銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の章では、同盟側が「派手さゼロ・いやらしさ満点」の戦術を持ち込み、
イゼルローン戦線が一気に地味で面倒な戦いへと変貌します。

普段は戦場の形を豪快に塗り替えるアルブレヒトですが、
今回はどちらかと言えば、
「戦況を変えさせてもらえない」側。

そこへ、電撃馬鹿――金髪準帥ラインハルトの閃きが介入し、
作戦が前へ進む…かと思いきや、予想外の逆包囲が待っている。

アルの皮肉、レンネンカンプの忠節、
ミューゼル艦隊の気迫、
そしてアナの静かな支え。

どうぞお楽しみください。



地味戦術の末路と、ロンゴミニアド発進

 イゼルローン要塞の司令部で、俺はメインモニターをにらみながらコーヒーをすするふりをしていた。

 本当はほぼ空っぽなんだが、マグカップを持っていると有能な司令官っぽく見えるので手放せない小道具だ。

 

「……来たな。同盟軍、再攻勢」

 

 オペレーターが緊張した声を上げる。ホログラムの星図には、青いマーカーの塊がじわじわと押し寄せていた。

 数は二万五千隻ほど。緒戦でボコボコにしたせいで、最初の三万四千隻からかなり痩せた。

 

この数で、またイゼルローンを落とすつもりかよ。チャレンジ精神だけは賞賛に値するな

 

内心で肩をすくめながら、元帥杖で戦況表示をコンコンと突いた。

 

「同盟軍の目的は、まあ当然イゼルローンだろうな。だが、二万五千隻でこの要塞をどう料理するつもりだ。自爆芸でも披露してくれるのか?」

 

独り言まじりの皮肉に、背後でゼークト大将がヒゲを撫でながら苦笑した。

要塞司令官シュトックハウゼンも、困ったように眉を下げている。

 

「閣下」

 

レンネンカンプ艦隊司令が、冷静な声で報告してきた。

 

「敵艦隊、こちらの誘導に応じません。トールハンマー射程内への侵入を、徹底的に避けています」

 

「素直なやつらじゃないか」

 

ため息をついた。

 

「半包囲で焼かれかけた連中だ。さすがに二回続けて同じ鍋に飛び込むほど元気ではないか。だが、数はこちらが多い。普通に削り合えば、いずれ向こうが折れる」

 

ゼークトが口を挟む。

 

「とはいえ、向こうもそう簡単には折れますまい。絶望を悟るまでは意外と粘るものですぞ」

 

「ですよね」

 

気のない返事をしてから、オペレーターに指示を飛ばす。

 

「各艦隊に通達。トールハンマー射程境界を越えずに、縦深陣の外縁でジリジリ削り合え。同盟艦が焦れて踏み込んだら、その瞬間にまとめてぶっ飛ばす」

 

ここまでは、いつも通りの「安全運転モード」だ。

ところがその数時間後、妙な報告が届いた。

 

「ケスラー艦隊より緊急通信。敵、装甲の厚い艦を前面に出しつつ、我が方の縦深陣外縁を押し込んでいます。危険宙域との境界線に沿って、徐々にこちらを狭い領域へ追いやろうとしているとのことです」

 

オペレーターの声に、俺は瞬きした。

 

「は?危険宙域に押し込む?」

 

戦況図を拡大すると、確かに同盟艦隊がこちらの端っこを指でなぞったみたいに押していた。

 

危険宙域の縁ギリギリをなぞりながら、ケスラー艦隊とレンネンカンプ艦隊の外側をチマチマと削っている。

 

「何だこの嫌がらせ戦術は」

 

思わず口から本音が漏れた。

 

「派手さゼロだぞ。花火も爆発大サービスもなしに、ひたすら端っこをプチプチ潰してるじゃないか」

 

ゼークトが腕を組み、唸る。

 

「戦闘範囲をあえて狭くして、小さな半包囲戦を連続で仕掛けておりますな。装甲の厚い艦を壁にして、こちらの側面から順にかじり取っている。これは、地味に効くやり方ですぞ、元帥」

 

額を押さえた。

 

「そういう戦法はな、長期戦になるほど両軍の精神にダメージが蓄積するやつだ。しかも、こっちは要塞守備側。時間がかかればかかるほど、俺の昼寝時間が削られる」

 

ケスラー艦隊からも追加の報告が入る。

 

「敵、前衛艦を常に修理可能な損耗ラインで回転させています。こちらが力を入れて反撃すると、すぐに下がり、新手が壁になります。こちらの弾薬と乗員の疲労は徐々に増えています」

