銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の話では、アルブレヒトが「帝国貴族」という怪物たちに、
正しい算数と、正しい序列の扱い方を教える回です。

血気盛んな若者たちが暴走しがちなこの戦役で、
アルがどのように「ルール」と「恐怖」と「笑い」を使い分けて
帝国という巨大な組織を動かしていくのか。

そして、ついに巻き込まれることになる——
ミッターマイヤー拘束事件。

帝国の序列と派閥の醜さが、ここから本格的に牙を剥きます。
アルが選んだ答えは単純です。

「俺の部下を勝手に触るな。殺すぞ」

そのロジックの行き着く先を、どうぞお楽しみください。


帝国貴族の算数

フレーゲルの頬に、自分の拳が沈み込む感触が、やけに気持ちよかった。

 

 鈍い音を立てて吹っ飛んだ男爵は、いくつもの椅子をなぎ倒しながら床を転がり、最後に情けない声を上げて止まる。

 

「ぐぼえぇぇ……っ!」

 

周囲の将兵が一斉に息を呑んだ。ロイエンタールも目を丸くしている。

その視線を無視して、俺は拳を一度握り直した。関節が小さく鳴る。

 

「うるさいと言った。貴様に話す番はない。黙って見てろ、フレーゲル男爵」

 

 転がった本人は鼻血を垂らしながら意味不明なうめき声を上げている。どうやら骨は無事らしい。少し物足りない。

 

 ここはクロプシュトック領の占領軍司令部、兼・臨時軍法会議場。

 もともと地方の館の舞踏室だった広間に、急ごしらえの壇と机と椅子を並べ、軍旗を掲げた。

 

形だけなら立派な法廷だが、やることは一つ。

 

罪状を読み上げ、有罪を確認し、然るべき罰を与える。

 

処刑場と呼んでも構わない。

 

「えー……では、改めて続行する」

 

椅子に腰を下ろし、机に置いた書類をぱらぱらとめくった。

正面には、縛られたまま踏ん反り返っている子爵家出身の大尉。

その背後に、同じ部隊の部下が数名。こっちは顔面蒼白で震えている。人として正常だ。

 

「大尉。名と爵位、所属、階級を改めて述べろ」

 

「……ヴィーデンブルク子爵家三男、フランツ=ゲオルク・フォン・ヴィーデンブルク大尉。第三〇機甲連隊所属」

 

やけに誇らしげに名乗るので、思わず笑いそうになった。

今ここで必要なのはプロフィール自慢ではなく、犯行経過の確認だ。

 

「よろしい。では罪状。占領軍司令部の命令に背き、略奪、放火、婦女暴行、殺人。

 制止に当たった同僚への暴行。ついでに、俺の部下であるミュラー少佐への侮辱。

 この中で否定したい項目はあるか?」

 

「すべて正当な権利の行使だ!」

 

大尉は胸を張って言い切った。

この瞬間、俺の中で「情状酌量」という言葉が音を立てて消えた。

 

「平民の小娘は、お前の言うとおり家畜だとしてもだ」

 

あえて一度、言葉を区切る。

広間の空気が重くなり、ロイエンタールの顔から笑みが完全に消えた。

 

「家畜に餌も水も与えず、殴り殺していたら、いずれ家畜はいなくなる。

 家畜がいなくなったら、誰が肉と牛乳と税金を運んでくる?」

 

「な……?」

 

「単純な算数だ。引き算。お前には荷が重いかもしれんが」

 

ぐっとこらえているミュラーが、横で小さく咳払いした。

笑うな。今は真面目な場だ。我慢しろ。

 

「それから、占領に際して俺は命令を出した。略奪も暴行も強姦も禁止、と。

 聞いていなかったとは言わせない。署名入りの通達を、貴様の部隊にも送った」

 

「だ、だが私は子爵だぞ!貴様は侯爵とはいえ新参者だ!本来、貴族は平民を処断する権利を――」

 

「いいから黙れ」

 

机を指先で軽く叩いただけで、広間が静まり返った。

ありがたいことに、今の俺の機嫌が顔に出ているらしい。誰も余計な口を挟まない。

 

「権利だの身分だの、その辺はどうでもいい。俺はこの惑星の『占領軍司令官』で、お前はその配下の将校だ。命令に背いた時点で、身分はただの反逆者に変わる。それだけの話だ。簡単だろう?」

 

そこで一度、視線を傍聴席へ流した。

 

ロイエンタールは脚を組みながら無表情。目の奥が冷たい。

 

