銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、第11艦隊にとんでもない化学反応が起き始める章です。

戦術の魔術師・ヤンと、暴風雷雨みたいな猛牛ホーランド。
原作では交わらない二人が、もし本気でタッグを組んだらどうなるのか──
そんなIFを、笑いと少しの熱さを込めて描いております。

銀英伝の世界観を尊重しつつ、
キャラたちが自由に暴れまわる裏舞台の戦史をお楽しみください。


猛牛提督と魔術師准将 ―地獄の第11艦隊始動―

第11艦隊の司令部作戦室は、今日も今日とて熱気という名の二酸化炭素と、ホーランド中将の怒号という名の衝撃波で満たされている。

 

ヤン・ウェンリー新任参謀長は、配属されてまだ数日だというのに、すでに十年分老け込んだような顔で、積み上がる書類の山と格闘している。

 

「ヤン参謀長!!聞いているのか!!」

 

ホーランドがデスクをバン!と叩く。振動でヤンの愛するティーカップの中身が波打ち、ソーサーにこぼれる。あーあ、貴重な紅茶が。

 

「聞いていますよ、閣下。私の鼓膜が破れていなければの話ですが」

 

ヤンはハンカチで紅茶を拭きながら答える。

 

「私の考案した、この素晴らしい『セル方式・変幻自在フォーメーション』だがな!理論は完璧だ!シミュレーションでもオールグリーンだ!だが、問題がある!」

 

「はあ。何でしょう」

 

「実行する人間が足りんのだ!こんな複雑な動き、頭の固い従来の艦長どもにできるわけがない!奴らは『右へ回頭』と言えば90度回るだけだ!45度で止めてスライド移動しろと言っても『教本にありません』と返してくる!」

 

ホーランドが頭を抱えて唸る。彼の悩みはもっともだ。ヤンが修正を加えた新戦術は、個々の分艦隊に高度な自律判断と、阿吽の呼吸を求める。マニュアル通りの教育を受けた優等生では対応できない。

 

「そこでだ、ヤン!貴様の出番だ!誰かいい奴はいないか?貴様のその、一見やる気がなさそうでいて実は他人を観察しまくっている眼鏡に適う、イカれた奴はいないか!」

 

「人聞きの悪い評価ですね……。まあ、心当たりがないわけではありませんが」

 

ヤンは記憶の引き出しを開ける。士官学校時代の後輩。成績は優秀だが、性格に難あり。反骨精神の塊で、上官に噛み付くのが趣味みたいな男。

 

「ダスティ・アッテンボローという男がいます。私の士官学校の後輩で、現在は少佐として駆逐艦に乗っていますが……少々口は悪いですが、指揮能力と臨機応変な判断力は確かです。ただ、彼はジャーナリスト志望でして、軍隊の規律というものを親の仇のように嫌っていますが」

 

「よし!採用!!」

 

ホーランドが食い気味に叫ぶ。

 

「えっ」

 

「人事局に電話する!おい通信兵!繋げ!ダスティ・アッテンボロー少佐だ!今すぐ第11艦隊へ転属させろ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください閣下。どんな人か、もう少し詳しく聞かなくていいんですか?上官に『くたばれ』とか平気で書く男ですよ?」

 

「構わん!規律を嫌う?最高じゃないか!マニュアル人間にこの戦術はこなせん!必要なのは、戦場で『くたばれ』と叫びながらアクセルを踏める奴だ!貴様が推すなら間違いない!」

 

ホーランドは受話器をひったくる。

 

「人事局長か!私だ、ホーランドだ!アッテンボロー少佐をよこせ!理由は『愛』だ!以上!」

 

ガチャン!ツーツー……。

 

ヤンは口を開けたまま固まる。人事局長、今頃胃薬飲んでるだろうな。

 

数時間後。作戦室のドアが乱暴に開く。

 

「失礼します!第11艦隊への出頭命令を受けた、ダスティ・アッテンボロー少佐であります!……って、ヤン先輩!?」

 

