銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。
今回の章では、ファルケンハイン派という集団が、
ようやく 一つの本物の派閥に進化した瞬間 を描いています。

政治、忠誠、損得、感情――
帝国という巨大組織の中で、
アルブレヒトという男がどう立ち位置を築いていくのか。

そして、その計算に巻き込まれながらも、
自分の意思で「命を預ける」と言い切る部下たち。

戦場よりも厄介で、
銃撃戦よりも緊迫した
帝都政治の舞台裏、
どうぞ最後までお楽しみください。


忠誠の値段はゼロではない

俺が正直者なのか大嘘つきなのか、自分でもよく分からない時がある。今回もそうだ。ミッターマイヤーの件でロイエンタールに「必ず助けてやる」と口にしたが、その瞬間、頭の中では「派閥バランス」「経済規模」「軍事力」「将来の税収」といった単語が、電卓の液晶みたいに並んでいた。うん、やっぱり俺はファルケンハイン家当主に向いていると思う。

 

司令部の広間では、ロイエンタールが机の前で腕を組んでいた。いつもの余裕と皮肉の混ざった顔ではなく、額に薄く汗を浮かべている。紫の目が焦りを隠しきれていないのは、かなり珍しい。

 

「落ち着けよ、ロイエンタール。心配しなくても、疾風ウォルフはああ見えてしぶとい」

 

「心配しているのは彼の生命だけではありません。閣下の派閥の信用もです」

 

「おお、頼もしいことを言うな。だが大丈夫だ。俺は嘘をつかない。少なくとも、派閥の存続に関わる部分では」

 

「その限定条件が非常に不安です」

 

そんなやり取りをしているところに、アナが湯気の立つカップを持って入ってきた。銀のトレイの上には、ハーブティーと俺用の鎮静剤のおまけ付きである。

 

「アル様、ロイエンタール様。お茶をお持ちしました。アル様には特製です」

 

「お、癒やしだ。さっき子爵大尉の眉間に風穴を空けたので、若干喉が渇いていた」

 

「口にする台詞を少しは選んでください。今ここ、録音されていますよ」

 

ロイエンタールがこめかみを押さえた。大丈夫だ、今さら消せない証拠が増えたところで、俺の前科欄の分厚さが一ミリ増えるだけだ。

 

ハーブティーを一口すすりながら、俺は目の前の報告書に目を落とした。ミッターマイヤー拘束の経緯は、簡潔にして最悪である。

 

「略奪を行ったブラウンシュヴァイク派の中佐を、現行犯で軍法会議にかけ、証言を取り、判決を下し、即日銃殺。その後、遺族と自称する貴族どもが押しかけ、ミッターマイヤーを縛り上げた、と」

 

「その通りです。ミッターマイヤーは閣下の方針に忠実に従いました。責任があるとすれば、命令を出した側です」

 

「責任者は俺だ。だからこそ、放置する選択肢はない」

 

「……安心しました」

 

ロイエンタールの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。彼は滅多に感情を表に出さないが、今は露骨にホッとしている。普段の冷静ぶりを考えると、そのギャップが少し面白い。

 

「しかし相手はブラウンシュヴァイク公の縁者です。正面から反論したところで、『伯爵上がりが生意気を言うな』で終わります」

 

「だから、公爵本人に話をつける。間に人を挟むから話がこじれる」

 

「直接、ですか」

 

「そうだ。あの人は単純計算には強いからな。桁の大きい掛け算は無理でも、足し算引き算なら理解できる」

 

アナが静かに頷いた。

 

「アル様、またあの『算数』を教えて差し上げるのですね」

 

「そういうことだ。公爵にも復習の機会は必要だ」

 

端末を操作し、公爵とのホットラインを呼び出した。数秒の後、画面にいつものふてぶてしい顔が映る。後ろにはリッテンハイム侯の姿もちらりと見える。どうやら二人一緒に俺の様子を見守っていたらしい。友情か監視かは、考えるまでもない。

 

「おお、ファルケンハイン侯。聞いているぞ、なかなか派手にやっているそうじゃないか」

 

「光栄です、公爵閣下。おかげさまで、クロプシュトック領は非常に静かですよ。騒いでいるのは、そちらの縁者くらいです」

 

