銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の話は、イゼルローン攻防戦の転換点です。
いつもは斜に構えつつ余裕のあるファルケンハイン元帥が、
久しぶりに本気で前線に出ます。

ロンゴミニアドの火力、敵参謀の性格の悪い戦術、
ラインハルトの焦り、アナの司令部対応――

どれも重要な要素が同時に動きますが、
核心はあくまでひとつ。

「アルブレヒトという男がどこまで部下に本気で情をかけるか」

そこを楽しんでいただければ幸いです。


ロンゴミニアド炎上 ― イゼルローン危機一髪

超戦艦《ロンゴミニアド》----艦橋

 

 アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、元帥席で肘をつきながら、星図の上を走る赤と青のアイコンをにらんでいた。顔には「やれやれ」と書いてある。

 

「ラインハルトめ、まったく手のかかる弟分だな」

 

 ぼやきは小さくても、ブリッジにはしっかり響いた。静かな緊張の中で響く俗っぽい声には、なぜかクルーを落ち着かせる効果がある。

 

 星図の一角では、金髪の電撃準帥率いるミューゼル艦隊のアイコンが、敵青色アイコンの輪の中でもがいていた。数字上はまだ戦える。しかし、もう一押しされれば、まとめて粉砕されてもおかしくない状況だ。

 

「包囲されてるのに陣形だけは美しいな。美術点は満点だ」

 

 アルブレヒトは元帥杖で星図をつつき、鼻を鳴らした。

 

「だが、見殺しにはできん。将来の俺の昼寝を背負わせる予定の人材だからな。ミュラー」

 

 副官席のミュラーが、すっと立ち上がる。

 

「はい、閣下。目標、ミューゼル艦隊を包囲する敵艦隊の右翼!距離、接敵まであと三十秒!」

 

「いいか、今回は《ロンゴミニアド・スピア》は封印だ。あんなもん撃ったら、ラインハルトごと空間を消し飛ばしかねないからな。使うのは中性子ビームだ!ミューゼル艦隊を囲んでる連中のドテっ腹に、風穴を開けてやれ!」

 

「中性子ビーム全砲門、照準開始。エネルギー充填に入ります」

 

 艦橋に低い振動が伝わる。艦そのものが息を吸い込むような感覚だ。クルーたちの視線が一斉にモニターへと向けられ、空気がピンと張り詰める。

 

 アルブレヒトは、細く息を吐いた。

 

「ラインハルトに通信を。救援のついでに借りを一本増やしておくと伝えろ」

 

「その文言は割愛して送ります」

 

 ミュラーの冷静なツッコミが返る。

 

 やがて、艦内スピーカーに乾いた声が響いた。

 

「了解!中性子ビーム、エネルギー充填完了!照準固定……てぇーーっ!!」

 

ミュラーの絶叫とともに、俺の可愛い《ロンゴミニアド》が唸りを上げる。船体全体が「ヴゥゥゥン!」と腹に響く重低音を奏で、艦首に設置された極悪兵器が火を噴いた。

 

ズガァァァァァァァン!!

 

宇宙空間に、青白い光の奔流が走る。それはまさに神の雷槌。敵艦隊の横っ面を綺麗に薙ぎ払い、装甲だろうがシールドだろうが関係なく、豆腐みたいに貫いていく。美しい。なんて暴力的な美しさだ。これぞチート兵器。

 

「命中確認!敵艦多数炎上、包囲網の一角が崩壊!」

 

オペレーターの声が弾む。

 

「ミューゼル艦隊、退路を得ました!」

 

「よっしゃあ!見たかこの火力!さあ、突っ込むぞ!全艦、あの穴に向かって猛進だ!ラインハルトのケツを叩いてでも逃げさせるぞ!」

 

アルブレヒトは、満足げにうなずいた。

 

「全艦に通達。ミューゼル艦隊の撤退を最優先で支援しろ‼」

 

そのとき、通信席が手を挙げた。

 

「ミューゼル艦隊旗艦タンホイザーより通信。映像入れます」

 

 スクリーンに金髪の青年が映る。ラインハルト・フォン・ミューゼルは、冷静さを保ちながらも目の奥に焦りを押し込めていた。

 

『……感謝する!ファルケンハイン元帥!閣下の到着が遅れていれば、危ういところだった!』

 

