銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の話は、戦場の外で静かに進むもう一つの戦いを描いたものです。
銃も砲も鳴らず、代わりに動くのは報告書と沈黙、そしてわずかな義理と打算。
ファルケンハイン元帥は俗物でありながら、彼なりの筋を通そうとします。
その筋が、誰かの未来を繋ぎ止め、誰かの絶望をわずかに遠ざける——
そんな物語になれば嬉しく思います。

どうぞお楽しみください。


俗物の義理、鋼鉄の忠誠

元帥執務室の扉がノックされた。

 

「リューネブルク大将をお連れしました」

 

アナスタシアの声がして、重厚な扉が静かに開く。

制服は乱れなし。表情は、いつもの石像モード。

 

(ほんと、こいつは戦場で暴れた直後なのか?)

 

 こっちはさっきまでブリッジを走り回っていたせいで、まだ息が少し上がっているのに、目の前の男は、今から紅茶でも飲みながら読書会を始めそうな落ち着きだ。

 俺の部下はどうしてこう、揃いも揃って胃に穴が空きそうなタイプばかりなのか。

 

「閣下のご命令により、参上いたしました」

 

いつも通りの平板な声。

だが、今日の俺が彼に話す内容は、いつもの作戦会議とはまるで別物だった。

 

「リューネブルク大将」

 

椅子から立ち上がり、机の前まで出て、彼と向かい合う位置に立つ。

 

「戦果報告は後でいい。まずは、お悔やみを申し上げる」

 

「は?」

 

石像が、ほんの少しだけひび割れた。

リューネブルクの眉が動き、視線が一瞬揺れる。

 

「何を仰せでしょうか、閣下」

 

「奥方のエリザベートさんと、義兄君のハルデンベルク伯が亡くなられた」

 

室内の空気が、一気に重くなる。

リューネブルクの顔色が、目に見えて変わった。さすがの鉄仮面も、この話題には無傷ではいられないらしい。

 

「……まさか」

 

声が掠れる。

こいつのそんな声を聞くのは、たぶん初めてだ。

 

「表向きには、屋敷での事故死として処理される」

 

淡々と言葉を続ける。

 

「これは、貴族社会の面子と、今後のお前の立場を守るための公式見解だ。だが、お前には真実を話しておく必要がある」

 

リューネブルクは、きっちり直立不動の姿勢のまま、ゆっくりと視線だけを床に落とした。

 

「……真実」

 

「ああ」

 

机の端に軽く腰を預け、腕を組んだ。

 

「質問だ。カール・マチアスのことは、どこまで知っている?」

 

リューネブルクの瞼がぴくりと震える。

 

「フォルゲン伯爵家の四男。以前の妻の婚約者だった、と聞いております」

 

「その認識で合っている」

 

短くうなずく。

 

「彼が結婚資金を稼ぐために、サイオキシン麻薬の密売に手を出したことも、その結果、ハルデンベルク伯とフォルゲン伯が彼を前線送りにして、戦死させたこともな」

 

「……」

 

「お前がローゼンリッター時代に討ち取った『名もなき敵兵』が、実はそのカール・マチアス本人だったという話も、もう耳に入っているはずだ」

 

そこまで言っても、リューネブルクは何も言わない。

ただ、拳を握る音だけが、いやに耳についた。

 

一息ついてから、本題を告げる。

 

「その一連の真相を知った彼女は、義兄である伯爵を殺した。そして毒を煽り、自分も死んだ」

 

短い沈黙。

それから、乾いた声が落ちた。

 

「……そうですか」

 

 驚愕、怒り、悲しみ。普通ならいろいろな感情が顔に浮かぶはずだが、リューネブルクの表情は、逆に静かすぎて怖い。

 

 感情がゼロというより、全部奥底に押し込めて、表には一滴もこぼさないでいようと必死に堪えている感じだ。

 

(この男、やっぱり普通の意味での軍人じゃないよな)

 

心のどこかでぼんやりそんなことを考える自分がいる。

だが、今はそれを口に出す場面ではない。

 

「……閣下は」

 

リューネブルクが、床を見つめたまま静かに口を開く。

 

「私に、どうせよと仰るのですか」

 

 声から力が抜けている。

 諦念と、自嘲と、ほんの少しの期待を混ぜ合わせて、ギリギリの線で形を保っているような声だ。

 

(ああ、そうか)

 

ようやく気づく。

 

こいつは、「捨てられる」と思っているのだ。

 

