銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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第六次イゼルローン要塞攻防戦という巨大な戦いを、本章では「三つの観点」から描くことにしました。
すなわち――

ミサイル艦隊の奔流放ち戦う同盟側、
冷徹に罠を組む帝国側
そして渦中で血を流しながら指揮を執った男。

今回は、とくに読み合いの比重を高くしています。
戦力差ではなく、思考の速度と癖の読み合いが勝敗を分けた――
そんな銀英伝らしい戦場の姿を、どうか楽しんでいただければ幸いです。


要塞に降る彗星、艦隊を焦がす光

イゼルローン要塞の外壁に、怒涛のミサイル群が突き刺さる。流体金属が吹き飛び、画面の中で銀色の波がちぎれて宇宙に散っている。その光景を、自由惑星同盟軍ミサイル艦隊の旗艦【オルフェウス】の司令室では、ホーランド少将が食い入るように見つめている。

 

「……いった、よな?」

 

自分に確認するような声だ。次の瞬間、オペレーターの叫びが飛ぶ。

 

「命中多数!イゼルローン外壁、防御層に大規模な損傷!観測センサー、反応を複数検知!」

 

「よっしゃあああ!」

 

ホーランドが椅子から半分飛び上がる。ちょっと帽子がずれる。

 

「見たか!これが同盟のミサイル艦隊の力だ!トールハンマーに正面から挑む必要はない!外壁をはがしてやれば、ただの巨大な鉄のボロ家だ!」

 

 周囲の士官たちが、控えめに拍手を送る。あまり派手にやると、この後の反撃で泣くことになる予感があるからだ。

 

「総員、聞け!」

 

ホーランドは胸を張り、声を張り上げる。

 

「作戦目的は達成だ!……だが、ここでやめる理由はどこにもない!今こそ好機だ!イゼルローンにミサイルを死ぬほどご馳走してやれ!このまま要塞を沈黙させれば、歴史の教科書に俺の名前が載る!」

 

「教科書ですか」

 

「そこですか少将」

 

前線で歴史の単位を気にする指揮官は珍しい。

 

「次弾装填急げ!発射準備が整い次第、連続飽和攻撃に移る!イゼルローンを穴だらけにしろ!」

 

「次弾発射準備完了!全ミサイルポッド、待機状態に移行!」

 

 オペレーターの報告が続く。司令室には、さっきまでの敗戦ムードを押し戻すような高揚感が満ちている。緒戦で九千隻失い、皆の胃はキリキリしている。そのストレスを、ミサイルに乗せて要塞にぶつける。やや歪んだストレス解消だ。

 

その瞬間、別のコンソールがけたたましい警報を鳴らす。

 

「警報!敵艦隊急速接近!数、一千!我が艦隊の側面方向から高速接近中!」

 

「側面?」

 

ホーランドの頬がぴくりと引きつる。

 

「そんなところに帝国艦隊は……いたか?」

 

「さっきまで、いませんでした」

 

「今は?」

 

「います」

 

「……説明になっていない!」

 

オペレーターは必死だ。

 

「重力異常帯の陰から高速で出現!先ほどまでセンサーの死角にいました!構成は通常戦闘艦隊規模。旗艦と推定される大型艦を中心に、側面からこちらへ殺到中!」

 

「くそ、やられたか!」

 

ホーランドの頭に、一人の男の顔が浮かぶ。顔色は悪く、いつも眠そうで、カップ片手に皮肉を言う男だ。

 

……ヤン大佐の予測通り、というわけか

 

 彼は、侵攻作戦の会議でこう言っていた。「イゼルローン要塞の指揮官がファルケンハイン元帥なら、ミサイル艦隊を見逃すはずがない。外壁に穴を開けること自体は許すかもしれませんが、その後、必ず側面から殴りに来ます」と。

 

 ホーランドは、その時「ああ、そうかもな」と軽く流した。今、その軽さが胃を直撃している。

 

「敵艦隊との距離、急速短縮中!砲戦距離まであとわずか!」

 

「少将、どうされますか!」

 

「落ち着け!」

 

ホーランドは深呼吸を一つして、掌をパンと打つ。声を張り上げて、自分にも聞かせる。

 

