銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の戦いは、まだ序章です。
アルの悪さも、ホーランドの才能も、
ヤンの観察眼も、まだ本領を発揮していません。

そして読者の皆さま。
この作品を楽しんでくださって、本当にありがとうございます。
あなたの一閲覧が、作者の次の弾薬となります。

では、本編へどうぞ──。


ティアマト熱狂戦線 ―暴走元帥と踊る参謀たち

ティアマト星域。宇宙の深淵に、数万の星々よりもさらに多くの光点がひしめき合っている。

 

こっちが帝国軍。あっちが同盟軍。間に挟まっているのが、俺たちの命と、リヒテンラーデ公への殺意だ。

 

旗艦《ロンゴミニアド》の艦橋は、いつものように趣味の悪い……じゃなくて、男のロマン溢れるエメラルドグリーンの環境光に包まれている。

 

 

座り心地は最高級の指揮官席で、足を組んでみる。目の前のメインスクリーンには、拡大された同盟軍の陣形が映し出されている。

 

敵は三個艦隊。右翼に第5艦隊(ビュコック)左翼に第10艦隊(ウランフ)そして中央に、今回のお楽しみ(不安要素)、第11艦隊(ホーランド)

 

教科書通りの、綺麗な横陣だ。

 

「……ふむ」

 

副官のミュラーが、緊張でガチガチになりながら、俺の次の言葉を待っている。周囲のオペレーターたちも、固唾を呑んでいる。総司令官の第一声だ。歴史に残るような名言を期待しているんだろう。

 

……同盟軍を射程に捉えた。距離、6.4光秒。主砲の有効射程距離ギリギリ。普通なら、ここから艦載艇を出したり、牽制のミサイルを撃ったりして、お互いの出方を探るフェーズだ。ボクシングで言えばジャブの応酬。さて、今回はどう出る?相手には名将がいる。ここで下手に動けば、ビュコック爺さんに足をすくわれるか、ウランフに横っ面を殴られるか。慎重に行くべきか?それとも、相手のミスを待つべきか?

 

お手並み拝見といこうか、同盟軍……。

 

溜める。たっぷりと間を取る。静寂が艦橋を支配する。エアコンの駆動音さえ聞こえそうな静けさ。

 

そして、俺はニヤリと笑った。

 

「……なんてな!先手必勝!ファイエル(撃て)!!」

 

「はぁっ!?」

 

ミュラーが素っ頓狂な声を上げる。あまりの唐突さに、彼は持っていたタブレットを取り落としそうになり、それを空中でジャグリングみたいにキャッチしようとして、足がもつれた。ズッコケる寸前で踏みとどまる「鉄壁」のミュラー。さすがのバランス感覚だ。

 

「い、いきなりですか閣下!」

 

「当たり前だ!挨拶代わりに主砲をぶち込むのが礼儀だろうが!戦場に『こんにちは』はいらん!必要なのは『さようなら』だけだ!」

 

アームレストをバンと叩く。

 

「悠長に挨拶なんてしてたら、あっちから撃ってくるに決まってるだろ!向こうは民主主義の国だぞ?会議が長引いてる間に撃つのが正解なんだよ!」

 

偏見に満ちた理屈を叫ぶ。いや、本音を言えば、ビュコックやウランフみたいな古狸に「考える時間」を与えたくないだけだ。

 

「砲術長!照準は合ってるな!?」

 

「は、はい!中央の第11艦隊に固定済みです!」

 

「よし!全門斉射!弾薬費のことは気にするな!請求書は全部リヒテンラーデに回す!」

 

「了解!全砲門、開け!撃てェェェェ!!」

 

ズガガガガガガガガァァァァァ!!!!

 

《ロンゴミニアド》の巨体が震える。艦首に並んだ大口径ビーム砲が、緑色の閃光を吐き出す。 それに合わせて、俺の直属艦隊一万五千隻も一斉に火を噴いた。光の奔流が、宇宙の闇を切り裂いていく。美しい。これが全部花火だったら、最高のデートスポットになるんだが、残念ながら致死性のエネルギー塊だ。

 

「着弾!敵第11艦隊の先頭集団に命中!シールド飽和、数隻が爆発しました!」

 

「よっしゃあ!見たか、これが帝国の『おもてなし』だ!」

 

ガッツポーズをする。奇襲成功だ。普通、この距離でいきなり全艦斉射なんてしない。命中率が悪いからだ。だが、当たればデカい。

 

「畳み掛けるぞ!エンジン出力最大!補助スラスター点火!」

 

立ち上がり、前方を指差す。

 

「全艦全速!敵の先頭(第11艦隊)へ、紡錘陣形(スピンドル・フォーメーション)で中央突破を図る!脇目も振るな!猪突猛進だ!」

 

「ちゅ、中央突破ですか!?ビュコックとウランフに側面を突かれますよ!?」

 

ミュラーが悲鳴を上げる。常識的な判断だ。敵は三個艦隊。中央に突っ込めば、左右から袋叩き(包囲殲滅)にされるリスクがある。いわゆる「自ら死地(袋のネズミ)になりに行く」行為だ。

 

「構わん!今日の俺は機嫌が悪いんだ!側面を突かれる前に、中央を食い破って向こう側に抜ける!そうすれば包囲もクソもない!」

 

