銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
だがアルブレヒト・フォン・ファルケンハインにとって、それは「生存祈願と忖度」の二重苦だった。
怖気づきながらワルキューレを操縦する伯爵様。
敵を次々と薙ぎ払うアナスタシア。
そして最後に待ち受ける「昇進理由は主従バランス」という衝撃のオチ――。
笑いと屈辱にまみれた初陣の記録を、どうぞご覧あれ。
哨戒任務中って普通は「敵が来ないことを祈りながら安全運転」じゃないのか?なのに俺たちはなぜか「訓練」までさせられていた。いや待て、敵の勢力圏ギリギリで訓練って正気か?「宇宙は広いからバレないよ!」ってノリか?馬鹿なの?死ぬの?
俺は小さなワルキューレの操縦桿を握りしめながら、人生最大級の後悔をしていた。どうして俺は士官学校を卒業してしまったんだ。卒業証書なんて燃やせばよかった。
その時、通信に雷鳴が走った。
「ファルケンハイン!貴様の動きはなんだ!優雅に空中散歩でもしているつもりか!ここは貴族の舞踏会ではないぞ!」
ケンプ大尉だ。俺の鼓膜が爆散するかと思った。慌てて返事をする。
「は、はい!申し訳ありません、大尉殿!」
あまりのビビり具合に、気づいたら敬語になっていた。俺が敬語を使うなんて、人生で初めてかもしれない。
すると隣を飛ぶアナが、プライベート回線で囁いてきた。
「…アル様。なぜ急に敬語なのですか?」
「ケンプ大尉にどやされました。『宇宙では貴族の権威など、お前の命を守ってはくれんぞ』と。あの言葉、まったくもってその通りだと深く納得した次第であります」
「ケンプ大尉は平民のご出身ですから。もし他の門閥貴族の方だったら、ヒステリーを起こして罵倒し返しているでしょうね」
「え、そうなの?うわ、めちゃくちゃカッコ悪いな、それ」
「………アル様は、そのままでいてくださいね」
アナの声がちょっと優しかった。え、なにそれ。俺、今ちょっとポイント稼いだ?こういう積み重ねで愛が深まるんだよな?違う?
……しかし現実は甘くない。
訓練は続いた。敵役を想定した模擬戦で、俺は被弾しまくり。シールドは赤ゲージ常習犯。教官席のケンプがまた怒鳴る。
「ファルケンハイン!お前は敵に『ここにいます』って看板出してるようなもんだ!撃ってくださいって信号を出すのが仕事か!?」
「申し訳ありません!」
「貴様の実家の領民は、毎日畑で汗を流して生きてるんだぞ!それを思い出せ!戦場では領民の命が貴様の操縦にかかっていると思え!」
あの、うちの領民、俺よりしっかりしてるんで。むしろ俺の操縦に命を預ける方が不安だと思うんですよね。
隣でアナは華麗に機動していた。シールドを一切削られず、模擬戦相手を次々撃破していく。ケンプの声が少し柔らかくなる。
「ホーテン少尉!筋がいい!!」
「光栄です、大尉殿」
……はいはい、どうせ俺はお荷物ですよ。案の定、訓練後の講評で、アナは褒められっぱなしだった。俺?
ケンプは肩をドンと叩きながら笑顔で言った。
「ファルケンハイン、まあ、死ぬなよ」
ねえ、それってどういう意味?全然わからないんだけど?「お前には期待してないけど死ぬなよ」ってこと?「次の戦闘で死ぬかもしれないけど気にすんな」ってこと?なんで俺だけ励ましが『生存祈願』なんだ?
俺は帰り道、アナにぼやいた。
「なあ、あれどういう意味だと思う?」
「……『あなたは期待できないが、死んでくれると困る』という意味でしょうね」
「正直すぎない!?もうちょっとオブラートに包んで!」
「事実ですから」
俺はワルキューレのシートに座ったまま天を仰いだ。狭いコクピットの天井に額をぶつけて「いってぇ!」と叫んだ。アナが通信越しに小さく笑った。
◆
けたたましい警報が艦内に鳴り響いた瞬間、俺の寿命は十年くらい縮んだと思う。だってそうだろ?訓練中に鳴ってた「敵艦発見ごっこ」のアラームと音が同じなんだぞ?本物の戦闘に入るのに「ごっこ」と同じ効果音を使うな!心の準備ができねえだろ!