「パニックになるな!これは想定の範囲内だ!……多分な!」

 

誰かが小さく「多分かよ」とつぶやくが、聞かなかったことにされる。

 

「全ミサイル艦に通達!イゼルローンへの攻撃計画は中止!ミサイルの照準を帝国側面艦隊へ切り替えろ!撃ちつつ離脱だ!正面から砲戦で殴り合うなど愚の骨頂だ!」

 

「新目標入力中!誘導プログラム、再計算!」

 

「反転準備!離脱ベクトルを確保!」

 

 同盟ミサイル艦隊が慌ただしく動き始める。その挙動を、側面から迫る帝国艦隊の旗艦ブリッジでも、冷徹な視線が追っている。

 

「敵ミサイル艦隊、こちらへの照準変更を開始」

 

オペレーターが報告する。アナスタシアは小さく頷くだけだ。

 

「予想通りだ。外壁へ二射目を打つ余裕は無い。こちらへ撃ってから逃げる。非常に教科書的な判断だ」

 

教科書的、という評価は、彼女の口から出るとあまり褒め言葉に聞こえない。

 

「全艦、砲戦用意。敵ミサイル艦は、防御が極めて薄い。前方から撃ち合う必要はない。側面から叩き潰す」

 

 彼女の声は、驚くほど落ち着いている。外壁に穴が開こうが、元帥が血を吐こうが、テンションは一定だ。

 

 この迎撃は、アナスタシアが事前に準備している。アルブレヒトから要塞指揮を委ねられた瞬間、彼女は予測し、周辺の予備艦をかき集めて、重力異常帯の影に潜ませている。

 

要塞の外壁が爆発した瞬間、彼女は「来た」とばかりに命令を出した。

 

「予定通り、側面から包み込むように進出。敵艦隊との距離を詰めつつ、正面は常に外す。あれらはミサイルを撃つ箱であって、砲戦艦ではない。近づきすぎず、しかし逃がさない位置を維持」

 

「了解!全艦、側面展開開始!」

 

帝国艦隊は、整然とした陣形を保ったまま、同盟ミサイル艦隊の横腹へ滑り込んでいく。ホーランドは、その様を見て、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 

「くそ……機動が速すぎる……!」

 

「敵艦隊、我が方の離脱ルートに並走しながら接近中!距離、砲戦圏内!」

 

ブリトマートの艦橋では、別の声が上がる。

 

「敵ミサイル発射を確認!本艦隊に向け複数の弾道!」

 

「構わない。弾幕を張れ」

 

アナスタシアは即答する。

 

「前衛艦、迎撃砲火を惜しむな。ミサイルを撃ち尽くさせれば、ただの金属箱だ。ミサイルさえ尽きれば、あとは的当てゲームだ」

 

「弾幕射撃開始!高角砲、連続射撃モードに移行!」

 

 帝国艦隊の前方に、光の網が広がる。追尾ミサイルが次々とその網に突っ込んで、花火のような爆発を散らす。残ったミサイルも、防護スクリーンで受け止められてはじける。

 

「被弾、軽微!シールドの局地損耗のみ!装甲、損傷なし!」

 

「いい精度だ。砲術長、あとでボーナスの申請書を出しておけ」

 

「そんな制度があるのですか上級大将」

 

「今作る」

 

部下たちの口元に、一瞬だけ笑みが浮かぶ。戦場で笑える指揮官は、良い指揮官だ。

 

「こちらからの攻撃は?」

 

「側面砲、命中多数!敵ミサイル艦の一部、爆沈!」

 

 モニターには、同盟側ミサイル艦の船体から炎が吹き上がる様子が映る。防御を削られた薄い装甲は、まともな砲弾を受けるとすぐに穴だらけになる。

 

「やめろ!こっちは砲撃戦用じゃない!」

 

オルフェウスの司令室では、ホーランドが半ば悲鳴になった声を上げる。

 

「この距離で撃ち合ったら、こっちが紙くずだ!撃つなとは言わんが、ミサイルを撃ちながら離脱しろと言っている!」

 

「少将、それを『撃ちながら逃げる』と呼ぶのでは」

 