「うむ、それだ。貴官が処断した我が派閥の若造については、序列を乱したうえに軍令違反とあっては、私もかばいきれん。貴官の判断を尊重しよう。だがミッターマイヤーという平民上がりの准将が、私の親族を撃った件は別だ。こちらは見逃せん。穏便に処刑で済ませたいのだが」

 

「今、『穏便に処刑』と仰いましたね」

 

「ん?ああ。絞首刑にせず、銃殺で済ませるという意味で――」

 

画面越しに、ロイエンタールがこめかみを押さえ、アナがため息を飲み込む。俺は笑顔を貼り付けたまま、内心で机を叩き割っていた。

 

「公爵閣下」

 

「なんだ」

 

「俺も穏便に済ませるつもりです」

 

「それはありがたい」

 

「ただし」

 

この一言で、公爵の眉がぴくりと動いた。画面の向こうでリッテンハイム侯も、扇子を止めてこちらを見ている。

 

「もしミッターマイヤーに何かあれば、俺は即座にリッテンハイム侯につきます」

 

「なっ……何を言うのだ貴官は!」

 

声が一オクターブ上がった。リッテンハイム侯が「おや」と目を細める。

 

「簡単な算数ですよ、公爵閣下。あまり難しい話ではありません」

 

「算数だと?」

 

「ええ。まず経済規模からいきましょう。ブラウンシュヴァイク派の経済力を便宜上『10』とします。リッテンハイム派は『8』。我がファルケンハインは、先の戦果と新規事業の成功で『6』まで成長しました」

 

「ふむ……」

 

「ここで問題です。公爵閣下。8足す6は、いくつになりますか」

 

「じゅ……14だ」

 

「はい、よくできました。では次の問いです。10と14、どちらが大きいでしょう」

 

「……14だ」

 

「そうですね。つまり、俺が立つ側を変えた瞬間、公爵閣下は経済的に劣勢になる。これは大丈夫ですね?」

 

公爵の額に、脂汗がにじみ始めた。リッテンハイム侯が肩を震わせている。笑いを堪えているのか、怒りを堪えているのか、判別が難しい。

 

「な、なにを勝手な……ファルケンハイン、貴官は私の後見で侯爵になったのだぞ?」

 

「ええ。その恩は忘れていません。だからこそ、こうして正直に計算結果をお伝えしているのです。恩人が将来破産しないように」

 

「は、破産など……」

 

「次は軍事力です。ブラウンシュヴァイク派の動員可能な戦力を『6』、リッテンハイム派を『4』、我が直轄艦隊を『10』と仮定しましょう。ここまでよろしいですね」

 

「む……」

 

「この銀河で、俺の艦隊に正面から勝てる貴族を、ご存じですか?もしいるなら教えてください。参考にします」

 

公爵が言葉に詰まり、リッテンハイム侯が扇子で口元を隠した。

 

「ロイエンタール、数字を読み上げてやれ」

 

「了解。現状、帝国・叛乱両軍において、閣下と正面衝突して勝利した艦隊司令は一人も存在しません」

 

「つまり、軍事点数では俺が『10』、公爵が『6』、リッテンハイム侯が『4』と仮定した場合、どちらの側につくかは火を見るより明らかです。公爵が数学に明るいことは重々承知していますから、掛け算までは求めません。足し算だけで十分です」

 

「う、ぐ……」

 

「繰り返します。ミッターマイヤーを処刑するなら、俺はリッテンハイム侯につきます。処刑を取りやめ、釈放するなら、俺は中立に残る。選択肢は二つだけです。どちらをお選びになりますか」

 

画面越しに、公爵が口をぱくぱくさせた。鯉ではないはずだが、今の動きは完全に池の魚だ。

 

「わ、わかった!わかったから!ミッターマイヤー准将の件は不問にする!即刻釈放だ!だからこっち側にいろ!頼むから!」

 

「賢明なご判断に感謝いたします、公爵閣下。これで経済も軍事も、安定した未来が見えてきました」

 

「心臓に悪い男だ……」

 

ブツン、と通信が切れた。静寂が司令部を満たす。ロイエンタールが、肩の力を抜いてソファに沈み込んだ。

 

「……本当に、あの公爵相手に正面から脅しをかけるとは」

 

