銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
本編は、後者――すなわち「座布団」となったアルブレヒト・フォン・ファルケンハインの数奇な物語である。
死神と呼ばれる従者に守られ、忖度で昇進し、転属を願えば幕僚に栄転。
主人公らしからぬ主人公が、今日も尊厳と命を賭けて悪戦苦闘する。
笑いと哀愁に彩られた“もうひとつの銀河英雄伝説”を、心ゆくまでお楽しみいただきたい。
初陣を終え、俺たちはイゼルローン要塞に戻った。いやー、生きて帰ってこれたのが奇跡だよな。俺は今まで「死ぬなんて縁起でもない」って軽く考えてたけど、あの戦場を体験した後だと「生きてるってマジで宝クジ一等当たるよりすごい」って思えるようになった。だからこそ俺は、昇進祝いと称して、士官クラブで浴びるように酒を飲んでやったのだ。
ブランデーをグラスに注いで、一気にあおる。二杯目。三杯目。横でアナが冷たい目をしているのも気にしない。
「だからな!俺は死にたくないんだよ!わかるか!?俺はな、美女と美酒に囲まれて、毎日をゴロゴロして過ごしたいんだ!命を賭けてまで戦果を立てるなんてごめんだ!俺は安全に勝ちたいんだ!」
カウンターに突っ伏しながら、俺は声を張り上げた。隣のテーブルにいた士官が鼻で笑った気がしたが、気にしない。
アナが椅子からすっと立ち上がり、俺の腕を取った。
「アル様。そろそろお部屋にお戻りください。皆様のご迷惑です」
「迷惑じゃない!俺は本音を語っているだけだ!誰だって死にたくないだろ!」
「声が大きすぎます」
「ぐぬぬぬぬ……」
結局、アナに腕を引っ張られてクラブを追い出された。俺は足取りも覚束なく、廊下をふらつきながら歩き、ファルケンハイン家専用の私室に連れ込まれた。
とりあえず、めちゃくちゃ怖かったので、その夜はアナにたっぷり慰めてもらった。だから、とりあえずは大丈夫だ!人は恐怖の後に快楽を欲する生き物だからな!いやー、理にかなってるわ!
場面は変わり、俺の私室。ベッドの上で俺はシーツにくるまり、幸せの余韻に浸っていた。
「ふふふ……」
横でアナが髪を整えながら、俺を見下ろしてくる。美人すぎる。やばい。
「まったく、甘えん坊さんでしたね、アル様。腰の動きまで、全て私に任せるなんて」
「うっ……!その言い方やめろ!」
「ですが、出すのが早すぎるのは、もう少しどうにかなりませんか?」
「おい!女の子がそんな生々しいことを言うなと、何度も言ってるだろ!」
「もう大人の女です。先日、18になりました」
「ぐぬぬぬぬ……」
布団の中で悶絶する俺。いや、確かにアナは18になった。立派な大人の女性だ。俺と誕生日同じで同い年だから年齢差はない。だけどだ!そういう問題じゃない!男のプライドってやつがあるんだよ!
しかも、アナの成績や戦果が化け物じみてるせいで、俺はどうしても「情けない坊ちゃん」と見られがちだ。だからこそ、俺は私生活では威厳を保ちたい。少なくともベッドの上くらいは……って思ってるのに!全部アナに主導権を握られてるじゃねえか!
「アル様、顔が真っ赤ですよ」
「うるさい!お前が変なことを言うからだ!」
「私は事実を申し上げているだけです」
「その事実を言うな!」
俺は枕に顔を埋めてじたばたした。アナは涼しい顔でティーカップに紅茶を注いでいる。この落ち着きよう。どっちが主君かわからん。
「まあ、アル様はそのままでよろしいのです」
「え?」
「戦場では、私が命を張ってお守りします。ですから、アル様は無事に帰ってきてくださればいい。それだけで、私には十分なのです」
「……」
不意打ちの言葉に、俺は何も言えなくなった。真面目に言うなよ。酔いが一気に醒めるだろ。
アナは紅茶を口に運び、ほんの少しだけ笑った。
ああ、くそ。結局、俺の人生はアナに支えられっぱなしだ。士官学校でも、戦場でも、私生活でも。全部アナがいないと立ち行かない。俺は俗物で、怠け者で、情けない。でも、アナだけは、そんな俺を受け入れてくれる。……いや、受け入れてるどころか、主導権を握って振り回しているんだけどな!