「いいから黙ってやれ!」

 

 同盟艦隊は、帝国の側面砲撃を浴びながら、必死に反転し、離脱ベクトルへ向かう。その背後を、帝国艦隊が一定距離を保ちながら追いすがる。

 

 アナスタシアは、その追撃距離をミリ単位で調整させる。近づきすぎれば、敵がやけくそで特攻を仕掛けてくる。遠すぎれば、逃げられる。

 

「距離を保て。逃げられそうで逃げられない距離を維持する」

 

「それは、精神的にとても悪質な距離では」

 

「そういう距離だ」

 

冷徹さは、もはや芸術の域だ。

 

「要塞のグリルパルツァーに連絡。浮遊砲台群を、敵艦隊の離脱ルート上に配置。遠距離からの砲撃で退路を絞れ。近づかせすぎる必要はない」

 

「了解。イゼルローン側に転送します」

 

 同盟側から見れば地獄のような指示だ。離脱しようとすればするほど、進行方向に砲火が降る。横にそれれば、帝国艦隊の横腹パンチが飛んでくる。後ろに下がれば、回廊の重力異常が待っている。

 

ホーランドは、スクリーンに映る戦況を見ながら、額の汗を拭う暇もない。

 

「……くそ、ヤンのやつ、こうなる可能性をちゃんと説明してくれれば……」

 

「大佐はちゃんと『側面から来ますよ』と言っていました」

 

「細かいとこまでだ!細かいとこまで!」

 

ヤンがここにいないのをいいことに、少将は全責任を参謀に押しつけようとしている。

 

「少将、敵艦隊の弾幕がさらに厚くなっています!このままでは損害が!」

 

「分かっている!だがここで全滅するわけにはいかん!ミサイルを全弾撃ち尽くした艦から順に、後方へ退避させろ!弾がないミサイル艦はただの的だ!」

 

「ミサイル残量、各艦から更新中!残弾ゼロの艦、続々発生!」

 

帝国側からすれば、それは撃ってこない敵艦が増えるということであり、狙いやすい的だ。

 

「敵ミサイル艦の一部、発射停止。機動パターンに変化。後方へ退避行動に移行」

 

「発射能力を失った艦から順に、順番に沈めろ。あれはもう危険物ではない。片付けるだけだ」

 

アナスタシアの声は、掃除を指示する主婦のトーンに近い。

 

「全艦、照準集中。目標、残弾ゼロと推定されるミサイル艦から。沈めやすいものから沈める」

 

「了解!」

 

帝国艦隊の側面砲撃が、一段と激しさを増す。薄い装甲を持つミサイル艦が次々と火球に変わり、戦列から消えていく。

 

「くそおおお!」

 

ホーランドが頭を抱える。

 

「誰だ!『ミサイル艦は距離を取れば安全』と言った奴は!」

 

「少将です」

 

「記憶にない!」

 

 そんなやり取りをしている間にも、艦隊の損耗は増える。だが、完全包囲されているわけではない。離脱ルート自体は、アナスタシアも潰していない。

 

全部沈める必要はない。外壁を修理する時間を稼ぎ、二度目の同じ悪戯をする気を挫けばいい

 

彼女は、冷静にそう計算している。

 

「グリルパルツァー中佐から応答。浮遊砲台、指定位置への展開完了とのことです」

 

「よろしい。離脱を急ぐ敵艦隊に向け、断続的に砲撃。命中させる必要はない」

 

「それ、本当に軍事命令ですか」

 

「心理戦は重要だ」

 

 同盟ミサイル艦隊のクルーたちは、その心理戦に見事に翻弄される。離脱ベクトルに乗ったと思えば、前方から砲弾が飛んでくる。進路を変えれば、側面から帝国艦隊が追ってくる。どこに舵を切っても、怒られている気分だ。

 

「……ママに叱られている感覚に近いです少将」

 

「誰がママだ誰が!私は優しい上官だ!」

 

「今、ミサイル艦を何隻失いました?」

 

「現実を言うな!」

 

 現実は容赦ない。損害報告は数字で届く。艦を一隻失うたびに、ホーランドの寿命が一日ずつ縮む気分だ。

 

