銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回は物語の大きな転換点となる爆発事件を描いています。

社交界という最も安全であるべき空間が、一瞬で戦場に変わる。
その中で、どんな立場の者がどう動き、何を守るのか。
アルブレヒトという自称俗物・実際はそれ以上にややこしい男に、
ほんの少しだけ素の姿がにじむ回でもあります。

重い出来事ではありますが、
彼らの掛け合いと、いつもの軽妙なテンポが読みやすさを保ってくれるはずです。
どうぞ、今回もお付き合いください。


金髪は無事、俺は瀕死

 大広間を揺さぶった爆音のあと、世界は一気にモノクロになった。

 

 キィィィィィィン、という耳鳴りだけが、俺の宇宙を支配している。楽団の音も、悲鳴も、割れるガラスの音も、全部その一本調子の金属音にまとめて押しつぶされていた。

 

あー……これ、完全に耳が死んでるな

 

 床は冷たくて硬いはずなのに、背中の感覚がやたら遠い。代わりに、腕の中の温もりだけが、妙に鮮明だった。

 

そうだ。俺はアナを抱きかかえて――

 

 思い出した瞬間、心臓が嫌な跳ね方をした。

 

「……ッ!」

 

 自分の声が、自分の頭の中でくぐもった塊になって反響する。喉から出ているはずなのに、耳が仕事をサボっているせいで、まるで水の中で喋っている気分だ。

 

とにかく、腕の中身を確認しなければ。

 

 重くなったまぶたをこじ開けた。視界は煙と粉塵で白く霞んでいるが、それでも分かる。自分の胸元に、黒い髪と、よく見慣れた横顔がある。

 

「アナ!」

 

 叫んだつもりだが、喉から出た音の大きさは自分でもよく分からない。耳鳴りの壁にぶつかって、そのまま跳ね返ってきた。

 

 腕の中で、アナがぴくりと動いた。煤でうっすら汚れた頬。乱れた前髪。その下の瞳が、大きく見開かれる。

 

口が動いた。

 

何か言っている。

 

だが、音が届かない。

 

「……!」

 

彼女の唇が、俺の名前を形作っているのは分かった。

 

アル様、と。

 

その形だけは、何度も見てきたからな。戦場でもベッドでも。

 

聞こえねえ……

 

内心で毒づきながら、俺はさらに顔を近づけた。

 

「アナ!何を言っているのかさっぱりだが、動いてるならそれでいい!生きてるならそれで十分だ!」

 

 自分でも驚くくらいの大声を出したつもりなのに、世界のボリュームが壊れているせいで、どのくらい届いたのか分からない。だが、アナの目尻に涙がにじんだのは見えた。

 

その瞬間、彼女の肩を抱き寄せようとしたのだが――

 

「……ッぐおおおおおおおおお!?」

 

 上半身を起こそうとした途端、左側から殴りつけるような痛みが走った。視界の端が一瞬暗くなる。

 

な、なんだ、これ

 

 左腕を見下ろすと、スーツの袖が嫌な色に染まっていた。袖口の隙間から、肉の中に突っ込まれた木片が、図々しく顔を出している。

 

 シャンデリアの残骸か、天井の装飾か。由来はどうでもいいが、少なくとも俺の腕にいていい部品ではない。

 

「……お前、誰の許可を得て刺さってる」

 

思わず呟く。

 

もちろん返事はない。代わりに、脈打つ痛みがビートを刻んでくる。

 

アドレナリンが一気に噴き出した。

 

「邪魔だ。抜く」

 

 理性の声が「やめろ」と言ってきたが、うるさいので切った。俺は右手で木片をつかみ、呼吸を一つ整えると、そのまま勢いよく引き抜いた。

 

「ッ……おおおおおおおおお!!」

 

 思った以上に長い。冗談抜きで、串カツの串レベルの長さがあった。抜けた瞬間、腕の中から鮮やかな赤が吹き出す。

 

「いてええええええええええ!!」

 

 耳は壊れているのに、自分の悲鳴だけは頭蓋骨の内側でフルボリューム再生された。星が飛ぶ。涙も飛ぶ。

 

「抜くんじゃなかったあああああ!」

 

人間、やってから後悔することが多すぎる。人生の縮図だな、これは。

 

腕からは容赦なく血が流れ続けている。温かい液体が指先を伝って床に落ちる感覚だけは妙にリアルだ。さっきまでワインを飲んでいたせいで、出が良くなっている気がする。

 

ああ、アルコールの巡りが良いと、出血もノリノリになるのね

 