現れたのは、鉄錆色の髪をした若者だ。彼は部屋に入るなり、デスクに突っ伏しているヤンを見て目を丸くする。

 

「やっぱり先輩が黒幕ですか!いきなり『愛だ』とかいう謎の理由で転属命令が来て、俺はてっきりホモの司令官に狙われたのかと……!」

 

「人聞きが悪いな、アッテンボロー。私はただ、君の才能を評価しただけだよ。……まあ、半分以上は彼(ホーランド)の暴走だが」

 

ヤンが力なく笑う。

 

「ようこそ、アッテンボロー少佐!私が司令官のホーランドだ!」

 

ホーランドが大股で近づき、アッテンボローの手をガシッと握りしめてブンブン振る。

 

「き、貴官が噂の『猛牛』……じゃなくて、ホーランド提督ですか」

 

「うむ!貴様、いい目をしているな!社会への不満と、破壊衝動が渦巻いている目だ!気に入った!今日から貴様は分艦隊司令だ!好きに暴れろ!」

 

「はあ!?分艦隊司令!?俺、まだ少佐ですよ!?佐官が提督の真似事なんてできませんよ!」

 

「細かいことは気にするな!階級など飾りだ!実力があればいい!責任は私が取る!さあ、ヤン参謀長の指示に従って、艦隊をグチャグチャにかき回してこい!」

 

アッテンボローは助けを求めるようにヤンを見る。ヤンは「諦めろ」という目で首を振る。

 

「……わかりましたよ。先輩の下でなら、悪いようにはされないでしょうからね。伊達と酔狂でやってやりますよ!」

 

アッテンボローがニヤリと笑う。こうして、一人目の被害者……もとい、仲間が確保された。

 

だが、ホーランドの欲求は止まらない。

 

「ヤン准将!!アッテンボローはいい拾い物だった!だが、まだ足りん!この艦隊運動を、一糸乱れぬ精度でこなすには、現場の『指揮者』が必要だ!全体を見渡し、私の大雑把な命令を、ミリ単位の操艦に翻訳できるエキスパートはいないか!」

 

「注文が多いですね……」

 

ヤンはこめかみを揉む。 大雑把な命令を翻訳する。それは本来、参謀長の仕事だが、ヤン一人ですべての艦の動きを制御するのは物理的に不可能だ。現場レベルで、息をするように艦隊運用ができる職人がいる。

 

「……いますよ。一人、うってつけの人物が」

 

「誰だ!名前を言え!住所もだ!」

 

「エドウィン・フィッシャー准将という方です。現在は後方勤務でくすぶっていますが……地味ですが、艦隊運用の名手です。彼にかかれば、艦隊運動の座標誤差は数センチ以内に収まると言われています」

 

「よし!採用!!今すぐ連れてこい!」

 

「またですか……」

 

ホーランドは再び受話器を掴む。

 

「人事局長か!私だ!また私だ!文句あるか!エドウィン・フィッシャー准将をよこせ! 理由は『運命』だ!今すぐだ!さもないと貴様の家の庭でバーベキュー大会を開くぞ!」

 

脅迫だ。完全に脅迫だ。

 

その日の夕方。作戦室に、一人の初老……には早いが、妙に枯れた雰囲気を持つ男が入ってくる。

 

「……第11艦隊への着任を命じられました、エドウィン・フィッシャーです。……あの、私の家の庭でバーベキューというのは、本当に行われるのでしょうか?」

 

フィッシャーは困惑しきった顔で尋ねる。真面目な人なのだ。

 

「ハッハッハ!冗談だ!私のジョークは冴えているだろう!」

 

ホーランドが肩を叩く。フィッシャーがよろける。

 

「フィッシャー提督。貴官には、我が艦隊の運用責任者となってもらいたい。私の考える『芸術的』かつ『変態的』な機動を、現実に落とし込んでくれ!」

 