「礼は後だ!さっさとその穴から逃げろ!全速力だぞ、振り返るなよ!」

 

『うむ!全艦、ファルケンハイン元帥がこじ開けた突破口より直ちに離脱せよ!』

 

 通信が切れると同時に、星図上のミューゼル艦隊のアイコンが、一斉に後退を開始した。包囲の切れ目に向かって、細長い矢印となって殺到する。

 

「いいぞ。あとは出口を駆け抜けるだけ……のはずだが」

 

 アルブレヒトは眉をひそめた。 その予感は、すぐに最悪の形で現実になる。

 

 オペレーターの声が裏返った。

 

「敵包囲網の切れ目付近より、十字砲火を感知!ミューゼル艦隊の脱出路が、クロスファイアポイントとして設定されています!」

 

「なんだと!」

 

 星図を拡大すると、先ほどまで空白に見えた宙域に、次々と青い火点が現れていた。敵が開かれた包囲網を閉じずに砲撃部隊が、一斉に砲口をこちらへ向けている。

 

「クロスファイアポイントかよ!くそっ、やっぱりやりやがったな!わざと出口を分かりやすくして、そこに飛び込んできたところをハチの巣にする気だ!!」

 

アルブレヒトのこめかみがぴくりと動く。

 

「悪辣にもほどがあるな。同盟にもひねくれた頭がいたか」

 

「ミューゼル艦隊、脱出を開始!」

 

「敵の十字砲火、密度増大!」

 

 モニター上には、逃げる赤い点と、それをなぞるように飛び交う青い砲撃ラインが描かれた。細い退路の両側から、容赦のない射線が突き刺さっていく。

 

 ラインハルトの声が再び飛び込んできた。

 

『それでも突破するしか道はない!全艦最大戦速、被弾を恐れるな!抜けろ!』

 

 その叫びに重なるように、アルブレヒトが吠える。

 

「俺がいるだろうが!当艦は最後衛に入って、殿(しんがり)を務める!テメェらは俺の背中に隠れて逃げりゃいいんだよ!」

 

「ミュラー!防御スクリーン、最大展開!広域モードだ!ラインハルト艦隊を包み込むくらいデカく広げろ!」

 

「か、閣下!広域モードでの展開はエネルギー消費が桁違いです!予備電源まで食いつぶしますよ!?」

 

「ケチくさいこと言うな!背に腹は代えられん!よもや命を惜しむなよ!あいつの未来が大事なんだよ!やれぇッ!」

 

「くっ……了解!防御スクリーン、広域展開!」

 

《ロンゴミニアド》から、目に見えるほどの濃密なエネルギーフィールドが広がる。それは巨大な傘のようにラインハルト艦隊の背後を覆い、雨あられと降り注ぐ敵のビームやミサイルを弾き飛ばしていく。

 

「タンホイザー、スクリーン内に進入!」

 

バチバチバチバチ!!

 

船体が小刻みに震える。シールドが着弾の衝撃を吸収しきれず、その余波が本体に伝わってきている。エネルギーゲージがものすごい勢いで減っていく。

 

「ぐぅぅ……!きついな、おい!だが、耐えろ!ラインハルトが逃げ切るまでだ!」

 

「随伴艦、大破!」

 

 次々と報告が飛ぶ。

 

「いいぞ。そのまま走り抜けろ!ロンゴミニアドは最後まで蓋を続ける」

 

しかし、同盟軍も容赦を知らなかった。

十字砲火は、今度はロンゴミニアドそのものへ照準を変えてくる。

 

「敵砲撃方向が変化!防御スクリーンに直撃多数!」

 

「出力低下!予備電源の消費が限界に近づきます!」

 

「ミューゼル艦隊、9割の損失!ですが残存艦、包囲網を突破しました!撤退成功です!」

 

「タンホイザーも脱出路から離脱!スクリーンの後方へ!」

 

「はぁ……はぁ……よかった……」

 

「防御スクリーン、限界です!」

 

 叫び声と同時に、艦橋の照明が一瞬落ちた。

 次の瞬間、ロンゴミニアドの外殻を無数の光線が叩く。

 

「敵艦隊、目標を変更!全火力を本艦に指向!来ます!!」

 

「は?」

 

間抜けな声が出た瞬間だった。

 

ドガガガガガガガガァァァァァァン!!!!!

