銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

9 / 218
銀河帝国の艦隊において、昇進は名誉である――はずだ。
だが本作の主人公アルブレヒト・フォン・ファルケンハインにとって、昇進とは「死亡率の増加」を意味する。
今回は、ケンプ大佐の盲目的な賛美と、艦隊五倍増という悪夢の辞令を前に、アルが再び「座布団」の尊厳を賭けて悪戦苦闘する物語。
運だけで生き延びる男の、笑いと絶望に満ちた参謀生活をお楽しみください。


座布団参謀、艦隊五倍の死刑宣告

俺は今日も執務室にこもって、万年筆を握りしめている。日誌を書くのは俺の習慣だ。戦況報告でもなく、軍紀に関するものでもない。これはあくまで俺個人の魂の叫びを残すためのものだ。つまり、「ケンプのすごい日記」である。

 

さて、今日は何を書くか。もちろん、我が愛すべき部下、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン中佐についてだ。あいつはもう、軍神オーディンの落とし子だ。間違いない。俺は当初、門閥貴族の甘ったれだろうと侮っていた。正直言えば「どうせ最初の出撃で『ママ〜!』とか叫びながら撃墜されるんだろ」と思っていた。だがどうだ。実際には「ママ〜!」と叫びながら撃墜されかけて、なぜか敵を撃墜して帰ってきたのだ!すごい!奇跡!いや、才能!

 

俺は悟った。こいつは本物だと。

 

特筆すべきは、あの奇跡的な予見能力だ。俺たちが出撃するたびに「なんかこっちが嫌な気がする」とか「胸騒ぎがするから右じゃなくて左へ行こう」とか、実に適当なことを言う。だがその“適当”が百発百中だ。右に行けば敵の大艦隊、左に行けば敵の補給艦隊。なぜ分かる!?俺は参謀学校で死ぬほど勉強したが、ここまでピタリと当てるのは無理だ。だがあいつは「俺の勘だ!」で全てを説明する。勘で済ませるな!でも当たるから文句は言えない。

 

そのおかげで、たかだか三百隻の我が艦隊が八百隻の同盟艦隊を蹴散らしたことも一度や二度ではない。あの時の俺のドヤ顔、今でも鏡で再現できるレベルだ。「ケンプ隊長、やはり天才ですな!」と幕僚たちは言った。俺は内心「いや、ファルケンハインの勘です」と叫びたかったが、将としてのプライドが俺に沈黙を強いた。

 

さらに、あの副官ホーテン少佐だ。あれは女神だな。いや、死神かもしれん。ファルケンズフォレストと呼ばれる彼女の戦いぶりは、まさに敵にとっての森の怪異。だが俺は知っている。あの森を作り出しているのはアルブレヒトの予測と誘導だ。敵艦隊をうまく誘い込み、アナスタシアが刈り取る。二人の連携は芸術だ。俺も混ざりたいが、混ざったらたぶん俺が真っ先に撃墜されるので遠慮している。

 

さて、そんなファルケンハイン中佐だが、先日「転属願」を出したと聞いた。俺は驚いた。「あいつはなぜ最前線から逃げようとするんだ!?」と。しかし考えてみれば当然だ。才能ある者ほど危険を避けたくなる。俺だって休暇は欲しい。だから俺は考えた。彼を完全に後方に回すのは惜しい。しかし命を失わせるのも惜しい。どうする?そうだ、参謀にすればいい!

