銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
今回は、戦史に残る大作戦の開始前夜を扱っておりますが──
ご覧の通り、緊張感よりも胃薬の需要が上がる内容となりました。
本来であれば、帝国軍元帥府は威厳と静寂に包まれているべき場所です。
しかし現実には、上層部の政治的思惑、数的不利、そして人材難という、
銀河帝国らしい「三重苦」がアルを襲います。
シリアスであるはずの状況が、なぜここまで喜劇になるのか。
それは、彼らがあまりにも人間臭く、そして魅力的だからに他なりません。
今章は、そんな混沌とした出撃準備を、どうぞ笑ってお楽しみください。
帝都オーディン、元帥府執務室。
ここは帝国軍の最高司令部の一部であり、本来ならば威厳と静寂に包まれているべき場所だ。重厚なマホガニーの机、壁に飾られた名画、そして窓の外に広がる帝都の美しい夜景。
だが、今のこの部屋に漂っているのは、威厳などという高尚なものではない。
絶望と怒り、そしてどうしてこうなったという悲哀の混ざった、ドス黒い空気だ。
「……俺は、ちょっとばかり甘く見ていたのかもしれない……」
俺、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン元帥は、机に突っ伏して頭を抱えていた。両手で髪を掻きむしりすぎて、セットした髪型はすでに爆発した鳥の巣みたいになっている。
「何をです?」
ソファで優雅にコーヒーを飲んでいるロイエンタールが、涼しい顔で尋ねてくる。こいつ、人が死にかけているのになんでそんなにリラックスしてるんだ。
「帝国の腐敗の度合いだ……!ここまで腐ってるとは思わなかった!腐りすぎて発酵して、別の有機物に進化してるレベルだぞ!」
顔を上げて叫ぶ。
「『陛下の在位30周年記念に花を添える』までは、まあいい。百歩譲って許そう。大人の事情ってやつだ。だがな、なんで『あえて敵よりも少ない艦隊で出撃させる』んだよ!?正気か!?」
俺の手元にある作戦命令書。そこには、信じられない数字が記載されている。
帝国軍出撃兵力:3個艦隊 想定される同盟軍迎撃兵力:5個艦隊以上
倍近い敵に、わざわざ喧嘩を売りに行く。自殺志願者でももう少しマシな死に方を選ぶぞ。
「(不機嫌そうに)リヒテンラーデ公いわく、『寡兵で大軍を破ってこそ、伏龍ファルケンハイン元帥の真骨頂。陛下の威光も高まる』だそうだ」
窓際で腕を組んで立っているラインハルト・フォン・ミューゼル大将が、吐き捨てるように言う。彼もまた、この理不尽な命令に腹を立てているが、俺ほど取り乱してはいない。むしろ「やってやろうじゃないか」という闘志すら感じさせる。若いって怖い。
「ふざけるな!!」
机をバンバン叩く。手のひらが痛いが、心の痛みよりはマシだ。
「俺は好きで寡兵だったんじゃない!たまたま!運悪く!寡兵で大軍に会ってしまっただけだっての!それを『芸風』みたいに定着させるな!俺はピン芸人じゃないんだぞ!『よっ、待ってました!ファルケンハイン屋!』じゃないんだよ!」
俺の過去の戦歴。確かに、少数で多数を破った事例が多い。だがそれは、戦略的に追い込まれた結果の苦肉の策であり、火事場の馬鹿力だったのだ。それを「あいつは少ない方が燃えるらしい」と勘違いされては困る。燃えるのは俺の命だ。
「しかもだ!今回の最大の問題はそこじゃない!」
立ち上がり、悲痛な叫びを上げる。
「今回は、アナがいない!留守番だ!」
そう。今回、俺の最強のパートナーであり、俺の脳みその外部記憶装置であるアナは、イゼルローン要塞の管理と修復のために残留することになった。要塞のダメージが深刻すぎて、彼女がいないとシステムが崩壊するからだ。
「アナがいない……。それだけで俺の指揮能力は99%減だぞ!残り1%は『逃げ足』と『ハッタリ』だけだ!そんな状態で戦場に出るなんて、裸で雪山に登るようなもんだ!」
