銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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本章では、アルブレヒトの元帥としての初仕事と、
金髪の若獅子ラインハルトの巣立ちが描かれます。

政治・軍事・情・ギャグの全部盛りですので、
肩の力を抜いてお楽しみください。

なお、執務室の床に散らばる「予算表の破片」は、
作者の心の比喩ではなく、作品世界の現実です。


銀河帝国ファルケンハイン元帥府 ―俗物と呼ばれた男が、気づけば銀河最強の兄貴分になっていた件―

帝都オーディンの軍務省前は、いつになく騒がしい。

 

叙任式はもう終わり、あとはそれぞれの部署へ散っていくだけの時間帯だ。

 

俺は、その玄関前の石段に立って、行き交う制服の波をぼんやり眺めていた。肩には、見慣れない金色の飾緒。胸には、やたら増えた勲章。軍服は痒いし重いが、それでもこれは「帝国元帥」の制服だ。やっと手に入れた肩書きにしては、感動が思ったより薄い。

 

……というか、感動に浸る暇を、誰も俺にくれない。

 

さっきから、「ファルケンハイン元帥閣下、本日はご昇進おめでとうございます」「今後ともご指導のほど」だの、同じテンプレ台詞を微妙に順番だけ変えた連中が、何度も何度も湧いてくる。知らない将官、顔だけ知ってる貴族、どこからか嗅ぎつけたロビー活動マニア。

 

俺の社交ポイントは、すでにマイナス圏に突入していた。

笑顔を貼り付けた頬は筋肉痛だし、アナはそのたびに後ろから俺のネクタイを直したり、「あの方は●●伯です」とか小声で耳打ちしてくれたり、完全に介護スタッフだ。

 

そんな喧噪から、少し離れた場所で。

金髪の背中が一つ、まっすぐ立っていた。

 

ラインハルトだ。

 

あいつは中将、キルヒアイスは少将に昇進し、一個艦隊を任されることになった。その足で「ファルケンハイン艦隊からの転属願」を出し、マインホフあたりが「これは対ファルケンハインの切り札になる」とか考えたのか、即座に受理した。

俺の知らないところで勝手に、「ファルケンハインの対抗馬を育てるプロジェクト」が動いているわけだ。

 

いいだろう。育ててみろ。

どうせそのうち、また俺のところに戻ってくる。

 

そんなことを考えながら、俺は「出て行く背中」を眺めていた。

妙にしんみりした気分になった自分に、内心で舌打ちする。情が移りすぎだ。

 

その時、金髪の背中が、不意に口を開いた。

 

「……世話になった。俗物」

 

いきなりそれか。

 

こっちを向きもしないで、真正面の空に向かって言い放つ。

感謝と悪口を一文字も間違えず同時に投げつけてくるあたり、本当にブレがない。

 

「おい。礼と罵倒を同時に言うな。器用すぎるだろ」

 

思わず即ツッコミを入れると、横で見守っていたキルヒアイスが、苦笑を浮かべた。

 

「閣下、お許しください。ラインハルト様なりの、最大限の感謝なのです」

 

「いや、感謝部分が少なすぎる。『俗物だが世話になった』くらいにしてくれ。順番の問題だ」

 

口ではそう言いながら、俺は内心でうんうんとうなずいていた。

あいつらしいと言えばあいつらしい。最後に素直になりかけて、やっぱり毒を混ぜる。その妙な律義さは嫌いじゃない。

 

……ただし、美形補正で様になるのがムカつく。

 

軍務省の階段は、朝日に照らされて白く光っている。

その上に立つ、金髪の美少年中将と、赤毛の副官。

第三者が見たら、どう見ても「新進気鋭の若き英雄コンビの旅立ち」だ。

端っこで腕を組んでいる帝国元帥は、明らかに保護者枠である。ややこしい年齢差の兄。

 

「まあ、何にせよ、当分は俺に追いつけないけどな。俺、もう元帥だし」

 

嫌味半分、冗談半分でそう言ってやると、ラインハルトが少しだけ振り向いた。

金の前髪がさらっと揺れる。

 

「……ふん。階段を二段飛ばしで登ろうとして転げ落ちた俗物に、追いつく必要はない」

 

「誰が転げ落ちたと言った。俺は優雅にエレベーターで来たんだよ」

 