 

俺は司令部に掛け合った。グレイマン閣下に「ファルケンハインは宝です!ぜひ参謀に!」と直訴した。閣下は即答で「是非に」と言ってくださった。さらにホーテン少佐に相談したら「アル様のためなら」と目を輝かせ、あのシュトックハウゼン大将にまで取り次いでくれた。結果、ファルケンハインは艦隊付きの参謀に“栄転”安全と危険の絶妙なバランスだ!俺は自分の知恵を誇りに思う。

 

だが、正直に言うと、あいつの顔を見た時の絶望感は忘れられない。辞令を見て、「あの、これは?」と聞いてきた顔。俺は笑顔で「おめでとう」と言ったが、心の中では「すまん、本当にすまん」と土下座していた。

 

それでも俺は信じている。ファルケンハインは偉大な軍人になる。いや、もうなっている。今日も幕僚会議で「敵が来そうな気がします」と言っただけで、全員が「なるほど!」と頷いた。俺の発言より重い。なんだこの現象。俺が大佐で、あいつはまだ中佐だろ!?

 

……とはいえ、俺も感謝している。ファルケンハインのおかげで俺は中尉から大尉、大尉から中佐、中佐から大佐へと、とんとん拍子で昇進した。俺の武勲は全部、あいつの勘のおかげだ。俺は今日も元気に「ファルケンハイン様〜」と心の中で拝んでいる。

 

さて、そろそろ日誌を閉じるか。今日も書きすぎたな。でも仕方ない。俺の部下は最高なのだから。

 

最後に一言。

 

ファルケンハイン中佐!お前は俺の希望、やっぱり最高だ!

 

 

 

 

 

俺は今、司令部の執務室に立っている。いや、正確に言うと、立たされている。隣にはケンプ大佐とアナ。目の前には新任の艦隊司令官、グレイマン少将。部屋は豪華な装飾が施されていて、皇帝の肖像画まで飾ってある。そんな荘厳な空気の中、俺はただ一人、全身から冷や汗を流していた。

 

「諸君、今回の昇進、誠におめでとう!」と、グレイマン少将が満面の笑みで言った。

 

うん、言葉だけ聞けば嬉しい。昇進?おめでたい。普通ならガッツポーズだ。でもな、俺は知っている。この銀河帝国という組織では「昇進=死の確率上昇」という等式が成立することを!

 

「特にケンプ大佐、そしてファルケンハイン中佐!」

 

いきなり名前呼ばれた!やめろ!俺はできるだけ存在感を消して「空気参謀」として静かに生き残ろうと心に決めていたのに!司令官直々に名前を挙げられるなんて、死亡フラグ以外の何物でもない!

 

「君たちの功績により、我々の艦隊は帝国軍でも屈指の精鋭部隊として再編成されることになった!」

 

はい?再編成?いやな予感しかしないんですけど。

 

「そうだ!これまでの戦果が認められ、我が艦隊はこれまでの三百隻から、千五百隻へと大幅に増員される!」

 

……。

 

……え?

 

「皇帝陛下からの、多大なる期待の表れだ!」

 

う、嘘だろ。五倍!?千五百隻!?ふざけんな!なんで俺の寿命を五倍削るような編成するんだよ!この規模になったら間違いなく最前線の主力扱いだ!今までの三百隻でも毎回地獄だったのに、これからは五倍の地獄が待ってるってことか!?

 

「(内心)ご、ご、ご、五倍だぞ!死亡確率も五倍!?いや、五倍どころじゃない!だって敵も絶対に本気でぶつけてくるじゃん!敵も千五百隻、いや二千隻とか出してくるに決まってる!つまり、俺はもはや“確実に死ぬコース”に乗ったわけだ!ああ、母上、父上、そしてアナ…俺は短い人生を…」

 

「そしてアル様!」と、横からアナの声が割り込んできた。

 

「その増強された新艦隊の司令部参謀として、貴方が抜擢されたのです!素晴らしいではありませんか!」

 

素晴らしい!?どこが!?千五百隻を抱える艦隊の参謀なんて、死刑宣告に等しいだろ!司令官が倒れたら次に矢面に立つのは参謀だぞ!?俺は後方の安全な場所でお茶をすすりたいだけなのに!なんで銀河の命運を背負うみたいな話になってるんだ!?