完全にどうでもいい知識を得た気がした。

 

「アル様!」

 

 目の前で、アナが何か叫ぶ。相変わらず音は聞こえないが、表情だけで分かる。完全にバカなことをしましたねこの人という顔だ。

 

次の瞬間、彼女は勢いよく俺に飛びついてきた。

 

「おおっと」

 

 ぐらりとバランスが崩れる。まだ安定していない上半身に、しなやかな体重が乗る。左腕は当然抗議してくるが、文句を言っている暇はない。

 

 アナの腕が、ぎゅっと俺の背中に回された。煤で汚れた胸元に、彼女の額が押しつけられる。震えている。肩も、指先も。

 

耳には届かないが、喉から漏れる息が、服越しに伝わった。

 

おいおい

 

アナが泣きそうになりながら抱きついてきてるぞ。これはなかなかレアだ

 

 普段の彼女は、どちらかというと俺を追い込み、脅し、転がし、時々甘やかす側だ。こんなふうに、あからさまに縋りついてくることは滅多にない。

 

 腕の中の温もりが、痛みと耳鳴りをごまかしてくれる。背中で瓦礫がきしんでいる音が、かすかに骨を伝って届いた。

 

「……安心しろ」

 

 俺は、アナの耳元に口を寄せた。自分の声が彼女に届くかどうかは分からない。それでも言葉にする。

 

「俺は、こんなところで死なない。元帥にも宰相にも、まだなってないからな。それに……」

 

一瞬だけ言葉を切り、彼女の背中を右手でさする。

 

「お前を残して死ぬ趣味はない」

 

アナの腕に、さらに力がこもった。

 

 耳の奥では相変わらず、キィィィィィィンという音が鳴り続けている。だが、その真ん中に、ほんの少しだけ静かな空間が生まれた気がした。

 

血まみれで瓦礫の下に埋もれている状況にしては、十分贅沢だ。

 

俺は、左腕の痛みに悪態をつきながら、もう一度だけアナを抱き寄せた。

 

爆発と炎が世界を塗り替えても、この温もりだけは、確かにここにある。

 

さて、と。

 

 抱きつかれたまま、俺は頭の中でチェックリストを広げた。まず、指は動くか。右手よし。左手は……痛いが、指先まで感覚はある。脚も、鈍い痛みはあるが、折れてはいなさそうだ。

 

(生存。戦闘続行可能。たぶん)

 

 問題は耳と腕だが、どちらも後回しにできる種類の不具合だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳鳴りが少しずつ引いていくと、代わりに世界のうるささが戻ってきた。悲鳴、うめき声、割れたガラスを踏む音、どこかで誰かが指示を叫んでいる。さっきまで単調な金属音だけだった宇宙に、急に雑音のフルコースが納品されてきた感じだ。

 

 左腕の痛みをだましだまし押さえながら、周囲を見回した。煙と粉塵で視界が白っぽいが、それでも確認しなきゃいけない金色がある。

 

「ラインハルト!」

 

 喉が勝手に叫んでいた。素で名前を呼ぶあたり、俺の脳もまだ混乱しているらしい。

 

「ラインハルトは無事か!」

 

答えは、瓦礫の山の向こうからひょっこり現れた。

 

 テーブルの残骸とクロスの山の隙間から、煤まみれの金髪がぬっと生えてきたのだ。服は汚れ放題だが、顔色は悪くない。金色の雑草という新種を見せられた気分になる。

 

「……ゲホッ」

 

むせながら、金髪がこちらを睨んできた。

 

「ここにいる。うるさいぞ、ファルケンハイン」

 

「生きてんなら何よりだ」

 

胸の奥が一つ軽くなる。こいつがここで死んだら、後処理が面倒すぎる。

 

 そう安心したところで、大広間の出入口側から新たな足音が駆け込んできた。軍靴の響きに聞き覚えがある。

 

「ラインハルト様!」

 

煙をかき分け、赤毛が飛び込んでくる。

 

「ご無事ですか、ラインハルト様!」

 

 キルヒアイスだ。本来なら外で車と一緒に待機していたはずなのに、爆発音を聞いた瞬間、理性を廊下に置き去りにして走ってきたのだろう。普段冷静な男の顔が、今は真っ青だ。

 

「おお、キルヒアイスか」

 

 ラインハルトが、あくまでも落ち着いて手を上げる。煤と埃まみれのくせに、声だけやたら優雅だ。

 

「心配するな。この通りだ」

 

