銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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ここから先の物語では、
黄金の若獅子ラインハルトと、怠惰に見えて腹の底では銀河を計算しているファルケンハインが、少しずつ同じ歩幅で並び始めます。

政治、軍人、貴族、要塞、戦術。
一見バラバラの要素が、二人の会話を通してひとつの未来へつながっていく──そんな章です。

もちろん例によって、茶と皮肉と、ちょっとしたギャグも忘れておりません。
どうぞ肩の力を抜いてお読みください。


茶会の終わり、戦争の始まり

「聞いたか、ファルケンハイン」

 

挨拶もなしに、彼は部屋に入ってくるなり吐き捨てた。

ドカドカと歩く足音が、絨毯の上だから響かないのが救いだ。彼は俺の向かいにあるソファに、まるで自分の家のように当然の顔をして腰を下ろす。

 

「要塞司令官のシュトックハウゼンと、要塞駐留艦隊司令官のゼークトとが、また角を突き合わせたそうだ」

 

ラインハルトは呆れたように肩をすくめる。

 

「今度は何だと思う? 廊下ですれ違いざまに肩がぶつかったとか、挨拶の声が小さかったとか、そんなくだらん理由で怒鳴り合いを始めたらしいぞ。いい歳をした大人が、幼稚園児並みの知能しかないのか」

 

やれやれ。俺は心の中で大きく溜息をつき、新しいカップを取り出す。とりあえず、この不機嫌な若造に茶でも飲ませて落ち着かせないと、サロンの空気が汚染される。

 

「(ティーカップを置き)俺が知らないわけないだろ。嫌なネットワークだよ、全くな」

 

ポットから熱い紅茶を注ぎながら、俺は苦笑する。

 

「その件なら、もう解決済みだ。さっき仲裁してきたのは俺だぞ?」

 

「……貴様が?」

 

ラインハルトが意外そうな顔をする。こいつ、俺のことを「サロンで茶を飲んでるだけの優雅な怠け者」だと思っている節があるが、俺だって仕事はするんだ。特に、こういう面倒な人間関係の調整は、俺の専門分野だ。

 

「ああ。二人が取っ組み合いを始める寸前に、俺から通信を入れたんだ。『喧嘩するのは勝手だが、次に俺の執務の邪魔をしたら、来年度の予算を三割削るぞ』と脅したら、すぐに静かになったわ」

 

「……金か」

 

「そうだ。金だ。愛よりも正義よりも、組織人を動かすのは予算だ。あいつら、自分たちの退職金と部下のボーナスがかかってると知った途端、急に『いやあ、奇遇ですな』なんて笑顔で握手し始めたぞ。見事な変身ぶりだった」

 

クスクスと笑う。

 

「フン。貴様のオロオロした仲裁姿が見たかったのだが、残念だ」

 

ラインハルトが鼻を鳴らす。こいつ、俺が困る姿を見るのが趣味なのか?性格が悪いぞ、弟分。

 

「残念だったな。俺はオロオロなんてしない。淡々と事務的に、相手の急所(財布)を刺すだけだ」

 

紅茶を一口飲む。 ラインハルトも、出された紅茶に口をつける。文句を言いながらも飲むあたり、育ちが良いのか悪いのか。

 

「まあ、これは半分以上ポーズだ。あのポストは代々仲が悪いことになっている。伝統芸能みたいなもんだ」

 

「伝統?」

 

「そうだ。要塞司令官と、駐留艦隊司令官。守る側と打って出る側。利害が対立しやすいポジションだ。かつてクライストのジジイは失敗して、両方の首が飛んだが……ゼークトとシュトックハウゼンは、そこまで馬鹿じゃない」

 

「あいつらは、敵愾心を競争心に変えて、上手くやってるさ。表向きは『あんな奴と協力できるか!』と喧嘩してみせることで、部下の結束を高める。『司令官が嫌ってる相手には負けられない』とな。一種のプロレスだ。『大人の事情』というやつだな」

 

