銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河は今日も騒がしく、帝国と同盟は相変わらず殴り合っています。
そんな中で最も騒がしくしているのは、どうやら私の作品の主人公――
怠惰を燃料に銀河制度を設計する、あの元帥らしいです。

今回の章では、フェザーンという銀河の真ん中に座る商人国家の本音を、
アルが真正面から読み解きます。
政治・経済・軍事が入り乱れる少し重い内容ですが、
その合間に彼らしいくだらなさも健在です。

皆さんのご感想が、作品世界の調整弁でもあり加速剤でもあります。
どうぞお気軽にお楽しみください。


昼寝とフェザーンと銀河経済――怠惰を基準に世界を動かす男

俺は元帥執務室のソファで、コーヒーをすすりながら天井を睨んでいる。

 

二ヶ月後、同盟軍がまたイゼルローンに突っ込んでくる。

フェザーン発の極秘報告書には、実に軽い調子で一行、こう書かれていた。

 

『なお、帝国側の備えに期待する。』

 

期待するな。

こっちは自分の有給に期待していた。

 

「……おい、お前ら」

 

カップを机に置き、俺は視線を上げた。

 

 

「フェザーンの連中は、どうしてこう律儀に情報を寄越すんだろうな。『自治領ですから帝国に協力します』という表向きの理屈は分かる。問題は、その裏だ。奴らはこの銀河を、最終的にどんな形にしたいんだ?」

 

ロイエンタールが、書類を閉じて顔を上げた。

 

「戦争が続く未来でしょう。帝国と同盟が拮抗し、どちらも決定打に欠ける状態です。

両陣営に物資と情報を売り続けられる均衡こそ、フェザーンの理想のはず」

 

「やっぱりな」

 

鼻から長く息を吐いた。

 

「疾風の狼はどう思う」

 

「数字だけ見れば分かりやすい話です」

 

ミッターマイヤーは淡々としている。

 

「戦争が続けば輸送船団は増える。護衛艦隊も要る。補給、保険、傭兵斡旋、金融商品。やれる商売はいくらでもある。大規模な平和より、消耗戦の継続の方が、彼らの決算書は黒くなるでしょう」

 

「商人の論理、シンプルでいいな」

 

コーヒーを一口飲み、フェザーンから届いた報告書を指先で弾いた。

戦力推計、損耗予測、輸送路の収益期待値。ページの端には、しれっとフェザーン経済の成長グラフまで載っている。

親切設計だが、ムカつく。

 

「アナ、一応確認するが、フェザーンが銀河の真ん中であぐらをかき始めたのは、いつからだ」

 

「およそ百年前です」

 

アナの答えは迷いがない。

 

「地球出身の商人レオポルド・ラープが、帝国と同盟の間に中立交易地帯を作り、双方から承認を得ました。それがフェザーン自治領の始まりです」

 

「要するにだ」

 

ソファの背にもたれ、天井の照明に指を向けた。

 

「戦争が始まった瞬間には、もう真ん中に机を広げていた連中、ということだな。椅子取りゲームが始まる前に、自前の椅子とテーブルを持ち込んだ商人国家」

 

ロイエンタールの口元が、わずかにゆがむ。

 

「普通に考えれば、百五十年も殴り合いを続けていれば、とっくにどちらかが勝っているはずだ。少なくとも、一度くらい本腰を入れた和平交渉があってもおかしくない。

なのに、帝国も同盟も、決着だけはなぜかつかない。国境線は揺れ動くのに、銀河全体の構図は変わらない。……これで舞台裏に脚本家がいない方がおかしい」

 

ミッターマイヤーが腕を組む。

 

「亡命帝暗殺の一件も、その脚本の一部ということですか」

 

「可能性はある」

 

指先でぱちんと音を立てる。

 

「同盟側で担ぎ上げられていた象徴が、いいタイミングで消えた。帝国と同盟が妙にしおらしい空気になりかけたところで、要石を抜かれたわけだ。結果、戦争は延長戦。フェザーンの商売も延長戦。金と人を出す動機としては、十分だろう」

 

アナが小さく頷く。

 

「証拠はありませんが、フェザーンから見れば、平和も決定的勝利もリスクです。どちらかが勝者になれば、必ず仲介者の席を見直しますから」

 