 

「ぶべっ!?」

 

凄まじい衝撃が艦を襲った。

ブリッジ全体が横倒しにされたように揺れ、クルーたちが席から投げ出される。

 

アルブレヒトも例外ではなかった。元帥席から身体をはがされるように吹き飛ばされ、背中と肩と頭を艦壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

肺から空気が一気に抜けた。口の中に鉄錆の味が広がる。

ふらつく視界の中で、彼は無意識に口元を手の甲で拭った。赤い液体がべっとりつく。

 

「……まともな戦艦なら、今ので確実に沈んでたな。クソ、金と技術をかけた甲斐はあったか」

 

ぼやきながらも、声はまだしっかりしている。

 

「被害状況知らせ!」

 

 ミュラーが、わずかによろめきながらもコンソールにしがみつき、矢継ぎ早にデータを読み上げた。

 

「陽電子砲一番砲塔、大破。出力喪失。右舷メインエンジン沈黙。補助推進で航行は可能ですが、戦術運動は制限されます」

 

「防御スクリーン生成装置の一部も損傷!さきほどの広域展開の反動で、予備電源の出力が不安定です!」

 

「艦体装甲に裂傷多数。艦内の隔壁閉鎖!あちこちで火災と酸素リーク!」

 

 報告の羅列は、どう聞いても限界に近いが、ロンゴミニアドはまだ沈まない。図体だけは宇宙一無駄に頑丈だ。

 

「防御スクリーンを広げすぎたか」

 

 アルブレヒトは、血の混じった唾を床に吐き捨てる。

 

「だが、ラインハルトを助けるためなら安いもんだ。……あとで経理に請求書を回しておこう」

 

「経理が泣きますよ、閣下」

 

「俺も泣きそうだ。咳のたびに血が出る」

 

軽く咳をした瞬間、本当に少量の血がこみ上げてきた。

ミュラーが、ちらりと心配そうな顔を向ける。

 

「医務班を呼びますか?」

 

「要らん。終わってからまとめて見てもらう」

 

アルブレヒトは立ち上がろうとして、少しふらつき、元帥席の背もたれをつかんだ。

 

「今はまだ戦闘中だ。血を吐きながら命令しているほうが、部下の士気も上がる」

 

「そんな発想をするのは銀河広しと言えども閣下だけです」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

彼は息を整え、きっぱりと言い切った。

 

「ミュラー!!撤退するぞ!本艦もこれ以上は持たん!ノロノロと這ってでもいい、要塞まで帰投しろ!全力で逃げるぞ!」

 

「了解。全艦に通達。回頭急げ!最大戦速で離脱!」

 

 ロンゴミニアドは、まさに瀕死の巨獣のようにゆっくりと向きを変え、要塞方向へと進路を取った。

 随伴艦隊がその周囲を囲み、穴だらけになった旗艦を庇うように配置につく。

 

 星図の上では、同盟艦隊の一部がなお追撃の姿勢を見せていたが、さすがに深追いはしてこない。包囲戦での消耗も大きかったのだろう。

 

「ふう……」

 

 アルブレヒトは、背もたれに身体を預けた。

 

「これでひとまず一息……と言いたいところだが、どうせそんな時間はくれんだろうな」

 

 その予感も、やはり裏切られることはない。

 

 ロンゴミニアドが後退を開始して間もなく、艦橋に鋭い警報音が鳴り響いた。

 

「緊急警報!」

 

 オペレーターが叫ぶ。

 

「不審なミサイル群を探知!イゼルローン要塞方面に向けて高速で接近中!」

 

「なに?」

 

 アルブレヒトは反射的に身を起こした。背中の痛みが抗議するように走る。

 

「どこからだ。同盟主力はさっきまでここにいたはずだぞ」

 

「探知データから判断するに、小型ミサイル艦群が危険宙域の陰を利用して接近していた模様。我が艦隊と要塞の間の死角を通って、至近距離から要塞外壁を狙っています!」

 

「迎撃は?」

 

「距離と速度から見て、こちらからの迎撃は不可能。要塞側での対応も、時間的にかなり厳しいと思われます!」

 

「そんな器用な真似ができるなら、最初からやれと言いたい」

 