そう言って、彼はテーブルの下から取り出したものを掲げて見せた。

細長い脚のついたワイングラス。中には、こぼれずに残った深紅の液体。

 

「見てみろ。このワイン。奇跡的に割れていない」

 

 グラスには傷一つない。持ち主の方が煤だらけになっているのに、グラスだけが一流ホテルの宣伝写真みたいな顔をしている。

 

「後で、俺たちの生存を祝って乾杯しよう」

 

さらりとした口調でそんなことを言う。

キルヒアイスの肩から、一瞬だけ力が抜けた。

 

「……はい」

 

 短い返事に、安堵と呆れと諦観が全部ミックスされている。こいつ、主の性格を誰より分かっていて、それでもついていく覚悟をもう決めている。

 

「相変わらず詩的だな、お前」

 

呆れ半分で声をかけた。

 

「テロ現場でワインの心配か。まあ無傷なら文句は言わん」

 

「貴様は口を開けば皮肉だな」

 

「それが俺の長所だ」

 

 軽口を叩き合っている間にも、炎の匂いと血の匂いは濃くなっていく。そろそろ指揮系統を立て直さなければいけない。ここはただの社交場ではなく、爆心地だ。

 

そう考えたところで、別の声が耳に飛び込んできた。

 

「公爵閣下!」

 

 きびきびした軍人の声だ。視線を向けると、ブラウンシュヴァイク公の懐刀、アンスバッハ准将が瓦礫を飛び越えてこちらに向かってくるところだった。礼装軍服は埃まみれだが、姿勢は崩れていない。あの男らしい。

 

「公爵閣下、どちらに……おお、ファルケンハイン閣下!」

 

俺を見つけると、彼は安堵したように駆け寄ってきた。

 

「こちらにおられましたか」

 

「こっちだ、アンスバッハ」

 

右腕を軽く上げて応じる。左腕は上げようとすると悲鳴を上げるので、まだ無視だ。

 

「公爵は……」

 

そこまで言いかけて、アンスバッハの表情が凍りついた。

 

「……閣下」

 

 彼の視線が、ゆっくりと俺の左腕へと落ちていく。

 

「そのお怪我は」

 

「ああ、これか」

 

 自分の腕を見下ろし、改めて状況を確認した。外套の破片で応急止血はしてあるが、布の隙間からまだじわじわと赤いものがにじんでいる。

 

「ちょっとシャンデリアと喧嘩してな。向こうが本気を出した結果がこれだ」

 

「冗談を言っている場合ではありません!」

 

アンスバッハが思わず声を荒げた。普段冷静な男がここまで露骨に動揺するのは珍しい。

 

「まずは止血を。医師を呼びます」

 

「大げさだな」

 

 正直、腕の感覚は痛いを通り越して熱いが、生きていれば大抵のことはどうにかなる。俺はそう信じている。

 

「左腕からちょっと血が出ている程度だ。どうせ後で包帯ぐるぐる巻きにされるんだろ。今は公爵を――」

 

そこで、ふと気づいた。

 

ん?

 

 アンスバッハの顔色が、さっき見たときより明らかに悪い。眉間には深い皺、唇は固く結ばれ、視線は俺から離れない。

 

そんなにひどいのか、これ

 

 自分の身体の状態というのは、案外自分ではよく分からない。アドレナリンという名の麻酔が、痛みと恐怖をごまかしてくれているからだ。

 まあ、今さら気にしても仕方ない。死ぬほどの傷なら、とっくに意識を失っている。つまり、まだ動ける。動けるなら仕事は山ほどある。

 

「公爵はどこだ」

 

「こちらです」

 

 アンスバッハが大広間の奥を指さした。崩れた柱の影で、巨大な体躯が小さくなっている。ブラウンシュヴァイク公が、腰を抜かした格好のまま震えていた。

 

「行くぞ」

 

「お待ちを、本当に歩けますか」

 

「歩く」

 

 口でそう宣言し、自分の足を前に出す。床に散らばるガラスの破片が、靴底の下で嫌な音を立てた。

 

 一歩。二歩。思ったより足は動く。世界が少し傾いている気もするが、酔っぱらいのふりは得意だ。なんとか誤魔化せる範囲だろう。

 途中で誰かの肩を踏みつけそうになり、慌てて足をずらす。生きているらしい呻き声が聞こえたので、とりあえず後で謝ることにした。

 

ようやく公爵のそばにたどり着くと、その巨体が本当に小さく見えた。

 

「公爵閣下!」

 