ガクガクと震える。アナスタシアがいなければ、俺はただの「ちょっと勘のいいおにいさん」だ。複雑な艦隊運動の計算も、敵の通信傍受の即時解析もできない。
「情けないことを言うな。俺の艦隊も動員されるのだから、万に一つも敗北はありえん」
ラインハルトが冷ややかに言い放つ。
「貴様がボケっとしている間に、俺が敵を殲滅してやる。貴様は後ろで旗を振って応援していればいい」
「お前なぁ……。過信は禁物だぞ。敵だって馬鹿じゃないんだ」
俺が忠告しようとすると、ロイエンタールがカップを置いて口を挟んできた。
「(冷ややかに)ミューゼル大将。そんな事を言いながら、結果として、閣下がホーテン上級大将と同じ艦で指揮を取られた会戦は、片手で数えるほどしかありませんよ?」
「……何?」
「イゼルローン攻防戦然り。閣下は常に前線で独自の判断を下し、勝利を収めてこられた。アナスタシア嬢はあくまで補佐。つまり、『アナ抜きのアルブレヒト』は、過去の実績から見ても問題なく稼働します。むしろ、彼女がいない時の方が、閣下の野生の勘が冴え渡っているようにすら見えますが」
ロイエンタールがニヤリと笑う。
「うぐっ!……痛いところを突くな、ロイエンタール」
言葉に詰まる。 確かに、ここ一番の勝負所では、アナの計算を超えた直感で動いてきたことも多い。だが、それは「アナがいるから失敗してもカバーしてくれる」という安心感があったからこそだ。命綱なしのバンジージャンプなんて誰が跳ぶか。
「しかし……だな。問題は俺の能力だけじゃない」
話題をすり替える。
「俺の(適当な)指揮をまともに(超解釈して)対応できる中級指揮官が不在では……今回は、お前もミッターマイヤーもいないんだろう?軍政で忙しくて!」
そう、これが一番の問題だ。 今回の遠征、俺の腹心である「双璧」ことミッターマイヤーとロイエンタールは、同行しない。帝都での軍政改革と、次期主力艦の建造計画の責任者として、居残り組なのだ。
俺の命令は、基本的にアバウトだ。「あそこらへんをドカンとやれ」とか「いい感じに避けろ」とか。それをミッターマイヤーたちは「閣下の意図は、敵左翼の脆弱部を一点突破し、回頭して背後を突くことにある!」と勝手に(そして正確に)解釈して実行してくれていた。
だが、彼らがいないとなると、誰が通訳をするんだ?
「残念ながら。リヒテンラーデ公からの要請で、我々は帝都を離れられません」
ロイエンタールが肩をすくめる。
「ですが、ご安心を。今回は、ラインハルト大将の幕僚たちが優秀ですから。それに、貴官の艦隊にも、そこそこ使える人材を補充しておきました」
「そこそこじゃ困るんだよ!俺の心を読めるエスパーレベルじゃないと!」
「とにかく!今回は無理ゲーだ!難易度『ナイトメア』だ!セーブポイントなしだ!」
「うるさい男だ。……では、どうする?仮病でも使って辞退するか?」
ラインハルトが呆れ顔で言う。
「……それができれば苦労はしない」
椅子に座り直す。逃げ道はない。行くしかない。アナなし、双璧なし、兵力半分。この状態で、帝国の威信を賭けた記念式典用の勝利を持ち帰れ。
「……わかったよ。やるよ。やってやるよ」
ヤケクソ気味に決意する。
「その代わり、ラインハルト。今回はお前をこき使うぞ。俺の手足となって働け」
「フン。俺に指図できると思っているのか?」
「思ってるよ。上官命令だ」
俺とラインハルトが睨み合う。火花が散る。
その横で、ロイエンタールが楽しそうに呟いた。
「やれやれ。これでは敵軍よりも、味方の統制を取る方が大変そうですな」
全くその通りだ。俺の胃薬の在庫、足りるかな。
◆
俺の目の前には、広大な銀河帝国軍の人材リスト(タブレット端末)がある。だが、俺の心は砂漠のように乾いている。
「いない……。いないぞ……!」
端末をスクロールしながら呻く。