「変態的……ですか。ヤン准将、これはどういうことかね?」

 

フィッシャーがヤンを見る。

 

「言葉通りの意味ですよ、フィッシャー提督。この人の頭の中にあるイメージを、物理法則の範囲内で再現してほしいんです。あなたならできます」

 

「……君がそう言うなら、やってみよう。……やれやれ、静かな老後を送りたかったのだが」

 

フィッシャーは苦笑しながらも、提示された航路図を見て、職人の目になる。

 

「……ふむ。無茶苦茶だが、面白い。やってみる価値はある」

 

こうして、第11艦隊の主要ポストは、瞬く間に埋まっていった。しかも、人事局の正規の手続きを(物理的な圧力で)すっ飛ばして。

 

 

 

 

 

 

 

休憩時間。

 

司令部の片隅にある休憩スペースで、ヤンは久しぶりに温かい紅茶をすすっていた。 隣では、ホーランドが謎のプロテイン飲料(色は毒々しい緑色)を一気飲みしている。

 

「……ふぅ。生き返る」

 

ヤンが息を吐く。

 

「……ヤン准将。貴様、政治家が嫌いだろう?」

 

唐突に、ホーランドが切り出す。 ヤンはカップを置く。

 

「……はあ、まあ。嫌いというか、苦手ですね。軍人が政治に口を出すべきではありませんし、逆もまた然りかと。歴史を見ても、その境界が曖昧になった時、国家はろくなことになりませんから」

 

「うむ!まったくその通りだ!政治に近づかないのは貴様の美点だ!権力欲のない軍人ほど信用できるものはない!」

 

ホーランドは頷く。口の周りに緑色の液体がついているが、言っていることはまともだ。

 

「だがな、ヤン。ただ忌避しているだけでは、理不尽な命令から部下を守れんぞ!予算も取れん!補給も回ってこん!我々は霞を食って戦うわけにはいかんのだ!」

 

「……はい、閣下。耳が痛いです」

 

ヤンは素直に認める。彼の最大の弱点はそこだ。政治的な駆け引きや、上層部への根回しが面倒で、ついつい逃げてしまう。そのツケが、現場での苦戦という形で回ってくることも理解している。

 

「(ニカっと笑い)だから、俺が守ってやる!」

 

ホーランドが親指で自分を指差す。

 

「え?」

 

「貴様は戦術と歴史の本だけ読んでいろ!面倒な政治家への根回しや、トリューニヒト委員長のご機嫌取り、予算の分捕り合戦は、全部このホーランドが引き受けてやる!」

 

「……」

 

ヤンはポカンとする。

 

「俺はな、こういう泥臭い喧嘩が得意なんだ。議員の秘密を握って脅……いや、交渉するのも、接待で酒を飲み比べて潰すのも、俺の仕事だ。貴様のような繊細な頭脳を持つ男が、そんなことで消耗する必要はない」

 

ホーランドの目が、真剣な光を帯びる。

 

「その代わり、俺を勝たせろ!俺を男にしろよ、参謀長!貴様の描く最強の戦術を、俺にプレゼントしてくれ!俺たちは共犯者だ!」

 

ホーランドが、大きな手を差し出してくる。 ごつごつとした、分厚い手だ。これまで多くのものを掴み、そして壊してきた手。でも今は、ヤンを守る盾になると言っている。

 

ヤンは、その手を見つめる。 これまで、彼の上官たちは、「責任はお前が取れ」「政治的な配慮をしろ」とヤンに押し付けてきた。 だが、この男は違う。

 

「……参ったな」

 

ヤンは独白する。

 

(話してみると、野心と謙虚さと、行動力とユーモア、それに変な堅物さが合わさって、なかなか愉快な人物だ。……私の嫌いなタイプじゃない)

 

ヤンは自分の手を差し出し、ホーランドの手を握り返す。握力が強い。骨が軋む。

 