「エレベーターで来たなら、なおさら尊敬する価値はないな」

 

この減らず口。

最後の最後まで、実に可愛げがない。

 

肩をすくめた。

 

「とりあえずだ。お前のことは、生意気な弟みたいに思ってたからな。ちょっと寂しくなる」

 

言った瞬間、ラインハルトの目が見開かれた。

目の前で重力方向が九十度ねじ曲がったかのような顔だ。

 

「……弟? 貴様のような俗物の兄を持った覚えはない。気持ち悪いことを言うな」

 

「なんだと。そこまで全力で拒否される筋合いはないぞ。こっちは兄貴らしく、ちょっとだけ優しいことを言ってやったのに」

 

「やめろ。二度と言うな」

 

言いながら、ほんの少し耳が赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。

ああ、やっぱりツンデレだ。俺の観察眼に狂いはない。

 

「はいはい。じゃあ『いとこ』くらいに格下げしてやるよ」

 

「血縁を捏造するな!」

 

後ろでキルヒアイスが、困ったように、それでいてどこか嬉しそうに微笑んでいる。

こいつは本当に、ラインハルトのすべてを肯定する生き物だ。よく精神が保つな、と純粋に感心する。

 

「……行けよ」

 

金髪の背中に向かって、軽く顎をしゃくった。

 

「お前はお前で、自分の戦場を作れ。俺はそのうち、別の戦場で、好き勝手やってる」

 

「命令口調だな」

 

「元帥命令だ。従え」

 

短い沈黙の後、ラインハルトの肩が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「命令なら、従っておいてやる」

 

そう言うと、くるりと背を向けて歩き出す。

ブーツの音が石段に軽く響き、金髪が風に揺れた。

 

その背中を見送りながら、ふっと息を吐く。

 

その時だ。

背中越しに、風に紛れるような小さな声が聞こえた。

 

「……またな、兄上」

 

反射的に肩が跳ねた。

 

「おい待て今なんて言った!? 今、聞き捨てならん単語が混じってなかったか!?」

 

振り返った頃には、もう遅い。

ラインハルトは足早に石段を降りていき、キルヒアイスも慌ててその後を追っていた。二人とも、耳の先まで真っ赤だ。

キルヒアイスだけが振り返って、ぺこりと頭を下げる。

 

……くそ。最後の最後で、妙なカウンターパンチを入れてきやがった。

 

「ふん。覚えてろよ。次に会った時、絶対に本人の目の前で『弟』呼びしてやるからな」

 

そんな俺の独り言を聞いていたのかいないのか、金髪の背中は、すぐに群衆に紛れて見えなくなった。

 

せっかくだから、餞別くらいは豪勢にしてやるか。

 

そう考え、中庭の方へ視線を向けた。

そこには、式典帰りの士官たちが、三々五々集まって雑談している。

 

銀縁のメガネをかけた、妙に穏やかな雰囲気の男。

書類を抱えて忙しそうに歩く、参謀志望の秀才顔。

 

……丁度いい。

 

「おい、メックリンガー。ちょっと来い」

 

長身の少佐が、髭を撫でながら首をかしげた。

 

「はい、元帥閣下。ご用件は」

 

「今、あの金髪が見えただろ。ラインハルト・フォン・ミューゼル中将。あいつのところに行け」

 

「は?」

 

「お前の芸術的感性と、あいつの野心は相性が悪くない。どうせ前線に出たら、隙間時間もある。音楽談義でもしながら戦争してこい」

 

「音楽談義をしながら、ですか」

 

「そうだ。戦争ばかりしていると心がカサカサになる。お前がそばにいれば、多少は保湿される」

 

メックリンガーは、一瞬呆けた顔をしたあとで、苦笑した。

 

「……了解しました。閣下のご期待に添えるよう努めます」

 

その横で、男が腕を組んでいる。

 

「ワーレン。お前もだ」

 

「え、俺も行くんですか」

 

「お前は、殴るのに便利そうだからな。調子に乗った部下がいたら、遠慮なくぶん殴れ。あいつの艦隊は、そのくらい荒っぽい方がバランスがいい」

 

「殴ること前提なのはどうかと思うんですが」

 

「愛のムチだ。ついでに、時々あいつ本人の頭も小突いておけ。すぐ調子に乗るからな」

 