理論もへったくれもない。暴論だ。だが、今の俺には勝算がある。敵の中央は、あのホーランドだ。新任の、血気盛んな若造だ。いきなり顔面を殴られたら、冷静に対処できるか?いや、できない(という願望)。パニックになるか、あるいは「なんだとコラァ!」と逆ギレして突っ込んでくるかだ。どちらにしても、陣形は崩れる。

 

「突撃ィィィィ!!俺に続け!遅れた奴は給料カットだ!!」

 

エメラルドグリーンの超戦艦《ロンゴミニアド》が、スラスター全開で加速する。まるで、獲物を見つけた深海魚が、暗闇から飛び出すように。 後ろに続く艦艇も、必死でついてくる。「元帥がキレたぞ!」「置いていかれたら殺される!」という兵士たちの悲壮な覚悟が、通信機越しに伝わってくるようだ。

 

 

一方その頃。左翼に展開していた、白亜の戦艦《ブリュンヒルト》。その美しすぎる艦橋では、金髪の若き獅子が、まるでコンサートホールで指揮棒を振るうような優雅さで、モニターを眺めていた。

 

ラインハルトは、中央で始まった「元帥の暴走」を見て、呆れるどころか、瞳をキラキラと輝かせていた。

 

「おお!張り切ってるな、我らが元帥は!」

 

楽しそうだ。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 

「見ろ、キルヒアイス!あの出足の速さ!挨拶もなしにいきなり主砲だ!さすがはファルケンハイン、俺の期待を裏切らん男だ!」

 

「は、はい。……しかし、少々突出が過ぎるのでは?」

 

赤毛の副官、キルヒアイスが心配そうにモニターを見る。《ロンゴミニアド》は、友軍の援護も待たず、単独で敵陣に特攻をかけているように見える。自殺行為スレスレだ。

 

「フン、あれでいいのだ。奴は知っているのだよ。ダラダラと戦っていては、数で勝る同盟軍のペースになるとな」

 

ラインハルトは、自分の新しいオモチャ(ブリュンヒルト)の指揮官席で、余裕たっぷりに足を組む。

 

「兄上……いや、元帥が道を切り開こうとしているのだ。弟分たる俺たちが、指をくわえて見ているわけにはいかんだろう?」

 

彼はスッと右手を挙げる。その動作一つで、ブリッジの空気が引き締まる。

 

「我々も遅れるな!全艦、前進!ファルケンハイン艦隊の左側面をカバーしつつ、敵右翼(第5艦隊)を牽制する!」

 

「了解。目標、同盟軍第5艦隊!」

 

「ファイエル!敵の他の艦隊へ牽制射撃! 老人に昼寝の時間を与えてやるな!元帥の道を切り開け!」

 

《ブリュンヒルト》の主砲が、音もなく閃く。純白の船体から放たれるビームは、まるで天使の裁きのように鋭く、優雅だ。

 

 

 

 

 

そして、右翼。帝国軍の良心、最後の理性の砦であるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将の旗艦《ネルトリンゲン》。

 

ここの艦橋だけは、重厚で落ち着いた空気が流れている……はずだった。

 

「……やれやれ」

 

白髪の老将は、モニターを見て深々と溜息をついた。彼の視界には、制御不能の暴走機関車のように突っ込んでいく緑色の艦隊と、それを面白がって追いかける白の艦隊が映っている。

 

「若さとは、時に凶器ですな」

 

副官が苦笑いする。

 

「凶器どころではない。あれではただの喧嘩だ。……元帥閣下も、普段はあのように冷静で理知的な方なのだが、戦場に出ると人が変わるらしい」

 

メルカッツは首を振る。彼には分からない。アルブレヒトが「早く帰りたい」一心で、最短距離での決着(=中央突破)を選んだという、あまりに不純な動機が。彼はそれを「若き覇気」と「勇猛果敢な闘争心」だと好意的に解釈してくれている。いい人だ。

 

「しかし、放置すれば中央が孤立する。敵の第10艦隊(ウランフ)は手強いぞ。元帥の横腹に食らいつくだろう」

 

メルカッツは、老練な手つきで指揮卓を操作する。

 

「若き獅子たちの露払い、老骨に鞭打って務めよう。……全艦、微速前進。突出はするな。あくまで元帥艦隊の右側面を固め、敵第10艦隊の動きを封じろ」

 

「はっ!目標、ウランフ艦隊!」

 

「ファイエル!若者たちがダンスを踊りやすいように、舞台を整えてやるのが年寄りの役目だ」

 

ドォォォォォォ……。熟練の砲撃。派手さはないが、正確無比な弾幕が、ウランフの進路を塞ぐように展開される。

 

こうして。中央で暴走する緑。左でヒャッハーする白。右で渋くサポートする灰色。

 

色とりどりの帝国軍艦隊は、まるで統制が取れていないようでいて、奇妙なバランス(全員が前のめり)を保ちながら、同盟軍のど真ん中へと雪崩れ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

第11艦隊旗艦《エピメテウス》のブリッジ。

 

「来たか!!」

 