「脅しじゃない。算数だ」

 

「内容は立派な恐喝です」

 

「言い方の問題だ。アナ、今の授業、何点だ?」

 

「そうですね……公爵の顔色を見事に白くしたので、実技は満点です。減点要素は、若干血圧が上昇したことくらいでしょうか」

 

「最近、みんなして俺の血圧を気にするな」

 

苦笑しながらも、胸の奥にひっかかっていた棘が抜けていく感覚があった。これでミッターマイヤーの首は繋がった。あとは現場の営倉に行って、本人の頭を軽く小突き、「勝手に死ぬな」と説教するだけだ。

 

「閣下」

 

「ん?」

 

ロイエンタールが、珍しく真正面から俺を見た。

 

「さきほど『銀河系の温度が一度下がる』と仰いましたが」

 

「言ったな」

 

「彼が死ねば、確かに下がるでしょう。ですが……貴方がいなくなったら、銀河は一度では済みません」

 

「おい、やめろ。そういうことを真顔で言うな。照れるだろうが」

 

「照れてください。私もこの派閥で、まだ見たいものがたくさんあります」

 

「例えば?」

 

「閣下の結婚式とか、閣下の娘君に翻弄される未来の婿殿とか」

 

「やめろ、現実味のある話をするな。今はミッターマイヤーの牢から出す方が先だ」

 

そう言って立ち上がると、アナがそっと軍服の上着を差し出してきた。

 

「アル様。これを羽織って行ってください。貴方様が派手に暴れた後始末は、私がいたします」

 

「頼りにしているよ、俺の半身」

 

上着の襟を正しながら、俺はロイエンタールに目配せした。

 

「行くぞ。疾風ウォルフを迎えに」

 

「はい。あの男に、『上司がどれだけ割に合わないか』を教えて差し上げましょう」

 

「それは俺の評価が下がるからやめろ」

 

そんな会話を交わしつつ、俺たちは司令部を後にした。ミッターマイヤー、お前のツケは、全部俺がブラウンシュヴァイク公に回しておいたからな。感謝しろとは言わないが、生きろ。それが俺の計算を正解にする唯一の条件だ。

 

 

 

 

 

 

公爵からのゴーサインを取りつけた俺は、その足で司令部の廊下を突っ切っていた。血圧に悪い会話をした直後なのに、脈が落ち着くどころか上がっている気がする。健康診断で怒られるタイプの上司だな、俺は。

 

「行くぞ野郎ども。俺の疾風ウォルフを取り返す」

 

号令と同時に、ロイエンタール、ラインハルト、キルヒアイス、リューネブルクが後ろに続く。顔ぶれだけ見れば、皇帝暗殺でもやりに行きそうなメンバーだが、目的は自軍の准将救出である。善行だ。たぶん。

 

「閣下、少しは冷静に…」

 

ロイエンタールが控えめに声をかけてくる。

 

「冷静だとも。俺はいつだってクールだ。なあ、ラインハルト」

 

「自分を客観視できない時点で冷静ではないぞ、ファルケンハイン」

 

平常運転の毒が返ってきたので、俺の精神状態はたぶん問題ない。

 

営倉前の通路が見えてきたところで、怒鳴り声が響いた。

 

「ええい!叔父上が何と言おうと、この平民上がりだけは殺してやる!撃て!」

 

ああ、いた。声だけで誰か分かる。

 

営倉前には、武装兵をずらりと並べたフレーゲルが、顔を真っ赤にして暴れていた。口だけは立派な将軍級だが、やっていることは駄々っ子である。

 

「リューネブルク」

 

俺が名を呼ぶと、陸戦隊長が口の端をわずかに上げた。

 

「御意」

 

次の瞬間、視界からリューネブルクの姿が消えた。と、思ったら、もう敵陣のど真ん中にいる。人間用の映像フレームレートに優しくない動きだ。

 

「なっ……!」

 

フレーゲルの護衛たちが銃を構えようとした瞬間には、もう腕が折られて床に転がっていた。喉を突かれた兵士が、情けない悲鳴を上げる暇もなく気絶していく。

 