「元帥自らそんな指示を」

 

呆れ声のくせに、ワーレンの口元は楽しそうだ。

 

さらに俺は、通りかかった参謀候補を捕まえた。

 

「お前は……名前なんだっけ」

 

「こ、こちらに名刺が」

 

アナがすっと差し出してきたメモを横目で確認する。

 

「そうそう、その名前。お前のバランス感覚なら、金髪の暴走にもついていける。ラインハルト艦隊行き」

 

「えっ、私もですか」

 

「行け。向こうで悩み相談役でもやってこい。あいつ、自分の感情の処理が雑だからな」

 

次々と「将来有望」と書いた札を心の中で貼り付けて、ラインハルト行きコンベアに乗せていく作業は、やっていて意外と楽しい。

新居に向かう若夫婦の引っ越しトラックに、家電や家具を勝手に積み込んでいる親戚のおばちゃんの気分に近い。

 

「……ビッテンフェルトは、どうされます?」

 

いつの間にか隣に来ていたアナが、呆れ半分で尋ねてきた。

両腕には、さっきの人事書類の束。完全に秘書兼家宰モードだ。

 

「あいつか……」

 

脳裏に、髪を振り乱して「突撃だああああ!」と叫ぶ、移動式拡声器の顔が浮かぶ。

あれを手元に置き続けると、俺の鼓膜と神経の寿命が確実に縮む。

 

「……ラインハルト行きだな」

 

「ひどい判断があっさり出ました」

 

「うるさいのは若い金髪の方で処理してもらう。あいつの方が耐性がある」

 

「アル様、世話を焼きすぎです。そろそろ一人暮らしを始める息子に、家電一式抱えさせて送り出すお母様のようですよ」

 

「誰が母親だ。俺は兄だと言ったはずだ」

 

「少なくとも、今の行動は完全に『お母様』です。これは電子レンジ、これは炊飯器、こっちはついでに空気清浄機、というノリで、『艦隊司令官』『文化担当』までフルセットでつけているのですから」

 

「フル装備で送り出して何が悪い。あいつはな、放っておくと戦争以外のところで困るタイプなんだよ。礼儀とか、交渉とか、人付き合いとか、あと睡眠」

 

「最後のは、もう完全に健康指導です」

 

アナが小さく笑う。

 

「いいだろ。こっちは一応、兄としての情がある」

 

「先ほど、ご本人から全力で否定されていましたよね、その兄設定」

 

「細かいことを言うな。本人がどう思っていようと、俺の中では弟だ」

 

言い張る俺を見て、アナはふと真面目な顔になる。

 

「……まあ、アル様がそう思える相手が増えるのは、悪くありません。あの金髪の若造は、将来、必ずアル様の前に立つ存在になります」

 

「そうだな。だからこそ、きちんと育てておかないと」

 

「さきほど『勝手に戻ってくる』と仰っていましたけれど」

 

「戻ってこなかったら、その時はその時だ。敵でも味方でも、あいつなら退屈はしない」

 

俺は、遠ざかっていったばかりの背中の方向に、もう一度だけ視線を向けた。

 

「――まあ、当分は俺が銀河最強の俗物元帥だけどな」

 

「その肩書き、ご自分で名乗るのはやめてください。風評に悪影響が出ます」

 

アナに冷静にたしなめられ、俺は苦笑した。

 

「……まあ、元帥としては、出入りの激しい家を持つ覚悟くらいはしておくか」

 

「家ではなく戦場です」

 

アナの冷静なツッコミを背中で聞きながら、俺は最後にもう一度だけ、ラインハルトたちの背中へ向かって手を振った。

 

「おい金髪!困ったら帰ってこい!お兄様が全部なんとかしてやるからな!」

 

「今のは完全に自覚犯ですね」

 

アナのため息が、春先の風より冷静な温度で、俺の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

帝都オーディン、軍務省別棟の一番上。そこに新設されたのが、俺の元帥府だ。

 

名前だけ聞くと、由緒正しいお貴族様のサロンみたいに聞こえるが、実態は「戦争と事務仕事と胃痛」が全部押し寄せてくる総合窓口だ。玄関ホールからして無駄に広い。大理石の床、金ピカの柱、壁には歴代元帥の肖像画がずらり。最後の一枚だけ、まだ空白になっていて、そこにそのうち俺の顔が掛けられる予定らしい。