司令官席で立ち上がった男、ウィレム・ホーランド中将が叫ぶ。彼の視界の先、メインスクリーンは一面の緑色に染まっている。帝国軍の猛攻だ。敵の先頭を走る、あの悪趣味なほどに鮮やかなエメラルドグリーンの超戦艦が、挨拶代わりの極太ビームを撒き散らしながら突っ込んでくる。

 

普通なら悲鳴を上げる場面だ。だが、ホーランドは違う。彼はアドレナリン中毒者だ。危機的状況になればなるほど、脳内麻薬がドバドバ出てハイになる。

 

「先手は取られたが面白い!挨拶もなしに殴りかかってくるとは、帝国軍にしては話が早いじゃないか!気に入ったぞ、あの緑色の悪趣味な奴!」

 

彼は指揮卓をバンバン叩く。リズムを刻んでいるのか、ただ興奮しているのかは不明だ。

 

「撃て!反撃だ!突撃しろ!エンジン出力120%!我が艦隊の『芸術的艦隊運動』の粋を見せてやれ!敵の度肝を抜くような、アクロバティックなダンスを踊るんだ!」

 

彼の命令は、具体的のようでいて抽象的だ。「芸術的」とか「ダンス」とか言われても、現場の操舵士たちは困惑するしかない。オペレーターたちが青ざめた顔で振り返る。

 

「て、提督!正面から突撃したら、敵の質量と運動エネルギーに押し負けます!あの緑の戦艦、こっちを轢き殺す気満々ですよ!?」

 

「構わん!気合いで押し返せ!」

 

「物理法則を気合いでねじ曲げないでください!」

 

ブリッジがパニックになりかけた、その時。

 

「……閣下」

 

気だるげな、しかし妙に通る声が響く。司令官席の斜め後ろ。観葉植物の陰(定位置)に座り込んでいたヤン・ウェンリー准将だ。彼は右手にお気に入りのマグカップ(中身は紅茶に偽装したブランデー入り紅茶)、左手に読みかけの歴史書を持っている。戦場にいるとは思えないリラックスぶりだ。

 

「突撃は許可していません。作戦通りにお願いします。『プラン・アメーバ』です」

 

「……ん?」

 

ホーランドが振り返る。

 

「アメーバ?ああ、そうだった!あの気持ち悪い名前の作戦か!」

 

「気持ち悪いとは失礼な。……柔軟性がある、と言ってください」

 

ヤンはカップを口に運ぶ。

 

「正面衝突は避けてください。敵の勢いを利用して、衝撃を吸収するんです。……さあ、命令を」

 

ヤンに促され、ホーランドはハッとする。彼は切り替えが早い。すぐさまマイクを握り直し、全艦隊に向けて怒鳴る。

 

「全艦、拡散!密集するな! 散らばれ!」

 

「えっ?散らばるんですか?」

 

「そうだ!アメーバだ!スライムだ!敵を包み込むように浸透し、超接近戦に持ち込め!敵艦の横をすり抜けろ!」

 

「は、はい!全艦、拡散!各艦、個別に回避行動を取りつつ、敵陣内へ浸透せよ!」

 

号令一下。第11艦隊の動きが変わる。それまで整然と並んでいた艦列が、突如として崩壊する。だが、それはパニックによる崩壊ではない。まるで、水槽の中にインクを垂らしたように、あるいは顕微鏡で見る微生物の群れのように、不規則に、しかし有機的に広がり始めたのだ。

 

正面から突っ込んできた帝国軍は、これに面食らう。ドーン!とぶつかるつもりで肩を入れたら、相手がヌルリと避けて、懐に入り込んでくるような感覚。

 

「うわっ!近い!」

 

「敵艦、右舷至近距離を通過!」

 

「ぶつかる!避っ……あぶねえ!」

 

帝国軍の通信傍受から、悲鳴にも似た混乱の声が聞こえてくる。

 

ヤンはモニターを見ながら、小さく頷く。

 

(……よし。ホーランド提督の艦隊は、練度は低いが『無茶な命令への順応性』だけは異常に高い。普通の艦隊なら『隊列を崩せ』なんて言われたら大混乱だが、彼らは『よし、好き勝手に動いていいんだな!』とポジティブに解釈して動く。……ある意味、最強の相性かもしれないな)

 

帝国軍の緑色の超戦艦が、イライラしたように砲を乱射しているのが見える。だが、的が絞れない。アメーバのように広がり、自軍の艦艇の間に入り込んでくる同盟軍艦艇を撃てば、味方に当たるリスクがあるからだ。

 

「げっ!近すぎるわ!なんだこの気持ち悪い動きは!まるで納豆の海を泳いでいるようだ!」

 

オープン回線で、帝国軍指揮官の罵声が聞こえてくる。納豆とは言い得て妙だ。ヤンは少しだけ親近感を覚える。帝国にも納豆はあるのだろうか。

 

「……ならば、さらに最大戦速!敵艦隊を通り抜けて、そのまま同盟領へ侵攻する素振りでも見せろ!奴らの背後を取るフリをして、陣形を崩す!ついて来れるものならついて来い!」

 

帝国軍が加速する。絡みつくアメーバ(第11艦隊)を振り切るように、強引に中央を突破し、同盟軍の後背へと抜けようとする動きだ。

 

「む!ヤン!敵が抜けていくぞ!」

 

ホーランドが叫ぶ。

 