ケンプ大尉の声が通信回線に爆音で響いた。
「全機、出撃!いいか、ひよっこ共!訓練通りにやれば死にはせん!……たぶん!」
俺は操縦桿を握りしめて叫んだ。
「最後の『たぶん』が余計なんです!非常に心臓に悪いです!」
誰も返事をしてくれない。俺の悲鳴は真空に吸われた。
母艦からワルキューレが射出される。俺の機体もカタパルトから弾かれて、宇宙に放り出された。吐きそう。だがそんな暇はない。正面にずらりと並んだ同盟軍艦隊。数にしてほぼ同数の三百隻。しかも空母付き。
俺は震える声で数え上げる。
「敵は三百隻!空母付き!つまり、あっちの戦闘艇……あー、なんだっけ?アナ!」
隣で優雅に編隊飛行するアナが即答した。
「スパルタニアンです、アル様。落ち着いてください」
「そうそう!それ!つまりスパルタニアンがウジャウジャ出てくるってことだな!これはもう、死んでこいと言われてるようなもんじゃないか!ああ、お母様!お父様!そしてアナ!俺の短い人生はここで……!」
「アル様。まだ始まってもおりません。泣き言は、生き残ってからいくらでもお聞きします」
お前のその冷静さ、今すぐ分けてほしい。心臓が口から出そうなんだよ。
前方でケンプ大尉が編隊を指揮する。
「ワルキューレ隊、散開!敵戦闘艇を叩き落とせ!陣形を崩させるな!」
全機が一斉に散開し、スパルタニアンの群れに突っ込んでいく。俺の脳内では「死んだ魚の目になった俺の肖像画」が完成していた。
敵影が目前に迫る。俺は半泣きでトリガーを引いた。ビームがビュンビュン出る。だが当たらない。かすりもしない。あっちは余裕で回避してくる。
「ファルケンハイン!照準は敵に合わせるんだ!宇宙空間のゴミを撃つ訓練じゃないぞ!」
「合わせてますよ大尉殿!動いてるから当たらないんです!」
「動くのは当たり前だ馬鹿者!」
俺の情けない声が全チャンネルに流れたのか、敵機に狙われ始めた。三機くらいが俺のケツを追ってくる。やめろ、俺を的にするな!
「アナ助けて!」
「了解しました」
次の瞬間、俺の背後で閃光。アナの機体が正確無比に敵機を撃ち抜き、三機まとめて爆散させた。
「アル様。敵を引き寄せるのは見事でした。囮として最高です」
「褒めてないだろそれ!俺はエサか!」
その後も俺は撃つたび外し、狙われては逃げ、アナが撃墜するという黄金パターンを繰り返した。おかげで俺の撃墜数はゼロ。アナはすでに二桁。
ケンプ大尉の声がまた飛ぶ。
「ホーテン少尉!素晴らしい働きだ!ファルケンハイン!……まあ死ぬなよ!」
「またそれか!俺にはそれしか言うことがないのか!」
◆
戦闘は終わった。俺のワルキューレは、傷一つなかった。なのに俺の体は、生まれたての小鹿みたいにブルブル震えていた。操縦桿を握る手が汗でベトベトで、宇宙服の中はサウナ状態だ。
「……い、生きてる……俺、生きてるぞ……!」
思わず口から出た言葉に涙が滲む。いやマジで死ぬかと思ったんだ。敵の弾が俺の機体をかすめた瞬間、人生の走馬灯どころか、昼飯のメニューまで流れてきたんだからな。
しかも!信じられないことに、俺は敵のスパルタニアンを一機撃墜したらしい!レーダー確認した整備兵がそう言っていた。多分、俺が撃ったビームがたまたま当たったんだろう。まぐれでも撃墜は撃墜だ!