「まともな奴がいない!どいつもこいつも『貴族のコネ採用』か『実戦経験ゼロの温室育ち』か『性格に難あり』のどれかだ!帝国軍の人材難は深刻すぎるだろ!求人広告を出したい!『アットホームな職場です(※ただし死亡率は高い)』って!」
アナがいない今、俺の手足となって動く分艦隊司令官が必要だ。だが、信頼できるミッターマイヤーとロイエンタールはリヒテンラーデ公の嫌がらせで封印された。
残る手駒は……と考え込んだその時、執務室のドアがノックもそこそこに開かれた。
「閣下!」
飛び込んできたのは、砂色の髪をした若い士官。ナイトハルト・ミュラーだ。俺の副官であり、俺が手塩にかけて育てている(つもりでこき使っている)期待の星だ。
彼は俺のデスクの前まで大股で歩み寄ると、ビシッと敬礼し、そのまま一歩前に出た。
「私が同行します! 副官として、いえ、一人の指揮官として、微力ながらお支えします!」
その瞳は燃えている。忠誠心と、俺を守りたいという純粋な思いでキラキラしている。眩しい。直視できない。汚れた大人の俺には刺激が強すぎる。
「おお、ミュラー!お前だけだ、そんなことを言ってくれるのは!涙で前が見えんよ!」
ハンカチで嘘泣きをする。いや、半分は本気で嬉しい。
「……が、お前はまだ司令官にはできんぞ」
冷静に釘を刺す。ミュラーは優秀だ。だが、まだ若い。艦隊指揮の経験が浅すぎる。今回の「少数で多数に挑む」という無理ゲーにおいて、彼に一部隊を任せるのは荷が重すぎる。失敗すれば彼のキャリアに傷がつくし、何より俺が死ぬ。
「えっ……」
ミュラーがショックを受けた顔をする。「捨てられた子犬」みたいな顔をするな。心が痛むだろうが。
「勘違いするな。お前が役立たずだと言ってるんじゃない。逆だ。お前は大事な『秘蔵っ子』だ。こんな泥仕合で消耗させるわけにはいかん」
立ち上がり、ミュラーの肩に手を置く。
「才能はある。だが、もっと経験を積め。私の背中を見て、戦場の空気を吸い、生き残る術を学べ。そうすれば……」
ニヤリと笑い、彼の未来を予言してやる。
「お前もいずれ上級大将、いや、全宇宙から『鉄壁』と呼ばれるような男になれる器だ。防御戦をやらせたら銀河一、という伝説を作る男になれる」
「て、『鉄壁』……ですか?」
ミュラーがその言葉を噛み締めるように繰り返す。
「はい。鉄壁ミュラー。響きがいいだろ? 敵が『あいつがいるから攻められない』と絶望するような、そんな守護神になるんだ」
「閣下……!」
ミュラーの瞳が再び潤む。今度は感動の涙だ。
「過分なお言葉、光栄の至りです!その期待に応えられるよう、粉骨砕身努力します!たとえこの身が盾になろうとも、閣下をお守りします!」
「(いや、盾になるのは困る。お前が死んだら『鉄壁』が完成しないからな)」
とりあえず、ミュラーは副官として旗艦《ロンゴミニアド》に乗せることにした。彼の防御センスは、いざという時の俺の命綱になるだろう。
さて、問題は攻撃の駒だ。俺が頭を抱えていると、執務室の影から、ぬらりと現れた男がいた。
「ご心配ならば、小官が同行いたしましょうか? 陸戦隊を率いて」
ヘルマン・フォン・リューネブルク中将。「白銀のシュナル」の異名を持つ、薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)の元連隊長であり、今は帝国軍の将官に収まっている男だ。 毒蛇のような危険な雰囲気を纏っている。
「……リューネブルクか」
眉をひそめる。
「ティアマト星系での会戦だ。艦隊戦が主になる。陸戦になる可能性はほぼ無いぞ?お前のナイフ捌きを披露する機会はないかもしれん」
「戦場は何が起こるかわかりませんよ。敵が接舷してくるかもしれない。あるいは……味方の中に裏切り者がいるかもしれません」
リューネブルクが低い声で囁く。口元に冷笑を浮かべている。こいつ、リヒテンラーデ公の手先を警戒しているのか?