声をかけると、公はハッと顔を上げた。覗く口元が震えている。

 

「あ、あう……アルブレヒト君……」

 

「ご無事ですか。お怪我は」

 

 ざっと視線で全身を確認する。服は煤だらけだが、致命的な傷は見当たらない。多少家具にぶつかった程度で済んだようだ。心臓の方は全力で揺さぶられたのだろうが。

 

「外傷はなさそうですね。よかった」

 

胸をなで下ろした瞬間、世界がぐにゃりと揺れた。

 

「……ん?」

 

視界の端が波打つ。シャンデリアの残骸が二重に見えた。

 

地震か

 

 一瞬、本気でそう考える。だが、この星域は地殻活動が穏やかなはずだ。そもそもさっき爆発で揺れたばかりだ。タイミングが悪すぎる。

 

「いやいや、大丈夫だ」

 

自分に言い聞かせるように呟き、公爵の肩に手を伸ばす。

 

「俺が支えますよ、公爵。立てますか」

 

「お、おお……すまぬ」

 

公が俺の腕につかまろうと身を乗り出した。そこで、問題が発生した。

 

足に、力が入らない。

 

「……あれ」

 

 一瞬、自分の身体じゃないみたいに膝がぐらりと折れた。つかまるべき相手を支えに行ったはずが、その前に自分が崩れかける。

 

視界の端で、アンスバッハが何か叫んだ。声は少し遠い。

 

おいおい

 

俺は心の中で突っ込む。

 

ここで格好よく公爵を支える予定だったんだが

 

現実はいつも、脚本より遠慮がない。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、まだやることがある。

 

「……大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるつもりで口に出した言葉が、思ったよりもかすれていた。喉が焼けている感じがする。

 

「キルヒアイス」

 

 振り返ると、赤毛の副官はラインハルトの肩を支えながらも、明らかにこちらを気にしていた。そりゃそうだ。俺は見た目的に一番血まみれだ。

 

「ラインハルトのケガを確認してやれよ。こういうときは興奮して、自分のケガに気づかないもんだ」

 

「は、はい。しかし――」

 

「俺はいい。元気だ」

 

言い切った瞬間、左足がふらっと揺れた。説得力ゼロだ。

 

「まだ会場の被害状況を見て、救助の指揮を執らないといけない。ここは、どう見ても戦場だ」

 

 キルヒアイスは一瞬迷った顔をしたが、すぐに小さくうなずき、ラインハルトの全身を見て回り始めた。

 

アナの方へ顔を向ける。彼女が、今は真っ青な顔で固まっていた。

 

「アナ、通信機は生きてるか。救護班と消防、それから憲兵を呼ばないと」

 

返事がない。

 

妙だな、と感じて視線を落とした。

 

アナの目線は、俺の顔ではなく、もっと下に向けられている。床のあたり。俺の足元。

 

「ん?」

 

自分の足元を見た。

 

赤い。

 

ブラウンシュヴァイク公自慢の豪勢な絨毯が、見事に真紅へと染め上げられている。

 

「うわ……派手にやったな。誰の血だ、これ」

 

 床に倒れている負傷者のものかと思って、周囲を見渡す。確かにそこらじゅうに人が倒れているが、この一帯の中心に立っているのは俺だ。

 

あれ。視線をさらに上へたどる。

 

赤い線が、絨毯から俺の靴へ。靴からズボンの裾へ。裾から太もものあたりへ。

 

そこで、ようやく理解が追いついた。

 

「……これ、俺のか?」

 

 左の太ももあたりが、やけに温かい。さっきから妙に力が入らない理由も、つじつまが合ってしまう。

 

さっき抜いた破片、腕だけじゃなかったのか

 

 どうも爆発のときに、シャンデリアか柱か何かの大きめの破片が太ももにも突き刺さっていたらしい。それが動いた拍子に抜けたのだろう。俺の脚から、ブラウンシュヴァイク公家の絨毯へ向かって、高級ワインのごとく流れ出している。

 

そりゃあアナの顔も真っ青になる。

 

「アナ」

 

急に不安になって、俺は彼女の肩をつかんだ。

 

「お前は。本当に無傷か」

 

アナの方を凝視すると、彼女はびくりと肩を震わせた。

 

「お前の血じゃないな? ケガは」

 

「違います!」

 

 ようやく、はっきりした声が返ってきた。耳鳴りはまだひどいが、その叫びはちゃんと届いた。

 

「私の血ではありません。アル様のです! どう見てもアル様です! お願いですから喋らないでください!」

 