「あの緑色の奴、逃げる気か!?いや、我々の後ろに回って、背後から撃つつもりか!?」

 

オペレーターたちも動揺する。

 

「敵旗艦、突破されます!」

 

「後方の補給部隊が危険です!」

 

「追撃しますか!?反転して追いかけないと!」

 

ブリッジが「追撃論」一色になりかけた、その時。

 

「……待ってください」

 

ヤンの静かな声が、熱狂に冷や水を浴びせる。

 

「追ってはダメです。釣られてはいけません」

 

「何?だが、放置すれば後ろを取られるぞ!」

 

「いえ、敵の動きは陽動です。……閣下、よく見てください。敵の随伴艦、特に補給艦や工作艦が、あの突撃についてきていません」

 

ヤンはモニターの一点を指し示す。 帝国軍の後方、置き去りにされた低速艦艇の群れ。

 

「本気で我々の領土へ侵攻する、あるいは長期戦で背後を突く気なら、兵站を連れて行くはずです。ですが、あの緑色の戦艦は、身軽な高速艦だけで突っ走っている」

 

ヤンは紅茶を一口すする。

 

「つまり、ただの脅しです。『俺は後ろに行くぞー、怖いだろー』と見せかけて、我々が慌てて反転し、背中を見せたところを叩くつもりでしょう。……あるいは、単にこちらの陣形を崩し、孤立させるのが目的です」

 

あの指揮官は、性格が悪い。ヤンは確信する。合理的な戦略家というよりは、相手の嫌がることを徹底的に突いてくる、意地の悪いゲーマーのような思考回路をしている。

 

「釣られてはいけません。追いかければ、我々の陣形は伸びきり、左右のビュコック提督やウランフ提督との連携が切れます。そうなれば、各個撃破の餌食です」

 

「何!?」

 

ホーランドが目を見開く。

 

「……確かに!言われてみれば、あの速度では補給が続かんな。エネルギー切れで立ち往生するのがオチか」

 

ホーランドは一瞬で理解する。彼は馬鹿ではない。戦術眼は荒削りだが、本能的に「戦いの流れ」を嗅ぎ分ける嗅覚がある。

 

「分かった!追撃中止!敵は放置しろ!行きたいなら行かせてやれ!どうせすぐ戻ってくる!」

 

ホーランドの決断は速い。

 

「全艦集結!散らばったアメーバを元に戻せ!進みながら陣形を再編!敵の反転攻勢を許すな!」

 

「はっ!陣形再編!」

 

第11艦隊が、再び一つにまとまり始める。その動きを見た帝国軍(アルブレヒト)が、悔しそうに減速するのがモニター越しに分かる。「ちっ、引っかからないか」という舌打ちが聞こえてきそうだ。

 

そして。ここからが、ヤンの予想を超えた「猛牛」の真骨頂だった。

 

ホーランドは、地図盤を睨みつける。中央を突破して(孤立して)いった帝国軍主力を、あえて無視する。そうなると、戦場に残っているのは?

 

「……よし、見えたぞ!」

 

ホーランドがニヤリと笑う。肉食獣の笑みだ。

 

「おい、通信士!第5艦隊のビュコック提督へ連絡だ!」

 

「は、はい!文面は?」

 

「『お爺ちゃん、元気?』……じゃなくて! こう伝えろ!」

 

ホーランドは右手を振り上げる。

 

「『我が艦隊は、中央の抜けた宙域を利用して、敵左翼(メルカッツ艦隊)を挟撃する! ビュコック提督、一緒にあの頑固そうな爺さんを挟み撃ちにしてサンドイッチにしようぜ!』……とな!」

 

「ぶふっ!!」

 

ヤンが紅茶を噴き出した。本日二回目だ。

 

「ちょ、閣下!?挟撃!?メルカッツ提督を!?」

 

「そうだ!目の前の敵が勝手にいなくなったんだ。今、中央はガラ空きだ!ならば、そこを通って隣の敵の横っ腹に食らいつくのが、一番効率的だろうが!」

 

ホーランドの理屈はこうだ。

 

1.正面の敵(アルブレヒト)が突っ走って後ろに行った。

2.だから正面は留守だ。

3.暇になったから、隣で戦っているビュコック提督を手伝いに行こう。

4.敵の左翼(メルカッツ)は、ビュコックと正面から撃ち合っている。そこに横から俺たちが突っ込めば、ボコボコにできる。

 

「……」

 

ヤンは絶句する。理にかなっている。いや、理にかないすぎている。普通の指揮官なら、突っ走った敵主力(アルブレヒト)が気になって、背後を警戒して動けなくなる。それが「常識」という名の呪縛だ。

だが、ホーランドには常識がない。

「後ろの敵? 戻ってきたらその時考えればいいだろ!」という超ポジティブ思考。

そして、その思考こそが、今の盤面における「正解(ベストムーブ)」なのだ。

 

「(小声で)……そこまで指示してないのに、正解を選ぶとは。野生の勘ですかね……」

 

ヤンは呆れ、そして戦慄する。この男、ただの突撃馬鹿ではない。 戦場の空気を読み、瞬時に「どこを殴れば一番痛いか」を判断する才能がある。これこそが、アッシュビーの再来と呼ばれる所以か。

 