だが、今の俺には「毒」も必要だ。
「……ふむ。確かに、安心料は欲しいな。最近、俺の命を狙う輩(主に政治家と、俺の婚約者の親父たち)が多いからな」
決断する。
「リューネブルク、お前だけ来てくれ。部隊はいらん。お前単身で、俺の護衛につけ。もし《ロンゴミニアド》で白兵戦になったら、あるいは暗殺者が潜り込んでいたら、俺を守れ。番犬役だ」
「番犬……ですか」
プライドの高い彼が怒るかと思ったが、意外にも彼は「ククク……」と喉の奥で笑った。
「承知いたしました。猛獣使いの元帥閣下に飼われるのも、悪くはない。最高の番犬として、噛みつく敵はすべて喉笛を食いちぎって差し上げましょう」
「頼むぞ。ただし、俺の手は噛むなよ?」
「餌次第ですな」
交渉成立。これで身の安全は確保できた(たぶん)。
次は艦隊指揮官だ。
「あとは……レンネンカンプでもケスラーでもいいから、艦隊ごと来てくれよ! まともな指揮官を貸してくれ!」
虚空に向かって叫ぶ。
『無理です』
デスク上の端末から、アナスタシアの冷徹な声が返ってくる。彼女は現在、イゼルローン要塞から回線を繋いでいる。
『そのあたりはリヒテンラーデ侯の抑えがありますので、動かせません。人事局からの回答は『元帥府の総力戦は認めぬ』『各個撃破のリスクを避けるため、主要な提督は各地の防衛に残置する』とのことです』
「ぐぬぬ……。あのジジイ、嫌がらせの才能だけは天才的だな!国を守る気があるのか!」
もっともらしい理由をつけて、俺の手足を縛ろうとしている。完全にいじめだ。パワハラだ。労基署に訴えてやる。
「くそっ、正規の手続きじゃ無理か……。なら、裏道を使うしかない!」
脳細胞をフル回転させる。 有名どころの提督がダメなら、まだ芽が出ていない若手や、中堅どころを一本釣りするしかない。
「分かった!アナ!お前の副官をやっていた、あの眼鏡……名前なんだっけ、グリルなんとか!」
『グリルパルツァー大佐ですね』
「そう、それだ!あの地理学オタク!あいつ、イゼルローンでの砲撃戦でいい仕事してたよな?成長したな?」
前回の戦いで、トールハンマーの指揮を執らせた男だ。功名心が強くて小賢しいところがあるが、それゆえに計算高い。使いようによっては化ける。
『ええ。彼なら野心もありますし、役に立つでしょう。地理学の知識は、複雑な星系での艦隊運動にプラスになります』
アナスタシアのお墨付きだ。
「よし、借りるぞ!『実戦経験を積ませるため』という名目で、一時的に俺の幕僚に引き抜く!人事局を通さず、現場の裁量で処理しろ!」
『了解しました。彼も泣いて喜ぶでしょう』
一人確保。だが、まだ足りない。もっと「艦隊を動かせる」実務家が必要だ。
「それと……レンネンカンプだ!あいつに連絡を取れ!」
端末を操作し、レンネンカンプ中将を呼び出す。彼は真面目で厳格な男だが、俺には恩義を感じているはずだ。
モニターに、立派な口髭を蓄えたレンネンカンプの顔が映る。
『はっ。ファルケンハイン元帥閣下。いかがなされましたか?』
「よう、レンネンカンプ。元気か?髭の手入れは順調か?」
『は、はい。おかげさまで』
「単刀直入に言う。お前の部下の、クナップシュタイン大佐だ。あいつもそろそろ司令官の実績を積ませたい頃合いだろ?」
クナップシュタイン。レンネンカンプの部下で、将来を嘱望されている若手だ。
「今回の遠征、俺の艦隊で分艦隊司令として使いたい。お前のところから『レンタル移籍』だ!どうだ?悪い話じゃないだろう?箔がつくぞ?」
サッカー選手みたいに言うなと言われそうだが、背に腹は代えられない。
レンネンカンプは一瞬考え込んだが、すぐに頷いた。
『なるほど。閣下の下で学べるならば、彼にとっても得難い経験となりましょう。……分かりました。彼なら喜んで参じましょう。すぐに送り出します』
「話が早くて助かる!恩に着るぞ!」
『いえ。……武運をお祈りしております』
よし、二人確保。グリルパルツァーとクナップシュタイン。「野心ある若手」として使い潰……いや、活躍してもらう。
「ふぅ……。なんとか頭数は揃ったか」
椅子に深く沈み込む。
総司令官:俺(病み上がり)
副官:ミュラー(経験不足の鉄壁)
護衛:リューネブルク(危険な番犬)
分艦隊司令:グリルパルツァー(野心家眼鏡)
クナップシュタイン(レンタル移籍)