「そこで問題だ」

 

報告書をぽん、と叩いた。

 

三人の視線が一斉にこちらに向く。

俺は咳払いをして、姿勢を正した。

 

「俺の改革は、基本設計として『戦争がしばらく続く』ことを前提にしている」

 

ロイエンタールが目を細める。

 

「徴兵・予備役制度の見直し、貴族直轄軍の運用変更、軍需産業の競争導入、すべて戦時体制を前提に組んでおりますからな」

 

「そういうことだ」

 

「フェザーンが今の路線を続ける分には、うまく回る。だが、あいつらの理事会の気が変わった瞬間に、全部崩れる可能性がある。『戦争ビジネスはもう飽きました。次は平和と観光の時代です』なんて言い出したら、こっちの長期計画が台無しだ」

 

「平和になるのに、なぜ台無しなのです」

 

ミッターマイヤーが素直な疑問を投げてくる。

 

「俺の昼寝が忙しくなるからだ」

 

即答すると、ロイエンタールが肩を震わせた。

 

「考えてみろ。戦争が終われば、今度は復興と再編成の大仕事が来る。軍縮、失業対策、産業転換、難民処理、戦後賠償。全部、宇宙艦隊司令長官兼軍務尚書の机に乗ってくる。

つまり俺の机だ。今でさえ書類の山から顔を出すのに苦労しているのに、これ以上増やされてたまるか」

 

「自分の負担曲線を基準に歴史を語る人間は初めて見ました」

 

ロイエンタールが皮肉を落とす。

 

「労働量はいつだって重要なファクターだ」

 

真面目な顔で言った。

 

アナが静かに口を開く。

 

「では、フェザーンの戦略転換が起きても困らないように、帝国側の構造を変える必要がありますね」

 

「そこだ」

 

「一つ目、フェザーンの金の流れを徹底的に可視化する。どの戦役でどれだけ儲け、どの和平案で何を失うのか。奴ら自身より先に、こちらが把握する」

 

「二つ目、戦時と平時のどちらでも回る軍事経済モデルを作る。砲塔を外せば客船に改装できる戦艦、軍需工場から民需工場へのスムーズな転換、兵士の再教育ルート。戦争が止まっても、失速せずに回る歯車だ」

 

「三つ目」

 

「フェザーン抜きでも動く決済網を作る。一番気持ちのいいところを押さえておけば、向こうの台本が変わっても、帝国の脚本は書き換えなくて済む」

 

ミッターマイヤーが目を丸くした。

 

「決済網、とおっしゃいましたか」

 

「ああ」

 

ホログラム端末を操作し、新しい図を空中に浮かべた。

 

『銀河帝国共通・戦時平時統合決済ネットワーク 略称:ナップカード』

 

ロゴと共に、兵士の給料、造船所への支払い、領地の公共工事費が、一本の線でつながっていく図が展開される。

 

「ナップカード、という名の通り、俺の昼寝を支える偉大なインフラだ」

 

「やはり安眠基準」

 

ロイエンタールが即座に刺してくる。

 

「違う。ナショナル・ペイメントの略だ。偶然だ」

 

強く主張した。

アナが図表を食い入るように見つめる。

 

「運用イメージは」

 

「兵士の給料は全部これに振り込み。軍需企業への支払いもこれ。領民への補償金もこれ。帝国が発行する電子クレジットを、銀河標準にしてしまう。フェザーン通貨との交換レートはこちらで調整する」

 

「戦争中は軍需支出が回り車。平和になれば、インフラや教育や医療への投資に流用。

どちらのフェーズでも、中心に座っているのは帝国発の決済網だ」

 

ミッターマイヤーが感心したようにうなずく。

 

「つまり、フェザーンの上にさらに屋根をかぶせる設計ですか」

 

「そうだ。フェザーンには『便利な決済システムができましたから、一緒に使いましょう』と営業する。表向きは仲良く分け合い、実際にはいつでも遮断できるようにしておく。これなら、奴らが突然平和ブームに乗り換えても、帝国経済はひっくり返らない」

 

アナが、じっと俺を見た。

 

「……アル様。今、さらっと『銀河経済のルールを書き換える』と言いましたね」

 

「言った」

 

うなずく。

 