「すごい!俺すごいぞ!帝国軍の未来は安泰だ!」
胸を張りたいところだったが、機体を降りて格納庫に戻った瞬間、現実が俺を粉砕した。
アナスタシアのワルキューレが隣に並んでいた。もう見ただけでわかる。撃墜マークが機体の装甲にベタベタ貼られている。しかもただのチョーク落書きじゃない。整備兵がわざわざ塗料で描き込んでるレベル。
整備兵が声を張り上げた。
「アナスタシア・ヴァン・ホーテン少尉の最終戦果!敵スパルタニアン十五機撃墜!巡洋艦三隻、駆逐艦四隻を完全破壊!さらに戦艦二隻を中破させ、戦闘不能に!」
格納庫にどよめきが走る。兵士たちが「おおおおっ!」と拍手をしている。中には「俺の人生でこんな戦果報告初めて聞いた」って泣いてる奴までいた。
「こ、これは前代未聞の大戦果であります!」
整備兵が涙声で絶叫した。
…………………………。
俺は自分の撃墜数「一機」と心の中でつぶやいてみた。急に色褪せた。というか、砂粒みたいに小さくなった。みすぼらしさの極みだった。
なんだよこれ!俺だって頑張ったのに!あんなに必死で逃げ回ったのに!敵の照準を俺の尻に集中させて、結果的にアナに撃ち落としてもらったのに!それって立派な貢献だろ!?なのに「一機」って!
隣でアナが淡々と整備兵に指示を出している。汗一つかいていない。冷静沈着、戦場の女神って感じだ。格納庫の兵士どもがうっとり見てやがる。
俺は彼女に近づいて、声を潜めて言った。
「なあアナ……俺の一機撃墜、もうちょっと誇張して発表してくれても良かったんじゃないか?たとえば『敵戦艦を一撃で中破』とか」
アナは涼しい目で俺を見た。
「アル様、虚偽報告は軍法会議ものです」
「いや、そこをなんとか!」
「一機でも立派ではありませんか。初陣で生還しただけで十分な功績です」
「……お前が言うと慰めにならんのだよ……」
ケンプ大尉がズカズカとやってきた。大声が格納庫に響く。
「ホーテン少尉!素晴らしい働きだった!帝国軍はお前のような人材を求めている!今日からお前はこの隊のエースだ!」
周囲から再び歓声。アナは淡々と敬礼して受け止めていた。
そして大尉は俺の肩をバンバン叩いた。
「ファルケンハイン少尉!……まあ、死ななかっただけで十分だ!はっはっは!」
「またそれかああああ!」
格納庫に俺の情けない叫びが響き渡った。兵士たちが笑っている。俺は笑われるために生まれてきたのか!?
◆
戦闘から数日後、俺とアナはケンプ大尉に呼び出された。何の用事かと思えば「戦果報告と処遇について伝える」とのこと。つまり、俺の華々しい活躍がついに軍上層部のお偉方に伝わり、表彰される瞬間が来たというわけだ。ふふふ、来たな俺の時代!
格納庫では「死ななかっただけで偉い」みたいな扱いを受けたが、そんなものは一時の冗談だろう。実際、俺は敵機を一機撃墜した。これは歴史的事実。しかも初陣でだぞ?これを評価せずして何を評価するというのか。
胸を張りたい気持ちを抑え、俺は緊張感を装って司令部の執務室に入った。アナは横で背筋をピンと伸ばし、皇帝陛下に拝謁するかのような態度だ。くそ、完璧すぎる。俺だってやればできるんだぞ。
ケンプ大尉は俺たちを見て、大声で言った。
「…というわけで、今回の戦闘における貴官らの功績は、クライスト大将閣下とヴァルテンベルグ大将閣下の耳にも届いている!」
よし、来た!これはもう勲章コースだ!