祖国を捨て、仲間を捨て、生き延びるためにいろいろと切り捨ててきた男。

今度は、国か、新しい主君か、あるいは両方から見捨てられる番だと、どこかで覚悟している。

 

(ほんと、うちの部下は極端な奴ばかりだな)

 

 ラインハルトは世界を壊す気満々だし、ロイエンタールは自分の破滅をどこかで楽しみにしている節があるし、ミッターマイヤーは真面目すぎて過労死候補だし。

そしてこの男は、「捨てられる」という未来を当然のように受け入れている。

 

「どうせよとは言わん」

 

椅子から立ち上がり、机を回り込んで、真正面からリューネブルクの前に立った。

 

「お前は妻と義兄を喪った。記録上も、世間的にも、そう扱われる。真実を話したのは、そのうえで、お前自身が立ち位置を誤らないようにするためだ」

 

「立ち位置、ですか」

 

「そうだ」

 

彼の目線の高さに合わせるため、少し顎を上げる。

 

「お前は、国に利用され、女に利用され、運命に弄ばれた被害者に見えるかもしれん。だが、少なくとも今この瞬間、お前は俺の部下だ。俺は、お前を便利なコマとしてしか見ていない上官にはなりたくない」

 

「……」

 

「だから、真実は伝える。俺はお前を信頼している。そんな俺が、お前にだけ都合の悪い部分を隠しておくのは、気持ちが悪い」

 

そこで一拍置いて、肩をすくめた。

 

「俗物なりに、筋は通したいんだよ」

 

「筋、ですか」

 

「そう。これが、俗物である俺の、俗物的な義理だ」

 

リューネブルクが、ようやく顔を上げた。

目の奥に、かすかに灯った光が見える。

 

「……閣下は、本当に不思議なお方です」

 

「ほめ言葉として受け取っておく」

 

「普通は、ここまでしていただいたうえで『それでもお前は危険だから左遷する』と言われる流れだと思っていました」

 

「それはどこの軍隊の話だ」

 

思わず笑いがこみ上げる。

 

「少なくとも、俺の軍隊ではそんな面倒なことはしない。切るなら最初から拾わないし、拾ったならそう簡単には切らない」

 

「……」

 

「下がっていい」

 

軽く手を振った。

 

「その前に、一つだけ付け加えておく」

 

リューネブルクの動きが止まる。

 

「安心しろ。お前には、俺が退役するまでは現役でいてもらう」

 

言いながら、自分でも少し照れくさい言い回しだな、と思う。

だが、言ってしまったものは仕方ない。

 

「約束通り、元帥にしてやる。そこまでは生き残れ」

 

「……」

 

リューネブルクの目が、はっきりと見開かれた。

さっきまで沈んでいた光が、一気に燃え上がる。

 

「ありがとうございます、閣下」

 

絞り出すような声ではなく、腹の底から出た声だ。

 

「私は……てっきり、見捨てられるものとばかり……」

 

「俺を何だと思ってる」

 

軽く拳で彼の胸を小突く。

 

「俺はこんなことでお前を捨てたりしない。有能で、狡猾で、扱いは面倒だが、ちゃんと結果を出す部下を手放すなんて、そんなもったいないことをするほど、俺は清廉じゃない」

 

「……閣下は、やはり俗物です」

 

「その通り。胸を張って言える」

 

その肩をぽんと叩いた。

 

「お前が俺の要求に応えて、有能な働きを続ける限り、俺はお前を守る。国の体裁だろうが、貴族社会の噂話だろうが、必要なら少しくらい捻じ曲げる」

 

「それは……」

 

リューネブルクは、少しだけ唇を噛んだ。

 

「そんなことをしてまで、私を?」

 

「そんなことをしてでも、だ」

 

言葉を訂正する。

 

「俺が貴族社会で嫌われようが、陰で何を言われようが、どうせ今も大して好かれていない。だったら、自分の役に立つ人間くらい、自分の手で守った方が得だろう」

 

自分で言っていて、どこからどこまでが本音なのか、自分でもよく分からなくなる。

得だとか損だとか言いながら、実際には「捨てたくない」と思っているのも事実だ。

 

それを全部まとめて、「俗物的な義理」と呼んでいるだけだ。

 

「……この命、尽きるまで、閣下のために使わせていただきます」

 

リューネブルクはきっちり姿勢を正し、深々と頭を下げた。

誓いの言葉は、短く簡潔だが、変に気取った美辞麗句より、よほど重く響く。

 