「だが目的は崇高だぞ。俺が午後の昼寝を安定供給される未来のためだ」

 

「動機が俗」

 

ロイエンタールの一刀両断が飛ぶ。

 

アナは堪えきれず笑い、小さく首を振った。

 

「いいえ。アル様らしい動機です。人が日常生活で感じるわがままや欲望を、そのまま制度設計に載せる。だからこそ、この構想は長持ちしそうです」

 

「そういう褒め方もあるのか」

 

肩をすくめた。

 

「フェザーンの深謀遠慮は、もう分かった。戦争を続け、儲け続けたい。それ自体は否定しない。商人の業というやつだ」

 

「問題は、その都合で帝国の未来まで勝手に決められることだ。それだけは、軍人の意地として飲めない」

 

ミッターマイヤーがまっすぐ俺を見る。

 

「では閣下は、フェザーンと敵対するおつもりですか」

 

「場合による」

 

指を左右に振った。

 

「戦場では同盟が相手だ。フェザーンには当面、自分たちの財布と通信網を提供してもらう。その間に、帝国の中に別ルートを完成させる。準備が整ったら――あとは状況次第だ」

 

「どこまで行っても、保険だけは忘れませんね」

 

ロイエンタールの皮肉に、俺はにやっと笑った。

 

「俺は俗物だからな。戦争が終わっても、昼寝できる道を二本三本と用意しておきたい」

 

アナが軽く一礼する。

 

「では、フェザーンの金融と物流の実態調査を、正式なプロジェクトとして立ち上げましょう。必要な人員リストを作成します」

 

「頼んだ」

 

俺はソファから腰を上げ、伸びをした。

 

「フェザーンにはフェザーンの台本がある。なら帝国には、俺の脚本がある。戦争が続いても、平和になっても、俺の昼寝が主役の脚本だ」

 

「その脚本家が、締切から逃げ続けないことを祈ります」

 

ロイエンタールがぼそっと言う。

 

机の上の書類の山が、こっちを見下ろしている気がした。

……気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 会議室の空気が、急にむずがゆくなった。もちろん換気の故障ではない。原因は、全員の視線だ。

 

 ケンプが、珍しく口をぽかんと開けている。あの猪突猛進の突撃バカ……もとい豪胆な将軍が、信じられないものを見る顔でこっちを見ていた。

 

「戦後の経済まで視野に入れておられたとは……」

 

ぼそっと漏れたその一言が、他の連中の腹の底まで響いたらしい。

 

ケスラーは真面目な顔で頷き、メモを取ろうとして手を止めた。

 

「この短い期間で軍政を立て直し、さらに平和期の国家運営まで構想なさっていたのですね」

 

 レンネンカンプに至っては、眼鏡の奥の瞳が本気で潤んでいた。やめろ、レンネンカンプ、そういう顔をされると何か遺言でも書かされそうな気持ちになる。

 

「閣下は……真の天才です……!」

 

 その一言をきっかけに、会議室の空気が一段階変わった。尊敬、畏怖、安心、期待。その全部をミキサーに放り込んで高出力で撹拌しました、みたいな視線が、一斉に俺に突き刺さる。

 

瞬時に悟った。

 

やばい。これは非常にまずい

 

ここ数年、俺はそれなりに慎重に「有能な俗物」というキャラクターを売り出してきた。

 

上には「使える若手」、下には「ちょっと怖いが頼れる上司」、横には「面倒くさいけど話せる同僚」

 

 それが今、一気に「銀河の未来まで見通す超有能黒幕」へランクアップしかかっている。

 

そんなものを本気で信じられたら、後が大変だ。

ちょっと昼寝しただけで、「大局を見据えて沈思黙考している」とか勝手に解釈される。

サボれない。冗談ではない。

 

慌てて、わざとらしい咳払いをした。

 

「ん? なんだ、みんな。さっきから急に、俺を崇めるような目で見るじゃないか。よし、この辺でおちゃらけタイムだ。ワハハハハ!」

 

 自分でもひどい棒読みだと思う。だが、今必要なのは品位ではない。イメージダウンだ。

 

ロイエンタールが、肩をすくめて鼻で笑った。

 

「今さら愚者の仮面をかぶっても、もう誰も信じませんよ、閣下」

 

