銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の章では、久々にイゼルローン要塞での将官会議です。
肩書きは宇宙艦隊司令長官になったものの、心はまだ出張管理職のままなアルが、
ラインハルトとキルヒアイスを巻き込みながら新しい作戦方針を決めていきます。

イゼルローン会議は本編の中でも重要なターニングポイント。
シリアスな軍事判断と、例によってカオスな掛け合いが同時進行しますが、
どうぞ気楽に読んでもらえれば嬉しいです。



イゼルローン会議、開幕。元帥は今日も閣下を言い間違える

 イゼルローン要塞の将官会議室に足を踏み入れた瞬間、鼻の奥に懐かしい匂いがした。

 金属とオゾンと、古い空調フィルターに溜まった埃の匂い。ああ、帰ってきたな、という感覚が胸のどこかをつつく。

 

 その入り口で、きっちり制服の皺を伸ばしたゼークト大将と、シュトックハウゼン大将が、教科書どおりの角度で敬礼してきた。

 

「宇宙艦隊司令長官閣下。長旅、お疲れ様であります」

 

「要塞司令部一同、心より歓迎申し上げます」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の口が勝手に動いた。

 

「かっ……閣下、ご苦労」

 

 自分で言って、自分で固まる。

 

 ゼークトとシュトックハウゼンが「ん?」という顔をした。

 ラインハルトとキルヒアイスの方からは、盛大に噴き出す気配。笑いを堪える気配じゃない。普通に吹いている。

 

「閣下。今のは新しい挨拶の形でしょうか」

 

「やめろゼークト。忘れろ。今すぐ記憶から削除しろ」

 

 長年、ジジイどもにぺこぺこ頭を下げてきた反射だ。身体が覚えている。

 今や俺が一番上なのに、口が勝手に「閣下」と呼んでしまう。自分で自分に敬称を付ける元帥。新手のギャグだ。

 

 ラインハルトが、口元を引きつらせながら近づいてきた。

 

「相変わらずですね、ファルケンハイン元帥」

 

 金髪に星の飾りを付けたツンデレが、肩を震わせている。笑いを隠す気がない。

 隣でキルヒアイスが、いつもの穏やかな目で俺を見る。

 

「今はこちらが、閣下をお迎えする側ですよ」

 

「わかってる。頭ではな。心が拒否してるんだ」

 

ふくれっ面になりながらも、手をひらひらと振った。

 

「まあいい。ラインハルト、キルヒアイス。元気そうで安心した。しばらく会わないうちに、少し偉くなったな。身長はあんまり変わってないが」

 

ラインハルトの眉がピクリと動く。

 

「身長の話は余計だ」

 

「いや、これでも兄貴分として心配しているんだぞ。痩せすぎて倒れたりするなよ?」

 

わざとらしく肩をぽんぽん叩くと、周囲の視線が一気にこちらに集まった。

 

 駐留艦隊の高級将校たちが、「あの金髪は、完全にファルケンハインの懐に入っている」と目で理解していくのが分かる。

 

よし、演出成功。

ラインハルト本人にその気はなくても、「元帥と仲が良い」という看板を勝手に背負わせておくのは悪くない。

貴族社会は、そういう雰囲気で動く。

 

「閣下。会議の席をご用意しております」

 

シュトックハウゼンが、要塞司令官らしい落ち着いた声で促す。

会議室の中央には、立体投影装置付きの円卓。周囲には各艦隊司令官用の席。

一番上座の椅子を見て、ほんの少しだけ足がすくんだ。

 

本来あの位置には、ミュッケンベルガーみたいな歴戦の元帥が座る方が似合う。

俺はどう見ても「老成した軍人」ではない。

 

 

「せっかくだから、今日は楽な席順にしよう」

 

椅子の配置ホログラムを呼び出し、軽く操作する。

 

「ここが俺。右隣がゼークト大将、左隣がシュトックハウゼン大将。その向かいにラインハルトとキルヒアイス。これで文句はあるまい」

 

ゼークトが、少し驚いた顔をした。

 

「わ、私ごときが、閣下のすぐ隣など」

 

「遠慮するな。俺なんか、最近やって来た出張の管理職だ」

 

正直な本音がこぼれる。

要塞の重力環境には慣れているが、政治の重力にはいまだに足を取られがちだ。

 

ラインハルトが、椅子に腰を下ろしながらニヤリと笑った。

 

「要塞の主はゼークト大将かもしれませんが、ここしばらくイゼルローンで一番長くサボっていたのは、あなたでしょう」

 

