銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
今回の話では、ファルケンハイン閣下とロンゴミニアドが、
ついに全力の片鱗を見せる回となりました。
帝国貴族の皆さまにはお気の毒でしたが、
彼らが生き残る限り、またどこかで元気に騒いでくれることでしょう。
戦場での暴走と、味方艦隊の優秀さ、
そして指揮官たちの個性がより立ち上がるよう描きました。
どうぞ、肩の力を抜いてお楽しみください。
クロプシュトック討伐戦、その開幕の号砲を聞きながら、俺は旗艦ロンゴミニアドの艦橋でふんぞり返っている。
といっても、左足にはまだ包帯、右腕にはうっすら点滴の痕が残っている。軍医に見つかったら即刻ブチ切れ案件だろうが、知らないふりを決め込む。戦争は待ってくれないし、俺の借金(政治的な意味で)も待ってくれない。
純軍事的には、勝ちはもう決まってるんだよなあ。
正直な話をすると、クロプシュトック侯がどれだけ要塞を固めようが、軍事のプロから見れば金に物を言わせた山賊砦レベルだ。
問題はそこじゃない。問題は、功名心に燃えるお坊ちゃん貴族たちが、勝ち戦の匂いを嗅ぎつけて大挙して押し寄せてきたことだ。
で、そのお坊ちゃんどもが、今どこにいるかというと――
ロンゴミニアド艦橋後方、普段なら観閲式や要人視察用にしか使わない特別観覧席。
そこに、フレーゲル男爵やヒルデスハイム伯爵を筆頭とする、私兵持ちの貴族たちが、不満げな顔でずらりと並んでいる。
「ファルケンハイン閣下!」
最前列で仁王立ちになったヒルデスハイム伯爵が、声を荒げた。
肌ツヤの良さからして、ここ数年まともに前線に出ていないのが丸わかりの顔だ。
「なぜ我々が、こんな見物席に押し込められておるのです! 我々の艦隊を、我々自らに指揮させたまえ!」
玉座じみた司令席から、わざと冷えた視線を送る。
「お静かに、ヒルデスハイム伯爵。艦橋は静粛が原則だ」
「この状況で静粛を守っているのは、閣下ぐらいですぞ!」
後ろからフレーゲルが合いの手を入れてくる。うるさい。
「貴殿らの艦隊は、すでに我が艦隊のAIリンクに接続してある。今この瞬間も、ロンゴミニアドの管制下で、最適軌道を取っている最中だ」
淡々と告げた。
「勝手な指揮権行使は、軍規違反だ。文句があるなら、軍法会議で存分にどうぞ」
そこまで言うと、観覧席の空気がピリッと強張った。
お坊ちゃんといえど、軍法会議の怖さぐらいは知っている。
「それに」
少し笑って、肩をすくめてみせる。
「貴殿らには、私の『侯爵』昇進祝いとして、この最新鋭旗艦の特等席を用意したのだ。最前列で、宇宙戦の最先端を見学できる。感謝してほしいものだな」
「ぐっ……!」
案の定、フレーゲルがギリギリと歯ぎしりした。
「たかが侯爵になったぐらいで、いい気になりおって……!」
たかが、と来たか。お前、伯爵にもなれてない男爵だろうが
喉元まで出かかった言葉を、ギリギリで飲み込む。
ここで言うと、本気で泣きかねない。面倒だ。
「ミュラー」
隣の戦術オペレーション席に座るミュラーを振り向いた。
こいつの顔色だけは、観覧席の貴族たちとは対照的に、生き生きしている。
「行くぞ。ロンゴミニアド、最大戦速。敵艦隊中央へ突っ込め」
「了解」
ミュラーの声が、やけに楽しそうに響いた。
「航法、機関。ロンゴミニアド、最大戦速。目標、敵艦隊中央。総員、加速Gに備え!」
次の瞬間、艦内アラートとともに、フロアの重力感覚がぐっと傾いた。
「は?」「え?」「ちょ、待――」
観覧席から、情けない声が連鎖的に上がる。