アルブレヒトは顔をしかめる。

 

「完全に読まれたか。俺が旗艦ごと前に出て、要塞との間に空白が生じるタイミングを」

 

次の瞬間、通信席が新たな信号を受信する。

 

「イゼルローン要塞司令部より緊急通信。ホーテン上級大将です!」

 

「つなげ!」

 

 スクリーンに、アナの姿が映し出された。いつになく険しい表情だが、その声は冷静を保っている。

 

『アル様!大変です!』

 

『要塞外壁に甚大な被害を確認!大量のミサイル群が、イゼルローンの流体金属装甲を物理的に吹き飛ばしました!外壁に巨大な穴が開いています!迎撃システム、および自動修復機能、作動しません!』

 

 映像の隅には、要塞外殻の一部が映し出されていた。通常は滑らかな金属光沢を放つ表面に、黒焦げの穴がぽっかりと口を開け、内部構造の一部が露出している。

 

『迎撃システムの一部も機能停止。特に外周センサー群と、局所防衛用の砲座が、集中的に破壊されています!』

 

「トールハンマーは?」

 

『砲そのものには損傷はありません。ただし、その制御系統の一部と、電力供給の予備ラインが損傷しており、即時の発射は困難です。浮遊砲台の一種である以上流体金属層が剥がされた箇所にも移動できません!』

 

 アナスタシアは、短く息を吐いた。

 

『今のところ二射目は来ていません。ですが、同様の攻撃をもう一度受ければ、防衛機構はさらに麻痺します』

 

「この俺がいながら、これほどの損害を……!敵はトールハンマーの射程外から、こっちの防御機能を剥がすつもりか!要塞を無力化する気かよ!」

 

アルブレヒトの拳が、元帥席の肘掛けをきしませた。

血のにじむ指先が白くなる。

 

「同盟の参謀連中、急に頭が回り過ぎだろう!」

 

「もう一回やられたらやばいぞ!!マジで要塞が落ちる!」

 

「畜生!敵の姿が見えないのが一番タチが悪い!すぐに要塞修理班を総動員させろ!猫の手でもロボットの手でも何でも借りろ!急げ!!穴を塞ぐんだよぉッ!」

 

アナはきっぱりと言い切った。

 

『要塞修理班はすでに動かしています。流体金属の再展開、外壁パネルの応急補修、迎撃システムの再構築。可能な限りの対策を講じますが、時間が必要です』

 

「分かった」

 

 アルブレヒトは、深く息を吸い込んだ。胸が痛む。血が上がってくる。多分何本か折れている。だが、今は無視する。

 

「アナ、要塞は任せる。流体金属の再充填が間に合わない部分は、とりあえず見た目だけでも塞いでおけ。敵に穴の大きさを正確に測らせるな。」

 

『了解しました。穴の大きさは、貴方様の器のように見せておきます』

 

「それは宇宙規模という意味か、底なしの俗物という意味か」

 

『後者ですね』

 

即答だった。

 

艦橋のクルーたちの緊張が、ほんの少しだけ和らぐ。

だが、状況が楽になったわけではない。

 

アルブレヒトは、短く指示を重ねた。

 

「はっ」

 

「同盟のミサイル艦隊は、どこかにまだ潜んでいるはずだ。もし第二波を撃ってくるなら、その前に位置を暴きたい」

 

 ミュラーが戦況図を操作しながら言う。

 

「ロンゴミニアドは損傷が大きいため、前線に再投入するのは危険です。ですが、後方からの指揮なら問題ありません」

 

「俺もさすがに二回目の被弾はごめんだ」

 

アルブレヒトは、喉の奥を鳴らした。

血の味はまだ消えない。




アルがここまで血を吐きながら盾になったのは、
本作でも数えるほどしかないガチの覚悟の回でした。

●ロンゴミニアドの損傷はどれくらい深刻か?
●ラインハルトは今回の救援をどう感じたか?
●敵参謀は誰なのか?
●要塞の穴はすぐ塞がるのか?

今後の展開を左右する材料を、今回はかなり散りばめています。

もしよければ――

「どの場面が一番熱かったか」
「アルの行動をどう感じたか」
「ラインハルト視点でどう見えたか」

など、読者の皆さまの感想をいただけると、
次の戦いを書くうえでとても励みになります。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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