組織運営の知恵だ。仲良しこよしが常に正解とは限らない。適度な緊張感と対立構造が、組織の腐敗を防ぐこともある。まあ、俺としては静かにしてくれた方が楽なんだが。

 

ラインハルトは、カップを置いて冷ややかに笑った。

 

「(鼻で笑い)大人か。くだらん」

 

一蹴された。まあ、そうだろうな。この潔癖症で完全主義者の若き天才にとって、そんな欺瞞に満ちた処世術は、唾棄すべき対象でしかない。彼は全てを実力でねじ伏せ、清廉潔白な実力主義の世界を作りたいのだ。

 

「そんな茶番に時間を費やすくらいなら、戦術の一つでも練ればいいものを。……帝国の軍人は、暇を持て余しすぎている」

 

「全くだ。俺も暇を持て余して、こうして茶を飲んでいるわけだが」

 

「貴様は別だ。貴様は……まあ、仕事はしているようだからな」

 

お、少しは認めてくれているのか?それとも、俺の入れた紅茶が美味かったから機嫌が直ったのか?ツンデレな奴め。

 

時計を見る。優雅な時間の終わりが近づいている。

 

「さて、そろそろ会議の時間だ。準備しろ。他の提督たちも集まってくる頃だ」

 

俺が言うと、ラインハルトは「ん?」という顔をした。

 

「……そうだったな」

 

「おい、忘れていたのか!?」

 

思わず突っ込む。

 

「ここ、俺の旗艦《ロンゴミニアド》だぞ?会議のためにわざわざ呼び寄せたんだぞ?お前、さっきまで何の用でここに来たと思ってたんだ?まさか、ただ俺の顔を見に来ただけか?」

 

「自惚れるな。忘れてはいないさ」

 

ラインハルトはソファの背もたれに体を預け、天井を見上げる。

 

「だが、まだまだ他人に呼びつけられると行かなければならない我が身を、嘆いていただけだ」

 

上昇志向の塊。「呼びつけられる側」ではなく「呼びつける側」になりたいという、飽くなき野心。

 

野心のモンスターめ。俺なんて、呼びつけられるのも行くのも嫌だから、一生布団の中にいたいのに。できることなら、会議なんて全部リモートで済ませたい

 

俺たちの思考回路は、銀河の端と端くらい離れている。俺は「楽をするために」偉くなりたいが、こいつは「何かを成すために」偉くなりたいのだ。エネルギーの総量が違う。

 

「まあ、嘆くな。今日はお前が主役みたいなもんだ。新しい旗艦《ブリュンヒルト》のお披露目も兼ねてるんだから、ドヤ顔で座ってればいい」

 

「フン。見世物ではないぞ」

 

文句を言いながらも、ラインハルトは立ち上がる。その動作一つ一つが絵になるから腹が立つ。

 

窓の外を見る。宇宙の闇に、無数の星々が瞬いている。そしてその手前には、帝国軍の艦艇が隊列を組んで浮かんでいる。美しくも、残酷な光景だ。

 

「ファルケンハイン」

 

唐突に、ラインハルトが名前を呼ぶ。

 

「ん?」

 

「ダゴン星域で無能者のヘルベルト大公が惨敗してから、幾度、戦いがあったと思う?」

 

歴史クイズか?急にどうした。

 

ヘルベルト大公。皇帝の縁者にして、帝国軍史上屈指の無能指揮官。彼が同盟軍(当時はまだ弱小だと思われていた)に包囲殲滅されたことで、帝国と同盟の長い戦いの歴史が決定づけられた。

 

「……小競り合いを含めて、公式記録では329回だ。それくらい知ってる」

 

即答する。元帥ともなれば、過去の戦史データは頭に入っている。アナスタシアに叩き込まれたからな。テストに出るぞ、と言われて。

 

「150年に329回。……異常だと思わんか?」

 

ラインハルトの声には、怒りに似た感情が滲んでいる。

 

「よく飽きもせず繰り返せたものだ。一年平均で二回以上だぞ。それだけの回数、人間同士が殺し合い、艦を壊し、資源を浪費してきた。……学習能力がないのか、人類は」

 