 

「くそ、やたらと堅実なことを」

 

戦況図に表示された青い矢印を、指でなぞった。

 

「つまり、向こうはイゼルローンを一気に落とすつもりはない。トールハンマーの射程外で、俺たちの縦深陣を少しずつ噛りながら前に出てきているわけか」

 

レンネンカンプが端正な顔を引き締めて言う。

 

「こちらとしても、踏み込んで決戦を挑めば、危険宙域とトールハンマーの位置関係が狂います。要塞側から援護砲撃を行う際、味方を巻き込みかねません」

 

「つまり、向こうはトールハンマーを封じる前準備として、じわじわと戦場の形を変えているわけだ」

 

ゼークトがうなずく。

 

「はい。地味ですが、本当に嫌らしい」

 

「本当に嫌らしいな。誰だよ、こんな性格の悪い戦術考えたやつ」

 

肩を落としながらも、内心では少しだけ感心していた。

真正面から殴り合うだけが能の連中ではない。

 

 数回殴られた結果、「殴り返すのが無理なら、相手の指先から一本一本へし折っていこう」という発想に行き着いたらしい。

 

「……とはいえ、このまま黙って削られているわけにもいかん」

 

イスから立ち上がり、元帥杖をくるりと回した。

 

「ゼークト大将、レンネンカンプ大将、ケスラー大将。各方面で戦線は維持できているな?」

 

「はっ。現状では、損耗は許容範囲内です」

 

「敵の進出速度も、こちらの想定よりは遅いですな。ただ、確実に前に出てきております」

 

「帝国軍の縦深陣の端をかじり続ける、といった具合です」

 

 このまま放置すれば、数の有利は生きるかもしれないが、時間をかけすぎれば要塞内の士気も消耗する。

 

 何より、俺の精神が持たない。これ以上、地味なグラフとにらめっこする日々が続くと、俺のIQは確実に下がる。

 

「……仕方ない。金髪電撃馬鹿に相談するか」

 

観念して命じた。

 

「ラインハルトを呼び出せ。今すぐだ。どうにかして、この地味な戦いを台無しにする方法を考えさせる」

 

 

 

 

 

オペレーターが「了解」と返事をし、通信ラインが開かれる。

数分後、ホログラムに金髪の顔が映し出された。

 

「ファルケンハイン元帥」

 

ラインハルトは、いつも通り自信満々の目つきでこちらを見ている。

背後には、きっちり整列したオペレーターたちと、赤毛の副官キルヒアイスの姿。

 

「楽しそうに呼ぶではないか。何か面白い玩具でも見つけたのか?」

 

「玩具というか、面倒なパズルだな」

 

戦況図を共有しながら言った。

 

「見ろ。同盟軍がこんな具合に、危険宙域の縁ギリギリを使って、うちの縦深陣の端を小刻みにかじってきている。トールハンマー射程内に入る気はゼロだが、戦場の形をねちねちと変えていく気は満々だ」

 

ラインハルトが眉をひそめる。

 

「……なるほど。確かに露骨にいやらしい」

 

「だろう。俺の昼寝時間に対する挑戦だ」

 

深々とため息をつく。

 

「数で押し切るのは簡単だが、それだとトールハンマーを封じるこの嫌らしい戦場の形が、しばらく続く。精神衛生上よろしくない。何か一発で形勢を変える手を思いつかないか」

 

「ふふん」

 

ラインハルトが口元を上げた。

 

「簡単な話だ」

 

金髪電撃野郎が言う。

 

「奴らは『各個撃破』を狙っている。ならば、その各個撃破を行っている部隊こそが、最も手薄になる瞬間を抱えている」

 

「……ふむ」

 

「我が艦隊が、その『各個撃破中の部隊』を、さらに外側から囲み込む」

 

ラインハルトの指が、戦況図の一点を示す。

 

「レンネンカンプ艦隊を核として、我が艦隊が迂回しつつ、その周囲で敵をひっくり返す。敵は、自分たちが獲物を食べているつもりが、いつの間にか皿ごとひっくり返されていることに気づくだろう」

 

「逆包囲、ってやつか」

 

顎に手を当てる。

 

「各個撃破している奴を、さらに外側から狩る。確かに、発想としては綺麗だな」

 

レンネンカンプが感心したようにうなずく。

 

「我が艦隊が餌役となり、その外側をミューゼル艦隊が回り込むわけですな」

 

「そうだ」

 

ラインハルトは誇らしげに言う。

 