「……はい、閣下。善処します。……その代わり、私の紅茶の時間だけは確保してくださいね」

 

「ハッハッハ!任せろ!最高級の茶葉を、経費で落としてやる!」

 

「それは横領になりますからやめてください」

 

二人は笑い合う。

 

こうして、第11艦隊は、奇妙な化学反応を起こし始めた。

 

ホーランドの圧倒的な「推進力」と「政治力」 ヤンの緻密な「知略」と「先読み」 フィッシャーの正確無比な「運用」 アッテンボローの柔軟な「現場指揮」

 

これらが融合し、第11艦隊は、単なる突撃部隊から、同盟軍最強の精鋭部隊へと、恐ろしいスピードで変貌していくことになる。

 

「さて、ヤン。休憩は終わりだ!次は『敵を挑発して誘い出すための悪口雑言集』を作るぞ!」

 

「……そんなもの、作戦要綱に載せないでください」

 

「重要だぞ!帝国軍の貴族どもはプライドが高いからな!『母ちゃんの出べそ』と言えば激昂して突っ込んでくるはずだ!」

 

「レベルが低すぎます……」

 

ヤン・ウェンリーの胃痛は治らない。だが、その痛みは、もはや苦痛だけのものではなくなっていた。

 

「……やれやれ。付き合いますよ、猛牛閣下」

 

ヤンは立ち上がり、新しい紅茶を淹れるために給湯室へと向かう足取りは、心なしか軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

フラッシュの光量が致死レベルに達している。 ハイネセン・プレスセンターの大ホールは、数百人の報道陣と、その倍くらいの野次馬、そして熱気でサウナ状態になっている。

 

演台に立っているのは、今や同盟軍のアイドル(?)となった第11艦隊司令官ウィレム・ホーランド中将と、その横で借りてきた猫を通り越して保健所に連れていかれる直前の野良猫みたいな顔をしているヤン・ウェンリー准将だ。

 

「ホーランド提督! こちらをお願いします!」

 

「目線をください! 笑顔で!」

 

「ヤン准将、もう少しホーランド提督に寄ってください! 肩を組んで!」

 

カメラマンたちの容赦ない注文が飛ぶ。ホーランドは白い歯をキラリと光らせ、バッチリとポーズを決める。一方、ヤンは引きつった愛想笑いを浮かべながら、ジリジリとホーランドから距離を取ろうとしている。だが、ホーランドの太い腕がヤンの肩をガシッと抱き寄せているため、逃げ場はない。完全に捕らえられた宇宙人状態だ。

 

「では、質問をどうぞ!」

 

司会者が指名すると、最前列の記者が勢いよく立ち上がった。

 

「国防日報のパトリックです!ホーランド提督、今回の昇進、誠におめでとうございます!32歳での中将昇進は、同盟軍の歴史においても異例中の異例!あの伝説の『730年マフィア』の筆頭、ブルース・アッシュビー元帥に並ぶ快挙と言われています!」

 

会場がどよめく。ブルース・アッシュビー。同盟軍史上、最強の用兵家とうたわれた伝説の元帥。30代で宇宙を駆け抜け、華々しく散った英雄だ。彼と比較されることは、軍人にとって最大級の賛辞である。

 

記者は興奮気味に続ける。

 

「一部では、提督を『アッシュビーの再来』と呼ぶ声もありますが、ご自身ではどう思われますか!?やはり、元帥の再来として銀河を統一する野望をお持ちでしょうか!」

 

煽る煽る。いい記事を書くためには何でも言わせようという魂胆が見え見えだ。

 

ホーランドは、ふっと真顔に戻る。会場のざわめきが一瞬で収まる。彼はマイクを握り直し、低い、よく響く声で語り始めた。

 

「……光栄だ。過去の英雄と比較されるのは、軍人冥利に尽きる」

 

彼は一度言葉を切る。そして、隣で縮こまっているヤンの方を向く。

 

「だが、記者の諸君。訂正させてもらおう」

 