「全くだ。俺はもう飽きてるがな」

 

肩をすくめる。生まれる前から続いている戦争。終わりの見えない泥沼。

 

「俺はせいぜい20回くらいしか参加してないが、もうお腹いっぱいだ。あと5回くらいで引退して、年金生活に入りたい」

 

「多いな!20回も生き残っている貴様も異常だが……」

 

ラインハルトは俺をじろりと見る。まあ、俺の生存運は異常値だからな。

 

「フン、あの叛乱軍(はんらんぐん)どもめ……」

 

ラインハルトが吐き捨てるように言う。帝国の公式見解では、自由惑星同盟は「国家」ではなく、辺境の「叛乱勢力」だ。だから「叛乱軍」 彼らにとって、同盟の存在自体が、帝国の統一を阻むシミのようなものなのだろう。

 

「奴らが大人しく帝国に下れば、こんな無益な流血も終わるものを。生意気にも自由だの権利だのと……」

 

ラインハルトがさらに言葉を続けようとした、その瞬間だった。

 

ゾクッ。

 

俺の背筋に、冷たいものが走る。いや、俺だけじゃない。ラインハルトの肩も、ビクッと大きく跳ねた。

 

殺気?いや、違う。もっと重く、粘着質で、逃れられないプレッシャー。

 

遠く、数千光年彼方のイゼルローン要塞にいるはずの、ある人物の視線を、時空を超えて感じた気がした。

 

アナスタシア。俺のパートナーであり、お爺様は逆亡命者だ。 彼女は「叛乱軍」という言葉を極端に嫌う。「私たちは自由を求めて立ち上がったのです。叛乱ではありません、革命です」と、笑顔で、しかし目の奥を全く笑わせずに訂正してくるのだ。

 

もし今、彼女がここにいて、ラインハルトの「叛乱軍ども」という言葉を聞いていたら……。想像するだけで、俺のトマホークセンサー(頭部への衝撃予知)が反応する。

 

ラインハルトも、過去に俺のサロンでアナスタシアに説教された(物理的な制裁含む)トラウマがあるのか、顔色がサッと変わる。

 

「(ビクッとして)……あ、いや」

 

彼は慌てて口元を押さえる。キョロキョロと周囲を見回す。いない。ここには俺と彼しかいない。だが、その「気配」は確かにそこに在った。

 

「……同盟軍の奴らは、戦略を知らんのだ」

 

ラインハルトは、小さな声で、早口に言い直した。「叛乱軍」ではなく「同盟軍」素晴らしい修正能力だ。パブロフの犬並みに訓練されている。

 

「(ニヤリ)アナに悪いからな。言葉遣いには気をつけろよ、大将閣下」

 

意地悪く笑う。

 

「壁に耳あり、障子にメアリー……いや、宇宙にアナスタシアあり、だ。彼女の地獄耳は光速を超えるからな」

 

「……フン。貴様の教育が悪いのではないか」

 

ラインハルトはバツが悪そうにそっぽを向く。だが、その額には冷や汗が一筋流れていた。

 

「はい、よくできました。その調子で、会議でも失言しないようにな」

 

立ち上がる。マントを羽織る。さあ、仕事の時間だ。

 

「行くぞ、ラインハルト。俺たちの『飽き飽きするような』330回目の戦いの準備だ」

 

「……ああ。だが、今回は違う」

 

ラインハルトも立ち上がり、蒼氷色の瞳を俺に向ける。

 

「今回は、俺がいる。そして、俺の《ブリュンヒルト》がある。……ただの消耗戦では終わらせん」

 

「頼もしいねえ。期待してるよ」

 

 

 

 

 

 

 

長い廊下を歩く。 足音が、リノリウムの床にコツコツと響く。隣を歩く黄金の若獅子は、まだ不満げな顔をしている。

 

「……流血を見ずしてイゼルローン要塞を攻略する方法があるというものを……。なぜ、こうも正面からの衝突に固執する?帝国軍の上層部は、脳みそまで筋肉でできているのか?」

 

ラインハルトが独り言のように呟く。彼の視線は、廊下の窓から見える巨大な《ロンゴミニアド》の砲塔に向けられている。正面突破、火力投射、消耗戦。そういった旧来の戦術に対する、天才ゆえの苛立ちだ。

 

足を止めずに、横目で彼を見る。まだ大将に成りたての若造が、要塞攻略の具体的プランを持っているのか?