 

「す、素晴らしい…ですな…」俺は顔面蒼白のまま、乾いた笑いを浮かべてそう答えるしかなかった。いや、他に選択肢はない。ここで「死にたくないです」なんて言おうものなら即軍法会議行きだ。

 

グレイマン少将は満足げに頷いた。「うむ、頼もしい返事だ!さすがはファルケンハイン家のご子息!」

 

やめろおおお!そういうのいらない!今すぐ忘れてくれ!俺のことはただの「壁のシミ」くらいに思ってくれ!

 

横ではケンプ大佐が「さすがだな、ファルケンハイン!」と肩を叩いてきた。痛い!物理的にも精神的にも痛い!あんた、俺を持ち上げれば持ち上げるほど、俺の逃げ道が塞がれていくんだぞ!

 

しかもケンプの顔、完全に「俺が育てた」ってドヤ顔してる。違うからな!?俺は勝手に生き残ってるだけで、あんたが育てたわけじゃないからな!?

 

アナはというと、隣で満面の笑み。「アル様、これでまた新しい舞台が広がりますね!ますますのご活躍、私、楽しみにしております!」

 

お前は楽しそうでいいよな!?俺は胃がキリキリするんだよ!こっちは毎回、死ぬか生きるかの大博打してるんだぞ!?しかもお前、毎回大勝ちしてるけど、俺は大損してるからな!?戦果ゼロで胃に穴が空くってどういうこと!?

 

そしてグレイマン少将がさらにとんでもないことを言い出した。「この艦隊は、皇帝陛下から特に期待を寄せられている。ゆえに、次の会戦では必ず我らが主力となる。ファルケンハイン中佐、君の参謀としての才覚に、大いに期待しているぞ!」

 

やめてくれえええ!俺の“才覚”は全部“勘”なんだ!「なんとなく左が危ない気がする」とか「胸騒ぎがする」とか、全部ノリで言ってるだけなんだ!それを軍略的才能とか誤解されても困るんだよ!このままだと俺の「適当」が銀河史を動かすことになるじゃないか!

 

会議が終わり、執務室を出た俺は、廊下で天を仰いだ。「俺は…一体どうすればいいんだ…?」

 

その横でアナがにこやかに言う。「アル様、きっと素晴らしい未来が待っていますよ」

 

いや、それは俺の未来じゃなくて、お前の未来だろ!?俺の未来はもう棺桶の中に片足突っ込んでるんだよ!

 

 

 

 

 

 

俺はその夜、自室に帰るなり、ベッドにダイブした。豪奢なベッドなのに、今の俺には棺桶にしか見えない。布団をかぶってジタバタしながら、思わず泣き声が漏れた。

 

「うわーん!俺は後方勤務がしたいんだ!ぬくぬくイゼルローン要塞で、紅茶片手に防御戦したかったんだ!それがなんで最前線!?しかも規模が五倍になった艦隊の参謀!?死ねってことか!?俺の人生どこで間違えたんだ!?」

 

ベッドの横から、アナスタシアが涼しい顔でティーカップを差し出してきた。こいつ、どんな状況でも紅茶を入れるのは忘れない。もはや職業病だろ。

 

「アル様、どうぞ。カモミールティーです。鎮静効果がありますよ」

 

「ありがと……」と受け取ったけど、俺の手はガクガク震えてて、半分こぼした。

 

「はあ……俺さ……」と声がどんどん小さくなる。布団に顔を埋めたまま、蚊の鳴くような声で言った。

「部隊が離れたら……アナと毎日こうして……その……一緒にいられないじゃないか……」

 

自分で言って恥ずかしくて、布団の中で足をバタバタした。大人の男の動きじゃない。だが仕方ない。愛と恐怖は人を幼児退行させるんだ。

 

するとアナがくすっと笑った。おい、笑うな。俺は真剣なんだぞ。

 

「アル様、ご心配なく。幕僚勤務になっても、貴族将校の特権として個室はこれまで通り割り当てられます。ですから、お部屋は同じです。ご安心ください」

 