「訂正、ですか?」

 

「そうだ。私はアッシュビーではない。そして、真にアッシュビー元帥に並ぶべき、いや、彼を凌駕するであろう人物は、私ではない」

 

ホーランドの手が、ビシッとヤンを指差す。

 

「私の隣にいる、このヤン・ウェンリー准将だ!!」

 

「えっ」

 

ヤンの口から間の抜けた声が漏れる。会場の全員の視線が、一斉にヤンに突き刺さる。痛い。視線が物理的に痛い。

 

ホーランドは止まらない。彼は演説モードに入っている。

 

「諸君、よく見ろ!この一見やる気がなさそうで、昼行灯のようにぼんやりとしている男を! 彼はまだ27歳だ! 私より五つも若い!」

 

「(ちょ、閣下……!何を言い出すんですか……!)」

 

ヤンが小声で抗議するが、ホーランドのマイクパフォーマンスにかき消される。

 

「だが、その頭脳には、過去数千年の戦史と、未来を見通す洞察力が詰まっている!彼は魔術師だ!私がただのハンマーなら、彼はそのハンマーを振るうタイミングと角度を完璧に計算する精密機械だ!」

 

ホーランドはヤンの肩をバンバン叩く。ヤンの身体がそのたびに揺れる。

 

「私は予言しよう!このヤン・ウェンリーこそが、次代の同盟軍を背負って立つ男になる!彼はきっと、いや確実に、30代前半で元帥になるであろう!!」

 

「げぇっ!?」

 

ヤンが悲鳴を上げる。30代で元帥? 冗談じゃない。元帥なんてなったら、責任は重いし、死ぬまで引退できないし、歴史の教科書に載ってしまう。ヤンの人生設計(年金をもらって古本屋を経営する)が根本から崩壊する。

 

「そ、そんな……!買い被りです!私はただの……」

 

「謙遜するなヤン!貴様の才能は私が一番よく知っている!エル・ファシルでの脱出劇、そして今回の第11艦隊の再編!貴様の手腕はすでに元帥級だ!」

 

ホーランドはカメラに向かって叫ぶ。

 

「国民の諸君!覚えておくがいい! いずれ『ヤン・ウェンリー元帥』が誕生する日を!そして私は、その露払いができることを誇りに思う!私の背中を預けるに足る男は、彼しかいない!」

 

フラッシュの嵐。

 

『ホーランド提督、ヤン准将を次期元帥に指名!』

 

『最強コンビの絆!』

 

『ヤン・ウェンリー、アッシュビー超えなるか!?』

 

そんな見出しが明日の紙面を飾ることが確定した瞬間だった。

 

ヤンは両手で顔を覆い、演台に突っ伏した。

 

「……勘弁してください……。私は……年金さえ貰えればいいんです……。ささやかな退職金と、静かな老後があれば、それで……」

 

「ハッハッハ!何を言っている!貴様には老後などまだ早い!これからが青春だ!私と共に銀河を駆け巡るのだ!」

 

ホーランドが豪快に笑う。悪気がないのが一番タチが悪い。彼は本気でヤンを評価し、本気でヤンの出世を願っているのだ。それがヤンにとって最大の迷惑だということに気づかずに。

 

記者たちは大喜びだ。

 

「ヤン准将!

ホーランド提督の予言を受けて、抱負を一言!」

 

「やはり元帥を目指しておられるのですか!?」

 

「年金とおっしゃいましたが、それは照れ隠しですか!?」

 

「あ、いや、その……ノーコメントで……」

 

ヤンは消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

会見が終わった後の控室。ヤンはソファにぐったりと沈み込んでいる。魂が口から半分くらい出ている状態だ。

 

「ふぅ!いい会見だったなヤン!これで貴様の知名度も全国区だ!軍の予算委員会も、貴様の名前を出せば通りやすくなるぞ!」

 

ホーランドは上機嫌で、ネクタイを緩めながらヤンの隣に座る。

 