それでも、彼は諦めない。

 

「全艦に通達!この状況でも、作戦は完全な失敗ではない!イゼルローンの外壁に穴を開けた事実は残る!撤退さえ成功すれば、まだ挽回の余地はある!」

 

自分で自分に言い聞かせているような声だが、士官たちはその声に縋る。

 

「離脱優先!ミサイル残量の多い艦は、最後尾で追撃を牽制!残りは全力で回廊後方へ退避!」

 

一方、アナスタシアは淡々としている。

 

「追撃はここまで。これ以上深く追えば、こちらの陣も伸びすぎる」

 

「よろしいのですか?敵艦隊をもっと削れますが」

 

「やり過ぎは禁物だ。あちらはすでに、二度と同じ真似をしようとは思わないはずだ。それで十分」

 

彼女の判断で、帝国艦隊はじわりと速度を落とし、追撃を緩める。

 

ホーランドは、その変化に気づいて、荒い息を吐く。

 

「……ふ、助かった、のか?」

 

「敵艦隊の追撃、減速確認。浮遊砲台からの砲撃も弱まっています。どうやら、これ以上の追撃は行わない模様」

 

「全艦、全力で離脱しろ!ここを抜けるまでが仕事だ!」

 

 同盟ミサイル艦隊の残存艦は、ボロボロになりながらも、回廊の奥へと逃げていく。その背中を、イゼルローン方向のセンサーがじっと見送る。

 

 アナスタシアは、最後の一隻まで見届けると、静かに椅子の背にもたれかかる。

 

「さて……今度は、外壁と迎撃システムの修理だ。アル様が戻ってくるまでに、昼寝くらいはできる状態にしておかなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

イゼルローンに浮遊砲台群が展開している。

 

 その砲台の司令室で、グリルパルツァーが椅子にふんぞり返りながら、モニターをにらんでいる。額には汗が浮かんでいるが、本人は「これは冷房のせいだ」と意味不明な言い訳を心の中で繰り返している。

 

「トールハンマー、冷却完了。射線上の味方艦、すべて退避済み」

 

部下の報告が飛ぶ。

 

「ホーテン閣下より、『射線が空いたら即座に撃て』との指示を受領済みだ」

 

 そう言いながらも、グリルパルツァーは心の中で震えている。トールハンマーは要塞の象徴だ。撃つたびに歴史書に名前が載るやつだ。その引き金を自分の号令で引くとなると、緊張しない方がおかしい。

 

通信回線の向こう側では、ホーテン上級大将――アナスタシアが、要塞司令部から静かに状況を見ている。

 

『グリルパルツァー。射線の状況を再確認してください』

 

「問題ありません。ロンゴミニアドもミューゼル艦隊も、完全に退避しています。射線上に味方はゼロです」

 

『敵ミサイル艦隊の位置は』

 

「回廊外縁に沿って後退中です。奴らの背中がきれいに並んでいる。打ち抜くにはちょうどいい姿勢と言えます」

 

そう言いながら、グリルパルツァーは喉を鳴らす。

 

『よろしい。トールハンマー、発射準備に入ります。発射権限は一時的に貴官へ委譲します』

 

「ま、任せてくれ」

 

口では余裕を装うが、手のひらは汗でしっとりだ。

 

「主砲コンデンサー、出力上昇中。安全装置解除まで十秒」

 

「トールハンマー照準完了。目標、同盟ミサイル艦隊旗艦を含む第三区画。偏差補正終了」

 

報告が次々と上がる。

艦載カメラがとらえた映像では、同盟のミサイル艦が、黒っぽい箱を背負った亀の集団のように整列している。そこから先ほどのミサイルが吐き出され、イゼルローンの外壁を削ったわけだ。

 

『ホーテン閣下、トールハンマー射線クリア。発射可能です』

 

グリルパルツァーが伝えると、わずかな間をおいて、アナスタシアの声が返ってくる。

 

『今です。グリルパルツァー、発射用意』

 

司令室の空気が一気に張りつめる。

 

『撃て』

 

「トールハンマー、発射!」

 