ラインハルトとキルヒアイスも、珍しく公務の場に揃って座っていた。

 

アナは最前列で静かに腕を組み、じっとこちらを見ている。笑っていない。怖い。

 

「フレーゲル男爵」

 

床に転がっていた男爵が、びくっと肩を揺らした。

 

「さっき、お前は『平民ごときで貴族を縛るのは恥』と言ったな」

 

「い、言ったが、それは事実だ!貴族同士の――」

 

「俺は今、この瞬間、同じ貴族として心の底から恥じている」

 

 

 

 

 

 

 

ああ、腹が立つ。ここまで腹が立つと、逆に頭が澄んでくるから不思議だな。俺のイライラメーターが振り切れて、代わりに計算機モードに切り替わった気分だ

 

縛られた大尉を見下ろす。顔にはまだ薄く自信が残っている。救いようがない。

 

「いいか、大尉。お前らは根本から勘違いしている」

 

「ひっ……な、何をだ」

 

「平民を殺したこと、その娘を弄んだこと、略奪したこと。もちろん全部アウトだ。だが、今この場で一番問題になっているのはそこじゃない」

 

「な、なら何だというのだ」

 

「俺だよ」

 

一瞬、広間の空気が固まった。

 

ロイエンタールが肩をすくめる。アナは腕を組んだまま、うっすら笑みを浮かべている。こいつは完全に分かっている顔だ。

 

「俺が禁じた。占領地での略奪も暴行も強姦も禁止、と。これは命令であり、宣言であり、俺の覚悟でもある。それを平然と踏みにじった。ここだ」

 

「しょ、所詮は平民の女だぞ。私の気分一つでどうにでもなる存在だ。何が悪い」

 

「ほう、まだ言うか。よし、算数の時間だ」

 

フレーゲルが床から半身を起こし、ぎゃあぎゃあ騒ごうとしたので、さっき殴った頬に軽くつま先を入れておいた。「ひゅいっ」と情けない声を上げて黙る。教育の成果だ。

 

「まず前提な。俺は侯爵、お前は子爵。俺は上級大将、お前は大尉。この時点で、序列はどうなっている」

 

「そ、それは……貴殿が上だ」

 

「よろしい。ここまで理解できたら九九は合格だ」

 

ロイエンタールが小さく吹き出した。授業参観ではないぞ。

 

「問題はここからだ。この惑星の支配権は誰にある」

 

「こ、この戦役における占領軍司令官は……ファルケンハイン侯閣下」

 

「正解。つまり、ここクロプシュトック領の平民は全部『俺の財布』だ」

 

「さい、ふ……?」

 

「そう、財布。俺が将来たっぷり税金を搾り取る予定の、歩く金庫だ。そこで問題」

 

わざとゆっくり指を折ってみせた。

 

「第一問。財布を壊したら、中身は増えるか減るか」

 

「そ、それは……減るに決まっている」

 

「第二問。将来毎年税金を払うはずの納税者を殺したら、俺の収入は増えるか減るか」

 

「……減る」

 

「第三問。俺が『財布を大事にしろ』と命じたのに、お前が『財布を破って中身を床にぶちまけて踏みつぶす』行為をした。ここで優先されるのは、誰の意思か」

 

「そ、それは……」

 

「俺か、お前か。二択だぞ。難しいか。指を使って考えてもいい」

 

広間にくすくす笑いが広がる。大尉の顔が見る見る赤くなった。

 

「……閣下、です」

 

「そうだ。ゴールデンバウム王朝は、少なくとも序列の世界だ。天辺に皇帝、次に大貴族、その下に有象無象。俺は侯爵で上級大将、お前は子爵で大尉。ここで問題」

 

自分で言いながら、さすがにやり過ぎかなと思ったが、もう止まらない。

 

「子爵大尉の欲望が、侯爵上級大将の命令より優先される法が、この帝国のどこに存在する」

 

「…………」

 

「条文番号を言ってみろ。帝国憲章第何条だ。知らないなら、今ここで私案として提出してみろ。『私のムラムラは上官命令より強い』条とか何とか」

 

キルヒアイスが眉間を押さえ、ラインハルトが机をこぶしで軽く叩いている。笑いをこらえているのか、怒っているのか、判別が難しい。多分両方だ。

 

「そ、そんな法など……」

 

「存在しない。はい、算数終了」

 

軽く息を吐いた。ちょっと喋り過ぎた気もするが、たまには説教も悪くない。

 

そこへ、床の上で鼻血を垂らしていたフレーゲルが、泣きそうな声を上げた。

 