ミッターマイヤーも苦笑いを隠さない。

 

「我々は知っています。閣下が本気で働いたときに、どれだけ銀河の仕組みが動くのかを」

 

「待て待て待て。落ち着け。俺は怠け者であることを、公式に宣言しているぞ」

 

両手を広げてアピールした。

 

「いいか、諸君。私は書類仕事から逃げたくて改革を始めた、三度の飯より昼寝が好きな俗物である。 今も心の半分はイゼルローンよりティータイムのことでいっぱいだ。このどこに敬意を向ける要素がある?」

 

アナスタシアが、机の端でトマホークの刃を布で拭きながら、さらりと口を挟む。

 

「事実と印象は別物です。さあ、アル様。そろそろ作戦の具体案を」

 

「お前、トマホークを磨きながら真顔で話すな。説得力が怖さで増幅されるだろうが」

 

とは言いつつ、話題はもう次の段階に進んでいる。

尊敬ビームからは逃げ切れなかった。ならば、せめて有効活用だ。

 

ホログラム地図にイゼルローン回廊を映し出し、指でくるりと回転させた。

 

「よし。では本題に入る。現状、イゼルローン要塞には、ゼークト艦隊とラインハルト艦隊の二個艦隊が常駐している。これは以前の『要塞に一個艦隊だけおけばいい』という発想を改めさせた成果だな」

 

ロイエンタールが頷く。

 

「はい。二個艦隊制にしてから、敵の侵攻速度は確実に鈍っています」

 

「だが、次は同盟側も本気だろう。フェザーンの情報だと、前回より多い戦力を投入してくる可能性が高い。なら、ここでケチってはいかん。俺の方からも二個艦隊、追加で派遣する」

 

ケスラーとレンネンカンプの背筋が、目に見えて伸びた。

二人とも、期待と緊張と、ちょっとした恐怖が混ざった表情を浮かべている。

 

「ケスラー。レンネンカンプ」

 

名前を呼ぶと、二人は同時に立ち上がった。

 

「はい、閣下」

 

「はいっ」

 

ニヤリと笑い、指先でイゼルローン要塞へ二本の矢印を描く。

 

「今回の作戦で、お前たちの艦隊を正式な独立艦隊としてお披露目する。ケスラー艦隊、レンネンカンプ艦隊。両方まとめて、イゼルローン防衛戦線へ投入だ」

 

ケスラーの目がきらりと光る。

 

「光栄に存じます。全力を尽くします」

 

レンネンカンプは、緊張で手がわずかに震えていたが、それでもしっかりと敬礼した。

 

「必ずや、閣下のご期待にお応えしてみせます」

 

「よし」

 

満足げに頷き、ホログラムの表示を切り替えた。

要塞周辺宙域の立体図が拡大され、回廊の狭さと、重なり合う射界が一望できる。

 

「いいか。ここは広い宇宙の中でも、特に窮屈な場所だ。いくら艦隊数を増やしても、突っ込めるスペースには限界がある。渋滞させたら終わりだ。味方同士で邪魔をし合う」

 

指で艦隊のアイコンを動かしながら続ける。

 

「敵より多くの艦を用意するのは大前提だ。数で負けた状態で要塞を守る趣味はない。だが、詰め込みすぎるのも愚策だ。だから、今回は四個艦隊。ゼークト、ラインハルト、ケスラー、レンネンカンプ。これ以上増やすと、遊兵が出る」

 

「遊兵、ですか」

 

「そうだ。前線に立てない兵力は、ただの燃費の悪い観客だ。せっかく連れて行っても、弾を撃てずに帰ってくる。それなら、別の戦域で働かせた方がいい」

 

自分の胸を指差す。

 

「俺は今回は総司令部として要塞に詰める。ロンゴミニアドは連れて行くが、直営艦隊は最小限にする。現場の采配は、基本的にお前たち四人と要塞司令に任せる」

 

ミッターマイヤーが、意外そうに眉を上げた。

 

「閣下ご自身は、前線に出られないのですか」

 

「出ないとは言っていない。『出る必要がないように配置する』と言っている」

 

ニヤリと笑い、ホログラム上で自分の旗艦の位置を、要塞の少し後ろに置いた。

 