 

……正直、嫌な予感しかしない。

 

「よし、感傷モード終了。ここからは権力者モードだ」

 

俺は自分の頬をぺちんと叩き、視線を前に向けた。

 

大広間には、ずらりと提督たちが並んでいる。銀色や黒の軍服、階級章の光、勲章のジャラジャラ具合。軍楽隊でも演奏を始めそうな雰囲気だが、残念ながら音楽は流れていない。予算の都合でカットされている。

 

壇上中央には、元帥用のやたら豪華な椅子が置かれていて、その横には同じくらい豪華な席がもう一つ。アナが「副司令官席」として用意したらしい。俺が座る椅子より、背もたれの彫刻が僅かに凝っているのは気のせいではない。

 

「……微妙に俺より豪華じゃないか、それ」

 

小声で突っ込んだが、アナは涼しい顔で書類を片手に立っているだけだった。完璧に仕事モードだ。俺の不満は、きれいさっぱり無視されている。

 

「では、始めましょう、アル様。『元帥府開庁式』です」

 

「はいはい」

 

立ち上がり、目の前に並ぶ顔ぶれを見渡した。

 

ケンプ、ロイエンタール、ミッターマイヤー、レンネンカンプ、ケスラー。

 

その後ろには、各艦隊参謀、連絡将校、事務屋たちが控えている。壮観と言えば壮観だが、こいつら全員の給料と弾薬費と艦の維持費が、最終的に俺の財布を直撃すると考えると、壮絶なため息が出そうになる。

 

「諸君!」

 

できるだけ元帥らしい威厳のある声を意識してみたが、喉の奥がくすぐったい。自分でしゃべりながら鳥肌が立つ。

 

「本日をもって、ファルケンハイン元帥府を正式に発足させる。帝国軍の一部にして、帝国軍でない。軍務省の指揮下にあり、軍務省の言うことをあまり聞かない。そういう、実に便利で、実に扱いづらい組織だ」

 

前列のミッターマイヤーが、こらえきれずに口元を引きつらせた。ロイエンタールは目だけで「また妙なことを言い始めた」という表情を寄越してくる。

 

「まずは、俺の直属艦隊からだ」

 

手元のホログラムを操作し、空中に編成図を表示させた。淡い光のラインが、艦隊の規模と配置を示している。

 

「元帥直属艦隊、総数一万五千隻。司令官は当然、この俺。旗艦は超戦艦《ロンゴミニアド》説明不要のバケモノ艦だ。文句がある者は、後で外に出ろ。AI『アナ』付きだ」

 

ホールのどこかで、軽いどよめきが起きた。

ロンゴミニアドを知っている者は、生暖かい笑いを浮かべ、初めて聞く者は「そんな化け物、本当に動くのか」と不安げな顔になる。どちらも正しい。

 

アナが一歩前に出る。

 

「副司令官、アナスタシア・ヴァン・ホーテン上級大将。旗艦《ブリトマート》先日までのアル様の愛艦を譲り受けました。以後、遠慮なく酷使します」

 

「おい、最後の一言いらなかっただろ」

 

「いえ、重要事項です」

 

ブリトマートは、ロンゴミニアドの前任旗艦だ。武装も装甲も十分な名艦で、俺と共に数々の無茶な作戦を潜り抜けてきた。

それをアナに譲ったのはいい。問題は、そのアナが本気を出した時、艦より怖い存在になるという事実だけだ。

 

「それから、副官はナイトハルト・ミュラー大佐。ロンゴミニアドの操舵と艦隊運用の両方を任せる。ミュラー、何か言っておけ」

 

ミュラーが一歩前へ進み、きっちりした敬礼をする。

 

「身に余る光栄です、閣下。艦と共に沈めと命じられれば、喜んでご一緒します」

 

「沈ませる気はない。高いんだからな、あの艦」

 

俺が即座に否定すると、後ろの方から「そこか」という空気が伝わってきた。

違う、命もちゃんと心配している。順番の問題だ。

 

「続いて、各独立艦隊」

 

ホログラムが切り替わり、それぞれの艦隊編成が表示される。

 

「ケンプ艦隊、一万二千隻。司令官、カール・グスタフ・ケンプ大将。旗艦《ヨーツンハイム》」

 