「誰がサボっていたと言った。俺は要塞運営の重要な検証をしていただけだ」

 

「娯楽室の使用感調査などですか?」

 

「それも含む」

 

突っ込んでくる金髪をいなしながら、俺は背もたれに体重を預けた。

 

会議は、一応真面目に進んでいく。

要塞の防衛ライン、補給状況、同盟軍の動向。

ゼークトが淡々と数字を読み上げ、シュトックハウゼンが基地設備の改修計画を説明する。

ラインハルトとキルヒアイスも、自艦隊の布陣案を示していく。

それを聞きながら、俺は頭の片隅で別のことを考えていた。

 

……やっぱり、「閣下」と呼ばれるのは、どうにも背中がむず痒い。

今までは俺の口から出る単語だったのに、完全に立場が入れ替わっている。

 

「ファルケンハイン閣下、こちらの資料にご署名を」

 

「はいはい……って、また『閣下』を素直に受け取ってる自分がいるな」

 

書類に電子署名をしながら、心の中で苦笑する。

たぶん一年もすれば慣れるのだろう。

その頃には、「自分で自分を閣下と呼ぶ事故」も減っている…はずだ。減っていてほしい。

 

「しかし、先ほどのお言葉は印象的でしたな」

 

 ゼークトが、不意に話しかけてきた。

 

「先ほど?」

 

「入り口で、思わず我々を『閣下』と呼びかけた件です。ここに至るまで、どれほど先輩方を立ててこられたのかが、よく分かりました」

 

 シュトックハウゼンも頷く。

 

「身に染みついた敬意というのは、そう簡単には消えません。我々としては、むしろ光栄です」

 

「……そういう解釈になるのか」

 

自分ではただの習慣だと思っていた動作が、周囲には「謙虚な元帥」の証拠と受け止められているらしい。

 

やめてくれ。ハードルが勝手に上がっていく。

 

ラインハルトが、少しだけ視線を落としてぼそりと呟く。

 

「前線で、老将たちに頭を下げ続けてきたからこそ、今の位置があるのでしょう。その姿を見ていたからこそ、若い将校たちは、あなたを『俗物』と呼びながらも尊敬している」

 

「おい、余計な一言をねじ込むな」

 

キルヒアイスが、そんな主君の言葉をやんわりと補足する。

 

「ラインハルト様なりの最大限の賛辞です。少々表現にトゲがありますが」

 

「よし。細かい詰めは各自の幕僚に任せる。俺からの命令は一つだ。ここは帝国の門だ。誰一人として、ここを突破させるな。それからもう一つ」

 

全員の視線が、再び俺に集中する。

この瞬間だけは、できるだけ元帥っぽい顔をしておこう。

咳払いをして、声を張った。

 

「この要塞で会うときは、俺のことを『閣下』と呼べ。ただし――廊下の角を曲がった瞬間に俺がうっかり『閣下』と言い返したら、その場で忘れろ。二度と誰にも言うな。いいな?これは軍機だ」

 

ゼークトとシュトックハウゼンが、きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。

ラインハルトも、堪えきれずに机を指で叩く。

キルヒアイスでさえ、肩を震わせている。

 

「了解しました、閣下」

 

「『閣下』と呼びつつ、記憶は即座に破棄いたします」

 

「お前ら、今から忘れる気ゼロだろ」

 

 頭を抱えたくなるが、どこか悪い気はしない。

 こうして笑いながら始まる会議の方が、重苦しい顔で黙り込んだ会議よりよほどマシだ。

どうせ命がけで戦うなら、笑いながらの方がいい。

 

椅子に深く腰を下ろし、ホログラムに浮かぶ要塞の構造図を改めて見上げた。

ここは、何年も俺の仕事場であり、避難所であり、牢獄でもあった。

今はもう、肩書きも席次も変わっている。

でも、あの日あの時、若造の少尉としてこの要塞に赴任してきた俺は、多分、廊下の隅で今日と同じ顔をしていたはずだ。

 

 そう思いながら、今日も俺は「閣下」と呼ばれ、「閣下」と言いかけて自分にツッコミを入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、みんなも承知しているはずだが、あと一ヶ月で同盟が来る」

 

それだけ言うと、室内がすっと静まる。

ホログラムに映し出されたイゼルローン回廊の星図が、淡い光を放っていた。

 

「向こうさんは、何度もこの要塞に求婚しては振られている。すでに五回、プロポーズ失敗だ。今回は六度目のチャレンジらしい」

 