「ビュコック提督より返信! 『了解した。若造にしては気の利いた判断だ。爺の介護、頼むぞ』とのことです!」

 

「ハッハッハ!話のわかる爺さんだ!行くぞ野郎ども!進路変更!目標、敵左翼メルカッツ艦隊!アメーバから、猛牛に戻れ!突撃ィィィィ!!」

 

第11艦隊が、生き物のようにうねり、進路を90度変える。その切っ先は、帝国軍の重鎮、メルカッツに向けられた。

 

ヤンは、空になったマグカップを眺めながら、深いため息をつく。

 

「……やれやれ。これじゃあ、私の仕事がなくなるな。……いや、違うか」

 

ヤンはモニターの端、遠くへ行ったふりをしている緑色の光点を見る。

 

「あいつ(アルブレヒト)が戻ってきた時の対処を考えるのが、私の仕事か。……結局、残業じゃないか」

 

ヤンはおかわりを頼むために、通信機に手を伸ばした。戦場は、混沌(カオス)の度合いを深めていく。

 

 

 

 

 

 

メインスクリーンには、予想外の光景が映し出されている。猛然と突っ込んだファルケンハイン艦隊を、同盟軍第11艦隊(ホーランド)がきれいにスルーし、あろうことか直角に曲がって、隣のメルカッツ艦隊の方へとなだれ込んでいく様子だ。

 

「……は?」

 

司令官席で、アルブレヒトが素っ頓狂な声を上げる。彼はモニターを二度見し、それから自分の艦隊の位置を確認する。ぽつん。敵陣のど真ん中……を通り過ぎて、誰もいない後方の空間に、見事に一人ぼっちだ。

 

「無視かよ!!」

 

アルブレヒトがアームレストを叩く。

 

「おい見ろよミュラー!あの牛みたいな艦隊!俺たちのことを完全に『空気』扱いしやがったぞ!挨拶代わりに主砲を撃ち込んだのに、無視とか一番傷つくんですけど!?」

 

副官のミュラーが、引きつった笑いを浮かべながらタブレットを操作する。

 

「か、閣下……。どうやら敵は、我々が補給線を無視して突っ走ったのを『陽動』または『罠』だと判断し、放置を決め込んだようです。深追いは危険だと」

 

「……ちっ」

 

アルブレヒトが舌打ちをする。悔しいが、正解だ。追ってきてくれれば、反転して各個撃破するつもりだった。あるいは、敵の陣形が伸びきったところをラインハルトに突かせる手筈だった。だが、敵は動かなかった。それどころか、その隙を利用して、手薄になった(と見える)帝国左翼へ襲いかかろうとしている。

 

「……追ってこないとは。あのホーランドとか言う新人、ただの猪だと思っていたが、なかなか沈着だな。いや、違うな」

 

アルブレヒトは目を細める。ホーランドの性格分析データ(フェザーン経由)によれば、彼は典型的な「行け行けドンドン」タイプだ。あそこで無視を決め込むような理性はないはず。

 

「よほど良い参謀でもいるのか? ……間違いない、あのアメーバ野郎の背後に、俺の知らない『脳みそ』がいる」

 

厄介だ。猪だけなら罠にかけて猪鍋にできるが、猪の背中に猟師が乗っているとなれば話は別だ。

 

「……だが!」

 

アルブレヒトはニヤリと笑う。ここで慌てて戻れば、それこそ敵の思う壺だ。敵の「無視」に対して、「じゃあこっちも好きにするわ」と返すのが、ひねくれ者の流儀だ。

 

「全艦、反転!……急ぐ必要はない。ゆっくりと、優雅にな。敵の背後から『いつでも撃てるぞ』というプレッシャーをかけながら、のんびりと近づくんだ」

 

「の、のんびりですか? メルカッツ提督が挟撃されていますが!」

 

「安心しろ。あの爺さんは、伊達に50年も軍飯を食ってない。……ここからが見せ場だぞ、帝国の良心」

 

 

 

 

 

 

帝国軍左翼。メルカッツ大将旗艦《ネルトリンゲン》

 

状況は、客観的に見れば「詰み」の一歩手前だ。正面からは同盟軍の古狸、ビュコック提督率いる第5艦隊が、重厚な砲火を浴びせかけてくる。そして側面からは、猛牛と化したホーランド率いる第11艦隊が、狂ったような勢いで突っ込んでくる。 L字型の挟撃。サンドイッチ状態。普通ならパニックになり、陣形が崩壊して潰走するところだ。

 

だが。《ネルトリンゲン》の艦橋には、静寂が支配していた。コーヒーをすする音さえ聞こえそうなほど、落ち着いた空気が流れている。

 

「……ふむ」

 

メルカッツは、髭を指で梳きながら、迫りくる敵艦隊の光点を見つめる。

 

「閣下!敵第11艦隊、距離4000!急速接近中!このままでは側面に接舷されます!」

 

オペレーターが報告する。声には焦りがあるが、絶望はない。なぜなら、司令官が全く動じていないからだ。

 

「想定されていた展開だな」

 

メルカッツが低く呟く。彼は、出撃前のアルブレヒトとの会話を思い出していた。 『もし俺が突出して、敵が無視したらどうします?』『その時は、私が貴官の尻拭い……いや、囮になりましょう。敵は必ず、手薄になった私を狙ってきますからな』『じゃあ、その時は頼みましたよ、プラン・ツヴァイ(作戦その2)で』