グリルパルツァーが叫ぶと同時に、要塞内部の巨大な砲身が目を覚ます。

浮遊砲台からも、その眩しさが分かる。回廊全体が、一瞬昼になる。

 

凄まじい光の柱が、イゼルローン回廊を一直線に走る。

星図上のラインは、同盟ミサイル艦隊の進路と見事に交差している。

 

「命中間違いなしだぞ……」

 

グリルパルツァーが思わずつぶやく。

しかし次の瞬間、オペレーターの声が裏返る。

 

「報告!敵艦隊、先ほどのミサイル射撃直後から加速開始。散開しながら退避行動に入っている!照準時よりも後方へ下がっています!」

 

「なに」

 

グリルパルツァーはモニターに顔を近づける。

トールハンマーの閃光が収まり、後に残るのは巨大な炎の帯だ。確かに数隻のミサイル艦が直撃を受けて爆散している。それでも、期待していた「敵艦隊まとめて消し炭」という光景には程遠い。

 

「敵ミサイル艦隊、損害は確かに発生。だが旗艦を含む中核部隊は、すでに射線外へ移動済み。被害、軽微と推定」

 

「軽微だと?」

 

司令室に乾いた笑いが漏れる。

トールハンマーという銀河最強級の砲を撃っておきながら、この評価だ。

 

『……やられましたね』

 

回線の向こうで、アナスタシアが小さく息を吐く。

 

『射線が開くタイミングを逆算し、その直前から退避を始めていたようです。誰かが我々の癖を読んでいます』

 

グリルパルツァーは思わず頭をかく。

 

「同盟のくせに真面目に研究しすぎです。もっと無計画に突っ込んでくれれば、こちらも楽なのに」

 

 そのころ、同盟側では、ホーランド少将が全身から汗を吹き出しながらモニターをにらんでいる。

 先ほどのトールハンマーの光が、視界の端を流れている。

 

「トールハンマー、発射を確認。後衛の第三分隊が被弾。損失数隻」

 

「中核部隊はどうだ」

 

「無事です。事前の退避計画どおり、照準予測線から外れています」

 

オペレーターの報告に、ホーランドは大きく息を吐く。

 

「ふう……心臓に悪い砲だ。いや、心臓どころか人生に悪い」

 

ミサイル艦隊のブリッジには、まだあの白い閃光の残像がちらついている。

真正面から食らえば、旗艦ごと蒸発する。今もホーランドは、自分の座っている椅子がひどく薄い気がしている。

 

「全艦、予定どおり回廊外縁へ退避。ミサイル発射は中止。残存弾は防御用に回す」

 

「了解。全艦、離脱軌道に移行」

 

その指示を聞きながら、ホーランドは視界の端の別モニターに目をやる。

そこには、事前ブリーフィングでヤン・ウェンリー大佐がつらつらと語っていた作戦案の一部が映っている。

 

『帝国側は、トールハンマーを撃つとき、射線上に味方艦が一隻もいない状態まできっちり待つはずです。あの武器は象徴ですから、今回は誤射は絶対に避けたいでしょう』

 

『ですから、こちらがミサイルを撃ち終えて離脱を開始するタイミングと、帝国側が「射線クリア」と判断するタイミングは、かなり近くなります。撃つ前に加速を始めておけば、直撃は避けられます』

 

『もちろん、読みが外れれば全滅ですが』

 

あの時のヤンのゆるい笑顔を思い出して、ホーランドは眉間を押さえる。

 

「外れたら全滅と、さらっと言える男を参謀にしている軍が、一番心臓に悪い」

 

だが結果は、ぎりぎりで当たり側に転がる。

トールハンマーは確かに恐ろしい砲だ。だが、その運用にはクセがある。癖を読まれれば、完全な必殺兵器でもなくなる。

 

「ヤン・ウェンリーか」

 

ホーランドは小さくつぶやく。

 

「良い作戦案だ。上層部の評価が低いのが理解しにくい」

 

彼の頭の中では、すでに勝手な人事構想が広がっている。

 

「もし、俺が一個艦隊を任せられる日が来たなら、その時は参謀長に欲しいな、あの男」

 