「敵は、レンネンカンプ艦隊を押し込みながら、危険宙域との境界線に沿って陣形を伸ばしている。そこに我が艦隊が横合いから突入すれば、奴らの『小さな半包囲』は、そのまま『自分たちが包囲される構造』へと反転する」

 

「いいじゃないか」

 

思わず笑った。

 

「さすが電撃野郎。発想が容赦ない。レンネンカンプ艦隊を盾にしつつ、敵を丸ごと皿に盛り直す作戦か」

 

「盾という言い方は心外だな」

 

レンネンカンプが小さく咳払いをする。

 

「しかし、戦術としては理にかなっております。我が艦隊が耐えればよいだけのこと」

 

「頼もしいねえ」

 

バシンとレンネンカンプの肩を叩いた。

 

「よし、決まりだ。ラインハルト、全艦最大戦速でケスラーとレンネンカンプの間の宙域に突入しろ。レンネンカンプ艦隊は一歩も引くな。ケスラー艦隊は側面援護だ。敵の楔ごと逆包囲してくれ」

 

「了解した」

 

ラインハルトが頷く。

 

「この程度の仕掛け、すぐに食い破ってみせる」

 

通信が切れ、ミューゼル艦隊のアイコンが戦況図の奥から滑るように前進を開始する。

金髪準帥の得意分野、電撃突撃ショーの開幕だ。

 

「……さて」

 

小声で続けた。

 

「こっちも支援の準備をしておくか」

 

 

 

 

 

 

 

ところが、その数十分後。

司令部に飛び込んできた報告は、予想の斜め上を突き抜ける内容だった。

 

「レンネンカンプ艦隊より緊急通信!」

 

 オペレーターが声を裏返す。

 

「敵艦隊、予備兵力を投入!ミューゼル艦隊の側面から背後にかけて展開し、こちらの逆包囲を逆手に取っております!ミューゼル艦隊、半包囲を受けつつあります!」

 

「は?」

 

思わず素で聞き返した。

 

「今、何て言った?」

 

「ミューゼル艦隊が、敵の増援によって半包囲状態に!」

 

戦況図を拡大すると、確かにミューゼル艦隊の周囲に青い帯が巻きつきつつあった。

俺たちが予想していた「敵小部隊の逆包囲」ではなく、「敵の補助艦隊によるミューゼル艦隊の包囲」が進行中だ。

 

「おいおいおい」

 

ゼークトが目を丸くする。

 

「これは……一本取られましたな」

 

「感心してる場合か!」

 

頭を抱えた。

 

「救援を逆利用されたのか。奴ら、ちゃんと予備兵力を隠してやがったな」

 

さらに、追い打ちのようにオペレーターが叫ぶ。

 

「敵後方より新たな部隊!ミューゼル艦隊の背面へ回り込み、包囲を締め上げにかかっています!」

 

ミューゼル旗艦からの通信が割り込んできた。

金髪電撃野郎の顔が、珍しく焦りを帯びている。

 

『こちらミューゼル艦隊。敵、予備戦力を投入。数はこちらよりまだ多い。各個撃破を狙っていたつもりが、どうやらこちらが獲物になっているらしい』

 

「笑い事じゃないぞ」

 

低く返す。

 

「包囲網の一角を崩せ。どこでもいいから穴を開けろ」

 

『それが簡単にできるくらいなら、そもそもこんな状況にはなっていない』

 

ラインハルトが歯噛みするのが、通信越しにも伝わってきた。

 

『こちらが突破できそうな方向に、奴らはしっかり危険宙域を配置している。抜けた先に重力異常が待っている構図だ。あの一帯に突っ込めば、艦隊ごと潰されかねん』

 

背後でキルヒアイスの声がする。

 

『閣下、突破路の候補はありますが、いずれも重力異常の縁を舐めるコースになります。被害は甚大になります』

 

『分かっている』

 

ラインハルトが短く応じる。

 

『悪辣だ。まさか同盟に、ここまでいやらしい布陣を仕掛けられる将官がいるとはな』

 

 

「向こうも何度も殴られれば学習するさ。問題は、こっちの救援手段だ」

 

 そのタイミングで、シュトックハウゼン要塞司令が叫ぶ。

 

「トールハンマー!射線を開け!敵後方の包囲部隊を狙える角度だ!」

 

要塞主砲は、人生に一度くらい役に立ってくれないと困る。

 

「主砲担当、即時照準!目標、ミューゼル艦隊背後の敵集団!出力最大!」

 

俺が勢いよく命じようとしたまさにその時、オペレーターの悲鳴に近い声がかぶさった。

 