そこに、ラインハルトとキルヒアイスがきっちり追い打ちをかけた。金髪は素手で顎を跳ね上げ、赤毛は一歩踏み込んで鳩尾を撃ち抜く。どいつもこいつも、白兵戦のレベルがおかしい。

 

「制圧完了です、閣下」

 

キルヒアイスが、涼しい顔で敬礼した。足元には呻き声を上げる護衛たちが転がっている。全員、生きているからセーフだ。たぶん。

 

俺は、壁際に追い詰められて震えているフレーゲルの前に立った。

 

「よう、フレーゲル。また会ったな。最近、骨の具合はどうだ」

 

「ひぃッ!ふ、ファルケンハイン!貴様、叔父上の許可は……」

 

「あるよ。その件については、さっき説明した。だがな」

 

足元を一度確認し、無言で一歩踏み込む。

 

「お前が俺の部下を不当に拘束した罪は別だ」

 

「ひっ……ま、待て。話せば分かる……」

 

「大丈夫だ。すぐ分かる」

 

鉄板入りの軍靴のつま先を、フレーゲルの脛に思い切り叩き込んだ。

 

ボキッ、と嫌な音がして、フレーゲルの顔がきれいに裏返る。次の瞬間、腹の底から絞り出したような悲鳴が営倉前の通路に響いた。

 

「ぎゃああああああああ!!あああああああああ!!」

 

うるさい。音量だけは立派だ。

 

「おっと、手元が狂った。だがまあ、右だけ折れているとバランスが悪いな」

 

俺が首を傾げると、横にいたラインハルトが、なぜか楽しそうに口を開いた。

 

「閣下。反対の足も処理した方がよい。均整は大事だ」

 

「採用」

 

「やめろおおおおおお!!」

 

悲鳴は聞かなかったことにして、俺は左足にも同じ一撃をくれてやった。今度は、さっきより少し控えめに、膝下の安全なあたりを狙う。情け深さには定評のある俺である。

 

ボキュッ。

 

「ぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!」

 

フレーゲルが、変な声を出して崩れ落ちた。人間、痛みが限界を超えると、語尾が母音ではなくノイズになるらしい。一つ勉強になった。

 

「ふむ。これで二本。あと四本くらい折っておくか。ついでだしな」

 

「四本……?」

 

ロイエンタールが、こめかみに手を当てた。

 

「閣下、まさか両腕も?」

 

「いや、指でもいいかもしれん。どの指がいい?」

 

「どれでもよいが、書類にサインさせる必要があるなら、利き腕の親指は残しておくべきだな」

 

ラインハルトが、さらっと怖いことを言う。キルヒアイスがあわてて口を挟んだ。

 

「お二人とも、少し落ち着いてください。閣下、公爵の縁者ですから、外観だけは残した方が……」

 

「そうだな。顔はやめておこう。あとで公爵に『誰だお前は』と言われても困る」

 

フレーゲルの右手をつかみ、軽く捻った。関節が嫌な角度に曲がる。派手に折る必要はない。箸が持てない程度で十分だ。

 

「ぎゃああああ!!ゆ、指が、指がああああ!!」

 

「安心しろ。一本残しておいてやる。署名はできる」

 

「それで十分に鬼だと思いますが」

 

ロイエンタールのツッコミは華麗にスルーした。こいつ、最近俺に遠慮がなくなってきたな。成長だ。

 

「さて、と。遊びはこのくらいにしておこう。ミッターマイヤーのところへ行くぞ」

 

営倉の扉前には、まだ震えている衛兵が一人残っていた。さっきの騒ぎで腰を抜かしたのだろう。俺はしゃがみ込み、その目線に合わせて問いかける。

 

「おい。合言葉は?」

 

「は、はひ……?」

 

「冗談だ。鍵を開けろ。今すぐだ。ミッターマイヤー准将は釈放する」

 

「は、はいぃ!」

 

衛兵が半泣きで鍵を差し込む。ガチャリと錠が外れる音が、妙に爽快に響いた。

 

重い鉄扉が開くと、狭い房の中で、金髪の青年が立ち上がった。手枷はかけられているが、姿勢はまっすぐだ。荒んだ空気の中に、妙な清潔感がある。これがうちの疾風ウォルフである。

 

「……閣下」

 

ミッターマイヤーが、驚きと安堵が混ざった顔でこちらを見た。

 

