご一緒に』と。そのお約束を破ってまで、お兄様だけ来られても、私のテンションは一ミリも上がりません!」
テンション。公爵邸の重厚な空間に似合わない単語が飛び交う。これが次世代門閥貴族のリアルだ。
「エリザベート、お客様にその物言いはないだろう」
ブラウンシュヴァイク公が苦笑混じりにたしなめるが、娘は引かない。
「お父様だって本当は、アナスタシアお姉様と戦略のお話をしたいのでしょう?『あの娘は軍人としてもなかなか見どころがある』と、この前もおっしゃっていましたわ」
「うむ、それはそうだが」
公よ、それを本人でもない俺の前で言うな。結果として俺の立場がアナのマネージャーくらいに格下げされているのだが。
「とにかく、私は不満です!」
エリザベートはぷいと顔を背け、俺の背後に立つ金髪へと視線を移した。
「……そちらが、ミューゼル少将でいらっしゃいますの?」
「ああ」
ラインハルトが顎をわずかに引き、ぎりぎり礼儀を保った声で答える。
「ローエングラム伯爵家を継ぐことになる者だ」
「そう」
エリザベートは、じっとラインハルトを観察した。数秒間の沈黙のあと、彼女はふんと小さく鼻を鳴らす。
「アナスタシアお姉様ほどではありませんが、まあ合格点ですわ」
ラインハルトの眉がぴくりと動いた。人生で初めて会った少女に、初対面でいきなり人物評価を下される経験はそうそうない。俺もない。
「エリザベート、失礼だぞ」
「事実を申し上げただけですわ」
オブラートという概念はどこに置いてきた。
俺がどうフォローしようか頭を抱えかけたところで、ブラウンシュヴァイク公が、別方向から爆弾を投げ込んできた。
「まあまあ、その話はあとだ。エリザベート。……それより、ファルケンハイン伯」
公は椅子にもたれ直し、ワインを揺らしながら満足げに続ける。
「ミューゼル少将が伯爵になるのなら、貴官が上級大将でありながら、いまだ伯爵のままでは格好がつかんだろう」
「……は?」
思わず本音が口から出た。
「わしはな、貴官を侯爵へ昇格できるよう、陛下に働きかけているところだ。帝都の財政と軍備にこれだけ貢献した男を、伯爵席に放置しておくのは惜しいからな」
さらっと、とんでもないことを言う。爵位一段アップ。門閥貴族の輪のさらに奥側に、両足を突っ込む話だ。
「……身に余るお言葉です、閣下」
どうにかこうにか、それだけ返した。ありがたい。ありがたいのだが、同時に背筋が寒い。門閥貴族から爵位をもらうということは、未来永劫「貸し」をぶら下げられるのと同義だ。
「感謝すると良い。貴官が侯爵になれば、ミューゼル伯爵と並んで帝国の若き双璧、というやつだ。わしの名も歴史に残る」
いや、自分の名前をちゃっかり混ぜるな。歴史の教科書にまで営業をかけないでほしい。
横を見ると、ラインハルトが微妙な顔をしている。自分の伯爵昇格のついでに、なぜか俺まで侯爵に押し上げられかけているのだから、居心地は良くないだろう。
「ありがたく……受け止めさせていただきます」
逃げ道も断り文句も見つからず、俺はまた頭を下げた。これでポイントカードに「ブラウンシュヴァイク家からの特典:侯爵昇格ロビー活動中」が追加される。
エリザベートは、それを聞いて少しだけ表情を緩めた。
「……なら、次はいらっしゃる時に、必ずアナスタシアお姉様もお連れくださいませね」
最後にそれか。条件付き侯爵昇格とは、新しい形の契約だ。
「努力しよう。彼女も忙しい身でな」
「お兄様の言い訳リスト、あとで全部アナスタシアお姉様に報告いたしますわ」
やめてくれ。本気でやりそうだから怖い。
そんなこんなで、俺たちは礼儀上必要な会話を一通りこなし、公爵邸を辞した。外に出て馬車に乗り込むころには、俺の精神力ゲージはほぼゼロだ。ラインハルトは窓の外を睨み、キルヒアイスはその横顔をちらちらと気にしている。
馬車が走り出す。窓の外で、門閥貴族の屋敷群がゆっくり後ろへ流れていく。石畳を叩く車輪の振動が、疲れた神経をさらに揺さぶった。
「……とりあえず、貴族レベルでは、なんとかなりそうだな」
誰に向けるでもなく、俺はぼそりと呟いた。
「ローエングラム伯爵家継承の件だ。リッテンハイムもブラウンシュヴァイクも、表向きは後見を約束してくれた」
「表向きは、だろう」
ラインハルトが窓の外を見たまま返す。声の棘は少し鈍っていたが、まだ刺さる。
「まあな。だが、正面から妨害してくるよりは百倍マシだ。今日の訪問は、政治的には上出来と言っていい」
「……そうか」
「そうだとも。これで少なくとも、伯爵家任命の場で『あの若造はけしからん』大会だけで潰される可能性は減った」
リッテンハイムに貸し一つ。
ブラウンシュヴァイクに貸し一つ。
おまけに俺の侯爵昇格話という爆弾の種が一つ。
どうせ、この両家からの借りを返すために、俺たちはまた死ぬほど面倒な戦場に行くことになる。辺境の反乱鎮圧か、同盟領への遠征か、内乱の火消しか。どこであれ、門閥貴族の顔を立てるために出した艦隊は、政治的にとても使いやすい消耗品だ。
「はあ……」
自然にため息がこぼれた。
「どうされました、閣下」
キルヒアイスが心配そうに聞く。
「貸し借りの表を頭の中で整理していたらな、寿命が三年くらい減った感覚がしてきてな」
「それは計算方法を見直すべきです」
「まったくだ」
笑いながら、座席の背にもたれた。
「だがまあ、これも仕事のうちだ。出世というのは、星を落とすだけじゃなく、今日みたいな貸し借りレシートを財布に詰め込む作業でもある」
「そんな出世、羨ましくないな」
ラインハルトがぼそりと言う。その声には、まだ少年らしい本音が混じっていた。
「羨ましがらなくていい。実際、そんなに楽しくないしな」
肩をすくめると、金髪がわずかに口元を緩める。
「ただ、そのレシートの山を足場にして、もう少し高いところに登れそうなら、まあ我慢する価値はあるかな、というだけだ」
銀河帝国の政治は、きれいごとでは回らない。門閥貴族へのお辞儀も、貸し借りも、全部、その泥の一部分だ。俺たちはその泥に足を取られないように気をつけながら、少しずつ未来を横にずらしていくしかない。
それがどれだけ割に合うのかは、まだ分からない。
「とりあえず今日は、レンネンカンプのところへ行って胃薬を一錠もらおう。『門閥貴族二連戦バージョン』として新しい処方を開発してもらうか」
そう言うと、キルヒアイスが吹き出し、ラインハルトもついに小さく笑った。
ほんの少しだけ軽くなった空気の中で、馬車は帝都の夕暮れを進み続ける。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今章では、アルが嫌がりながらも政治という名の戦場で全力を尽くしました。
戦艦ではなく貸し借り、砲撃ではなく笑顔――彼にとっては、どちらも等しく命の危険を感じる任務です。
そして、あなたがどの場面で笑い、どの場面で胃を押さえ、
「アル、お前ほんとに俗物で無能なのか?」
と思ってくださったのか。
ぜひ感想をお聞かせください。
今後の展開やアルの無能(?)調整にも直結する、大切なフィードバックになります。
そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?
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つけるべき
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いらない