ロンゴミニアドは、帝国でも数少ない慣性制御装置フル積みの超高級旗艦だ。
それでも、今ミュラーが叩き込んだ加速は、機械から悲鳴が上がるギリギリのラインだ。
床が身体を押し上げ、臓物が一瞬遅れてついてくる感覚。
司令席のアームレストを軽く握り、呼吸を整えた。
うん。ちょっと気持ちいい。
普段の戦艦なら一言で却下されるレベルの加速だが、ロンゴミニアドならやれる。
せっかくの高性能艦だ。少しくらいは本気を出させてやらないとな。
「おごっ……!」「ぐえっ……!」
後ろから、うめき声が聞こえた。
振り返らなくても分かる。観覧席の貴族どもが、早くも顔面蒼白だ。
「オペレーター、状況」
「敵艦隊、こちらの急加速に対応できていません! 射線が乱れています!」
「よし。そのまま敵弾正面突破で行く。スクリーン最大出力、姿勢制御優先。レンネンカンプ、対艦戦闘用意」
「了解」
前方戦闘席に陣取るレンネンカンプが、冷静に応じる。
彼の両手がコンソールを滑り、撃ち方の指示が次々と伝達されていく。
「敵弾来ます!」
オペレーターが叫ぶより早く、艦橋前面のスクリーンに、無数のビーム光が殺到してきた。
フレーゲルが「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げる。
「当たる! 当たるぅ!」
「うるさい。黙って見てろ」
俺がぼそっと言った瞬間――
ドッカアアアアアン、とロンゴミニアドの船体が揺れた。
だが揺れは、予想よりもずっと小さい。
エメラルドグリーンの多重防御スクリーンが、敵のビームを受け止め、層を滑るように拡散させていくのが、スクリーン越しにも分かる。
「シールド、前面出力八十パーセント。損害軽微。船体ダメージ、ゼロ」
「この程度、そよ風だな」
あくびを噛み殺しながら、俺はレンネンカンプに顎をしゃくった。
「対艦戦闘。中性子砲、全門斉射。撃ち方始め」
「了解。中性子砲、全門斉射準備。目標、敵艦隊第一列。……撃ち方、始め!」
次の瞬間、ロンゴミニアドの艦体各所から、白光を帯びたビームがほとばしった。
四十五門の中性子ビーム砲が、敵艦隊正面を薙ぎ払う。
スクリーン上で、敵の巡航艦や駆逐艦が、ボロ布みたいに裂けていく。
甲板ごと吹き飛ばされ、内部構造が丸見えになったかと思うと、そのまま内部から爆発した。
「な、なんだ、この火力は……!」
いつの間にか、ヒルデスハイム伯爵が腰を抜かして座り込んでいた。
「正気か……これが、一隻の戦艦の火力か……?」
「うちの子、優秀だろう?」
軽く肩をすくめる。
「ロンゴミニアドは、『単艦で敵艦隊を撃破』をコンセプトに作ったからな。目指せ宇宙戦艦ヤマ――」
言いかけて、咳払いで誤魔化す。
いかん、うっかり開発コンセプトをそのまま口に出すところだった。
「まだだ。ミュラー、機動はそのまま。敵の弾幕をすり抜けて、さらに肉薄」
「了解。姿勢制御、ベクトル変更。慣性制御、限界まで引き上げます!」
ロンゴミニアドの艦首が、信じられない角度で滑るように旋回した。
普通の戦艦なら、乗組員が艦内の壁に叩きつけられるレベルの機動だが、慣性制御装置がほぼ全部吸収している。
それでもまあ、多少は来るよな
内蔵がわずかに遅れてついてくる感じに、俺は苦笑する。
後ろを見るまでもなく、貴族たちは地獄絵図だ。
「うぷっ……」「き、気持ち……」「誰か、止め……」
「まだ前菜だと言ったろう?頑張れ、貴族の誇り」
「誇りはもうゲロと一緒に床に落ちてます……!」
思わず本音が漏れたヒルデスハイム伯爵を、フレーゲルが半眼で睨んでいた。
いや、お前も顔色同じだからな?