「尽きるまで、とは言ったが、勝手に短くするなよ」

 

苦笑してみせる。

 

「俺より先に死んだら、許さんからな」

 

「それはまた、難しい命令を」

 

「簡単な命令を出すほど、俺は優しくない」

 

そう言うと、リューネブルクはかすかに笑った。

氷がほんの少しだけ溶けたような笑い方だ。

 

「了解しました、閣下。生き残る努力を重ねます」

 

「そうしろ。じゃあ、行け。お前にはまだ、やってもらうことが山ほどある」

 

 リューネブルクは最後にもう一度敬礼し、無言で部屋を出ていった。

 背筋は相変わらずまっすぐだが、その背中からは、先ほどまで感じた冷たい諦めの匂いは消えていた。

 

代わりにあるのは、しつこそうな忠誠心の気配。

 

(よしよし。これで一人、俺の鎖に永久契約者が増えたな)

 

自分で言っておいて何だが、うちの元帥府はブラック企業じみている気がする。

労働条件はわりと良いのに、精神的な拘束力だけが異様に高いあたりが特に。

 

「お見事でした、アル様」

 

扉が閉まると同時に、壁際で控えていたアナスタシアが、柔らかい笑顔を見せた。

 

「何が」

 

「今の一連のやり取りです」

 

彼女は静かに歩み寄り、俺の前で立ち止まる。

 

「悲劇の真相をきちんと告げたうえで、『見捨てない』『元帥にしてやる』と明言する。あれで、リューネブルク大将は一生アル様から離れられなくなりました」

 

「物言いが怖いな、お前は」

 

「事実を申し上げただけです。アル様の義理は、時に鋼鉄より強固ですから。優しい鎖は、簡単には外れません」

 

「優しいとか言うな。ブラック企業の鎖だぞ、これは」

 

「ふふ。ですが、あの方は喜んで首輪を受け取っておられましたよ」

 

「表現がどんどん物騒になっているんだが」

 

額を押さえた。

アナが穏やかな笑顔で物騒なことを言い出したあたりで、大体の方向性はいつも決まってくる。これ以上突っ込んだら、ますます話がややこしくなる。

 

「まあ、いい」

 

ソファにどさっと腰を下ろす。

戦略会議、通信、悲しい報告、部下のケア。いつの間にか、予定していた昼寝タイムがごっそり削られている。俺の午後のシエスタは、いつ返ってくるのか。

 

「それにしても」

 

アナスタシアが、そっとお茶を差し出してくる。

さっきまでブリッジで鬼みたいな戦闘指揮をしていた女と同一人物とは思えない、完璧な執事モードだ。

 

「アル様の『俗物的な義理』というものは、本当に便利ですね」

 

「便利言うな」

 

「だって、そうではありませんか」

 

アナは俺の向かい側に腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。

 

「貴族社会に対しては、『情に厚い若き元帥』『部下思いの名上官』という看板を掲げられます。下の者から見ても、『一度拾ってくれたら滅多に捨てない人』として、安心感が生まれます」

 

「おかげさまで、うちに入ってくる物好きが増えたな」

 

「はい。しかも全員、有能で、癖の強い方ばかりです」

 

「褒めてるのか嫌味なのか、はっきりしろ」

 

「事実の羅列です」

 

アナは、くすっと喉を鳴らした。

 

「そして、アル様ご自身にとっても得でしょう?」

 

「……まあな」

 

否定できない。

自分のマグカップを両手で包み込むようにして、ふうと息を吐いた。

 

「結果を出す限りは、俺は部下を手放さない。その代わり、一度でも決定的な裏切りをやったら、その場で切る。最初からそう決めてたからな」

 

「リューネブルク大将は、その線から見ても問題なし、ですか?」

 

「あいつは根が陰湿だからな」

 

「褒めておられるのですよね?」

 

「もちろんだ」

 

即答する。

 

「陰湿なやつは、裏切るときも陰湿なプロセスを踏む。つまり、粛清に行くまでの準備期間が長い。そのあいだに、こっちも全部察せる。だから扱いやすい」

 

「なるほど。アル様基準だと、性格の悪さはリスクではなく、監視しやすさの指標になるわけですね」

 

「そういう言い方をすると、俺がとんでもない人間みたいに聞こえるんだが」

 

「違うのですか?」

 

「違わないのが腹立つ」

 

アナが肩を震わせた。

笑っているのか、それともトマホークを投げたくてうずうずしているのか、判別しづらいところがまた恐ろしい。

 

