銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回お届けするのは、帝国軍の総司令部で行われるはずだった厳粛な作戦会議です。
表向きには皇帝陛下の勅命を受け、銀河の命運を左右する大遠征の開始――
ですが、そこに座るのは例によってファルケンハイン元帥、そして彼の周囲に集うクセ者たち。

鼻をほじる元帥。
胃痛を覚える老将。
不機嫌な金髪の若獅子。
そして、誰も望んでいないはずの統率が、なぜか成立していく不可思議な軍議。

重苦しいはずの戦場の前夜に、
彼らは笑い、毒づき、そして本音をさらけ出します。

帝国軍の本当の強さとは何なのか。
その片鱗を、今回の章で楽しんでいただければ幸いです。


帝国軍人たちの本音会議~虚飾を焼き払う者たち~

大会議室。そこにあるのは、息詰まるような緊張感と、カビ臭い権威、そして加齢臭……ではなく、歴戦の猛者たちが放つ重厚なプレッシャーだ。

 

上座に鎮座するのは、この銀河帝国軍最年少元帥、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン。 つまり、この俺だ。

 

目の前には、黒檀の巨大な円卓。その周囲には、今回の作戦に参加する錚々たる提督たちが顔を揃えている。右側には、蒼氷色の瞳を不機嫌そうに細めるラインハルト。左側には、渋い顔で髭を撫でているメルカッツ大将。末席には、緊張で顔面蒼白になっている若手や、逆にふんぞり返っている貴族上がりのノルデン少将などが座っている。

 

本来なら、総司令官としてビシッと背筋を伸ばし、威厳ある声で作戦開始を宣言すべき場面だろう。歴史の教科書に載るような名演説をぶち上げるチャンスかもしれない。

 

だが、あいにくと今の気分は最悪だ。 手元にある羊皮紙風の高級紙に印刷された「作戦概要書」これを読むだけで、胃酸が逆流しそうになる。

 

「えーと……」

 

気だるげに紙を持ち上げる。もう片方の手、右手の小指が、無意識のうちに己の鼻腔へと旅立つ。

 

ほじほじ。

 

グリグリ。

 

静寂に包まれた会議室で、元帥が鼻をほじる。前代未聞の光景だ。

ノルデン少将あたりが「あっ」と声を上げかけ、慌てて口を押さえるのが視界の端に見える。ラインハルトが汚いものを見るような目でこちらを睨んでいる。メルカッツ提督が眉間にしわを寄せて天井を仰ぐ。

 

知ったことか。こんなふざけた作戦には、これくらいの不敬な態度がお似合いだ。

 

「『敵の降伏を認めず完全に撃滅し、もって皇帝陛下の栄誉を宇宙に知らしむること』……」

 

読み上げる声も、自然と棒読みになる。なんだこの文章は。完全に撃滅?降伏を認めず?戦争をなんだと思っている。ゲームか?相手にも生活があり、家族があり、必死に抵抗する意思がある。それを「皆殺しにして陛下万歳」とは、前時代的にも程がある。

 

「……これが、今回の作戦目的である?本気で言ってるのか、軍務省の役人どもは」

 

小指の先に、小さな収穫物があるのを感じる。それを親指で器用に丸め、ピンッ!と弾き飛ばす。放物線を描いて飛んでいった微小な物体が、誰かの水差しに入ったかどうかは確認しないでおく。

 

「まあ、馬鹿げている」

 

概要書をテーブルに放り投げる。バサリ、という乾いた音が響く。

 

「どんな戦略上の目的を満足させるために、数万隻の艦隊を動かし、数百万の兵士を死地に立たせるのか。後方の安全な椅子に座って、昼からワインを飲んでいる文官連中には、一生わからんだろうな」

 

毒舌が止まらない。本来なら、士気を高めるために「皇帝陛下のために死ね!」と叫ぶのが司令官の役割だ。だが、そんな嘘をつくくらいなら、ここで腹を切った方がマシだ。 兵士たちは駒じゃない。俺の可愛い部下であり、納税者であり、誰かの家族だ。それを、老人の自己満足(在位記念)のために使い捨てにされるなんて、我慢ならない。