「敵弾、再度来ます!」
オペレーターが叫ぶ。
「正面、右舷より重巡クラス三隻、砲門全開!」
「右舷、スクリーン角度調整。レンネンカンプ、中性子砲はリロードに回せ。ここからは、ロンゴミニアドの売りを見せてやる」
「売り、でありますか」
「そうだ」
前方のスクリーンに映る敵戦艦を指さした。
「ここは至近距離だ。ミサイル発射用意。アナ、起きているか?」
艦橋天井のホログラムに、ふわりと女性の姿が浮かび上がる。
ロンゴミニアドの艦載AI、『アナ』だ。
俺の艦のAIは、なぜかどいつもこいつもツンデレ傾向がある。設計者の趣味だろうか。
『いつも起きています。そちらこそ、ようやく目が覚めたのですね、アルブレヒト様』
相変わらずの刺さる言葉遣いである。
「うるさい。マルチロックオンシステム起動。敵艦隊中央部にいる重巡以上を重点的に、二十四目標をロックしろ」
『了解。マルチロックオンシステム起動。……目標識別中……ロックオン数、二十四。貴方様にしては、なかなか適切な判断です』
「『にしては』を付けるな。多弾頭ミサイル、全弾発射。撃ち方任せる」
『了解。ミサイルハッチ開放。発射シーケンス開始』
ロンゴミニアドの艦体側面から、一斉にミサイルポッドが展開する。
次の瞬間、空間を埋め尽くす勢いでミサイルが吐き出されていった。
蛇の群れのように軌道をくねらせながら、各目標に散っていくミサイル群。
敵艦隊の対空砲火が、それを迎え撃とうとするが、数が違う。
あちこちで爆発の花が咲き、敵艦が次々と炎に包まれていく。
「……あ、あんな物量戦、聞いておらん……!」
誰かが震える声で呟いた。
「聞かれても困る。企業秘密だ」
さらりと答える。
「さて……」
右舷スクリーンに、一隻の敵戦艦が映った。
距離は十分。シールドはボロボロ。とどめを刺すには、絶好の位置取りだ。
「右舷に敵戦艦一隻。陽電子砲で仕留める。アナ」
『目標捕捉。射線クリア。インレンジ。……角度修正完了』
「一番、二番。順次発射。撃て」
『第一陽電子砲、発射』『第二陽電子砲、発射』
白い閃光が、二条。
真空中にもかかわらず、視界が一瞬白く焼き付く。
次の瞬間、敵戦艦は中心から崩れ、光の塵となって霧散した。
「ひっ……!」
観覧席から、誰かの悲鳴が漏れる。
「今のは……今のは一体……」
「陽電子砲だよ。まあ、要塞砲クラスを無理やり艦載した代物だ。正面から撃ち合うのはおすすめしない」
「そんな物を積んでいる艦の上で、よく平然としていられますな……!」
「慣れの問題だ」
軽く笑って、振り返った。
そこには、顔面蒼白、胃袋崩壊寸前の貴族たちが並んでいた。
フレーゲルは口元を押さえ、今にも何かをリバースしそうだし、ヒルデスハイム伯爵はすでに目が死んでいる。
「おやおや」
わざとらしく首を傾げる。
「情けないな、皆様。まだ前菜だぞ? ここからようやく、メインディッシュに入るところだというのに」
「も、もう十分堪能しました……!」
「帰還を……帰還を所望する……!」
「却下だ」
きっぱりと告げた。
「最後まで見届けてもらう。これが、俺たちが普段やっている戦争というやつだ。
紙の上で戦果報告書だけ眺めているのとは、訳が違う」
観覧席のあちこちで、弱々しいうめき声が上がる。
だが構わない。これは、貴族たちにとっても必要な「実地研修」なのだ。
「ここからが本番だ。ロンゴミニアドの真価を見せてやる。……皆、胃袋と度胸の準備はいいか?」
◆
敵艦隊の中央に、ぽっかりと空白が生まれている。さっき中性子砲とミサイルで豪華に道を拓いた結果、そこだけ妙にきれいな回廊になっていた。
普通の提督なら「ここに突っ込むのは自殺行為だ」と言うところだろうが、俺は逆にこう思った。
あそこに、とっておきの一発をぶち込めという、神のお告げか?