「う、叔父上に訴えてやるからな!こんな侮辱、ブラウンシュヴァイク家が黙っておらんぞ!」

 

「おお、そうだな。どうせ呼ぶだろうと思ってた」

 

フレーゲルは通信機にしがみつき、鼻水と血でべたべたの顔で喚き散らす。

 

「叔父上!叔父上!ファルケンハインが乱心しました!私を殴り、貴族を処刑しようとしています!今すぐ止めてください!」

 

数秒の砂嵐の後、スクリーンにブラウンシュヴァイク公の顔が映し出された。露骨に迷惑そうな表情だ。

 

「……騒々しい。フレーゲル、鼻を拭け。見苦しい。ファルケンハイン侯、そちらの状況は」

 

「お忙しいところ失礼します、公爵閣下。事情は単純です」

 

淡々と説明した。略奪、放火、婦女暴行、殺人。

占領軍司令部命令への明確な違反。

ミュラーの制止を無視し、アナの前でも同じ真似を繰り返そうとしたこと。

 

「ふむ……」

 

短く唸る。画面の向こうで、重い沈黙が落ちた。

 

「俺の理解が正しければ、帝国貴族の誇りとは『上から下まで序列を守り、己の責任を果たすこと』ですよね。上官の命令を無視し、自分の欲を優先する貴族に、その資格はない」

 

「……同感だ。私の顔を立てて穏便にと言いたいところだが、私の派閥の名を汚した馬鹿に温情をかける義理もない。必要な躾は行え」

 

「御意。きっちり躾けておきます」

 

「お、おじ……叔父上!?私の縁者なのですよ!?い、命までは――」

 

「黙れフレーゲル。ファルケンハイン侯の判断に従え。さもなくば、お前の愚行の責任は全てお前の父の家が負うことになるぞ」

 

実に分かりやすい回答だ。

 

フレーゲルは完全に顔面蒼白になり、膝をがくがく震わせている。

 

「こ、こんな不名誉な……平民殺しごときで罪に問われるなど、耐えられん!こんな屈辱を受けるくらいなら、我ら一族、この場で全員自殺させてくれ!」

 

「良いぞ」

 

即答してやった。

 

広間の空気が、今度は別の意味で固まる。

 

「え?」

 

「は?」

 

「武人の情けとして、自決の自由は尊重しよう。ほら、ブラスターも貸してやる」

 

腰のホルスターから自分のブラスターを抜き、銃口を上に向けて安全装置を確認し、そのままフレーゲルの足元に放り投げた。

 

金属音が床に響く。大尉の喉がひゅっと鳴った。

 

「頭を撃てば一瞬で終わる。遺体は綺麗だし、棺も小さくて済む。遺族思いだろう。さあ、どうぞ」

 

「ひ、ひぃぃっ!」

 

男爵は四つん這いで後ずさり、壁まで一気に下がった。

さっきまで「死を選ぶ」とか息巻いていた顔は、今や墓場色だ。

 

「公爵閣下、自決を望むなら名誉は守るとのことでしたよね?」

 

ブラウンシュヴァイク公の声が、通信スピーカーから低く響く。

 

「うむ。自ら死を選ぶなら、その決意は尊重しよう。ただし実行した場合に限る」

 

「とのことだ。さあ、どうぞ。撃て」

 

「ま、待て!じ、自殺など許されん!帝国貴族は、どのような屈辱にも耐え、家名を守るものだ!き、キリスト教的にも良くない!」

 

「十五秒前と内容が逆転しているな。記憶力に問題が出ているなら、医師の診察を勧めるぞ」

 

広間のあちこちから、押し殺した咳払いが聞こえた。笑うな、真面目な場だと言っている。

 

「で、撃つのか撃たないのか。どっちにしろ、時間の無駄だ。仕事が溜まっている」

 

「う、撃たん!撃つわけないだろう!私のような高貴な者が、自分で自分を――」

 

「なら最初から喚くな。面倒が増えるだけだ」

 

ため息を一つ吐いて、床のブラスターを拾い上げた。

 

「ひ、ひぃっ……ま、待て、私は本当に反省している。謝罪もする。金も払う!いくらでも払うから命だけは――」

 

「勘違いしているようだな、大尉」

 

銃口を、ゆっくりと大尉に向ける。

 

眉間の中央に、綺麗に照準が合った。

 

「ここは市場ではない。命の値段を交渉する場ではない。ここは軍法会議場で、今から行われるのは『算数の答え合わせ』だ」

 