「そもそも、俺が前に出てトマホークを振り回す展開になった時点で、いろいろ終わっている。あくまで今回は、将帥の腕を試す舞台だ。俺は舞台監督。お前たちは主演」

 

ケンプがそこで、もぞもぞと手を挙げた。

 

「主演の枠に、私は……」

 

「お前は既に別の劇場で主演中だ。静かにしていろ」

 

ケンプが肩を落とし、周囲からくすくす笑いが漏れる。

その笑いを利用して、再び自分への過剰な期待を薄めようとした。

 

「よく聞け。今回の基本指針は一つだ。『敵より多くの弾を用意し、敵より狭い場所で撃ち続ける。だが詰め込みすぎない』要塞の火力を最大限活かす。そのための位置取りとタイミングを、各艦隊司令官が競い合って決めろ」

 

ロイエンタールがゆっくりと口を開く。

 

「閣下の意図は理解しました。しかし、四個艦隊を並べてなお突破されるようなら?」

 

「その時は――」

 

肩を竦めて笑った。

 

「その時は俺が出る。その瞬間、敵は『帝国元帥が自らトマホークを持って出てきた』という事実だけで、精神的敗北を味わうだろう。戦果としては微妙でも、歴史の教科書には太文字で載る。そうなったら、俺の昼寝時間がまた減るから、できれば避けたいが」

 

ケスラーが真面目な顔のまま、口元だけで笑う。

 

「閣下が本気で前に出る前に、我々がきっちり片を付けましょう」

 

レンネンカンプも頷いた。

 

「この機会を逃せば、一生『書類整理のエース』と呼ばれかねませんからね」

 

「お前、そのあだ名は自分で自分の首を締めていないか」

 

そんなやり取りに、会議室の空気が少し柔らかくなる。

だが、尊敬の色だけは、どうしても薄れない。

 

……くそ。どれだけふざけても、もう戻らないか。

 

内心でため息をついた。仕方ない。ならば開き直るしかない。

 

「よし、決まりだ。ケスラー艦隊、レンネンカンプ艦隊は即日出撃準備。ゼークト、ラインハルトには俺から通達を出す。各自、補給と整備を万全に整えろ」

 

全員が「了解」と返事をそろえる。

本当に、優秀な連中だ。だからこそ怖い。

優秀な部下は、すぐ上司を神棚に乗せようとする。

 

最後に、あえて肩の力を抜いた声で付け加えた。

 

「いいか、もう一度言うぞ。敵より多く用意してやるんだから、きちんと勝て。変な失敗をして、俺に余計な仕事を増やすな。俺の昼寝時間を守るために、死ぬ気で働け。以上」

 

一瞬、静寂。

次の瞬間、なぜか会議室に拍手が起きた。

 

「……いや、今のどこで拍手が出た?」

 

俺が本気で戸惑うと、ロイエンタールが苦笑しながら答えた。

 

「目的が非常に分かりやすかったので」

 

ミッターマイヤーも笑う。

 

「『元帥の昼寝時間を守れ』は、現場にも浸透しやすいスローガンになりそうです」

 

「そんなスローガンが広まったら、俺は歴史にどう記録されるんだよ」

 

アナスタシアが、いつもの穏やかな微笑で締めくくる。

 

「きっと、『よく寝るほどよく働いた元帥』と」

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイエンタールが皮肉っぽい笑みを浮かべて、ホログラムの要塞図を見上げた。

 

「さすが閣下ですね。イゼルローン要塞の性質を完全に把握しておられる。最も効率が良く、なおかつ最も安全な布陣です」

 

声色は丁寧なのに、言葉の端々から皮肉だと主張しているように聞こえる。

椅子から身を乗り出し、わざとらしく眉をつり上げた。

 

「当然だ。俺を誰だと思っている。イゼルローンの元主だぞ。あそこにどれだけ長居したと思う」

 

ロイエンタールが「はいはい」という表情を浮かべたような気がしたので、調子に乗って拳を握りしめる。

 

「聞けロイエンタール。俺はな、イゼルローンの主砲の照準角度から、裏口の掃除用通路の幅、第三食堂の自販機の在庫ローテーションまで頭に入っている。売店で一番売れ残るカップ麺の種類も暗記済みだ。巡察ルートを全部叩き込まれて、迷子になった回数なら誰にも負けん」