 そんな軽口が飛び交うころ、イゼルローン側の浮遊砲台では、グリルパルツァーがトールハンマーのクールタイム表示を眺めながらため息をついている。

 

「発射記録、問題なし。照準誤差も許容範囲内。こちらの仕事は完璧」

 

「なのに敵は元気に逃げている」

 

「そういう日もありますよ」

 

誰かが励ますように言うと、グリルパルツァーは肩をすくめる。

 

「ホーテン閣下に報告だ。『トールハンマー、ちゃんと当てるが、敵の読みが上回る』……この文面だと怒られそうだな」

 

「『敵参謀の質が悪い』と付け加えますか」

 

「それはそれで褒め言葉になるな」

 

 司令室の空気には、悔しさと安堵が入り混じる。

 要塞は穴を開けられたが、トールハンマーは無駄撃ちではない。敵に「次はこうはいかない」と印象を刻み込めた。少なくとも、ホーランド少将の胃には深刻なダメージを与えている。

 

通信回線が再び開き、アナスタシアの声が届く。

 

『グリルパルツァー。トールハンマーの運用、お疲れさまでした』

 

「被害、軽微だそうです」

 

『構いません。こちらも敵の癖を一つ読み取れました。あの艦隊は、事前に退避行動を計算している。誰か、我々と同じように戦場を俯瞰している者がいます』

 

トールハンマーは敵艦隊を一気に葬り去ることには失敗する。

しかし、この一撃は確実に、両軍の頭脳に「次の一手」を考えさせる種をばらまいている。

 

 

 

 

 

 

喉の奥が熱い。焼けた鉄を飲み込んだあとの食道がどうなるか知らないが、今の俺の喉がまさにそれだ。

 

《ロンゴミニアド》の艦橋は、祭りのあとのゴミ捨て場より酷い有様になっている。天井からは断線したケーブルが垂れ下がり、そこかしこで火花が散り、消火剤の白い霧が足元を漂う。空気清浄機が死に物狂いで回っている音がブーンと響くが、焦げ臭さと血の匂いはまったく消えない。

 

俺は指揮官席に、ドカッと深く沈み込んでいる。正直、指一本動かすのも億劫だ。全身の骨という骨が「おい、休ませろ」と悲鳴を上げている。

 

「……はあ……はあ……」

 

息をするたびに、右の脇腹に鋭い痛みが走る。呼吸が浅くなる。酸素が脳に行き渡らない感覚。

 

「命拾いしたな。全く、俺の…………仕事を………………邪魔しやがって……」

 

誰に対しての文句なのか、自分でもよく分からない。同盟軍にか、ラインハルトにか、それともこのポンコツになりかけた艦にか。多分、全部だ。

 

目の前のメインスクリーンはノイズが走っているが、かろうじて通信回線は生きている。そこに映るのは、金髪の青年、ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。

 

彼の背景もまた、火花と煙に包まれている。旗艦タンホイザーも無傷では済まなかったらしい。だが、その美しい顔に怪我はないようだ。それだけが救いだ。

 

『……ああ、今回は我々の失敗だ』

 

ラインハルトが言う。その声には、いつもの傲岸不遜な響きがない。悔しさと、それ以上の自責の念が滲んでいる。

 

『……要塞の防御に驕り、戦士ではなく、獲物を待つ狩人の気持ちになっていたな。敵を見くびり、自ら罠に踏み込んだ……愚かだった』

 

珍しい。あのラインハルトがここまで素直に非を認めるとはな。いつもなら「運が悪かった」とか「部下が無能だった」とか言い出しそうなものだが、今回はよほど堪えたらしい。

 

「キルヒアイスは無事か?」

 

一番重要なことを聞く。ラインハルトの精神安定剤である赤毛のノッポが生きていなきゃ、今後の帝国軍は詰む。

 

『ああ、彼は無事だ。俺の盾となって、軽傷は負ったがな。タンホイザーは……機関部をやられた。航行不能だが、爆発の恐れはない』

 

「そうか。ならいい」

 

息を吐く。ふう、と音が出る。その拍子にまた脇腹がズキリと痛む。

 

ラインハルトの艦隊は壊滅的だ。送られてきたデータを見る。

 

総数一万二千隻のうち、残存戦力……二千二百隻。

 