「よう。人気者だな、お前。ブラウンシュヴァイク派にモテモテじゃないか」

 

「不本意な人気です。ご足労をおかけしました」

 

「謝る相手が違う。まずロイエンタールに言え。お前がいない間、仕事が増えて泣いていた」

 

「泣いてはいません」

 

ロイエンタールが即座に否定した。ミッターマイヤーが、申し訳なさそうに笑う。

 

「すまない、ロイエンタール」

 

「次に俺だ」

 

房の中に一歩入り、手枷を外させると、ミッターマイヤーの胸ぐらを軽くつかんだ。

 

「勝手に死にかけるな。死にたくなったら、一度俺に申請しろ。書類審査の結果次第で却下する」

 

「……はい。以後、気をつけます」

 

真面目に返事をされると、逆にこっちが照れる。こういうところが、ミッターマイヤーのタチの悪いところだ。

 

「それとだな。俺の真似をするのはいいが、俺の欠点までコピーするな。貴族の縁者を撃つ時は、事前に保険をかけろ。今回は俺が公爵を脅して保険を上書きしておいたが、毎回できるとは限らん」

 

「……公爵を、脅したのですか」

 

ミッターマイヤーの顔から血の気が引いた。ロイエンタールが、ため息をつく。

 

「算数の授業をしただけだ」

 

「その算数が、帝国の勢力図を塗り替える内容なので問題なのでしょう」

 

ラインハルトが、くつくつと笑う。

 

「まあいい。これでお前は晴れて自由だ。『貴族殺し』の汚名も消えた。……ただし」

 

そこまで言って、俺は房の外で転がっているフレーゲルを顎で示した。

 

「二度と捕まるな。次に営倉に入る時は、あいつと同じ側に入ることになるぞ。骨の本数が減るコースだ」

 

「肝に銘じます」

 

本気の顔で答えるな。冗談半分くらいに受け取ってほしい。

 

ミッターマイヤーが営倉から出てくると、キルヒアイスが手早く軍服の乱れを直した。その横で、ラインハルトが腕を組んで言う。

 

「疾風ウォルフ。貴様がいない間、ファルケンハインが随分と張り切っていたぞ」

 

「閣下は、いつでも張り切っておられますが」

 

「最近、ツッコミの矛先が俺に集中していないか?」

 

ぼやく俺に、ロイエンタールが淡々と告げた。

 

「それは、閣下の言動が平均から乖離しているからです」

 

「平均値に合わせるつもりはない。俺は俺の楽な生き方を追求する」

 

「楽な生き方を掲げながら、最前線で貴族の骨を折り、部下を救出し、自ら派閥の将来を計算する男が、どこに」

 

ロイエンタールの皮肉に、ミッターマイヤーがくすりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン閣下!この命、貴方様に捧げます!」

 

「我が忠誠は、永遠に閣下のものです。我らが王よ」

 

おおっと。なんか急に重たい単語が飛び出したぞ。「王」って誰のことかな?俺だよな?今、俺の方見て言ったよな?聞き間違いじゃないよな?

 

司令部の空気が、一瞬で厳粛なものに変わる。周囲にいた士官や兵士たちも、反射的に姿勢を正した。誰だ、ここに教会建てたのは。さっきまで「ブラスター持ってる?」「持ってるー」みたいなノリでフレーゲルをボコっていた空間とは思えない。

………………待て?

 

俺は手を挙げて、ふたりを制した。

 

「ちょっと待て」

 

「は?」

 

シンクロで返事が返ってくる。やっぱりリハーサルしたな、お前ら。

 

「え、お前ら。今までは捧げてなかったの?」

 

「えっ」

 

ふたりの顔から、一気に色が抜けた。いや、なんでそこで驚くんだ。こっちが驚きたい。

 

「いやさ。俺なりにさ、お前らに結構目をかけてきたつもりなんだが?」

 

指を折りながら、いちいち数え上げる。

 

「給料上げたり」

 

一本。

 

「結婚させたり」

 

二本。ロイエンタールが微妙な顔になった。そこは触れるなという顔だが、知らん。こいつはこいつで複雑だからな。

 

「出世させたり」

 

三本。ミッターマイヤーが耳まで赤くなる。そこは照れるところじゃない。

 