神の名を騙るのもどうかと思うが、まあ俺の勘はだいたい当たる。なので、司令席から身を乗り出し、前方スクリーンを指さした。
「ミュラー」
俺の声に、戦術コンソールに座るミュラーが即座に振り向く。目が完全におもちゃを前にした少年になっている。危険な兆候だ。
「艦首超大型重粒子砲、ロンゴミニアド・スピア。発射用意」
艦橋のあちこちで、息を呑む音がした。後ろの観覧席では、さっきまでゲロと格闘していた貴族どもまで顔を上げる。
「了解。主砲射線上に、味方艦の存在なし。射線クリアです」
ミュラーが落ち着いた声で告げる。
「全艦、エネルギーを艦首へ集中」
レンネンカンプが、端的な指示を飛ばす。
「防御シャッター下ろせ。総員、衝撃に備えろ」
艦首方向のスクリーンに重装甲シャッターがスライドし、内部で何重もの防爆隔壁が閉じていく。
ロンゴミニアドの艦首には、艦の全長の三分の二を占めるバカでかい砲塔が埋め込まれている。
その砲身を守るための仕組みだが、同時に今からとんでもないものを撃つぞという合図にもなる。
そのタイミングで、艦内スピーカーから少し気怠げな女の声が響いた。艦載AIアナだ。
『主機出力、一二〇パーセントへ移行。コンデンサ充填率、臨界点を突破。総員、対ショック、対閃光防御。……アル様、やりすぎないでくださいね』
「心外だな。俺は常に慎重だぞ」
俺が軽口を返すと、観覧席から悲鳴じみた声が上がった。
「待て! 本当に撃つつもりなのか!」
「そんなものを撃ったら、周囲の艦が巻き込まれる!」
フレーゲルやら誰やらが口々に叫ぶ。
だが、ここで彼らの意見を聞く理由は、一ミリもない。
「ミュラー、カウントを」
「了解。主砲、スタンバイ完了。発射まで五秒……四、三、二―」
さあ、見せてやろう。これがロンゴミニアドの本気だ
「撃てぇ!」
俺の号令と同時に、時間が歪んだような感覚に襲われた。
スクリーン上の空間が、ぐにゃりと曲がる。青白い光が一点に収束し、それが次の瞬間、一直線の奔流になって前方へ解き放たれた。
光そのものに質量が生えたような圧迫感が艦橋を包む。
背筋を電流が走り、皮膚の表面を静電気のざわめきが撫でていく。
ロンゴミニアド・スピア。
開発部が血迷って作った、艦首超大型重粒子砲。
正式名称はやたら長くて覚える気にならなかったので、命名権を握った俺が、適当に格好いい名前をつけた。
ロンゴミニアドにロンゴミニアド・スピア。安直とか言われても知らん
青白い光の柱は、敵艦隊中央に吸い込まれるように突き進み、そのまま艦列を貫通した。
重粒子の奔流に触れた艦艇は、一瞬だけ輪郭を保ったまま白く発光し、次の瞬間には形を保てなくなって霧散する。
前面のスクリーンに、航法士が慌てて数値を投影する。
「……敵艦、消失。直線上の目標、およそ二千隻、反応消えました!」
「二千か。今日は控えめだな」
口から出た感想に、レンネンカンプが肩をすくめる。
「閣下。普通の提督なら、今ので一戦分の戦果と言ってもいいと思いますが」
「普通じゃないからここにいるんだろう?」
軽口を叩きながら、俺は後ろを振り返った。
観覧席。
さっきまでうめき声を上げていた貴族たちが、一斉に沈黙している。
嫌な予感がして目を凝らすと、案の定、フレーゲルがきれいに白目を剥いて椅子にもたれかかっていた。
「…………」
微動だにしない。
口元にうっすら泡まで浮かんでいる。漫画かお前は。
「……気絶したな」
俺が呟くと、隣のヒルデスハイム伯爵が震える声を絞り出した。