でもまあ、いいか。生きてるだけで勝ちだ。
「アナ、紅茶もう一杯くれ」
「はい。お砂糖は二つで?」
「三つだ!甘やかしてくれ!」
「……子供ですか」
俺はシーツに包まりながら、またもやぐぬぬぬと唸った。
◆
とりあえず、俺とアナは中尉になった。いやあ、肩書きがちょっと立派になっただけで、人は気分が良くなるもんだな。制服の肩章もキラッと光って、食堂での扱いも少しはマシになった。……と思ったら、それだけじゃ済まなかったんだよ!俺たちの部隊は、出撃すれば必ず敵と会敵!いや、むしろ敵の主力と会敵!死ぬかと思ったのは一度や二度どころじゃない!十回以上!二十回以上!数えるのも嫌になるくらいだ!俺は美女と踊りたいのであって、死神とダンスを踊る趣味なんてない!……まあ、死神が絶世の美女なら、少しは考えるけどな!でも実際に出てくるのは、銃火器を抱えた汗臭い同盟兵ばっかりなんだよ!ふざけんな!
数ヶ月が経ったある日、俺は食堂で食事をしていた。目の前の皿には帝国式の芋の煮込み。正直うんざりしている。なぜ俺が伯爵家の息子なのに、こんな粗食を食わねばならんのだ!と、内心で毒づいていたそのとき、でっかい影が俺の視界を覆った。
「おお、ファルケンハイン大尉!」
振り向けば、そこに立っていたのはケンプ。いつも以上にガタイがよく見える。しかも肩章を見たら、中佐になってるじゃないか。
「いやあ、貴官のおかげで、この俺もついに佐官だ!感謝しているぞ!」
「は、はあ……おめでとうございます……?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。いや待て、おかしいだろ。「俺のおかげ」ってなんだ?俺がケンプに何かしたか?特にないぞ?むしろ俺は毎回戦場で死にかけて、帰ってきてはアナに慰めてもらうの繰り返しだ。ケンプが中佐になったのと俺に何の関係が……?
「貴官とホーテン中尉には感謝してもしきれん!いや、今はホーテン大尉か!本当にありがとう!」
ケンプは俺の肩を豪快に叩き、そのまま去っていった。背中を見送りながら、俺は頭に疑問符を浮かべ続けた。
「……なあ、アナ」
横で同じ芋の煮込みを黙々と食べているアナに問いかける。
「なんで俺のおかげなんだ?」
アナはフォークを置き、すました顔で俺を見る。
「簡単なことです、アル様」
「簡単って……?」
「アル様がいる我々の部隊は、その悪運と、ヴァルテンベルグ閣下やクライスト閣下の『肝いり』で、必ず敵主力と遭遇しますから」
「……」
「ケンプ中佐にしてみれば、武勲が立て放題というわけです」
「……え?」
理解が追いつかない俺。しばらく沈黙してから、やっと言葉を絞り出した。
「……それって、俺たちは毎回、囮にされてるってことか?」
アナは紅茶を口に含み、優雅に微笑んで言った。
「ご明察です。その代わり、補給や艦艇の修理は最優先で回してもらえます」
「俺の命は!?」
思わず叫んだ俺に、アナはにこりともせず答えた。
「それはアル様ご自身の努力次第です」
いやいやいや!違うだろ!俺の努力ってなんだよ!俺は毎回、敵に突撃するたびに「お母様!お父様!ご先祖様!」って走馬灯を見ながら操縦桿を握ってるんだぞ!努力の余地なんてねえよ!
しかもだ。よく考えてみろ。俺たちの部隊が囮だからこそ、ケンプは武勲を積み上げて中佐になった。俺は?俺は何になった?まだ大尉だぞ!確かに昇進はしたけど、アナも一緒に昇進したから結局立場は変わらない。むしろアナの方が「有能だから昇進」って雰囲気なのに、俺は「お飾りだから昇進」みたいに言われてる!完全に忖度だ!
「アル様、顔がひどいことになってますよ」
「ひどいのは俺の扱いだ!」
「でも、アル様は無事に生き残ってます」
「それはアナのおかげだろ!」
「ええ、もちろん」
さらっと肯定するな!お前、もうちょっと遠慮しろよ!
いや、ほんとに洒落にならん。数ヶ月で俺の寿命が十年は縮んでるぞ。最初は「生きて帰れた!ばんざい!」って喜んでたけど、今は「また行くのかよ……」って泣きたくなる。俺は戦争をするために生まれてきたんじゃない!俺は美女と美酒と金ピカの宮殿でだな……!
だが、現実はどうだ?俺は毎回敵主力の前に立たされてる。命がけで囮をやらされてる。これを「ご配慮」とか「武勲の機会」とか言ってる連中、頭おかしいだろ!