 

会議室の空気が凍りつく。ここまで公然と、国務尚書の方針を批判する元帥など、過去に例がないからだ。

 

「……コホン」

 

重々しい咳払いが一つ。メルカッツ大将だ。彼は困ったような、しかし諌めるべきは諌めねばならぬという義務感に満ちた顔で、口を開く。

 

「……元帥閣下。お言葉ですが、あまりあけすけな物言いは……。ここにいる全員が、閣下と同じ思想を持っているわけではありません。中には、陛下の御意志とあらば火の中水の中、という忠臣もおりましょう。彼らの前で上層部を批判されるのは、統率に関わりますぞ」

 

正論だ。さすがはメルカッツ提督。大人の配慮ができる。確かに、末席にいるノルデン少将あたりは、「不敬だ! 聞かなかったことにしよう!」と耳を塞ぎたそうな顔をしている。

 

だが、構わん。

 

「構わんよ、メルカッツ提督。ここには身内しかいない」

 

両手を広げてみせる。身内。そう、俺の艦隊(サーカス団)のメンバーと、ラインハルト、そしてメルカッツ艦隊の主要メンバーだ。ノルデン?ああ、あいつは空気だ。カウントに入れない。

 

「それに、俺に文句を言える人間なんて、この銀河にそう多くはないさ」

 

椅子に深く背中を預け、ふんぞり返る。元帥という地位は、伊達じゃない。軍部の頂点だ。文句があるなら言ってみろ、というポーズをとる。

 

「……えーと、誰がいるかな」

 

指折り数えてみる。

 

「まずは、フリードリヒ四世陛下。まあ、これは当然だ。あのおじいちゃんに『こらっ』って言われたら、俺も直立不動で謝るしかない」

 

一本。

 

「次に、ブラウンシュヴァイク公。俺のパトロン気取りの狸だ。『支援を打ち切るぞ』と脅されたら、俺の借金が返せなくなるから逆らえない」

 

二本。

 

「それから、リッテンハイム侯。あいつもパトロンその2だ。娘さんを人質……じゃなくて婚約者にとられているから、機嫌を損ねるわけにはいかん」

 

三本。

 

「で、ブラウンシュヴァイク公の娘のエリザベート様。彼女に『アルブレヒト様なんて嫌いですわ!』と泣かれたら、俺の社会的地位が終わる」

 

四本。

 

「もう一人の婚約者、サビーネちゃん。あの子に『お兄様のエッチ!』と罵られたら、俺の精神が崩壊する」

 

五本。片手が埋まった。

 

「あと、グリンメルスハウゼンの爺さん。あのボケ老人……いや、古狸には、頭が上がらん。あいつの掌の上で転がされている自覚があるからな」

 

六本。

 

「忘れてはいけない、ロイエンタールとミッターマイヤー。あいつらに『閣下、呆れました』と冷ややかな目で見られたら、俺は生きていけない。仕事が回らなくなる」

 

七本、八本。

 

「そして、最後に……アナ(最恐)」

 

九本。 アナスタシアの名前を出した瞬間、背筋に冷たいものが走る。彼女に怒られるのは、銀河の崩壊よりも恐ろしい。トマホークが飛んでくるか、ハッキングで俺の銀行口座がゼロになるか、あるいは……想像するだけで震えが止まらない。

 

「……うん、だいたいこんなもんか」

 

指を見つめる。両手がほぼ埋まっている。

 

「……」

 

沈黙。会議室の全員が、ポカンとしている。「文句を言える人間は多くない」と言った直後に、両手が埋まるほどの人数を列挙した元帥を見て、反応に困っているのだ。

 

「(呆れて)結構多いな!」

 

沈黙を破ったのは、やはりこの男だ。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将。 彼は呆れを通り越して、憐れむような目でこちらを見ている。

 

「貴様、誰にでも頭が上がらんのではないか!帝国元帥ともあろう者が、四方八方に気を使い、怯えながら生きているとは……情けない!」

 