客将:ラインハルト(やる気満々の魔王)
「……カオスだな」
思わず呟く。 統一感ゼロ。寄せ集めもいいところだ。このメンバーで、同盟軍と戦うのか。
◆
「じゃあ、俺とラインハルト、それにクナップシュタインたちを組み込んだ混成艦隊で迎え撃つわけだが……」
指で光の点をなぞる。 俺の直属艦隊《ロンゴミニアド》、ラインハルトの艦隊、そして急造のレンタル移籍組。
「問題は、相手だ。同盟軍は誰が来るんだ?ビュコックか?ウランフか?それともボロディンか?」
祈るような気持ちで、通信モニターの向こうにいるアナスタシアに問いかける。 同盟軍にもピンからキリまでいる。俺が引きたいのは「ハズレくじ」だ。
「ボロディンの相手はしたくないぞ!あいつは堅実すぎて面白みがない上に、隙がないからな。できればムーアとかパストーレが来てくれ!あの辺なら、挑発すれば顔を真っ赤にして突っ込んでくるから、美味しくいただけるんだが!」
ムーア中将(第6艦隊)やパストーレ中将(第4艦隊)は、いわゆる「カモ」だ。彼らが来てくれれば、俺の「ファルケンハイン・サーカス団」でも十分に勝機はある。勝利のボーナスステージだ。
だが、モニターの中のアナは、無慈悲な事実を告げる。
「いえ、フェザーンからの情報によると、同盟軍は大規模な動員をかけています。確認されているだけで、五個艦隊です」
「ご、五個……!?」
椅子から転げ落ちそうになる。
「五個ってなんだよ!こっちは実質三個だぞ!?下手すりゃ二個半だぞ!倍近いじゃないか!戦力比がおかしいだろ!ゲームバランス崩壊してるぞ!」
「数で圧倒するのは民主主義国家の得意技ですからね。質より量、です」
「で、中身は!?誰が来るんだ!?」
「先遣隊として確認されているのは、第5艦隊のアレクサンドル・ビュコック提督。そして第10艦隊のウランフ提督です」
「(絶叫)名将ばかりじゃねえか!!」
テーブルを叩く。
「ビュコック!あの老練の爺さんか!経験値の塊みたいな人だぞ!こっちの小細工なんて『若造が』って鼻で笑われて粉砕される未来しか見えない!ウランフもだ! あの猛将、逃げても逃げても食らいついてくるドーベルマンみたいな奴だぞ!勘弁してくれよ!」
SSR級の名将が二人も来る。これだけでお腹いっぱいだ。
「あと、もう一人は?」
「新任の第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド提督ですね。最近昇進したばかりの、若手のホープだそうです」
「ホーランド……?」
聞いたことのない名前だ。
「そいつが『無能』であることを祈るばかりだ!ビュコックとウランフに挟まれたら死ぬが、このホーランドってのが穴なら、そこを突破口にするしかない!」
必死に希望を見出そうとする。
「待て、こっちはあと一人は誰が来るんだよ!ラインハルトと俺以外に、もう一つ艦隊が必要だろ?」
今回の作戦、俺たち以外にもう一名、提督が同行することになっていたはずだ。
「まさかフレーゲルとか言ったら、今すぐあいつを暗殺しに行くぞ!!味方の背中を撃つような奴がいたら、敵と戦う前に全滅だ!」
俺が殺気立つと、アナは穏やかに微笑んだ。
「ご安心ください。リヒテンラーデ公も、そこまで愚かではありません。今回出征なされるのは、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将です」
「……ほっ」
俺の体から力が抜ける。
「ん~、メルカッツ大将か……。よかった。本当に良かった」
メルカッツ。帝国軍の良心とも言える、実直で経験豊富な老提督だ。華やかさはないが、堅実で、何より軍規に厳しい。彼なら、無理な命令で暴走することもないし、味方の足を引っ張ることもない。
「軍規に厳しい、堅物だが実直な提督と聞いている。フレーゲルより1億倍マシだ。いや、比較すること自体がメルカッツ提督に失礼だな。よし、なんとかなるか。彼に防御を任せて、俺とラインハルトで攻める……いけるかもしれん」
俺が胸を撫で下ろしていると、部屋の隅でワイングラスを揺らしていたロイエンタールが、ニヤリと口角を上げた。
「……閣下。メルカッツ提督には、妙齢の御息女がおられるそうですぞ」
「……は?」
振り返る。なんで今、そんな話をする?