「警報!トールハンマー射線上に、ミューゼル艦隊主力がいます!このまま撃てば、ミューゼル艦隊に直撃します!」

 

「お前、今ここで一番聞きたくない言葉を完璧な発音で言ったな」

 

こめかみを押さえた。

 

「味方を串刺しにする主砲とか、悪夢もいいところだぞ」

 

シュトックハウゼンが悔しそうに拳を握る。

 

「くっ……射角を変えれば?」

 

「変えたら敵に当たらん」

 

「トールハンマーはこの角度で味方を挟まれたら、柔軟な援護なんてできるわけがない。砲塔が泣いてるぞ」

 

「つまり……」

 

「封印だ」

 

俺は短く言った。

 

「今この瞬間、トールハンマーはただの飾り。要塞の顔としては立派だが、役に立たん。撃てないものは撃てない」

 

通信の向こうで、ラインハルトが苦笑とも呻きともつかない声を漏らした。

 

『ファルケンハイン。まさかお前の要塞主砲が、ここまで役に立たない場面があるとはな』

 

「うるさい。あれは楽して勝つために作った道具だ。前線で働いてるお前のせいで、今は使えない」

 

『責任転嫁が過ぎる』

 

金髪が露骨に不機嫌になる。

 

『……屈辱だな』

 

その一言には、色々な感情が混ざっていた。

敵に包囲されている状況そのものへの怒り。

自分が救援を求めざるを得ないことへの悔しさ。

そして、多分ほんの少しだけ、俺への信頼。

 

『ファルケンハイン。来援を要請する』

 

「言ったな」

 

鼻を鳴らした。

 

「録音したぞ。後で酒の席で永遠にいじれるやつだ」

 

『今はそういう冗談を言っている場合ではない』

 

「分かってるよ」

 

息を吐き、振り返った。

 

俺はアナスタシアに向き直る。

 

「……というわけで」

 

「はい」

 

アナは一歩前に出て、まっすぐ俺を見る。

 

「やっぱり行くんですね、アル様」

 

「行く」

 

あっさり答えた。

 

「あいつを見殺しにはできん。いくら金髪電撃野郎とはいえ、俺の艦隊の宝だ。ここで失ったら、後が面倒だ」

 

「面倒、ですか」

 

「俺の長期昼寝計画に支障が出る」

 

真顔で言った。

 

「将来、全部任せて昼寝する予定の準備要員が吹き飛んだら困るだろう。今助けておけば、将来ラクができる。これは投資だ」

 

アナスタシアが、くすっと笑う。

 

「本当に俗物的で、素敵な理由ですね」

 

「褒め言葉と受け取るぞ」

 

俺は元帥杖を握り直した。

 

「ホーテン上級大将」

 

「はい、アル様」

 

「要塞の指揮を貴官に一任する。トールハンマーは封印中だ。ケスラー艦隊とレンネンカンプ艦隊を使い、ミューゼル艦隊の救援を最優先にしつつ、要塞防衛線を絶対に崩すな。俺の帰る場所を、きっちり守っておいてくれ」

 

アナは、微笑をたたえたまま深々と礼をした。

 

「御意。要塞も、貴方様の寝室も、完璧に守ってみせます」

 

「寝室を前面に出すな」

 

ゼークトが咳払いをした。

 

「閣下」

 

ミュラーが控えめに呼びかける。

 

「ロンゴミニアド、いつでも発進可能です。予備艦隊の乗員も搭乗済みです」

 

「よし」

 

にやりと笑った。

 

「ロンゴミニアドを発進させる。予備艦隊を率いて、金髪を迎えに行くぞ」

 

「了解しました、閣下」

 

ミュラーの表情に、静かな闘志が宿る。

 

「第二艦橋、戦闘配置。全乗員に通達。これより元帥直率艦隊、出撃する」

 

司令部の空気が、一瞬で変わる。

さっきまで地味なグラフと矢印を眺めていた連中が、一斉に顔を上げた。

 

「おい、ロンゴミニアドが出るのか」

 

「元帥自ら前線へ?」

 

「金髪準帥、大ピンチらしいからな」

 

「やはり我らが俗物元帥、部下はちゃんと拾いに行くのか」

 

色々な囁きが聞こえる。

どれもこれも、俺のイメージに対して複雑な敬意と親しみが混ざっていた。

 

「アル様」

 

アナがそっと近づく。

人目もはばからず、俺の軍服の襟を軽く整えた。

 

「ヘルメットの顎紐、ちゃんと締めてくださいね。前線で変なところに頭をぶつけて気絶でもしたら、後世の史書に変な注釈が付きます」

 

