銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の話では、イゼルローン回廊にて帝国軍があえて複製した敗北パターンを利用し、
同盟軍を回廊内部へ誘い込む戦術を描いています。

砲に頼らず、あくまで 艦隊機動だけで勝利を奪う という、
帝国側の知略の到達点のひとつを目指したエピソードです。

アルブレヒト、ラインハルト、ケスラー、レンネンカンプ、ミュラー、
そしてアナスタシアの視点が交わり、戦場は論理と人間関係で動くという世界観がより濃く出ています。




イゼルローン六度目の求婚(プロポーズ)阻止戦

イゼルローン回廊の入り口に、俺たち帝国艦隊がどっしりと横たわっている。

 

さて、と

 

艦長席に沈み込みながら、前方スクリーンを眺めた。

 

ここで俺たちがわざわざ入り口まで出張って構えている時点で、同盟軍は相当ビビってくれているはずなんだがな

 

本来なら、この辺りで先行偵察隊との小競り合いが起きる。

軽く撃ち合って、「今日はどのくらいやる気ある?」とお互いの温度を測る。

だが今回は、あえて何もしない。

入り口で黙って仁王立ち。

圧だけは銀河級、仕事量は最低限。これが俺の目指す働き方改革である。

 

ここで向こうが怖じ気づいて撤退してくれたら、それはそれで助かるんだけどな

 

そう思って、ひとりで苦笑した。

 

まあ、そんな常識的な判断ができるなら、六回も要塞にフラれてるはずがない

 

ちょうどその時、オペレーターが顔を上げた。

 

「敵艦隊、射程距離に入ります。前衛部隊から発砲開始。こちらに向けて火線を集中させてきます」

 

スクリーンの上を、赤い光線が横切る。

どこの戦場でも変わらない、見慣れた一撃だ。

大きなあくびを一つしてから、手をひらひら振った。

 

「予定通り、微速後退。慌ててるように見せろ。実際はいつも通りの教科書ルートだ。

 今までの帝国艦隊が何度も何度も繰り返してきた『トールハンマーに逃げ込むパターン』を完璧に再現する」

 

操舵士が短く「了解」と答え、艦がゆっくりと後ろへ滑り出す。

随伴艦も時間差で同じ動きをなぞるように下がり、全体としてなだらかな弧を描き始めた。

押され、押され、じりじりと袋小路へ追い込まれていく帝国軍。

それを演じるのが、今日の俺たちの仕事だ。

 

よしよし。ここまでは昔の戦の焼き直しだ。だが今日は、ここから台本を書き換える

 

敵艦隊は、こちらの後退に引きずられる形で、素直に回廊内部へ踏み込んでくる。

 

向こうから見れば、「また帝国軍がトールハンマーに頼って逃げ腰になっている」という、安心感すらある光景だろう。

 

これまで散々味わってきた敗北パターンが、今やこっちの誘導パターンに変わっている。

 状況はさほど変わっていないのに、意味だけが真逆だ。

 

自覚あるか? 同盟諸君。お前ら、勝ちパターンより負けパターンのほうが体に染みついてるからな

 

そんなことを考えながらも、顔には一応、最高指揮官らしい険しい表情を貼り付けておく。

いくら何でも、ニヤニヤ笑いながら後退する宇宙艦隊司令長官は、絵ヅラが悪すぎる。

 

「敵艦隊、回廊の入口を完全に突破。後続も順次侵入中」

 

オペレーターの声が少しだけ高くなる。

いよいよ、本番だ。

 

「左翼艦隊、予定通り先行して後退開始。中央、右翼も続け。ただし、慌てすぎるな。『追い詰められてます』という雰囲気だけ出せばいい」

 

 スクリーンの片側で、左翼の光点の列が大きく下がる。

 それにつられて中央、右翼もなめらかに下がり、全体として美しいカーブを描き始めた。

 同盟から見れば、追い立てた帝国軍を見事に追い込んでいるように見えるはずだ。

 

まあ、実際は誘導してやってるだけなんだが

 

「敵艦隊主力、ほぼ回廊内部に侵入。後衛以下も続々と続いています」

 

「よし」

 

背もたれから体を起こす。

 

「ここから、台本の余白に俺の落書きを書き足す」

 

声のトーンを一段下げ、命令を飛ばした。

 

「左翼艦隊、中央後方へ全速転進。左翼宙域に突撃路を作れ。ケスラー、遠慮はいらんぞ。後で請求書を見て俺が泣くだけだ」

 