「うるさいな。これが『大人の処世術』というやつだ。全方位に土下座できる柔軟性こそが、乱世を生き抜く秘訣だぞ」

 

「フン、俺には理解できん。……それに、忘れているぞ」

 

ラインハルトが身を乗り出す。

 

「俺も文句を言うぞ!貴様のそのふざけた態度、作戦への不真面目さ、そして俺の艦隊の運用に関する無茶振り!文句なら山ほどある!」

 

ああ、そうだった。目の前に、一番うるさいのがいた。

 

「お前の文句は『弟の戯言』として処理するからノーカウントだ」

 

即答してやる。

 

「なっ……!」

 

ラインハルトの顔が、ゆでダコみたいに真っ赤になる。

 

「き、貴様ッ……!弟の戯言だと!?俺は大将だぞ!貴様の副官でも、弟分でもない!」

 

「はいはい。わかったわかった。じゃあ『反抗期の弟の可愛らしい主張』に訂正してやる」

 

「余計に悪いわ!!」

 

バンッ!!ラインハルトが机を叩いて立ち上がる。キルヒアイスが慌てて「ラインハルト様、抑えてください」と背中をさする。メルカッツ提督が「やれやれ」と額を押さえる。

 

いい雰囲気だ。これだよ。この緩んだ空気。さっきまでの、窒息しそうな「権威」の重圧が消え、いつもの「ファルケンハイン・サーカス団」のノリに戻っている。

 

これでいい。兵士たちに「陛下の栄誉のために死ね」なんて強制するより、こうやって上官たちが漫才をしている姿を見せる方が、よほどリラックスして戦えるというものだ。

 

「さて」

 

ニヤリと笑い、再び作戦書を手に取る。

 

「漫才はこれくらいにして、本題に入ろうか。……この『馬鹿げた作戦書』を、どうやって『俺たちの勝利』に書き換えるか。その悪巧みの相談だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

手元にある作戦書をもう一度眺める。「皇帝陛下の栄誉のために」 何度読んでも、この一行が胃液の分泌を加速させる。

 

「まあ、課題を戦略レベルから落っことしたのは、リヒテンラーデ国務尚書をはじめとする文官連中の責任だが……」

 

作戦書をテーブルに放る。戦略目標が腐っていようが、それを実行に移す段階で腐らせるわけにはいかない。現場の指揮官というのは、配られたカードで勝負するしかないのだ。たとえそのカードが、ジョーカー抜きのババ抜き用セットだとしても。

 

「現場を預かる俺たちとしては、戦術レベルはせめて完璧に行こうと思う。死ぬのは兵士たちだからな。文官の爺さんたちの見栄のために、無駄死にはさせられん」

 

もっともらしいことを言ってみるが、本音を言えば「帰りたい」の一言に尽きる。目の前に置かれたコーヒーカップを手に取る。湯気が立っている。香りも悪くない。要塞の調理スタッフが淹れてくれた、そこそこ上等な豆を使ったコーヒーだ。

 

一口すする。

 

「……はあ」

 

深いため息が、自然と漏れる。不味い。いや、味自体は悪くないはずだ。だが、何かが足りない。決定的に欠けているスパイスがある。

 

「アナがいないのが、やる気を削がれるがな。あいつがいないと、コーヒーの味も泥水みたいに感じる」

 

独り言のようにボヤく。アナ。俺の専属副官であり、秘書であり、最強の女であり、そして俺の精神安定剤。彼女が淹れるコーヒーには、絶妙なタイミングと、俺の体調に合わせた微調整、そしてほんの少しの「愛(と書いてプレッシャーと読む)」が込められている。それが今の俺には不足している。カフェインは摂取できても、ガソリンが入ってこないエンジンみたいなものだ。

 

「(冷ややかに)戦争ごっこのつもりですか!?元帥閣下」

 

氷点下の声が、右側から飛んでくる。ラインハルトだ。蒼氷色の瞳が、軽蔑の色を帯びてこちらを刺している。

 

「何万もの将兵の命を預かる総司令官が、コーヒーの味一つで士気を下げるとは。呆れて物も言えん。貴様にとって、この遠征はピクニックの延長なのか?」

 