「お前は俺を何だと思っている」

 

「銀河一の俗物的元帥であり、私の婚約者です」

 

アナはまっすぐな瞳でそう言い切った。

 

「だからこそ、無事に帰ってきてください」

 

「分かってる」

 

俺は、ほんの少しだけ真面目な顔でうなずいた。

 

「俺の長期昼寝計画のためにも、生きて帰る」

 

元帥杖を左手に、右手でアナの頭を軽くぽんと叩いた。

 

「行ってくる」

 

「お帰りをお待ちしております」

 

アナの言葉を背中に受けながら、俺は司令部を後にした。

 

 

 

 

 

ロンゴミニアドのブリッジは、何度来ても落ち着く。

無駄に広く、装飾過多で、椅子はやたらとふかふか。

どう見ても「働くための場所」というより「偉そうに座るための場所」だが、元帥の艦なんてそんなものだ。

 

「各部、戦闘配置完了」

 

ミュラーが報告する。

 

「主砲、副砲、すべて稼働状態。推進機関も全力航行可能です。随伴艦隊、配置につきました」

 

「よし」

 

俺は元帥席にどっかり座り、前方スクリーンに映る星図を眺めた。

 

「目標はミューゼル艦隊の包囲網だ。危険宙域との距離を保ちながら、あいつらの頭を引っ叩く。ロンゴミニアドの火力を見せてやれ」

 

「了解」

 

ミュラーの指示で、艦内に低い振動が広がる。

巨大な船体が回廊内を滑るように進み出すと、随伴艦隊のアイコンが整然とついてきた。

 

「……全く」

 

ため息交じりに笑った。

 

「なんで俺が前線で金髪の尻拭いをしてるんだ」

 

「閣下がそうお決めになったからです」

 

ミュラーが真面目な顔で答える。

 

「それに、ミューゼル提督は将来、帝国軍を背負う存在です。ここで失うのは、あまりにも損失が大きい」

 

「分かってるよ」

 

「だから助けに行くんだ。将来の俺の昼寝時間のためにな」

 

ブリッジのクルーたちが、くすっと笑う。

この艦の空気が好きだ。

誰も「崇高な使命」だけで動いていない。

 

「前方、敵艦隊の包囲網まであと十五光秒」

 

オペレーターが告げる。

 

「ミューゼル艦隊、依然として半包囲状態。損害は増加していますが、陣形はまだ保っています」

 

「さすがだな」

 

金髪のしぶとさに感心した。

 

「あいつ、包囲されているのに、こっちの援護を前提に陣形を維持してやがる。信頼されてる身としては、応えないわけにいかん」

 

「ロンゴミニアド、主砲射程内に敵後方艦隊を捕捉します」

 

主砲担当が声を上げる。

 

「ですが、あくまで重力異常の縁ギリギリです。照準を誤れば、弾道が歪みます」

 

「照準を誤るな」

 

平然と返した。

 

「うちは優秀なクルーしか乗せてない。変なところに撃ち込んだら、給料を減らすからな」

 

ブリッジに微妙な緊張と笑いが混ざる。

 

「元帥艦隊、全艦前進。ミューゼル艦隊を挟む敵後方部隊に砲火を集中しろ。包囲網の後ろ半分を、ロンゴミニアドの一撃で吹き飛ばす」

 

ミュラーがきびきびと命じる。

 

「ミューゼル艦隊に通信つながりました」

 

オペレーターが言う。

 

「回線を開け」

 

前方スクリーンに、再び金髪が映し出される。

背後で、キルヒアイスが慌ただしく指示を飛ばしている姿も見えた。

 

『ファルケンハイン』

 

ラインハルトが、悔しさと安堵の入り混じった声で言う。

 

『よく来たな』

 

「当たり前だろう」

 

片手を上げた。

 

「こんなところで死なれたら、俺の長期昼寝計画が台無しになる。お前を酷使するためには、今は助けてやるしかない」

 

『理由が最低だな』

 

「褒め言葉と受け取る」

 

通信越しに、金髪が呆れ顔になった。

 

『……だが、借りは返す』

 

「いいねえ。その言葉、録音して永久保存だ」

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今回の戦闘は、アルにとっても読者にとっても、
「珍しく押される」「珍しく本気を出す」一幕です。

そして、
ラインハルトが助けを要請した
という一点は、彼の今後を大きく左右する重要な瞬間だと思っています。

アルの俗物ぶり
レンネンカンプの誠実
キルヒアイスの忠節
アナの柔らかい強さ

それぞれの視点が交錯する章でした。

感想をいただけると、とても励みになります!

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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