「それからなんだ。変な上官から守ったり、余計な戦場仕事から外してやったり。ラインハルトの無茶振りを止めるクッション役を買って出たり。いろいろやってきたよな?」

 

「はい……」

 

「否定はできませんな」

 

ふたりとも、声が小さい。

 

「で、今なんだ?今さら『命捧げます!』『永遠の忠誠!』?逆に聞きたい。今までは

『上司だから従ってただけ』みたいな感覚だったってことか?」

 

静寂。誰も何も言わない。視線だけが泳ぐ。あ、これは図星だな。

 

額に手を当てた。

 

「嘘だろお前ら……俺、そんなに信用がなかった?」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

ミッターマイヤーが慌てて口を開きかけるが、言葉が続かない。ロイエンタールも珍しく視線を逸らしている。おい、そこは「最初から命を預けていました」とか、適当にでも言うところだろう。空気を読め、エリートども。

そこへ、背後から軽い笑い声が響いた。

 

「ふふっ……あはははは!」

 

アナだ。振り向けば、いつの間にか背後の柱にもたれてこちらを見ていた。口元を押さえて笑いを堪えようとしているが、全然堪えられていない。

 

「アナ。笑いすぎだ」

 

「失礼いたしました、アル様。ですが……皆様、とても正直でいらっしゃるので」

 

そこへ、さらに追い打ちをかけるように、金髪のツンデレが肩を震わせた。

 

「くくっ……はははは!傑作だ!」

 

ラインハルトだ。お前、そういうの笑うキャラだっけ?真面目な顔して腹黒い方じゃなかったか?

 

「ふふふ……」

 

キルヒアイスまで目を細めている。お前は笑う時も優等生か。

 

「おい!何笑ってるんだ!!」

 

抗議の声を上げた。

 

「ラインハルト!キルヒアイスまで!お前らもだぞ!まさか、お前らも『まだ捧げてない』とか言わないよな!?」

 

ラインハルトは、わざとらしく顎に手を当てて考えるフリをした。

 

「さあ、どうかな?」

 

「おい」

 

「せいぜい精進することだ、閣下」

 

にやりと笑う金髪。あー、はいはい、そういうムーブね。お前、最近俺の扱いが雑になってないか?

 

「この野郎……!全員、減給だ!減給!!」

 

俺の宣言に、室内の空気が一瞬ピシリと固まった。次の瞬間――

 

「え、マジで!?」

 

「それは困ります」

 

「給料は死活問題です」

 

冗談のつもりだったのに、全員の反応が妙に真剣だ。俺の胸が、地味にえぐられる。

 

「お前らさぁ……命捧げるより先に、財布を守るのやめない?」

 

「命を捧げるのと、生活費を確保するのは両立する概念です」

 

ロイエンタールが即答した。さすが現実主義者。

 

「閣下。忠誠と労働契約は別枠ですから」

 

ミッターマイヤーまで真顔で補足してくる。やめろ、その社会人みたいな正論。

 

「アル様、減給は冗談でも口にしない方がよろしいかと。皆様、本気で動揺しています」

 

アナが小声で耳打ちしてきた。確かに、さっきまで死ぬ覚悟を決めていた男が、今は俸給表の数字の心配をしている。人間の順応力とは恐ろしい。

 

「……分かったよ。減給は取り消す。その代わり、忠誠は前払いで受け取っておくからな」

 

俺がそう言うと、室内にほっとした空気が流れた。なんだこの司令官と部下の会話。戦場の真っ只中とは思えん。

ミッターマイヤーが改めて膝をつき、今度はもう少し落ち着いた声で言う。

 

「閣下。正直に申し上げれば、今までは『この上官なら信頼できる』『ついていけば間違いない』と、そう思っておりました。ですが――」

 

「ですが?」

 

「今日、私のために、公爵に喧嘩を売ってまで守ってくださった。その瞬間に、『命を賭けてもいい』と、本気で思いました」

 

横でロイエンタールも頷く。

 

「同感だ。俺は最初から、閣下に賭けるつもりで仕えていたつもりだが……今日の一件で、『ああ、本当にこの男は、自分の腹を切る覚悟で動くのだな』と理解した」

 

「腹は切らん。切る前に逃げる」

 