ケンプが前に出て、教本に載せたいくらい模範的な敬礼を決める。

相変わらず真面目で、融通が利きそうな顔つきなのに、実際には全然利かない男だ。

 

「閣下のご信任、光栄の至り。全力で敵を撃滅し、味方の損害を最小限に抑えるよう努めます」

 

「よろしい。できれば、俺の心労も最小限に抑えてくれ」

 

「それは……検討課題といたします」

 

若干の間の後に返ってきた答えに、ホールの空気が少しだけ緩む。

 

「ロイエンタール艦隊、一万二千隻。司令官、オスカー・フォン・ロイエンタール中将。旗艦《トリスタン》」

 

軽く口角を上げて前へ進んだ。

 

「閣下。お預かりした以上は、華やかに勝って、印象的な問題をいくつか提供して差し上げましょう」

 

「後半のサービスはいらん。せめて『こぢんまりと』問題を起こせ」

 

「それは私の美学に反します」

 

ロイエンタールは、まるで悪びれない。

そういうところが、実に頼もしく、同時に見事に頭痛の種だ。

 

「ミッターマイヤー艦隊、一万二千隻。司令官、ヴォルフガング・ミッターマイヤー中将。旗艦《ベイオウルフ》」

 

疾風の狼が、勢いよく一歩前に出る。

靴音が妙に爽やかだ。本人の性格そのものが響いているのだろう。

 

「閣下!閣下のお名前を輝かせるため、どんな敵でも、最速で叩き潰して参ります!」

 

「光の速度は越えるな。物理が泣く」

 

「はい、物理の先生に怒られない範囲で全力を尽くします!」

 

返事の声も元気いっぱいだ。

 

「レンネンカンプ艦隊、一万二千隻。司令官、ヘルムート・レンネンカンプ中将。旗艦《ガルガファルムル》」

 

思い詰めた目をした参謀肌の男が、静かに一歩前へ。

 

「閣下の作戦意図に基づき、確実な戦果を積み重ね、数値としてお示しします」

 

「頼もしいな。俺の財布が、その数値を見るたび泣かない結果だと助かる」

 

「維持費のグラフだけは……なかなか」

 

そこで言葉を濁したあたり、この男も現実の重さは理解している。

 

「ケスラー艦隊、一万二千隻。司令官、ウルリッヒ・ケスラー中将。旗艦《フォルセティ》」

 

ケスラーは、他の誰よりも簡潔な敬礼をしてみせた。

 

「治安維持と後方警備はお任せください。閣下の『前向き過ぎる艦隊』が前線で暴れておられる間、帝都と背後を静かに守っておきます」

 

「その言い方だと、俺が問題児だけ連れて遠足に行く怖い先生みたいになるからやめろ」

 

こいつも、時々じわじわ来る毒を吐く。

 

「最後に、陸戦隊の話」

 

俺がそう言うと、後方で控えていた、ごつい巨体が一歩前に出た。

ヘルマン・フォン・リューネブルク。装甲擲弾兵総監、地上戦の責任者だ。

 

「装甲擲弾兵総監、ヘルマン・フォン・リューネブルク大将。元帥がお望みとあらば、どこの惑星でも、どれほど堅固な要塞でも、全力で突破してみせます」

 

「もう少し柔らかい表現はないのか。『平和維持のための限定的介入』とか」

 

「結果としてはあまり変わりませんので」

 

一切悪びれない笑顔が、逆に清々しい。

こいつはこいつで、取り扱い説明書を厚めに作っておきたいタイプだ。

 

「――以上が、新生ファルケンハイン元帥府の陣容」

 

胸を張って宣言した。

ホールに、一斉に靴音が響き、敬礼の動作が波のように広がっていく。

見た目だけなら、帝国軍の宣伝ポスターにそのまま使えそうな光景だ。

 

ここまでは、とても華々しい。

問題は、この後である。

 

式がひと段落し、立ちっぱなしだった提督たちを一旦下がらせたタイミングで、アナがすっと横に寄ってきた。

端末を抱え、いかにも「これから残酷な真実を読み上げます」という顔になっている。

 

嫌な予感しかしない。

 

「アル様。少し、お時間をいただけますか」

 

「その前振りをやめろ。心が削れる」

 

「心が削れようと、数字は削れません」

 