「なんだ、俺のか」

 

思わず安堵の息が漏れた。アナが無事なら、それでいい。

 

「なら大丈夫だな」

 

「どこがです!」

 

アナのツッコミが、本日いちばん刺さる。物理的な破片より痛い。

 

それでも俺は、仕事を続ける。

 

「アンスバッハ!」

 

 さっきまで公爵のそばにいたはずの懐刀を呼ぶと、彼は瓦礫をかき分けて再び駆け寄ってきた。相変わらず顔色が悪い。さっき俺の腕を見たときより、さらにひどい。そんなにグロいのか、俺。

 

「公爵を安全な場所へ。出火している場所も確認しろ。消火班を手配してくれ」

 

「しかし閣下――」

 

「うるさい。公爵はこの場の主だ。あの方を抱えて歩けるのはお前くらいだろう」

 

わざと軽口を叩いた。冗談でも言っていないと、意識の方が先に沈みそうだ。

 

「犯人は、おそらくクロプシュトック侯爵だ。爆弾は……さっきの絵か、箱か、杖か、あるいは全部かもしれん。逃走経路の封鎖も忘れるな」

 

アンスバッハの目が、怒りで鋭く光った。

 

「承知しました」

 

 短くそう言うと、彼はすぐさま部下に指示を飛ばし始めた。やはり有能だ。公爵の懐刀枠は伊達じゃない。

 

「クロプシュトックだと!?」

 

 怒鳴り声が響いた。ブラウンシュヴァイク公が、我に返ったらしい。さっきまで腰を抜かしていたとは思えない迫力で、椅子の肘掛を握りしめている。

 

「あの老いぼれめ! 許さん! 一族郎党まとめて、灰にしてくれる!」

 

おお、復活早いな

 

 血の気が引いていた顔に、今度は別方向の血が上っている。怒りのエネルギーだけなら、今この会場で一番元気だろう。

 

「公爵、そう激昂されずとも」

 

苦笑いを浮かべて、なだめに入る。

 

「ひとまず、被害状況の把握と負傷者の救護を優先しましょう。犯人の処遇は、そのあとでいくらでも。族滅の計画書なら、ゆっくり時間を取って練れます」

 

「む、むう……」

 

 公爵の胸が上下を繰り返す。怒りと恐怖と屈辱がごちゃ混ぜになっている顔だ。だが、少なくとも思考は戻ってきている。

 

「とにかく、我々は無事ですし」

 

そう言った瞬間、アナが信じられないものを見る目でこちらを見上げた。

 

「アル様。『我々』の中に、ご自分を含めないでください」

 

「いやいや、俺も生きているだろう」

 

「今にも倒れそうな人が言う台詞ではありません」

 

アナが無茶苦茶正論を投げてくる。

 

たしかに、さっきから視界がどんどん狭くなっている。周囲の炎と人の姿が、円の端から消えていく。真ん中だけが、やけにくっきりしている。アナの顔と、公爵の顔と、赤毛と金髪。そこだけカラーで、他は白黒だ。

 

「え? 俺のケガ?」

 

公爵が、ようやく俺の状態に気づいたのか、慌てた声を出した。

 

「そ、そうだ! アルブレヒト君、大丈夫なのか!」

 

「ありがとうございます」

 

俺は、ふらつく頭を必死で支えながら、にやりと笑った。

 

「ご心配いただい……て?」

 

言い終わる前に、視界の明かりが一気に落ちた。

 

さっきまで見えていた炎の色が消える。代わりに、真っ暗な空間が広がる。

 

誰かが、会場の電気を全部落としたような感覚だ。

 

誰だ。勝手に照明を落とすな。まだ仕事が残って……

 

足元から力が抜ける。

 

「アル様!」

 

遠くでアナの声がした。さっきまで耳鳴りしか聞こえなかったのに、今は声の方が遠い。

 

「ファルケンハイン!」

 

金髪の大声も混じる。ラインハルトだ。こんなときに限って、やたら元気だ。

 

うるさいな

 

最後にそう思った。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

みなさんの感想を、ぜひ聞かせてください。
一言だけでも結構です。
アルのどの場面が印象に残ったか、
アナのどの表情が刺さったか、
公爵の復活の早さに笑ったか……
作者として、皆さんの声はとても励みになります。

この物語はどこまで続けますか?

  • 原作開始(アスターテ)まで
  • リップシュタット戦役まで
  • 宇宙統一まで
  • 原作終了まで
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