「そこがまた、実に閣下らしい」

 

ロイエンタールが口元だけで笑う。こいつは本当に、いつもいいところで茶々を入れてくる。

 

「閣下が自分の利益を計算していることも、我々は理解しています。ですが、その『計算』に、必ず部下の命と将来が含まれている。だからこそ、今ここで改めて言わせてください」

 

ミッターマイヤーはそう言って、胸を張った。

 

「この命、貴方様に捧げます」

 

「我が忠誠は、永遠に閣下のものだ」

 

さっきと同じ言葉なのに、今度は少しだけ、すっと胸に入ってきた気がする。くそ、やられたな。こういうのに弱いんだよ、俺は。

 

「……仕方ないな」

 

わざとらしく肩をすくめてみせる。

 

「そこまで言うなら、ちゃんと面倒見てやるよ。定年までな」

 

「定年、ですか」

 

「当たり前だろ。俺は楽して贅沢して寿命まで生きたいんだ。優秀な部下に逃げられたら計画が狂う」

 

「やはり打算では」

 

ロイエンタールが呟いたが、その声にはどこか満足そうな色が混じっていた。

ラインハルトが、腕を組んでこちらを見る。

 

「ふん。貴様も、ようやく『人の上に立つ顔』をするようになったな、ファルケンハイン」

 

「お、褒めた?」

 

「半分な」

 

「残り半分は?」

 

「俺の野心を手伝うには、まだ足りないという意味だ」

 

ああ、そう来るか。こいつの野心は、宇宙サイズだからな。そこに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。

 

「まあいい。お前の忠誠はいらん」

 

「誰が捧げると言った」

 

「やかましい」

 

俺とラインハルトの口喧嘩に、周囲から笑いが漏れた。キルヒアイスは相変わらず苦笑しながらも、どこか楽しそうだ。

アナが一歩前に出て、わずかに裾をつまんで会釈する。

 

「アル様。クロプシュトック討伐戦は、これにて一区切りですわね」

 

「ああ。宇宙戦も地上戦も、裁判も処刑も救出劇も、一通り済んだ。俺としては、もう寝たい」

 

「では、このあとすぐにでも休んでいただきませんと。さもないと、またぶっ倒れますよ」

 

「そうだな。……その前に、今回の功績を整理して、報告書を書いて、それから……」

 

仕事の山を思い浮かべて、思わず頭を抱える。そうだ。俺、司令官だった。現場で暴れている時間より、書類を書く時間の方が長い職業だった。

 

「アル様。報告書は後で一緒に片付けましょう。今は、勝利を噛みしめる時間です」

 

アナが柔らかく微笑む。その顔を見ていると、不思議と「まあ、いっか」という気持ちになってくるから怖い。

 

「……そうだな」

 

全員をぐるりと見渡した。

 

「よし。クロプシュトック討伐戦、これにて閉幕」

 

俺がそう言うと、自然と拍手が起こった。誰かが「万歳」を叫びかけて、途中でやめた。たぶん誰かが肘で止めたのだろう。うちの部隊は、そういうところだけ空気が読める。

 

忠誠という名の重い首輪も、こうやって笑いながらつけてくれるなら、そんなに悪いものでもない。

 

いつか本当に「王」と呼ばれる日が来るのかどうかは知らないが――その時までには、もうちょっと部下たちからの好感度と忠誠度を稼いでおくとしよう。

 

楽して贅沢するために。もちろんそれが、一番大事だ。




今回の章は、私自身も非常に思い入れの強い回になりました。
アルとミッターマイヤー、ロイエンタールの関係が
仲の良い部隊から一段階進み、
命を預けられる主従へと変化していく
その瞬間を描くことができたと思っています。

もしよければ、読後の率直な感想をいただけると嬉しいです。

アルの政治戦はどう映ったか

ミッターマイヤー救出劇の緊張感

忠誠宣言シーンは胸に刺さったか

ラストのギャグ落ちは必要だったか

もっと読みたいと思ったかどうか

皆様の声が、今後の派閥物語をさらに深める力になります。

この物語はどこまで続けますか?

  • 原作開始(アスターテ)まで
  • リップシュタット戦役まで
  • 宇宙統一まで
  • 原作終了まで
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