きっぱりと言い切るあたり、本当に容赦がない。

 

アナは端末を操作し、今度は編成図ではなく、数字だらけのホログラムを浮かび上がらせた。

そこには、艦隊運用に必要な燃料費、弾薬費、整備費、人件費、そのほか「雑費」とだけ書かれている謎の費用まで、細かく項目が並んでいる。

 

「まず、元帥直属艦隊一万五千隻の年間維持費ですが――」

 

口から出てきた数字を聞いた瞬間、頭の中で何かがバチッと切れた。

 

「……ちょっと待て。今の桁、本当に合っているか?」

 

「はい。ゼロの数は三回確認しました」

 

「確認するな。減らせ」

 

「減りません。これでも、かなり抑えてあります」

 

かなり抑えてそれか。

宇宙は広いが、そんな「控えめな額」の惑星は存在しない。

 

「次に、各独立艦隊、一万二千隻が四つ。それぞれの維持費が――」

 

「もういい、続けるな。今、俺の寿命が、一文字ごとに抜けていく感覚がしている」

 

「それを自覚していただくのが元帥のお仕事です」

 

アナは容赦なく読み上げ続けた。

ホログラムの上に、総額を示す数字が表示され、さらにそこに「装甲擲弾兵総監部」の維持費が上乗せされていく。

 

そして、最終的な合計が、ホールの空中に巨大な数字として浮かんだ。

 

俺は、そのゼロの行列をしばらく無言で眺めた。

 

「……アナ。ひとつ聞いていいか」

 

「どうぞ」

 

「今ここに浮かんでいる数字を、人類共通語で言い換えると?」

 

アナは即答した。

 

「『とんでもない額』です」

 

「だよな!」

 

思わず叫んだ俺に、アナが珍しく口元だけ緩めた。

周囲で聞き耳を立てていたケンプたちが、何とも言えない顔で視線をそらす。

 

「なお、この合計のうち、軍務省が負担するのは――」

 

アナが端末に指を滑らせると、金額が真ん中で二色に分かれた。

片方が「軍務省負担」、もう片方が「ファルケンハイン家負担」と表示される。

 

軍務省負担の方は、そこそこ頼もしい数字だ。

問題は、もう片方である。

 

「……ちょっと待て。どうして後者の方が大きい?」

 

「元帥府は『独立機動部隊』という扱いですので、自由裁量が大きい分、負担もそれなりに大きくなります」

 

「独立の代償、高すぎないか」

 

俺の悲鳴がホールに木霊した。

 

ミッターマイヤーがおずおずと手を挙げる。

 

「閣下。我々も、できるだけ節約を心掛けますが」

 

「お前は弾薬節約しようとして、敵艦に体当たりしそうだから却下。安全第一で戦え。修理費も高いんだ」

 

「理解しました!」

 

妙に元気な返事だ。

理解したなら、突撃の角度から見直してほしい。

 

ロイエンタールが腕を組んだまま、面白そうに口を開いた。

 

「いっそ、戦争を早めに片付けてしまうのが一番安上がりでは?短期決戦で。多少、墓標の数が増えるかもしれませんが」

 

「ほら出た。お前が『多少』と言う時は、たいてい桁がおかしいんだよ。戦費が減る代わりに、戦没者の数がグラフからはみ出すパターンだろ」

 

「勝利した後、統計はきれいに整理されます」

 

「墓場の真ん中で勝利宣言しても、祝杯を挙げる相手がいなくなるだけだ」

 

ロイエンタールは肩をすくめた。

 

「そこは、ホーテン閣下と二人で静かに――」

 

「それはそれで悪くないが、公の場で口にするな」

 

本音が漏れてしまい、アナにじとっとした視線を向けられる。

やばい。今のひと言で、何か追加の節約目標が設定された気がする。

 

ケスラーが控えめに口を挟む。

 

「閣下。治安維持の過程で、密輸組織や脱税商会を検挙すれば、多少の追徴金が期待できます」

 

「やめろケスラー。その発想を広めると、俺が完全に財務省の手先扱いだ」

 

「実際には、領主として健全な収入確保かと」

 

「だから言い方を考えろ」

 

レンネンカンプは、端末から目を離さないまま、真剣な顔で呟いた。

 

「……この規模の艦隊を維持できる領主は、帝国でも一握りです」

 