痛烈な皮肉。正論すぎて耳が痛い。だが、ここで「ごめんなさい」と謝るようなら、元帥の階級章なんて即座に返上したほうがいい。

 

「(小声で)ミューゼル大将!少し抑えてください!閣下にもお考えが……」

 

隣のキルヒアイスが、慌ててラインハルトの袖を引いている。いい奴だ。本当にいい奴だ。なんでこんな猛獣の飼い主をやっているのか不思議なくらいだ。

 

「構わんと言ったよ、キルヒアイス中将」

 

片手を上げて、赤毛の青年を制する。そして、不機嫌な金髪の小僧に向き直る。

 

「戦争ごっこ、か。……厳しいことを言うな、ラインハルト。だがな、お前がそうやって俺に毒づいていられるのも、誰のおかげだと思ってる?」

 

「何だと?俺の実力だと言いたいのか?それとも、また貴様の『恩着せがましい配慮』の話か?」

 

「その通りだ。だいたいな、キルヒアイスを変わらずミューゼル大将の艦隊においていること自体が、俺の『忖度人事』さ」

 

指を立てて解説してやる。軍隊の階級構造というのは、ピラミッドだ。上にいくほど席は少なくなる。

 

「いいか?キルヒアイスは今回、中将に昇進した。中将だぞ?普通なら、艦隊司令として独立させられ、数千隻の艦隊を率いて別の戦区へ送られるのが筋だ。一つの艦隊に、大将と中将が同居するなんて、指揮系統の無駄遣いもいいところだからな」

 

ラインハルトが眉をひそめる。彼にとってキルヒアイスが傍にいるのは「空気があるのと同じくらい当然」のことだ。だから、それが軍事的なセオリーから外れているという自覚がない。

 

「それをだ。俺が人事局に頭を下げて、いや机を叩いて、『ミューゼル大将にはお守り役が必要だ』『あの猛獣の手綱を握れるのはキルヒアイス中将しかいない』って、無理やりねじ込んだんだぞ?」

 

事実だ。人事局長は嫌な顔をしていた。「戦力の分散配置が原則です」と。そこを「俺の責任でやる」と押し切ったのだ。

 

「もし俺が口を出さなければ、今頃キルヒアイスは艦隊司令官として、お前とは何千光年も離れた場所で艦隊の訓練でもしていたはずだ。お前は一人ぼっちで、誰も諌めてくれる人間がいない中、ストレスで胃に穴を開けていただろうな」

 

ニヤリと笑う。

 

「感謝しろよ、ブラザー。お前の『半身』を守ったのは、この俺の薄汚い政治力と、コーヒーの味が分からないダメ元帥の権力だ」

 

「(ぐぬぬ、と言葉に詰まる)……」

 

ラインハルトが口をパクパクさせている。反論したい。「俺一人でもやれる!」と言いたい。だが、キルヒアイスがいなくなる恐怖を想像してしまったのだろう。顔色がサッと青ざめ、言葉を飲み込んだ。 図星だ。こいつはキルヒアイス依存症だ。

 

「(苦笑して)……ご配慮、痛み入ります。ファルケンハイン閣下」

 

キルヒアイスが、申し訳なさそうに、しかし深く頭を下げる。彼は自分の立場が「異例」であることを理解している。賢い男だ。

 

「礼には及ばんよ、キルヒアイス。お前がいないと、ラインハルトが暴走して俺の負担が増えるからな。これは俺自身のための保険だ」

 

肩をすくめて見せる。これで、場のアドバンテージは取り戻した。若造たちへの教育的指導は終了だ。

 

次は、大人への対応だ。背筋を伸ばし、表情を引き締める。元帥としての、本来の顔に戻る。

 

「メルカッツ提督」

 

左側に座る老将に声をかける。

 

「はっ」

 

メルカッツ大将。低く、落ち着いた声。その姿勢には微塵の隙もない。帝国軍の良識を体現したような人物だ。

 

「卿の堅実にして隙のない用兵は、今回の作戦に欠かせない。俺やラインハルトのような若造が、血気にはやって暴走しないよう、ぜひ、お力を貸していただきたい」

 