ある時なんて、戦闘から帰還したケンプ中佐がニコニコしながらこう言ったんだ。
「いやあ、ファルケンハイン大尉のおかげで、俺はまた戦功章をもらえそうだ!」
何がおかげだ!俺はただ必死で生き延びてただけだ!アナに助けてもらいながらな!それを「功績」って……。ああ、胃が痛い!
まあ、こうして俺は今日も生きている。アナが隣にいるから、なんとかやれている。だけどな……!もうちょっと俺を安全なところに置けよ!
俺は戦場じゃなくて舞踏会で輝きたいんだ!
◆
とにかく、そういうわけだ。ここ数ヶ月、俺は毎回死ぬ思いをしながら戦場を駆け抜けてきた。いや、正確に言うと駆け抜けたんじゃなくて、アナに引っ張られて、気づいたら生き残ってたって感じだ。で、だ。肝心のアナだが、この女がまあ八面六臂の大活躍をしやがって、今ではケンプ中佐と並んで「空戦隊の双璧」なんて呼ばれている。異名までついたんだぞ?「ファルケンズフォレスト」だってよ。霧みたいに静かに現れて、気づいたら敵が森の木みたいにバタバタと倒れてるかららしい。いや、ほんとに怖い。俺の専属メイドが死神だったとはな。
格納庫に戻ったある日のことだ。整備兵がアナの機体に白いチョークで撃墜マークをせっせと描き込んでいた。
「ホーテン少佐!今回の出撃で撃墜数が三桁突破です!さらに艦艇の撃沈数も二桁後半!もう死神そのものですよ!」
「お疲れさまです」アナは涼しい顔で微笑む。整備兵たちは完全にファンだ。拍手してるやつまでいる。
……死神はコイツかもしれん。
じゃあ、俺は?俺だって数ヶ月の死線を生き抜いてきた。撃墜数だって少しは伸びた。新兵にしては頑張ったほうだろ!「新兵最強」それが俺様だ!
そのとき、アナが俺の方に報告書を持ってきた。
「アル様。司令部から個人戦果の通達がありました。総撃墜数、5機だそうです。まあ、新兵にしては立派ですよ」
「……5機?」
思わず復唱した。いや、少なっ!三桁の隣で5機?それ、飾りにもならん数字だろ!
「ちょっと待て!たった5機か!?俺、もっと頑張ってたぞ!敵の弾幕を必死に避けたり、アナの後ろに隠れたり、叫んだり、祈ったり!」
「それは撃墜数には含まれません」アナがさらっと言い放つ。
俺は頭を抱えた。いや、ほんとになんでだよ。
「しかも、お前、いつの間に少佐になってるんだよ!?昇進ペースがやばすぎるだろ!」
「アル様も先日、少佐にご昇進なさいましたよね」
「理由が俺の主人だからってやつだろ!俺の実力じゃない!」
実際、昇進の内訳はこうだ。アナは「圧倒的戦果により少佐昇進」。俺は「ホーテン少佐の主人が部下では形がつかないため、ついでに少佐にしておく」だ!なんだそれ!忖度ここに極まれりだろ!
しかもだ。最近は艦内で俺に妙なあだ名がついている。
「なあアナ、知ってるか?俺がなんて呼ばれてるか」
「はい。『アナスタシアの座布団』ですね」
「そこは否定しろおおおおお!」
「だって、そう呼ばれてますし」
「理由も聞いたんだぞ!『いつも尻に敷かれてるから』だって!」
アナは一瞬考えて、さらりとこう言った。
「上手いことを言う方がいるものですね。感心しました。今度、その方に賞金を贈っておきましょう」
「ふざけるなああああああああ!!」
俺の絶叫が格納庫に響いた。周りの整備兵たちはクスクス笑っている。お前ら!俺は上官だぞ!笑うな!
でも、こうして見ると、やっぱりアナはすごい。出撃のたびに無傷で帰還し、味方からは尊敬され、敵からは恐れられる。ケンプ中佐と並んで「双璧」と呼ばれるだけのことはある。
一方俺は?毎回震えながら帰ってきて、戦果は雀の涙。それでも死なずに帰還しているのは、ある意味奇跡かもしれん。いや、奇跡じゃない。完全にアナのおかげだ。
でもな、俺にだってプライドがあるんだよ!伯爵家のご子息だぞ?せめてもうちょっとマシな異名が欲しい!「アナスタシアの座布団」とかじゃなくて!
……あれか?「生き残り王」とか?「運だけの男」とか?いや、ますますダメだ!
その日の夕方、食堂でまた兵士たちが噂していた。
「やっぱホーテン少佐はすげえよなあ」
「ファルケンズフォレストの異名は伊達じゃない」
「その横にいるファルケンハイン少佐は……ええと……」
「座布団?」
やめろおおおおおお!俺は座布団じゃない!座布団じゃなくて!