「……閣下。お願いですから、これ以上私を持ち上げないでください。高いところは苦手なんです。落ちたら痛いじゃないですか」

 

「何を言う!男なら頂点を目指せ!天井知らずの出世街道を爆走するんだ!」

 

「私は路地裏を散歩したいんです……」

 

「まあそう言うな!ところでヤン、さっきの会見中に新しい陣形を思いついたんだが、聞いてくれ!」

 

ホーランドは切り替えが早い。彼は手元のタブレットを取り出し、落書きのような図を表示する。

 

「名付けて『ドーナツ型包囲殲滅陣』だ!」

 

「……名前からして嫌な予感がしますが」

 

「見ろ!艦隊を巨大な円形、つまりドーナツ状に配置する!そして敵をその『穴』におびき寄せるのだ!穴に入った敵を、全周囲360度から一斉射撃で蜂の巣にする!どうだ!完璧だろう!逃げ場なしだ!」

 

ホーランドが目を輝かせて説明する。

 

ヤンは一瞬で図を見て、即答する。

 

「真ん中を突破されて終わりです、閣下」

 

「なに!?」

 

「敵を穴に入れるということは、敵に我々の包囲網の内側に入られるということです。ドーナツの生地(艦列)が薄ければ、敵の集中突破であっという間に食い破られます。特に帝国軍には『高速戦艦』という名の虫歯菌がいますから、ドーナツなんて格好の餌食ですよ。内側から食い荒らされて、艦隊は崩壊します」

 

ヤンは冷徹に指摘する。

 

「……むう」

 

ホーランドは腕を組み、天井を仰ぐ。

 

「……言われてみればそうだ!内側に入られたら、味方の弾が反対側の味方に当たる危険もあるな!フレンドリーファイアの嵐か!」

 

「その通りです。円陣を組むなら、もっと厚みを持たせるか、回転運動を加えて敵の照準をずらす工夫が必要です」

 

「わかった!改善する!では、ドーナツではなく『バームクーヘン型』はどうだ!層を厚くして、回転させる!」

 

「……それなら、検討の余地はありますね。フィッシャー提督が泣いて嫌がるでしょうが」

 

「よし!すぐにフィッシャーを呼べ!バームクーヘンを焼くぞ!」

 

その顔には、先ほどの会見での「英雄」の顔はなく、新しいオモチャを見つけた子供のような無邪気さがある。

 

ヤンはため息をつきながらも、どこか憎めないこの上官の後ろ姿を見つめる。

 

「……やれやれ。退屈はしませんね、本当に」

 

ヤンは重い腰を上げ、ホーランドの後を追う。

 

「待ってください、閣下。バームクーヘン作戦の前に、まずは紅茶を一杯飲ませてください。私の胃が、ブラックホールになりそうなんです」

 

「ハッハッハ!貴様の胃袋は宇宙だな!よし、奢ってやる!」

 

二人の背中が、廊下の向こうへ消えていく。

 

こうして、同盟軍には新たな伝説が生まれつつあった。

 

 

 

「猛牛」と「魔術師」

 

 

全く噛み合わないようでいて、奇妙に噛み合う二つの歯車が、銀河の歴史を大きく回し始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤン・ウェンリーの平穏な老後は、まだ数万光年の彼方にある。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ヤンの胃痛は増え、ホーランドの暴走は天井知らず、
第11艦隊はますますカオスな道を歩み始めました。

そして今回、特に力を入れたのが
「猛牛と魔術師のコンビが、どうやって信頼を築くのか」
という部分です。

もし少しでも、二人の掛け合いや空気感を楽しんでいただけたなら、
作者としてこれ以上の喜びはありません。

ぜひ感想をいただけると励みになります!
「ホーランドが好き」
「ヤンがかわいそう」
「アッテンボローが刺さった」など、
一言でもいただけたら、次の執筆のガソリンになります。

それでは、次回もよろしくお願いいたします。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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