心からの言葉だ。今回の作戦は、数で勝る同盟軍を相手にする。奇策や速攻も必要だが、それ以上に重要なのは「崩れないこと」だ。一度崩れれば、数の暴力ですり潰される。 その点、メルカッツの指揮は盤石だ。彼が側面を守ってくれるという安心感があるからこそ、俺たちは前に出られる。

 

メルカッツは、少し驚いたように目を見開いた。おそらく、若くして元帥になった俺のことを、「権力を笠に着た生意気な小僧」か「貴族のお飾り」だと思っていたのだろう。あるいは、自分のような旧体制の人間は、疎まれると覚悟していたのかもしれない。

 

「(恐縮して)はっ!過分なお言葉……。元帥閣下のご命令のままに、老骨に鞭打って働きましょう」

 

彼は型通りの返答をする。「命令のままに」 それは忠誠の言葉だが、同時に「責任は取りませんよ」「私はただの駒ですよ」という、心の壁でもある。

 

それでは困るのだ。

 

「いや、提督。『命令のままに』では困るのだよ」

 

あえて否定する。

 

「俺は完璧超人ではない。ラインハルトのように天才でもないし、アナスタシアのように計算機でもない。ただの、運がいいだけの若造だ。見落としもあるし、判断ミスもするだろう」

 

自嘲気味に言うと、ラインハルトが「フン、自覚はあるのか」と鼻を鳴らした。無視する。

 

「だからこそ、貴官の意見と、その歴戦の才幹に期待するところ『大』なのだ。イエスマンはいらない。俺が間違った命令を出したら、『それは下策です』と止めてほしい。遠慮なく意見してくれ。頼むぞ」

 

頭を下げる。 元帥が、部下である大将に頭を下げる。 会議室がざわつく。ノルデン少将あたりが「元帥の威厳が!」とヒソヒソ言っているが、知ったことか。実利をとる。メルカッツを本気にさせることの方が、威厳より百倍重要だ。

 

メルカッツは、俺の顔をじっと見つめる。 その瞳に宿る色が、変わった。 「お飾り」を見る目から、「指揮官」を見る目へ。

 

彼は、深く、力強く頷いた。

 

「……承知いたしました。元帥閣下がそこまで仰るのであれば……このメルカッツ、老骨ながら、全力を尽くしましょう。遠慮なく、具申させていただきます」

 

「うむ。頼りにしている」

 

空気が変わる。バラバラだったピースが、カチリと嵌まった音がした気がした。 ラインハルトの突破力。キルヒアイスの補佐。 メルカッツの防御力。 そして、俺の調整力(と胃痛)

 

これなら、戦える。たとえ、不味いコーヒーしかなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣の金髪……もとい、ラインハルトが、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「それにしても、自由惑星同盟とやらも、帝国と似合いの好敵手ですな」

 

彼の視線は、地図上の同盟軍配置図に向けられている。そこには、数こそ多いが、連携を欠いた(ように見える)散漫な布陣が映し出されていた。

 

「片や、民主主義という名の衆愚政治に沈み、権利ばかりを主張して義務を忘れた『怠惰』な豚ども。片や、特権階級の既得権益にしがみつき、新しい血を拒絶して腐り落ちるのを待つだけの『老朽化』したミイラ」

 

辛辣だ。言葉の切れ味が鋭すぎて、聞いてるこっちがカミソリ負けしそうだ。

 

「どっちもどっち、五十歩百歩というわけか。……だが、そう言うな、ラインハルト。俺には一つの仮説があるんだ」

 

手元の資料を閉じながら、声をかける。

 

「仮説?」

 

ラインハルトが怪訝な顔を向けてくる。

 

「ああ。これまでの歴史、帝国内の政争に敗れて同盟に亡命した貴族や軍人の数を考えるとだ……。ふと思ったのさ」

 

指を一本立てて、解説モードに入る。

 

「帝国の先人たちは、あるいは現在の支配層たちは、自分たちが将来、権力闘争に負けた時、亡命先を失うことがないように、あえて同盟を手加減して生かしておいたのではないかな?」