 

ケスラーが思わず吹き出した。

 

「売れ残りのカップ麺まで把握とは、さすがに想定外でした」

 

「うるさい。兵站情報は命綱だ。それにな、あそこのホットドッグの味は銀河一だ。ケチャップとマスタードの配分、パンの焼き加減、ソーセージの塩加減、全部完璧だ。その真価を確認するために、俺は何十本も胃に収めた。これは功績だ。勲章を要求してもいいくらいだ」

 

ミッターマイヤーが、肩を震わせながら口を押さえる。

 

「ホットドッグで勲章を目指す元帥は、銀河でも前例がありませんな」

 

「前例がないから価値がある」

 

本気でそう思っている自分が怖い。

ロイエンタールがこめかみを押さえ、深く息を吐いた。

 

「つまり閣下は、イゼルローン防衛戦略の基礎を、食堂探検の副産物として構築なさったと」

 

「違う。食堂探検こそが主目的だ。副産物は体重増加だけだ」

 

会議室の一角から笑いが漏れた。

笑い声を聞きながら、俺は肩をすくめる。

どうせ俺は俗物だ。自覚はある。

 

それでも、俗物なりに頭を使った結果が、この布陣だ。

俺はホログラム上で要塞を拡大し、周辺宙域に艦隊アイコンを並べていく。

 

「ここは回廊が狭い。敵が突っ込んでこられる経路は限られる。理屈は単純だが、この地形ではそれが最強だ」

 

ケンプが真剣な眼差しで頷いた。

 

「古典的ですが、確かに堅実ですな」

 

「奇をてらう必要はない。古典が通用する場所だからこそ、俺がわざわざ出張る意味がある」

 

ゼークト艦隊のアイコンを前面に配置し、その背後にラインハルト艦隊を置く。

 

「ゼークト艦隊が外周で迎撃線を築く。ラインハルト艦隊はその後方で決定打を準備。ケスラー艦隊は側面遊撃、レンネンカンプ艦隊は予備。全軍を横一列に並べて威圧しても、あの狭さでは身動きが取れなくなるだけだ」

 

レンネンカンプが腕を組み、配置をじっと見つめる。

 

「敵の主力がいつ回廊を抜けてくるかが焦点になりますね」

 

「そうだ。だから細かいタイミング調整はお前たちの仕事だ。俺は枠だけ決める。艦隊再編の微調整は現場でやれ」

 

ミッターマイヤーが笑いを噛み殺しながら言う。

 

「難しい部分を丸ごと現場に預ける形ですか」

 

「元帥に便利な言葉を教えてやろう。『現場判断』だ。これさえ唱えておけば、だいたい何とかなる」

 

会議室に、あきれ半分の笑いが広がった。

そこでロイエンタールが、わざと敬語に力を込めてくる。

 

「とはいえ閣下。『負けるな』という司令だけでは、作戦命令としてはやや大雑把ではありませんか」

 

笑いがさらに大きくなる。

このままだと、完全に愉快なホットドッグ会議で終わってしまう。

立ち上がり、胸を張って一同を見渡した。

 

「大雑把?それでいい。俺は細部に口を出さない。その代わり一つだけ命令する。

勝て。要塞を守り抜け。敵を追い返せ。帝国の威信を守れ。それと、俺の机に乗る決裁書類を増やすな。以上」

 

一瞬、時間が止まった。

次の瞬間、ミッターマイヤーが堪え切れず噴き出す。

 

「最後の一行だけ、急に庶民的すぎます」

 

ケンプも腹を抱えながら笑う。

 

「結末がそこに落ち着くのは予想しておりませんでしたぞ」

 

ケスラーは真面目な表情を崩さないが、口元だけわずかに揺れている。

 

「現場には伝えやすい方針です。『決裁書類を増やすな』は良いスローガンかと」

 

レンネンカンプが真面目な顔でメモを取りながら、その一文に印を付けた。

おい。そこだけ二重線で囲むな。

ロイエンタールが肩をすくめ、目を細める。

 

「高尚な国家戦略と、生活感あふれる私情が、ここまで綺麗に同居している統帥は初めて見ました」

 

「褒めているのか貶しているのか、はっきりしろ」

 