通信の向こうから、落ち着いた声が返ってくる。

 

「ケスラー艦隊、了解。これより転進、突撃路の確保に移ります」

 

表示上で左翼の艦列が、くるりと回り始める。

整然とした後退ラインから、ケスラー艦隊だけが抜けて、中央後方へ潜り込んでいく。

敵からすれば、「左翼が乱れた、行くべきか」と迷う、いかにも誘われやすいタイミングだ。

 

さあて、ここで主役の出番だ

 

別回線を開いて、わざと軽い声音で告げる。

 

「ラインハルト。舞台は整ったぞ。あとは派手にやるだけだ」

 

短い沈黙のあと、よく通る若い声が戻ってきた。

 

「当然だ。俗物。貴様の小細工は俗っぽいが、筋は通っている。ミューゼル艦隊、最大戦速。左翼が開けた宙域を通過し、敵艦隊外周へ時計回りに突入する」

 

「評価がいちいち腹立つんだよな」

 

ぶつぶつ言いながらも、口元は勝手に緩む。

こいつが本気で突っ込む時ほど頼もしいものはない。

 

すぐさま、全艦への一斉通信に切り替えた。

 

「全艦、反転準備。ラインハルトの突撃に合わせ、分断された敵艦隊へ十字砲火を浴びせる。 右翼、レンネンカンプ艦隊は現在位置で踏みとどまれ。ここを抜かれたら並行追撃を食らう。お前たちの陣が、戦線の支柱だ」

 

返答は、やたら真面目な声だった。

 

「レンネンカンプ艦隊、了解。ここを不動の壁と定めます。私の艦列を超えてくる敵は、一隻たりとも通しません」

 

ほんと、この男は教科書から出てこない軍人そのものだな

 

 きっちりしすぎて融通が利かないところもあるが、一度任せた場所から微動だにしないという点では、これ以上ない適任である。

 

ブリッジの照明が戦闘用に落とされ、赤い警告灯がぐるぐる回り始めた。

人工重力がほんのわずかに軋み、ロンゴミニアドが大きく腹をひねるようにして方向転換する。

 同時に、他の艦も一斉に進路を変え、回廊内部に伸びる同盟艦隊の列へ向かって、鋭く突き刺さるような軌道を描き始めた。

 

「敵艦隊前衛、こちらの反転を確認。隊形を組み替えようとしていますが、対応が遅れています」

 

オペレーターの声に、少しだけ高揚が混ざる。

 

「そりゃそうだろ」

 

鼻で笑う。

 

「今までは、ここからトールハンマーに逃げ込まれて、お前らが一方的に撃たれるパターンだったからな。まさか、逃げたはずの獲物が、逆に噛みついてくるとは思うまい」

 

視界の左端を、金色の線が滑り抜けていく。

ラインハルト艦隊の進路表示が、同盟艦隊の外側を回り込んでいた。

外から殴りつける拳と、内側から押し返す壁。

逃げ場は、どんどん削られていく。

 

「敵中央部で混乱発生。隊列が乱れています」

 

報告が飛び、ブリッジの空気が一段軽くなる。

戦いの行方が、はっきりと見え始める瞬間だ。

 

「各艦隊、追撃目標は臨機に選べ。ただし、追いかけすぎるな。とどめを刺すのは最後でいい。まずは逃げ道を削り、じっくり締め上げろ」

 

レンネンカンプから再度通信が入る。

 

「右翼艦隊、現在位置で敵の突入を阻止中。追撃は行わず、防御重点でよろしいですね」

 

「その通りだ。お前は動くな。壁になりきれ」

 

笑いをこらえながら返事をした。

 

「見事な壁っぷりを見せてくれたら、あとで表彰してやる」

 

「光栄です」

 

本気で喜んでいる声が返ってきた。

こういう素直さは、指揮する側としては非常に助かる。

茶化し甲斐もあるしな。

 

速さの権化ラインハルト。石のように動かないレンネンカンプ。その間を縫うケスラーの手際の良さ。この回廊、敵にとっては悪夢だろう

 

スクリーンでは、同盟艦隊の光点がばらばらに崩れていく。

先頭部は前進を阻まれ、中央は混乱、後方はまだ事情が読めずに詰まる。

宇宙空間に渋滞が発生しているのだから、笑うしかない。

 

腕を組み、少しだけ目を細めた。

 

今回は、重力砲は切り札ではなく、あくまで保険だ。

メインディッシュは、あくまで艦隊機動による包囲殲滅。

 