そこでわざと肩をすくめてみせる。

 

「そろそろ気の毒になってこないか。毎回、盛装して花束持ってきて、門前払いされて帰る求婚者だぞ」

 

ケスラーが慌てて胸元を押さえる。

 

「申し訳ありません、閣下……想像してしまいまして。花束を抱えた同盟艦隊が、トールハンマーで蒸発する光景を」

 

「おい、やめろ。ちょっと面白いだろうが」

 

レンネンカンプも口元を押さえている。

 

「『今回こそ愛を受け止めてくれるはずだ』と叫びながら回廊に突入する姿を思い浮かべてしまいました」

 

「それ以上言うな。俺が笑う前に、ラインハルトの雷が落ちる」

 

視線を向けると、案の定、金髪の若造が不満そうに眉を寄せていた。

 

「イゼルローンの歴史を、求婚失敗の回数で語らないでほしい」

 

きっちりした正論だが、面白みには欠ける。

 

隣のキルヒアイスが、そっと肘でラインハルトの腕をつついた。

 

「ですが、士気高揚には効果がありますよ。笑えるうちは、まだ余裕があります」

 

「そういうものか」

 

「そういうものです」

 

この二人の漫才は、もはや芸の域に達している。

心の中で拍手を送りつつ、すかさず本題へ切り替えた。

 

「よし、笑ったな。場も温まったところで、真面目な話に入るぞ」

 

全員の視線が再びこちらに集中する。

アナスタシアだけは、笑いをまだ目の奥に残したまま、期待に満ちた顔だ。

あの顔をされると、こちらも少しだけ真面目な元帥を演じる気になる。

 

「これまでイゼルローンでの戦いのテーマは、敵味方でほぼ固定されていた。敵は『どうやって要塞の射程に引きずり込まれたフリをするか』こちらは『どうやって敵をトールハンマーの射程に引きずり込むか』だいたいこの二本立てだった」

 

ゼークトが静かに頷く。

 

「はい。その通りですな」

 

「前回の同盟軍は、シトレが並行追撃という解答を持ってきた。正直、採点するなら満点に近い。こちらも反則気味の手を使わなければ、危うかった」

 

室内の空気が、少しだけ重くなる。

前回の作戦に携わった者たちの顔に、僅かな翳りが走った。

 

「まあ、当事者はもうこの場にはいない。墓からも文句を言ってこないだろう。そういうことにしておく」

 

ラインハルトが腕を組んだまま、視線だけをこちらへ向けた。

 

「前回、同盟軍もかなり無理をした。今回は同じ手を繰り返すまい。あれほどの消耗を再現する余裕は、向こうにはないはずです」

 

「ああ。兵力も、前回より二万隻少ない三万四千隻だ。数を減らして挑んでくるのだから、何らかの秘策は持ってくるだろう。ただな」

 

立体投影の一角を指で弾き、回廊の断面図を拡大させた。

細い宙域に、四つの防衛ラインが重なって表示される。

 

「俺たちがわざわざ、その秘策に乗ってやる義理はない。敵がどれほど工夫してこようが、ここはイゼルローンだ。狭隘な地形に押し込めること自体は、ほぼ確定している」

 

ケスラーの目が輝く。

 

「つまり、今回はトールハンマー頼みではなく、回廊そのものを武器にする、と」

 

「そういうことだ。トールハンマーは、怠け者が楽をするために作られた最終兵器。もちろん撃つときは撃つが、最初からあれに頼るのは芸がない」

 

アナスタシアが、椅子から少し身を乗り出した。

 

「アル様が指揮を執られるのに、ただの固定砲台に頼る必要はありません。私は、アル様の用兵を見るためにここへ来ました」

 

「プレッシャーをさらっと増やすのはやめろ」

 

とは言いながら、内心ではちょっと背筋が伸びる。

期待されるのは嫌いではない。

ただし、それが残業時間の増加と直結しない範囲に限る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインハルトが腕を組み直し、さっきまでの不満そうな顔をきっぱり消した。その目が、嫌になるほど真剣になる。

 

 

「……用兵で粉砕。知略を尽くして戦う。確かに、それは私の得意分野だ」

 

そう言ってから、わずかに顎を上げる。

 

「賛成いたします、元帥閣下」

 

内心でガッツポーズを決めた。

よし、釣れた。完璧だ。

こいつは血の匂いより、盤面をひっくり返す快感で動く男だ。そこを突けば、勝手に走り出す。

 

おお、ラインハルトに認められた!これはでかいぞ!知略を尽くす戦いと聞いて、こいつの脳内ドーパミンが全開になってるはずだ!