「まず、ホーテン少尉!」
アナが一歩前に出る。
「はっ!」
「貴官の戦果は、一個艦隊にも匹敵する!よって、中尉への昇進が決定した!おめでとう!」
「はっ!ありがとうございます!」
場の空気が一瞬で明るくなった。ケンプ大尉も満足げに頷き、部下の士官たちが小声で「すげえな」と囁いている。俺はその様子を横で見ながら、うんうんと頷いた。
そうだろうそうだろう。アナの戦果は確かにすごい。艦を沈めまくったし、撃墜マークは機体に描ききれないほどだったしな。でもだ!ここで終わりじゃない。まだ俺の番が残っている。
そしてケンプ大尉が、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「…そして、ファルケンハイン」
「は、はい!」
ビシッと敬礼した。完璧だ。
「貴官は……まあ、その……なんだ」
ん?なんだ?言い淀むなよ。もっとスカッとした褒め言葉をくれよ。
「初陣で生き残り、敵機も一機撃墜した」
そうそう!そうだ!俺の大戦果!もっと声を張れ!
「まあ、その……立派だ。うん」
…………………………。
ちょっと待て。今の間はなんだ。言葉を選んでる感じ丸出しじゃないか。しかも「まあ」「その」って接頭語多すぎない?不安になるだろ!
ケンプ大尉は咳払いをして続けた。
「それで、その……なんだ。主人が部下より階級が下では格好がつかないだろう、という両大将閣下からのありがたいご配慮により、貴官も中尉に昇進することになった。おめでとう」
…………………………。
俺は固まった。昇進したのに、全然うれしくなかった。なぜなら理由が「忖度」以外の何物でもなかったからだ。
ふざけるな!俺の昇進理由が「主従バランス」ってどういうことだ!戦果じゃないのか!?俺の一機撃墜は評価されなかったのか!?いや、評価はされたんだろう。でも、その評価よりも「主人の面子」が優先されたってことだよな!?
ケンプ大尉は気まずそうに俺を見ていた。同情の目だ。俺は悟った。完全に哀れまれている。
「……はっ。ありがとうございます」
とりあえず形式的に答えるしかなかった。
その横でアナは淡々と敬礼し、ケンプ大尉に礼を言っていた。表情一つ崩さない。いや、ほんの少しだけ口元が緩んでいた気もする。俺の屈辱を楽しんでないか、おい。
こうして俺は、アナと同じ中尉に昇進した。だが、二人の中尉はまるで意味が違う。アナは実力で掴み取った中尉。俺は「主君の面子を守るための飾り」中尉。なんという屈辱!
士官学校での成績、幼年学校での立ち位置、全部アナに劣っていたけど、戦場に出てもこの有様か!俺は一生アナの付属品なのか!?ファルケンハイン伯爵家の威信はどうなる!?
ケンプ大尉は会議を締めくくるように言った。
「以上だ。両名は即日昇進を適用する。これからも死ぬなよ」
最後の「死ぬなよ」で俺は再び心に突き刺さった。やっぱり俺の評価は「死なないこと」だけなのか……。
アナが小声で囁いてきた。
「アル様。おめでとうございます」
「……アナ。お前がいなかったら俺は昇進してなかったんだろうな」
「ええ。ですが、アル様がいなければ、私もここまで戦えませんでした」
……一瞬、心が救われた気がした。いや、どうせ社交辞令だ。だけど、ちょっとだけ嬉しかった。
こうして俺の初陣は、武勲と、そして巨大な屈辱と共に幕を閉じたのであった。俺の未来はどうなるのか。多分、またアナが無双して、俺は忖度で生き延びるんだろうな。ちくしょう。
今回、アルは「一機撃墜+忖度昇進」という歴史的快挙(?)を達成しました。
彼にとっては屈辱ですが、読者からすれば最高の喜劇です。
一方でアナは圧倒的な実力で軍に名を轟かせ、二人の格差はますます拡大。
それでもなお、アルが「俺は主人公だ!」と叫ぶ限り、この物語は続きます。
次は彼がどんな恥をかき、どんな奇跡で生き延びるのか――ぜひご期待ください。
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