「さ、算数……?」

 

「さっき自分で答えただろう。俺の命令より、お前の欲望を優先する法は存在しない、と。つまり、お前の欲望の価値はゼロ。序列を守れない貴族の価値もゼロ。ゼロをいくら積み上げてもゼロ。よって、生きる価値もゼロ。計算終わり」

 

「や、やめ――」

 

引き金を絞った。

 

短い電子音と、小さな光。

大尉の体がびくりと震え、そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 

血が飛び散らないよう、出力は最低に絞っておいた。

掃除が面倒なので、こういう配慮は欠かさない。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!」

 

男爵が腰を抜かし、うずくまる。

広間の将兵たちは固唾を飲んで光景を見守っていたが、誰も口を挟まない。

 

「自分の言葉に責任も持てず、序列も理解できず、命令も守らない。それで『貴族の誇り』を語るとか、笑わせるにも程がある」

 

ブラスターをホルスターに戻しながら、冷めた声で言い捨てた。

 

「そんなものに価値はない。だから処分した。ただそれだけの話だ」

 

沈黙の中、アナがすっと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。

 

「アル様」

 

「何だ」

 

「処理としては百点満点です。ただ、今の算数の比喩、子ども達への教育にも使えそうですね。『財布を壊したらお小遣いゼロ』というやつです」

 

「やめてくれ。俺の黒歴史が教科書に載るみたいな未来は遠慮したい」

 

キルヒアイスが吹き出し、ラインハルトが顔をそむけて肩を震わせた。

ロイエンタールも、咳払いで笑いを誤魔化す。

 

「……まあいい。これで少なくとも、この星で『平民殺しごとき』と言い出す馬鹿は減るだろう」

 

「さ、片付けるぞ。死体も、書類も、全部な。誰かコーヒー持ってこい。砂糖は多めだ」

 

俺の号令に、将兵たちは一斉に動き出した。

こうして帝国貴族の算数の授業は、とりあえずの幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

ふぅ……スッキリした。あの子爵大尉の顔面が消しゴムみたいに消えた瞬間、俺の中のモヤモヤも一緒に消えた気がする。規律も締まったし、公爵の顔も立ったし、財布候補も守れたし、理屈の上では大勝利だ。問題があるとすれば、アナとの約束を早々に破って血圧が跳ね上がったことくらいだな

 

 さっきまで即席軍法会議として使っていた広間は、今は片づけモードだ。兵士たちが手際よく床を拭き、書記官たちが書類をまとめ、アナが静かな手つきでトマホークについた血を拭っている。俺はというと、椅子に腰を落とし、深く息を吐いた。

 

いかんな。俺の目標は楽して贅沢することであって、血管を切り開いて短命コースを走ることじゃない。ここは一つ、椅子に沈んでハーブティーでも――

 

そう考えて、背もたれに体重を預けた瞬間だった。

 

バンッ!

 

 司令部の扉が、内側の蝶番が心配になる勢いで開いた。反射的に手がブラスターのグリップを探る。敵襲かと思いきや、飛び込んできたのはロイエンタールだ。

 

 いつもなら余裕たっぷりの二枚目が、今は髪を乱し、息を切らしている。貴重なレアモーションである。

 

「なんだロイエンタール。ドアは丁寧に開けろ。新調したばかりなんだぞ」

 

「閣下!!」

 

「そんなに慌てて……ああ、分かったぞ。ミッターマイヤーのやつ、本星のどこかでとびきりうまいワインを見つけたんだな?で、俺の分を確保するためにお前を走らせたと。疾風ウォルフ、仕事が早い」

 

「ワインどころの騒ぎではありません!ミッターマイヤーが――拘束されました!」

 

「…………は?」

 

 一瞬、時間が止まった気がした。いや、止まったのは俺の思考か。

 

「拘束?誰が誰を?」

 

「本星治安維持隊司令、ミッターマイヤー准将が、現地のブラウンシュヴァイク派貴族たちによって逮捕されました。罪状は『貴族殺し』『身分を弁えぬ軍律の乱用』など、聞くに堪えないものです!」

 

「待て待て待て。まず深呼吸しろ。いいな?吸って、吐いて。よし落ち着いたな。で、なぜミッターマイヤーがそんな罪状を?」

 

「……閣下の方針に従い、略奪と暴行を行ったブラウンシュヴァイク派の中佐を、軍法会議にかけ、銃殺しました」

 

「………うん。そこまでは百点だ」

 