「ともあれ」

 

話題を変えることにする。

 

「リューネブルクについては、これでケリがついた。問題は、あいつの今後のメンタルケアだ」

 

「メンタルケア、ですか」

 

「そうだ」

 

「人間、いきなり全部失ったまま放置すると、だいたいろくな方向に進まない。復讐鬼になるか、酒浸りになるか、戦場で死にたがるか、どれも困る」

 

「それは確かに」

 

「だから、あいつには『これからの人生の目標』を、きちんと用意してやる必要がある」

 

「元帥への昇進では足りませんか?」

 

「仕事の目標だけじゃ足りん」

 

真剣な顔で首を振った。

 

「人間は私生活も大事だ。特に、あいつは一度、私生活の方で派手に地雷を踏んでいる。ここで放置すると、ロクな再婚先を選ばない」

 

「……アル様」

 

アナスタシアの目が、じりりと細くなる。

 

「その言い方ですと、まるで『アル様が直接お見合いの世話を焼く』ように聞こえますが」

 

「聞こえるんじゃなくて、その通りだ」

 

きっぱり断言する。

 

「俺は、リューネブルクに誰か良い女性を紹介してやりたい」

 

「……」

 

「アナほどではないにせよだ。帝国には、あいつを支えられる女性の一人や二人、いるだろう。今度こそ、幸せになってほしい」

 

アナスタシアが、無言で俺を見つめている。

 

「な、何だ」

 

「いえ」

 

彼女は、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

「本当に、アル様は俗物ですね」

 

「今度は完全に褒めてないだろ」

 

「いいえ。最高級の賛辞です」

 

アナは、少しだけ視線を落とした。

 

「自分が楽をするために、部下を手放さない。自分の勢力を強化するために、部下の私生活にまで手を突っ込む。動機はすべて『自分が得をするから』」

 

「うん」

 

「けれど、その結果として、周囲の人間が救われる」

 

「……」

 

「それを、俗物と呼ばずして、何と呼びましょう」

 

真顔で言われると、照れくさい。

そっぽを向いて、マグカップのお茶を一口飲んだ。

 

「まあ、そういうわけだからだ」

 

咳払いで誤魔化す。

 

「今回の件については、俺のなかで優先順位が決まっている」

 

「リューネブルク大将の安全と、今後の立場の確保」

 

「それが一番」

 

指を一本立てる。

 

「二番目」

 

「アル様の評判?」

 

「まあ、それも含む」

 

一本の指でくるくると空を指し示す。

 

「帝国軍元帥としての信用、門閥貴族社会とのバランス、皇帝陛下のご機嫌。その辺りは、俺が昼寝を続けるための必須条件だ」

 

「なるほど」

 

「三番目」

 

「……三番目があるのですね」

 

「うむ」

 

真剣な表情で、三本目の指を立てた。

 

「俺へのロリコン疑惑を、これ以上悪化させないことだ」

 

「そこですか」

 

アナスタシアが、心底呆れたようにため息をつく。

 

「いや、重要だぞ」

 

抗議する。

 

「こないだの三重婚約発表以降、元帥府の中で、俺のことを裏で『ロリコン殿下』とか呼ぶやつが増えている」

 

「殿下ではないでしょう、少なくとも」

 

「そういう問題じゃない」

 

拳を握る。

 

「俺の趣味は、成熟した美女だ。具体的にはアナ、お前だ。美人で有能で、年齢も合法的に何の問題もない」

 

「合法的、という言い方には少し引っかかりますが」

 

「とにかく」

 

机を軽く叩く。

 

「リューネブルクに紹介する相手は、そこを厳格にクリアしている必要がある。年齢的にも、政治的にもだ」

 

「……年齢的にも?」

 

アナスタシアの目がじわじわと細くなる。

 

「そうだ」

 

「十代前半は論外。十代後半でも、ギリギリだ。二十代半ば以降で、精神的に安定していて、家柄的にも無茶がない人間」

 

「随分と具体的ですね」

 

「最近、いろんな方面から『若い娘を紹介したい』と謎の売り込みが増えてるからな」

 

心底うんざりしながら言った。

 

「俺はハーレム物の主人公ではない。これ以上増やされても困る。だからこそ、リューネブルクの再婚相手は、俺の疑惑払拭にも使わせてもらう」

 

「……つまり」

 

アナスタシアは小さく首をかしげる。

 