 

「お前ならどうする?」

 

問いかけてみる。

 

「……まだ構想段階だが」

 

ラインハルトは言葉を濁す。だが、その瞳の奥には、すでに明確なビジョンが見え隠れしている。

 

「俺なら、工作員を送り込んで内部から無力化するか、コンピューターウイルスを開発してシステムを乗っ取るか……あるいは、フェザーン回廊を強行突破するがね」

 

さらりと、爆弾発言を投下してやる。

 

ピタリ。ラインハルトの足が止まる。

 

「……フェザーン回廊!?貴様、本気か?」

 

驚愕の表情。蒼氷色の瞳が大きく見開かれる。フェザーン自治領。帝国と同盟の間に位置する、中立の商工国家。そこを通って軍事侵攻するなど、条約違反以前に、銀河の経済システムを崩壊させる暴挙だ。常識的な軍人なら口にすることさえ憚られるタブー。

 

「まあな。あくまで『俺なら』の話だ」

 

肩をすくめて、再び歩き出す。

 

「だが、今の俺の改革(システム)としては、適度にイゼルローンで戦争になっていたほうが、都合がいいのさ」

 

「……何だと?」

 

ラインハルトが眉を寄せて追いかけてくる。

 

「どういう意味だ。味方の血を流させておいて、都合がいいとは」

 

「言葉通りの意味だ。いいか、ラインハルト。今の帝国は、貴族たちが既得権益を貪る腐敗した土壌だ。だが、いきなり平和になったらどうなる?」

 

指を立てて解説してやる。

 

「『外敵の脅威』がなくなれば、軍の予算は削られる。軍需産業は破綻する。そして、行き場を失った貴族たちのエネルギーは、内乱や足の引っ張り合いに向かう。……そして何より、国民の不満の矛先が、外(同盟)ではなく内(皇帝や政府)に向く」

 

「……」

 

「貴族たちに『外敵の脅威』を見せつけ、競争させ、金を回す。戦争という公共事業で経済を回しているんだよ、今の帝国は。平和になったら、『経済が破綻しました』では通らないからな」

 

冷徹な事実。戦争は悲劇だが、同時に巨大な経済活動でもある。急激な平和は、急激な不況を招く。俺の改革はまだ道半ばだ。今、同盟との戦争が完全に終わってしまえば、ソフトランディングできずに帝国経済がクラッシュする。

 

「……貴様は、戦争すらも経営の道具にするのか」

 

ラインハルトが、軽蔑と、それ以上の畏怖を込めて睨んでくる。純粋な戦士である彼には、受け入れがたい理屈だろう。だが、これが政治だ。これが大人の汚い世界だ。

 

「要塞があれば、正面から占領しなければならない、なんて法はない。だが、今はまだ、この『お約束』が必要なんだよ。プロレスにはヒール(悪役)が必要なのと同じでな」

 

ニヤリと笑う。

 

「ま、お前が帝国宰相にでもなった暁には、好きにすればいい。フェザーンを通るなり、要塞を無力化するなりな。だが、それまでは俺のやり方に付き合ってもらうぞ」

 

「……フン。貴様のその腐った性根、いつか正してやる」

 

ラインハルトは吐き捨てるが、その口調には以前ほどの敵意はない。理屈としては理解してしまったからだ。彼は賢すぎる。

 

話題を変えよう。これ以上、政治の話をすると胃が痛くなる。

 

「それより、ラインハルト。戦術の話に戻ろう」

 

歩きながら、今回の彼の人事について切り出す。

 