「敬意の表明だと受け取っていただいて構いません」

 

アナスタシアが静かに頷いた。

 

「アル様の命令は、現場には伝わりやすいと思います。『帝国のため』という抽象的な言葉より、『元帥の休憩時間の確保』の方が、兵士たちには実感しやすいでしょうから」

 

「そんな理由で戦っていると言われたら、歴史家に怒られないか」

 

「歴史家は、それらしい表現に書き換えます。『効率的な戦争指導』などと」

 

それはそれで嫌な表現だ。

俺が口を尖らせていると、ケンプが手を挙げた。

 

「閣下。イゼルローン戦が終わりましたら、現地のホットドッグを兵たちに振る舞うのはどうでしょう。元帥推奨メニューという触れ込みで」

 

「軽い冗談のつもりかもしれんが、真面目に採用されそうだから怖い。軍務省あたりが張り切って、『元帥公認ホットドッグ』とか銘打って販売を始める未来が見える」

 

ミッターマイヤーが「それは良いかもしれませんね」と真顔でうなずいた。

 

「兵の士気に直結します」

 

「やめろ。真剣に検討するな」

 

そこでアナスタシアが、書類束を抱えたまま視線をそらした。

 

「既にイゼルローン補給部から、ホットドッグのレシピ認証申請が届いています」

 

「話が早すぎるんだよあいつら!何だその行動力は。戦術研究にもその勢いを向けろ」

 

ロイエンタールが口元を押さえながら、一言付け足す。

 

「良いではありませんか。要塞を知り尽くした証拠として、新設の記念章を授与すれば。例えば『イゼルローン要塞特製ホットドッグ試食章』など」

 

「そんな章を公式に作るな。軍服が台無しになる」

 

会議室が笑いに包まれる。

 

「まあいい。どう呼ばれようが構わん。ロリコンだのホットドッグ元帥だの、好きに言わせておけ。俺にとってイゼルローンは、血と汗と、ケチャップとマスタードの染み付いた場所だ。そこで働いている連中が無事で、要塞が落ちなければ、それで十分だ」

 

自分で言っておきながら、妙に胸のあたりが熱くなる。

アナスタシアが、そっと小声で尋ねてきた。

 

「アル様。イゼルローンに着任したら、最初に何をなさいますか」

 

「決まっている。要塞砲の整備状況の確認と、回廊の偵察と、それから売店の値上げチェックだ。名物が勝手に値上げされていたら、経済監査だ」

 

ロイエンタールが吹き出した。

 

「最後の一点だけ、急に庶民的になりますな」

 

「大事だぞ。物価は士気に直結する」

 

真面目に答え、ホログラムを閉じた。

要塞図が消え、会議室の照明が少しだけまぶしく感じられる。

 

「配置は決定。各艦隊は準備に入れ。ゼークトには俺から直接連絡する。ラインハルトには『弟分として信頼している』と一言添えておけ。どうせ耳まで赤くして喜ぶ」

 

ケスラーが了解と答え、通信士官に指示を飛ばす。

書類の束がまた机に積み上がる。

アナスタシアが静かに置いたのだ。

 

「アル様。作戦命令書の本書にサインをお願いします。昼寝の前に」

 

「昼寝の前提が当然のように組み込まれているのはどういうわけだ」

 

文句を言いつつも、俺はペンを取って署名欄に自分の名を走らせる。

ペン先の動きに合わせて、ホログラム上の印章が次々と押されていく。

ロイエンタールが、どこか柔らかい声で締めくくった。

 

「イゼルローンの廊下の数からホットドッグの味まで把握している指揮官に、敗北という結果は似合いませんよ、閣下」

 

「格好良くまとめるな。ホットドッグのくだりまで名言に組み込むな」

 

それでも、悪くない気分だった。

 

こうして俺は、自分が一番詳しい戦場へ、部下たちを送り出し、同時に自分も「安全な司令部」へ向かうことになった。

ホットドッグが似合う元帥の勲章を胸に下げる日まで、負けるわけにはいかない。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

皆さんの感想が、この作品を動かす第二の推進剤です。
「ここが面白かった」「ここのテンポはどう?」
「この描写好き」「このネタもっとやって」など、
一言でも構いませんので、ぜひお聞かせください。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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