「む、無理もありません……今のような光景、誰が正気で見ていられましょうか……」
「失礼な。うちのクルーは全員正気だぞ」
実際、艦橋の面々は若干興奮気味なものの、誰一人取り乱していない。
ロンゴミニアドの乗組員は、全員が変人か狂人か天才なので、これくらいで腰を抜かすようならそもそも採用されないのだ。
「ふぅ」
軽く息を吐いた。胸の奥のもやもやが、少しだけ晴れた気がする。
「すっきりした。これで敵の中核は吹き飛んだ。余計な動きを封じるには、これくらい派手な見せしめが必要だろう」
『アル様のストレス発散にもなったようで、何よりです』
アナが白々しい声で言う。
『主砲コンデンサ、出力低下。しばらく再充填が必要です。……次に撃つのは、もう少し考えてからにしてくださいね』
「分かってる。今のはあくまで、初回限定お試しサービスだ」
『初回から撃ちすぎなのですよね』
AIに呆れられる提督というのも、なかなかレアなポジションだと思う。
さて、他の連中はどうしているか
前方スクリーンを切り替え、各分艦隊の状況をサブ画面に表示させた。
一番左上。ロイエンタールの分艦隊。
いつもの皮肉げな笑みを浮かべながら、淡々と手を動かしている。その周囲で、敵艦が静かに爆散していく。派手さはないが、仕事がやたら早い。
「ロイエンタールも、分艦隊司令として申し分ないな」
思ったままを口にした。
「敵の構成と配置を一瞬で読んで、必要最低限の火力と機動だけで切り崩してる。あれなら、弾薬も乗員も、無駄に減らさずに済む」
「散歩ですね」と、誰かが呟く。
「散歩にしては、敵艦の数が多いがな」
ロイエンタールの艦隊は、敵の抵抗をまったく問題にしていない。
ルート上の障害物を、淡々と片付けているだけに見える。
次、右上のウインドウ。ミッターマイヤーの分艦隊。
ここだけ、画面の動きの速さがおかしい。味方アイコンが、敵艦隊の中を縫うように走り抜け、その軌跡の後ろで爆発が連鎖している。
「……今日も元気だな、ミッターマイヤー」
「敵第六集団、壊滅。ミッターマイヤー艦隊、すでに次の目標へ移行しています」
オペレーターの報告に、思わず笑ってしまった。
「さすがと言うべきだろうな。あれは、一撃離脱の芸術だ。敵の視界に入った瞬間には、もう通り過ぎていて、気づいたら沈んでる」
『検索中』と、アナの声が割り込んでくる。
『二つ名候補を提案します。《疾風ウォルフ》ドイツ語表記《ウォルフ・デア・シュトゥルム》』
「ほう」
身を乗り出した。
「いけるな、それ。語感もいい。採用だ。今日からあいつは疾風ウォルフ」
『登録しました。今後の艦内ログおよび個人評価シートに反映します』
「勝手に公文書化するなよ!? さすがに本人に一言……」
『アル様が忘れそうなので、先に登録しました』
「……否定できないのが悔しい」
まあいい。どうせすぐ定着する。あいつはそういう星の下に生まれている。
左下の画面には、ケンプとケスラーの艦隊が映っている。
ケンプが前線で豪快に突っ込み、ケスラーがその一歩後ろから、冷静に全体配置を調整している図だ。
ケンプの艦隊が危ないラインに入るたび、ケスラーの指示した僚艦がさっと盾に入り、絶妙なタイミングで反撃に転じている。
「ケスラーも、だいぶうちの艦隊の空気に馴染んできたな」
鼻を鳴らす。
「ケンプの無茶を前提に作戦を組んでる。あれはあれで、才能がいるんだよ」
『参謀長として、期待以上の働きです』と、アナも珍しく素直に評価を口にした。