「お前、貴族直轄軍からノルデン子爵の倅(少将)をお前の幕僚につけただろう?どうだ、使い心地は?」

 

ノルデン少将。今回、リヒテンラーデや貴族からの「推薦(押し付け)」で、ラインハルトの艦隊に配属された男だ。名門貴族の出身で、プライドだけは高いが実戦経験は乏しい、典型的な「お荷物」だ。

 

ラインハルトの顔が、露骨に歪む。まるで腐った牛乳を飲まされたような表情だ。

 

「……奴か」

 

心底嫌そうな声。

 

「奴は使えん。子爵家の嫡男だからって出世が早いだけの無能だ。作戦案も古臭い。『兵力の多寡が勝敗を決する』だの、『正々堂々と』だの、教科書通りのことしか言わん。俺の機動戦術を理解しようともせず、いちいち口を挟んでくる」

 

「だろうな。目に浮かぶようだ」

 

「お前の改革後なら、あんな奴は出世できなかったであろうよ。大体、あんな奴を俺の下につけるとは、貴様の悪意を感じるぞ、ファルケンハイン。俺への嫌がらせか?」

 

ラインハルトがジロリと睨む。俺が人事権を持っている以上、断ろうと思えば断れたはずだ。それをあえて許可したことに、悪意を感じているらしい。

 

「心外だな。あれは親心だぞ?」

 

「親心だと? どこがだ」

 

「お前ももうすぐ伯爵家を継ぐんだ。ローエングラム伯爵にな」

 

そう。アンネローゼさんがグリューネワルト伯爵夫人であるように、ラインハルトもまた、名門ローエングラム家の家名を継ぐことになる。

 

「そうなれば、お前の周りには、あのノルデンみたいな『家柄だけの無能』が山ほど寄ってくる。部下として、あるいは同僚としてな。全員を切り捨てるわけにはいかんぞ? 貴族社会だからな」

 

諭すように言う。

 

「今のうちに、『無能な貴族のあしらい方』を学んでおけ。彼らのプライドを傷つけず、かつ実害が出ないようにコントロールする。それも名将の条件だ。ノルデンはそのための練習台(チュートリアル)だと思え」

 

「……練習台、か」

 

「そうだ。ちゃんとお守りしてやれよ!次期ローエングラム伯爵!彼の扱いをマスターすれば、将来のストレスが半減するぞ」

 

ラインハルトは鼻を鳴らす。全く納得していない顔だ。彼にとって、無能は排除すべき対象であって、管理すべき対象ではないのだろう。

 

「(吐き捨てるように)……お守りなど、貴様だけで十分だ」

 

ボソリと呟く。

 

「おい、聞こえてるぞ」

 

突っ込む。

 

「俺はお前のお守りをしているつもりだが、お前から見れば俺がお守り対象か? 失礼な奴だな。俺はこれでも元帥だぞ」

 

「フン。手間のかかる元帥だ」

 

ラインハルトは前を向く。その横顔には、少しだけ諦めと、微かな笑みが浮かんでいるように見えた。

 

「軍も官僚組織だからな。そのあたりは俺の改革でかなり改善したはずだが、まだ過渡期だ。これからだよ。お前が頂点に立つ頃には、もう少しマシな組織にしておいてやるさ」

 

「……期待せずに待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあいい。俺が出席すれば、将官会議の平均年齢が下がるのが、帝国軍にとって唯一の救いだな」

 

ラインハルトが、廊下の窓に映る自分の姿(今日も完璧に整っている)を一瞥しながら、とんでもない暴言を吐く。言葉のナイフが鋭すぎる。この廊下にいる衛兵たちが「聞かなかったこと」にするために必死で直立不動を保っているのが分かるぞ。

 

「そうだな。今回はグリンメルスハウゼンの爺さんがいないから、平均年齢を爆上げする奴もいないさ」

 

あのご老体がいると、会議が「老人ホームの茶飲み話」に変わってしまうからな。今回はお留守番だ。平和で助かる。

 

「ミュッケンベルガー元帥も引退したしな。……まともなのは、メルカッツ提督くらいか」

 