「ところが、その中佐の親族だという連中が押しかけ、『貴族同士の問題を平民上がりの准将が勝手に裁いた』『血筋への冒涜だ』と騒ぎ立て……その場に居合わせたブラウンシュヴァイク派の伯爵が、『秩序維持のため』と称してミッターマイヤーを拘束したのです」

 

「秩序維持、ね」

 

口の中に、苦い笑いが広がった。

 

俺の真似をした結果、捕まったと。真面目にノートを取って復習した生徒だけが、教師より重い罰を食らうパターンか。嫌いじゃないが、笑えない

 

「閣下、これは看過できません。兵たちにも動揺が広がっています。『命令に従った結果、司令官が捕まるなら、自分たちはどうすればいいのか』と」

 

「だろうな」

 

 椅子からゆっくり立ち上がりながら、腰のブラスターを確かめる。ホルスターの重みは、さっきよりも冷たく感じた。

 

「アル様?」

 

「アナ、俺の血圧、今どれくらいだと思う」

 

「測るまでもありませんね。『あと一押しで血管が切れる』くらいでしょうか」

 

「正解だ。では、その前に少し歩いてこよう」

 

ロイエンタールが、ほんのわずかに目を見開く。

 

「閣下、まさか――」

 

「まさかも何も、俺の疾風ウォルフを牢にぶちこんだ連中に、『貴族のやり方』を教えてやるだけだ。心配するな、今日の俺はいつもより理性的だぞ」

 

「閣下の『いつもより』が一番危険です」

 

「うるさい。お前は付き合え。さっき算数の授業を聞いていたなら、答えは分かるだろう?」

 

「……『侯爵かつ司令官の命令は、子爵と飲んだくれ伯爵の感情より常に上』」

 

「よろしい。優等生だ」

 

机の上に転がっていた報告書をひょいと掴み、ついでにサインペンも手に取った。

 

「どちらへ?」

 

「営倉。あとで軍法会議の書類が必要になる。先に判を押す箇所をチェックしながら歩く」

 

「……合理的なようでいて物騒な予告ですね」

 

 司令部の外に出ると、廊下にいた兵士たちが一斉に姿勢を正した。俺とロイエンタールが並んで歩く後ろに、いつの間にかアナと護衛数名が自然な形で付いてくる。

 

さて、どう料理するかだ。ミッターマイヤー本人は、命令に忠実に動いただけだ。責任を取るなら、命令を出した俺が取るべきだが……俺は死ぬ気はない。楽して贅沢したいからな

 

「閣下、表情が笑っているのに目が笑っていません」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 廊下の角を曲がるたび、伝令が慌てて道を開ける。「閣下が直々に」「こっちに向かわれた」と、ささやき声が広がっていく。

 

 そのざわめきの中に、「ミッターマイヤーさんが」「やっぱり貴族殺しは」という不安な言葉も混じっているのが聞こえた。

 

「……ロイエンタール」

 

「はい」

 

「もし俺が今日この件をうやむやにしたら、こいつらは何を学ぶと思う?」

 

「『命令通りに動いても守られない』『貴族の機嫌を損ねないことが最優先』ですな」

 

「それは俺の趣味じゃない」

 

 歩幅を少しだけ広げる。足音が冷たい床に響き、廊下の空気を踏み固めていくような感覚があった。

 

俺は英雄になりたいわけじゃないし、聖人の自覚もない。欲しいのは金と女と安全な老後だ。けれど――

 

頭の中に、ミッターマイヤーの目が浮かんだ。

 

『尊敬いたします!一生ついていきます!』

 

あの青臭い台詞。本気で言っているからこそ、始末に負えない。

 

「一生ついてくるって言った部下が、最初のコーナーで派閥貴族に轢き殺されました、とか洒落にならん」

 

「ええ、ミッターマイヤーは轢き殺される側ではなく、轢く側に回すべき人材です」

 

「だな。だから拾ったんだ」

 




お読みいただき、ありがとうございます。


読んでくださった皆さんは、どのポイントが一番刺さりましたか?

貴族相手に算数を教えるシーン?

ブラウンシュヴァイク公の実に公らしい判断?

フレーゲルの「死ぬ!」→「やっぱ死なない!」の大混乱?

それとも、最後の「ミッターマイヤー拘束」でアルの目が笑わなくなる瞬間?

感想欄で、
「どの場面で何を思ったか」
ぜひ一言教えてください。

この物語はどこまで続けますか?

  • 原作開始(アスターテ)まで
  • リップシュタット戦役まで
  • 宇宙統一まで
  • 原作終了まで
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