 

そう。これはシナリオ通りだ。アルブレヒトという劇薬が機能しなかった場合の、安全装置(セーフティ)としての作戦。

 

「プラン・ツヴァイ発動」

 

メルカッツが静かに命じる。

 

「母艦機能を持つ全艦艇、ハッチ解放。ワルキューレ全機発進!敵第11艦隊の頭上を抑えろ!制宙権を掌握する!」

 

「はっ!ワルキューレ隊、発進!!」

 

《ネルトリンゲン》の、そして周囲の空母艦艇のカタパルトが開く。そこから、銀色の流星群のような、無数の単座戦闘艇「ワルキューレ」が飛び出していく。その数、千機以上。蜂の巣をつついたような騒ぎとはこのことだ。

 

同盟軍の第11艦隊は、艦隊決戦(艦同士の撃ち合い)に特化しており、対空戦闘の準備が十分ではなかった。ホーランドが「行け行け!」と前しか見ていなかったからだ。

 

そこへ、頭上からワルキューレの雨が降り注ぐ。ビーム機関砲の閃光が、同盟軍艦艇のセンサーや砲塔を正確に狙い撃つ。

 

「うわっ!戦闘機だ!どこから湧いてきた!?」

 

「対空砲火、間に合いません!」

 

「ウザい! 蚊トンボみたいに飛び回りやがって!」

 

第11艦隊の進撃が鈍る。巨大な戦艦も、小さなハエの大群には手を焼くものだ。主砲を撃とうにも、ワルキューレが視界を遮り、センサーを撹乱する。

 

「敵第5艦隊(ビュコック)は無視しろ。奴らがこちらに来るなら好都合だ」

 

メルカッツは、正面のビュコック艦隊に対しては、最低限の防御シールドだけを展開し、攻撃の手を緩める。あえて引き込むのだ。泥沼の混戦に。

 

「ミューゼル艦隊との挟撃の機会だ。……若き獅子が、この餌を見逃すはずがない」

 

メルカッツは、チラリと戦術マップの端を見る。 そこには、白い貴婦人《ブリュンヒルト》が、虎視眈々と爪を研いでいる姿があった。

 

 

 

ラインハルト旗艦《ブリュンヒルト》の艦橋。

 

「……!」

 

ラインハルトは、戦況図の変化を見た瞬間、獲物を見つけた猫のように反応した。瞳孔が開く。

 

「……愚か者め」

 

彼は呟く。敵の第11艦隊は、メルカッツ艦隊への攻撃に夢中になり、ワルキューレとのドッグファイトに気を取られている。その結果、彼らの「右側面」と「背後」が、ガラ空きになっているのだ。無防備な背中。それは軍人にとって、最も見せてはいけない恥部であり、同時に最高の誘惑(ターゲット)だ。

 

「牽制射撃中止!目標変更!」

 

ラインハルトが叫ぶ。その声は、歓喜に震えている。

 

「全艦、右舷回頭!エンジン最大戦速!あの、のこのこと出てきた敵艦隊(第11艦隊)の尻に、ビームを叩き込め!」

 

彼の命令は、優雅さをかなぐり捨てた、極めて即物的で暴力的なものだった。

 

「キルヒアイス!遅れるなよ!お前が、敵の退路を断て!」

 

「了解しました、ラインハルト様!」

 

通信機越しに、キルヒアイスの爽やかな声が返ってくる。白と赤の艦隊が、美しい弧を描いて回頭する。それはまるで、ダンスのパートナーがターンを決めるように、息の合った動きだった。

 

ズガァァァァン!!

 

《ブリュンヒルト》の主砲が火を噴く。今度は牽制ではない。殺す気満々の本気撃ちだ。 ワルキューレに気を取られていた第11艦隊の巡洋艦が、横っ腹をぶち抜かれて爆発する。

 

「沈め!!」

 

 

 

 

 

 

 

第11艦隊旗艦《エピメテウス》

 

 

 

「むうっ!挟まれるぞ!どうする?ヤン准将!」

 

ホーランドが、自身の芸術的な髪をかきむしりながら叫ぶ。状況は最悪だ。頭上からはメルカッツ艦隊の戦闘艇(ワルキューレ)が雨あられと降り注ぎ、後ろからは金髪の若獅子ラインハルトが「尻を出せ!」と言わんばかりにビームを撃ち込んできている。そして何より恐ろしいのは、先ほど「無視」して通り過ぎたはずの、あの緑色の悪夢だ。

 

「敵ファルケンハイン艦隊が、反転して戻ってきます。すごい速度です。まるで『忘れ物をしたから取りに帰る』といった気軽さで、殺意の塊が迫ってきています」

 

ヤンは、手元の戦術モニターを見ながら、淡々と、まるで明日の天気を読むように告げる。

 

「このままでは三方向から包囲されます。逃げ場のない袋のネズミ、いや、袋の猛牛です」

 

「猛牛を袋に入れるな!窮屈だろうが!」

 

ホーランドが謎の反論をする。

 

「で、どうするんだ!?突撃か?どっちに!?ラインハルトか?それとも戻ってきた緑色の奴か!?」

 