『ケンプ大将の行動パターン解析が進んだおかげで、私の負荷も下がりました』
「やっぱりあいつ、機械から見ても無茶苦茶なんだな」
最後に、右下のウインドウを開く。
ラインハルトの分艦隊だ。
艦橋中央で堂々と腕を組み、敵艦隊に向けて突撃を繰り返している。
まあ、あいつのことだ。どうせ「正面から叩き潰してこそ華」とか考えている。
「ラインハルトも、少将らしく前線で暴れ回ってるな」
小さく笑う。
「ロイエンタールみたいな冷静さはないし、ミッターマイヤーほどうまくは回ってないが……あれはあれで、英雄らしい画にはなる」
『英雄らしい、の評価基準が、すでにアル様の中で別枠なのですよね』
「見栄えは大事だぞ。あとでニュース映像になるかもしれんからな」
艦橋のクルーたちが、くすりと笑った。
スクリーンには、撃沈されていく敵艦。その間隙を縫う味方艦。
そして、その中心で悠然と立つ金髪の若者。
ふむ。あれなら、皇帝陛下も視聴してご満悦になるだろう
「うちの艦隊、やはり銀河最強かもしれん」
思わず、心の声がそのまま口から漏れた。
「主砲火力でも、機動力でも、人材でも、他所とはレベルが違う。しかも、その全部が俺の元に集まってる。どう思う、アナ」
『はい。銀河最強の艦隊の中央に、最も面倒くさい上官が座っている状況です』
「褒め言葉として受け取っておく」
俺がニヤリと笑うと、艦橋の空気が少しだけ和んだ。
背後では、まだフレーゲルが白目のまま揺れている。
ヒルデスハイム伯爵は、祈るように両手を組んでいるし、他の貴族たちは青い顔でスクリーンを凝視している。
彼らの頭の中で、今後しばらく「ファルケンハイン=超兵器」とインプットされるのはほぼ確実だ。
交渉の席で、余計な口を挟んでくる回数が減るなら、今日のロンゴミニアド・スピア一発も、決して高くない授業料と言える。
まあ、修理費とコンデンサの交換費用の請求書を見るのは、たぶん来月の俺だが
未来の自分に適当に丸投げしつつ、俺は再び前方スクリーンに視線を戻した。
「よし。ロンゴミニアド・スピアの余韻は十分だ。ここからは通常戦闘に移行する。各分艦隊に通達。敵の残存戦力を圧して潰せ。ただし、降伏信号を出した艦は、可能な限り捕獲だ」
『了解。各艦へ通達します』
アナの声が、艦内通信を通じて全艦に広がっていく。
◆
宇宙の掃除が一通り終わり、戦術スクリーンから敵艦の反応がほぼ消えたところで、俺は椅子の背にもたれながら深く息を吐いた。
ふう。宇宙戦は終わり。ここからが本番だな。
クロプシュトック本星は、画面の中央で嫌味なまでに健在だ。要塞化された城塞都市と、そこに詰め込まれた金で買った傭兵たち。艦砲射撃だけで済むなら楽だったが、どう見ても最後は白兵戦になる。
「よし。宇宙の掃除は終わった。あとは本星の攻略だ。白兵戦の時間か」
通信士に顎をしゃくって、ある人物を呼び出させた。数秒後、前面スクリーンの片隅に、見慣れた顔が映し出される。鋭い目付きに、獲物を前にした猛犬みたいな笑み。陸戦隊総司令官ヘルマン・フォン・リューネブルクだ。
「聞こえるか、リューネブルク。出番だぞ。陸戦隊のお目見えだ。腕が鳴るだろう」
リューネブルクは一瞬だけ真面目な顔を作り、それから口の端を上げた。
『もちろんだ、ファルケンハイン閣下。俺を陸戦隊の頭に据えたのは、閣下の軍歴の中でも最良の戦果でしょう。期待以上の仕事をお見せしますよ』
「言ってくれるな。よし、頼んだ。……で、俺も行くからな」