 

「……は?」

 

「考えてもみろ。もし帝国が同盟を完全に滅ぼして、宇宙を統一してしまったらどうなる?逃げ場がなくなるんだぞ?権力争いに負けた瞬間、処刑台行きだ。だが、同盟が生きていれば、『やべっ、負けた!』って時に亡命して、向こうで悠々自適の年金生活が送れる」

 

現に、過去に何人もの貴族が財産を持って同盟へ高飛びしている。彼らは向こうで「亡命貴族」として、そこそこ優雅に暮らしているという噂だ。

 

「つまり、この150年の戦争は、帝国の支配層による『将来の別荘地確保』のための、壮大なマッチポンプだったんじゃないか?そう考えれば、同盟軍がどんなに弱体化しても、なぜか帝国がトドメを刺しきれない理由にも説明がつくだろ?」

 

会議室が静まり返る。トンデモ理論だ。歴史学者に聞かせたら卒倒して泡を吹くレベルの暴論だ。

 

だが。

 

「……っ……はっ!」

 

ラインハルトが目を見開いた。そして次の瞬間、彼は腹を抱えて吹き出した。

 

「くくく……!はっはっは!!それは傑作だな!亡命先の確保のために戦争をしているとは!」

 

彼は涙が出るほど笑っている。あの氷の貴公子が、ここまで無防備に笑うのは珍しい。

 

「なるほど、一理ある!奴らなら考えそうなことだ!保身のためなら、国家の統一さえも先送りする……。ああ、実に腑に落ちる!」

 

「だろう?そう考えれば、この不毛な消耗戦も、一種の『公共事業』に見えてくるさ。俺たちは、未来の亡命者たちのために、せっせと道路(航路)を整備してやっている土木作業員というわけだ」

 

俺も肩をすくめて笑う。周りの提督たちも、最初は呆気に取られていたが、次第に「……確かに」といった顔で苦笑いを浮かべ始めた。ノルデン少将だけが「不敬だ……」と顔を青くしているが、空気の読めない奴は放っておこう。

 

重苦しかった空気が、少しだけ軽くなる。「皇帝のため」という呪縛が解け、この戦争の馬鹿馬鹿しさを共有することで、逆に連帯感が生まれた気がした。

 

「さて」

 

タイミングは今だ。席を立ち、サイドテーブルに用意されていたワインボトルを手にする。 もちろん、俺が兵站局を脅迫して確保した、最高級のオムニバス・ワインだ。

 

「雑談はこれまでだ。とりあえず形式美というやつを済ませよう。酒を開けて勝利の祈願だ!全員、グラスを持て」

 

従卒たちが手際よくグラスを配り、深紅の液体を注いでいく。芳醇な香りが広がる。戦場には似合わない、文化的な香りだ。

 

全員の手元にグラスが行き渡るのを確認し、俺は自分のグラスを高く掲げる。

 

表情を消す。能面のような、死んだ魚のような、やる気のない顔を作る。

 

「(棒読みで)みんな、唱和する必要はないぞ。心の中で適当に合わせてくれればいい。……皇帝陛下のおんために」

 

「「「皇帝陛下のおんために」」」

 

提督たちが唱和する。声が小さい。バラバラだ。やる気のなさが伝わってくる。それでいい。この乾杯は、ただの儀式(ルーチンワーク)だ。パスワード入力みたいなものだ。

 

一口飲む。美味い。五臓六腑に染み渡る。

 

ゴクリ、と飲み込む。そして、グラスをテーブルに置く。

 

カツン。

 

硬質な音が響いた瞬間。俺の中でスイッチを切り替える。

 

顔を上げる。その瞳に、伏龍の異名にふさわしい(と自分では思っている)、鋭い光を宿らせる。

 

「――――さて、建前はここまでだ」

 

声を張る。腹の底から響く、ドスの利いた声だ。

 

「みんな!聞いての通り、今回は敵の方が多い。倍以上の戦力差だ。数では圧倒的に不利な戦場だ。……だが」

 