「いえ、どちらも自殺行為です」

 

ヤンは即答する。ラインハルトとまともに撃ち合えば、その破壊力で粉砕される。戻ってくるアルブレヒトと正面衝突すれば、質量差で轢き殺される。

 

「逃げるんです」

 

「逃げる!?敵に背中を見せろと言うのか!」

 

「いいえ。……合流するんです」

 

ヤンはモニター上の、ある一点を指し示す。第11艦隊の左側面、そこには友軍である第5艦隊(ビュコック)が展開している。

 

「メルカッツ艦隊に対し、反時計回りに側面を削るように艦隊運動で浸透してください。敵の装甲の継ぎ目を滑るように」

 

ヤンの指が、複雑な軌跡を描く。

 

「同時に、スパルタニアンを全機発進させてください。ワルキューレとのドッグファイトを仕掛けて、戦場の視界を混乱させるんです。煙幕代わりですね。その隙に、第5艦隊と合流しましょう。ビュコック提督の懐に入れば、さすがの帝国軍も手が出せません」

 

「なるほど!爺さんの背中に隠れるわけか!」

 

「……まあ、言い方はあれですが、その通りです」

 

ホーランドは一瞬考え込み、そしてニカっと笑った。白い歯が、戦場の閃光よりも眩しく輝く。

 

「ややこしいが、わかった!要は、敵の周りをクルクル回りながら、煙に巻いて逃げ込めばいいんだな!」

 

「大雑把ですが、正解です」

 

ホーランドはマイクをひっ掴む。

 

「全艦、聴け!これより『超高速スピン・ダンス』を開始する!反時計回りに浸透しろ!スパルタニアンを出して、空を埋め尽くせ!ダンスの時間だ!足を踏むなよ!」

 

「ダンス!?」

 

「スピン!?」

 

「どっちに回るんですか!?」

 

現場は大混乱だが、不思議と体は動く。第11艦隊の兵士たちは、ホーランドの無茶振りに慣らされすぎて、脊髄反射で操舵できるようになっていたのだ。

 

 

 

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

 

艦橋では、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン元帥が、腕組みをしてモニターを睨んでいる。

 

「……随分と駆け回るな、あの艦隊!」

 

彼の視線の先で、同盟軍第11艦隊が奇妙な動きを見せている。ラインハルトの追撃をかわしつつ、メルカッツ艦隊の側面に張り付くように移動し始めたのだ。まるで巨大な回転ドアをすり抜けるような動き。

 

「元気なことだ。だが、そんな機動は攻勢限界点(ガソリン切れ)に近づくだけだぞ!補給もなしに暴れ回れば、いずれ足が止まる!」

 

アルブレヒトは冷静に分析する。あの猛牛艦隊は、今アドレナリンだけで動いている。物理的なエネルギー残量はカツカツのはずだ。

 

「チャンスだ。足が止まったところを狩る」

 

アルブレヒトの目が、獲物を狙うハンターの色になる。そして、彼は「それ」を見つけた。

 

「……見ろ!敵は第5艦隊と合流しようとしている!」

 

ホーランド艦隊の行き先。それは明らかに、隣のビュコック艦隊だ。傷ついた野獣が、群れに戻ろうとしている。

 

「させるかよ。合流されたら、3万隻の巨大な壁ができあがる。そうなったら崩すのは面倒だ」

 

アルブレヒトは、戦術マップ上の「隙間」を指差す。メルカッツ艦隊(帝国左翼)と、ビュコック艦隊(同盟右翼)。その接点に、ホーランドが割り込もうとしている。 その瞬間、一瞬だけ、防御の空白地帯が生まれる。

 

「メルカッツ艦隊との間に、一瞬の間隙がある!そこだ!そこに俺たちが横槍を入れる!」

 

彼は立ち上がり、叫ぶ。

 

「全速前進!その隙間に突入し、合流を阻止する!敵を分断して、各個撃破だ! ミュラー、突っ込め!壁に激突するつもりでアクセルを踏め!」

 

「は、はいぃぃ!衝突警報鳴りっぱなしですけど、行きますぅぅ!」

 

副官のミュラーが泣きそうな声で応える。緑色の超戦艦が、猛烈な加速でその「隙間」へと殺到する。

 

 

 

 

再び、同盟軍《エピメテウス》

 

「……気づかれましたか。さすがは『伏龍』。目がいい」

 

ヤンは、モニターの端で急加速した緑色の光点を見て、小さく呟いた。アルブレヒト艦隊が、第11艦隊と第5艦隊の結合部、そのわずかな隙間を狙って突っ込んできている。 あそこに割り込まれたら、合流は失敗。第11艦隊は孤立し、三方向からタコ殴りにされて終わる。

 

「だが、一手こちらが早いです」

 

ヤンは、すでに準備させていた「仕掛け」を発動させるタイミングを計る。敵(アルブレヒト)は、最短距離を最高速度で突っ込んでくる。つまり、ブレーキが効かない。

 

「閣下、今です。例の『プレゼント』を」

 

「おうよ!ヤンの合図だ!」

 

ホーランドは、まるでバースデーケーキの蝋燭を吹き消すような気軽さで命令する。

 

「戦闘艇回収!全艦、ミサイル発射管、開け!ターゲットロック不要!とにかく前へ撃て!」

 