俺がさらっと付け加えた瞬間、艦橋の空気が固まった。
振り返ると、レンネンカンプは眉間に皺を寄せ、ミュラーは微妙な笑顔になり、オペレーターたちの口元が一斉に引きつっている。
「どうした、全員。スタンバイしておけ。司令官自ら最前線に立つ。理想的な姿だろう」
「理想の方向が根本的におかしいのですよ、閣下」
レンネンカンプが、珍しくはっきりした口調で言い返してきた。
「艦隊司令官は白兵戦などしません。してはいけません。しかも閣下は負傷中です」
その一言を皮切りに、艦橋中から抗議の大合唱が起こる。
「そうです、閣下!」「まだ太ももから血がにじんでおります!」「輸血したばかりですよ!」
最後のは軍医が叫んだ。わざわざ艦橋まで上がってきて、俺の顔を見るなり頭を抱えている。
「危険行為は禁止と申し上げたはずです。包帯を替えたばかりなのですよ。まだ針を抜いて半日も経っていないのです」
「大げさだな。歩けるし、喋れるし、斧も振れる。十分だろう」
「斧は条件に入れないでください!」
軍医の悲鳴が、艦橋の天井にこだまする。まあ、言い分は分かる。だが俺にも言い分はある。
「いいか、お前ら。アナが幼年学校で教えてくれたのを忘れたのか。『指揮官たる者、いかなる時も最前線に立たねばならない』と」
俺が胸を張ると、視界の端で、問題のアナスタシアが額に手を当てた。
「アル様」
トマホークの刃を布で磨きながら、アナが静かに口を開く。
「その言い回しは、正確には『精神的に先頭に立て』という意味です。『斧を持って敵陣に殴り込め』という意味ではありません。そこを混同しないでください」
「そうだったか?」
「そうです。私が教えました」
「なら訂正しよう。指揮官たる者、精神的に先頭に立ちつつ、斧も持って殴り込んでよい」
「文末に好き勝手付け加えないでください」
アナが深いため息をつく。だが、手元ではしっかり柄の締め具合を確認しているあたり、完全にやる気だ。
「それに、最近トマホークの血抜きもしていませんしね」と、彼女は小声でつぶやいた。
「そうだろう、アナ。武器が鈍る。これはメンテナンスだ。必要経費だ」
「メンテナンスに人間の血を使う発想をやめなさいと、何度言えば理解してくださるのか」
口では呆れているが、表情にはうっすら高揚感が浮かんでいる。
この女も戦闘が嫌いなわけではない。むしろ俺よりタチの悪いタイプだ。
『……一応確認しますが』
天井スピーカーから、アナ(艦のほう)の声が降ってきた。やや冷えたトーンだ。
『アル様は現在、「歩行時ふらつきあり」「階段使用禁止」「重い物の持ち運び厳禁」という医師の指示が出ております』
「重い物というのは、主に書類と責任を指すのだろう」
『トマホークと敵兵も含まれます』
「細かいな、お前は」
『私は医療ログと作戦ログを統合管理していますので』
AIにまで説教される提督というのも、かなりレアだと思うが、残念ながら慣れてしまった。
「ともかく、俺も降りる。司令官が現場を肌で知らない軍ほど、無駄な戦死者が増えるんだ。俺は自分の艦隊をそういう場所にしたくない」
真面目なことを言うと、艦橋が一瞬静かになる。
レンネンカンプが、じっと俺を見つめて小さく息を吐いた。
「……本当に行かれるのですね」
「もちろん」
「では最低条件があります」
彼は指を一本立てた。
「必ずリューネブルク少将の指揮下に入り、独断専行しないこと。勝手に前に出ないこと。医療班を同行させること。少しでも異常があれば、即座に撤収すること」