ラインハルトが指折り数えるように言う。 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥。前宇宙艦隊司令長官。俺の昇進と入れ替わるように引退した彼は、今頃領地で優雅に狩りでも楽しんでいるだろう。あの堅物がいないだけで、会議室の酸素濃度が少し濃くなった気がする。

 

「メルカッツ提督だって、まだ50代だからな。脂の乗り切った名将だ。経験豊富で、守りに入れば鉄壁、攻めれば重厚。理想的な武人だよ」

 

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将。今回の遠征における、俺たちの良心であり、最後の砦だ。彼がいなければ、俺とラインハルトという「アクセルしかない車」二台で暴走して、崖から転落する未来しか見えない。

 

「……間違っても、会議中に『老害』とか言うなよ? 俺が胃薬を飲む羽目になる」

 

釘を刺しておく。ラインハルトは自分より年上で、能力が低い(と彼が判断した)人間を、無条件で軽蔑する悪癖がある。メルカッツ提督は有能だが、保守的な戦術を好む傾向があるから、ラインハルトの革新的な思考とは衝突する可能性があるのだ。

 

「善処しよう」

 

ラインハルトは短く答える。視線は前を向いたままだ。表情筋一つ動かしていない。

 

(……善処する気ないな、こいつ)

 

心の中で突っ込む。「善処する」は、官僚用語で「やる気はないけど、とりあえず返事だけしておく」という意味だ。こいつ、会議でメルカッツ提督が慎重論を唱えた瞬間に、「臆病風に吹かれましたか?」とか言い出すに違いない。その時は俺が全力でテーブルの下から足を蹴って止めるしかない。

 

「まあいい。今回の作戦、俺とこいつ、それにメルカッツ提督か……。意外とバランスは良いかもしれん」

 

脳内で戦力分析をする。突破力のラインハルト。防御と安定のメルカッツ。そして、遊撃と奇策(と逃げ足)のファルケンハイン。

 

「相手がビュコックやウランフとかでなければ、もっと楽なんだがな……」

 

同盟軍のラインナップを思い出して、また胃がキリキリと痛む。ビュコック爺さんは、メルカッツ提督と同じかそれ以上に老練だ。そしてウランフは、見た目に似合わず知性派の猛将だ。ホーランドという未知数(爆弾)もいる。

 

「おい、ラインハルト。一つ言っておくぞ」

 

会議室の扉が見えてきたところで、足を止める。

 

「ん?」

 

「今回の会議、リヒテンラーデの息がかかった連中も出席している。お前の幕僚のノルデン少将とかな。彼らは、俺たちの足を引っ張るために、わざと挑発的なことを言ってくるかもしれん」

 

「……だろうな」

 

「そこでカッとなって、その場で斬り捨てたりするなよ? いや、物理的に斬らなくても、言葉で惨殺するのも禁止だ。あくまで『優雅に』『大人の余裕で』受け流せ。それが大将としての品格だ」

 

「フン。雑魚の戯言になど、いちいち耳を貸さんさ」

 

ラインハルトはマントを翻す。

 

「俺が見ているのは、敵だけだ。味方の背中を撃つような卑怯者は、視界に入れる価値もない」

 

言い切った。 かっこいいけど、その「視界に入れない」態度が余計に敵を作るんだよなあ。

 

「……はぁ。頼むぜ、本当に」

 

溜息をつきながら、俺は重厚な扉に手をかける。

「開けるぞ」

 

「ああ」

 

扉がゆっくりと開く。 中から漂ってくるのは、カビ臭い権威の匂いと、安っぽいコロンの香り。そして、俺たちに向けられる、値踏みするような無数の視線。

 

さあ、ショータイムだ。 まずは味方を黙らせてからじゃないと、戦争なんて始められないからな。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

読者の皆さまにとって、
どの会話が好きだったか
どの視点が気になるか
今後の二人に期待する展開はあるか
──など、気軽に教えていただければ、とても励みになります。

あなたの一言が、次の戦場の形を変えるかもしれません。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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