「えっ?敵艦に当てるんじゃないんですか?」

 

「違う!壁を作るんだ!ファルケンハイン艦隊の鼻先に、ミサイルの壁を作れ!花火大会だ!発射!!」

 

シュバババババババッ!!!第11艦隊の全艦艇から、数千、数万発のミサイルが一斉に放たれる。それは敵艦を狙ったものではない。アルブレヒトの進路上の空間、その一点に集中して撃ち込まれた「空間制圧射撃」だ。

 

 

帝国軍《ロンゴミニアド》

 

「いかん!!」

 

アルブレヒトが叫ぶ。目の前のスクリーンが、真っ赤な警告色に染まる。高エネルギー反応多数。ビームではない。実体弾(ミサイル)だ。

 

「奴ら、合流の隙をミサイルで埋めやがった!壁だ!爆発の壁を作って、俺たちの進路を塞ぐ気だ!」

 

普通、ミサイルは敵に当てるものだ。だが、ヤンは「空間に当てて」爆発させ、その爆風と破片とエネルギーの乱流で、物理的な「通行止め」を作り出したのだ。最高速度で突っ込んでいる艦隊にとって、目の前にいきなり瓦礫の山が出現したようなものだ。

 

「防御スクリーン展開!最大出力!衝突回避!面舵一杯!」

 

アルブレヒトの指示が飛ぶ。

 

「距離を保ち弾幕を張れ!ミサイルを撃ち落とせ!直撃を避けるんだ!」

 

ドガガガガガーン!!ドォォォォォン!!

 

宇宙空間で、無数のミサイルが誘爆し合う。光の壁。灼熱の嵐。それが、帝国軍の追撃を物理的に阻む。

 

《ロンゴミニアド》の巨体が、爆風に煽られて激しく揺れる。艦橋のコーヒーカップが床に落ちて割れる音が、悲鳴にかき消される。

 

「ぐわっ!」

 

「シールド出力低下! でも持ちこたえました!」

 

ミュラーが必死にコンソールにしがみついている。

 

爆炎が晴れる。その向こう側。煙の向こうに、同盟軍第11艦隊の姿が見える。彼らは、その爆発の混乱に乗じて、見事に第5艦隊の陣列にするりと滑り込み、合流を果たしていた。

 

オペレーターが、悔しそうな声で報告する。

 

「報告!敵第11艦隊、第5艦隊に合流成功!完全に陣形の中に収容されました!」

 

「……ちっ」

 

アルブレヒトは、乱れた髪をかき上げながら舌打ちする。

 

「同時に攻勢の限界点に達した模様ですが……艦隊再編を行なっております!損害は軽微!ほとんど無傷で逃げられました!」

 

「逃げられたか。……だが、あの状況で、あのタイミングでミサイルの壁を作って、崩れずに合流するとはな……」

 

アルブレヒトは、揺れが収まった艦橋で、ふっと息を吐く。怒りよりも、感心の方が勝っていた。

 

「やるじゃないか、ホーランド(と、その参謀)!ただの猪だと思って舐めてたわ。猪突猛進に見せかけた、高等な牛歩戦術かよ」

 

あのミサイルの壁。あれは、こちらの「最高速での突入」を読んでいなければできない芸当だ。完全に読まれた。俺の短期決戦志向まで含めて。

 

『……チッ』

 

通信機から、不機嫌極まりない舌打ちが聞こえてくる。ラインハルトだ。 彼もまた、獲物を横取りしようと狙っていたのに、目の前で逃げられた口だ。

 

『獲物を逃しましたか。……不愉快です』

 

「そう言うな。逃げ足の速さも実力のうちだ」

 

アルブレヒトは苦笑する。

 

『だが、まだ勝負はこれからだ。奴らは合流してデカくなっただけだ。的が大きくなったと思えばいい』

 

ラインハルトの声には、まだ闘志が漲っている。若いねえ。

 

「ああ。面白くなってきたじゃねえか。……簡単には勝たせてくれないってことだ」

 

アルブレヒトは、割れたコーヒーカップの破片を悲しげに見つめる。そして、誰もいない空中のモニター(本来ならそこに愛しいパートナーの顔があるはずの場所)に向かって、ボソリと呟いた。

 

「……アナがいたら、もっと楽に狩れたんだがな!あいつの計算なら、あのミサイルの壁の隙間を縫って突撃できたかもしれん」

 

「閣下、それは無理です。物理的に」

 

ミュラーが冷静に突っ込む。

 

「うるさい。夢くらい見させろ」

 

アルブレヒトは椅子に座り直す。第1ラウンド終了。勝負は、ここからが本番だ。巨大化した同盟軍(第5+第11艦隊・第10艦隊)と、連携を取り直した帝国軍(アルブレヒト+ラインハルト+メルカッツ)ティアマトの星々は、まだまだ眠れそうにない。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

そしてもし、少しでも
「この動き面白い」
「ここヤンが好き」
「アルがアホで可愛い」
「ホーランドのIQゼロ突撃が好き」
など、何か心に残るところがあれば、
ぜひ感想をいただけると嬉しいです。

この作品は、読者の反応によって進化する物語です。
あなたの一言が、新しい戦場を生みます。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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