九千八百隻を失った。八割以上の損耗率。これ、普通の艦隊司令官なら軍法会議もので、銃殺刑になっても文句は言えない数字だ。全滅に近い。よくぞまあ、この地獄から生還できたものだ。俺たちが横っ腹に穴を開けなきゃ、間違いなく全滅していた。

 

でも、ラインハルトは生きている。キルヒアイスも生きている。それが全てだ。艦なんてまた作ればいい。兵隊も……まあ、帝国の人口は多いからな。残酷な言い方だが、代わりはいくらでもいる。だが、天才は代わりがいない。

 

「そうだな。だが、イゼルローン要塞は……………守れた。同盟軍を追い返したんだ。それで…………良しと……………しようか……」

 

無理やり口角を上げて笑おうとする。勝ったんだ。俺たちは勝った。要塞砲で敵を薙ぎ払い、最後はミサイルの雨からも生き延びた。結果オーライだ。

 

そう思った瞬間、喉の奥からこみ上げてくる熱い塊がある。

 

「ゴフッ!」

 

咳き込むと同時に、口から何かが噴き出す。手で押さえる暇もない。

 

真っ赤な液体が、俺の軍服の膝と、床を汚す。

 

視界がぐらりと揺れる。あ、これヤバいな。

 

「閣下!!」

 

隣に立っていたミュラーが、裏返った声で絶叫する。彼の顔色が、幽霊を見たみたいに真っ青になる。普段は沈着冷静なミュラーが、こんなに取り乱すなんて珍しい。

 

「軍医!!急げ!!閣下が吐血されたぞ!!」

 

ミュラーが通信機に向かって怒鳴り散らす。その声が頭蓋骨に響いてガンガンする。うるさいな、ミュラー。そんなに大声を出すなよ。

 

「だ、大丈夫だ……」

 

血に濡れた口元を手の甲で乱暴に拭う。鉄の味がする。不味い。

 

「後半から………ゴフっ!!……明らかに敵の動きが変わったな……」

 

痛みに顔を歪めながらも、思考を止めない。止めたら気絶しそうだからだ。話を続けることで意識を繋ぎ止める。

 

「……よほど良い参謀がいるか……ロボスの動きではなかった……」

 

奴の作戦は大味で、緻密さの欠片もない。だが、今回の撤退戦は見事すぎた。

 

俺たちがトールハンマーを撃つタイミング。それを完全に読んでいたかのような、あの絶妙な回頭。そして、こちらの注意を引くための……いや、計算され尽くしたミサイル飽和攻撃。

 

あれは、ロボスの脳みそから出てくる発想じゃない。もっと別の、現場の空気を肌で感じ、秒単位で戦況を判断できる切れ者がいる。

 

誰だ?誰が指揮していた?

 

第5艦隊のビュコックか?いや、あの爺さんは確かに歴戦の猛者だが、もっと正攻法を好む。こんな奇術師みたいな真似はしない。

 

じゃあ、誰だ?同盟軍に、俺やラインハルトの裏をかくような奴がいるのか?

 

「……まあいい。今は……」

 

手を振って、駆け寄ろうとするミュラーを制する。

 

「ミュラー、大丈夫だ。医者など呼ぶな」

 

「何を仰るのですか!血を吐いておられるのですよ!?」

 

ミュラーが涙目になっている。可愛い奴だ。上官思いの部下を持つと苦労する。

 

「多分、肋骨が5本くらいと……右腕が折れているだけだ。死にはしない」

 

自分の身体をスキャンするように感覚を探る。右腕は感覚がないし、呼吸するたびに胸の中で骨が擦れる音がする。内臓に刺さってないことを祈るが、まあ、この程度の出血なら肺にちょっと穴が開いたくらいだろう。

 

「ろ、肋骨5本は重傷です閣下!!」

 

ミュラーが悲鳴を上げる。

 

「すぐに横になってください!担架を呼びますから!」

 

「うるさい。担架なんて恥ずかしいものに乗れるか。俺は歩いて帰る」

 

「無理です!立ち上がったら折れた骨が内臓に刺さりますよ!?」

 