そう心の中で宣言して、俺はもう一度、通信スイッチに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

敵艦隊の配置図が、巨大スクリーン一面に広がっていた。

 イゼルローン回廊の中ほどで、同盟軍の青い光点が細長い帯に伸びている。その横から、金色の彗星のような一群がえぐり込んだ。説明不要、ミューゼル艦隊だ。

 

ブリッジの空気が、一瞬で熱を帯びる。

 

「ラインハルト、そこだ。その座標に火力を集中しろ」

 

姿勢を前に乗り出した。

通信機越しに返ってきたのは、いつも通り自信だけで構成されている声だ。

 

「もちろんだ、俗物。ここを砕けば敵は前後に割れる。全艦、指定ポイントへ主砲斉射。続け」

 

直後、スクリーン上の一点に、赤い光の花が連続して咲いた。

細かった青い帯が、真ん中からぐしゃりと押し潰される。前衛と後衛を繋いでいた細い通路が、線から点に、そしてノイズに変わった。

 

「オペレーター、状況」

 

「はっ。同盟軍中央部、激しい被弾。隊列が崩壊しています。前衛と後衛の連絡線は、ほぼ遮断されました」

 

口角を上げる。

 

「よし、上出来だ。ラインハルト、相変わらず嫌な部分を突くな。俺の性格を宇宙空間で再現したのか」

 

「光栄とは言いがたいが、結果が伴うなら聞き流そう」

 

冷えた声音の裏側で、さらに砲撃指示が飛んでいるのが分かる。忙しそうだが、確実に楽しんでいる。

 

「左翼、ケスラー艦隊へ伝達」

 

視線を左側の宙域に移した。

 

「ラインハルトが開けた穴を塞がれるな。分断した前衛を、ラインハルト艦隊と本隊で挟み込む。逃げ道は一本も残すな」

 

返答は短く、無駄がない。

 

「ケスラー艦隊、了解。前衛部隊を押さえ込みつつ、退路を封鎖します」

 

左翼側で、ケスラーの艦隊が流れるように前進を開始した。

ラインハルトが開けた裂け目と、俺たちの正面陣形。その隙間を埋めるように、厚い装甲艦の列が入り込んでいく。

 

「敵前衛、包囲圏へ到達。こちらとミューゼル提督の艦隊で、完全な袋状を形成しました」

 

オペレーターの声が、少し上ずる。

無理もない。今まさに、一万隻規模の艦隊が、一気に「獲物」に変わった。

 

だが、同盟軍もまだ息をしている。

 

「報告。後方艦隊、混乱しながらも整然と後退を開始。ミューゼル艦隊中央部に、砲火を集中し始めています」

 

金色の帯の真ん中に、赤い光が降り注ぎ始めた。

 

「ほう」

 

思わず素の声が出た。

 

「前衛を見捨てて後退を選べるとは。指揮官はなかなか冷静だな。昔なら全艦突撃を叫んで自滅コース一直線だったろうに」

 

ミュラーが、隣で小さく肩をすくめる。

 

「時代は変わるものです。敵も、少しずつ学ぶのでしょう」

 

「困るなあ」

 

元帥杖をくるくると指で回した。

 

「俺が楽をするための敵が、勝手に賢く育っていく。だが、今回はその程度の判断では足りん」

 

マップ上で、分断された前衛艦隊の光点が、四方八方へ散り始める。

 

ラインハルトの艦隊の斜め後方からも砲火が降り注ぎ、敵の動きを縛っていた。

 

あいつ、ちゃんと後ろも見ている。自信家だが、仕事だけは本物だ。

 

「全軍に通達。分断した先鋒は、一隻残らず平らげる。追撃対象を前衛に限定。包囲圏の外へ出た敵は、いったん放置だ。どうせ後でゆっくり煮込める」

 

各艦隊司令部から、一斉に了承の返事が返る。

敵前衛の片側を削り取り、反対側を押し潰していく。

 

ケスラーは退路封鎖と火力支援を同時にこなし、レンネンカンプは隊形を崩さないまま、防御火線を張り続けた。

 

中央のラインハルトは、暴風の目、そのものだ。

 

前後から砲撃を受けながらも、戦術単位で艦隊を細かく分割し、それぞれが適切な角度で火線を重ねている。

 

敵の砲火は空を切り、こちらの一撃だけが確実に急所を抉る。

 

「損害比を出せ」

 