こうして、英雄たちの異名に彩られる中で、俺の呼び名は座布団になった。死神と呼ばれる従者と、座布団と呼ばれる主人。おかしくないか!?上下関係が完全に逆転してないか!?
……いや、逆転なんて言葉じゃ生ぬるい。俺、家具になってるんだぞ!?
◆
俺はついに決心した。このままでは命か尊厳か、どっちが先に散るか分からん。アナの尻に敷かれて死ぬか、戦場で敵に撃たれて死ぬか。俺は伯爵家のご子息だぞ?本来なら後方で紅茶を飲みつつ、優雅に「いやあ、戦況は厳しいですな」とか言ってる役割じゃないか!俺は決意した。転属願いだ。
後方勤務に行く!安全地帯で美女と優雅に過ごす!薔薇色の貴族ライフ、今ここに再始動!
数日後、司令部から呼び出しを食らった。人事担当官の前で辞令を受け取る。
(内心)
やった!やったぞ!ついに俺は自由を手に入れた!空戦隊とはおさらばだ!さらば死線!こんにちはお菓子と紅茶!
そう思いながら辞令を開いた。そこにはこう書かれていた。
「ファルケンハイン少佐、第327戦闘艇空戦隊付き、艦隊司令部幕僚を命ず」
……あれ?
「あの、これは?」思わず人事担当官に聞いた。
担当官は笑顔で言う。
「おめでとうございます、ファルケンハイン少佐。貴官のこれまでの戦術的貢献(という勘違い)が認められ、艦隊司令部の幕僚に栄転です」
「え、あ、はあ……」
担当官はさらに続けた。
「なお、艦隊の編成上、引き続きケンプ中佐の部隊に帯同していただきます」
……つまり、俺は空戦隊から離れられないってことだな?つまり、また死線ってことだな?
辞令を持つ手が震える。
さらに担当官が書類の別のページを指差した。
「なお、ホーテン少佐はケンプ中佐の麾下で、第1及び第2空戦隊の隊長を兼任することになりました。今後のますますの活躍を期待します」
アナはさらに偉くなってるうううう!!
執務室に戻り、俺は机に突っ伏した。
「俺は、一体どうすればいいんだ……?」
天井を仰ぐ俺。壁際でアナは涼しい顔で辞令を整理している。
「アル様。幕僚昇進、おめでとうございます」
「お、おめでとうって……俺はアナの隊員ですらなく、ただの幕僚だぞ!?しかも空戦隊付き!?全然安全じゃないじゃないか!」
「アル様が安全圏に行かれるのは、帝国が銀河を統一した後かもしれませんね」
「遠すぎるわ!!」
俺は絶望した。これじゃあ悪夢は終わらない。いや、むしろエスカレートしてる。
数日後、幕僚の仕事が始まった。書類を運ぶ俺。会議に出席する俺。そして毎回ケンプ中佐の横で「ファルケンハイン少佐のご意見は?」と振られる俺。
「ええと……突撃すればいいんじゃないですかね?」
「おお!流石ファルケンハイン少佐!」と拍手する幕僚たち。
いや、適当に言っただけなんだけど!?
そして戦場。案の定、俺はケンプ中佐の真横に配置され、敵と鉢合わせる。
「ファルケンハイン少佐!幕僚の立場から我々に指示を!」
「ええと……死なないように頑張りましょう!」
「おお!流石です!」
いや、バカなのか!?これが帝国軍の頭脳か!?
その横でアナは戦場を駆け抜け、敵を次々と撃破する。部下からは「ホーテン少佐万歳!」の大合唱。
俺の耳には「座布団」コールすら混じっている。
俺は一体なんのために栄転したんだ。尊厳を守るための転属願いが、逆に尊厳を破壊してきている気がする。
夜、私室でブランデーを煽りながら考え込む。
「アナ、俺はどうすればいいんだ」
「そのままのアル様でいてください。皆様、愛していらっしゃいますよ」
「俺は家具じゃないんだぞ!?座布団でもソファでもないんだぞ!?」
「でも、アル様は私の座布団です」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ついにアルには「座布団」という愛称が定着しました。
読者の皆様もお気づきの通り、ここまで来るともう「武勲」より「どう家具として扱われるか」が気になって仕方がない段階です。
それでも彼はまだ主人公であり、彼なりに必死で生き残り続けています。
次回は、幕僚としてのアルの「奇跡の進言」が物語を大きく動かす……かもしれません。
いや、たぶんまたアナに助けられて家具呼ばわりされるだけかもしれませんが。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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毎日なら文字数気にしない