ニヤリと笑う。狂気スレスレの、好戦的な笑みを浮かべてみせる。

 

「実に面白いじゃないか!ハンデ戦だ!俺たちは試されているんだぞ?」

 

ラインハルトを見る。彼はすでに、俺の意図を察して不敵に笑っている。

 

「ほう?」

 

「敵は名将揃いだ。老練のビュコック、猛将ウランフ、そして未知数の新人ホーランド!雑魚を散らすだけの退屈な掃除じゃない。……自分が死ぬかもしれない、久々のヒリヒリする戦場だ。心が躍るだろう? 軍人ならば!」

 

提督たちの顔つきが変わる。不安げだった瞳に、戦士としての矜持と、闘争本能の火が灯る。そうだ。男の子はみんな、逆境が大好きなんだ。

 

「俺たちは、数で勝つのではない。知恵と、技量と、度胸で勝つのだ!無能な上層部が用意した『負けイベント』を、俺たちの手でひっくり返してやる!これほど痛快なショーはないだろう?」

 

拳を握りしめる。

 

「用兵家としての卿らの力量を、存分に示せ!作戦通りにいかなくても構わん!現場で判断し、敵を食い破れ!失敗したらどうするだと?気にするな!」

 

胸を叩く。

 

「俺が責任は全部持つ!負けたら俺の首が飛ぶだけだ!お前らは『元帥の命令でした』と言って逃げればいい!だから思いっきり暴れてこい!」

 

「おお……!!」

 

どよめきが起きる。上官が「責任をとる」と言い切ることほど、部下を安心させるものはない。それがハッタリだとしてもだ。

 

再びグラスを手に取る。今度は中身が入っていないが、そんなことは関係ない。

 

「我らに……真の勝利を!文官どものための勝利ではない、俺たち自身の誇りのための勝利を!!」

 

叫ぶ。

 

「プロージット(乾杯)!!」

 

「「「プロージット!!!」」」

 

割れんばかりの唱和。さっきの死んだような声とは雲泥の差だ。グラスが触れ合う音が、高らかに響き渡る。

 

その熱気の中で、誰からともなく本音が漏れ出した。

 

「やってやりましょう閣下!」

 

「数的不利上等だ!」

 

「ファルケンハイン元帥万歳!」

 

副官のミュラーに至っては、涙目で叫んでいる。

「閣下に勝利を! この鉄壁(予定)がお守りします!!」 可愛い奴だ。

 

場のボルテージが最高潮に達したところで、俺はもう一言、付け加えることにした。

これこそが、今回の本当の作戦目標だ。

 

「ついでに言っておくぞ!この戦いに勝って、帝都に帰ったら、ふんぞり返っているあの爺さんに、俺たちの戦果報告書を叩きつけてやるんだ!」

 

息を吸い込む。

 

「くたばれリヒテンラーデ!!」

 

一瞬の静寂。 そして、爆発。

 

「「「くたばれリヒテンラーデ!!!」」」

 

全員が叫んだ。ラインハルトも、キルヒアイスも、グリルパルツァーも、そしてあの堅物のメルカッツ提督でさえも(口パクだったかもしれないが)、拳を突き上げて叫んだ。 日頃の鬱憤。無理な出兵への不満。腐敗した政治への怒り。

 

それら全てが、この一言に凝縮されて噴出したのだ。

 

「はっはっは!最高だ!その意気だ!」

 

これでいい。共通の敵(リヒテンラーデ)を作ることで、俺たちは結束した。

 

「さあ、行こうか!ティアマトの星々を、俺たちの色に染めてやろうぜ!」

 

爆笑と熱気の中、帝国軍の作戦会議は幕を閉じた。士気は、最高潮である。

 

こうして、俺たち「ファルケンハイン・サーカス団」は、倍以上の敵が待つ死地へと、笑いながら飛び込んでいくことになった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

もし、
「このキャラが好きになった」
「この掛け合いがツボだった」
「この部分の政治描写が気に入った」
などなど、少しでも心に残った場面があれば、
ぜひ感想をいただけると励みになります。

読者さまの一言一言が、次の戦場へ進む燃料になります。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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