「はっ。こちらの撃沈艦、軽巡数隻と駆逐艦少数。敵は、前衛部隊の六割以上が沈黙。残りも機動不能艦が多数。戦闘継続は困難と思われます」

 

椅子から腰を上げ、元帥杖を肩に担いだ。

 

「よし、最後に押し流せ。包囲圏内の敵艦へ、集中砲火。撃てる艦は全部撃て。撃てない艦は、心の中で気合を送れ」

 

オペレーターが吹き出しそうになり、慌てて咳払いする。

砲撃命令が連続して飛び、ロンゴミニアドの艦体が低くうなった。

メインスクリーンが一瞬真っ白になり、爆光が前衛艦隊の座標を塗りつぶす。

 

「センサー復旧。敵前衛艦隊、完全沈黙を確認。生存艦は、推定で千隻未満。その半数が大破、行動不能です」

 

ブリッジ内に、小さなどよめきと、抑えきれない安堵が広がる。

 

ミュラーが、スクリーンを眺めながらぽつりとつぶやいた。

 

「同盟軍、少なくとも九千隻は喪失していますね」

 

アナの声にも、珍しく興奮がにじむ。

 

「緒戦からこの戦果…。これほど鮮やかな前衛殲滅は、聞いたことがありません」

 

ニヤリと笑い、元帥杖を高々と掲げた。

 

「聞け、諸君。トールハンマーは一発も撃っていない。重力砲様は、今日は観客席で優雅に鎮座しておられる。つまり今の結果は全部、俺の用兵の妙が生み出した成果だ。異議のある者は、あとで個別面談だぞ」

 

ブリッジのあちこちから、くすくす笑いが漏れた。

アナが口元を押さえながら、目だけでこちらを射抜く。

 

「はいはい。アル様のご才覚による勝利、という文言で記録しておきます。公式文書の一行目に」

 

「重要だ。『トールハンマーの威力により』なんて書いた史官がいたら、俺はその名を覚えておくからな」

 

「恐ろしい脅し文句ですね。史官が泣きますよ」

 

「泣いて反省するなら安いものだ」

 

そこへ、ラインハルトからノイズ混じりの声が届いた。

 

「結果を誇る気持ちは理解するが、俗物。私の艦隊の働きも、多少は勘定に入れておけ」

 

「もちろんだ。お前の突撃がなければ、ここまで綺麗には割れなかった。だが、戦場全体を見て、誰をどこに配置したか。そこが指揮官の腕の見せどころだ」

 

レンネンカンプが、肩を竦めて小声で言う。

 

「また、自画自賛が始まりましたよ、閣下」

 

「当然だろう。誰も褒めてくれないうちは、自分でウォーミングアップしておく。その上で、お前たちが酒の席で『まあ、あれは見事だった』と一言つぶやいてくれれば、それで満足だ」

 

ケスラーが、少し照れたように笑った。

 

「酒の席どころか、公式戦史に残るはずです。ファルケンハイン元帥による縦深分断作戦として」

 

その瞬間、ブリッジの視線がそろって俺に集まる。

尊敬、期待、呆れ、諦め。色々混ざった、あのいつもの目だ。

 

胸の奥がむず痒くなる。

本音を言えば、俺が欲しいのは「有能な無能」という、矛盾した肩書だ。

 

働いているようでいて、実はサボるための仕込みばかりしている男。

だが現実は、こうして勝利を重ねるたびに、余計な伝説が積みあがっていく。

 

「まあ、いい」

 

小さくつぶやき、元帥杖をゆっくり降ろした。

 

「ともかく緒戦は大勝利だ。同盟軍は、出鼻をくじかれたどころか、鼻そのものをもぎ取られた気分だろう。この調子で、残りの連中にも、たっぷり絶望をプレゼントしてやる」

 

 

ブリッジに、どっと笑いが広がる。

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回は、イゼルローン回廊でのトールハンマーを撃たない勝利という、
銀英伝世界でも非常に難しいテーマに挑戦しました。

アルが本気になると戦場がどう動くのか、
ラインハルトとどこで噛み合い、どこで衝突するのか、
そして帝国の将官たちがどう動き、どう笑うのか。

読者の皆さまが
「ここが好きだった!」
「この台詞が刺さった!」
「ここの戦術をもっと詳しく!」
「アルのポンコツぶりが足りない!」などなど、
自由に感じたままの感想をいただけると、とても励みになります。

あなたの一言が、次の戦いや人物描写のヒントになります。
ぜひ感想欄で教えてくださいね。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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