「頑固な老提督を懐柔するためにも、その御息女を籠絡してこられてはいかがですかな? いわゆる『政略結婚』というやつです。リッテンハイム侯の娘、ブラウンシュヴァイク公の姪、そしてホーテン閣下……に続いて、『四人目の婚約者』として」
ロイエンタールが悪魔の囁きをする。こいつ、俺の女難を楽しんでやがる。
「(激昂)俺をなんだと思ってやがる!ジゴロか!?」
「そんなことしたら、さらにやりにくくなるだろうが!メルカッツみたいな堅物が、『娘をやるから優遇してくれ』なんて言うわけがない!逆に『娘を狙う不埒者め!貴様に娘はやらん!』って、挨拶代わりに主砲を撃ち込まれるわ!俺が撃沈される!」
メルカッツは古風な武人だ。チャラチャラした若造(俺のことだ)が娘に手を出したと知れば、間違いなく激怒する。艦隊戦の前に、俺の艦が味方から撃たれる。
「それにだな!俺はこれ以上、婚約者を増やすつもりはない!サビーネちゃんとエリザベートちゃんだけで手一杯なんだよ!」
俺が抗議すると、モニターの中のアナが、にっこりと微笑んだ。その手には、なぜか巨大なトマホーク(どこから出した?)が握られており、彼女はそれをキュッキュッと布で磨いている。
「そうですね、アル様。これ以上『お荷物』が増えたら、私のスケジュール管理能力を超えてしまいます。……これ以上増えるなら、物理的に減らす必要が出てきますね」
ヒュンッ。トマホークが空を切る音が、モニター越しに聞こえた気がした。
「減らすって何を!? 婚約者を!? それとも俺の体の一部を!?」
「さあ?それはアル様の心がけ次第です♡」
目が笑っていない。ヤンデレに進化してしまったのか。
「(震え上がる)ひぃっ!わかってる!冗談だ!ロイエンタールの戯言だ!俺はアナ一筋だ!あとは政略結婚という名のビジネスパートナーが二人いるだけだ!心はいつもお前のものだ!」
必死に弁解する。戦場に行く前に、家庭内(?)で殺されてたまるか。
「ふふ、冗談ですよ。……でも、浮気は許しませんからね?」
アナスタシアがトマホークをしまう。寿命が縮んだ。
深呼吸をして、再びティアマト星域の地図に向き直る。
「(モノローグ)……こうして、俺は『99%の能力ダウン(アナ不在)』と『数的不利(敵は倍)』と『家庭内の命の危険(トマホーク)』という、三重苦を抱えて出撃することになった」
誰か助けてくれ。 この状態で勝てと言われるなんて、ブラック企業にも程がある。
「行くぞ、ロイエンタール。ラインハルト。……死にたくなければ、俺の指示に従えよ」
俺は弱々しく号令をかける。 ティアマト星域。 そこが俺の墓場にならないことを、切に祈るばかりだ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回の章は、ティアマト星域の大作戦を前にした嵐の前の喧騒でした。
キャラクター同士の掛け合いが多めでしたが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
もしよろしければ──
感想をいただけると、ものすごく励みになります。
「ここが笑えた」「このキャラが良かった」「次はこう来る?」
どんな一言でも大歓迎です。
皆さまの声が、作品の次の一歩の力になります。
そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?
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つけるべき
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いらない