 

勢いよく立ち上がり、会議卓を軽く叩いた。

 

「よし!決まりだ!作戦の骨子は俺が考える!」

 

一拍置いて、すぐ続ける。

 

「……ラインハルト!お前、手伝え!」

 

会議室の空気が、ぴしっと音を立てて固まった。

 

ラインハルトの眉が、信じられない角度で吊り上がる。

 

「……は?」

 

素で出た声だ。演技でも何でもない。

 

「貴官が立案すると、今言ったではないか」

 

「言った!」

 

胸を張る。

 

「だから骨子は俺だ!だがな、その骨に筋肉と神経をくっつけて、実際に殴れる形にするのは、お前の仕事だ!」

 

「意味が分からん!」

 

ラインハルトが一歩引く。

 

「それは参謀の仕事だろう!なぜ俺が!」

 

「バカか!」

 

即座に切り返す。

 

「お前の才能は、机上演習を戦場に落とし込む速度だ!しかも、敵の嫌がる一点を嗅ぎ当てる嗅覚付きだ!」

 

指を突きつける。

 

「それを使わないでどうする!」

 

ラインハルトの口が、わずかに開いた。

しまった、今のは褒めすぎたか。

だが、次の瞬間、奴は露骨に顔をしかめた。

 

「……冗談ではない」

 

きっぱり言い切る。

 

「貴官の立案に関わったら、最終的に私のところへ書類仕事が回ってくるのは目に見えている」

 

冷たい視線。

 

「私は自分の艦隊の準備で忙しい。徹夜など御免だ」

 

ああ、こいつ、経験則で学習してやがる。

俺が関わると、だいたい書類が増えることを。

 

「この可愛げのない野郎め……」

 

ぼそっと呟き、すぐに顔を上げた。

 

「いいだろう。ならば条件を変える!」

 

ラインハルトが警戒する。

 

「……何だ」

 

ここぞという顔で宣言した。

 

「手伝わないなら――『兄上』と呼べば許してやるぞ!」

 

一瞬、完全な静寂。

次の瞬間、会議室のあちこちで噴き出す音がした。

 

「……っ!」

 

ラインハルトの顔が、見る見るうちに歪む。

嫌悪、屈辱、怒り、その全部が混ざった顔だ。

 

「けっ、遠慮する」

 

吐き捨てるように言い、そっぽを向いた。

 

「残念だなぁ」

 

にやにやしながら肩をすくめる。

 

「可愛く『兄上』と呼べば、今日の残業が減ったかもしれんのに」

 

「減らないだろう!」

 

即座に返ってきた。

 

「貴官の場合、増える!」

 

その横で、キルヒアイスが困ったように、しかし楽しそうに微笑んだ。

 

「私でよろしければ、補佐いたしますが……元帥閣下」

 

ああ、なんていい子だ。

天使か。銀河一の良心か。

 

「キルヒアイス、お前は本当に出来た男だ」

 

素直に褒める。

 

「だが、今回はダメだ」

 

キルヒアイスが目を瞬かせる。

 

「今回は、ラインハルトを逃がさない」

 

宣告した。

 

「この戦いは、あいつの才能をフル回転させる価値がある。だから道連れだ」

 

 ラインハルトが、はっきりと顔を覆った。

 

「……最悪だ」

 

「よし、決まり!」

 

手を叩く。

 

「会議はここまでだ!各員、持ち場に戻れ!」

 

そして、指を突きつける。

 

「ラインハルト!お前は今すぐ俺の執務室に来い!徹夜だ!」

 

「横暴だ……!」

 

呻く声が聞こえる。

 

ケスラーとレンネンカンプは、肩を震わせて笑いをこらえている。

ゼークトとシュトックハウゼンは、遠い目をしていた。

リューネブルクは無言で、なぜか合掌している。意味が分からん。

 

アナスタシアだけが、にこにこと満足そうだった。

 

「よろしい采配です。アル様。才能は、酷使してこそ輝きます」

 

「その理屈、絶対どこかおかしい」

 

こうして、イゼルローン要塞の将官会議は終わった。

勝敗を決める戦場は、まだ先だ。

だが、この瞬間、ラインハルトの安眠は完全に終わった。




今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

戦術の転換点でもあるので、
「ここが面白かった」「このキャラの掛け合いが好き」「テンポはどう?」など、
読んで感じたことを、どんな些細なことでもコメントで教えていただけると本当に励みになります。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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