「適切な年齢で、能力もあり、政治的にも問題なく、なおかつアル様のロリコン疑惑を打ち消すだけの堂々とした女性」

 

「そう」

 

「具体的な候補は?」

 

「ヴェストパーレ男爵夫人だ」

 

すかさず名を挙げた。

 

「年齢的にも、能力的にも完璧だ。領地経営は見事の一言だしな。財政再建の手腕は、俺も高く評価している」

 

「……確かに」

 

アナスタシアが頷く。

 

「あの方ならば、リューネブルク大将の過去も、ある程度飲み込んだうえで、冷静に支えられるでしょう」

 

「だろう?」

 

思わず身を乗り出す。

 

「しかも、彼女とリューネブルクが結ばれれば、男爵家と彼の家の結びつきが強まり、うちの勢力基盤も固くなる。おまけに、『元帥は成熟した人を重視している』という噂が広がれば、ロリコン疑惑も自然に薄まる」

 

アナスタシアが、こめかみを押さえる。

 

「発想が俗物的を通り越して、もはや新しい境地に入っています」

 

「光栄だな」

 

「貶しているのです」

 

それでも、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「分かりました。ヴェストパーレ夫人との仲介役は、私が務めましょう」

 

「頼んだ」

 

「その代わり」

 

アナスタシアが、すっと俺に身を寄せる。

 

「その間のアル様の世話は、すべて私が独占させていただきます」

 

「元々お前以外に任せる気はないが」

 

「念押しです」

 

アナの指が、俺のネクタイを軽くつまむ。

 

「アル様は、隙を見せるとすぐに変な人に絡まれますから」

 

「否定できないのが悔しい」

 

正直、最近は「元帥に近づけば出世できる」と勘違いした貴族令嬢や、その親たちが押し寄せてきている。

 

俺としては、昼寝の邪魔さえしなければ誰が何を言ってこようと気にしないのだが、アナのストレス値が上がるのはよろしくない。

 

「では、段取りをつけます」

 

アナスタシアは、すっと距離を取り、いつもの上級大将モードに戻った。

 

「ヴェストパーレ夫人には、リューネブルク大将の軍歴と、今後の昇進の可能性を中心にお伝えします。過去については、必要最低限に」

 

「頼む」

 

「そして、その裏で、アル様のロリコン疑惑払拭キャンペーンも並行して進めます」

 

「そんなキャンペーン、勝手に立ち上げるな」

 

「既に立ち上がっています」

 

「早いよ!」

 

叫ぶ俺を見て、アナスタシアは心底楽しそうに笑った。

 

「大丈夫です。『成熟した人を推す』という方針なら、貴族夫人方からの評価も上がります。『あの若い元帥、趣味が分かっている』と」

 

「貴族社会の評価軸が怖い」

 

「その怖い世界で、アル様は今後何十年も昼寝をなさるのですよ。慣れてください」

 

「何十年も働く気はないんだが」

 

「昼寝のために働くのです」

 

アナスタシアが軽くウィンクを寄こす。

 

「そして、そのために、俗物的な義理を振り回し、有能な変人たちを鎖で繋ぎ続ける。これが、アル様の帝国経営術です」

 

「すごい悪口を綺麗な言葉でまとめたな」

 

「褒め言葉と言いましたのに」

 

呆れ半分、笑い半分で俺が肩をすくめると、アナスタシアは静かに頭を下げた。

 

「では、リューネブルク大将への正式な弔電と、オッペンハイマー伯への確認文書を整えてきます」

 

「頼む。俺は、そのあいだに今日こそ昼寝をする」

 

「十五分間ですね?」

 

「もっとくれ」

 

「三十分」

 

「一時間」

 

「四十五分で手を打ちましょう」

 

 交渉が妙な方向に白熱し、最終的に「四十五分+おやつの時間」という条件で妥結した。

 我ながら、帝国軍最高会議よりも真剣に交渉している気がする。

 

アナスタシアが部屋を出ていく。

扉が閉まり、静寂が戻る。

 

ソファに横になりながら、天井をぼんやり見上げた。

 

(……さて)

 

リューネブルクの妻は死んだ。

 

 

 

 

 

綺麗事を言う気はない。

 

これはあいつのためであると同時に、俺のためだ。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

もし読後に何か心に残ったものがあれば、
ほんの一言でも感想をいただけると、とても励みになります。
読者の皆さまの声が、次の話を書き進める力になりますので——
どうか遠慮なく、好き勝手に書いてください。

それでは、また次の戦場でお会いしましょう。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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