「脅すな。俺の骨は頑丈なんだ」

 

強がりを言いながら、俺は手元のパネルを操作する。戦闘報告書の最終データが出力される。これを確認するのが司令官の義務だ。

 

 

 

第6次イゼルローン要塞攻防戦・戦闘詳報

 

帝国軍 総兵力:51,000隻 損害:11,230隻

(内訳:ミューゼル艦隊 9,800隻喪失、ファルケンハイン艦隊・駐留艦隊等 1,430隻喪失)

 

同盟軍 総兵力:34,000隻 損害:12,840隻

 

戦闘結果 イゼルローン要塞防衛成功により、帝国軍の勝利。

 

数字だけ見れば勝利だ。敵の方が出血量が多い。だが、内容が酷い。 ミューゼル艦隊はほぼ壊滅。精鋭たちが宇宙の藻屑になった。ラインハルトの出世街道における、最初で最大の躓きになるだろう。

 

そして、同盟軍のミサイル艦隊。あいつら、一番派手に暴れまわって、最後に要塞まで殴りに来たのに、「損害軽微」だと?

 

「……ふざけやがって」

 

俺は悪態をつく。

 

「……上手く立ち回りやがったな」

 

「名前も知らんが……厄介な奴が出てきたもんだ」

 

ため息をつき、その瞬間に激痛が走ってまた顔をしかめる。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

「閣下!!もう喋らないでください!医療班、まだか!!」

 

ミュラーが走り回っている。彼のあんな必死な姿を見るのは初めてかもしれない。悪いな、ミュラー。心配かけて。

 

「アナ……」

 

虚空に呼びかける。

 

『はい、アル様。バイタルサイン、危険域です。血圧低下、脈拍上昇。ショック状態になりかけています』

 

アナの声も、いつもより硬い。

 

『直ちに医療ポッドへ。これ以上の我慢は、自殺行為です』

 

「分かってるよ……。要塞の……修理は……」

 

『現在、工作艦およびドローンを総動員して当たらせています。外壁の穴は、あと四時間で仮封鎖完了。完全修復には三週間を要します』

 

「三週間か……。長いな……」

 

ぼんやりと天井を見上げる。照明がチカチカと明滅している。

 

勝った。生き残った。ラインハルトも無事だ。

 

でも、この胸の痛みは、骨折のせいだけじゃない気がする。

 

同盟軍。腐敗した民主主義の成れの果てだと思っていた連中の中に、キラリと光る刃が混ざっていた。その刃が、俺の喉元を掠めていった恐怖。

 

「次は……こうはいかんぞ……」

 

意識が遠のいていく。

 

「おい、ミュラー……」

 

「はい!ここにいます!」

 

ミュラーが俺の左手を握りしめる。男に手を握られても嬉しくないが、今はその温かさがありがたい。

 

「ラインハルトに……伝えろ……」

 

「はい、何でしょう!?」

 

「……『怪我の功名』って言葉があるが……今回は……怪我しか残らなかったな、って……」

 

「……ッ!そんな冗談を言ってる場合ですか!!」

 

ミュラーが泣き笑いのような顔をする。

 

ああ、視界が暗くなってきた。これが失血によるブラックアウトか。悪くない気分だ。少なくとも、痛みが少し麻痺してきた気がする。

 

俺の意識は、サイレンの音とミュラーの怒鳴り声に包まれながら、ゆっくりと闇の中に沈んでいく。

 

次に目が覚めたら、病院のベッドの上だろう。そして、看護師の怖いおばちゃんに「安静にしてないからですよ!」って怒られるんだ。間違いなく。

 

ま、それも生きていればこそ、か。

 

俺は目を閉じる。




ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
本章は、シリーズでも屈指の大規模戦として構成しましたが、
少しでも銀英伝の空気と作者独自の呼吸を感じていただけたなら幸いです。

皆さまの読後感はいかがだったでしょうか。

戦闘描写は読みやすかったか

キャラクターの心情は伝わったか

視点転換はテンポよく感じられたか

アルの瀕死シーンはどのように響いたか

など、どんな些細なご意見でも大変励みになります。
ぜひ感想をお寄せいただければ嬉しいです。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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