「……ほんと?」ガバッと布団から顔を出した俺は、思わず子犬のような目になっていたに違いない。

 

「ええ。私がそうなるように、ケンプ大佐とグレイマン少将に『お願い』しておきましたから」

 

「…………」

 

俺はしばし固まった。いや、感動すべきだろ?こんなに献身的な従者がいるなんて、銀河広しといえど俺だけだろ?でもな、どう考えても裏で糸を引いてる気がするんだよな。今回の人事、絶対にアナとケンプとグレイマンでグルになって俺を「最前線に縛り付けてやろう計画」立ててるだろ。

 

「アナ……お前って、やっぱり頼りになるな!」

 

結局、俺はその疑念をあっさり捨てた。いや、だって考えたら頭が痛くなるし。難しいことはアナに任せておけばいい。俺の役目は「不平不満を口にして場を和ませること」だ。うん、それでいい。

 

「それにしてもさあ!」と、今度はベッドの上で正座してアナに向き直る俺。

「参謀になったらもっと安全だと思ったのに!むしろ逆じゃん!前より死ぬ確率上がってるじゃん!あいつら全員で俺を囮にしてるんじゃないの!?俺、座布団じゃなくて人間だぞ!?いや、貴族だぞ!?」

 

「アル様は、すでに『アナスタシアの座布団』と呼ばれておりますから」

 

「うるさいわ!その呼び方定着させるな!」

 

「だって皆さん上手いことを言うのですもの。アル様が常に私に敷かれている姿を見て、座布団と呼ぶのは自然でしょう?」

 

「敷いてねえよ!?いや、敷かれてるか……でも物理じゃなくて精神的にだろ!?」

 

「座布団に区別はありません」

 

ぐぬぬ……!この女、絶対わざとだ!

 

俺は枕を抱きしめながらゴロゴロ転がった。情けない?上等だ!俺は死にたくないんだ!誰が好き好んで千五百隻の最前線艦隊で参謀なんてやるか!

 

アナは俺の様子を楽しそうに眺めながら、ティーカップを優雅に口に運んだ。おい、笑ってるだろ!完全に楽しんでるだろ!

 

「アル様。そんなにご不満なら、また転属願をお出しになれば?」

 

「出したよ!前に出したよ!そしたら『栄転』とか言って結局また前線に戻されたんだよ!もう信じねえ!あの辞令は全部罠だ!トラップカード発動だ!」

 

「でも結果的にご昇進なさったではありませんか」

 

「……それは忖度って言うんだ!俺が武勲立てたからじゃなくて、お前より階級下だと見栄え悪いからだろ!」

 

「アル様が私の主人でなければ、私は今ごろ大将になっていたかもしれませんね」

 

「やめろおおお!現実を突きつけるな!」

 

俺はベッドに突っ伏して再びジタバタ。アナはそれを眺めて「かわいい」とか呟いている。くそ、俺の尊厳はどこへ行ったんだ。

 

だが、そんなやり取りをしているうちに、気づけば胸のざわつきは少し和らいでいた。……結局、俺の人生はこうやってアナに転がされながら進んでいくんだろう。

 

まあいいか。死ぬのは怖いけど、こいつと一緒なら、まあ……多少はマシに感じる。

 




アルはまたしても「安全地帯」を夢見ながら、逆に前線の中心へと送り込まれてしまいました。
ケンプ大佐の日記は信仰告白のようであり、アナは相変わらず容赦なく「座布団」と呼ぶ。
それでも彼は生き延びる――なぜなら、彼は奇跡的な勘と、アナという死神を味方に持っているからです。
次回、千五百隻艦隊の初陣でアルはどうなるのか。
……たぶんまた胃を痛めながらジタバタして、座布団ネタを増やすだけかもしれませんが、それこそが彼の生存戦略なのです。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。