「条件が多い」
「まだありますが、ひとまずこれだけ守っていただければ」
肩をすくめた。
「仕方ない。陸戦隊総司令官の顔も立てよう。リューネブルクの傘下に入る。いいな、通信士。そう伝えろ」
通信を再接続すると、リューネブルクが露骨に困った顔になった。
『閣下がおいでになるのは、戦力としては歓迎しますが……護衛の手間が増えるのは、正直勘弁してほしいですね』
「おい、そこは笑顔で『心強い』と言うところだろう」
『心強いのは確かですが、現場指揮官としては頭痛の種でもあります』
正直だな、こいつ。
「まあいい。お前の仕事を奪う気はない。俺は一歩下がった位置で暴れる」
『その言葉、録音して部下に配布してもよろしいですか』
「脅すな」
そんなやり取りをしていると、俺の背後でクルーの誰かがぼそっと呟いた。
「……本当に行くんだな、この人」
心底あきれた声色だったが、少しだけ安心も混じっているのが聞き取れた。
艦橋にいる連中は、俺の悪癖も長所も、嫌になるほど知っている。
ここで急に「やっぱりやめた」と言ったほうが、むしろ不安になるだろう。
「レンネンカンプ、艦隊指揮は任せた。ロンゴミニアドの砲はお前の手の中だ」
「畏まりました。……くれぐれも、ご無茶はほどほどに」
「それは敵に言え」
立ち上がろうとした瞬間、太ももがズキンと痛んだ。
思わず顔をしかめると、すかさず軍医が飛びついてきて、包帯の上から患部を押さえる。
「ご覧なさい、この出血。歩くだけでこれです。走ったらどうなるか分かりますか」
「たぶん靴の中まで真っ赤になるな」
「そういう想像力だけ無駄に豊かですね!」
わめく軍医をアナがなだめ、俺の腕を支えながらエレベーターへと向かう。
背中に、クルーたちの視線が刺さる。心配と呆れと、少しの期待が混ざった視線だ。
まあ、大丈夫だろう。今までなんとかなってきたしな
根拠のない自信を胸に、俺は艦橋を後にした。
……後で聞いた話だが、その頃、分艦隊旗艦タンホイザーの艦橋では、こんな会話が交わされていたらしい。
クロプシュトック本星への降下準備命令が伝わった直後、ラインハルトがモニター越しに俺の姿を見て、盛大に頭を抱えたとか。
前線に立つことを自分の誇りにしてきたが、あの人の真似はできない、したくもないとぼやいたらしい。
隣のキルヒアイスは、さすがの補佐役ぶりで、ラインハルトは真似しなくていいときっぱり言い切ったそうだ。
ファルケンハインだからこそ、かろうじてギリギリ許されている暴走であって、他の誰かがやればただの狂人だと。
失礼な。
いや、正論なのだが。
ともあれ、銀河最強の艦隊司令官であり、白兵戦マニアでもある俺のせいで、クロプシュトック討伐戦の地上編は、最初からろくでもないテンションで幕を開けることになった。
今回も最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
クロプシュトック戦はまだ続きますが、ここまで読んでくださった皆さまの
ひと言の感想が、次話を作るエネルギーになります。
・アルの暴走が面白かった
・アナのツッコミが好き
・貴族たち可哀想で笑った
・ロンゴミニアド強すぎ!
・ここ好き!
なんでも嬉しいです。
読者の声が作風の方向性を磨いてくれるので、
よろしければぜひ、お気軽に感想をいただければ幸いです。
この物語はどこまで続けますか?
-
原作開始(アスターテ)まで
-
リップシュタット戦役まで
-
宇宙統一まで
-
原作終了まで