「全然慰めになってないぞ」

 

頭を抱えた。

 

数字が嫌いなわけではない。

戦略会議では、敵味方の戦力比、補給線の距離、作戦期間、損耗率を毎回計算する。

だが、自分の懐から出ていく数字となると、急に脳が拒否反応を起こす。

今、俺の心の中で、金貨の軍団が悲鳴を上げながら宇宙空間に吸い込まれていく映像が、延々とリピート再生されている。

 

アナが、淡々と追い打ちをかけた。

 

「なお、これは『平時運用』の想定です。実戦行動が増えますと、これに加えて――」

 

「ストップ!戦時の話は禁止!胃に穴が開く!」

 

「戦場こそ本業の方が、それをおっしゃいますか」

 

「本業と家計は別の問題だ!」

 

思わず机を叩くと、アナが少しだけ首を傾げた。

 

「では、ひとつ提案があります」

 

「ろくでもない予感しかしないが、聞くだけ聞く」

 

「アル様がこれまで通り、各戦線で華々しい勝利を重ねれば、勲章だけでなく、追加の領地や特別賞与、各種基金からの上乗せが見込めます」

 

「ふむ?」

 

「つまり」

 

アナはホログラムの数字を指先でつつきながら、さらっと言った。

 

「勝ち続ければ、費用は回収できます」

 

ホールの空気が、一瞬止まった。

 

次の瞬間、ミッターマイヤーがガッと拳を握る。

 

「理解しました!では、全力で突っ込めばいいのですね、閣下!」

 

「だから落ち着け!」

 

ロイエンタールも楽しそうだ。

 

「素晴らしい構図ですね。『勝利をやめた瞬間に破産する元帥府』。実にスリルがある」

 

「お前の趣味は本気で医者に相談した方がいい」

 

ケンプが、珍しく額に手を当てる。

 

「……つまり我々は、軍事的敗北だけでなく、予算上の敗北とも戦っている、と」

 

「そうだ。俺の財布が負けた瞬間、元帥府は崩壊する」

 

真顔で言い切った。

 

「諸君。我々の敵は、自由同盟軍だけじゃない。軍務省の削減要求と、燃料価格の高騰と、納税者の忍耐力、それから俺の財政だ」

 

ホールのあちこちから、乾いた笑いがもれた。

 

「よって、ここに宣言する」

 

胸を張り、できるだけそれらしく続けた。

 

「ファルケンハイン元帥府の存在理由は三つ。帝国の国益を守ること。領民の生活を守ること。そして――」

 

一拍置き、指を三本立てる。

 

「俺の財布を守ること」

 

あちこちで、こらえきれなかった笑いが一斉に爆発した。

ミッターマイヤーが腹を抱え、ロイエンタールが肩を震わせ、ケンプですら口元を押さえている。

ケスラーは咳払いで笑いをごまかし、レンネンカンプは「新しい評価項目が……」と真顔でメモを取っている。

リューネブルクだけは、「守るべき目標が明確で良い」と満足げだ。

 

アナが、呆れながらも口元だけはわずかに緩めた。

 

「……確かに、アル様らしい方針です」

 

「当然だ。金が尽きれば戦えない。それは歴史の鉄則だ」

 

「その鉄則を、ここまで俗っぽく言い換えられる方も、そう多くありません」

 

毒舌のはずなのに、妙に優しい響きに聞こえる。

多分、俺の耳が疲れている。

 

俺は両腕を広げ、改めて宣言した。

 

「というわけで諸君!働け!勝て!節約しろ!俺の財布のために、死ぬ気で働け!」

 

「「「イエッサー!!!」」」

 

広間が揺れるような声が返ってきた。

テンションだけなら、銀河一の元帥府だ。中身も銀河一だと信じておきたい。

 

……ただし、支出の額も銀河一であることは、できれば忘れていたい現実だった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

アルとラインハルトの別れの場面は、作者的にも
ずっと書きたかった大事な瞬間でした。

特に、
「……またな、兄上」
のひと言が、皆さまにどう届いたか、
もし良ければ感想をいただけると励みになります。

また、元帥府の陣容やアナの家宰モードMAXについても、
お気に入りのシーンがあればぜひ教えてください。

皆さまの反応が、次の展開を書く燃料になります!

この物語はどこまで続けますか?

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